ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

22 / 119
研究報告  自称:未来人の頭のおかしい新人トレーナー 

今年のトレセン学園の新人トレーナーで 今 もっとも注目を集めている人物がいる。

 

その人物は日本人の成人男性の平均的な体格を上回り、良くも悪くも常人には近寄り難い雰囲気を醸し出しており、

 

しかも家柄に至っては皇宮警察;またの名を皇宮護衛官の家系というのだから、普通ならば多くのウマ娘たちが興味津々となるだろう。

 

しかし、新年度早々にウマ娘を金儲けの道具と見做して形振り構わず有望なウマ娘のスカウトや引き抜きを行おうとするのだから、

 

すぐに生徒会長に睨まれて要注意人物として素行不良が続くなら来月にはクビを言い渡す予定であったことを私は噂好きの生徒たちのおしゃべりから知ることになった。

 

もっとも、私は カフェと一緒に走った最初の『選抜レース』以来 何年も実験室に閉じ籠もり続けていたから、悪名高い新人トレーナーの噂なんてのは研究に没頭する毎日の中ですぐに記憶の彼方へと消えた。

 

 

なにしろ、その新人トレーナーは来月になるのを待たずに学園外の不慮の事故でウマ娘に撥ねられて3ヶ月間の意識不明の重体になってしまったのだから。

 

 

そのため、ウマ娘を金儲けの道具にしようとして天罰が下った典型例として、多くのトレーナーが反面教師にし、より一層 ウマ娘との絆を意識して接するようになった。

 

それ自体は一般的には悪いことではないものの、生徒会長:シンボリルドルフがその事実を大変不服そうにしていたのが私の中で強く印象に残っていた。

 

穿った見方をするなら、悪役としての強烈な存在感を発揮して間を置かずに破滅したことで、トレーナーとウマ娘の絆を強める一種の潤滑油となったとも言える。

 

本人にそうした意図があったとは到底思えないが、悪徳トレーナーの生きた見本としてあまりにも出来すぎた勧善懲悪の顛末と周囲の反応には確かに皮肉めいたものを感じた。

 

『一層気を引き締めることになった』ということは、『これまで一層気を引き締めることができる余地を残し続けていた』ということに他ならないからだ。

 

 

それから、7月に意識を取り戻した例の新人トレーナーは記憶喪失になり、本当に人が変わってしまっていた。

 

 

本当なら職場復帰したところで そのままクビにする予定ではあったものの、来月まで様子見をするとして生徒会長がもう一度チャンスを与えたところ、

 

運がいいことにハッピーミークの担当トレーナーとして活躍している桐生院Tのチームのサブトレーナーとして拾われたため、トレセン学園を去ることにはならなかった。

 

それどころか、名門トレーナーである桐生院Tとハッピーミークの両者から早々に信頼を得ていることに周囲の人間が大いに驚き、

 

今度は『名門』に胡麻を擂る方向に切り替えたのだと、以前の悪辣さを目の当たりにしていた人たちは口々に罵っていた。

 

そのため、桐生院Tとハッピーミークに告げ口をする者もいたそうなのだが、それが逆に温厚な2人の顰蹙を買う結果になり、ますます2人は噂の新人トレーナーへの信頼を深めた。

 

そして、新人トレーナーも度重なる誹謗中傷に屈することなく、これまでと打って変わって『名門』桐生院Tの受け売りでもって自分に批判的なトレーナーやウマ娘の評価と助言を穏やかな態度でするため、

 

『名門』桐生院家を味方につけた威光で相手の言動を封殺するという以前とはまったく別の悪辣さを誹謗中傷対策で発揮するようになり、

 

生徒会にそれに対する苦情が多く寄せられるものの、その根源にあるものが噂の新人トレーナーが『名門』に取り入って勝ちウマに乗ったことへの僻みでしかないことを生徒会長に喝破されることになった。

 

これに関してはむしろ、証拠品として提出されていた嫌がらせメールに添付されていた電子ファイル――――――、

 

そうした一悶着を起こしたトレーナーやウマ娘に噂の新人トレーナーが 後日 ひとりひとりに丁寧に電子メールで送りつけていたデータベースの精巧さと情報量には卓越したものがあり、

 

内容は極めて機械的に分析された客観的なデータとそれに対する『名門』桐生院家の育成論に基づいた評価と助言で綺麗にまとめられており、どこをどう見ても悪意のある表現はなかった。

 

そのため、データベースの作成対象となったトレーナーやウマ娘の今現在の実態はどうなのかは別として、

 

情報収集が可能な範囲でこれほどよくできた分析データはないとして、これほどの逸材なのだから桐生院Tが重用しているのも当然だということがはっきり示される結果となってしまった。

 

しかし、生徒会にとって問題だったのは、内容を精査するために全てのデータベースの全内容に目を通す必要があったのだが、その数が短期間で30近くあったということで多大な労力を伴ったことだろう。

 

今回の一件ではあまり働き者ではない方の副会長(ナリタブライアン)の皺寄せで働き者の副会長(エアグルーヴ)への負担が大きくなり、遠目に見ても不機嫌そうなのを隠せていないぐらいだったので相当なものだ。

 

