ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第10話   天高く馬肥える聖蹄祭

-西暦20XX年11月03日の航星日誌- GAUMA SAIOH

 

本日はトレセン学園の学園祭である“聖蹄祭”――――――『秋のファン大感謝祭』である。

 

基本的に日本のウマ娘レースは春と秋の催しが対になるようになっているが、トレセン学園の催しもそれに倣っている。

 

というよりは、夏と冬という表現を嫌っているが故に、無理やりにでも春と秋が対になるように設定されているようだ。年末の『有馬記念』がそうなっているのだから。

 

 

春秋グランプリ:『宝塚記念』『有馬記念』

 

春秋シニア三冠:『春シニア三冠』『秋シニア三冠』

 

春秋スプリント:『高松宮記念』『スプリントステークス』

 

春秋マイル  :『安田記念』『マイルチャンピオンシップ』

 

春秋ダート  :『フェブラリーステークス』『チャンピオンズカップ』

 

 

つまり、『秋の大ファン感謝祭』があるなら、『春の大ファン感謝祭』も存在するわけであり、こちらは春の大運動会:体育祭といった様相となっている。

 

しかし、こう考えると何だかんだ言って学園関係者以外の人間がトレセン学園に出入りする機会は多い。

 

たとえば、年に4回開かれるトレセン学園の『選抜レース』は未デビューの生徒がレース出走のために担当トレーナーにスカウトしてもらえるように実力を示すものだが、

 

レースの成績によって今後の運命が決まると言っても過言ではない重大なイベントであり、期待度の高いウマ娘は『選抜レース』の時点で数多くのファンが駆けつけてくるのだ。

 

あるいは、無差別級となる年2回の『種目別競技大会』はデビューの有無やチームの所属に関係なくトレセン学園の生徒全員に参加資格が存在しており、

 

デビュー前のウマ娘がデビュー済みのウマ娘と肩を並べて戦える貴重な機会であるため、全国から注目を集めており、やはり学外からも観覧客が大勢やってきている。

 

それ以外にも日常的に注目のウマ娘へのインタビューのために記者が頻繁に訪れているため、かなりの頻度で不特定多数の人間が来場するためにどうしてもセキュリティが甘くなってしまう。

 

そのため、緊急記者会見まで開くことになった8月末の忌々しい事件のこともあり、ERTを常駐させている民間警備会社もこの日はかなりピリピリした雰囲気を纏っていた。

 

また、所属する生徒全員が学園のイベントに参加できるわけではなく、現に“聖蹄祭”の日程とダート・2000mのG1レース『JBCクラシック』が被っており、

 

そのため、こうした学園のイベントでファンと直に接して新規ファン獲得の機会を失う面でも国民的スポーツ・エンターテインメント『トゥインクル・シリーズ』の厳しさがあった。

 

その辺りのトレセン学園のイベント開催も計算に入れて年間計画を立てて実行に移せる担当トレーナーと担当ウマ娘でなければ夢の舞台での勝利者には成りえない。

 

なぜなら、春秋グランプリである『宝塚記念』『有馬記念』はファンの人気投票で上位のウマ娘が優先的に出走できるのだから、ファンの存在は極めて重要な出走条件にもなっているからだ。

 

もちろん、優先されるべきは公式戦での勝利であり、ターフの上での勝利こそが一番のファン獲得の手段ではあるものの、それでもファン獲得の機会に差をつけられている事実に変わりない。

 

こうした事情もあって、トレセン学園が極めて外部の人間にも開放的になっていたわけなのだが、8月末の学生寮不法侵入事件はそのことに一石を投じることになった。

 

また、つい先日のG1レース『天皇賞(秋)』におけるメジロマックイーンの悲劇的な引退も記憶に新しいため、今年の“聖蹄祭”は例年より落ち込んだ雰囲気にあったという。

 

それでも、府中市のトレセン学園を訪れる人の波は尋常ではなく、当日入場券もすでに売り切れとなっており、学園の収入面でも欠かすことができないイベントであった。

 

それは満員の送迎バスがひっきりなしに往復してくる様子からも明白であり、時には来賓のリムジンも列をなして訪れていた。

 

そして、先日の『天皇賞(秋)』で勝利を飾った名門トレーナー:桐生院Tとハッピーミークが一番の注目の的であった。

 

来賓やファンへの応対に追われる2人を他所に、妹を伴って私は気ままに“聖蹄祭”のトレセン学園を見て回っていた。

 

 

ところで、“天高く馬肥える秋”という古来からある豊穣の秋を称える季語であるが、

 

その由来は唐の詩人:杜審言の『蘇味道に贈る』の中の一節『雲浄くして妖星落ち、秋高くして塞馬肥ゆ』であり、元々は「騎馬民族の襲来に備えろ」という警告である。

 

つまり、本来の『秋高く塞馬肥ゆ』から現在の『天高く馬肥ゆる秋』と変遷したものであるが、これは騎馬民族による脅威が失われた時代でも通用するものである。

 

要するに、ウマ娘レースは1月から始まって12月で締めるため、冬季でオフシーズンを迎えて力を蓄えるウマ娘や冬季のレースでの疲労を溜め込んだウマ娘が来シーズンに入り乱れるようになり、

 

翌年からの新シーズンには昨年までの実力差が絶対のものではなくなっていく様子を示唆しており、

 

夢の舞台である『トゥインクル・シリーズ』の栄光は誰もが目指せるものであると同時に誰かに追い落とされるのもあっという間となる盛者必衰のレースである。

 

