ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
時間は有限だ。人間の一生は光陰矢の如し。
けれども、焦っては事を仕損じる。千丈の堤も蟻の一穴より崩れるのならば、
偉大なる事績は堅実な積み重ねがあればこそ、金字塔や五重塔は時を超えて受け継がれていく。
だから、焦ってはいけない。いつの御時世も他者より強く、他者より先へ、他者より上へと進化と成長を求められる競争社会ではあるのだけれど、その自然淘汰の流れに身を任せることを覚えるべきなのだ。
その自然の営みを自然の一部である人間が忘れているからこそ、不自然なものとして自然の摂理によって自ら裁かれるというだけなのだ。
古代で言う『天命を知る』というのは、己の生まれ持った限界を個性として受け容れ、その上でより高みを目指す進化と成長を日々の生活の中での精進努力で促すことを指す。
いや、そんなのは生命の営みの中でごく自然に行われていることであるが、
なまじ知性があるばかりに常に焦ってはならないのだけれど日々の進化と成長を求められるという極めて難しいバランスの取れた生活を求められているのだ。
ごく自然なことで難しいことじゃないはずなのに、いつからこんな時代になってしまったというのだろうか。
そこできみたちに1つ質問がある。
――――――神様に定休日はあると思うか? 世界を光で遍く照らす仕事を放り出すことが許されるか?
●20XX年12月30日
――――――Happy Birthday To You.
陽那「フー」 ――――――バースデーケーキのろうそくが消える。
アグネスタキオン「おめでとう」パチパチ・・・
アグネスタキオン’「おめでとう」パチパチ・・・
斎藤T「おめでとう!」パチパチ・・・
トウカイテイオー「おめでとー!」パチパチ・・・
岡田T「おめでとうございます!」パチパチ・・・
陽那「ありがとうございます、みなさん!」
今日は12月30日、妹:ヒノオマシの誕生日である。
基本的に皇宮警察の血筋の家系であるため、普通の一般家庭のように年末年始を家族と一緒に過ごすことは決してなかった。
天皇・皇后両陛下の護衛まで勤めて多忙を極める両親と歳の離れた兄とは一緒にいられることが少なかったヒノオマシは学校が終業式を迎えたら実家で過ごすことが常だった。
もっとも、両親が生きていた頃からヒノオマシはカギっ子であり、敬愛してやまない最愛の兄と同じく幼い頃からお稽古事に明け暮れていたので、夜遅くまで指導を担当するお師匠と一緒に過ごす時間の方が多いと感じるぐらいだった。
それから、両親を早くに失った焦りから無理をしたことで身体を壊してしまって塞ぎ込んでからは藤原さんが様子を見に来るようになり、
今年に入って唯一の肉親となる兄が3ヶ月の意識不明の重体から復活したと思うと、あっという間に妹の学資金を集めたことで、お師匠のコネで皇宮警察になるための登竜門になる寄宿学校の中等部に編入されることとなった。
その編入がお師匠の鶴の一声で認められるぐらいに、ヒノオマシの警察バとしての素養は歴代でも抜きん出ているらしく、久しぶりの学校生活にヒノオマシは長らく忘れていた充実感を覚えていた。
そして、皇宮警察の界隈はそれほど広いわけではないので、世界最高峰の皇宮警察の両親の才能と血筋を受け継いだヒノオマシの存在は覚えめでたいもので、ようやく復帰できたことに多くの関係者が祝福してくれていた。
今日のヒノオマシの誕生日だって、いつもお世話になっている藤原さんやそのご家族の方からもそうだし、両親と親しい付き合いをしていた友人知人や職場の方々が様々なお祝い品を贈ってきてくれているし、斎藤家の親戚一同からも心からの祝福が届く。
SNSにだって今年になってヒノオマシと親しくなったビワハヤヒデやナリタブライアン、それからシンボリルドルフをはじめとするトレセン学園の面々からの誕生日祝いのメッセージがたくさん届いていた。
もちろん、寄宿学校での友達もそうだし、お稽古の先生やその門弟たちからもお祝いの声が寄せられ、生まれながらのスター性を発揮していたのがヒノオマシというウマ娘であった。
さて、ヒノオマシの年末年始は12月30日に自身の誕生日を迎えてから、翌日:12月31日に皇室の氏神である天照大御神を祀る伊勢神宮の御垣内参拝をし、そこから富士山を一緒に拝める初日の出の名所:三保の松原で年越しをする流れとなっていた。
これに関しては、皇宮警察の家系ということもあり、年末に伊勢神宮に御垣内参拝するのは家の者としての義務であり、お勤めを果たしている両親に成り代わってお伊勢参りに詣でていた。
斎藤 展望もまた、どれだけ忙しくてもヒノオマシの誕生日とこのお伊勢参りのために必ず帰省していたという。真冬の駿河湾の夜を過ごすための装備は実家に置いたままになっていた。
しかし、今年の年末年始は一味も二味もちがう様相を呈しており、いつもの誕生日とは比べ物にならないぐらいに祝福の声で溢れていた。
具体的には、来年からいよいよメイクデビューを果たすことになる斎藤 展望の担当ウマ娘:アグネスタキオンとその双子の姉妹ということになっている
それから『有馬記念』で劇的勝利を飾ったトウカイテイオーとその担当トレーナーの岡田Tである。
2人のアグネスタキオンに関しては死地から生還を果たした斎藤 展望を介抱するためにその場の勢いで斎藤家の実家までお邪魔して26日から連泊し続けており、
一方で、28日に1周目と同じように船橋市のヒッポクラテアの軍団を支配下に置いた帰りに、斎藤家の年末年始に招待したのが岡田Tであり、トウカイテイオーは岡田Tの付き添いだった。
というのも、『有馬記念』で見事に三度目の復活劇で日本中に感動を与えたトウカイテイオーではあったものの、すでに担当トレーナーの方が精神がズタボロで病んでいたため、まだまだ静養が必要だったからだ。
しかし、再び休職になるのは自身の夢となる担当ウマ娘も引退したこともあって非常に難しく、精神を擦り減らして これ以上の活躍が望めない以上は トレーナー業を引退するべき立場になっていた。
一方で、トウカイテイオーは功労バとしてトレセン学園を退学することなく、これからは生徒会の一員として“皇帝”シンボリルドルフ卒業後の新しい時代のトレセン学園を牽引する“帝王”になってもらわなくては困る。
