ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
――――――目標:12月31日までにWUMAを殲滅せよ!
さて、いよいよ始まった、ひとりだけの最終決戦――――――。
世にも不思議な時間を巻き戻すことができる“目覚まし時計”の使い方をベテランユーザーである天才トレーナー:才羽Tに教えてもらい、
とりあえずは12月24日から12月31日までをループ期間として目標未達成で時間の巻き戻しが行われるように“目覚まし時計”をセットすることになった。
通常は3回までは時間を巻き戻すことができるらしいので、私がWUMAに殺されても3回までならコンティニューが可能となっているのだが、
その際のデスペナルティがどういったものなのかがわからないため、絶対に死なないことを大前提に立ち回りを考える必要があり、
最悪、時間を巻き戻せなくなって目標未達成で新年を迎えることになっても、WUMA撲滅に繋がる決定的な収穫があれば それでもよしとした。
並行宇宙の地球から今から10年後の未来世界を侵略していたところを裏切り者の賢者ケイローンを追跡して現代の地球に襲来したWUMAは奥多摩を根城にしていた。
早速、WUMAを撲滅するための準備を整えて奥多摩駅の真北にある川苔山:百尋ノ滝に目星をつけて出発するつもりであった。
そのための装備も準備できており、12月31日でタイムリープするタイミングを見計らって突撃する安全策を講じたのは冗長だったかもしれない。
しかし、こちらの想定を遥かに上回る事態となって追加の準備が必要となった場合に備えて1週間という期間を設けたわけであり、
最初の1周目で敵地に乗り込んで情報優位性を稼がなくてはタイムリープによるループの優位性を活かせないため、最初の1周目で情報を集めきることが本当に重要であった。
なので、最初はいきなり敵の本拠地である奥多摩に乗り込んでいこうと考えていたのに、時間を有効活用しようとして段々と行く気が削がれていっていた。
だいたい、トレセン学園のある府中市から奥多摩まで電車でたった2時間で行ける距離なだけに後回しにしたくなった。
というより、死なないことを前提に作戦を立てると12月31日を迎えてタイムリープして過去に脱出するのが一番のため、こうして1周目の1週間を持て余すことになってしまったのだ。
自分で『とりあえず』決めた行動期間とは言え、あれだけカッコつけておいてアグネスタキオンのラボにすぐに出戻りするのは気恥ずかしくもあり、府中市を宛もなく彷徨うことになった。
●1周目:12月24日
当初の予定では聖夜を迎える今日が決戦前夜ということで英気を養う最後の機会だと思っていたものの、生き残ることを最優先にした結果、敵地に突入するのはタイムリープ直前の12月30日でいいという考えに至ってしまった。
そのため、1周目は完全にWUMA討伐の話は忘れて、聖夜を迎えて年末年始へと向かっていく21世紀の地球の賑わいを見て回ることにした。
基本的に“目覚まし時計”によるタイムリープで過去に持ち越せるのは自身の記憶と善因善果・悪因悪果の因果だけなのを考えると、
府中市の北西:奥多摩の方角に“
どうせ聖夜の日にまで時が巻き戻って全てが元通りになるため、新製品開発に取り組む気になれず、せめて奥多摩周辺の怪情報に目を光らせる程度にしていた。
攻略の決行日と決めた12月30日の前日:29日から奥多摩で宿泊することにして現地で情報を集めて回ってから川苔山に突入することにした。
ただし、奥多摩駅から15分の川乗橋バス停に降りて、そこから百尋ノ滝を目指すのは所要時間:6時間とあるので、東京で日帰り登山で人気のコースと言えども、素人がいきなり挑戦するのはキツイものがある。
となると、やるべきなのは所要時間:6時間を歩き通すイメージトレーニングなのかもしれないと分析し、背嚢を背負って杖を突きながら実際の山登りを想定したトレッキングのトレーニングをし始めた。
なお、中高一貫校であるトレセン学園は 東京都の公立の学校と同じく 今年は25日で終業式となり、来年の1月7日までの13日間を冬休みとしていた。
そのため、『東京大賞典』『有馬記念』に参加したウマ娘は週明けの月曜日が振替休日になるため、トレセン学園では火曜日に全校集会を開くことが多いので、自然と25日が終業式になっていた。
だから、明日の終業式は午前で終わりなのもあって、この日は『東京大賞典』『有馬記念』に姿を見せたウマ娘たちが一足早くに冬休み気分を味わっていたのを目撃することになった。
アリガトウゴザイマシター!