そのため、暑かろうが寒かろうが年間でベストコンディションでG1勝利し続けるウマ娘は本当に凄いわけである。

 

その唯一無二の達成者である“年間全勝の伝説(レジェンド)”テイエムオペラオーが“七冠ウマ娘”シンボリルドルフ以上に競走バとして評価されるのはそれ故である。

 

しかし、そのテイエムオペラオーは“孤高の王者”であったために、トレセン学園を牽引するだけの指導者としての才はなかった。

 

そのため、競走バとしては最強格のテイエムオペラオーであったとしても、私は今現在のもっとも困難な時期に毅然と立ち向かい続けるシンボリルドルフの方を尊敬している。

 

そして、現在の秋川理事長によって築き上げられたトレセン学園の黄金期の象徴である生徒会長:シンボリルドルフの苦悩は誰にも伝わることはない――――――。

 

 


 

 

ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

 

陽那「兄上、今度はあちらに行きましょう!」

 

斎藤T「おいおい、周りに気をつけろよ。大丈夫だって、時間もたくさんあるんだからさ」

 

才羽T「やあ、斎藤T」

 

斎藤T「おお、こんにちは、才羽T。繁盛しているみたいですね」

 

才羽T「うん。売り子が優秀だからね。今、喫茶店は嬉しい悲鳴を上げて大変だよ」

 

才羽T「まあ、僕は健康スイーツを喫茶店に納入するだけだから、店の様子を見てるだけでいいんだけどね」

 

斎藤T「陽那、こちらは去年の“クラシック三冠バ”ミホノブルボンの担当トレーナーの才羽Tだぞ」

 

陽那「はじめまして、斎藤 展望の妹:ヒノオマシ・陽那です」

 

才羽T「こちらこそ はじめまして、陽那さん。才羽 来斗です。あなたの兄とは仲良くやらせてもらっています」

 

才羽T「どうでしょう? まだランチをいただいていないなら、担当ウマ娘:ミホノブルボンが売り子を務めてます健康喫茶店での優雅な一時はいかがですか?」

 

才羽T「こちらはその割引クーポンとなります」

 

陽那「いただいてよろしいんですか? ありがとうございます! 後ほどお邪魔しますね!」

 

才羽T「いい笑顔だ」

 

才羽T「やっぱり、()の斎藤Tは僕の予想通りの人物だったね……」

 

斎藤T「ありがとうございます、先輩」

 

斎藤T「ところで、今月の『ジャパンカップ』出走の理由はどういったものになるんですか?」

 

才羽T「単純な話だよ。ブルボンの子供の頃からの夢である“クラシック三冠バ”を達成することはできたけど、それで終わりにするのはもったいないからさ」

 

才羽T「それに僕が新人トレーナーとしてトレセン学園に配属になった年に秋川理事長が新レース『URAファイナルズ』開催の構想を練っていたわけだし、」

 

才羽T「いよいよ開催される『URAファイナルズ』に向けて、そして 更なる夢へと邁進するために『天皇賞(秋)』を捨てて『ジャパンカップ』をとったんだ」

 

斎藤T「海外遠征を考えているわけですか、それは?」

 

才羽T「ああ。僕もきみと同じだよ」

 

 

才羽T「僕は僕の夢を叶えるためにトレセン学園に来て、担当ウマ娘の願いを叶えてから僕の夢に付き合わせているんだ」

 

 

斎藤T「そうだったんですか」

 

才羽T「だから、きみも 担当ウマ娘の夢を叶えながら きみ自身の夢を追いかければいい」

 

斎藤T「ありがとうございます」

 

斎藤T「ええ、流しそうめんの席でお話した時の言葉通りにですね」

 

 

――――――同じ道を往くのはただの仲間にすぎない。別々の道を共に立って往けるのは友達だ。

 

 

斎藤T「だから、ウマ娘のトレーナーはいずれは“仲間”である担当ウマ娘と“友達”となって“独立自尊”させていく義務がある」

 

才羽T「そのとおり。それが『飛ぶ鳥 跡を濁さず』、トレセン学園から巣立っていく生徒たちへの最後の贈り物なんだ」

 

斎藤T「…………それができずにいたのが『天皇賞(秋)』のメジロマックイーンとその担当トレーナーだった」ボソッ

 

 

 

――――――才羽T 監修のミホノブルボンの健康喫茶店 -おいしい笑顔の真ん中に- 

 

メジロマックイーン「美味しすぎて手が止まりませんわ! パクパクですわ!」 ――――――明るい表情で頬張る車椅子のウマ娘。

 

和田T「おいおい、食べ過ぎるなよ、マックイーン」 ――――――呆れながらも車椅子の彼女に寄り添う一人の男性。

 

メジロライアン「そうだよ、マックイーン。引退したからって食べ過ぎたらモデル業の話もなくなっちゃうよ?」

 

メジロマックイーン「でも! でも! 才羽Tの健康スイーツはいくらでも食べられますわ! 美味しすぎるのがいけないんですわ!」

 

和田T「食べ過ぎたら健康スイーツの意味がないってば!」

 

 

斎藤T「あれは…………」

 

陽那「あれってメジロマックイーンさんですよね、兄上?」

 

陽那「よかった。あんなふうに笑顔になれて……」

 

斎藤T「ああ。本当だよ」

 

斎藤T「あ――――――」

 

 