なので、トレーナー業はいずれ廃業するにしろ、元担当ウマ娘:トウカイテイオーが“帝王”としての任を終えるまで互いを必要とする関係を継続してもらうしかないので、私が岡田Tの生活を保障しなくてはならなかった。
メジロマックイーンと和田Tの2人とはちがって、トウカイテイオーは裕福な一般家庭の生まれで、岡田Tも地方トレセン出身なので後ろ盾になるものがないからだ。
どっちにしろ、10代の青春こそが長い人生における短い全盛期となるウマ娘にとっては限られた時の中で進むべき道を示して苦楽を共にした担当トレーナーの存在との日々は1つの人生観となり、
そうして七転び八起きの末に『有馬記念』で有終の美を飾って堂々と引退を果たすことができたトウカイテイオーと岡田Tは実際には共依存に陥るほどに心身共に擦り切れた状態にもなっているわけなので、
岡田Tとトウカイテイオーの復活が“皇帝”シンボリルドルフからの勅命であったにしろ、私が静養していた岡田Tを表舞台に引っ張り出した責任を取る必要があるということだ。
とにかく、私が岡田Tに心の平穏を与えてトレセン学園での居場所を残し、トウカイテイオーが“皇帝”の後を継ぐ“帝王”として毅然と振る舞えるように物心両面で支えようというわけなのだ。
そういうわけで、学園に復帰してもらうために近づいたとは言っても、岡田TとはWUMAの件でも秘密を共有する間柄なので、二言三言で斎藤家の年末年始への招待に応じてくれた。
休職期間中はひたすら孤独だったように、岡田Tには盆と正月に帰る家はなく、ましてや人生の生き甲斐となっていたトウカイテイオーが引退したことで空っぽになっていた。
そのことを担当ウマ娘だったトウカイテイオーは誰よりも理解しており、自分の実家で年末年始を過ごすことなく、こうして最愛の人の隣に寄り添うことを選んでいた。
岡田T「いや~、喰った喰ったぁ。誕生日っていいものだなぁ……」
陽那「お片付けしますね」
岡田T「あ、ダメだよ。今日の主役はきみなのに……」
陽那「いえいえ、客人をもてなすのが亭主の勤めですから」
陽那「さあさあ、東京から伊勢まで運転手付きの貸し切りバスで行きますから、時間まで どうぞ ごゆるりとお過ごしください」
アグネスタキオン「そういうことだから、お客人はお風呂にはさっさと入ってくれよ? あとがつかえているからねぇ」
アグネスタキオン’「一応、団体参拝前に正装に着替える時間はとってあるようだけど、シャワーを浴びることができるのは参拝の後の三保の松原に向かう途中の休憩所らしいから」
トウカイテイオー「うん。わかった。ちょっとまっててね」
トウカイテイオー「でも、黒一色のスーツか。これで少し大人になれたかな、トレーナー?」ニシシ!
トウカイテイオー「トレセン学園の制服にも礼服用の真っ黒なやつがあるらしいけど、使っているところなんて見たことないし」
岡田T「まあな。俺も初めての伊勢参りだから、いきなりスーツを仕立てることになるとは思わなかったが、これはこれで心機一転する良い機会だな」
トウカイテイオー「――――――伊勢神宮か。名前は聞いたことがあるけど、よくは知らないんだよね」
岡田T「まあ、ウマ娘レースで皇室ゆかりと言えば『天皇賞(春)』の淀の坂と『天皇賞(秋)』の府中だもんな」
トウカイテイオー「淀の坂か……。ボクからすると『菊花賞』と『天皇賞(春)』だから、悔しい思い出しかないんだよね……」
岡田T「テイオー……」
トウカイテイオー「大丈夫だよ、トレーナー」
トウカイテイオー「今日までいろいろあったけれど、ボクは“皇帝”ともちがう“帝王”になれたから」
トウカイテイオー「だから、ボクね、感謝しているんだ、神様にね」
――――――ボクの大好きな人がボクの最高のトレーナーになってくれた幸運に。
岡田T「テイオー、俺もだよ……」
岡田T「俺もお前に出会えて大きな夢を追いかけることだができたよ……」
岡田T「シンボリルドルフのような“最強のウマ娘”にはなれなかったけれど、“皇帝”シンボリルドルフと同じぐらいにみんなの記憶に残る“帝王”になる瞬間を俺は見ることができた」
岡田T「俺のトレーナー人生に一片の悔いはない」
トウカイテイオー「――――――ボク、嫌だからね」ギュッ
トウカイテイオー「だから、伊勢の神様にトレーナーのこれからのことをたくさんお願いしておくから」
岡田T「テイオー……、ありがとう……」
トウカイテイオー「じゃあ、時間もそんなにあるわけじゃないから、先にお風呂を使わせてもらうね」
岡田T「ああ」
斎藤T「いい娘ですね。たしかに、シンボリルドルフとはちがうが、シンボリルドルフに比肩するだけの才器の持ち主に思えます」
岡田T「才色兼備、元気溌剌、G1:4勝――――――、俺のような
岡田T「本当にありがとうございました、斎藤T。あなたのおかげで、俺とテイオーはこうして無事に年末を迎えることができました」
岡田T「それに、テイオーに対する情熱しか持ち合わせない俺なんかに施しを与えてもらって……」
斎藤T「いいんですよ。元は“皇帝”陛下の勅命で近づいたのがきっかけですが、これも縁ですよ」
岡田T「――――――縁か。こうして聞くと素敵な響きですね」
斎藤T「そう言えば、気になることがあるのですが」
岡田T「何です?」
斎藤T「ウマ娘レースで名を残した競走ウマ娘の誕生日が
岡田T「ああ、たしかに。見事に
岡田T「だから、府中の聖夜は日本一プラトニックな夜だとも言われていますよ。ええ」
岡田T「まあ、生まれてくる競走ウマ娘のために節制を行うわけですから、裏返すと日本一プラグマティックな聖夜とも言えますけど」
斎藤T「なるほど。道理で、クリスマスケーキの売上が府中では悪いわけですね」
岡田T「あ、そうなんだ。そう言われると、テイオーとクリスマスケーキを食べたのは1年目だけだったな…………地方で担当してたあの子とは毎年食べていたけど」
斎藤T「となると、今年は『URAファイナルズ』のために『有馬記念』が『東京大賞典』の翌日に前倒しされてましたが、年末の『有馬記念』への闘争心を萎えさせないために日本一プラトニックな聖夜になっているわけでもあるんですね」
岡田T「まあ、中山の『有馬記念』は府中の『日本ダービー』に対抗して開設されたものだから直接的には関係はないけれど、年末の『有馬記念』のおかげで競走バのモチベーション維持がなされているのは間違いないですね」
これはちょっとした発見であった。