かくいう私も、私のことを慕ってくれている後輩(ダイワスカーレット)働き者ではない方の副会長の姉(ビワハヤヒデ)と一緒にデータベースの解読の手伝いをさせられたから、よく憶えているとも。

 

こうして、内容を全て調べてみたら至極真っ当なことしか書かれていなかったということで、中身をろくに見ないで槍玉に挙げて生徒会に大きな負担をかけたことが一番のお叱りのポイントとなった。

 

これはなかなかに有効な反撃だと思わず感心したよ。聞く耳を持たずに先走った連中の自業自得とは言え、文字通り『データで相手を黙らせてしまった』のだからね。

 

この一件で、私もそうだが、関わった全員が何かと悪評の絶えない新人トレーナーの並外れた能力を実感したわけで、

 

サブトレーナーとは言え、初めての担当ウマ娘の面倒を見ながら その他大勢のデータベースを大量に作成できるだけの能力があるなら、

 

別にトレセン学園のトレーナーじゃなくても一流のデータアナリストとして十分に大金を稼げることが容易に想像できた。

 

だから、お盆休み明けの生徒会に多忙を極めさせた張本人である復活の新人トレーナーに生徒会長も非常に強い興味を持つようになった。

 

 

そこからトレセン学園の各組織の役員が勢揃いして一斉に謝罪の意を表した緊急記者会見を開くことになった8月末に起きた学生寮不法侵入事件――――――。

 

警察関係者が“WUMA”と呼称するバケモノを退治して事件を解決に導いたことで新人トレーナーへの生徒会長の認識が完全に変わった日であった。

 

また、妹共々 噂の新人トレーナーに助けられたというハヤヒデくんがその時に目の当たりにしたという非常に興味深い事象についての意見を求められたことで、

 

以前にデータベースの解読をしたことや印象に残る出会いをしていたことで多少は興味を持っていた私も本格的に研究対象として意識するようになり、その機会が訪れるのを待ち侘びることになった。

 

 

――――――その事象と言うのが『人間がワープした』というものであった。

 

 

そうとしか考えられないということで、私も最近読んだ超弦理論の論文の中にあった机上の空論が現実のものとして存在しているなら、是非ともこの眼で確かめたいと心が突き動かされていた。

 

私も相当な変わり者の扱いを受けていると自覚してはいるが、それは実家のアグネス家の家風といえる傾向なので、他人が何を言おうが気にしないでいた。

 

事実、学者肌のアグネス家が中央競バ界に名を連ねる『名家』の扱いを受けていることだし、

 

勝負の世界は結果こそが全てであり、その結果を出してきたアグネス家の在り方を否定できるものなどいるはずがない。

 

 

――――――そう思っていた。彼が突如として夜遅くに私のラボに訪れるまでは。

 

 

それも、私が()()()()()()()に殺されるのを察知して、深夜の学園に不法侵入までしてきて、見ず知らずの私を助けに。

 

そして、あまりの不味さで目が覚めるほどの肉体改造強壮剤の有用性をその場で理解した瞬間に目の色が変わっていた。

 

誰にも理解されるとは思っていなかった私の研究が理解された瞬間であり、そんな彼が傍から見れば狂気を帯びた眼差しを私に向けていた。

 

 

いや、あれこそが周囲の眼に写った私の姿なのかもしれない――――――。

 

 

思わず、私の胸は高鳴っていたよ。あるいは、ゾクゾクしていた。初めて私の研究を誰かに強く求められたから。

 

それは拘束具を力尽くで外した両の手で()()()()()()()諸共 胸倉を掴まれて迫られた驚きもあったかもしれない。

 

本当に不思議な感覚だった。他の人間と同じように私の問題行動をいちいち強い口調で咎めるものの、私はそれに煩わしさよりも快感のようなものを覚えていたのだから。

 

 

斎藤T『………………嫌になるぐらい()()()()()()()()()()だと不覚にも思ってしまっただけだ』

 

 

おそらく、私が感じていたものと同じものを彼は覚えていたはずだ。

 

噛み合っていないようで、どこか私たちは通じ合うものがあるように思えた。これが“ケミストリー”というやつなのかもしれない。

 

それだけじゃなく、彼はこの学園に集まる人間とはまったく異なる視点と価値観を持っており、私のことを常に一人の人間として見ていることに私は言いようのない嬉しさみたいなのを感じていたと思う。

 

彼自身も技術者であることを口にしていたので、私のような研究者との付き合いには慣れているらしく、私との付き合いに張り合いを覚えているらしかった。

 

やはり、彼は根本的にトレセン学園のトレーナーとしての在り方に馴染まない門外漢であり、本質的に私と同じ食み出し者だが、そこにはヒトとウマ娘の区別が一切なかった。

 

そこには所謂“父性”のようなものも働いていたように思う。

 

私の長所と短所を同時に見て、それらを個性と尊重しながら、ダメなところは直すように諭そうとする辺りがそうだった。新人トレーナーのくせに。

 

 

――――――人間としてのお前の夢を決して裏切らないこと!

 

 

――――――人間であることを決してあきらめないこと!

 

 

――――――人間を超えた力だけでは何の価値もないことを認めること!

