ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-シークレットファイル 20XX/12/22- GAUMA SAIOH
――――――名門トレーナーである桐生院先輩は本当に不器用な人だった。
能力や知識はたしかに新人トレーナーだった当初としては『名門』出身なだけあって抜きん出ていたようであり、担当ウマ娘:ハッピーミークの天才ぶりも見抜いた慧眼の持ち主であった。
しかし、最終的に今年の3年目:シニア級においては同期の無名の新人トレーナーであった才羽Tを直向きに追い続けていた飯守Tに追い抜かされてしまっており、
私が先輩に拾われた頃は名門トレーナーとしての矜持から実力の伴わない現実を前にしてかなり精神的に追い詰められた状態であったらしく、自分には才能がないのだと苦しんでいたようなのだ。
実際、今ならはっきりと言えるのだが、初めての担当ウマ娘である受動的な性格のハッピーミークとは相性は抜群なのは間違いないことだが、先輩にはその才能を伸ばし切るだけの能力はない。
これは私が宇宙移民船のクルーとしての厳しい評価なのだが、能力や知識はあっても多種多様で複雑怪奇で千変万化の諸行無常の現実世界を雄々しく生きるだけの適応力や応用力がないのは評価点が低い。
正直に言って、仕事ぶりが丁寧で熱意もあるのは過去の評判でも確認されていることだが、ボットで代用できそうな仕事ぶりなのがかえってよろしくない。
要するに、詰め込み教育の産物である杓子定規で頭が固くて鈍臭い人間であり、未知の領域に足を踏み入れる開拓者としての適性に乏しい人間だ。
だからといって、それで差別するのは間違いであるし、その丁寧な仕事ぶりと熱意があったからこそ、私は無名の新人トレーナー:斎藤 展望で在り続けることができていた。
しかし、21世紀の地球圏統一国家が誕生する以前の時代に生きる人々の心はまさにバラバラで自分勝手で無遠慮なものであった。
宇宙時代においては独立自尊を保証するものは自分たちの国家である宇宙移民船のコミュニティしかなく、完全な保障がないからこそ自己責任が徹底している社会なのだが、
同時に
だから、私は宇宙移民船の中での惑星規模と比べたら遥かに小さいコミュニティに馴染んでいたせいか、この時代で幅を利かせている誰も顔を知らない世間様というやつが大嫌いになっていた。
というより、トウカイテイオーとメジロマックイーンの悲劇の一因にはそういった無責任で無遠慮で無愛想な世論の声が背景にあったことを嫌でも知る羽目になったのだから、ネガティブな印象を持つのも当然だろう。
そう、去年の『ジャパンカップ』で二度目の復活を果たして優勝したトウカイテイオーはそれで有終の美を飾って引退しようとしていたのに、
ありがたいことに『有馬記念』の出走権がファン投票で与えられてしまったのだから、ファンの気持ちに応えようとして出走したら、三度目の骨折で世間様の失笑を買うことになったのだ。
これにより、その出走の是非を巡ってトウカイテイオーと担当トレーナー:岡田Tの間で互いに『自分が悪かった』と言い争うことになったのだ。
それに巻き込まれて、無関係だった私がこうして初めての『有馬記念』で担当ウマ娘:ハッピーミークではなくトウカイテイオーが勝つことを願う状況になってしまったのだから、本当に世間様の気紛れには辟易させられる。
だから、トウカイテイオーはともかく、世間様のありがたいお言葉によって自殺未遂にまで追い詰められた岡田Tに関しては、もうトレーナー業を続けられるほどの気力は残っていなかったのだ。
こうして現場復帰させてはみたものの、すでに“皇帝”シンボリルドルフような最強のウマ娘の担当になるという夢が絶たれた上に軽度の人間不信にも掛かっているので、岡田Tは再び静養させる他ない。
正真正銘、今年の『有馬記念』がトウカイテイオーとの最後の二人三脚であり、トウカイテイオーとしても骨折を直す必要がなくなるので、二度と走れなくなってもいい覚悟で新勝負服を着込んでいた。
もっともメジロマックイーンの時とはちがって、“皇帝”シンボリルドルフからその後の居場所を与えられていることもあって、決して孤独ではなかったことが二人にとって救いであった。
それだけに、メジロマックイーンの悲劇に関してはトウカイテイオー以上に酷いものがあった。
別に王権から爵位が与えられているわけでもないのに、『名家』だの『名門』だので公然と威張り散らす身分差別が横行している時代錯誤な状況が創り上げた『ロミオとジュリエット』であったのだ。