和田T「――――――」ペコッ ――――――こちらを見るなり気恥ずかしそうに頭を下げた。

 

 

斎藤T「――――――」スッ ――――――才羽Tの決めポーズを真似て天を指差した。

 

 

和田T「――――――」スッ ――――――すると同じように天を指差して明るい表情を見せた。

 

 

斎藤T「……もう大丈夫だな」フフッ

 

陽那「?」

 

斎藤T「いや、なんでもない」

 

ミホノブルボン「いらっしゃいませ、お客様(マスター)。ご注文は何にいたしましょう?」

 

陽那「これをお願いします!」 ――――――割引クーポンを提示する。

 

ミホノブルボン「おお、これはマスターが直接配っているクーポンですね。注文確認。では、楽しい一時をお楽しみください、斎藤T」

 

斎藤T「ありがとう。期待してるよ、『ジャパンカップ』」

 

陽那「応援していますからね、ミホノブルボンさん!」

 

ミホノブルボン「ありがとうございます。必ずや勝利してみせます。もちろん、『有馬記念』『URAファイナルズ』もです」

 

 

ゴールドシップ「はい、ブルボン。これ、お願いな」ザッ ――――――割引クーポンを提示しながら同じ席に着く。

 

 

斎藤T「……おい」

 

陽那「…………何ですか、この人は?」ジロッ

 

ゴールドシップ「おいおい、何だよ、トレーナー! 妹にアタシとの関係を教えてなかったのかよ! 一緒にレースの感動をわかちあったってのによぉ!」

 

ゴールドシップ「アタシはトレーナーのダチだからよ、そんなふうに怖がるなってば」

 

斎藤T「……どうせ何を言っても聞きやしないんだろう?」

 

斎藤T「わかった。相席を認めてやるから、ゴールドシップの注文も頼む」

 

ミホノブルボン「わかりました、お客様(マスター)

 

斎藤T「………………」

 

陽那「………………」

 

ゴールドシップ「何だよ、黙りこくってさ? 悩みがあるんだったら、このゴルシ様が聞いてやるから、言ってみ?」

 

陽那「いえ、あなたとお話することは何もありませんが?」

 

斎藤T「……お前の大好きなメジロマックイーンはそこにいるぞ?」

 

ゴールドシップ「おいおい、いくらゴルシちゃんがマックイーンのことが大好きでも、たまにはそっとしておいてやりたいと思う時だってあるんだぜ?」

 

陽那「なら、兄上と2人きりの時間の邪魔をしないでくださいませんか?」

 

ゴールドシップ「それより なんだけどさ、トレーナー」

 

斎藤T「……何だ?」

 

陽那「むぅ……」

 

 

ゴールドシップ「ありがとな。マックイーンのことを助けてくれて。あんたが本当の『天皇賞(秋)』の勝者(ウィナー)だよ」

 

 

斎藤T「え」

 

ゴールドシップ「だからさ、今度は――――――」

 

陽那「…………あの、無視しないでいただけますか、ゴールドシップさん?」

 

ゴールドシップ「じゃあ、話はそんだけな」

 

ゴールドシップ「来週もゴルシちゃんから目を離しちゃダメよ~!」ウフッ

 

ミホノブルボン「あ、お客様(マスター)? 今 ご注文の品を届けに来ましたが、どちらへ行こうと言うのです、お客様……?」

 

ゴールドシップ「おっと、そいつはアタシからのおごりだ。とっときな」キリッ

 

ゴールドシップ「バ~イ」

 

ミホノブルボン「あの……、お代…………」

 

陽那「……相変わらず何なんですか、あの人は?」

 

陽那「兄上も兄上です! 思わず見惚れるぐらいの高身長とプロポーションの綺麗な見た目に騙されちゃいけませんからね!」プンプン!

 

斎藤T「そんなわけないだろう……」

 

ミホノブルボン「マスター、この状況、いったいどうすれば…………?」オロオロ・・・

 

斎藤T「ああ……、ミホノブルボン、ゴールドシップの伝票をください。その皿は私がいただきます」

 

ミホノブルボン「よ、よろしいのですか?」

 

斎藤T「こんなことで『ジャパンカップ』出走バの気分を害されるのは忍びない」

 

陽那「兄上……」

 

斎藤T「けど、さっきの発言は…………」

 

 

 

アリガトウゴザイマシター!

 

陽那「美味しかったですね、才羽Tの健康スイーツは」

 

斎藤T「ああ。本当によく研究しているし、大手菓子メーカーのタイアップも積極的にやっているから、トレーナー引退後はそっちの道でもやっていけそうだ」

 

斎藤T「最終的には国民的スポーツ・エンターテインメントの拠点であるトレセン学園を中心にして『健康的な食事から始まる笑顔の輪を世界中に広げていく』という壮大な夢の実現のために邁進していくんだな」

 

陽那「そうだったんですか! 兄上の夢と勝るとも劣らない素晴らしい夢ですね!」

 

斎藤T「そうだろう。だから、日本初の国際G1レース『ジャパンカップ』での海外交流を強く意識しているんだな」

 

陽那「楽しみですね、才羽Tの将来が」

 

 

斎藤T「たぶん、才羽Tはミホノブルボン以外の担当はやらないと思うな」

 

 

陽那「そうなんですか?」

 

陽那「……そうですね、私もそんな感じがしますね。スポンサーである大手菓子メーカーとの繋がりが深いですし」

 

