ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第一次決戦Ⅵ 宇宙最悪のケミストリー

――――――目標:12月31日までにWUMAを殲滅せよ!

 

 

基本的にWUMAの1個軍団は最上位のエルダークラス:1、上位のシニアクラス:10、下位のジュニアクラス:100という比率で構成されているらしい。

 

要するに、上位の存在は10人の部下を持つ構成となっており、シニアクラス:1に対してジュニアクラス:10人の10個の部隊が編成されている。

 

そのため、WUMAの1個軍団は多少の誤差はあっても111名が基本単位となっており、今回は4個軍団なので444体のWUMAが裏切り者である賢者ケイローンの討伐のために派遣されていたことになる。

 

よって、先遣隊が使う宇宙船である空飛ぶ円盤の“潜航艇”は1隻で4個軍団:444体を運搬できた実績があるため、旧帝国海軍の軍艦で例えるなら軽巡洋艦ぐらいの規模と見なせるだろう。

 

それだけに下位の存在をとりまとめる上位の存在の排除はやつらの組織的行動を阻害するのにはもっとも効果的であり、軍団の長であるエルダークラスの排除はその手足となる10部隊が分断されることを意味する。

 

もちろん、エルダークラスを排除した瞬間に軍団全体が機能停止するというわけではなく、シニアクラスの部隊がエルダークラスから受け取った命令を依然として遂行する恐れがあった。

 

しかし、命令の更新がされないので決して次の段階に進むことができない。これが最上位のエルダークラスを優先的に排除する意義であり、即効性はなくとも将来的に軍団全体が無力化される根拠である。

 

実際、そういう存在だったのが進化形態によって一目瞭然の徹底した階級社会を築き上げていた“フウイヌム”であった。

 

そこから1周目の船橋市で数多く判明した中間管理職のシニアクラスの擬態の見破り方をもって4つの地域に展開したWUMAの残党を各個撃破していくのがこれからの流れであった。

 

当然だが、最上位のエルダークラスを排除して組織的行動をとらせないようにしても、相手はそもそもヒトよりも遥かに強大な身体能力を有するウマ娘を本能的に恐怖させるレベルの怪人:ウマ女なのだから、残りがエルダークラス以下であっても依然としてその脅威は変わらない。

 

24日の聖夜からやつらの侵略が次の段階に進むのを阻止するという第一目標はすでに果たされたので、悠々と時間跳躍で即座に作戦エリアから離脱することもできたのだが、

 

実際、奥多摩の本拠地を陣取っていたエルダークラス:ヒッポカンポスと多摩地域に軍団を展開していたエルダークラス:ヒッポネイピアを立て続けに排除した影響から何が起きるかわからない状況となっていた。

 

本当に自分たちの完全さを一ミリも疑わずに『侵略が完全に頓挫してしまう』という万が一の敗北に備えての策がないかは時間が経過しないことにはわからない。むしろ、あると疑ってかかった方がいい。油断大敵。

 

そのため、百尋ノ滝の秘密基地を全員が出払っていた隙をついて制圧した後も、残されたシニアクラスの部隊を各個撃破できる状況になるかどうかを見届けることになり、

 

そこで侵略の要であるやつらの宇宙船がこの世界から存在しなくなった後も唯一無二の出入り口となる百尋のエレベーターに罠を仕掛けて監視し続けることになった。

 

とりあえず、1個軍団につき10体はいるシニアクラスの排除が確認できればヨシ。ジュニアクラスは完全に擬態対象に成りきっている個体を見破ることができないので、現状は放置。

 

 

――――――経過は順調。基本的に奥多摩のヒッポカンポスの軍団は百尋ノ滝の秘密基地を寝床にしているので絶対に帰ってくるのだ。

 

 

なので、一番最初に戻ってきたエルダークラス:ヒッポカンポスがそうだったように、自分たちの超科学技術の結晶である超頑丈なエレベーターに守られた状況で、その内側からボンッ。

 

やつら、規律正しく部隊単位であるシニアクラス:1、ジュニアクラス:10の比率を守ってエレベーターをいちいち部隊ごとに利用してくるもんだから、爆破した後の死体確認と罠の再設置も物凄く効率よくできてしまった。

 

こうして何度も何度も地上の百尋ノ滝との接点となるエレベーターホール内で爆発が観測され、その度に真っ黒焦げの11の灰の山を掃除しては次の死刑囚を11人ずつ呼び寄せていくのが繰り返された。

 

なお、シニアクラスの灰は進化したことで獲得した角だけ成分がちがうことで識別が可能で、仮にエルダークラスが混じっていた場合は翼の分だけ灰の量が増えているはずなので識別は容易である。

 

こうしてエルダークラス:ヒッポカンポスの軍団がきっかり111体分の灰の山になったのを確認した後、奥多摩の完全解放が果たされたのであった。

 

そうだろう そうだろう。一番安全なはずの本拠地で欠員が出るはずがないんだから、これでいいんだよ。

 

まさか、敵の本丸を一夜にして陥落させることができるだなんて思いもしなかったので、この結果には大満足であった。

 

 

だが、勝って兜の緒を締めよ、私はこの後 死ぬほど後悔することになってしまった――――――。

 

 

いや、まさか――――――、その可能性を考えていなかったわけではないが、恋人たちや子供たちがなかなか寝付けない聖夜を送っていたように この大勝に浮かれていたことで完全に油断していた。