斎藤T「さて――――――」
トウカイテイオー「あ!」
岡田T「あ、朝食にするんでしょう? こっちに来てくださいよ、斎藤T!」
斎藤T「おはようございます。奇遇ですね」
トウカイテイオー「おお! おはよう、斎藤T!」
斎藤T「……明日の終業式が終わったら引退式ですよね?」
トウカイテイオー「うん。会長と一緒に引退式なんだ。それが嬉しいんだけれども悲しくもあってね」
トウカイテイオー「昨日のウイニングライブの余韻がずっと残り続けているんだ……」
斎藤T「………………」
トウカイテイオー「でも、本当は去年の『ジャパンカップ』で有終の美を飾って引退する予定だったんだから、もう1年 走ることができて本当によかったと思ってる」
トウカイテイオー「だから、ありがとう、斎藤T。ボクのことだけじゃなく、ボクの大好きなトレーナーのことも助けてくれて」
岡田T「俺からも改めて礼を言わせてください」
斎藤T「……岡田Tとしては満足でしたか?」
岡田T「――――――満足しているように見えるかい?」
斎藤T「いえ」
岡田T「……俺もテイオーも目標は“七冠バ”シンボリルドルフだったんだけどなぁ」
トウカイテイオー「……うん」
岡田T「でも、昨日の『有馬記念』は“名優”以上に“帝王”が輝いた歴史に残るレースにすることができました」
岡田T「俺は“皇帝”とは違った道を歩んできた“帝王”の担当トレーナーだったことを誇りに思います」
トウカイテイオー「トレーナー……」
岡田T「大丈夫だよ、テイオー。俺はもうトレーナーをやっていける気がしないからな。お前で最後だ」
岡田T「俺には無理だったよ。中央で求められる常勝不敗の重みに耐えられるような“皇帝の王笏”みたいな度胸も能力もなかった。それが俺の限界だった……」
岡田T「シンボリルドルフが入学してきたのと同時期に地方から中央に来れた偶然をものにしてやってきたトレーナーとしては最高の夢を見させてもらったよ……」
トウカイテイオー「トレーナー! ボクにはトレーナーが――――――!」
斎藤T「いいんじゃないんですか? トレセン学園の卒業に合わせて担当トレーナーと結婚しているスターウマ娘も多いみたいですし」
斎藤T「ただ、岡田Tは静養する必要があるのですから、担当ウマ娘が卒業するまでにしっかりと回復に努めるべきです」
岡田T「そう言われては面目ない」
岡田T「けど、本当に俺なんかでいいのか、テイオー? お前が卒業する頃には俺は三十路だぞ?」
トウカイテイオー「うん! ボクはトレーナーと一緒じゃないと嫌だよ?」
岡田T「本当に甘えん坊だな、テイオーは」
トウカイテイオー「トレーナーの前だけだよ」ニシシ!
斎藤T「…………これでいいのでしょう?」
――――――“皇帝”とはちがった道を歩むのが“帝王”の道なのだから。
斎藤T「物は相談なんですが、内職として新製品開発のモニターをやってもらえないでしょうかね?」
岡田T「え?」
斎藤T「そうすれば結婚資金や生活資金の足しになると思いまして」
岡田T「い、いいんですか、斎藤T!? そんなところまでお世話になって!?」
斎藤T「いいですよ。私の夢は『宇宙船を創って星の海を渡る』ことですから。未来世界のガジェットを実用化するのに人手が足りなくて足りなくて」
斎藤T「そこであなたの弱みを握って仲間に引き入れようという腹ですよ」
岡田T「……天下のトレセン学園のトレーナーになってやることが資金集めという噂は本当だったんだ」
トウカイテイオー「ねえ、受けようよ! 何だかおもしろそうだし、ボクもやりたいことが見つからなくて宙ぶらりんだったんだ!」
岡田T「そんな夢みたいな話が――――――、」
岡田T「いや、夢の舞台で人々に夢を見せる側の人間がそれを軽々しく否定しちゃ世話ないな……」
岡田T「参りました。この身はご自由にお遣いください、ボス。あなた様がいたおかげで今日という日を迎えられたのですから」
斎藤T「よろしくお願いしますよ」
岡田T「あ、そうだ! 斎藤Tは来年からアグネスタキオンをデビューさせるんですよね?」
岡田T「だったら、俺が集めてきたウマ娘レースのデータを全てお譲りいたしますので、どうぞお役立てください」
斎藤T「……いいんですか? それこそ あなたのトレーナー人生の集大成となるものじゃないんですか?」
岡田T「自分にとって恩を返せるだけの価値があるものはこれぐらいしかありませんから」
トウカイテイオー「トレーナー……」
岡田T「でも、テイオーとの思い出は譲れませんけどね!」
斎藤T「それはしかたないですね」
トウカイテイオー「トレーナー!」
トウカイテイオー「うん!」
トウカイテイオー「さあさあ、このテイオー様からのレガシーをありがたく受け取りたまえよ、新人くん!」ドヤァ!