斎藤T「私もその口でね。とりあえず、せっかく掴んだトレセン学園のトレーナーバッジの有効活用をするだけして、“未来の発明王”として ガンガン 働くからさ」

 

斎藤T「私の手で世界はどんどん変わっていくからな! その瞬間を見逃すなよ!」

 

陽那「はい! もちろんです、兄上!」

 

斎藤T「――――――っ!」ピタッ

 

陽那「どうかなさいましたか、兄上――――――」

 

陽那「!!!!」ビクッ

 

 

 

トウカイテイオー「………………」ジー  ――――――喫茶店の外から窓の向こうのメジロマックイーンの様子をずっと虚ろな目で見ていた。

 

 

 

斎藤T「………………」

 

陽那「……兄上、失礼ですよ。行きましょう」

 

斎藤T「あ、ああ……」

 

 

陽那「…………虚無に包まれていましたね、あの眼は」

 

 

陽那「父上と母上を失った直後に無理を重ねて身体を壊した時の私もあんな感じだったんでしょうね……」

 

斎藤T「あれは生徒会長のお気に入りだったトウカイテイオーだな。メジロマックイーンと同世代のホープとして“無敗の2冠ウマ娘”として勇名を馳せたが、」

 

斎藤T「――――――かつてのスターウマ娘の2人は 揃いも揃って 夢破れたり、か」

 

斎藤T「いやいや、トウカイテイオーは『日本ダービー』にも勝っているし、メジロマックイーンは『天皇賞』で勝っているんだし、」

 

斎藤T「れっきとした名バとして扱われて世代の中心に居続けたんだから、G1レースで勝ちきれない連中からすれば 羨ましいこと この上ないだろうにさ」

 

陽那「……でも、あの感じは危険な臭いがします。ずっと燻っていた火種から火の手が上がったような臭いです」

 

 

斎藤T「………………担当トレーナーは何をやっているんだ?」

 

 

斎藤T「たしか、トウカイテイオーの“クラシック三冠”は骨折によって『菊花賞』不参加で絶たれたんだっけか……」

 

斎藤T「そこから負けたから“クラシック三冠”を取れなかったわけじゃないことから、シニア級で“無敗”を目指して復帰戦の『大阪杯』を圧勝する活躍を見せ、」

 

斎藤T「そこから無敗の『天皇賞』制覇を掛けて、同じく『天皇賞』制覇を使命とするメジロマックイーンと対戦――――――」

 

斎藤T「しかし、二強対決として大きな注目を浴びたが、トウカイテイオーは5着に敗れて“無敗”の記録は呆気なく終わり、再び骨折が判明――――――」

 

斎藤T「が、その年の内に復帰して『ジャパンカップ』で優勝を果たし、メジロマックイーンの好敵手としての存在感を示し続けたわけだな……」

 

斎藤T「うん? これだけ見てもG1レースに勝ちまくってるじゃん、トウカイテイオー!」

 

陽那「はい、凄いですよ、本当に。私もテレビで見たことがあるぐらいに有名でしたし」

 

斎藤T「だが、とどめを刺したのは続く『有馬記念』――――――」

 

斎藤T「そこからトウカイテイオーは三度目の故障と休養で、もうレースには出ていない状態が続いて、」

 

斎藤T「一方、繋靭帯炎を発症したはずのメジロマックイーンが『京都大賞典』で新記録達成でメジロ家の意地を見せて『天皇賞(秋)』を掲示板を外さずに引退か」

 

斎藤T「この差は大きいな……」

 

 

陽那「…………そんなんじゃないと思います」

 

 

斎藤T「どういうことだ、ヒノオマシ?」

 

陽那「寂しいんですよ……。落ち込んだ時に側に誰もいてくれないという孤独感や疎外感が自分の存在に価値なんてなかったかのように詰めかけてくるんです……」

 

陽那「私もウマ娘ですから、走ることに限らず思いっきり体を動かすことに喜びや幸せを感じるんですけど、それと同じぐらいに誰かと一緒にいることに喜びや幸せも覚えるんです」

 

陽那「だから、トウカイテイオーさんの隣になんで誰もいてくれないんだろうって思うんです」

 

陽那「私の隣には兄上がいてくれたから、兄上の夢と共に再び立ち上がることができました……」

 

 

陽那「なんでトウカイテイオーさんの隣には生きるための夢を与えてくれる人はいないんですか?」

 

 

斎藤T「…………そんなに気になるか?」

 

陽那「だって! 兄上が二度と目覚めてくれなかったら、きっと私はあんなふうに生きていくんじゃないかって……」

 

斎藤T「……まったく、お人好しだな、ヒノオマシは」

 

斎藤T「トウカイテイオーは実績があるだけまだマシだろう」

 

斎藤T「この中高一貫校のトレセン学園だけでも2000名弱の生徒がいてG1勝利を目指して競い合っているんだ」

 

斎藤T「見てご覧よ、ヒノオマシ」

 

斎藤T「生徒数2000名弱とは言うが、その一人一人にトレーナーがつくことはない。担当トレーナーが見つからなければ、あそこにいる教官たちが数十人単位で一緒くたに指導するんだ」

 

斎藤T「メジロマックイーンの担当だった和田Tがかつて所属していたG2勝利やG3勝利でトレセン学園の卒業を狙うことを目的とした底辺チームのメンバーだって、少人数制の密着した指導を受けられるだけ十分にエリートなんだぞ」

 

斎藤T「そして、生徒全員が競走バとしての栄光を目指しているわけじゃなく、将来的なウマ娘レースの運営やサポートスタッフを目指すアシスタントコースもあるわけだから、」

 

斎藤T「選手生命を燃やし尽くしてアスリートコースから脱落しても、アシスタントコースへの転入で引き続きレースに関わっていく人生もありだろう?」

 

陽那「だから、そういうことじゃありません!」

 

斎藤T「……あの娘一人を救うことに何の価値を見出したんだ?」

 

斎藤T「あの娘以外にだって、いろいろな理由から夢破れて学園を去っていく生徒が毎年たくさんいるのに」

 

陽那「でも――――――!」

 

 

シンボリルドルフ「やあ、斎藤T。初めての“聖蹄祭”を楽しんでもらえているかな?」  ――――――名物:男装執事喫茶のコスプレ!