 

やはり、片時もバケモノはバケモノであるとして侮ってはいけなかったのだ。

 

そして、それだけじゃなかった。それだけじゃなかったのだ。

 

この宇宙でもっとも邪悪な存在とは何かを考えた時、我々の認識世界の中に存在する地獄の主が夜明けと共に姿を現す――――――。

 

いったい何が起きたのかを掻い摘んで説明すると、こうなる。

 

 

――――――白と黒が交わった結果は灰色の世界;すなわち近墨必緇・近朱必赤だったのだ。

 

 


 

 

●2周目:12月25日の夜明け前

 

――――――百尋のエレベーターは地上に向けて昇る

 

アグネスタキオン’「本当に一夜のうちに1個軍団を殲滅することができただなんてね……」

 

アグネスタキオン’「今でも信じられないよ、トレーナーくん……」

 

斎藤T「だが、しっかりとエルダークラス:1、シニアクラス:10、ジュニアクラス:100の墓標を立てることができたんだ。これで奥多摩は完全に救われた」

 

アグネスタキオン’「けど、奥多摩に割拠するヒッポカンポスの軍団がいなくなったけれど、やつらの要となる“潜航艇”が失われた影響で何が起きるかはまだわからない……」

 

アグネスタキオン’「特に、多摩地域の軍団も連携していたわけだから、その司令官であるヒッポネイピアが第2段階移行の初動でいなくなったことで、多摩地域の残党が何をしでかすか――――――」

 

斎藤T「まあ、まだ時間の巻き戻しは1回しかやってないから、また年末まで監視を続けていればいいと思うぞ。船橋市のヒッポクラテアの軍団を傘下に加えてな」

 

アグネスタキオン’「そうだね、ヒッポクラテアの軍団は私たちの玩具になるわけだ」

 

アグネスタキオン’「まあ、船橋トレセン学園そのものがやつらの巣窟になっている以上は、全員を排除してしまっては学園の存続に関わってしまうから、本当に困ったやつらだよ」

 

斎藤T「ああ。正解なんて もうない話だ」

 

斎藤T「だが、すでにそうなってしまっているのだから、船橋の連中には最後まで嘘を貫き通してもらうしかないじゃないか」

 

アグネスタキオン’「この事件は闇から闇へと葬らなくちゃならないわけだからね……」

 

アグネスタキオン’「私にそれだけの権限があること自体に驚きだが、1周目の私が実際にやったことなのだから、信じる他ないか……」

 

 

時刻は聖夜を終えて聖誕祭の朝になろうとしていた。

 

それまでずっと地上との唯一の連絡路になる百尋(181.8m)のエレベーターに爆弾を仕掛けては遺灰を十字架の下に埋める作業を繰り返し、それが10回は繰り返されてWUMAの1個軍団が殲滅されたのを見届けることになった。

 

生命反応が停止した瞬間に灰になってしまうWUMAの死体確認と後始末は非常に簡単であり、ハンディクリーナーで1体分の遺灰を吸っては墓穴に捨てるだけの作業を繰り返すだけだった。

 

それでも、十字架の墓標を立ててしまうのはせめてもの弔いか、単に死体確認がしやすいように目印を立てただけなのか――――――。

 

そうして、繰り返される爆音と111体の埋葬が終わり、元の静寂な世界が百尋ノ滝の秘密基地に訪れたのを確認すると、時刻も夜明け前なので百尋ノ滝からの日の出を拝もうと気持ちが弾んでいたのだ。

 

終わってみれば、百尋ノ滝を百尋足らしめた地下深くのバケモノたちの巣窟の空気を長く吸い続けた圧迫感から解放されるために、外の空気を無性に吸いたくなっていたのだからしかたがない。

 

しかし、一夜にして敵の本丸を攻め落とさなければ奥多摩が人類の手では届かない次元に隔離されてしまうのを阻止する重大な使命を果たし終えたことで緊張の糸が解れたのは取り繕うことができない事実であった。

 

 

――――――百尋(181.8m)のエレベーターが地上との唯一の出入り口である百尋ノ滝に向けて昇り始める。

 

 

今までは次の死刑囚が地下の処刑場に運ばれて来るのを見上げてばかりだったが、全てが終わったかに思えた今となると地獄から天国に導く天使の階梯のようにすら思えてくる。

 

全てが半透明のエレベーターに乗り込むと私は糸の切れたマリオネットのようにみっともなく床に座り込んでしまっていた。

 

そうだ。このエレベーターの四隅にC4爆弾を仕掛けては地下で停止した時の衝撃で爆発するようにセットするだけで、恐怖の怪人:ウマ女軍団はいとも容易く駆逐されたのだ。

 

ゾンビサバイバルゲームでの稼ぎ行為のように楽をさせてもらったが、それぐらい私は容赦なくWUMAを殺してきた。

 

まさか唯一の出入り口となるエレベーターを使った簡単な爆破トラップを仕掛けるのを繰り返すだけの単純作業になるとは思わなかったが、

 

いくらバケモノ狩りという大義名分があるとは言え、111体分の共同墓地を一夜にして築き上げてきた重みはこみ上げてくるものがあった。

 

やつらこそ平行宇宙の地球を支配する超科学生命体ではあったものの、あまりにも理想的な社会を築き上げた代償に、自分たちの住む社会の全てが理想的であるが故に、

 

