ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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完了報告  先を行く者とそれを追う者 LORD OF THE SPEED

200X年、中央競バ『トゥインクル・シリーズ』が地方競バ『ローカル・シリーズ』に人気が逆転された暗黒期の真っ只中――――――。

 

様々な要因が重なった結果の人気低迷の時期であり、トレーナー組合と生徒会、その背後の『名門』と『名家』がトレセン学園の主導権を握るための対立をしながら、それぞれが人気回復のための方策を模索していた時期――――――。

 

まだ名門トレーナー:桐生院 葵が恋も知らない少女だった時代に『名門』桐生院家はかつてない栄誉を獲得していた。

 

それはシンザン以来の“クラシック三冠バ”ミスターシービーの輩出であり、彼女の存在と活躍によって『トゥインクル・シリーズ』人気回復の兆しが見え始めたのであった。

 

しかし、外野から見れば『名門』桐生院家はこれによって他には成し得なかった不動の栄光を掴んだかのように見えたのだが、

 

当の『名門』桐生院家としては“クラシック三冠バ”ミスターシービーの栄光は桐生院家の黒歴史として扱われていた。

 

 

なぜなら、そのミスターシービーの担当トレーナーは桐生院家御本家ではなく、地方競バから中央競バに乗り込んできた分家筋の若造であったからなのだ。

 

 

普通に考えれば、分家筋であっても桐生院家の一員なのだから、その栄光も名誉も『名門』桐生院家に帰するものなので、そう無下に扱われるものではない――――――。

 

しかし、後世に暗黒期と酷評されるほどに腐敗していた中央トレセン学園の面々は自分たちの名誉のための功績を貪欲に欲し、自分たちの汚点となるものを過剰に恐れていた。

 

そのため、格下と見下していた地方から中央に転入してきた実質的に実績なしの若造にシンザン以来の“クラシック三冠バ”を奪われたことを逆恨みしていたのだ。

 

もちろん、桐生院家御本家のベテラントレーナーも中央にはいたわけであり、ミスターシービーの担当の座を献上するように一方的に迫ったぐらいなのだが、

 

肝心のウマ娘:ミスターシービーが自分の脚で走って稼ぐわけでもないのにレースを我が物にしている傲慢無礼なベテラントレーナーを毛嫌いしている自由人であったため、

 

当然ながら権威主義的な桐生院家御本家のトレーナーとは反りが合わず、彼らではミスターシービーの能力を発揮させることが難しかったのだ。

 

それでいて、地方競バ出身の分家筋の若造と意気投合してシンザン以来の“クラシック三冠バ”の偉業を達成してしまったのだから、御本家としてはまったくおもしろくなかったわけなのだ。

 

当然、同じ桐生院家でありながら地方出身として見下されていた若造は実力主義・成果主義の正論を盾に御本家に遠慮などしないし、中央のトレーナー組合の八百長会議の決定にも従わない存在だった。

 

そのため、桐生院家にもたらされたはずの栄光は血縁を重視する『名門』にとっては()()()()()()()()というつまらないプライドによって素直に受け取られることはなかったのだ。

 

 

――――――要するに、ただの嫉妬とくだらないプライドからの劣等感である。

 

 

自分たちではこれまで成し得なかったシンザン以来の“クラシック三冠バ”誕生という快挙を 血の薄い地方の若造によって あっさりと成し遂げられてしまったのだから。

 

それはまさに中央競バと地方競バの人気が逆転していたのと同じように、中央のトレーナーと地方のトレーナーの実力が逆転していたことを世に映し出していたかのごとく。

 

つまり、地方の若造ごときに遅れを取った事実によって中央の御本家の名誉に傷をつけられたという強烈な逆恨みなのだから、嫉妬とは醜いものである。

 

そのため、そういった理不尽な扱いに腹を立てて夢の舞台に見切りをつけたことでミスターシービーが引退すると同時に地方の若造もトレーナー業を引退することになり、その後の消息は不明である。

 

 

そうして意固地になった『名門』桐生院家の醜い嫉妬に染まりきった内情を知らないまま、御本家の令嬢:桐生院 葵は自分たちの家から出た“三冠ウマ娘”ミスターシービーのことを誇りに思っていた。

 

 

そして、その担当トレーナーであった地方の若造に憧れを抱くようになり、いつか同じ桐生院家の人間として会ってみたいと思っていた。

 

しかし、その願いは叶うことはなかった――――――。

 

また、ミスターシービーとその担当トレーナーに関係することを調べることは一切禁じられ、一族秘伝の『トレーナー白書』にもその記録は抹消されていた。

 

その理由を知らされることなく、桐生院 葵は名門トレーナーとしての徹底的な英才教育を受けることになったのだが、

 

それが結果として暗黒期から黄金期に移り変わって自由な気風に染まった中央トレセン学園において かえって世間知らずの浮いた存在になってしまう原因となってしまっていた。

 

それは10代の青春をレースに費やす競走ウマ娘たちと同じように、名門トレーナーとしての英才教育によって普通の少年少女が体験するはずだった男女交際にも疎い歪な人間像を作り上げてしまっていたのだ。

 

 

――――――『府中の常識は世間の非常識』とはよくいったものである。夢の舞台の住人は現実社会とは隔絶されたルールと価値観で運営されているのだから当然か。

 