以前に船橋トレセン学園に巣食っていたWUMAの軍団を
比較のために中央トレセン学園での誕生日の分布を調べたところ、やはり
こんなことが統計学的にありえるのかと目を疑ったが、こうして岡田Tにも確認してみると、どうやらシーズン前半に生を受けることが名バの条件として公然の秘密となっていたのだ。
私が知る限り地球時代の日本ではクリスマス:12月25日か翌日:12月26日での出産日が1番多いが、
その次にメジャーなのが9月生まれなのだから、いかに12月24日:クリスマスイブが聖夜ならぬ
だから、こういった点でもウマ娘はヒトとは根本的に異なる価値観を持つ異種族であることを改めて認識させられるのだった。
そして、あくまでも競走バにまつわるジンクスであったはずが、『トゥインクル・シリーズ』が国民的スポーツ・エンターテイメントになったことで、ウマ娘の間でもシーズン前半に子供が生まれるように節制するのが常識になっているらしく、
そのため、この世界の日本におけるヒトの誕生日とウマ娘の誕生日の分布が見事に食い違っており、4月2日を誕生日とするウマ娘が一番メジャーであり、誕生月で見ると4月が断トツであった。
実際、トウカイテイオーもメジロマックイーンもミホノブルボンもアグネスタキオンも4月生まれであり、ウマ娘の誕生日は3月・4月・5月あたりに全体的に集中していた。
となると、ウマ娘との夫婦にとって
なるほど、ヒトは冬場に盛るが、ウマ娘は夏場に盛るわけなのか、少し勉強になった。
というより、トレセン学園のトレーナーの間では知る人ぞ知る知識なのかもしれないし、競走バたちも自分の子に夢を託すつもりなら避けては通れないジンクスとして耳年増も多いことだろう。
あ、ゴムや大人のおもちゃの売れ筋が『夏季ではウマ娘、冬季ではヒトが多い』ってはっきりと実証されてた――――――。
一方で、斎藤 展望の妹:ヒノオマシは競走バではないので12月30日生まれでも特に変な目で見られることはない。
ただ、今回のヒノオマシの誕生祝いにはトウカイテイオーをはじめとする“府中の常識は世間の非常識”とも言える競走バたちも加わっていたため、
どうやら、年末に誕生祝いをする奇特さ以上にシーズン後半で友人知人の誕生日を祝うのは初めてとか不慣れだという感想が一部では見られた。
私からすれば そういう感想が出ること自体が違和感を覚えるものなのだが、この世界に魂が流れ着いて半年しか経っていないというだけか――――――。
斎藤T「で、どうするんですか?」
岡田T「え?」
斎藤T「責任はどの程度まで取るつもりなんです? 私が結婚式で司会を務めればいいんですか?」
岡田T「ええ!?」
岡田T「いや、まだその話は早いんじゃ――――――」
斎藤T「それじゃあ、意識していないわけじゃないんですね、一回り下の娘との将来」
斎藤T「少なくとも、メジロマックイーンとその担当トレーナーは添い遂げる気満々でしたよ」
岡田T「……まあ、あんな可愛い子にあそこまで入れ込まれたら 男として責任をとらないといけないというか、はい」
岡田T「いや、『そういう下心がなかった』とは言わないさ! でも、一心同体なんだよ!」
岡田T「わかるよね!? マンツーマンで何年も面倒を見続けてきたら、そういう関係にもなりやすいってもんだろう!?」
斎藤T「別に、非難しているわけじゃないですよ」
斎藤T「問題なのは、トレーナーと
斎藤T「先輩はトレーナーとしての栄光を掴んだ代償に、人間としての尊厳を失ってしまったわけですから、これから先 どうやってただの人間として生きていくのですか?」
岡田T「……そうなんだよな。俺みたいになったやつは意外と多いからな」
岡田T「正直に言うと、もう怖くてしかたがないんだ。これまでファンだった人間から手の平を返されてさ……」
岡田T「だって、国民的スポーツ・エンターテイメントで屈指の人気を誇ったトウカイテイオーだぞ」
岡田T「ファン数だって50万人を記録していたんだ。それって日本国民の200人に一人はテイオーのファンってことだよね?」
斎藤T「知名度で言えば、もっとでしょうね。それこそ、その200倍の日本国民1億人が知る有名人のはずですよ」
岡田T「そう! だから、俺はテイオーを何度もダメにしたクズトレーナーとして日本中から後ろ指を指される人生しかなくて――――――」
岡田T「転職のために面接を受けた時の面接官の俺を見る眼がそのことを――――――」ガタガタ・・・
斎藤T「落ち着いてください」
斎藤T「そのために私はあなたのことを雇うつもりでいるのですから」
斎藤T「そうしないと、トウカイテイオーが心置きなく“皇帝”の後を継ぐ“帝王”として安心してトレセン学園を導けないでしょうから」
岡田T「本当にありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます……!」ボタボタ・・・
夢の舞台の華やかさとは裏腹に、のしかかる責任感と罪悪感で押し潰されていったトレーナーたちも数知れず。
愛おしさの対義語は憎しみであり、熱心なファンは時として凶悪なアンチに大化けして、責任ある大人の精神をボロボロに打ちのめしてしまうのであった。
実に、愚かなことではないか。叩くだけ叩いて、罰するだけ罰して、それと同じだけ人生がより良くなることを願っての教訓を与えることもない。
その言葉が心を引き裂く刃となって他人の人生を狂わせることもあるという認識と責任が伴わない無責任極まりない民衆、社会、世界――――――。
要するに、創造性がないんだ。ダメなものをダメと言うのは容易いが、それならどうすればより良いものになるかの発展的な議論に繋がらないのが21世紀の地球人のダメなところなんだ。
だから、私はこういう人たちが報われるものをトレセン学園の外側に創っていこうと決心していた。
そういう意味では、“皇帝”シンボリルドルフに自然と臣下の礼をとって厄介事を引き受けてしまったことに後悔はない。
むしろ、トレセン学園を通して見た 21世紀の異なる進化と歴史を歩んだ地球で私が成すべきことを見つけることができたのだから。
ならば、私はトレセン学園を叩き台にして宇宙開拓もままならない未開惑星に文明開化をもたらそうではないか。
その手始めとして、いろいろと考えなくてはならないことが他にもたくさんあるけれども、岡田Tのように夢の舞台での栄光の影で精神を擦り減らしてしまったトレーナーたちの救済から始めることにした。