こうして唯一無二の出入り口となる百尋のエレベーターに変化があることに違和感を覚えても正常性バイアスで誰も気にも留めないだろうことを見越して、堂々と室内に爆弾を仕掛けることになった。

 

そう、自称:平和を愛する種族である“フウイヌム”の日常や社会には恐るべき犯罪や不幸な事故なんて起きないのだから、警戒心なんてものが育まれるわけがない。

 

そして、現地住民に擬態して得た記憶や知識も所詮は“ヤフー”の下等なものと見下して精査する必要がなければ一顧だにしないのもわかっている。

 

なぜなら、“フウイヌム”は理想的な社会を築き上げた()()()()()()()()()()種族であるわけなのだから。そういうものなのだ、元々から。

 

しかし、理想社会で生まれ育っただけの存在が理想の人格者であるかどうかは別問題であり、

 

理想とは現実と相反するものだからこそ、それを目指す姿勢にこそ、神仏が加護を与えることを思えば、“フウイヌム”とは無邪気で邪悪な存在であった。

 

そこに人間味を感じるかどうかは微妙なところであり、それこそゾンビサバイバルゲームの稼ぎに利用されるような単細胞なアルゴリズムしか持たされていないモンスターにしか思えなかった。

 

 

だからこそ、これでゲームクリア(You Survived)になったことで全てが終わった気になっていた。

 

 

今日が救世主の聖誕祭(12月25日)だからか、これで地獄から天国に掬い上げてもらっていたような気がしていた。

 

そして、それは本来はそのバケモノの一人であるアグネスタキオン’(スターディオン)も同様であり、

 

今回は幸いにも 直接 命のやり取りをすることはなくても、無造作に次々と同胞(バケモノ)たちが灰になっては墓穴に埋められていくことに思うことがないはずがない。

 

けれども、それが何者でもないアグネスタキオン’(スターディオン)になった時に選んだ道である以上、絶対に避けては通れない裏切り者の苦しみでもあるのだ。

 

 

だから、最初は離れた位置に立っていた彼女が私の隣に腰を下ろすのを拒むわけにはいかないし、膝枕のご褒美を強請ってくるのを黙って受け容れる他ない。

 

 

そこから地上の天国までの退屈な時間を今後のことについてまじめな話をしながら、実験室で髪を洗ってあげている感覚を思い出しながら優しく彼女を撫で続けた。

 

髪の毛は血液から作られている以上は頭皮マッサージによって血流を良くして栄養が行き渡るようにしなければならない。白髪は血管が収縮したことで色素が毛根に行き渡らなかったことで起きるもの――――――。

 

他にも、疲労によって凝り固まった表情を柔らかくするために彼女のほっぺたにも触れたし、尻尾の毛並みも手櫛で整えていった。

 

そうすることによって、互いに無心になってリラックス状態になっていき、そのうち不思議な一体感と高揚感が行き渡った。

 

この感覚は以前にもどこかで味わった覚えがあり、脳内の快楽物質が濁流のように押し寄せ、癖になりそうだった。

 

きっと、恋人同士なら ここから情熱的な抱擁を交して メチャクチャになるまで互いを求め合うことになるのだろう。

 

実際、彼女は甘えるような表情を浮かべて両手を肩まで回そうとしてくる――――――。その火照った表情の艶に思わず頭の中が真っ白になりそうになる。

 

けれども、こうして互いを見つめ合ううちに、あることに気づいた。気づいてしまった。

 

 

――――――そうか、これはヒノオマシと同じなんだ。

 

 

ヒトとウマ娘の間に芽生える不思議な絆の力の重要性をトレセン学園では繰り返し説かれているが、その1つの兆候として挙げられるのが『距離感がバグる』という現象であり、

 

世間的にはウマ娘の強すぎる闘争本能と過剰すぎる身体能力に起因するリスクを恐れて同じヒトの女性と結婚したいという声が多いのだが、

 

それでも、ウマ娘と身近に接しているヒトの男性ほどウマ娘と結婚する割合が高くなるのは間違いなく、ヒトとウマ娘のふれあいの中で快楽物質を分泌させる何かがあるからなのだろう。

 

それが何かと言えば、言葉は悪いが やはり()()()()()()()()に近いものがあるんじゃないかと私は分析している。

 

亜人:ウマ娘と怪人:ウマ女はどちらもウマの擬人化であると23世紀の人間なら一緒くたに考えることができるが、実際に両者に触れてみて大きなちがいがあることを体験からなんとなく理解することができていた。

 

なぜなら、亜人:ウマ娘は()()()()()()()()()()()()であり、怪人:ウマ女は()()()()()()()()()()()()であるため、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

そのため、ウマの擬人化らしく全体的に走ることが大好きな亜人:ウマ娘は基本的にヒトより本能の部分で生きている無邪気な性質なので、まさしくヒトではない異種族の雰囲気をまとっているのだ。

 

そして、怪人:ウマ女の築き上げた超科学生命体の生活を再現した百尋ノ滝の秘密基地にある人間的な街並みを見ると、本質的に頭の作りがウマではなくヒトであることが理解できる。

 

だから、この『距離感がバグる』という現象は他種族のオスから種をもらう必要があるメスしかいない異種族:ウマ娘が無自覚に他種族のオスを誘惑するために生み出しているものなのだろう。

 