 

そして、桐生院 葵は何の疑問も葛藤も挫折もなく親が敷いたレールを走って中央トレセン学園の新人トレーナーとなった。

 

世間的にはシンザン以来の“クラシック三冠バ”であるミスターシービーの存在もあって近年では最も声望のある『名門』桐生院家の令嬢ということで その年の新人トレーナーで最も注目を集めることになり、

 

実際、名門トレーナーに相応しく新人としては抜きん出た能力と知識を持ち合わせ ウマ娘レースに懸ける情熱も併せ持った逸材として期待を寄せられることになった。

 

 

しかし、ここで 桐生院家の名門トレーナーとして施した 時勢の読めない英才教育が完全に裏目に出ることになったのだ。

 

 

桐生院 葵がその年の新入生になった競走ウマ娘にはミホノブルボン、ライスシャワー、サクラバクシンオー、レガシーワールド、ニシノフラワーなどがいたのだが、

 

能力と知識だけの箱入り娘は最初の担当ウマ娘に『名家』でもないし 覇気が微塵も感じられない 物静かなウマ娘:ハッピーミークを選んでしまったのだ。

 

たしかに、前年度のトウカイテイオーやメジロマックイーンのような華のあるウマ娘や前評判のいいウマ娘があまりいなかったにしても、

 

これには御本家も相当に焦ったらしく、御本家お抱えのベテラントレーナーからレガシーワールドを薦められるものの、レガシーワールドのあまりの気性難にベテラントレーナーの方が振り回されることになってしまったのだ。

 

そのため、大切な御本家の令嬢が初めて担当するにはあまりにもレガシーワールドは危険すぎるというベテラントレーナーの口添えもあって、

 

最初の担当ウマ娘だから失敗するのは已む無しということで渋々ハッピーミークの担当になることが許可されたのだが、またしても御本家の人間は自分たちで勝手に恥を上塗りすることになった。

 

なんと、ハッピーミークの才能がトウカイテイオーやメジロマックイーンをも超えるものがあったことが早々に判明してしまったからだ。

 

どんなバ場だろうと、どんな距離だろうと、自分で想像した通りに問題なく走ることができる脚とずば抜けたイメージ力の持ち主であり、

 

鍛え方次第でどんなレースでも戦うことができるウマ娘など前代未聞であり、これには桐生院家の誰もが娘がとんでもない逸材を見つけてきたことに腰を抜かすことになった。

 

そのため、その才能を買ってハッピーミークには全力で桐生院家が支援することになり、『選抜レース』では他を圧倒する成績でその将来性が期待された――――――。

 

なお、御本家の方で担当を薦めていたレガシーワールドの『選抜レース』の結果は散々であったため、ますます御本家は劣等感に苛まれたという。

 

 

しかし、そんな名門トレーナー:桐生院 葵の同期にそれ以上に注目を集めることになる無名の新人トレーナーが2人もいたのが運の尽きだった。

 

 

一人は、元甲子園球児でかつ 警視総監の息子という『名門』とはちがった次元の御曹司と言える熱血トレーナー:飯守 祐希であった。

 

プロ野球選手だったわけではないにしろ、国民的スポーツ・エンターテインメント『トゥインクル・シリーズ』に並ぶ 野球少年にとっては憧れの『甲子園野球』で活躍した名投手であり、知名度抜群であった。

 

そう、府中では無名の新人トレーナーの扱いなのだが、トレセン学園の経営陣からしてみれば警備担当である『警視庁』の最高責任者の息子ということで、ただの名門トレーナーである桐生院 葵よりもよほど気を遣う人物であった。

 

秋川理事長は特にそういった経歴を気にすることなくトレーナーバッジを与えたが、暗黒期で八百長に関わっていた生き残りからすれば、警察関係者が同じトレーナーになったことに冷や汗が止まらない。

 

また、下手なことをすれば 元甲子園球児だったことから野球関係者も雪崩込んで戦争になる可能性もあり、別な意味で熱血トレーナーの存在は“触れるべからず”として周囲から浮いていた。

 

そして、後の担当ウマ娘となるライスシャワーを『選抜レース』に出走させるために特例として学生寮に進入したことがある貴重な人物としても知られることになった。

 

 

だが、『選抜レース』で名門トレーナーに相応しい余裕のあるスタートを見せた桐生院 葵よりも周囲を驚かせた存在こそ、天才トレーナー:才羽 来斗だったのである。

 

稀代の短距離ウマ娘(スプリンター)として注目されていたミホノブルボンは『選抜レース』前にはすでに担当トレーナーも決まっていたのだが、

 

“クラシック三冠バ”になるという適性に合わない目標から方針が合わずに契約解除していたのが天才の目に留まり、

 

彼がミホノブルボンの担当トレーナーになったことで『選抜レース』で短距離ウマ娘(スプリンター)が中距離2000mを誰よりも速く駆け抜けたのだ。

 

このミホノブルボンの『選抜レース』での勝利は学内で大きな衝撃でもって受け止められ、後に短距離ウマ娘(スプリンター)の頂点に輝くサクラバクシンオーの存在を霞ませるほどであった。

 