トウカイテイオー「そして、“無敗の二冠バ”にして“四冠バ”のボクを目標にして励みたまえよ!」ハハハ!
斎藤T「なら、“皇帝”“女帝”“怪物”が名を連ねた生徒会メンバーの一員として新しい時代のトレセン学園を引っ張って行ってくださいませ、我らが“帝王”よ」
トウカイテイオー「まっかせたまえ!」
岡田T「……俺も
競走ウマ娘の引退式は必ずしなければならないというものではなく、競走ウマ娘が故障や成績不振によって引退を余儀なくされることがいついかなる場合にでも起こり得るので、
引退式をやるための会場費だってタダではないことから、その競走ウマ娘の集客力に応じた規模と開催日時が選ばれることになった。
だいたいはトレセン学園の所属だと、現役時代最後のファンとの交流の機会を設けるために引退レースの後に来る直近のトレセン学園のイベントに便乗する形で開かれることが多い。
たとえば、『天皇賞(秋)』で完全に選手生命を燃やし尽くした“最強の
それと同じように、“奇跡の天才”トウカイテイオーの引退式はトレセン学園の終業式の日に執り行われることになり、シンボリルドルフの引退式と合わせて盛大な規模になることが予想された。
このように盛大に引退式を開けるのは堂々たる実績を持つスターウマ娘に限られており、実績を残せないまま引退することが多い生徒たちの大半が騒がれるのを恥ずかしく思うものなので、引退式の盛大さもまたスターウマ娘のステイタスとも言えた。
そういう意味では岡田Tのトレーナー人生は長続きはしなかったものの、それ以上に実績を残すことができなかったトレーナーたちと比べれば間違いなく大成功したと言えるものではないだろうか。
なのに、客観的に見れば成功者であるはずの若い2人の背姿はどこか寂寥感があり、ウイニングライブで綺羅びやかに輝いていた姿との落差にひどく驚かされてしまう。
全盛期のトウカイテイオーに擬態していた偽物が再現した元気溌剌とした無邪気な姿を直に見比べているだけに、“帝王”としての落ち着きと威風を得たことでトウカイテイオーの良さが失われたことを寂しく思えた。
これがあるスターウマ娘の最後なのかと思うと――――――、こうやって明るい子供が影のある大人に育っていくのだと思うと――――――、
秋川理事長やシンボリルドルフが掲げる“全てのウマ娘が輝ける世界”とやらがいかに矛盾と欺瞞に満ちたものなのかと悪態をつきたくもなる。
肝煎りでいよいよ来年の冬季に開催されることになる前代未聞の全国各地の会場で一斉にスタートとなるトーナメント形式の大規模な大会でどれだけのウマ娘たちが春を迎えられることだろうか。
けれども、そんなことは人の上に立つ者として百も承知だろう。それだけの覚悟の下に『URAファイナルズ』の理念を打ち立てているのだ。
むしろ、あんなにも年若い2人の乙女に公営
なぜそんな当たり前のことを誰も唱えようとしてこなかったのか、実現しようとしてこなかったのか――――――、そのことが23世紀の宇宙移民からすると物凄く恐ろしいものがあった。
――――――諸行無常。人気低迷の暗黒期が終わりを告げて到来した空前絶後の黄金期でさえも例外なく終わりを迎えようとしていたのを感じた。
そうしてクリスマスイブの朝、『トゥインクル・シリーズ』を走り抜いた2人の偉大な先輩を見送ると、私は背嚢を背負って杖を突きながら府中市の街並みをひたすら歩き続けた。
そうすると、この世界がウマ娘と共生しているからこその独自の工夫があちらこちらに凝らされていることに改めて気付かされることになった。
たとえば、今では見慣れた法定速度で走ることができるウマ娘専用車線はトレセン学園や運動公園などのトレーニング施設の周りの車道にしかないものであり、
バ場を抉るウマ娘の脚力とその反動からの保護のために低反発の特別な配合のアスファルトが使われているらしく、日本はこうした低反発素材の分野において世界一となっているそうだ。
ただし、よくよく標示を調べてみると、府中市で見られるウマ娘専用車線はパワーならウマ娘で随一の農耕バの脚力に完全に対応しているわけではなく、
脚力という指標を基に一口にウマ娘専用車線と呼ばれているものはしっかりとスピード最強の競走バとパワー最強の農耕バで区別されていることを知った。
むしろ、田舎では農耕バが荷車を牽いて走ることが前提となる頑丈なウマ娘専用車線もあるらしく、そこで競走バが走った場合はあっという間に脚を壊すことが説明されていた。