以前に何度か行ったヒトとウマ娘の共生の考察を何となく頭に思い浮かべながら、メスしかいない種族が編み出した無自覚の誘惑のフェロモンに私のオスの本能が刺激されるが、

 

しかし、それ以上に斎藤 展望の妹:ヒノオマシにすら『距離感がバグる』現象が起きたことの()()()()()()()を再認識してしまい、いたたまれない気持ちになってしまったので一瞬で萎えてしまった。

 

 

――――――斎藤 展望の妹:ヒノオマシ・陽那の誕生日は12月30日(もうすぐ)だった。

 

 

やはり、不純異性交遊はよろしくない。聖夜の熱に浮かされて一夜の過ちを犯すのは下半身でしかものを考えることができない恋人たちがやることでしかない。

 

それに、身体は身籠ることができるようになっても まだ子供のままの子供が子供を生むような社会は地球圏統一国家には相応しくないものだ。

 

私の知る21世紀は融和の時代、宇宙の時代、科学の時代、女性の時代となり、子供の誰もが大人になれるように導かれる時代でもあるのだから。

 

だからこそ、宇宙時代の人間には 愛欲をも上回る愛情でもって この場を収める知性と教養が必要不可欠となるのだ。

 

アダムとイヴがエデンの園を追放されることで背負わされた労働と出産の苦しみからも解放される時、人類は究極的に束縛からの自由(リバティー)から表現の自由(フリーダム)のために生涯の全てを費やすことができるようになるのだ。

 

そうなれば、限られた人生の選択肢からも解放されて、本当により良い人生を探し求める自己実現の自由を誰もが享受することができる。

 

そうした時代で生を受けた私が誰かの人生を自分の手で選ばせないのはありえないのだ。23世紀の宇宙移民のポリシーとして受け容れられない。

 

 

だから、私はアグネスタキオン’(スターディオン)やその奥にあるヒッポリュテーの想いには今は蓋をしてもらうことにした。

 

 

両手を肩にまで伸ばした彼女は 私が何もしてこないことを察して するりと肩から手を放した。

 

そんなお利口さんだからこそ、ご褒美をあげたくなるわけで、そうした中で見せてくれた溌剌とした表情が私は大好きだった。

 

もちろん、私にだって相手の好みはあるが、こういう表情で満ち溢れていた時代だったからこそ、私は 尚更 この時代に生きる人たちを憐れんでしまうのだ。

 

 

 

――――――本当の幸せをひとりひとりに掴んでもらいたいから!

 

 

 

しかし、ここから私は“特異点”である自分自身の弱点を嫌という自覚させられてしまうことになった。

 

百尋のエレベーターはいよいよ築き上げられた地下空洞を抜けて地層の中に入ったことで、地上の出入り口となる百尋ノ滝までかなり近づいた。

 

それまでには随分と荒んだ気持ちが落ち着いており、外の空気を清々しい気持ちで吸えるものだと浮かれていたのだ。

 

そう、決してその可能性を考えてこなかったわけではないが――――――。

 

 

――――――統制者を失った無法者の集団が一挙に暴徒と化す可能性。

 

 

シュウウウウ・・・

 

斎藤T「……うん?」ビクッ

 

アグネスタキオン’「どうしたんだい?」

 

アグネスタキオン’「――――――っ!?」

 

アグネスタキオン’「こ、これは――――――!?」ゴホゴホ

 

斎藤T「――――――やられた!?」ゴホゴホ

 

アグネスタキオン’「と、トレーナーくんッ!?」ゴホゴホ

 

斎藤T「逃げろッ!」

 

アグネスタキオン’「いや、待って――――――」

 

アグネスタキオン’「あ」 ――――――時間跳躍!

 

斎藤T「よし、これで――――――」ゴホゴホ

 

斎藤T「……うぅ」ゴホゴホ

 

斎藤T「あ」

 

 

――――――詰んだ。咄嗟の判断で致命的なミスをしてしまったことに気づいてしまった。

 

 

完全に油断した。これまでさんざん利用してきた逃げ場のないエレベーター内に神経ガスが流れ込んだのだ。

 

全てが半透明で内部構造が丸見えのエレベーターにそんな防衛機構があったとは到底思えない。あるにしても、それなら最初から起動するべきものだ。

 

しかも、SFでは定番の暴徒鎮圧剤ではあるが、これは催涙ガスでも催眠ガスでもなく、神経ガスだ。

 

神経ガスの起源は第二次世界大戦の前後にドイツで開発された(Germany)剤であり、立派な化学兵器なので使用はもちろん禁止されており、対策として軍隊では自己治療用の解毒剤キットが装備されている。

 

その教訓が23世紀にも継承されているため、宇宙移民は長きに渡る宇宙航海の合間にVRシミュレーターで様々な化学兵器の恐ろしさを身を以て味わう地獄のレッスンを経験していることから、

 

私は即座に察知することができたが、私が認識するよりも先に“斎藤 展望”の身体が反応していたところを見るに、皇宮警察の訓練にも化学兵器への対処法があったのかもしれない。

 

神経ガスは筋肉を収縮する神経伝達物質の伝達を阻害して筋肉の活動を停止させるものであるため、強烈な睡魔や目の刺激を直ちに感じるわけではない。

 

しかし、全身の倦怠感を伴う筋肉の収縮と痙攣による昏睡状態にやがて陥り、最悪の場合は呼吸器系の筋肉が機能しなくなることで呼吸困難の窒息死に至るような代物だ。

 