 

 

斎藤T「生徒会長……」

 

陽那「ほ、本物! 本物のシンボリルドルフ様ですよ、兄上! 本物!」フオオオ!

 

斎藤T「あ、ああ……」

 

シンボリルドルフ「少し時間をもらってもいいだろうか?」

 

陽那「どこへとでもついていきます! ね、兄上!」

 

斎藤T「お、おう……」

 

シンボリルドルフ「こちらへどうぞ、お嬢様」フフッ

 

 

 

――――――生徒会室

 

シンボリルドルフ「さあ、どうぞ召し上がれ、お嬢様」

 

陽那「あ、ありがとうございます! か、感激です! い、いただきます!」

 

シンボリルドルフ「そう畏まらなくてもいい。楽にしてくれたまえ、ヒノオマシくん」

 

陽那「は、はい……!」

 

陽那「さすがは兄上です! 日本中の憧れの的の生徒会長ともこうしてお話できる間柄だなんて!」

 

斎藤T「あまり言い触らしちゃダメだぞ」

 

陽那「はい!」

 

斎藤T「しかし、生徒会長。休憩時間に私たちをお呼びした理由は何ですか? メールでのやりとりではいけなかったのですか?」

 

 

シンボリルドルフ「和田Tから話があったんだ。先日の『天皇賞(秋)』でメジロマックイーンが無事に引退することができたのは斎藤Tのおかげだと」

 

 

シンボリルドルフ「だから、総生徒数2000名弱のトレセン学園生徒を代表して礼を言わせて欲しい」

 

シンボリルドルフ「本当にありがとう。和田Tが言うには『ターフの上で死ぬだなんてことが起こり得る可能性があった』というぐらいに危ない状態だったみたいなんだ」

 

斎藤T「さて、何の話でしょうかね? 私は初めての公式戦を先輩と一緒に見守っていただけで、和田Tとは友達の友達でしかないのですが?」

 

斎藤T「申し訳ありませんが、身に覚えのない話です」

 

斎藤T「それよりも、メジロ家の意地を貫けた上に掲示板を外さなかったんですから、この上ない幕引きだったことを称賛いたします」

 

シンボリルドルフ「……きみは本当に功を誇らないんだな」

 

 

斎藤T「ところで、来年の生徒会長はどなたになりますか?」

 

 

陽那「…………!」

 

シンボリルドルフ「そうだな、まず生徒会は生徒会長と副会長の2人で成り立っていて、もう1人の副会長:ナリタブライアンは私が指名したものだ」

 

陽那「え? あの、書記とか会計、庶務ってないんですか?」

 

シンボリルドルフ「ああ、必要ならばその席を用意することもあるだろうが、基本的に生徒会は総生徒数2000名弱の生徒たちのまとめ役という程度の役割で、」

 

シンボリルドルフ「学園の運営に対して各種要望や意見具申を生徒の代表として提出するのが主な役割で、さすがに2000名弱の生徒活動の一切を処理する能力はないよ」

 

シンボリルドルフ「ある程度の学園の方向性を示すのと各種要望や意見具申のチェックが主な役割で、生徒たちが本業であるレースに集中できる手配するのはトレセン学園の運営の仕事なのだからね」

 

斎藤T「つまり、そこまで強大な権限を生徒会は有さないが、“ヒトとウマ娘の統合の象徴”としての絶大な権威を持っているのが生徒会となる」

 

斎藤T「従って、生徒会役員には『名家』の後ろ盾とその権威を持つに相応しいレース実績があるのが望ましい」

 

斎藤T「そういう意味では『名家』シンボリ家の出身の学園最強の“七冠バ”である現生徒会長は文句なしの存在というわけです」

 

斎藤T「順当に行けば副会長:エアグルーヴが次の生徒会長になるわけですが、問題は次の世代ですよ」

 

シンボリルドルフ「その通り。生徒会総選挙は翌年の1月に行われる一大行事で私は例年こうして継続して会長職をやらせてもらっているが、」

 

シンボリルドルフ「私は秋川理事長の下で築き上げられたトレセン学園の黄金期の象徴でありすぎた……」

 

斎藤T「だから、あまり乗り気ではないナリタブライアンを副会長に指名しておいたわけなんですよね?」

 

陽那「どういうことですか、それって?」

 

 

斎藤T「要するに、“皇帝”シンボリルドルフや“女帝”エアグルーヴに匹敵する声望を持つウマ娘が後に続かないことが大問題なんだよ」

 

 

斎藤T「何しろ、今はトレセン学園の黄金期ということで、数々の名勝負を繰り広げてきた強豪バが名を連ねる一方で、」

 