手本とすべきは五代 友厚だ。渋沢 栄一と共にたくさんの会社を立てて、大阪経済を立て直すために奔走した“大阪の恩人”の20世紀の偉業を23世紀の手法でもって21世紀に蘇らせたい。
すでに斎藤家のコネでとある重工の次世代技術開発部門で私の席は用意され、数々の新発明と特許の収入で生涯年収はトレセン学園のトレーナー以上になるだろうことは確認できたので、財団を立ち上げる計画もしておこう。
まあ、恩を着せて扱き使おうというギブ・アンド・テイクの精神ではあるのだけれど、“目覚まし時計”の和田TとはちがってWUMAの存在を知ってしまった一般人を野放しにするわけにもいかないから、
悪いが、私なしでは生きられない人生設計にして、21世紀がこれからより良くなるように天下国家のために働いてもらうぞ。それがあなた自身の救いにもなる。
――――――数時間後、
岡田T「もうそろそろで伊勢参りのバスが到着しますね。皇宮警察の関係者の集まりなのに、私なんかが居ていいのかと不安になるぐらいですよ。周りはみんな斎藤Tの親族ばかりで」
斎藤T「大丈夫ですよ。元々は伊勢講の流れを汲んでいるそうで、天下国家のために熱誠祈願をする者なら大歓迎だそうで」
斎藤T「まあ、現実的なことを言えば、貸し切りバスなので参加者が多いほど一人当たりの交通費が安くなるし、伊勢神宮に奉納する御玉串も増えるので、良い事尽くめです」
岡田T「ああ、三保の松原で初日の出を見るっていうのも最後にありますし。楽しみですな」
斎藤T「ええ。私も記憶を失ってから初めてなんですけど、最後部座席がトイレと簡易更衣室になっていますし、スリーピングシートで快適な夜行バスの旅になるはずですよ」
岡田T「いいですね! トレセン学園のバスも凄いですけど、こっちはこっちで貸し切りバスでやるってのがもっと凄い!」
トウカイテイオー「……ちょっと斎藤Tって、ボクのトレーナーに近くない?」ジトー
岡田T「え、そうか?」
斎藤T「まあ、これからチームとしてやっていく仲ですし、打ち合わせのために2人で話し込むことも多くなるでしょう」
トウカイテイオー「……本当?」ジー
岡田T「おいおい、テイオーだってシンボリルドルフの後を継いで生徒会のメンバーになるんだから、これからは俺よりも生徒会の面々と一緒の時間が増えるんだぞ? それで大丈夫なのか?」
トウカイテイオー「……わかんない。でも、あの時のように胸がイガイガするんだ」
岡田T「え」
斎藤T「ほう」
斎藤T「どうします? 席を替わりましょうか?」
岡田T「え、でも……」
斎藤T「大人として責任を取りなさい」
岡田T「!」
岡田T「わかりました」
トウカイテイオー「え、いいの?」
斎藤T「いいよ。ただし、生徒会長:シンボリルドルフがいかにトウカイテイオー一人のために時間を割いてくれていたかを思い出してね」
斎藤T「それがトレセン学園生徒会役員の心得だ」
トウカイテイオー「あ」
トウカイテイオー「わかりました」
斎藤T「結局、こうなっちゃったな、ヒノオマシ」 座席:B6
陽那「はい。でも、また今年も兄上の隣にいられることを嬉しく思います」 座席:A6
斎藤T「東京から伊勢まで8時間、早朝には伊勢に到着するわけだから、一眠りしている間だがな」
斎藤T「だから、おとなしくしていてくれよ、お二人さん?」
アグネスタキオン「ああ、わかっているさ。私もこんなところで実験なんて野暮な真似はしないさ」 座席:D6
アグネスタキオン’「むしろ、きみを介抱するために急いで来たせいで、ろくに研究道具を持ってこれなかったんだから、しっかりともてなしてくれよ?」 座席:C6
斎藤T「いいや、いつももてなしているんだから、たまには私をもてなせ。それでおあいこだ」
アグネスタキオン「言うようになったじゃないか、きみ」
アグネスタキオン’「ほうほう。それなら、実はとっておきの紅茶のレシピがあるんだが――――――」
陽那「兄上」クスッ
斎藤T「あ、悪いな――――――」
陽那「いえ、楽しいです」フフッ
●20XX年12月31日
――――――二礼二拍手一礼。
伊勢神宮には
一般にはまず伊勢市駅近くの外宮から参拝して次に内宮に参拝することになり、外宮から内宮までは市内バスで20分程度で到着することになる。
今回は貸し切りバスでの団体参拝なのでバス専用駐車場を利用するだけですんなりと外宮・内宮の境内に辿り着くことができた。
そこで競走バの名家:アグネス家の令嬢であるアグネスタキオンや一般家庭の生まれの天才児:トウカイテイオーは非常に驚くことになったという。
それもそうだろう。一般的な神社のイメージとは掛け離れた構造になっているのが伊勢神宮であり、
鳥居の色は赤くないし、神社といえば定番のおみくじもなく、何より鬱蒼とした森の中に日本一の神社があるだなんて信じられなかった。
賽銭箱もなく 白い布の上に賽銭が投げられ、別宮とされている神社のあまりに簡素な造りに驚いたし、
20年に一度の式年遷宮のための外宮の新御敷地(古殿地)が正宮のすぐ隣にあるというあっけらかんとした間取りにも心底驚いたようだ。
他にも、年末年始に参拝に来る一般人が多くても、正式参拝に来ている人に着物を着る人がいないのも未知の体験だったようだ。みんな黒の正装である。
そうして、いよいよ御垣内参拝となって、踏む度に小気味よく敷き詰められた石が音を立てる中、きっちりとフォーマルスーツで統一された団体が整列して神主と代表の者に合わせて二礼二拍手一礼をした。
ただ、それだけである。伊勢神宮の御垣内参拝は 神主が祝詞を上げることなく 御垣内に参拝者を整列させて二礼二拍手一礼をさせるだけで、ものの数分程度で終わってしまうものであった。
だから、仰々しくて長ったらしい祝詞があると身構えていた初見さんは呆気にとられていた。
けれども、その瞬間、私は外宮と内宮の二度の御垣内参拝で二度も幻覚を見ることになり、
参拝が終わった後の内宮のご祈祷で初穂料:50万円以上の神楽舞を見物していた時も不思議な光景が脳裏に浮かんでいた。
――――――参拝後のおかげ横丁
陽那「どうですか、松阪牛の味は?」
岡田T「うおおお! これが松阪牛! 美味い! 美味いぞー!」
トウカイテイオー「うん! マックイーンがいたら絶対に食い倒れになっているよ、ここにいたら!」
陽那「これがおかげ横丁です!」エッヘン!