つまり、相手に与える不快感は催涙ガスや催眠ガスの比ではなく、全身の筋肉機能が正常に働かないことで、鼻水が出て、呼吸が苦しくなり、目が霞んでいき、涎が止まらなくなり、吐き気も催す。

 

そして、筋肉の締まりによって調整されていた内臓機能が完全停止するため、いろんなところでおもらしをする羽目になるだろう。もちろん、そこまで言ったら全身の機能が麻痺して死んだも同然だが。

 

危なかった。時間跳躍を使ってアグネスタキオン’(スターディオン)をすぐさま避難させることができてよかった。これがエルダークラスだったら壁抜けできない空間跳躍で逃げ場がなかっただろう。

 

そう、エルダークラス:ヒッポカンポスはこの逃げ場のない百尋のエレベーターの軌道を利用されて爆殺されたのだ――――――。

 

 

――――――いやいや、よく考えたら全然良くねえよ!?

 

 

咄嗟に時間跳躍を使ってアグネスタキオン’(スターディオン)を避難させたのは正しい判断だ。

 

しかし、その咄嗟の判断に『“斎藤 展望(自分)”のことを含めなかった』のは致命的なミスだった。

 

二人揃って確実に脱出できたのに、私はアグネスタキオン’(スターディオン)を発動機にして時間跳躍する際に、自分の存在を完全に入れ忘れていたのだ。

 

だから、自分だけ神経ガスが充満した逃げ場のないエレベーターにポツンと取り残される羽目になり、土壇場で自分よりも他人を優先する性根が裏目に出てしまったのだ。

 

これが頭でイメージした通りにダイレクトに世界が塗り替わる四次元能力の最大の特長と欠陥であり、

 

こうして四次元空間の感覚を記憶している“大特異点”の私のイメージが四次元能力の発動機になっているが“小特異点”のアグネスタキオン’(スターディオン)のイメージよりも優先された結果がこれである。

 

 

まぬけ、ここに極まれり。天体の崩壊が近づく中、命からがら宇宙船のエンジンを点けておきながら、宇宙船に乗れずに置いてけぼりになった格好だ。

 

 

初めて神経ガスにやられたアグネスタキオン’(スターディオン)がすぐに助けに戻ってくる可能性はほとんどなく、戻ってきても神経ガスが充満した場所に戻ってくるのは自殺行為である。

 

何よりも、バケモノである彼女のこれからの人生には理解者である私の存在が必要不可欠なのだから、私は絶対に生きねばならないのだ。

 

そう、口では大人として子供を導くとか言っておきながら、何があっても彼女と一緒に生きることを肝に銘じることができずにいた半端者でしかなかった。

 

自分で思っていたよりも他人の人生を預かることが()()()()()()()()()()()()を正しい理解をしていなかったのだ。

 

子供が正しい成長を遂げるのを見届ける義務が大人にはあるというのに――――――。

 

神経ガスの影響は長期に渡り、累積性もあるため、たとえ死を免れた場合でも障害は一生残り続けてしまう――――――。

 

信頼できる性能のガスマスクや解毒剤キットなんて民間人が持っているわけないし、入手は絶対に間に合わないのだから――――――。

 

 

――――――だから、詰んだ。これはもう時を巻き戻す(リセット)しかない。

 

 

斎藤T「ゴホゴホ・・・」

 

斎藤T「ゴホゴホ・・・」

 

斎藤T「ゴホゴホ・・・」

 

斎藤T「ゴホゴホ・・・」

 

斎藤T「ゴホゴホ・・・」

 

 

ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 

 

斎藤T「ア・・・?」

 

斎藤T「アア・・・?」

 

斎藤T「ウアア・・・」

 

 

しかし、思ったよりもなかなか死ねない身体なのが“斎藤 展望”であったのだ。

 

おかしい。可能な限り神経ガスを吸わないようにエレベーターの隅に頭を突っ込んで衣類を被っているとは言え、すでに身体は神経ガスにやられて手遅れのはずなのだ。

 

神経伝達物質:アセチルコリンが神経ガスの成分で分解がストップすることで筋肉や臓器の運動指令が解除され、半永久的に筋肉を緩和させられているのだから、目や鼻や口や膀胱からありとあらゆる汁が垂れ流しになるはずなのだ。

 

つまり、日常的にはアセチルコリンが分解されることで筋肉の収縮が行われている――――――。

 

普段から何気なく身体を動かそうとする行為の1つをとっても体内での化学反応;生化学が絶え間なく行われているわけなのだ。

 

その生命活動を維持するために絶え間なく行われている生化学をいとも容易く阻害する神経ガスの恐ろしさを今まさに味わっている――――――。

 

それなのに、神経ガスが充満したエレベーターにバキューム音が鳴り響いた後、百尋ノ滝の裏側に隠された扉が開かれて新鮮な外の空気が流れ込むのを感じることになった。

 

ありえない。私の知る斎藤 展望という人間はトレセン学園のトレーナーになってすぐに学外でウマ娘に撥ねられて3ヶ月間の意識不明の重体になっていた男なのだぞ。

 

いくら世界最高峰の皇宮警察の血統と才能を受け継ぐハーフだからと言っても、ウマ娘よりも脆弱なヒトの身でここまで化学兵器に耐えられるのはバケモノ染みている。

 

逆に言えば、『それほどにまで頑健な男がウマ娘に撥ねられたぐらいで意識不明の重体になるのか?』という根本的な疑問が湧いてくる。

 

 

そして、生存本能に突き動かされて みっともない格好で 無防備に滝の裏へ這い出そうとする――――――。

 

 

いやいや、エレベーターに神経ガスを流し込んだ上でバキュームで吸った連中が外で待ち構えているんだから、ここは死んだふりをしているべきだろうに。

 

ほら、見ろ。捕まったぞ。よりにもよって、こいつらは――――――、え!?