 

 

ヒトに対する“ウマ娘”に訴えかけるのではなく、ヒトもウマ娘も総括した“人間”として私に訴えかけていることが非常に斬新なものに思えた。

 

よくよく考えると、トレセン学園の生徒はウマ娘しかなれず、トレーナーになるウマ娘も少数派なので、トレセン学園においてはヒトとウマ娘は何事においても切り離されて扱われており、

 

ヒトとウマ娘が同じ“人間”であるという見方は、トレセン学園の人間の大半がそうであるように、久しく私自身も忘れていたこともあり、お小言は 大体 聞き流しているはずの私でも腑に落ちるものがあった。

 

後に、彼は私に紅茶を淹れながらこの三箇条を次の言葉で端的に表して講義をした。

 

 

 

――――――主静立人極:静を主として人極を立つ。

 

 

 

静とは乱れた心に対する落ち着いて定まった心。その状態にあって初めて人間としてのあらん限りの努力が報われると説く。

 

だから、私のことを彼は“アグネス()()()()()()”と呼ぶ。どんなに加速しても光速を超えることなんてないという当てつけ。

 

“超光速の粒子”という目に見えないものに憧れ続けて『地に足をつけていない生き方をしていてはいけない』と彼は説いた。

 

そして、私が目指す“果て”のことで 彼は冷静に『リニアモーターカーにも勝つ見込みがないウマ娘の肉体で何を為そうとするのか』と私に問い掛けてくる。

 

そこから畳み掛けるように具体的な目標設定を事細かく訊いてきたのだ。その辺りはさすがは桐生院Tが真っ先にスカウトしたデータアナリストというだけのことはあった。

 

いや、彼の本質が技術者なのを考えると、そういった計画立案や進捗管理もお手の物なのかもしれない。

 

そう、彼は技術者で私は研究者。似ているようで似ていない。

 

学問で言えば、不可能を証明するのが理学、不可能を可能にするのが工学、そのどちらに根差しているのかが私と彼の間の大きなちがいとなっている。

 

たしかに言われてみれば、私は()()()()()()()()ものの、トレセン学園の生徒として『トゥインクル・シリーズ』における目標が何一つなかった。

 

漠然とプランAとプランBは考えてはいたものの、今までずっと漫然と研究の日々を送り続けていただけだったことに気付かされた。

 

 

光速:約30万km/s――――――1秒で地球を7周半する以上の()()()()()の“超光速”で自在に動き回れるようになったとして『それでレースに勝って嬉しいのか』を最後に訊いてきたのだ。

 

 

私はすぐに答えを出せなかった――――――。

 

それは初めての『わからない』だった。検証までの時間がかかっているのではなく、その状況を想像した時の私の感情が想定できないのだ。

 

すると、彼は私のプランに修正を要求した。途中段階に『100km/hの到達』を盛り込むことを。

 

この数字である意味なんてない。とりあえず、ウマ娘が出せる最高速度とされる70km/hを超える具体的な目標というだけ。

 

けれど、初めて提示された具体的な目標に対して私は久々にズシンと重たいものを感じることになったよ。

 

 

斎藤T『安心したよ。勝負にならないレースで勝ち誇ったり つまらなそうにしたりするようだったら、今すぐにトレセン学園を自主退学するように言うつもりだったから』

 

斎藤T『そりゃあ、バカ高い授業料を払ってまでトレセン学園にいる意味なんてないだろう? そんなのは然るべき研究機関でやった方が実験データも集めやすいしな』

 

斎藤T『でも、お前も立派なアスリートなんだってことは今のでわかった。やっぱり自分の脚で最後まで走りたいと思うのが普通だよな』

 

斎藤T『よかった。お前は“超光速の粒子”なんかじゃない。この世に生を受けた一人の人間だ』

 

斎藤T『なら、しっかりと身体は丈夫にしておかないとな』

 

斎藤T『そりゃあ、わかるよ。わかりきったことで不可能に挑戦する理由なんて1つだろう? 『必要は発明の母、不便は必要の母』なんだから』

 

 

彼から言わせると、研究者でありながらアスリートとしてトレセン学園に籍を置き続ける私は()()()()()()()()()()()ということらしい。

 

まあ、他にもいろいろと秘密を共有している間柄ではあるものの、それを抜きにしてもトレセン学園の関係者の中では一番に信頼されていることは嫌なことではない。

 

嘘か真かわからない摩訶不思議な体験を唯一語り聞かせることができる相手として、彼の話に耳を傾ける時間が良い気分転換や新たな発想のヒントになった。

 

けれども、私が彼に一番興味を抱いたきっかけは、そういった日々の積み重ねよりも、時折 発作のように彼が見せてくる狂気にあった。

 

そう、自称:未来人の頭のおかしい新人トレーナーくんは自信満々に言うのだ。

 

 

――――――“超光速の粒子(タキオン)”の扱いに関して波動エンジンの開発エンジニアである私の右に出る者はいない。

 

 


 

 

――――――夜の首都高

 

ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 

斎藤T「どうだ! これが湾岸線の80km/hの世界だ! 中央環状線の60m/hとは大違いだろう!」

 

アグネスタキオン「凄いよ、トレーナーくん!」

 