一応、才羽 来斗も府中では無名の新人ではあるが、スイスからの帰国子女であると同時に高校サッカーでは全国大会のレギュラー選手だったという得体の知れなさのため、熱血トレーナー同様に中央トレセン学園で横行している新人イジメの対象にはならなかった。

 

むしろ、天才トレーナーが天才たる所以はその圧倒的な存在感と実行力にあり、明らかに無名の新人トレーナーが出していいオーラの持ち主ではなかった。

 

そして、ミホノブルボンの一報を聞いて その担当トレーナーを見た時に、御本家はこの天才トレーナーのオーラに()()()()()()()()()()()()を重ねてしまい、できる限り関わらないように指示したのであった。

 

なぜなら、ミスターシービーの時と同じく、自分たちのやり方で短距離ウマ娘(スプリンター)を中距離で勝たせるビジョンが思いつかないことで、自分たちの無能さが再び白日の下に晒されたような感覚に襲われたからだ。

 

それほどまでに『名門』桐生院家は自意識過剰で虚栄心に塗れた劣等感の塊となっており、シンザン以来の“クラシック三冠バ”ミスターシービーの栄光が逆にトラウマになっていたようだ。

 

そのため、御本家の指示に従って桐生院 葵は、自身も新人トレーナーとしてのトレセン学園での日々に追われていたこともあって、当初は自身の同期となる噂の天才トレーナーとは関わろうとはしなかったものの、

 

やはりミスターシービーの奇跡と今回のミホノブルボンの躍進がどこか重なるものを感じることになり、見るなのタブーを課されてしまったことで逆に気になり、またしても『名門』桐生院家のやることが裏目に出ることになった。

 

 

――――――男がやってはいけないことが二つある。女の子を泣かせることと食べ物を粗末にすることだ。

 

 

早速、天才トレーナーは トレセン学園の小さな箱庭では決して抑えることができない その抜群の存在感を思う存分に発揮し始めた。

 

彼はスイスの帰国子女であり、スイスはフランス料理、ドイツ料理、イタリア料理など、ヨーロッパの中心地にあることで育まれた豊かな食文化を誇り、

 

そして、本場とも言えるヨーロッパのウマ娘レースを身近に体験してきたものとして、ヨーロッパの一流の競走ウマ娘が日頃から食べているアスリートフードに通じていた。

 

そう、彼は若年にして一流の栄養管理士であるし、腕利きのシェフであり、新進気鋭のパティシエであったのだ。

 

その腕前は食堂を貸し切ってのヨーロッパのアスリートフードの試食会で披露されることになり、ミホノブルボンの担当になったばかりの無名の新人トレーナーの存在を一躍有名にした。

 

そうしてヨーロッパのアスリートフードの紹介で多くのウマ娘たちの興味と関心を自身に集中させたところで、日本料理こそが世界に冠たるアスリートフードであることを主張した。

 

そのことに日本のトレセン学園に所属する誰もが頷いたところで、この天才トレーナーは爆弾発言を行ったのだ。

 

 

――――――じゃあ、世界一の日本料理を食べることができる日本の競走ウマ娘が世界一になれないのはなぜ?

 

 

この主張によって、美味しいアスリートフードに舌鼓を打って和気藹々としていた食堂の空気が一気に凍りつくことになった。

 

それは暗に日本の競走ウマ娘やトレセン学園のレベルの低さを詰った言葉のようにも感じられ、無名の新人トレーナーの分際で講釈を垂れる彼にベテラントレーナーたちが食って掛かる。

 

しかし、そのことを意に介さずに彼は丁寧な所作で先輩方を席に案内して一皿だけ提供するのであった。

 

 

――――――本当に美味しい料理は食べた者の人生まで変える。

 

 

その一言だけを添えた一皿を訝しんで口にした瞬間、トレセン学園のトレーナーで涙を流さなかった者はいなかったという。

 

口に含んだ瞬間に広がったのは、この世のものとは思えない感動の味だった。これだけで先程まで喉に出かかっていた文句が綿菓子のように舌の上で甘々に掻き消えてしまった。

 

そして、その感動がもたらしたのはそれだけではなく、もっとそれ以上の『どうしてトレセン学園のトレーナーになったのか』という自分たちの原点――――――、

 

すなわち、ウマ娘レースで覚えた感動と興奮の原点であり、自分たちが目指していたものの初心の思い出であったのだ。

 

そこには『一芸は万芸に通ず』――――――、本当に素晴らしいレースは観た者の人生まで変えることをこの一皿だけで雄弁に表現していたかのようだった。

 

こうしてベテラントレーナーたちを一皿だけで黙らせてしまったという伝説を築き上げたのを皮切りに、“皇帝”シンボリルドルフ以来の“無敗の三冠ウマ娘”を達成したミホノブルボンと天才トレーナーの時代が始まったのであった。

 

そして、同時期に秋川理事長が開催を宣言した新レース『URAファイナルズ』に向けた中央ウマ娘レース界の新たな流れが誕生することになった。

 

 

それからの天才トレーナーはトレセン学園の敷地内にいることはあまりなく、“クラシック三冠バ”を目指すミホノブルボンのオーダーに応えて彼女に殺人的なトレーニングを施す一方で、

 

アスリートフードの試食会のような学外でのイベント開催にも力を入れており、そこで担当ウマ娘のファンを大勢獲得すると同時に担当トレーナーとしてミホノブルボンとの交流も深めていった。

