ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-西暦20XX年08月06日の航星日誌- GAUMA SAIOH
この日、斎藤 展望の唯一の肉親である妹に遅れに遅れた退院報告をするために藤原さんのクルマに乗って我が家に向かうことになった。
実際は皇宮警察だった両親の遺産のおかげで貧乏暮らしというわけではなかったものの、
斎藤 展望がトレセン学園のトレーナーを目指すぐらいには妹の養育費と治療費には心許なかったのが実情だ。
皇宮警察になるために必要な資格や教養を身に着けるためには間違いなく国内最高峰の一流の指導を受けなくてはならないからだ。
そのため、斎藤 展望が3ヶ月間の意識不明の重体になった入院費のことが頭に思い浮かんだが、
それについては事故の加害者であるウマ娘に治療費を払ってもらっているのであまり気にしないでいいらしい。
何の因果か、プロキシマ・ケンタウリを目指した宇宙移民の私が私の生きた23世紀とは別な進化と歴史を辿った21世紀の地球人に成り代わってしまったのだから、
このまま他人と割り切って唯一の肉親である妹のことを見捨てた時の世間の目や斎藤 展望からの恨みが怖いので、
斎藤 展望が大層可愛がっていたとされるウマ娘に会うことにし、とりあえずは斎藤 展望が荒稼ぎしようとした養育費と治療費に関する考えをまとめることにした。
しかし、そこで私は『ウマ娘が強く生きていくためには目標を与えなくてはならないこと』を深く実感することとなる。
ウマ娘にとってヒトの存在が欠かせない理由として、ヒト族とウマ娘の間に生まれる絆が不思議な力を持つと言われているが、
なんてことはない。ヒトの手によって築き上げられたヒト社会においてウマ娘にヒトとしての生き方を伝授しているに過ぎないのだ。
そういう意味では、より野性的な知的生命体がより知性的な知的生命体に主従関係を結んでいることは自然の摂理なのだろう。
実際、トレセン学園のトレーナーにはウマ娘でもなれるのだが、それが圧倒的少数派であることがその事実を物語っていた。
藤原さん「やっと帰ってきたぞ、陽那ちゃん」
陽那「兄上! 良かった! ずっと待っておりました!」
斎藤T「あ、ああ……。心配掛けたな……」
陽那「あれ? あ、兄上……?」
藤原さん「陽那ちゃん……、こいつ、ウマ娘に撥ねられて記憶が吹っ飛んじまったんだとよ」
陽那「え!?」
斎藤T「その、すまないな……」
陽那「そ、そんな……」
藤原さん「でも、これでよかったんじゃないのか、陽那ちゃん?」
藤原さん「トレセン学園での評判は最悪で、担当のウマ娘や所属するチームすら見つからない状況で、」
藤原さん「運良くトレーナーの名門:桐生院さん家のチームの一員になることができて、当面はクビにならずにすんだのだし」
陽那「そうだったんですか……」
陽那「あの、無理はしないでくださいね、兄上……」
斎藤T「ありがとう、陽那さん」
陽那「兄上! “陽那さん”だなんて他人行儀に呼ばないで、いつものように“ヒノオマシ”と呼んでください!」
斎藤T「え? “ヒノオマシ”って何かのニックネーム?」
陽那「あ、兄上……」
藤原さん「あちゃー! 本当に何もかも忘れている可能性を考慮すべきだったな、これは……」
斎藤T「あ、あの……」
藤原さん「ちょっと来い!」
斎藤T「は、はい……」
陽那「………………」
藤原さん「いいか、ウマ娘ってのは『別世界の英雄の名前と共に生まれる』神聖な生き物でもあるんだぞ」
斎藤T「――――――『別世界の英雄の名前』?」
藤原さん「ああ、詳しいことは それこそ世界の神秘ってもんだから 誰にも真相はわからないが、」
藤原さん「ウマ娘が生まれたら親が幼名をつけるもんだが、基本的に名付け親は“ウマ娘たちの始祖”だという言い伝えがある三女神になるんだ」
藤原さん「トレセン学園にもあっただろう、三女神の像が」
藤原さん「まあ、不思議なことにウマ娘はその別世界の英雄の魂が乗り移った存在だからなのか、自然と自身にふさわしい名前を名乗るようになっていてな」
藤原さん「お前さんの妹:陽那はその“ヒノオマシ”ってことになる」
斎藤T「どういう意味になるんです、“ヒノオマシ”っていうのは?」
藤原さん「これが実に皇宮警察の両親を持つウマ娘らしく――――――、」
藤原さん「“ヒノオマシ”っていうのは漢字で書くと“昼御座”と書いて、天皇陛下が昼に出御される清涼殿の御座のことだ」
藤原さん「そして、『徒然草』に出てくる“
藤原さん「つまり、お前さんの妹は両親が皇宮警察として実際に天皇陛下と皇后陛下の護衛を担当した誉れある経歴と素質を受け継いだ名前であるんだ」
藤原さん「それにふさわしくあるよう、妹さんも両親と同じく皇宮警察を目指して日々の訓練に励んでいたところに、あの事件――――――」
藤原さん「お前さんは学校行事でいなかったから巻き込まれなかったが、自分を生かすために両親が犠牲になって、それがきっかけで無茶をやって故障だ――――――」
藤原さん「その妹の無茶でお前さんも無茶をやらかすようになったんだから、どうにも救えないねぇ……」
斎藤T「そうだったんですか……」
斎藤T「道理で、ウマ娘の名前は日本人離れしたものばかりになると思いましたよ。まあ、元から日本人とはちがう顔つきでしたけど」