斎藤T「出発前に見せた臨海副都心ってやつが見えてきたろう?」

 

アグネスタキオン「ああ! いいよ、この景色! 見たことない!」

 

 

この日、私は彼に誘われて大型バイクで二人乗りのツーリングに出かけていた。

 

名目は『60km/h以上のスピードの世界を肌で体感するため』であり、トレセン学園がある府中市を出て自動二輪車の二人乗り規制区間を避けて湾岸線を一気に駆けて行った。

 

ウマ娘の最高速度は70km/hとされ、中央環状線の法定速度が60km/hで、湾岸線が80km/hということで、最強のウマ娘を目指す上では非常に有意義な実験となった。

 

もちろん、バ場と高速道路とでは条件が何もかもちがい過ぎるが、ウマ娘レースで長距離と呼ばれているのはたったの3000m前後で、毎分1000mで駆けるなら3分で終わる距離である。

 

そのため、湾岸線を法定速度ギリギリまで飛ばし続ける時間とその中で擦れ違っていく光景が競走バの私にとってはまさに未知の体験だった。

 

ちなみに、彼は意外な程の吝嗇――――――というよりは溺愛する妹を養うために出費を抑えることを優先した金の使い方をしているので、

 

愛車は意識不明の重体から目覚めて心機一転するまでは持たずに これまで全てレンタカーやレンタルバイクで済ませてきており、今日の大型バイクももちろんレンタルだった。

 

けれども、最初から妹と二人乗りすることを前提に大型バイクを乗り回していたので、私にとっては初めてのバイクでも気遣いがしっかりと行き届いていた。

 

府中市内の道路で実際の運転で気をつけるべき点や二人乗りでの注意事項などを法定速度遵守の中でレクチャーしながら緩急自在にバイクの挙動に慣れさせていったことで、

 

最終的には私も法定速度遵守のフルスロットルで飛ばす夜の湾岸線をしっかりと観光名所を脇に見据えながら楽しむことができていた。

 

一方で、私のライディングウェアを気前よく買う辺り、彼にとってはれっきとしたトレーニングの必要経費と見做されているらしく、

 

あまりこういったものに触れる機会がなかった私にとっては自分の脚以外でスピードを求める者たちの在り方を学ぶことができて非常に有意義なものとなった。

 

すると、自分で買い与えたものだろうに、今日着用したライディングウェアが要らないなら、彼はそれをもらい受けるつもりでいたのだ。

 

どうやら、どうせ二度と着ることなんてないんだから、()()()()のライディングウェアの研究も兼ねて、合法的にウマ娘用の衣類を入手するために私を利用していたようだ。

 

そして、終いには彼はとんでもないことをさらりと言い出したのだ。

 

 

――――――馬油(バーユ)を造るから()()()()()()()()()()()ライディングウェアが合法的に手に入れたかった。

 

 

それを聞いて、思わず私は彼を蹴り上げてしまっていた。初めてだよ、そんなことを面と向かって言われたのは。

 

冬物を着込んでいるだけに12月の夜でも身体が温かったのだが、今ので体温が2,3度は上昇して顔が紅潮しているのがわかるぐらいに熱くなってしまった。

 

いや、そもそも“馬油”が何なのかが私にはわからなかったのだが、彼はもっともらしいことを言ってのけた。

 

曰く、一般的にウマ娘は一定水準以上の可憐な容姿をしており、美の象徴として古来から羨望と嫉妬の対象で在り続けた。

 

一方で、浮世絵や絵巻物に描かれている時代毎の美人の基準は彼が知るものと変わっておらず、ウマ娘もまたヒトにとっての美人の価値基準の変化に合わせて容姿が変化していったという歴史的事実が存在する。

 

あるいは、ウマ娘の美貌に対抗してヒトもまた競うように美容に力を入れてきたらしく、桐生院Tのようにウマ娘と遜色ない整った外見のヒトも多いことが気になっていたらしい。

 

しかし、ブスと呼ばれるような容姿が劣っているウマ娘の存在が文献では一切語られないことから、とても敏感にヒトの価値観の変化に対応していったと考えられるのだ。

 

つまり、ウマ娘には種族の本能としてヒトに対する()態能力があると推測され、ブスの壁を軽く超えるような活発な遺伝子変異と環境適応が行われていると推測していた。

 

これは()()()()()()()の支配者とされる“フウイヌム”――――――この地球を密かに侵略している“WUMA”とウマ娘の関連性を調べるための実験の第一歩と彼は言ってのけたのだ。

 

要するに、“馬油”とやらの精製で(ウマ娘)もうひとりの私(WUMA)の分泌物の比較実験を行うと同時に、

 

『ウマ娘の起源を探る』というもっともらしい理由をつけて(ウマ娘)の身体を彼なりの観点から徹底的に調べ上げようとしている。

 

私は彼のことを貴重なモルモットとして数々の実験に付き合わせてきたが、彼の方もWUMAを分析するためにウマ娘である私のことを躊躇いなく実験サンプルとして利用してくるのだ。

 

この時、私ははっきりと確信したね。

 

 

――――――ああ、彼は私以上の奇人変人だ。最愛の妹のために悪徳トレーナーになることも造作もなかった()()()()()()()筋金入りの奇人変人だ。

 