 

恐ろしいことにスイス時代や高校サッカー時代に培ったコネなども総動員した横の繋がりから異業種交流を盛んに行い、それでメイクデビューにもならないうちからお祭り好きな秋川理事長の大のお気に入りとなっていた。

 

天才トレーナー:才羽 来斗のミホノブルボンの学外での人気はこの時点でトレセン学園でのハッピーミークの人気を軽く凌駕しており、デビュー前から知名度抜群に仕上がっていたのだ。

 

その一方で、『名門』桐生院家の手厚い支援と教義に基づいてトウカイテイオーやメジロマックイーン以上の才能を持つハッピーミークにトレーニングを順調に施していく名門トレーナーであったが、どこかぎこちない様子であった。

 

それもそのはずで、桐生院 葵は『担当ウマ娘のことをよく知るべし』というトレーナー白書の金科玉条を『担当ウマ娘の身体能力を把握せよ』という表面的な理解しかできていなかったのだ。

 

こんなにも頭の固い人間に育ってしまうような『名門』桐生院家の英才教育とやらが何を教えているのかを是非とも見学させてもらいたい。おそらく教えているのは頭の凝り固まった年寄ばかりなのだろう。

 

そして、ハッピーミークは受動的な性格で意思表示をあまりしないし、桐生院 葵にしても『レースに関係ないことには首を突っ込まない』と解釈していたので、互いのことがよくわからないまま背中を預け合っている関係となっていたのだ。

 

それに加えて、敏いハッピーミークは担当トレーナーが学園で噂の的になっている天才トレーナー:才羽 来斗に関する話題について意図的に無視していることに気づいていた。

 

そのため、本当はハッピーミークも才羽 来斗が開催するアスリートフードの試食会に興味があったのに我慢することになり、そういった事が何度もあったことで ますます自己主張することがなくなってしまっていた。

 

活発な意見交換ができないような信頼関係のパートナーシップの二人三脚でいったい何を為そうというのか――――――。彼女に親友と呼べる存在がいなかったことがありありと伝わってくる。

 

 

しかし、太陽が素晴らしいのは塵さえも輝かせることにある――――――。天の道を往き 総て司る 天才トレーナーに敵なんかいなかった。

 

 

天才トレーナーは自身の担当ウマ娘:ミホノブルボンを通じて同期の誼でハッピーミークを遊びに誘うように指示を出していた。

 

そのおかげで、ハッピーミークは担当トレーナーの気持ちを汲みながらも才羽 来斗が主催するイベントに参加することができた。

 

他にも、同期のライスシャワーやサクラバクシンオーとも交友関係を結ぶことになり、炊き出しボランティアや地域美化活動、留学生の観光案内などにも参加することになり、ハッピーミークの日常は賑やかとなった。

 

その様子を桐生院 葵は遠くから微笑んでいたのだが、ここで登場したのが ライスシャワーの担当トレーナーとなった もうひとりの無名の新人トレーナー:飯守 祐希であり、

 

担当トレーナーと担当ウマ娘の関係性は三者三様ではあるものの、あまりにも桐生院 葵は担当ウマ娘に無関心なんじゃないかと元甲子園球児は疑問を呈したのだ。

 

特に自分に自信が持てないライスシャワーを常に励ましている飯守 祐希からすると、あまりにも桐生院 葵とハッピーミークの会話が淡々としすぎている気がしていた。

 

そんなことはないと桐生院 葵は反論するが、桐生院 葵が噂の天才トレーナーのことを無視していることに気遣ってアスリートフードの試食会に行きたいのを我慢してきていたことについて訊ねられ、

 

そこでようやく自分の担当ウマ娘が 常日頃 何を考えているのかがわからないことに思い至り、『担当ウマ娘のことをよく知るべし』という言葉の本当の意味を理解することになったのだ。

 

そして、飯守 祐希としては本当は言うつもりはなかったが、こうして忠告しに来た熱血直情な自分よりも不器用な桐生院 葵のためにハッピーミークのことを陰ながら気遣ってきた才羽 来斗へ礼を言うようにアドバイスを送ったのだった。

 

最初はそうすることの意味がまったくわからなかった桐生院 葵であったが、まったくもって担当ウマ娘に対する自分の接し方に足りないところがあることを知ることができた。

 

 

こうして親切な熱血トレーナーのおかげで、桐生院 葵は初めて桐生院家の指示に逆らって『担当ウマ娘のことをよく知るべし』という建前で才羽 来斗という人間との関わりを持とうと思うようになった。

 

 

そこから同期の新人トレーナーの3人;名門トレーナー、熱血トレーナー、天才トレーナーのライバル関係が始まり、

 

あまり社交的とは言えないハッピーミーク、ライスシャワー、ミホノブルボンの仲良し3人組の関係も始まったわけである。それを引っ張るのが学級委員長:サクラバクシンオーだった。

 

そして、桐生院家御本家が危惧していたように、桐生院 葵は自分では決して辿り着けないような天才トレーナーの融通無碍の在り方に心惹かれていくようになり、熱血トレーナーと同じように強く意識していくようになっていった。

 