一方で、街中を卓越したアクロバット能力で縦横無尽に駆けて犯人を追跡する警察バは歩道で疾駆しなくてはならないことから、警察バの豪脚を基準にした耐久性と反発性を都市部の歩道に求められていた。
このように、それぞれのウマ娘のほぼ生まれながらの脚力に合わせた都市機能が実装されており、棲み分けと言えば聞こえはいいが、実質的に生まれながらにして種別ごとの制限を課されているのがヒト社会におけるウマ娘という生き物であった。
ウマ娘は自身の脚の保護のためにも『一般的な歩道を法定速度以上の速さで走ってはならない』と法規制されており、つまりは日常的に窮屈な暮らしを強いられていた。
そして、装着が義務化されると噂されている万歩計には秒間当たりの歩行量から歩行速度を算出する計算機が内蔵されており、法定速度を超えそうになるとアラームが鳴り響くようにもなっていた。
このように、ヒト社会で第3の性として受け容れられているウマ娘ではあるが、その闘争本能の強さや身体能力の高さが災いして実際にはヒト社会において柵の中で暮らしているようなものだった。
逆に言えば、ウマ娘にとってヒト社会において規制されている全力疾走が許されている夢の舞台こそが国民的スポーツ・エンターテイメント『トゥインクル・シリーズ』なのかもしれない。
だから、トレセン学園に今日も今日とて自分の夢を自分の脚に託してウマ娘たちが狭き門を潜ってくるのだろう。
じゃあ、もし私が23世紀の科学力を駆使してウマ娘の窮屈さを解消してしまったら、“皇帝”シンボリルドルフが守ろうとしていたトレセン学園の将来はいったいどうなるのだろうか?
21世紀、ムーアの法則に従って20世紀に思い描かれてきたレトロフューチャーとはちがったハイテク技術が加速度的に発達して、やがては環境問題や戦争の時代は完全に終わりを告げるが、
一方で、それによって産業や娯楽の多様性も地球上に行き渡ったことで、旧世紀に既得権益を築き上げてその上に胡座をかいていた
それと同じように、旧世紀で人気を博していたスポーツなんかも生活様式やそれに伴う価値観の変化に競技人口が流出して衰退していった歴史を私は学んでいる。
つまりは国民的スポーツ・エンターテイメントの殿堂などと謳っているトレセン学園がウマ娘に与える夢など、所詮は
もしかして、私がやろうとしている文明の進歩はトレセン学園の衰退を招くことになるんじゃないかと思ってしまう。
もちろん、トレセン学園など私がやろうとしている『宇宙船を創って星の海を渡る』事業を興すための資金集めの場と手段に過ぎないし、そこまで義理立てする必要はないのかもしれない。
あるいは、近代ウマ娘レースの起源がウイニングライブなので、それが単純に全力疾走するだけのレースの付加価値となって、これからも近代オリンピックのように継承され続ける文化となるかもしれない。
しかし、『ターフの上で死ぬ』というウイニングライブを蔑ろにした姿勢をスターウマ娘とその担当トレーナーが普通にしていたぐらいにレースの結果を優先する間違った実力主義と成果主義が横行しているのも確かで、
将来的に地方競バがそうであるように近代ウマ娘レースの起源が忘れ去られてウイニングライブの伝統が消えていくだろうことはその夢の舞台の中でひしひしと予感させられた。
近代ウマ娘レースの起源がヨーロッパの王侯貴族の前で踊る権利を得るために見目麗しい宮廷舞踊家のウマ娘たちがウマ娘らしく庭園でレースしてきたことに由来するのだから、
近代ウマ娘レースがまさしく貴族のスポーツである以上、その歴史と伝統が引き継がれることなく、地方競バにおいてウイニングライブのやる気がないのは当然の結果でもあるわけなのだ。
となれば、将来的にウマ娘レースが ウイニングライブのない ただの公営
大衆は現象しか見ることができず、そうなる因果を知ることもないのだから、“斎藤 展望”がそうであるように大衆がウマ娘レースを金儲けの道具にするのも自然な話だ。
だから、怒りが湧いてくる。秋川理事長や“皇帝”シンボリルドルフに対しても。
夢の舞台で起き続けている悲劇と搾取は現代に蘇った剣闘士の見世物だ。トウカイテイオーとメジロマックイーンが受けた仕打ちを見れば、否応なくネガティブになるのは自然な運びだ。
それなのに誰も現状を変えようとしない有様に私が苛立った。このままでいいはずがないと誰もが思っているはずなのに、そのことが不思議でしかたなかった。