アグネスタキオン「ふぅン。驚いたね。ここは毎日のように祭り屋台が立ち並んでいるみたいだ。これは退屈しそうにないねぇ」
アグネスタキオン’「ふぅン。こっちだと普通に着物を着ている観光客が多いんだね」
斎藤T「そうだな」
陽那「兄上、どうします? 昼は伊勢うどんにします? てこね寿司にします?」
斎藤T「どうするかな? 伊勢肉のコロッケもいいし、牡蠣フライもあるな。団子屋もあるし、赤福餅も外せない」
斎藤T「けど、来年も来るんだったら、伊勢うどんにしないか? 初めてだから他にもいろいろと立ち食いしたいだろう?」
陽那「わかりました。とっておきの伊勢うどんの店に案内しますね」
斎藤T「あ、勝手に決めちゃいましたけど、ここは伊勢うどんでいいですよね?」
岡田T「ああ、かまいませんよ。どっちみち、来年もここに来ることになるでしょうから」
トウカイテイオー「うん! こうやって年末年始はずっとレースのことで頭がいっぱいだったから今まで知らなかったけど、日本にはこんなところがあったんだね、トレーナー!」
岡田T「ああ! 伊勢神宮ってこういうところだってのを生まれて初めて知ったよ、俺も」
斎藤T「それはよかったです」
斎藤T「………………」
――――――こうして笑顔になれる驚きと感動が溢れる世界にしたいな、私の願いは。
ヒノオマシが案内してくれた店の伊勢うどんは美味かった。松阪牛や牡蠣フライの串もジューシーで、アイスキャンデーやみたらし団子もよかったが、中でも赤福餅は最高だった。
昨日は斎藤 展望の妹:ヒノオマシの誕生日と言うことで誕生日祝のご馳走とバースデーケーキを腹いっぱい食べたのに、おかげ横丁で本当に食い倒れになりそうだった。
それは あまり食にこだわらない2人のアグネスタキオンやいろいろと幼いところがあるトウカイテイオーが初めての赤福餅を口にした瞬間に眼が輝いて、コーヒーが苦くて飲めないはずが赤福餅とセットの茶も苦もなく飲み干すぐらいであった。
ヒトを遥かに凌駕する運動能力を誇るウマ娘の成長期からすれば赤福本店で提供されている食べきりの甘味セットはあまりにも量が少なく感じるため、何度も列に並んでおかわりをしだす程であった。
さすがに糖分の摂取が過剰になることとマナー違反から 職業柄 食事管理に厳しく世間の目に鋭い岡田Tが止めたが、
すっかり究極の和スイーツである赤福餅に魅了されて箱入りの赤福餅を大量に買い付けようとしたのだが、それもヒノオマシに止められた。
なぜなら、赤福餅は消費期限が2,3日しかない生菓子のため、すぐに傷むからだ。
一応、冬季なら3日以内にすぐにお召し上がりできる地域に宅配サービスが利用できることがわかったので、現地でしか味わえないものに焦点を合わせることで何とか納得させることができたが、
そうか、これから私は担当ウマ娘の食事管理もしないといけないから、いつまでも宇宙食や保存食のレビューをさせる食生活から卒業させないといけないか――――――。
しかし、こうして黒のフォーマルスーツでめかしこんだトレセン学園の競走バたちの姿は非常に新鮮だった。
もちろん、服装だけじゃなく、フォーマルスーツに合う髪型になるように斎藤家のばあちゃんたちが結い上げてもいるので、普段の姿と打って変わって物凄く落ち着いた印象になっていた。
ヒトとウマ娘が共生する世界なので このおかげ横丁にはたくさんの一般ウマ娘の姿は見えるし、斎藤家のウマ娘たちもいるわけなのだが、
常に学園では白衣を着込んでいるイメージの2人のアグネスタキオンはもちろん、元々の勝負服が白のトウカイテイオーにしても、今までのイメージとは正反対の黒のフォーマルスーツの姿に岡田Tも同じものを感じ入っていた。
そのせいか、悪い意味でトレセン学園で有名人のアグネスタキオンはおろか、つい先日の『有馬記念』で再び全国にその名を知らしめた国民的アイドル:トウカイテイオーがこうして伊勢参りに来ているとは誰も気づいていない様子だった。
斎藤T「国民的スポーツ・エンターテイメントで日本中にファンを抱えていたトウカイテイオーでさえも、今は伊勢参りに来た参拝客の一人に過ぎないわけか……」
アグネスタキオン「まあ、芦毛のウマ娘のような特徴的な毛色じゃないしね、テイオーは」
アグネスタキオン’「となると、栗毛の
アグネスタキオン「おいおい、よしてくれよ。キャベツに群がるモルモットのように追いかけ回されるのはゴメンだが」
斎藤T「そうだな。私も嫌だぞ。相手にするのも面倒だし、一定のファン数さえ稼げれば『宝塚記念』『有馬記念』には出走できるから、過度にファンサービスをするのも時間の無駄だしな」
斎藤T「むしろ、フォーマルスーツを着込んだぐらいで見分けがつかなくなるのなら、非常に都合がいいとは思わないか?」
アグネスタキオン’「まあ、
アグネスタキオン’「実際、
斎藤T「いや、もったいないなと」
アグネスタキオン「……ふぅン?」
斎藤T「思ったよりも綺麗だったから、かなり損しているなって」
アグネスタキオン「えっ!?」カアアア!