しかし、実際には天才トレーナーが何十歩も先に進んでおり、名門トレーナーが能力と知識で追い縋るのに対し、熱血トレーナーが2人の背中を必死に追い上げる形となっていた。

 

 

はっきり言って、短距離ウマ娘(スプリンター)でかつ初めての担当ウマ娘のはずのミホノブルボンを“無敗の三冠ウマ娘”にまで仕上げてみせた天才トレーナーの才覚に敵うものはいない。

 

 

そのことを2年目:クラシック級ではっきりとした戦績で示されたことで、先を行く者とそれを追う者としての歴然とした差が付き始めたのである。

 

そのことで名門トレーナーとしての重圧と実力不足に苛まれることになったのが桐生院 葵であり、ハッピーミークの戦績や人気が振るわないことで思い詰めた表情になっていった。

 

一方で、無名の新人ということで自身が実力不足であることは元々だと開き直って 勝利よりも担当ウマ娘の願いのために熱血トレーナーは歯を食いしばって天才トレーナーの背中を追い続けた。

 

そう、ここから2年目:クラシック級での敗北にめげずに彼方を見据えたことで熱血トレーナーが名門トレーナーに勝る活躍を見せ始めるのだ。

 

その差を分けたものこそが、担当ウマ娘との二人三脚の完成度;担当ウマ娘の夢をどれだけ共有できているかであった。

 

実は熱血トレーナーの担当ウマ娘:ライスシャワーのレースに懸ける願いはレースでの勝利ではなく、『自分が勝つことでキラキラと輝き、見てくれる人々に新たな希望を与えたい』というものであったのが3年目:シニア級における勇躍に繋がったのだ。

 

そこから天才トレーナーとは全くちがうファンサービス重視のローテーションを組むようになり、2年目:クラシック級の段階で『有馬記念』に勝つ見込みがなくても出走するぐらいの芯の強さをライスシャワーは得た。

 

その集大成が3年目:シニア級におけるメジロマックイーンやハッピーミークを追い抜いた『宝塚記念』での劇的な勝利であり、スターウマ娘の仲間入りを果たすと同時にライスシャワーの願いを叶えることができたのである。

 

一方で、ハッピーミークは3年目:シニア級で『天皇賞(秋)』で勝利するまで年間最多勝利数に迫るローテーションを愚直に走り抜くことになったのだが、ミホノブルボンやライスシャワーと比べるとイマイチな人気のままだった。

 

 

残酷なことを言わせてもらえば、能力や才能は確かに桐生院 葵とハッピーミークにはあったのだが、元々の素質として華がないのは仕方がないとしても、ヒトとウマ娘の絆が生み出す不思議な力を発揮できていない――――――。

 

 

要するに、レースの女神が誰よりも祝福したくなるような何かがこの2人には致命的に欠けていたのだ。それで勝てるわけがない。

 

だからこそ、天才トレーナーは名門トレーナーのことがあまり好きではなかったという。見ていてイライラさせられる愚鈍な女というのが正直な評価であった。

 

才羽 来斗の眼から見ると桐生院 葵はあまりにも社交能力に欠けるダメな大人でかつ 典型的な『論語読みの論語知らず』であり、

 

数々のG1勝利ウマ娘や顕彰ウマ娘を輩出した桐生院家秘伝の『トレーナー白書』の教えをまったく理解できていないことに大いに失望していたぐらいだ。生兵法とはまさにそなたの為にある言葉よ。

 

こんな大人に導かれる子供が本当にかわいそうだと思っていながらも、そんな大人になりきれない大人と子供の両方の成長を願って才羽 来斗は辛抱強く桐生院 葵の面倒を見続けていた。

 

そして、ようやく担当トレーナーである自分が支えるつもりが自分の独り善がりが原因で逆に担当ウマ娘に支えられる事態になっていることを認めることになり、これで無事に再出発ができたかのように思えた。

 

それから素直に桐生院 葵は“無敗の三冠ウマ娘”を輩出した天才トレーナー:才羽 来斗に謙って教えを請うようにもなり、以前よりも社交能力が増したかのように思えた。

 

しかし、元々の名門トレーナー一族の箱入り娘:桐生院 葵の社交能力の無さが新たな歪みを生み出すことになっていくのだった。

 

 

All work and no play makes Jack a dull boy《勉強ばかりして遊ぶことを知らない子供は馬鹿になる》.

 

 

そう、普通の少年少女の青春を送ることがなかった桐生院 葵にとって あまりにも刺激が強かった 才羽 来斗の存在が興味以上の対象になるのは時間の問題ではあった。

 

何しろ、記憶の片隅に追いやられたはずの憧れだったシンザン以来の“クラシック三冠バ”ミスターシービーとその担当トレーナーであった桐生院家の分家筋の若者のことを思い出させる存在でもあったから。

 

だが、他人を頼ることさえも経験不足な女は自分の欲求に素直になることも不器用であり、常に自分の気持ちを誤魔化した立居振舞をし続けるのであった。

 

そうなのだ。才羽 来斗への相談は常に『ミークのため』と称しているのだが、それが何故か二人きりのカラオケや遊園地に誘われるのだ。どこからどう見ても完全にデートの誘いである。

 

それでも、才羽 来斗は大人であったために面と向かって罵ることはなかったのだが、デートと呼ぶにはあまりにも興冷めになる不器用さや世間知らずな面が露呈するばかりで、

 