斎藤T「そうして実力が拮抗し合った結果、2000名弱のエリート競走バたちを牽引していくだけのカリスマ的存在がいなくなってしまったんだ」

 

斎藤T「秋川理事長の自由な気風によって門戸が開かれて日本中から集まってきた跳ねっ返りや悍バ(じゃじゃうま)たちを有無言わせずに従わせる存在がいなくなってしまう――――――」

 

斎藤T「すると、指導力を失った生徒会の代わりにトレーナー組合のバックにいる『名門』の影響力が強まって、かつてのトレセン学園の暗黒期に逆戻りするわけなんだな」

 

陽那「えと……」

 

斎藤T「まあ、部外者のヒノオマシに学園の裏事情をいきなり言われても難しいか」

 

 

斎藤T「とりあえず、来年までは“女帝”エアグルーヴが堅実にトレセン学園の生徒たちを牽引していくだろうけど、それに続く指導者が見つからないことが“皇帝”の心残りというわけなんだ」

 

 

シンボリルドルフ「……正直に言って、どういったコネクションを使ったら そこまでの内情を門外漢のきみが知ることができたのかを問い質したいところではあるが、」

 

シンボリルドルフ「概ね きみが言った通りのことを私は懸念している」

 

シンボリルドルフ「ひどい矛盾だ……」

 

シンボリルドルフ「圧倒的強者が勝利を独占してしまっては勝負はつまらなくなってしまい、結果的に国民的スポーツ・エンターテインメントへの情熱が冷めてしまうのだからな……」

 

シンボリルドルフ「かと言って、常に勝敗が予想できないぐらいに強豪たちがお互いの実力を高め合って鎬を削り合うのは大歓迎である一方で、」

 

シンボリルドルフ「誰もが認める実力者が生徒会長にならなければ、生徒たちを守ることができないのだからね……」

 

斎藤T「突然だがヒノオマシ、生徒会長が“女帝”エアグルーヴの次の代に学園を託したいと思っていた名バは誰だと思う?」

 

陽那「それはつまり、兄上が言った生徒会役員に望ましい条件と 最近の『トゥインクル・シリーズ』での活躍が目覚ましかったという 私のような一般人でも知っているような方ですよね?」

 

斎藤T「そう、誰だと思う?」

 

陽那「えと、パッと思いついたのは――――――、え!? それってまさか――――――!?」

 

シンボリルドルフ「……まったく、敵わないな、きみには」

 

 

陽那「もしかして つい先日の『天皇賞(秋)』で引退した()()()()()()()()()さんですか!?」

 

 

斎藤T「そして、もう一人がその好敵手だった()()()()()()()()だ」

 

陽那「…………!」

 

シンボリルドルフ「ああ。まったくもって その通り。斎藤Tには全てお見通しだったよ」

 

 

斎藤T「………………1()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんですけどね、これって」ボソッ

 

 

陽那「な、何と言ったらいいのか……、シンボリルドルフ様の心中をお察しします……」

 

シンボリルドルフ「ありがとう。そう言ってもらえるだけでも嬉しいよ」

 

シンボリルドルフ「そこでなんだが、斎藤T――――――」

 

 

斎藤T「――――――『トウカイテイオーの担当トレーナーを復帰させろ』という話ですか?」

 

 

シンボリルドルフ「その通り。彼はメジロマックイーンを引退に追いやったとして誹謗中傷を受けている和田Tよりも追い込まれている」

 

シンボリルドルフ「きみにしか頼めないことなんだ。今の和田Tとメジロマックイーンの晴れやかな笑顔をもたらしたのはきみだ。きみしかいないんだ」

 

斎藤T「しかし、生徒会長職が指名制ではない以上、走れなくなった古バをただの名誉職として生徒たちが選びますか? その前に自主退学だって有り得るでしょうに……」

 

シンボリルドルフ「そこは私が何とか筋道を立ててみせる。その流れを作ってみせる。もちろん、マックイーンのことも引き留めるつもりだ」

 

 

斎藤T「…………()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

陽那「え!? 兄上、それってメジロマックイーンさんと同じ――――――」

 

シンボリルドルフ「…………これは最後の最後まで誰にも言わないでおきたかったことなのだがな」

 

斎藤T「でも、引退を宣言したわけでもないのに、アメリカ遠征の後は後進の育成と称してトレセン学園で生徒たちと併走することに専念して公式戦には一切出ていなかったじゃないですか」

 

斎藤T「自身の更なる栄達よりも後から来る者に道を開けて学園の繁栄を選んだことで黄金期を築き上げた偉大なる生徒会長――――――、」

 

斎藤T「“皇帝”シンボリルドルフの『ドリームトロフィーリーグ』への移籍をどれだけ多くの人たちが待ち望んでいたことか……」

 

シンボリルドルフ「すまないが、今は私のことなんてどうでもいいことだろう、斎藤T?」

 

 

シンボリルドルフ「私が話しているのはトレセン学園のこれからについてだ」ドン!