アグネスタキオン’「ふぅン。それもそうだろうね」ニヤニヤ
斎藤T「まあ、普段がしっかりしていないからこそ、こうした場ではきっちりとしているのがより際立ってしまっているな」
アグネスタキオン「あ、おい、トレーナーくん!?」ドクンドクン
斎藤T「おっと、いかんな。客観的な事実を述べて 特段 褒めるつもりはなかったのに、これでは私がお前にギャップ萌えしているように聞こえてしまったか?」
斎藤T「だからな、ほら」パシッ ――――――不意にアグネスタキオンの手を取る。
アグネスタキオン「ふぇっ!?」
斎藤T「――――――そこまで荒れてはいないか」ジー
アグネスタキオン「な、何だって言うんだい、突然!?」ドクンドクン
斎藤T「はい、伊勢志摩が誇る『世界中の女性を真珠で飾りたい。』という世界に冠たる養殖真珠産業の創業者の想いを受け継いで派生したミキモト コスメティックスのハンドクリームだ」
斎藤T「化学者なんだから薬品で手が荒れるのは重々承知だが、それでも手は大切にしなよ」
斎藤T「結婚式で化学熱傷した手を大勢の前に晒して指輪を嵌めてもらいたくはないだろう?」
アグネスタキオン「――――――け、『結婚』ッ!?」ドクンドクン
アグネスタキオン「お、おい、きみ!? さっきから何を言っているんだ!? 少し変だぞ!?」ドクンドクン
アグネスタキオン’「おいおい、私にはないのか、モルモットくん?」ニヤニヤ
斎藤T「フウイヌムのお前に化粧品なんて必要ないだろう? 肌荒れや怪我さえも擬態能力で修復できるんだし、神経ガスですら克服しただろう?」
アグネスタキオン’「それもそうだった」
斎藤T「さあ、手を出して」
アグネスタキオン’「え」
アグネスタキオン’「――――――ミキモトのケース?」
斎藤T「開けてみてくれ」
アグネスタキオン’「これって――――――」パカッ
アグネスタキオン「ええええええ!? トレーナーくん!?」
アグネスタキオン’「きれい」
――――――100万円相当のミキモトのダイヤモンドネックレス。
アグネスタキオン「お、おいおい、いくら何でもハンドクリームとダイヤモンドじゃ差がありすぎじゃないか、トレーナーくん!」
斎藤T「そんなことを言うな。激しい運動をするお前にダイヤモンドや真珠をやったら すぐに壊すだろう。それに薬品で変質する恐れもある」
斎藤T「それよりも、たった100万円のダイヤモンドネックレスだけど、それがあれば万が一に時間跳躍で遭難した時に換金できるはずだ」
アグネスタキオン’「本当にいいのかい? たしかに、きみの本業である副業での収入からすれば安物かもしれないけれど、それでも一般的には高価な代物だ」
斎藤T「これは私なりのけじめなんだ。もしもあの時に化学実験室ではなく、別な場所を思い浮かべてしまったらどうなっていたか――――――」
アグネスタキオン’「……そうかい」
アグネスタキオン’「そういうことなら、ありがたく受け取っておくよ。ありがとう」
斎藤T「そうしてくれ」
アグネスタキオン’「じゃあ、私のために買ってきたんだから、きみが私に付けてみせてくれよ」
斎藤T「いいぞ」
アグネスタキオン’「………………」
斎藤T「ほら、ついたぞ。鏡」パカッ ――――――“
アグネスタキオン’「……ふぅン、悪くない」フフッ
斎藤T「そいつはよかった」
アグネスタキオン「むぅ……」プクー
斎藤T「ん、お前も欲しいのか? 100万円のダイヤモンドネックレスよりも100万円の研究資金を直接もらえた方が嬉しいと思うお前が?」
アグネスタキオン「それはそうだけど! 何か、こう、不公平じゃないか!」ブンブン!
斎藤T「とは言っても、“クラシック三冠バ”になったとかの記念に贈るんだったら納得だけど、まだお前は何も成し遂げてないじゃないか」
斎藤T「かたや こっちは地球を救った英雄なんだから、それ相応の礼はしないと」
アグネスタキオン’「まったく、これだからモルモットくんは……」クククッ
アグネスタキオン’「おいおい、待ちたまえよ、モルモットくん」
アグネスタキオン’「世界を救った功績を称えているのなら、それこそ肉体改造強壮剤や学園内での研究拠点を提供してきた
斎藤T「あ」
アグネスタキオン’「というわけで、まだ安物を買う予算はあるな。早速、
アグネスタキオン’「たしか
斎藤T「……わかった」
アグネスタキオン「もうひとりの私――――――」
アグネスタキオン’「気にするな。礼には及ばないさ」
――――――私もきみと同じ“アグネスタキオン”なのだから。
それから内宮近くのホテルで三保の松原でのご来光に向かう時間を待つことになった。
斎藤家の親族たちがこの日に集まった旧知の仲の皇宮警察の関係者や他の親族たちと交流しながら、その時間を満喫することになった。
伊勢神宮から歩いてすぐの場所にあるホテルでの会食に参加することができる辺り、改めて皇宮警察の斎藤家の血筋の良さを感じることになった。
23世紀の宇宙船エンジニアの私は知らないが、とにかく各界の大物が集まっているらしく、ヒノオマシが言うには古くから天皇家に仕えてきた名族の末裔の集まりなんだとか。
そう言えば、伊勢神宮の内宮・外宮と神楽舞で三度見ることになった幻覚でも、斎藤 展望が尊い血筋らしいことを聞かされていたが、実際にそうだったらしい。
なので、場違いな場所に来てしまったと岡田Tは戦々恐々としていたのだが、伊勢講に参加しているのなら同胞として大歓迎なのに嘘偽りはなく、
ちゃんとフォーマルスーツを着込んでいることだし、特に問題なく高級ホテルでの会食を堪能することになった。
もちろん、提供されるのは伊勢神宮の側近くにあることを売りにしているので一人当たり1万5千円の会席料理であり、伊勢志摩の豊かな海の幸の象徴である伊勢海老がとにかく美味であった。