 

しかも、ただ私の汗が染み込んだ衣類が欲しいと言うわけではない。私の普段着に薬品の臭いが染み付いているから、自分で高い金を支払って新品の服を私に着せたのだ。

 

そして、『私が疑問なく着込んで』『二度と使わないだろう』『しっかりと汗を染み込ませて』『トレーニングの一環として安全にスピード体験ができる』ものならバイクツーリングじゃなくてもよかったそうだ。

 

他に候補として上がっていたのはアルペンスキー。ただし、バイクツーリングと比べると先述した4つの点で問題があったので、結果として安上がりで手慣れたバイクツーリングとなったようだ。

 

彼は極めて合理的であった。1つのことにいくつもの意味を持たせて誰もが納得するやり方を通してくるため、多面的に見なければ彼の真意は見えてこない。

 

もしかすると新年度早々の絵に描いたような悪役ぶりも自身に注目を集めさせるための身体を張ったパフォーマンスだとするなら、とんでもない千両役者ではないか。

 

 

だから、不思議と悪い気はしなかった。

 

 

私が差し出す薬を嫌々ながらも一気に飲み干して後から文句を言うのはお決まりなのだが、

 

それでも私の実験に最後まで付き合ってくれるぐらいには、彼は私のことを信頼してくれている。

 

言っている内容も技術者としての観点から述べた現実的なものが多く、時には採算性や実用性があるとわかった場合には製薬会社に成分調整と治験を依頼するぐらいには真剣だった。

 

それと同じように、私の汗が染み込んだ衣類を欲しがったのも二の次であって絶対ではなく、

 

今回のバイクツーリングは、60km/h以上のスピードの世界を私に体験させて これからの目標設定に役立てるように私への配慮を第一に彼なりの最適解を導き出した結果なのだと、私は確信していた。

 

だから、私も彼のことを信頼していたし、彼もトレセン学園では一番に私のことを信頼していると言っても過言ではないはずだ。

 

いったい私以外の誰が彼のことを理解してやれるというのだろう。

 

 

――――――そう、彼は私だけのモルモットであり、私は彼だけのウマ娘なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイワスカーレット「へえ、昨日はそんなトレーニングをしていたんですね! それってすごくいいですね、タキオンさん!」

 

アグネスタキオン「ああ。ウマ娘の脚でも60km/h以上は出せるわけだけど、何十分もその脚で走るわけじゃないから、とても刺激と発見に満ちたものになったよ」

 

アグネスタキオン「ほら、これはレインボーブリッジとやらの夜景だよ」

 

ウオッカ「ま、マジかよ! かぁー! 俺も早くバイク手に入れてぇー! そ、そしたら、俺もいつか二人乗り(タンデム)で……」

 

ダイワスカーレット「あ、アタシもそういうのには少し憧れるかも……」

 

ウオッカ「さすがはタキオン先輩の担当ってだけあるよな! 『我が道を行く』って感じでホントにイカしてるぜ!」

 

アグネスタキオン「うん? いや、まだ彼が担当と決まったわけじゃ――――――」

 

ダイワスカーレット「え、ちがうんですか? みんな、そうじゃないかって言ってましたよ?」

 

ウオッカ「ああ。“怪物”ナリタブライアンに模擬レースで競り勝って『天皇賞(秋)』でブッちぎったハッピーミークを仕上げた桐生院Tの自慢の弟子ってことでな!」

 

ウオッカ「ブライアン先輩に勝てるウマ娘なんて会長ぐらいしかいないと思っていただけに、本当にあれには驚いたぜ! というか、感動した!」

 

 

アグネスタキオン「……そうかい」フフッ

 

 

ダイワスカーレット「あ! 今、タキオンさんが笑った!」

 

ウオッカ「お、おう……! まさか そこまでデキているだなんて、思いもしなかったぜ……」

 

アグネスタキオン「え」

 

ウオッカ「あ、ヤベ……! は、鼻血が……」

 

ダイワスカーレット「ちょっと、大丈夫……?」

 

 

アグネスタキオン「……騒々しいね、まったく」フフッ

 

 

ビワハヤヒデ「やあ、タキオンくん」

 

アグネスタキオン「やあ、ハヤヒデくん、私に何か用かね?」

 

ビワハヤヒデ「ああ。来年には私は会長と一緒にトレセン学園を卒業することになっているだろう?」

 

アグネスタキオン「ああ そうか。すまないね、きみの髪のことは間に合わなかったね……」

 

ビワハヤヒデ「いや、気にしないでくれ。それ以外にもきみにはいろいろと助けられてきたのだから、礼を言うのはこちらの方だ」

 

ビワハヤヒデ「来年にはいよいよデビューするのだろう? 同じ学び舎の仲間として応援することはもうできないが、活躍を期待しているよ」

 

アグネスタキオン「それは光栄なことだね」

 

ビワハヤヒデ「それと――――――」

 

 

ナリタブライアン「これまでは会長が手を尽くしてくれていたから退学にならずにいたことを忘れるなよ」

 

 

アグネスタキオン「おやおや、今度はブライアンくんではないか。姉妹揃って いったいどうしたと言うんだい?」

 