 

いや、待て。神経ガスで全身麻痺に陥っているのに、どうしてここまで私の思考は冷静沈着なのか――――――。

 

 

斎藤T「ウアア・・・」

 

横嶋T’「どういうことだ、これは? こいつは担当のハッピーミークが一昨日の『有馬記念』に出走しているのだから、昨日は休暇をとっているはずだが……」

 

横嶋T’「それに、奥多摩は昨日の時点で交通が分断され、多摩地域からの侵入路も封鎖されているはずだから、ヤフーの身でどうやってここまでやってきた?」

 

 

横嶋T’「まさか、あの“斎藤 展望”が我々の本拠地から出てくるとは思ってもみなかったぞ」

 

 

横嶋T’「しかし、見た目と装備からして『ここが何であるのか』をわかっていたらしいな」

 

横嶋T’「まあいい、運良く神経ガスで死ななかったようだが、すでに虫の息だ。俺以外にもこの機に乗じようとしたやつがいたのなら、そいつの成果は全て俺のものだ」

 

横嶋T’「よし。俺たちに先んじて何をやっていたのかは知らないが、その頑張りを褒め称えて、()()()()()()()()()()。それで全てがわかる」

 

横嶋T’「お前、擬態しろ」

 

怪人:ウマ女「ハッ」

 

斎藤T「アア・・・」

 

怪人:ウマ女「……ムッ」

 

横嶋T’「どうした? 何をしている?」

 

怪人:ウマ女「ダメデス。コイツニギタイデキマセン……」

 

横嶋T’「なんだと? なら、エルダークラスの血統のお前が擬態しろ」チッ

 

怪人:ウマ女「……アリエナイ、アリエナイ、アリエナイ」

 

横嶋T’「どうした? まさか、血統の良さだけが取り柄のお前でも擬態できないと言うんじゃないだろうな!?」

 

怪人:ウマ女「モ、モウシワケアリマセン……」

 

横嶋T’「そんなバカなことがあるか!? 俺たち“フウイヌム”の知能が“ヤフー”ごときに劣るはずが……」

 

斎藤T「ウアア・・・」

 

怪人:ウマ女「ナラ、ドウシマショウカ?」

 

横嶋T’「おい! いちいち言わねえとわかんねえのか、お前らは!?」

 

横嶋T’「だったら、好きにしろ。どうせ、神経ガスで虫の息なんだ。放っておけば、この氷点下だ。すぐに息絶えるだろうよ」チッ

 

 

横嶋T’「それよりも、お前。ヒッポカンポスの軍団を呼び出せ。さっきは雑魚相手に空撃ちになったが、今度こそ神経ガスの餌食にしてくれる!」

 

 

怪人:ウマ女「シ、シカシ、ソレハ――――――」

 

横嶋T’「いいか、黙って命令に従え! お前らのボスは誰だ!? この俺だ!」

 

横嶋T’「俺の命令はヒッポリュテー様の遺志だと思え!」

 

怪人:ウマ女「ハ、ハイ……」

 

横嶋T’「さあ、とっと行け! 他の連中も神経ガスとバキュームの用意を怠るな!」

 

横嶋T’「これでようやく――――――」チラッ

 

斎藤T「アアア・・・」

 

横嶋T’「クククク! ハハハハハ! フハハハハハ!」

 

 

横嶋T’「なあ、今年一番のビッグな新人Tの“斎藤 展望”さんよぉ! 俺はあんたのことが羨ましくて妬ましくてしかたがなかったぜぇ!」

 

 

横嶋T’「ヒッポカンポスの連中が昇ってくるまで暇だから、せっかくだから冥土の土産として面白い話を聞かせてやろうか?」

 

横嶋T’「まあ、まともな反応が返ってくるわけがねえんだけどな!」

 

横嶋T’「それでも、桐生院の小娘に上手く取り入ってG1勝利の箔を付けたのは気に入らねえからな!

 

横嶋T’「苦節十年、G1勝利に手が届かずにずっと踏み台にされてきた人間の気持ちがわかるか、ぽっと出の新人によ!?」

 

横嶋T’「俺のトレーナー人生最後の希望になったあの子もライスシャワーに勝てなかったんだ! ライスシャワーのようなくだらないウマ娘さえいなければ、俺もG1勝利の栄光を掴めたはずなのに!」

 

横嶋T’「ふざけんな! ミホノブルボンは別格だとしても、ライスシャワーなんかが“グランプリウマ娘”の座に就くとかどこまで世の中ってのは舐めてやがるんだ!」

 

横嶋T’「しかも、元甲子園球児だか何だか知らないが初めて担当したウマ娘が“グランプリウマ娘”になるとか――――――、」

 

横嶋T’「じゃあ、10年以上トレーナーをやってG1勝利を掴めない俺はいったい何だ!?」

 

横嶋T’「俺の最後の挑戦――――――」

 

横嶋T’「だから、ライスシャワーの担当トレーナーに擬態した駒を使って恥をかかせようとした!