こうした中で育ちの良さが光るのが斎藤 展望の妹:ヒノオマシであり、こうした血筋の良い家族旅行が年中行事なので気品のある所作で会席料理を召し上がるのだから、
記憶喪失を装っている私もそうだが、こうした席が初めての岡田Tとトウカイテイオーもヒノオマシに教わりながら見様見真似で伊勢志摩の素晴らしい料理に舌鼓を打つことになった。
そうした中で、意外な程に行儀よく会席料理を平らげていたのが マッドな印象が強すぎて忘れられがちだが れっきとした『名家』の令嬢であるアグネスタキオンであり、
そう、黒のフォーマルスーツを着込んでいることもあって、この時ばかりは普段の姿からは考えられないほどに2人のアグネスタキオンが非常に大人びて見えたのだ――――――。
それだから、ますますヒノオマシの中でのアグネスタキオンの評価が上がり、トウカイテイオーに至ってはトレセン学園一の問題児の意外な一面を見て『カッコイイ!』と評価を改めることになった。
それもそうだろう。
ということは、シンボリルドルフには会席料理の経験があるわけか――――――、いや、そういうことではない。
これは意外なことになったものだ。アグネスタキオンの数少ない理解者であった点も含めて、トウカイテイオーはシンボリルドルフの後継者になろうとしているのだ。
そういう意味では、“帝王”トウカイテイオーが“皇帝”シンボリルドルフの後を継ぐのに大切なものが今回のお伊勢参りで備わったようにも思え、一段とトウカイテイオーがまとう“帝王”のオーラが濃くなったように感じられた。
そのためか、新年のカウントダウンを終えて東京から伊勢に出発する前は担当トレーナーの隣は絶対に自分のものだと無意識に威嚇していたのが、時間が来て静岡の三保の松原に出発する際は本来の席:ヒノオマシの隣の席に着いたのだ。
そうした心情の変化を間近に見た岡田Tはそのことに一抹の寂しさを覚えたものの、これからのことを思えばこそ、自分以外の他者や府中よりも大きな世界に目を向けるようになった成長を心から喜んでいた。
そう、今まで自身の青春をウマ娘レースに捧げてきた生粋のアスリートであるトウカイテイオーが自分の道を歩けるようになったことで、担当トレーナーだった岡田Tもまた自分の道を歩けるようになった。
これは別れを意味するものではない。今までは二人三脚で夢を追い続けたわけだが、今度からは互いの人生を背負えるようになるために己を磨くことに専念する余裕ができたということなのだ。
はたして、2人の互いを想う気持ちがどこまで続くかはわからないが、少なくともトウカイテイオーが卒業するまでの2年間はこれからの人生でたくさんの大切なものが得られることだろう。
そのためにも、私がトウカイテイオーの精神的支柱である岡田Tの精神的支柱となれるように社会に働きかけなければならないと一層強く思った。
そして、
まったくもって、最初に遭遇したエルダークラス:ヒッポリュテーとの一夜の過ちもそうだが、私が“皇帝”シンボリルドルフにとっての特別な存在の一人になってしまったことをしっかりと受け止めなければならない。
●20XY年01月01日
――――――そして、陽はまた昇る。
中部地方はだてに“中京”と呼ばれているわけではない。
東京と大阪の中間に位置するので、東京から伊勢まで8時間程度なので伊勢から静岡までは4時間で到着する。
そして、初日の出が元日の午前7時前というわけなので、夜食の年越しそばを伊勢のホテルでご馳走になって新年のカウントダウンを終えても十分に間に合うというわけなのだ。
それまでは本来は宿泊者にのみ提供されている大浴場で年末の汗を流し、堅苦しいスーツを脱いでゆったりとした気分でその時を待つことになった。
そうした時間の経過もあって、初めての伊勢参りに参加した私はもちろん、飛び入り参加のトウカイテイオーと岡田Tも伊勢神宮の神気を浴びて心機一転して新年の抱負;これからの第2の人生への決意を固めたようであった。
トウカイテイオーが元々の席だったヒノオマシの隣の席に収まり、そうして私と隣り合った岡田Tの表情には出発前にはなかった生気がみなぎっているのがわかった。
それから富士山と同時にご来光を拝めるという日本三大松原:三保の松原まで4時間の道程を夜行バスが駆けていくのであった。
ヒーリングミュージックと共に車内が消灯され、一富士・二鷹・三茄子・四扇・五煙草・六座頭の初夢を見ていく中、
私は高速道路の明かりとバスを追い越していくたくさんのクルマの光の軌跡をぼーっと見つめながら、伊勢神宮で脳裏に刻まれた幻覚を一人思い返していた。
そうして余裕を持って運転手付きの貸し切りバスは三保の松原に到着するのだった。
ザァ・・・、ザァ・・・、ザァ・・・
斎藤T「ここが世界文化遺産としての富士山の構成資産である三保の松原か……」ザッザッザッ・・・
斎藤T「波の音、潮の香り、冬の寒さ――――――、」
斎藤T「まだ真っ暗で何も見えないな……」
斎藤T「けど、ようやく初日の出を拝むことができるのか」
斎藤T「本当に長かったな、12月は。直接的には『東京大賞典』からだが、『有馬記念』でのトウカイテイオーの奇跡の復活劇のために偽物を打倒する流れもあるから、本当に12月は師走だった」
斎藤T「そして、『有馬記念』の翌日からはWUMA殲滅作戦:奥多摩攻略戦になって、年末の1週間を一度はやり直すことにもなって――――――」
斎藤T「桐生院先輩も初日の出をどこかで見ているのでしょうか?」スチャ
斎藤T「おや」
――――――
桐生院T『新年の挨拶が遅れて申し訳ありませんでした』
桐生院T『こちらこそ、あけましておめでとうございます』
桐生院T『今、三番瀬にいます!』
桐生院T『今年もよろしくお願いします!』
――――――
斎藤T「――――――『家族と一緒に伊勢参りの後、三保の松原にいます。ここから富士山も一緒に拝みます』っと」フフッ