藤原さん「おいおい、本当にそんなんで トレセン学園のトレーナーをやっていけるのか 不安になってきたぞ……」
藤原さん「とにかく、ウマ娘としての名前は非常に大事なものだから、しっかりしてくれよ」
斎藤T「わかりました。肝に銘じておきます」
斎藤T「ところで、入籍したウマ娘の名前ってどんな感じになるんですか?」
藤原さん「入籍に限らず、社会人となれば だいたいはウマ娘としての名前を通すことになるが、日本人としての名前を名乗ることが許されてもいる」
藤原さん「だから、お前さんの妹は“斎藤・ヒノオマシ・陽那”で戸籍には登録されているな」
斎藤T「なるほど、平朝臣織田上総介三郎信長《たいらのあそん おだ かずさのすけ さぶろう のぶなが》みたいなもんですね」
藤原さん「そうだ。だから、ヒトでも望めばミドルネームを入れることは法律上は可能となっているが、日本人ではハーフぐらいだな、そうするのは」
斎藤T「ハーフの私にはなかったんですか?」
藤原さん「普通に“
藤原さん「どうする? この際、ミドルネームでも名乗るか?」
斎藤T「それも悪くないですね」
藤原さん「そうしたら改名の手続きを踏んだ後、一から書類を全て更新する手間暇がかかるがな」
斎藤T「やっぱり いいです……」
藤原さん「そうか」
斎藤T「そんなわけで、配属早々に3ヶ月間の入院生活になって昇給の見込みはないけど、桐生院先輩のお誘いのおかげで少なくともこれぐらいはもらえることになっているから」
陽那「……そうですか」
斎藤T「これでヒノオマシの養育費と治療費がだいぶマシになると思う……」
陽那「兄上、もういいんです」
斎藤T「え」
陽那「私たちの両親は誉れある皇宮警察の騎バ隊でしたが、私のために兄上の人生まで棒に振る必要はないんです……」
陽那「この身体ともきちんと向き合っていきますので……」
斎藤T「で、でも、ウマ娘にとって10代が人生で一番輝いている時なんだろう?」
斎藤T「そりゃあ、第2の人生のことを視野に入れたっていいだろうし、社会的な成功を収めたウマ娘がいることは知っているけど、」
斎藤T「それなら、ヒノオマシは何をして生きるつもりなんだい?」
陽那「私はただ 兄上が生きてさえいれば それでいいんです……」
斎藤T「そうか……」
――――――じゃあ、宇宙船を創って星の海を渡ろうか。
陽那「え」
斎藤T「宇宙船を創ってプロキシマ・ケンタウリを目指そう。それがいい」
陽那「え、宇宙船ですか?」
斎藤T「ああ。そのための開発資金をトレセン学園で稼いで、宇宙開発局に転職するからさ」
斎藤T「陽那も暇だったら宇宙工学でも学んでおいてくれよ。管制官の仕事とかいろいろとあるからさ」
陽那「は、はい……」
斎藤T「…………それじゃ」
陽那「あ、待ってください、兄上!」
斎藤T「?」
陽那「……もういいです。引き止めてすみません」
斎藤T「あ、ああ……。元気でな。しっかりと連絡するから」
陽那「はい、兄上の力になれるように頑張りますから!」
――――――兄上の瞳は昔みたいに輝きを放っていました。
藤原さん「へえ、『宇宙船を創って星の海を渡る』だって? それがお前さんの夢だったってわけか」
斎藤T「はい。とりあえずはトレセン学園で貯金を貯めて宇宙開発局に転職する予定です」
藤原さん「ははぁ、そりゃあ、壮大な夢だな」
藤原さん「トレセン学園に入ったウマ娘にとっては三冠バを目指すだけでも壮大な夢なのにな」
斎藤T「『三冠バ』ですか……?」
藤原さん「日本中央競バのクラシックレースである『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』の三冠を達成したウマ娘のことだよ」
斎藤T「憶えておきます」
藤原さん「これぐらい常識だ。他にも『オークス』や『天皇賞』なんかを目標としているウマ娘も結構いるが、とりあえずG1レースは網羅しておけよ」
斎藤T「はい」
藤原さん「まあ、お前さんにはお前さんの人生ってもんがあるんだ」
藤原さん「より大きな夢のために花形職業であるトレセン学園のトレーナーを踏み台にしてもバチは当たらねえよ。それだけの能力と選択の自由があるんだからな」
藤原さん「ご両親の経歴や血統のことを考えると、親の道を継げないのはもったいないかもしれないが、それも時の運の結果だろう?」
藤原さん「何も起きなかったら、お前さんも妹さんも何も疑うことなく親の道を継いでいたんだろうしな」
斎藤T「そうかもしれませんね」
藤原さん「じゃあ、しっかりとやれよ。そして、一人で突っ走るなよ」
斎藤T「はい、藤原さんもお達者で」
――――――こうして私は私が生きた23世紀とは異なる進化と歴史を歩んだ21世紀の地球で自分の生き方を確立するのであった。
●プロフィール(20XX年当時)
名前:
年齢:10代前半
所属:中等部 1年目
血統:父親(ヒト)-皇宮警察騎バ隊 / 母親(ウマ娘)-皇宮警察騎バ隊
誕生日:12月30日
身長:168cm
体重:両親を失って無茶をやって故障して以来ずっと塞ぎ込んで食が細かった
体格:同年代の競争バと比べると逞しい警察バの血統
好きなもの:唯一の肉親である兄上
嫌いなもの:兄上を苦しめるありとあらゆるもの全て
得意なこと:兄上のためになること全て
苦手なこと:兄上のためにならないこと全て