ナリタブライアン「おい、姉貴。こいつの監視役を押し付けて卒業するのは勘弁してくれ」

 

ビワハヤヒデ「そうは言うが、ブライアン? タキオンくんのメイクデビューが見られないことが会長の心残りでもあるのだし、彼への恩返しのためにも面倒を見てやるべきではないか?」

 

ナリタブライアン「そう言われると、何も言えないが……」

 

ナリタブライアン「まあ、あの男がついたおかげで面倒事を起こさなくなったのも事実だからな……」

 

ビワハヤヒデ「そうだろう? それに、彼がいなくなったら彼の妹とも会えなくなるぞ?」

 

ナリタブライアン「…………いや、別に会いたいわけじゃないが」

 

ビワハヤヒデ「そうか? あの時のブライアンは子供の頃のように無邪気で可愛らしいところを見せてくれたじゃないか?」フフッ

 

ナリタブライアン「い、言うな! あれは、何というか、会長みたいな雰囲気でやりづらかっただけだ……!」

 

ビワハヤヒデ「まあ、どちらにしろ、私たちのトレセン学園の日々、『トゥインクル・シリーズ』を駆ける日々は今年で終わりを告げる」

 

アグネスタキオン「ほう、それはつまり――――――」

 

 

ナリタブライアン「ああ。私も姉貴も『ドリーム・シリーズ』に移籍する」

 

 

アグネスタキオン「なるほど。『ドリーム・シリーズ』――――――正式名『ドリームトロフィーリーグ』」

 

アグネスタキオン「生涯現役を貫く殿堂入りウマ娘たちによる夏と冬の激しい熱戦が繰り広げられる至高の舞台か」

 

アグネスタキオン「まあ、競バ場なんてものは限られていることだし、会おうと思えばいつでも会えるじゃないか」

 

ナリタブライアン「正直に言えば、会長がトレセン学園の顔として『トゥインクル・シリーズ』に残り続けているのを尻目に移籍するのは心苦しいものはある――――――」

 

ビワハヤヒデ「けれども、会長は私たちの夢を快く応援して送り出してくれたよ」

 

アグネスタキオン「まあ、そうだろうね。夢の舞台『トゥインクル・シリーズ』の先の更なる夢の舞台『ドリーム・シリーズ』に優駿たちを送り出すことを躊躇うような人じゃないさ」

 

アグネスタキオン「おめでとう、二人共」

 

ビワハヤヒデ「ああ、ありがとう、タキオンくん」

 

ナリタブライアン「だからと言って、私は また一年 副会長をやり通す必要があるから、会長もいなくなることだし、迷惑になることはするなよ?」

 

アグネスタキオン「さて、そいつはどうだろうね?」クククッ

 

ナリタブライアン「相変わらずなやつだ……」

 

ナリタブライアン「私やエアグルーヴの後を継ぐことになる生徒会役員がかわいそうになってきた」

 

ビワハヤヒデ「本当はそこまで心配はしていないだろう、ブライアン?」

 

ナリタブライアン「……まあ、あの新人トレーナーがいるなら、きっと大きな力になるだろうからな」

 

ナリタブライアン「事情は知らないが、『天皇賞(秋)』でメジロマックイーンが無事引退できた件にも一枚噛んでいたようだしな……」

 

ナリタブライアン「エアグルーヴはあまり良い顔はしてないが、お前と同じ会長のお気に入りということで これから何かと気を遣うことになったんだ」

 

ナリタブライアン「お前たちに目を掛けてきた会長の顔に泥を塗らないように、来年のメイクデビューを成功させることを考えておくんだな」

 

 

アグネスタキオン「ああ、わかったよ。忠告に感謝するよ」

 

 

ナリタブライアン「……本当に変わったな、タキオンのやつ」

 

ビワハヤヒデ「そうだろう、ブライアン」

 

アグネスタキオン「……うん?」

 

ナリタブライアン「良い方向に変わっていっているのなら、それでいいさ。まあ、私の迷惑にならなければ何だっていいけどな」

 

ビワハヤヒデ「これからが楽しみじゃないか」

 

アグネスタキオン「……何の話だい?」

 

ビワハヤヒデ「タキオンくん、『きみも身形に気を遣うようになった』という話だよ」クスッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アグネスタキオン「ただいま」

 

アグネスタキオン’「やあ、おかえり、()

 

斎藤T「お、戻ってきたか」

 

 

――――――待っていたぞ、アグネスタキオン(アグネスターディオン)

 

 

少し前まではずっと一人だけの実験室だったこの場所には()()()()()()()と彼が居着くようになった。

 

今では私だけだった実験室が自分の知らないものや彼が良かれと思って用意したもので溢れかえっているが、今の私はそれが当たり前のものとして受け容れている。

 

そして、今日もまた彼の顔を見る度に彼が何をしでかすのかを楽しみにしていた。

 

 

――――――ああ、やっぱりきみは私だけの最高のモルモットだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャージャージャージャー!