『名門』桐生院家における“家族”というものがいかなるものなのかがわかってしまったばかりに、桐生院家の令嬢:桐生院 葵に向ける天才トレーナーの眼差しには憐憫の情が募っていく。

 

そのため、他人をダシにしないと誰かと繋がることができない無自覚な大きな子供を育てた大人たちへの苛立ちを募らせていくことになった。

 

 

――――――友情とは友の心が青臭いと書く。

 

 

青臭いなら青臭いで、それを包み隠さずに本気で誰かに打ち明けることができなければ、本物なんか手に入るはずもない。

 

事実、2年目:クラシック級において熱血トレーナー:飯守 祐希は同期の優秀な新人トレーナー2人と自分を見比べて 2人の真似をしてみて 2人にはない自分だけの在り方を確立することができたのだ。

 

桐生院 葵はまだ誰でもない自分というものを見つけることができていない。それ故に揺るがぬ信念を確立することができていないから担当ウマ娘と心を1つにすることができず伸び悩むのだ。

 

だから、3年目:シニア級において配属された新たな無名の新人トレーナーである私が名門トレーナーのサブトレーナーに就いたことに天才トレーナーは期待していたと言う。

 

 

――――――否、実は才羽Tこそが桐生院先輩と“斎藤 展望”を引き合わせた人物であったのだ。

 

 

新年度早々に学外でウマ娘に撥ねられて3ヶ月間の意識不明の重体になっていた悪名高いトレーナーに一度は会って話をしてみることを先輩に薦めていたのだ。

 

桐生院 葵はあまりにも人付き合いが下手で、来年には4年目ということで新たな担当ウマ娘を持つように言われる立場になるのだが、それに先立ってサブトレーナーとの共同作業に慣れておくことを薦めていた。

 

そう、偶然などではなかったのだ。私と先輩が出会って同じチームになれたのは。

 

 

――――――天才はいたのだ。嬉しいことに。

 

 

その天才トレーナーの導きがあって、ハッピーミークは模擬レースで“三冠バ”ナリタブライアンに僅差で勝利し、『天皇賞(秋)』で文句なしの勝利を飾ることがついにできたのだ。

 

けれども、そのことを先輩が素直に受け止めることができなかったのは『府中の常識は世間の非常識』で育まれた偏った人生観と人生経験の無さによるものであり、本人としては善良なのだが謙虚を通り越した卑屈な性格も災いしていた。

 

だから、宇宙移民船のクルーである私が箱入り娘の大きな子供に世間の荒波を制する処世術を教え込むことになったのだろう。

 

そういう意味では、いきなり“斎藤 展望”になってしまった私にとっては自分の居場所を得るために先輩の心の隙を付け込むことになったのだが、

 

確かな能力と知識を兼ね備えたバカ正直で誠実な先輩の在り方のおかげで近代ウマ娘レースの成り立ちやノウハウを習得することができたのは互いにとっては最良の結果だったのかもしれない――――――。

 

 


 

 

――――――『有馬記念』終了後のウイニングライブ前の反省会

 

桐生院T「斎藤さん、『URAファイナルズ』の開催日程と参加人数の調整が終わったみたいですよ」

 

斎藤T「ということは、無事に『URAファイナルズ』の全レースの開催が問題なく行われるわけなんですね」

 

桐生院T「はい。ミークも『URAファイナルズ』の出走が叶いました」

 

斎藤T「しかし、年の瀬の仕事納めの時期に開催されるはずだった『URAファイナルズ』の規模が拡張されて、翌年の1月:予選、2月:準決勝、3月:決勝の3ヶ月間の勝ち抜き方式に変わったわけですか」

 

斎藤T「まあ、全ての距離と適性のレースを同時開催するにしても、会場の確保や大会運営の面でいろいろと人手やノウハウが足りないことは予想できましたからね……」

 

斎藤T「今回の『URAファイナルズ』は第1回ということで運営面や興行面での問題をどう克服するかが問われている――――――」

 

桐生院T「そうですね。ただでさえ、ウマ娘というのはヒトよりも繊細な生き物ですから……」

 

桐生院T「1ヶ月おきの3連戦となるトーナメント形式は『クラシック三冠』以上に過酷なもので、途中で故障による脱落の危険性も深刻ですから」

 

斎藤T「しかも、普通はオフシーズンとなる1月から3月の気温の変化が厳しい時期の開催ですから、」

 

斎藤T「距離や適性が合わずに涙を呑んだウマ娘たちが多いことから『全てのウマ娘が輝けるレース』として理事長が情熱をもって開催したものだとしても、『レースの世界が過酷である』という現実は何も変わってない――――――」

 

斎藤T「そもそも、競技人口が少ないダートレースなんて参加人数を確保するだけでも大変ですよ」

 

斎藤T「その上で、『毎年恒例にしたい』とまで言っているわけですから、とんだ夢物語ですよ」

 

斎藤T「ダートは良いとしても、毎年の芝の供給が追いつくかどうか……」

 

桐生院T「はい……」

 

 

斎藤T「……先輩、表情が変わりましたね」

 

 

桐生院T「え」

 

斎藤T「吹っ切れたようで何よりです」

 

桐生院T「すごいですね。わかっちゃいますか……」

 