 

 

陽那「…………!」ビクッ

 

斎藤T「…………生徒会長」

 

シンボリルドルフ「きみには是非ともやってもらう!」

 

 

シンボリルドルフ「きみが果たしたい夢があってトレセン学園に来たように、私にもトレセン学園で譲れない夢がある!」

 

 

斎藤T「それが“皇帝”ご自身が忌避するトレセン学園暗黒期の“トレーナーによるトレーナーのためのトレーナーのウマ娘レース”と同じことだとしても?」

 

シンボリルドルフ「わかっている。そうあって欲しいという願いさえも私個人のエゴに過ぎないことを」

 

シンボリルドルフ「しかし、より良い未来を思い描き、それを実現に導く筋道を立てる――――――、それが“ヒトとウマ娘の統合の象徴”たる者の務めだ!」

 

陽那「…………兄上、シンボリルドルフ様」

 

斎藤T「………………」

 

シンボリルドルフ「………………」

 

 

斎藤T「……わかりました。謹んでお引き受けしましょう、“皇帝”陛下」

 

 

シンボリルドルフ「そうか。感謝するよ、斎藤T」

 

斎藤T「ですが、情報をください。面識なんてないんですからね」

 

シンボリルドルフ「それはもちろんだとも」

 

シンボリルドルフ「では、頼むぞ」

 

 

――――――私が目指すのは常にあらゆるウマ娘が幸福でいられる世界だ。だが、それはヒトとウマ娘の真の平和共存があってこそだ。

 

 

 

ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

 

斎藤T「………………」

 

陽那「兄上……」

 

斎藤T「すまなかった、ヒノオマシ。職場の事情に巻き込んでしまったな……」

 

陽那「いえ、そんなことはありません! むしろ、“皇帝”シンボリルドルフ様からも便りにされる唯一無二の存在として鼻が高いです!」

 

陽那「兄上はシンボリルドルフ様の理想を叶えられる存在なんですね!」

 

斎藤T「まあ、答えがないわけじゃないが、『言うは易く 行うは難し』だ」

 

陽那「どんなものなんです、それって?」

 

 

斎藤T「簡単に言えば、勝ち負けにこだわりながら勝ち負けにこだわらずにレースそのものをみんなが楽しめるようになれば、“皇帝”シンボリルドルフが望む理想の幸福世界は実現する」

 

 

陽那「………………?」

 

斎藤T「そう、これを全人類が実践できたら人類は次のステップに進めるわけで、」

 

斎藤T「こう、うまく表現できないが、何事においても美点を見出して尊重(リスペクト)し合う教養(リテラシー)を誰もが身に着けることから始まるんだ」

 

斎藤T「つまり、相手のことを簡単に否定せずに理解しようとするところから始まる」

 

陽那「……な、なるほど?」

 

斎藤T「最近味わったことだけど、これがとにかく手間暇が掛かるんだな、2()0()()させられるぐらいには」

 

斎藤T「だから、根気と忍耐もいるし、あの手この手の試行錯誤の創意工夫とコミュニケーション能力もいるんだな、これが……」

 

斎藤T「ホント、人の心がまだまだバラバラな時代だよ……」

 

 

ゴールドシップ「らっしゃい らっしゃい! ゴルシちゃん焼きそばだよ! 安いよ安いよ~!」

 

 

斎藤T「…………ゴールドシップ」

 

陽那「…………何ですか?」ジロッ

 

ゴールドシップ「いよっ、そこの若いお二人さん。しけた顔してんな~。そういう時はこのゴルシちゃん焼きそばを食べて笑顔になれよ~」

 

陽那「押し売りは迷惑なんですけど」

 

ゴールドシップ「そんなこと言うなって! あのオグリキャップやタマモクロスも大絶賛のまいう~なゴルシちゃん焼きそばの味を知らないのは人生の損ってもんよ!」

 

斎藤T「……それじゃあ、いただこうか」

 

陽那「兄上……」

 

ゴールドシップ「まいどあり~」

 

斎藤T「それで、いくらなんだ?」

 

 

ゴールドシップ「そんなの、おめえ、トウカイテイオーの100億円の『有馬記念』の応援バ券に決まってんだろ?」

 

 

陽那「え」

 

斎藤T「なに?」

 

ゴールドシップ「そんじゃ、きっちりお代はいただいたからな。じゃあな~」

 

斎藤T「いや、待て! おい!」

 

斎藤T「…………いったいどういうことなんだ?」

 

陽那「……わかりません。けれど、あの人なりに周りのことを考えていることは伝わりました」

 

斎藤T「とりあえず、焼きそば、どうしよう?」

 

陽那「いいんじゃないんですか? 健康喫茶で兄上は奢らされたんですから」

 

陽那「ハッ」

 

斎藤T「どうした?」

 

陽那「……もしかして 焼きそばを奢るために健康喫茶で兄上に奢らせた? 『これで貸し借りはない』ってことで?」

 

斎藤T「……さすがにそれは考えすぎじゃないのか?」

 

陽那「でも、孔子に曰く『吾道一以貫之』と言うじゃありませんか」

 

斎藤T「あるいは『燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや』――――――、知るわけがないだろう」

 

斎藤T「………………なんで私なんですかね?」

 

 

もらったゴルシちゃん焼きそばは多少冷めていても美味しかった。

 

以前に才羽Tに教えられた料理人の極意として『美味しい料理とは粋なもの、さりげなく気が利いていなければならない』という言葉を思い出していた。

 

あるいは、ヨーロッパの格言『神は細部に宿る』というものを輪ゴムを外してプラスチックのパックを開けた瞬間に広がった香ばしさから感じていた。

 

これだけであのイタズラ者に対する評価が少し変わってしまったのだから、本当に食えないウマ娘だと思った。

 

しかし、私が各方面の裏事情について知ることができたのは『天皇賞(秋)』が20回繰り返された時に得たコネによるものなのだが、

 