だから、『天皇賞(秋)』でターフの上で死んでみせるという心中未遂事件にまで発展してしまい、担当トレーナーの和田Tはトレーナー組合にも味方がいないのでトレセン学園に居場所がないぐらいだ。
そして、“最強の
そのため、担当ウマ娘:メジロマックイーンの引退と卒業を見届けてトレセン学園を去っていくことは決定事項であった。
幸い、メジロ家からは二人の仲が認められていたので、卒業後も二人の関係が続いていくことには一安心だが、本当に知れば知るほど夢の舞台の裏側の惨状にはため息しか出てこない。
だが、夢の舞台の表側から昨日までの声援を罵声に変えてくる世間様の方が舞台裏で折檻することができないのだから、なお質が悪い――――――。
このようにトウカイテイオーとメジロマックイーンの悲劇は夢の舞台の表側の事情と裏側の事情の比率はちがうものの、世間様の無責任で辛辣な言葉に傷つけられて担当トレーナーの方が再起不能に陥るのは共通していた。
一方で、担当ウマ娘は最後まで担当トレーナーを信じて運命を共にする覚悟であったため、メジロマックイーンもトウカイテイオーも最後となるレースを命を燃やして走り抜く――――――。
そういう意味では、夢の舞台で輝きを放つウマ娘を再起不能にする最も効率的な方法とは担当トレーナーを再起不能にすることで間違いない。
つまり、担当トレーナーの存在こそが夢の舞台を駆けていく競走ウマ娘にとって最大の精神的支柱であり、担当トレーナーがあきらめない限りは競走ウマ娘は命ある限り走り抜く意志を持ち続けることができるというわけである。
――――――だから、現在もハッピーミークが走ることができるのはサブトレーナーである私の功績というわけなのだ。
――――――船橋市三番瀬
桐生院T「………………」
桐生院T「私なんて、もう……」
桐生院T「ミーク、ごめんなさい――――――」
斎藤T「先輩、初日の出のご来光を見るにはまだ10日は早いんじゃありませんか?」
桐生院T「え、斎藤さん!? ど、どうしてここが――――――」
斎藤T「ええ、探すのに苦労しましたよ。先輩が利用しているホテルで問題があったのを知って駆けつけたのに、こんな月の見えない寒空の下で散歩ですか」
桐生院T「す、すみません、斎藤さん! 斎藤さんに迷惑を掛けるだなんて、本当に私ったらダメで――――――」
斎藤T「そうですよ。今日の『有馬記念』がどういう結果になったとしても、それを粛々と受け容れて次に繋げてくださいよ」
斎藤T「しかし、参りましたね。8月末の事件と同じことがこんな場所で起きるだなんて」
桐生院T「え」
斎藤T「本当に困りますよね。あの時はライスシャワーの飯守Tでしたが、今度は先輩に化けて“成り代わり”をしようとするやつが出るだなんて」
桐生院T「――――――!」
桐生院T「だ、大丈夫だったんですか!?」ガタッ
斎藤T「ええ。すぐに取り押さえて警察に引き渡しましたよ」
桐生院T「ほ、本当ですか!?」
斎藤T「まあ、先輩に本当にそっくりでしたから、取り押さえて警察に突き出した時には心が痛みましたけど」
桐生院T「……よかったぁ」ヘナヘナ
斎藤T「大丈夫ですか? もしかして以前からストーカーに“成り代わり”のタイミングを狙われていたんですか?」
桐生院T「は、はい……。何度も何度も私と同じ顔をしたストーカーに襲われる夢を見てきたんです……」
桐生院T「最初はホテルの部屋に入ってきて私の首を絞めてきて――――――、」
桐生院T「悪い夢だと思ったら、またホテルの部屋にストーカーが入ってきて抵抗したんですけど、すぐに――――――」
桐生院T「だから、それからはホテルから逃げ出して船橋市のあちこちを逃げ回っていたんですけど、どこをどう行っても私と同じ顔をしたストーカーに迫られて、私は――――――」
斎藤T「それは本当に怖い夢でしたね……」
斎藤T「ですが、これで夢は終わりですよね? 『有馬記念』を迎えることができますよね?」
桐生院T「――――――『これで夢は終わり』?」
桐生院T「………………」
斎藤T「どうしたんですか? 少し怖いでしょうが、こうなったらホテルに一旦戻ってチェックアウトして、中山競バ場が開く時まで24時間営業の店で待ってましょうよ?」
桐生院T「…………嫌です」
斎藤T「……先輩?」
桐生院T「わ、私よりもミークに相応しいのは斎藤さんなんです! だから、ミークの側には斎藤さんが居てあげてください……!」