桐生院T「ありがとうございます」

 

桐生院T「才羽Tにはっきり言われましたよ」

 

 

――――――全ての女性は花であり、花は全ての女性を輝かせる。よって、全ての女性は等しく美しい。

 

 

桐生院T「けれども、花を咲かせる方法は人それぞれ、1つとして同じものはないって」

 

桐生院T「だから、人生を輝かせていくために自分という花に寄り添って咲かせてくれる人を見つけるべきなんだって」

 

斎藤T「――――――『それが私だった』と?」

 

桐生院T「そうなんです。実際、斎藤さんがサブトレーナーだったからこそミークは『天皇賞(秋)』にも勝つことができましたし、私自身も救われることになりました」

 

 

桐生院T「だから、フラれちゃったんです、私……」ポタポタ・・・

 

 

桐生院T「“無敗の三冠バ”を出した憧れの人から『ミーク以上に手のかかる大きな子供だった』だなんて言われたら、泣いちゃうのも無理ありませんよね?」ハハ・・・

 

斎藤T「……そうですね」

 

斎藤T「でも、先輩も泣いてスッキリしたんじゃないんですか? 自分がやりたいと思っていることが本当に担当ウマ娘のためなのか、それとも 自分自身がやりたいと思っていたことなのかがはっきりして」

 

桐生院T「……本当に斎藤さんはお見通しなんですね」

 

斎藤T「――――――ウマ娘に関すること(先輩が得意なこと)以外はね」

 

桐生院T「……まだまだ敵わないですね」

 

 

桐生院T「だから、私もミークの可能性に負けないぐらいに人間として成長してみせます!」

 

 

桐生院T「ですから、これからもいろいろと教えてくださいね、斎藤さん」

 

斎藤T「こちらこそ、あらためてよろしくお願いします、先輩」

 

桐生院T「……はい」ハハッ

 

斎藤T「?」

 

桐生院T「あ、すみません。私って惚れっぽい性格なのかなって思って……」

 

桐生院T「だって、『有馬記念』を迎える日の夢の中で私を助けに来てくれたのは斎藤さんだったから…………」

 

桐生院T「それに、一緒にミークのことを一生懸命に考えてくれる人は他にいなかったから――――――」

 

斎藤T「でしたら、悪い男に騙されないように節度ある付き合い方を学んでいきましょう、これから」

 

桐生院T「はい。人生は学ぶことがたくさんありますから、この『トレーナー白書』に書かれていない大切なことをこれから――――――」

 

 

 

サクラバクシンオー「ライスさん、ミークさん! 『有馬記念』は見事にバクシンしてましたよ! 私、とっても感動しました!」

 

ミホノブルボン「はい。優勝争いには届きませんが、上位入賞した4人全員が『トゥインクル・シリーズ』から去ることを踏まえると、ライスさんとミークさんが実質的に上位入賞したようなものです」

 

ミホノブルボン「それは誇るべきことだとマスターは評価しておりました。私も『URAファイナルズ』で雌雄を決する日を楽しみにしています」

 

ライスシャワー「ありがとう、みんな」ニコッ

 

ハッピーミーク「……がんばった」ブイッ

 

飯守T「ああ。よくがんばったぞ、ライスもミークも」

 

駿川秘書「はい、お見事でした。4年目の活躍が楽しみです」

 

飯守T「まあ、担当トレーナーが勝てなかったことを褒めるのは間違っているんだろうけど、今日の『有馬記念』は完全にテイオーのためのレースだったからなぁ……」

 

駿川秘書「……そうですね。素晴らしいレースだったとは思います」

 

駿川秘書「でも、あんな無茶は担当の子にはさせないでくださいね、トレーナーさん? 絶対ですよ?」

 

飯守T「わかっていますって、たづなさん。俺も元 甲子園球児の一人として怪我の恐ろしさは十二分に理解してますから」

 

駿川秘書「そうですか。それならいいんですけど……」

 

駿川秘書「あ、そうだ。『URAファイナルズ』の開催日程が来年になったことですし、トレーニングにも余裕がありますよね?」

 

駿川秘書「あの、よかったら、トレーナーさん? その、私と一緒に――――――」

 

 

 

陽那「あの、タキオンさん……」

 

アグネスタキオン「ああ。()()()()()()()()」クククッ

 

陽那「ありがとうございます。これで私も兄上と同じように――――――」

 

アグネスタキオン「健気だねぇ」

 

アグネスタキオン「くれぐれも無理はしないでくれたまえよ」

 

陽那「はい。心配してくれてありがとうございます。私としても兄上をまた悲しませるわけにはいきませんから」

 

陽那「でも、力が欲しいんです。私の中に世界最高の皇宮護衛官の素質が眠っているのなら――――――!」

 

アグネスタキオン「……兄妹だねぇ」

 

アグネスタキオン「それでこそ――――――、なんだけどね?」クククッ

 

 

 

才羽T「………………」

 

飯守T「どうしたんだよ、窓の外なんて見てさ?」

 

斎藤T「もしかして『URAファイナルズ』の開催日程の変更に伴う来年のローテーションについて考えているんですか?」

 

才羽T「あ、いや、そういうわけじゃないんですよ」

 