 

横嶋T’「なのに、学園全体でライスシャワーを擁護するような真似をしやがって!

 

横嶋T’「偉いのはG1ウマ娘かよ! 負けたやつのことは誰も見てくれねえ! ただ そこからどくように言ってくるだけだ!」

 

斎藤T「ア・・・」

 

 

横嶋T’「まあ、今となってはどうでもいいことだがな。おかげで、擬態対象の“ヤフー”が抱え込んでいた()()()()()()()からも解放された」

 

 

横嶋T’「俺は今、一個の生命体として物凄く充実しているんだ」

 

横嶋T’「今の俺は“フウイヌム”のくだらない血統社会から解放されようとしているんだ」

 

横嶋T’「想像できるか? 生まれた時からシニアクラスの血統として最上位のエルダークラスになることができずに中間管理職として使い倒されるだけの人生が想像できるか!」

 

横嶋T’「まあ、そのことに気づけたのは横嶋T(こいつ)をはじめとして社会に不満を抱え込んでいる使い走りたちに擬態してきたおかげだがな」

 

横嶋T’「そして、いつの間にか 俺のことを便利な駒として扱き使っていた上司がいなくなっていたんだよ

 

横嶋T’「――――――俺はチャンスだと思ったよ」

 

横嶋T’「何もしなかったら、侵略が次の段階に進んで本国からの援軍が来ちまうからな。そうなったら、俺はまたエルダークラスの誰かの言いなりになるだけの人生に逆戻りだ」

 

 

横嶋T’「だから、俺はヒッポリュテーのフリをして、ヒッポカンポスから侵略を次の段階に進める日時を聞き出して、それまでに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というわけだ!」

 

 

横嶋T’「最高の気分だぜ、今! シニアクラスの俺が100人近くの部下を従えているんだからよ!」

 

横嶋T’「だが、エルダークラスの命令に絶対服従なのは変わらないから、これをどうするかでかなり悩んだんだぜ?」

 

横嶋T’「そこで思いついたのが、()()()()()()()()()()()()()()ってな」

 

斎藤T「アア・・・」

 

横嶋T’「そう、こんなふうに声を発することができなくなれば、命令のしようがないというわけさ!」

 

 

そうか、私という存在は賢者ケイローンと同じく、一度は四次元空間と同化した存在だから、三次元の肉体の器が衰弱するほど幽体離脱しやすくなっているのか。

 

だから、肉体の感覚が失うほど“私”としての意識が冴え渡っていき、こうして肉体を超越した視点で状況整理を行うことができるようになっているのだ。

 

それで、百尋ノ滝を数え切れないほどのパーティーグッズの馬のマスクを被った全身白タイツのふざけた格好の怪人:ウマ女が取り囲んでいた。

 

その中に 唯一 トレセン学園のトレーナーに擬態したリーダー格がいたが、あれは横嶋Tというベテラントレーナーだったのは何かで憶えていたが、実際に見かけたことはあまりなかった。まさかシニアクラスに擬態されていたとは――――――。

 

WUMAの擬態はできるだけ怪しまれないように世間の関心が向かない日陰者が選ばれる傾向にあるので、横嶋Tはすでに中央では居場所がなくなった落ち目のトレーナーだったのだろう。

 

こちらの意識がはっきりしていないと思って調子に乗って聞いてもいないことをペラペラと自白してくれるぐらい横嶋T’は下衆の心に堕ちきっており、それに擬態したシニアクラスの心も真っ黒に染まっていた。

 

そして、府中市の中央トレセン学園に割拠していたエルダークラス:ヒッポリュテーの軍団が現在進行形で何をしているのかについては今まで謎だったが、

 

実は、私が『ジャパンカップ』の夜にエルダークラス:ヒッポリュテーを排除してしまったことで、その配下のシニアクラスの統制が取れなくなっていたわけか。

 

そして、ヒッポリュテーから調整を受けられなくなったことで横嶋Tの人格に半ば乗っ取られたシニアクラスの一個体がクーデターを起こして、他のシニアクラスを排除して部隊を次々と傘下に収めていったわけか。

 

これは凄いな。さすがはシニアクラスの裏切り者なだけに私たちよりもはるかに情報優位性があるとは言え、

 

私がスーペリアクラス:アグネスタキオン’(スターディオン)を使って1周目で船橋市のヒッポクラテアの軍団をまるまる傘下に収める計画を立てるよりも早くに、

 

横嶋T’に擬態したヒッポリュテーの部下だったシニアクラスの一個体はヒッポリュテーがいなくなったのを好機と見て完全なる束縛からの自由(リバティー)を求めて、

 

結果として自分たちWUMAの存在意義である異世界侵略を食い止める“世界を救う”裏切り行為のために陰ながら奮闘していたというのだから、呆れて物が言えない。

 

だって、こいつのおかげで府中市やトレセン学園に潜伏して侵略を指揮していたヒッポリュテー麾下の他のシニアクラスが全滅しているらしいわけだからな。

 

しかも、おそらく1周目の結果を踏まえると、こいつらのクーデターは失敗したと考えるのが自然かもしれないが、

 

もしかしたら、ヒッポカンポスの軍団を騙し討ちで排除した後に何者も入り込めなくなった奥多摩で自分たちの王国を築き上げて、WUMAの本格的な侵略を阻止していたかもしれないのだ。