いったいどれだけの生徒が夢破れて自主退学していっているのを 毎年 見送ってきていたのだろうか、秋川理事長やシンボリルドルフは。
だが、こうして莫大な需要と供給で成り立っている以上は、ウマ娘レースのファンと言ってもレースの結果にしか興味がない人間が大半なのも事実だ。
だから、苛立っているのだ。私がもたらそうとしている23世紀の未来科学を悪用されるんじゃないかと思って。『馬鹿と鋏は使いよう』とは言うが、
そして、私が良かれと思ってやろうとしていることが結果として秋川理事長やシンボリルドルフの夢を阻むものに成りかねない矛盾に気づいてしまったのだから。
けれども、トレセン学園の与える夢が
つらい。しんどい。23世紀の未来人にとって21世紀の文明精神がいかに文字通りの時代遅れなのかをたかがウマ娘専用車線の道路標示だけでわからされてしまったのだから。
そうこうしているうちに、府中市を学園都市たらしめている街のシンボル:トレセン学園に流れ着き、その外周部を歩き通して、改めて その広大さを識ることになった。
背嚢を背負って杖を突きながら府中市を歩き回っていたが、いつの間にか時刻は昼過ぎであり、ちょうどよかったので休憩のためにトレセン学園の正門から入ろうとした。
明日が終業式なのでトレセン学園にはまだ生徒がたくさんいるが、学園一の嫌われ者である“斎藤 展望”のことを誰もが見て見ぬ振りをしていた。
『天皇賞(秋)』でハッピーミークが優勝した時には随分と注目を浴びたが、昨日の『有馬記念』の結果を見て すぐに評価を取り下げただろうことはわかる。
だからこそ、逆に誰かが“斎藤 展望”に注目していることにはすぐに察知できた。
駿川秘書「こんにちは、斎藤T」
斎藤T「こんにちは、駿川さん」
駿川秘書「変わったトレーニングをしていますね」
斎藤T「ええ。それで府中市を歩いてみて いろんな発見がありましたよ」
駿川秘書「そうだったんですか」
駿川秘書「たしかに、斎藤Tのように自分の脚で学園の周りを練り歩くような人はあまりいませんから、意外と身近なところに何があるのかを知らない人が多いんですよね」
駿川秘書「でも、さすがに担当ウマ娘とバイクで二人乗りしたり、まるで山登りをするかのように背嚢を背負って杖を突いたりして市内を見て回る人はいなかったです」
斎藤T「………………」
駿川秘書「あ、すみません。詮索するつもりはなかったんですけど、同じ府中市ですから、よくお見かけしちゃうんです」
斎藤T「いえ、トレセン学園のトレーナーですから。常に誰かに見られていることはわかっていますから」
駿川秘書「……まるで映画みたいですね」
斎藤T「?」
駿川秘書「あ、いえ、前々から斎藤Tとはお話してみたいとは思っていたんです」
駿川秘書「模擬レースで担当のハッピーミークさんをナリタブライアンさんに勝たせた手腕と言い、先日の『有馬記念』の最終調整を桐生院Tからも任されていましたから、みんな楽しみにしているんですよ?」
斎藤T「そうですか。それなら期待に応えられるといいですね」
駿川秘書「……あの、ここではなんですから、一緒にお食事にいたしませんか?」
斎藤T「それはかまいませんが」
駿川秘書「ありがとうございます」
斎藤T「………………」
正直に言うと、この緑服の理事長秘書の存在のことはさっぱり忘れていた。
というより、秋川理事長とも話をしたことがない。才羽Tが大のお気に入りということで、才羽Tとはかなりの頻度で顔を合わせているとは聞いてはいるが。
そう、“斎藤 展望”としては理事会やトレーナー組合よりも生徒会との繋がりが深いため、学内の派閥においては『名家』に与する存在と見做されていた。
実際、私が『名家』アグネス家の最高傑作とされているアグネスタキオンといつからか一緒にいることが公然となったのだから、そう見られてもおかしくないことだ。
それだけに、皇宮警察の息子に対する
まあ、シーズン後半からトレセン学園で起きた数々の事件の影の功労者なのだから、理事会が何の挨拶もなく生徒会に私への対応を任せ続けさせるわけにもいかなくなったのだろう。
私としても、ウマ娘専用車線の道路標示を見て 23世紀の地球とはちがった進化と歴史を歩んできた21世紀の異なる地球の文明に思うことがあるので、理事会の人間の考えを知っておく必要があった。
ズズー! ズズー!