 

斎藤T「湯加減はどうだ?」ワシャワシャ

 

アグネスタキオン「ちょうどいいよ」

 

斎藤T「痒いところはない?」ワシャワシャ

 

アグネスタキオン「気持ちいいぐらいさ」

 

アグネスタキオン’「モルモットくん、今日はこのシャンプーを使ってくれ」

 

斎藤T「はいよ」ワシャワシャ

 

アグネスタキオン’「いやはや、ここ最近は一気に生活感に溢れるようになったね、この実験室も」

 

斎藤T「これも立派な新発明の運用テストだ」ワシャワシャ

 

アグネスタキオン’「美容院で使われている移動式洗面台(シャンプーボウル)だなんて、よくもまあ、用意してこれるもんだねぇ」

 

斎藤T「毎回 楽しみにしているくせに」ワシャワシャ

 

アグネスタキオン「ああ、そこ、いい~」

 

斎藤T「はい、いっちょあがり」キュッキュッ

 

アグネスタキオン「ふぅ、綺麗サッパリだよ、モルモットくん」フフッ

 

斎藤T「はい、ホカホカのタオルで水分を拭う」

 

アグネスタキオン「あ~、これはいい……」ホカホカ

 

斎藤T「ほら、()()()()で一番性能がいいマイナスイオンドライヤーだぞ」ゴォオオオオオオオ!

 

アグネスタキオン「きみって必要と思ったら何でも大人買いするけど、大丈夫なのかい?」

 

斎藤T「まったく問題ない。トレセン学園のトレーナーの給料より本業である副業の収入の方が多いし」ゴォオオオオオオオ!

 

斎藤T「だいたい、この洗面台(シャンプーボウル)の改良も本業である副業のためのものだ」ゴォオオオオオオオ!

 

アグネスタキオン’「まあ、私が()()()()()()()としてあまり出歩けないことから始まったことなんだけどね」

 

斎藤T「そうだぞ! 薬品臭いのは元々だが、何日も風呂に入らないでいた臭いには我慢ならなかったからな!」ゴォオオオオオオオ!

 

斎藤T「せめて髪ばかりはここで洗って誤魔化しておかないと、身体を洗いに行くこともままならなかったもんな!」ゴォオオオオオオオ!

 

アグネスタキオン’「……おやおや、随分な言いようじゃないか、モルモットくん?」

 

アグネスタキオン’「そうだ、先程 新しい薬ができたばかりなんだ。最初にその効能を堪能してもいいんだぞ? 目で見ても楽しめるぞ~?」

 

斎藤T「事実だろう! まあ、おかげでお前たちは実験室で髪を洗えて、私は完全循環型洗面台(シャンプーボウル)の開発が捗ると」ゴォオオオオオオオ!

 

斎藤T「ほら、終わりだ」カチッ

 

アグネスタキオン「ありがとう。本当に助かるよ、モルモットくん」

 

斎藤T「どういたしまして。忘れずに身体は洗うんだぞ、自分でな」

 

アグネスタキオン「どうせなら、移動式シャワーユニットも造ったらどうだい?」

 

斎藤T「そんなのは言われなくても造るさ、いずれ。基本構造は洗面台(シャンプーボウル)とまったく同じなんだから」

 

斎藤T「けど、身体中の汗や汚れを落とすんだぞ? 快適に身体を洗うためには必要面積が洗面台(シャンプーボウル)の3倍以上は違ってくるから、実験室に置けるものか」

 

斎藤T「まあ、立ったままシャワーを浴びるだけのショーケースを改造しただけのものなら すぐに用意できるが、それじゃあリラックスできないだろう?」

 

斎藤T「だいたい、部活棟にもシャワー室があるんだから、そこで身体を洗えっての! まさか、身体を洗うのも私にやらせるつもりか!?」

 

アグネスタキオン「アッハッハッハ。まさか、冗談だよ、モルモットくん。本気にしないでくれたまえよ」

 

 

斎藤T「…………“スーパークリーク”って名バを知っているか?」

 

 

アグネスタキオン「うん? たしか、トレセン学園の卒業生の中にそんな名前があったような――――――」

 

斎藤T「実は、競走バ引退後に主にブライダルフェアなどでスーパーモデルとして活躍しているスーパークリークと家電売場で知り合いになってな」

 

斎藤T「彼女、お世話することがとにかく大好きで、それが高じて 旦那や友人と“でちゅね遊び”をするのが趣味なんだそうだ」

 

アグネスタキオン「う、うん……?」

 

斎藤T「なあ? 紹介してやってもいいんだぞ? “でちゅね遊び”の相手は何人いても困らないし、その度に新しい発見があるそうだ」ニヤリ

 

アグネスタキオン「…………冗談はよしといてくれよ、モルモットくん?」

 

斎藤T「それはこっちのセリフだ! これまでは薬品臭さで誤魔化せていたが、さすがに思春期の汗臭さは我慢ならんぞ!」

 

斎藤T「髪を洗ってサッパリしたからって、首から下の身体が臭いのは変わらないんだから、2日に一度は絶対に身体を洗え!」

 

斎藤T「そうでなかったら、“スーパークリークママ”を専属マッサージャーとして雇って身体を洗ってもらうことにしよう」

 

 

斎藤T「これを見ろ。“でちゅね遊び”ってのはこういうものなんだ」ピッ ――――――“でちゅね遊び”中のスーパークリークと旦那のホームビデオ

 