まさかとは思うが、“目覚まし時計”の使用者だった和田T以外にタイムリープに適応していた存在が私以外にいたとするなら、あのウマ娘の訳知り顔にも納得がいく。

 

 

その後、『天皇賞(秋)』で勝利した先輩とハッピーミークのヒーローインタビューを見たり、

 

珍しくアグネスタキオン(アグネスターディオン)が後輩から慕われている様子を見てヒノオマシの『アグネスタキオン(アグネスターディオン)がまともな人』だという勘違いがますます深まったり、

 

ビワハヤヒデとナリタブライアンの最強姉妹と出会うなり ナリタブライアンの魅力にやられたヒノオマシがビワハヤヒデと一緒にナリタブライアンの可愛いところを談義することになったり、

 

命の恩人である私に遠慮してか、ヒノオマシに対してはナリタブライアンも強く出ることができず、物凄く照れ臭そうにしながらツーショットを撮らせるなど珍しいものをみることになったり、

 

いろいろとあったが斎藤 展望の妹:ヒノオマシは今日の“聖蹄祭”を心行くまで堪能できたみたいで非常に良い思い出となった。

 

 

しかし、ヒノオマシがここまで思い切りはしゃげる性格だったとは思いもしなかった。

 

 

引っ込み思案で兄に依存して他者に対して心を開かないと思いきや、初対面のビワハヤヒデとナリタブライアンの姉妹に見惚れる辺り、かなりの面食いのように思えてきた。

 

男装執事のシンボリルドルフを前にしてトレセン学園が誇るスターウマ娘目当てに訪れた周りの女の子と同じように憧れの人を前にして思いっきりはしゃぐような女の子らしさを見せたのだから。

 

つまり、そこまでお堅い性格というわけでもなく、どうやら現在の性格は両親を喪って故障した後に思いっきり塞ぎ込んでいたことで形成されたものらしく、

 

唯一の肉親となった兄以外の人間との繋がりが希薄な妹:ヒノオマシにとって世間を知る手段がテレビやインターネットなので、

 

俗っぽさが混じった奥ゆかしさを持つ独特な親しみやすさを持った存在だと認識されているらしく、ナリタブライアンをして『シンボリルドルフに通じる何かがある』と言わしめるものがあった。

 

これがもう少し俗っぽさとお淑やかさの落差が大きかったら、私としては『メジロマックイーンに似ている』という感想になっただろうが、

 

どちらも『名家』出身のスターウマ娘ということで、それらに比肩するほどに両親が皇宮警察だった育ちと血統の良さが滲み出ているのがヒノオマシということになる。

 

今日は“トレセン学園一の嫌われ者”としてではなく “ヒノオマシの実の兄”として身形を変えていたのもあったが、

 

私が“斎藤 展望”であることに気づいて話しかける者は少なく、いかに皇宮護衛官の警察バの忘れ形見:ヒノオマシの存在感が大きかったのかを知ることになった。

 

何しろ、斎藤 展望のことを睨んでいたようなトレーナーや教官たちがヒノオマシの得体の知れない素養を感じ取ってスカウトやトレセン学園への転入の声を掛けてきたぐらいだ。隣にいる私は()()()()()()()

 

事実、ウイニングライブの体験コーナーにおいてアクロバット能力に長ける警察バ:ヒノオマシのダンス能力は 初挑戦であることを差し引いても ずば抜けたセンスを発揮しており、周囲がハッと息を呑んで不世出の天才だと思い込んだぐらいだ。

 

残念、ヒノオマシはたしかにそんじょそこらのウマ娘より遥かに上の素質の持ち主ではあるものの、警察バの血統なので どれだけ鍛えてもターフの上で思うほどのスピードが出ません。

 

しかし、このことを見るに どうやらトレセン学園の競走バのトレーナーというやつは意外なほどに競走バ以外のウマ娘を見る眼がないらしい。みんな同じものだと一緒くたに考えるようだ。

 

あるいは、トレセン学園の競走バに匹敵すると勘違いされるぐらいに、警察バ:ヒノオマシの素質が群を抜いていることの現れなのか――――――。

 

まあ、夢の舞台として文字通り競争率が激しい職場である以上は、トレーナーが考えることは常に自分が見つけ出した才能ある競走バが勝つことなので、考えることは全て真剣そのもの。

 

決してそれが悪いというわけではないが、これは“皇帝”シンボリルドルフが抱き続けている現状の危うさのようなものを私は感じた。

 

 

その“天稟の才子”ヒノオマシが直感的に助けようと言い出したのが“悲運の天才”トウカイテイオーであり、好敵手であったメジロマックイーンが円満に引退した今、その胸中はいかなるものか――――――。

 

 

そして、どういうわけか、トレセン学園一の門外漢と言える“斎藤 展望”が“皇帝”シンボリルドルフからの勅命を受けて、

 

トレセン学園の将来を左右する重要任務を任されることになってしまったのだから、ますますトレセン学園において()()()()()()()()()となりつつあるのを感じている。

 

今月の『ジャパンカップ』にハッピーミークは出走しない上に『天皇賞(秋)』勝利の影の功労者として先輩に称えられているので、今月は自由に行動できそうだ。

 

まあ、これも『宇宙船を創って星の海を渡る』という私自身の夢のために()()()()()()()()()()()()長期的な投資だと思って前向きに取り組むことに決めた。

 

 

――――――後にヒノオマシとトウカイテイオーの2人が大きな役割を担うことを私はまだ知らなかった。

 

 

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