斎藤T「…………どうしたんですか? ハッピーミークの担当トレーナーは先輩なんですよ?」
桐生院T「だって、私は『有馬記念』を翌日に控えていたのに、『東京大賞典』の観戦に行っていたトレーナーなんですよ!?」
斎藤T「別に、最終調整をやらないと普段の実力が発揮できないわけでもないんですし、1日ぐらいプライベートな時間を設けてもいいと思いますけどね。それが労働者の権利です」
斎藤T「そのためのサブトレーナーなんですから」
桐生院T「私はずっとミークに嘘をついていたんです……」
桐生院T「ミークのことを一番に考えているはずだったのに、私はいつの間にかミークのことをあなたに預けることに何の疑問を抱かなくなっていたんです……」
斎藤T「……そうですか? 先輩も来年には4年目なんですから、他の子の担当も検討する時期に入っているんですし、敏いハッピーミークですから そのことに不満を抱くとは思えませんが?」
斎藤T「先輩にはハッピーミークのような子を見出す慧眼があるんですし、ハッピーミークとの3年間で得られたものを次に活かしましょうよ」
桐生院T「で、でも! 私はミークの才能を伸ばすことができなかったんですよ!?」
斎藤T「え? 『天皇賞(秋)』には勝ったじゃないですか? 他にも、様々な重賞レースに参加して年間最多勝利記録に迫る勢いで勝ってきてますし」
斎藤T「それにトウカイテイオーやメジロマックイーンに起きた悲劇を考えれば、ハッピーミークは何の怪我もなく重賞レースを走り続けてきたとんでもない名バですよ」
桐生院T「で、でも……!」
桐生院T「わ、私は――――――」
斎藤T「まあまあ、落ち着きましょうよ。年の瀬の『URAファイナルズ』だってあるんですし」
斎藤T「とりあえず、荷物を引き払って落ち着ける場所でコーヒーでも飲みましょう」
斎藤T「寒かったでしょう? 真冬の東京湾を前に立ち竦んでいて」
桐生院T「……はい。すみませんでした、斎藤さん」
斎藤T「…………よし」 ※現在8周目!
――――――WUMAめ、先輩を何度も殺害するとは絶対に許さん! 必ず根絶やしにしてやる!
現在8周目、ようやく繰り返される時間の謎に迫ることができた。
まず、今回の“目覚まし時計”の使用者はなんと先輩:桐生院Tであった。
そして、日付が変わる時刻から4時間程度の時間を何度も繰り返すことになった核心については これから自白剤を飲んでもらって思う存分に喋ってもらう予定である。
しかし、WUMAがホテルの宿泊客に擬態することですんなりと擬態対象の暗殺を成功させることができる点には恐怖しかなかった。
フロントとしてはまさか本物にそっくりな偽物がこの世に存在するだなんて思いも寄らないのだから、『うっかり部屋に鍵を挿しっぱなしにしてしまった』という利用客の言葉を信じないわけがない。
なので、ホテルの従業員がWUMAの完全犯罪の片棒を担ぐことになるのだ。これはもうWUMAの脅威を知っていたらホテルで寝泊まりなんて恐ろしくてできなくなる。
だが、見落としてはいけないのは『桐生院TがWUMAに殺されるから』時間が巻き戻されているのではない――――――。
あくまでも“目覚まし時計”の使用者が天の道に背く振舞いをしていたから、その罰として時間の牢獄に閉じ込められてしまっているのだ。
WUMAに狙われることになったのは時間の牢獄の中で救いの手を掴むために因果律が操作された結果と考えればいいのかもしれない。
今回は『自分の顔をしたストーカーに殺され続ける』という悪い夢を見続けていると勘違いしていることでそこまで先輩は絶望しているわけではないが、
私がようやく何周目かに見物しに来た三番瀬で立ち尽くしていた先輩が時間の牢獄に囚われる原因となるものを口々に喋っていたので、次の周に持ち越すことを前提に真実を探ることに腐心した。
おそらく、時間が来たら容赦なく時間が巻き戻されるので、その直前に先輩の行動を操作しつつ、先輩に擬態したWUMAを排除しやすいように仕向けておけば、次からはかなり有利に状況を展開することができるだろう。
――――――だからって、こんな
桐生院T’「逃げても無駄ですよ。あなたの役目は終わったんです」
桐生院T「まただ! また先回りされて――――――!」
桐生院T「いったいいつになったこの悪夢は終わるの――――――?」
桐生院T「あ!」
桐生院T’「もうどこにも逃げ場はないですよ」
桐生院T「誰か! 誰か助けてええええええ!」
斎藤T「待てぇ!」ダッダッダッダ! ※現在10周目!