 

なるほどね。シニアクラスはWUMAとしての自意識を保ったまま擬態を繰り返すことができるわけだが、当然ながら擬態対象の意識や記憶に染まって離反される恐れが当然ながらあったわけだ。

 

それを更に上位の存在から思想や意識の調整を受けることによって軍団の統制を行うことができるわけだが、

 

計画進行のために必要な調整を行うことができる最上位の存在を排除されれば、野放しになったシニアクラスはどんどん擬態対象の思想や感覚に染まっていくわけだ。

 

やっぱりな、こいつらはグリゴリの天使だったというわけだな。

 

一見すると完璧に思えた階級社会を築き上げていた超科学生命体“フウイヌム”だったが、いつの世も王と民の間に立って中間搾取ができる役人から腐敗が進むわけだ。

 

だからこそ、理想社会の建設にはそういった不都合な真実が入り込めないように徹底的な管理と統制が必要なのかもしれない。まさしく理想状態そのものだ。

 

しかし、このように蟻の一穴でその堤防も決壊するのだから、社会的生物というのはどこまでも不便な存在であるのが宿命なのだ。

 

あるいは、その完璧に思えた“フウイヌム”の階級社会の大前提をひっくり返してしまうほどに反社会的な思想を抱いている邪悪な存在こそが“ヤフー”なのかもしれないな。

 

 

――――――これが()()()()()()()()()()()というわけだ。

 

 

やはり、21世紀の地球圏統一国家が樹立する以前のバラバラの時代の人間たちに23世紀の宇宙科学も平行宇宙の超科学も渡すわけにはいかない。

 

となれば、私が選ぶべき道は詰まる所はこのクーデター軍団と同じになるのかもしれないな。

 

つまり、WUMAの侵略を食い止めた後は23世紀の宇宙移民としてはもう何もしない。やつらの遺産である百尋ノ滝の秘密基地に閉じ籠もって余生を過ごすのも悪くない。

 

もっとも、それは次の周にこのクーデター軍団の頭目となった横嶋T’に擬態したシニアクラスを排除して、残党をスーペリアクラス:アグネスタキオン’(スターディオン)の軍団に吸収してからだ。

 

すでに“斎藤 展望”は神経ガスで全身麻痺状態に陥った上に百尋ノ滝の氷点下の空気に浸され続けて生命の灯火が消える寸前なのがわかる。

 

だから、私はこの2周目の反省を活かして、次はより完璧に仕上げた3周目を始めるだけ――――――。

 

そして、21世紀の異なる進化と歴史を歩んだ この地球での生き方を改めよう――――――。

 

やはり、近代ウマ娘レースと同様に、この世界のためにくれてやるものや してやれるものなど何一つない――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――立て、立つんだ! 斎藤 展望(さいとう のぶもち)! お前は斎藤・ヒノオマシ・陽那の兄だろう!?

 

 

意識の暗闇の中で誰かが呼ぶ声が聞こえる。それはほんの一瞬に過ぎる必死の声。現実世界を超越した部分で聞き取れる声。

 

それははっきりと“斎藤 展望”の名前を呼び、“ヒノオマシの兄”であることを強く訴えかけてきた。

 

ケイローンの声ではない。ケイローンの声は怪人:ウマ女から発する不快なノイズが混じったような声を超越した男も女もない透き通るような声の響きだった。

 

これは明らかに男性の声であり、はっきりと聞いたことがある声だ。それも、日常的に耳にしているこの声は――――――。

 

 

斎藤T「そうだッ!」ガバッ

 

横嶋T’「なにッ!?」ビクッ

 

斎藤T「こんなところでくたばってなるものかああああああああああああ!!」ゴゴゴゴゴ!

 

横嶋T’「馬鹿な……、我々“フウイヌム”に対しては動きを鈍らせるのがやっとであっても“ヤフー”なら全身の筋肉が完全に麻痺して最終的に窒息死する神経ガスを浴びて、なぜ立っていられる!?」

 

斎藤T「さて、なぜだろうな!? このまま死んでやってもいい気分だったけど、“斎藤 展望”としてやるべきことを思い出したからかな!?」ググッ

 

 

――――――もう躊躇っている余裕はない! ここが天下分け目の天王山! 一気に決めさせてもらうぞ、アグネスタキオン!

 

 

斎藤T「ぐうぉおおおおおおおおおおおおおお!」ザシュ! ――――――怪しく光る注射器を自分の首筋に射ち込む!

 

横嶋T’「おい、今 何を射った!? 今の注射器は何だ――――――!?」ガシッ

 

斎藤T「――――――」ピカァ

 

横嶋T’「!?!?」

 

横嶋T’「う、嘘だろう!? な、何なんだ、今のお前――――――!?」

 

 

キラキラキラ・・・

 

 

ゴールドシップ「うおっほー! 盛り上がってきたぜぇ!」

 

 

トウカイテイオー’「え、何アレ……」

 

 

斬馬 剣禅「そうだ。今のお前が“斎藤 展望”なのだから、ここで終わったら承知しないぞ。お前こそが“斎藤 展望”に誰よりも相応しいのだから――――――」

 

 

――――――星が先立って進み、幼子のいる場所の上に止まる。東方の賢者たちは母に抱かれた幼子を拝み、青年は黄金、壮年は乳香、老年は没薬を贈り物として捧げた。

 

 

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