斎藤T「…………ラーメンか」
駿川秘書「……お気に召しませんでしたか?」
斎藤T「いえ、感動していただけです」
駿川秘書「え?」
斎藤T「本格的な生麺をこの低価格で丼で大量のスープの湯気を味わいながら大口で食べられることに感動です」
駿川秘書「えと?」
斎藤T「無重力空間ではこういったスープ料理はチアパックで飲むものですから」
斎藤T「ですから、丼に盛られたスープ料理は重力空間でしか味わうことができない高級品のイメージがありまして。このラーメンはその最たるものですよ」
駿川秘書「そ、そうだったんですか……」
駿川秘書「いえ、いくら今日がクリスマスイブとは言っても、高級料理店にお誘いしたつもりではなかったんですけどね……」アハハ・・・
斎藤T「そうか。流しそうめんやわんこそばはあっても、丼いっぱいに熱々のスープが注がれたラーメンは初めての経験だったな」
斎藤T「――――――これが重力;母なる地球に抱き締められている感覚か。久しく忘れていたな」
駿川秘書「……詩人ですね」
斎藤T「おお! これが
――――――ラーメン大国である日本は世界一幸せな国ですね。
駿川秘書「ラーメンだけであそこまで幸せそうになった人は初めて見ましたよ」アハハ・・・
駿川秘書「でも、こういった当たり前のことの中に幸せがあることを忘れてはいけませんよね」
斎藤T「そうですとも」
駿川秘書「斎藤Tはシーズン後半に桐生院Tのチームのサブトレーナーになりましたけど、どういった感想を持ちましたか?」
斎藤T「……それはトウカイテイオーの岡田Tとメジロマックイーンの和田Tが見込み違いだったことへの意見ですか?」
駿川秘書「!?」
駿川秘書「み、『見込み違い』だなんて、誰も言ってないじゃないですか……?」
駿川秘書「でも、たしかに新人の斎藤Tにとってはトウカイテイオーさんとメジロマックイーンさんの最後のレースが印象に残るのは当然のことですよね……」
斎藤T「ええ」
駿川秘書「明日でトレセン学園の1年が終わりますよね」
斎藤T「はい」
駿川秘書「……私、このトレセン学園で、いろんな子たちを見てきました」
駿川秘書「見事に『トゥインクル・シリーズ』で活躍して、その先の『ドリームトロフィーリーグ』へ進んでいく子たちもいましたが、」
駿川秘書「そういう子たちは、ほんの一握り。大抵はそうもいきません」
駿川秘書「怪我や事故によって、満足に走ることもできなくなる子もたくさんいました」
斎藤T「……公式レースに出ることすらできずに自主退学や卒業になるのが普通のコースですけどね」
駿川秘書「はい。夢の舞台でありながら夢破れて去っていく子たちの背中をたくさん見てきました」
駿川秘書「それでも、人生を懸けて このトレセン学園に来るくらいですから、だいたいの子たちは走ることが大好きなんです」
駿川秘書「それなのに、二度と風を感じられなくなる――――――、その瞬間の絶望と言ったら――――――」
駿川秘書「凄まじいですから」
斎藤T「……よくはわからないんですが、それはターフの上でしか感じられないものなんですか?」
駿川秘書「そうですよ」
斎藤T「――――――本当に
駿川秘書「え」
斎藤T「いえ、随分と窮屈な暮らしをウマ娘はしているんだなと。いろいろと人生を持て余しているのがかわいそうに思えまして」
斎藤T「この街並みを初めて歩いてみて、ウマ娘専用車線や歩道に関する法規制を調べてみて、そんなことを思っていましたけど、
駿川秘書「あ」
駿川秘書「……すみません。先程の発言は理事会の総意ではありません。私個人の見解ですので、他言無用でお願いします」
斎藤T「大丈夫です。私は何もしませんから」
駿川秘書「……あ、ありがとうございます?」
斎藤T「さあ、明日は終業式ですから。夜遊びは程々にしてくださいね」
駿川秘書「あ、はい……」
――――――きっと、これが秋川理事長の人柄を表すのだと思った。
一方で、駿川 たづなの正直な意見を聞いたおかげで今日思いついた
そう、まず何にしてもウマ娘は走ることが大好きなのだ。だから、ウイニングライブの権利を得るために昔の宮廷舞踊家のウマ娘は競走をしたのだ――――――。
そうだ。近代ウマ娘レースの起源が王侯貴族のための宮廷舞踊が先にあるにしても、根っことしては“ウマ娘が走ることが大好きなんだ”という大前提を私は軽く視ていた。
あくまでも宮廷舞踊は日銭を稼ぐための手段であって、実際にウイニングライブとレースの組み合わせは多くのトレーナーたちがその起源を知らずに不思議に思っているぐらいに関連性がまったくない要素の組み合わせでしかない。
つまり、ウイニングライブの権利を得るためにレースで決着をつけることに納得するぐらいにウマ娘は走ることが大好きなのだ。
そうなると、大半のウマ娘たちの本音としてウイニングライブは近代ウマ娘レースの格式で渋々踊っているだけのものに過ぎないわけか。
王侯貴族に見せる宮廷舞踊の伝統を受け継いだ洗練された格式にはなってはいるが、所詮は
こうして元々は王侯貴族のために披露されたものが