桐生院T「斎藤さん!? 斎藤さん!」
桐生院T’「助けて、斎藤さん! 私に化けたストーカーに襲われてます!」
桐生院T「えっ!?」
斎藤T「な、なんだってー」
桐生院T「ち、ちがいます! 私の方が襲われていたんですよ!」
桐生院T’「聞いてください! 私が本物の桐生院 葵です! 斎藤さんにならわかるはずです!」
斎藤T「ど、どっちが本物なんだー」
――――――手の込んだ料理ほど不味い。どんなに真実を隠そうとしても隠し切れるものじゃない。
桐生院T「え!?」
桐生院T’「この声は――――――」
斎藤T「………………ハハッ」
才羽T「やあ、明日の『有馬記念』が楽しみだからって、夜遊びをしているとはな、斎藤T? それに桐生院Tもか?」
桐生院T「さ、才羽T!」
桐生院T’「ち、ちがうんです! 私にそっくりな悪質なストーカーに襲われそうになっていたんです!」
才羽T「それで、斎藤Tに助けを求めたってところか」
才羽T「それじゃ、斎藤T、本物がどっちかわかるかい?」
斎藤T「いや、ここじゃ暗いし、外見からだとまったく判別ができない……」
斎藤T「とりあえず、こっちに来てください、2人共」
桐生院T「だ、ダメです! 危険です! このストーカーは私のことを何度も夢の中で襲ってきたような危険人物ですよ!?」
桐生院T’「それはこちらのセリフです!」
才羽T「……じゃあ、手筈通りに」
斎藤T「……はい」
才羽T「葵」
桐生院T’「はいっ!」
桐生院T「は、はいっ!」
斎藤T「お」
才羽T「うん」
才羽T「それじゃあ、きみは僕と来てもらおうか」
桐生院T「あ、はい、才羽T……」
桐生院T’「ち、ちがいますよ、才羽T! そっちは私じゃないんです! 本物は私なんです!」
斎藤T「……私じゃ不満ですか?」
桐生院T’「あ、いや、そういうことじゃ――――――」
ブーンブーン・・・ブーンブーン・・・
怪人:ウマ女「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!??!」
斎藤T「……これは非常に参考になったよ、才羽T」 ――――――WUMA討伐完了!
斎藤T「それじゃあ、シニアクラスの証である角は採取させてもらうぞ」ベギッ! ――――――根本から角を剥ぎ取る!
斎藤T「これが完全な擬態ができなくなったシニアクラスの欠点だな、ケイローン。ジュニアクラスの方が手強い」パシッ
――――――ああ。なまじ“フウイヌム”としての自我があるばかりに人間よりも優れた身体能力が仇となった。
斎藤T「大丈夫か、ケイローン? もうそろそろでコーカサスオオカブトの身体の寿命が尽きるはずだ……」
斎藤T「大まかなことは全て聴けたけれど、まだまだ聴きたいことがいっぱいあるんだ……」
斎藤T「頼む!」
今回の桐生院Tに擬態したWUMAはシニアクラスであり、シニアクラスだったからこそ簡単に擬態を見破って排除することができた。
WUMAとしての自我を併せ持つシニアクラス以上であることが条件であるが、これが本物と偽物が見分ける方法としては非常に最適であった。
そのやり方は非常に簡単なもので、
今回の場合は才羽Tが同期である桐生院先輩のことを“葵”と呼び捨てにしたのがそれだ。
反射的に本物も偽物もほぼ同時に返事をすることになるのだが、すると実際には反応がワンテンポの差が開いたのだ。
これは身体能力が人間を超越したWUMAならば擬態対象である本物よりも確実に早く返事をしてしまうことを見越した罠だったのである。
考えてみればわかる。唐突に親しい人から普段言わないような呼ばれ方をしたら、普通なら返事という行動に移る前に一瞬だけ違和感を覚えるはずだろう。
その一瞬の違和感が反応をワンテンポ遅らせることに繋がるわけであり、シニアクラス以上のWUMAの場合だとWUMAとしての自我があるせいで呼び方がちがうことへの違和感を覚えずに普通に返事をしてしまうわけなのだ。