才羽T「担当ウマ娘にとって大切な最初の3年間を無事に走り抜くことができたということを考えていました」

 

飯守T「そっか。4年目も無事でいられるかどうかなんてわからないもんな……」

 

飯守T「それこそメジロマックイーンやトウカイテイオーが辿った道でもあるし……」

 

飯守T「新レース『URAファイナルズ』の3ヶ月間のトーナメントもそういう意味では故障者が続出するかもしれないしな……」

 

斎藤T「それでも、年の瀬の仕事納めの数日間に8つのレース会場でやるとなったら、師走がますます忙しくなってしまいますから、これで良かったのかもしれませんよ?」

 

飯守T「ホント、ウマ娘レースってのは野球とは休養期間や休憩時間の取り方がまったくちがうからな。どこまで休ませるべきかの見極めが難しいよな――――――」

 

 

才羽T「僕はね、昔、異世界の邪神に攫われたところを“魔王”スーパークリークに救われたんだ」

 

 

飯守T「は」

 

斎藤T「え」

 

才羽T「その時にもらったチョコレートが天にも昇る味で、その味が忘れられなくて僕は料理の世界に足を踏み入れたんだ……」

 

飯守T「!?」

 

斎藤T「………………」

 

才羽T「あ、スイスってチョコレート大国で、幼い頃はスイスで育ったから、尚更 チョコレートにこだわりができてね……」

 

才羽T「僕がウマ娘のトレーナーになろうと思ったのもスーパークリークのおかげなんだ」

 

飯守T「す、スーパークリークってたしか200X年の辺りに活躍した長距離ウマ娘(ステイヤー)で当時の絶大な人気を誇ったオグリキャップの宿敵だった“最低最悪の悪役(ヒール)”――――――」

 

飯守T「いや、そもそも『異世界の邪神』って何だよ? 夢でも見ていたんじゃないのか?」

 

才羽T「かもね。でも、僕はその腕に抱かれたことやチョコレートの味を憶えている」

 

斎藤T「…………スーパークリークの担当トレーナーはトレセン学園に暗黒期をもたらした“ウサギ耳”の真の救世主、か」

 

飯守T「まあ、それなら俺もここだけの話だけど――――――、」

 

 

飯守T「俺がトレセン学園のトレーナーになるきっかけになったのは、“皇帝”シンボリルドルフの担当トレーナーに命を救ってもらったことかな」

 

 

斎藤T「え!?」

 

才羽T「そうだったんですか?」

 

飯守T「あ、シンボリルドルフの現役時代じゃなくて、たぶんトレセン学園のトレーナーになる前なんじゃないかと思う」

 

飯守T「実はさ、俺にとって最後の甲子園に向かう途中でとんでもない交通事故が目の前で起きてさ、そこで立ち往生することになったんだ」

 

飯守T「そこにシュワちゃんが乗ってそうなカッコいいバイク*1に乗った青年が通りかかって、事故車両を牽引してどかしてくれたんだ」

 

飯守T「そして、事故現場の後処理をまかせてバスが甲子園へと再出発した直後だった」

 

飯守T「事故車両が映画みたいな大爆発を起こしてさ、もしも事故車両をすぐにどかしてくれなかったら、俺たちが乗っていたバスも巻き込まれていた――――――」

 

飯守T「それで思わず俺が外に飛び出たら、煙の向こう側から砕けたヘルメットやぐちゃぐちゃになったライディングウェアを脱ぎ捨てて青年が現れたんだよ」

 

斎藤T「…………それが“皇帝の王笏”と呼ばれたトレセン学園のトレーナーだったと?」

 

飯守T「ああ。黒煙の中から姿を現した時の顔や姿は忘れようがないさ」

 

飯守T「それで甲子園優勝も夢破れて、親への反発もあって大学受験にも失敗して、やることが見つからなかった時に、たまたまウマ娘レースでシンボリルドルフの特集があったのを見て、俺はハッとなったんだ」

 

才羽T「その時から命の恩人に憧れてトレセン学園のトレーナーになることを目指し始めたわけですか」

 

飯守T「ああ。だって、最初に見た時はシュワちゃんみたいでカッコよかったし。でも、ハンサムだったからシュワちゃんが敵になるやつの主人公っぽかったか?」

 

飯守T「でも、結局は俺はライスをカッコよく勝たせることはできなかったな……」

 

才羽T「いや、花は全ての女性を輝かせる――――――。ライスシャワーにはライスシャワーの花の咲かせ方があって、飯守Tは見事にそれを咲かせてみせましたよ」

 

才羽T「負けて悔しいと思う心もレースには大事ですが、重い荷物は捨てて手ぶらで歩いたほうが楽しいじゃないですか」

 

飯守T「……そうだな。俺も野球のことが今でも大好きだし、スポーツを通じて勝ち負けよりも大切なものをもらってきているしな」

 

飯守T「でも、やっぱり負けたら悔しいからな!」

 

飯守T「よし、覚悟しろよ! 来年の『URAファイナルズ』は絶対にライスが勝つからな!」

 

才羽T「受けて立ちますよ、飯守T」

 

斎藤T「………………」

 

 

――――――運命は このように扉を叩いて どこを目指すのかを問いかけてくるのであった。

 

 

*1
1991年型ハーレー・ダビッドソンFLSTF FAT BOY

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