 

アグネスタキオン「………………」ゾゾゾ・・・

 

斎藤T「そうだった、彼女の実家は託児所なんだそうだ」

 

アグネスタキオン「わ、悪かった! 悪かったから! 今度からはちゃんと身体は自分で洗うから!」

 

斎藤T「洗濯もしろよ!」

 

斎藤T「いいか! この完全循環型洗面台(シャンプーボウル)のモデルが完成したら、次はお使いロボットを造ってやるから、待っていろ――――――」

 

アグネスタキオン’「ほら、モルモットくん! 飲みたまえ! 時間は有限なのだからね!」

 

斎藤T「グォオオオオオオオオオオオオ!」

 

斎藤T「こ、こいつぅううう……! 今度は何を飲ませた!?」ウゲェ!

 

アグネスタキオン’「それを見るための楽しい実験じゃないか」

 

 

――――――そう、私たちは互いをモルモットとして扱うギブ・アンド・テイクの関係なんだからさ!

 

 

そして、今日もトレセン学園の片隅で賑やかで楽しい実験が繰り広げられる。

 

最近の彼は完全循環型洗面台(シャンプーボウル)の開発に掛り切りで、私はその実験台というわけだ。

 

この『完全循環型』というのは、蛇口と排水口が複数のタンクを通して循環していることに由来しており、

 

理論上はタンクの水だけを永遠に使い回すことができる究極の節水能力をもたせた洗面器具という位置付けとなっている(浄水器の交換は必須)。

 

そのための第一段階として、既製品の洗面台(シャンプーボウル)をリバース・エンジニアリングして内部構造を把握した後、

 

完全循環型の複数のタンクを水源とする内部構造に改造したところに出所不明の超高性能浄水器の試作品を設置して、

 

後は実際に髪を洗った後の排水が綺麗に再利用できるようになるまで浄水器の性能テストを繰り返すことになった。

 

そのために、私と()()()()()()()はいろいろなシャンプーを試しながら彼の手で洗われることになり、使用後のタンクの成分調査も毎回やらされることになった。

 

まあ、実験室で髪を洗うことになったのには驚きだったが、Win-Winの取引だったので、今はもう実験室で彼に髪を洗ってもらうことが当たり前となっている。

 

そして、どこかの工場とのコネがあるためにそういった性能テストができるらしく、あっという間に完全循環型洗面台(シャンプーボウル)のモデルが完成してしまった。

 

これだけでもその名に違わぬ超高性能な代物であり、すでに工場と提携して完全循環型のシステムの特許を出願して、モデルを応用した各種製品が開発中らしい。

 

しかし、それだけに留まらず 今度は第二段階としてタンクを改良して加湿器と除湿器の機能も取り付けることになった。

 

冬場の湿度管理が大変な時期としては加湿器の機能はありがたく、本人曰くシャワーの温度調整機能に改良を加えただけなので、あっという間に実装された。

 

そして、操作は温度計と湿度計が内蔵された専用リモコンの簡単操作であり、操作パネルを洗面台(シャンプーボウル)から切り離すことで本体の肥大化を避けた構造である。

 

この構造の利点は、リモコンを持った場所の温度と湿度を正確に測れることにあり、リモコンの場所に合わせた調整指示が出せることにあった。

 

なので、あらゆる意味で実験室に閉じ籠もって研究している私にはありがたい機能ばかりであり、製品が販売されたら絶対に買う予定だ。

 

とは言え、排水口から黙々と水蒸気が出たり空気中の水分を吸収したりするのは効率が悪すぎるので、洗面台のカバーから加湿・除湿ができるように改良を加えることで第二段階は完了となった。

 

なお、安全のためにシャワー機能と加湿・除湿機能は排他的構造になっており、つまりは同時に使うことができないようになっている。

 

もちろん、これもモデルの検証が終わってすぐ特許出願となり、たった数週間で特許を立て続けに出していることに驚きを禁じ得ない。

 

現在の第三段階は余熱を利用してホカホカのタオルを用意できる機能が追加されているのだが、本命は搭載した小型発電機だけで連続使用時間:720時間という冗談みたいな目標を掲げていた。

 

しかし、小型発電機の性能がまったく足りていないので頓挫しているのだが、いずれは実現させると躍起になっていた。

 

曰く、洗面台(シャンプーボウル)から始まった試作品の究極の到達点はサバイバルに耐え得る性能を持った“多目的自動給水器(Multi Purpose Automatic Water Server)”なんだとか。

 

他にもいろいろな発明のアイデアを持っており、それらをすぐにでも製品化したいから“もうひとりの自分”が欲しくてしかたがない様子。

 

だから、WUMAが自分に擬態してくれる日を心待ちにしているわけで、改めて時間のやりくりの上手さと実際に未来世界を見てきたかのような先見の明の数々に驚かされる。

 

そんなわけで、私は本当に退屈しない毎日を送ることができている。ひとり閉じ籠もった日々の記憶は今はもう遠い彼方のようだ。

 

 

――――――ああ、やっぱりきみは私だけの最高のモルモットだよ。このまま()()()()()()()()()()を後悔させないでいてくれ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。