だが、呼ばれ慣れていないはずなのに普通に返事をする自然さこそが不自然ということであり、WUMAとしての認識が強いほど見下しているヤフーの名前に愛着なんかを抱かないわけで普通に反応してしまうのだ。
おそらく WUMA自身が認識できていない普段からの徹底した差別意識によって染み付いた悪癖であり、擬態対象を擬態直後に抹殺する習性に身を委ねていることから、認識しようがない弱点とも言えた。
まさに、才羽Tが大好きなヒーロー語録のとおりである。
――――――手の込んだ料理ほど不味い。どんなに真実を隠そうとしても隠し切れるものじゃない。
なお、才羽T本人も“サイボーグ”などと仇名されているミホノブルボンと同じぐらい精密機械と思わせる特技があり、
それは
なんでも、料理の世界においては秒単位の計測では大雑把であるらしく、最高に美味い味付けを100%提供するために感覚を極限まで研ぎ澄ましていったら自然と人間時計になっていたとのこと。
0.1秒単位で世界を見ることができるのだから、才羽Tからすれば世界は停まって見えているようでもあった。
なので、競走ウマ娘のトレーナーの能力として活かすと、単純に競走ウマ娘の速い遅いの良し悪しが0.1秒単位ではっきりとわかってしまうのだから、理屈抜きで見ただけで的確な指導が行えるのだ。まさに天才。
もっとも、今回の場合は桐生院Tが“目覚まし時計”を使って時間を巻き戻していたから、先輩は幸運にもWUMAの魔の手から逃れることができただけで、
先輩が“目覚まし時計”を使っていなかったら、最初の1周目で自分に化けてホテルの部屋を開けさせたWUMAの奇襲に為す術もなく“成り代わり”が果たされていたわけなのだ。
だからこそ、今まで問題視されていなかったシニアクラス以上のWUMAの擬態の弱点が浮き彫りになったというわけであり、同時に末端のジュニアクラスの擬態の完璧さが際立ち、
今回はたまたま“目覚まし時計”のおかげで先輩に擬態したWUMAを見抜いた上で茶番に付き合うことになったが、依然としてジュニアクラスの完璧な擬態を見破る手掛かりはない。
一応、擬態直後のWUMAは擬態対象に対して殺人衝動を抱き、その本能によって殺害を実行する際にWUMAの驚異的な身体能力を発揮する仕組みとなっており、人間と同じ姿で石をも握り潰すような握力で人間の首を折ることなど容易であった。
ただし、ジュニアクラスの場合は擬態対象の抹殺に失敗してしまうと、擬態対象の思考に支配されてしまい、場合によっては擬態対象と共存する事例もある――――――。
ジュニアクラスの完璧な擬態を見破るヒントはこういった殺人本能や生存本能を揺さぶることにありそうだ。
さて、今回はWUMAの禁忌を犯した裏切り者である賢者ケイローンの姿を見せることで、その存在を知っているWUMAに揺さぶりを掛けて正体を暴いたところをいつものように返り討ちにした。
四次元能力を展開して速攻を極めようとしたところで逆に時間跳躍によるカウンターで即死したために、シニアクラスの特徴である超能力制御器官である角を活かした戦いが日の目を見ることはなかった。
これだから『下位のジュニアクラスの方が質と量の両面で手強い』という評価になるわけで、すぐに空間跳躍を使おうとするWUMAは“特異点”の前に平伏すのが定めである。
先日、シンボリ家の別荘地での大捕物で偽物の岡田T’だったシニアクラスの遺体は肉体組織が崩壊する前にSATが何とか原型を留めるようにして手を尽くして回収したらしいが、
今回の偽物の桐生院T’だったシニアクラスは十分な装備が用意できなかった遭遇戦だったことも鑑みて、せめてシニアクラス討伐の証である角だけは採取しようと考えていた。
これを研究分析することができれば、ヒトの身でも超能力を人為的に発揮することができるかもしれない――――――。今回の討伐戦の戦利品だ。
あとは、天才に儚い恋をした名門トレーナーの少女時代を才羽Tに終わらせてもらおう。
――――――それができない限り、私も才羽Tも桐生院先輩が発動させた“目覚まし時計”から永遠に解放されることがないのだから、これで終わりにしてくれ!