だから、ターフの上で死のうとしてウイニングライブを踊らなくてはならない勝者の義務を放棄したメジロマックイーンのことを心得違いだと軽蔑するのは少しちがうようにも思えてきた。
やっぱり、ウイニングライブなんて走ることが大好きなウマ娘にとっては本質ではないと思っているわけで、
そんな彼女たちと誰よりも身近に接してきているトレーナーたちもまたウイニングライブの意義を疑問視するのも当然のことだろう。
なんだか馬鹿みたい。23世紀の宇宙移民として『郷に入れば郷に従え』ということで現地の文化を最大限に尊重しているのに、現地の人間の方が自分たちの文化を蔑ろにしているのだから。
そういうところが私が“門外漢”と言われる所以なのかもしれないが、考えれば考えるほどトレセン学園での公営
考えをまとめるなら、今やウイニングライブがおまけ扱いの近代ウマ娘レースの本質は
もしも私が23世紀の宇宙科学を用いて世界中の道路を競走ウマ娘の全力疾走にも対応したアスファルトを普及させたら、たちまちのうちに国民的スポーツ・エンターテイメントである『トゥインクル・シリーズ』は廃れていくことだろう。
なぜなら、競走ウマ娘はターフの上でしか走れないから専用のレース場を必要としている――――――日常的にその能力を制限されているからこそ、
そう、日常的にウマ娘の能力すなわち行動の自由が制限されているからこそ近代ウマ娘レースが成り立っているのだから、そこで得られる夢というのが
だから、私は考えを進めるうちに つい立ち止まってしまうのだ。
23世紀の宇宙移民の魂が21世紀の異なる進化と歴史を歩んできた地球人に乗り移った存在である私もまた、本質的にはWUMAと同じ宇宙からの侵略者ではないのかと――――――。
とりあえず、侵略的外来種であるWUMAは根絶やしにするのは決定事項だが、私の手でその後の21世紀の異なる地球の文明を進歩させることもまた文化侵略や文化破壊に繋がるのではないかと――――――。
間違いなく私のやろうとしていることが辿り着いた先の新惑星で栄えているウマ娘の伝統的な文化や価値観を破壊することに繋がってしまう気がしてならない――――――。
それに、ウマ娘たちに
こんなやつらに23世紀の宇宙科学を渡したら、きっと――――――。
だから、“ヤフー”を駆逐しようとしている“フウイヌム”WUMAの言い分に僅かばかりでも納得しかけていることを必死に否定している自分がいるのだ。
そう考えると、シンボリルドルフ’の偽物に化けていたエルダークラス:ヒッポリュテーが私のことを
そのせいで、敵地への山登りに備えて背嚢を背負って杖を突きながら府中市の街並みを歩き回ってウマ娘専用車線について調べたことがきっかけで、こうしてなぜだか虚しい気分に落ち込んでしまった。
けれども、中央広場の三女神像の噴水にこのやりきれないさとムシャクシャしたものをぶつけた後、今は川苔山:百尋ノ滝へのトレッキングに備えたトレーニングを再開する他なかった。
そして、府中市の聖夜に雪が街明かりに照らされながらしんしんと降り積もる。
私は万歩計で体脂肪燃焼量を計測しながら、腹持ちのいい携帯食料を吟味しつつ、ひたすら府中市を背嚢を背負って杖を突きながら歩き続けていた。
真冬の外気が適度に汗だくに火照った身体を冷やしてくれる中、日が暮れていくに連れてトレセン学園の関係者たちがゾロゾロと街中に姿を見せ始めていく。
仲のいい友人同士でクリスマス仕様にライトアップされた街並みを意気揚々に駆け出す様子や親密そうな関係の男女のカップルの姿もそこかしこに見受けられた。
あれはトレーナーと担当ウマ娘だろうか――――――。
あれは
あれは
トレセン学園には2000名弱の全国から集ったトップクラスの素質を持った優駿たちが在籍しているが、その優駿たちの頂点を決めるG1レースで栄光を掴めるのはほんの一握りだ。
そもそも、トレーナーに見出されて担当ウマ娘となって出走権を得ることさえも幸運の出来事であり、メイクデビューすら果たせずに普通の学生として過ごしている生徒が大半であった。
だから、『恋はダービー』という標語があるように、走ることが大好きだけれども その機会を得られずに情熱を持て余して 教員や教官たちに熱い視線を向ける年頃のウマ娘も多いわけで、眼前に広がる逢引の光景さえも歪に見えてしまう。
――――――もうボットで最適化すればいいんじゃないの?
それが私の正直な感想であり、ひとりひとりの生徒に人生航路の
しかし、駿川 たづなの行きつけのラーメン屋で腹を満たしてから夕闇まで歩き通して6時間の感覚も掴めたところで、少しだけ自分がこれからどうしていきたいのかがわかってきた。考えの整理ができてきた。
そうだ。走ることが大好きなウマ娘たちがヒト社会においては過剰な身体能力を日常的に制限されているからこそ
どれだけターフの上で栄光を掴もうが、結局は10代の青春の思い出にしかならず、引退しようが卒業しようが短いようで長い人生においてはターフから離れて生活せざるを得ないのだ。
となれば、
斎藤T「そうか!
斎藤T「よくよく考えたら、中高一貫校で繰り広げられるスポ根ドラマの青春なんて、たかだか6年だろう?」
斎藤T「私が変えたいと思ったのは
斎藤T「星の海に散らばって それぞれの進化と歴史を歩むことになる宇宙時代だからこそ、多文化共生をモットーとする宇宙移民にとっての一番の悩みの種はこれで解決されたな」
斎藤T「あははは! 実に簡単なことだったな!」
――――――行動の自由が与えられる
私がすべきことは
ならば、10代の青春を燃やす近代ウマ娘レースに干渉せずに、それ以外のあらゆる年代が参加する生涯スポーツの分野で好き勝手にやればいいのだ。
だから、私の発明は近代ウマ娘レースに還元などさせない。私の目から見て歪に思えようとも、その格式に干渉しないことが宇宙時代の異文化理解と多文化尊重なのだから。
それよりも、もっと広い世界で風を感じる喜びを掴み取れる自己実現の自由を享受させることが私の使命とでも言うべきか。
開き直ったわけじゃない。『ターフの上でしか風を感じたくない』と理事長秘書がウマ娘たちの意志を代弁した以上は
だから、私は秋川理事長やシンボリルドルフのやり方にケチをつける必要はなくなったのだ。
それでモヤモヤが晴れてスッキリすることができた。
私はトレセン学園の門外漢として関係ないところで粛々と技術革新をもたらしていくだけで、近代ウマ娘レースの歴史と伝統にケチをつけずに上手に付き合う術を手に入れたのだ。
そう、当初の予定通りにトレセン学園は資金集めの場所に過ぎないのだから、稼ぐだけ稼いで
そもそも、公営
斎藤T「よし、冷静になれた」
斎藤T「世の中には解決できる問題と解決できない問題の2種類がある。解決できない問題に注力するのはリソースの無駄だ」
斎藤T「だから、必要以上に問題意識を持っちゃいけないわけなんだな。私は門外漢なのだから」
斎藤T「私としたことがセンチメンタリズムな感傷に浸ってしまったな。首を突っ込み過ぎたな。いわゆるカルチャーショックか……」
斎藤T「いや、それも無理ないことか。いろいろとあったからな……」
斎藤T「けど、報恩感謝を欠いちゃ人の世は成り立たない。けじめはつけておかないとな」
――――――第八種接近遭遇:宇宙人による侵略から世界を守ることもな!
ようやく自分の中でトレセン学園に対してなすべきことの割り切りができた。
それは この聖夜にサンタさんが与えてくれた 川苔山:百尋ノ滝へのトレッキングに向けて何時間も府中市を歩き回っていた自分への贈り物――――――、ソロモン王が神に求めた叡智のごとき閃きだった。
ここで得た結論はタイムリープしても確実に引き継がれる財産であり、WUMA殲滅とは直接的には関係ないことだが、その後のことをあれこれ考えなくて済むようになったのは大きい。
――――――ところが、神はそれ以上の厄を現実にもたらしたのだった。
ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!
ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
斎藤T「?!!!」
斎藤T「……何だ!?」
斎藤T「うおおわあああああああ!?」
斎藤T「はあ!?」
――――――わずか数瞬の出来事だった。信じられないことが起きたのだ。
聖夜のライトアップに照らされた府中市の交差点に突如として巨岩が降ってきたのだ。
あまりにも予想外な出来事に私も周囲も時間の流れが停まったかのような感覚に染め上げられた。
しかし、それ以上に問題になったのは突如として交差点のド真ん中に巨岩が降ってきたことで――――――。
ピッピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
斎藤T「ハッ」
ウマ娘「きゃああああああああああああ!」
斎藤T「――――――!」
斎藤T「行けっ!」ドン!
ウマ娘「きゃっ」
斎藤T「――――――よし」
斎藤T「――――――あっ!」
キキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
そう、交差点に突如として現れた障害物を全力で躱そうとした自動車が一斉にハンドルを切り、その中にはペダルの踏み間違えたものもあったのだろう。
気づいた時には目の前から自動車がアクセル全開で突っ込んでくる光景を見たや否や、私は隣を歩いていたトレセン学園のウマ娘を全力で突き飛ばして、再び自分めがけて突っ込んでくる自動車を見た――――――。
あれはボンネットのないワンボックスカーで、運転席のドライバーの絶叫の表情がはっきりと見えて――――――。
――――――あ、死んだ。死ぬんだ、私はこれで。