斎藤T「お、まだ1時間以上はあるのに、みんな 初日の出を拝みに外に出ているみたいだな」
斎藤T「千葉県には日本で最初に初日の出を拝める犬吠埼もあることだから、船橋トレセン学園の連中もそこに行っているようだな」クククッ
斎藤T「いや~、エルダークラス:ヒッポクラテアを服従させられたのは大きかったな………………いつまで生かしておくかはまだ決めてないけど」
斎藤T「そして、多摩地域のヒッポネイピアの軍団の残党のことも忘れちゃいけない」
斎藤T「はたして、現代に生きるNINJA:斬馬 剣禅がどこまでやってくれるかはわからないけれど、これで跡形もなく解決してくれるといいな」
斎藤T「………………」
斎藤T「…………フフ」
斎藤T「……ハハハハ」
――――――ありがとう。きみが“預言の子”であったことを嬉しく思うよ。きみこそが絶望の未来から宇宙を救う救世主なのだ。
――――――きみはこれから二人の先人たちの後を継いで 未来からの侵略と過去からの遺産に敢然と立ち向かう宿命にある。
――――――その最後の締め括りのために きみという存在はこの世界に遣わされたのだと三女神が教えてくれた。
斎藤T「……いったい何が待ち受けているのやら?」
斎藤T「絶対にWUMAだけじゃないだろう、私が取り組むべき21世紀の問題ってのは?」
斎藤T「ケイローンが伝えてくれた『未来からの侵略』ってのがWUMAだとして、それなら『過去からの遺産』ってのは何なんだろうな?」
斎藤T「それに、伊勢神宮で見た三度の幻覚が本当に皇祖皇霊の天神地祇のものなら――――――」
斎藤T「まあ、やれるだけのことはやろうじゃないか」
――――――私は“超光速のプリンセス”アグネスタキオンの担当トレーナーなのだからな。
斎藤T「……波の勢いが緩やかなせいか、時間の経過が遅く感じられるな。まだ誰も来ないし」
斎藤T「……少し肌寒いな。中から温まるものが欲しくなるな」
斎藤T「ん?」
飯守T「おお! 本当にいたよ! あけましておめでとう、斎藤T!」カチカチ! ――――――ゴミ袋とゴミ拾いトング!
才羽T「どうぞ、生姜ココアです。生姜のジンゲロールという成分が手足を温めてくれます」スッ ――――――保温ポットと紙コップ!
斎藤T「おお、ありがとうございます! そして、新年あけましておめでとうございます!」
斎藤T「お二人は毎年ここで初日の出をご覧に? ――――――あたたかい」ゴクッ
飯守T「いや、俺も初めて来た。いつもは担当ウマ娘と一緒に年末年始を過ごすんだけど、担当ウマ娘との大切な3年が終わったことだし、互いに今後のことを考えないとだから」
飯守T「そんな時に才羽Tが富士山と一緒にご来光を拝める日本三大松原:三保の松原に誘ってくれてな」
才羽T「ええ。だから、ここでスポンサーが出している機能性表示食品の生姜ココアを飲むんです」
斎藤T「――――――(才羽Tの担当ウマ娘が)
飯守T「生徒会長が聞いたら大笑いしそうだ!」アハハハ!
才羽T「斎藤Tは憶えてないでしょうけど、ここで僕はあなたがご家族と一緒に初日の出を拝んでいる姿を見たことがあるんですよ」
斎藤T「え」
飯守T「ホントかよ!?」
才羽T「僕は 毎年 初日の出を見る場所を変えているんですが、去年はここで初日の出を拝んでいたら、東京から来たバスから大勢の伊勢帰りと思しき団体と出くわしたんです」
才羽T「その中に185cmはある偉丈夫がいたのを僕は憶えてましたよ。ウマ娘である妹の手を引いていて、トレセン学園のトレーナーになること、それで大金を稼いで妹を進学させると声を大にしていましたね」
斎藤T「…………不思議な縁ですね」
飯守T「そうか。だから、お前は斎藤Tと桐生院Tを引き合わせたわけなのか」
才羽T「斎藤T、この夜明けはあなたがもたらしたものであり、これからはあなたの時代です」
才羽T「たぶん、僕のトレーナーとしての最初の3年間は 斎宮頭に任ぜられて官職名と姓に因んで“齋藤”氏を名乗った
斎藤T「………………!」
飯守T「だな!」
飯守T「――――――年越し前に何とかしてくれたんだろう、WUMAのこと?」
飯守T「でなくちゃ、終業式の日の夕方にローブに包まって車椅子で運ばれてないもんな。今年最後にして最大の学園の噂になってたぞ」
飯守T「3ヶ月間の眠りから目覚めて毎月のように学園の噂になり続けた学園一の嫌われ者“斎藤 展望”が俺たちにとって最初の担当ウマ娘との3年間の締め括りとなるシニア戦線を影から支えてくれたんだ」
飯守T「いや、才羽Tが言っていることが確かなら、去年のここで斎藤Tがトレセン学園のトレーナーになることへの願掛けをした時から――――――、だよな?」
才羽T「まさに縁の下の力持ちですね」
才羽T「斎藤Tという学園一の嫌われ者であり 生徒会長から誰よりも信頼された“門外漢”がいなかったら『URAファイナルズ』の開催は危ぶまれていたことでしょう」
飯守T「ああ。忘れもしない。8月末にWUMAが俺に化けて学生寮に侵入した事件とかあったよな。それで俺の親父の勤め先の『警視庁』がてんやわんやになって……」
才羽T「他にも、『ジャパンカップ』で偽物のトウカイテイオー’が出現して“成り代わり”を果たしたこともありましたね」
飯守T「ああ、そうだよ! それで人知れず偽物のトウカイテイオー’に本物のトウカイテイオーが立ち向かって『有馬記念』で奇跡を起こしたんだからさ! つい1週間前の話だぞ、これ!」
飯守T「こうして考えると、シーズン後半で起きた怪事件を人知れず解決してきたのはみんな斎藤Tなんだよな。『天皇賞(秋)』でもマックイーンが最後まで走り抜けたのも斎藤Tのおかげだって、和田Tが証言してたし」
飯守T「いや、もう、警察なんかじゃどうしようもない問題を、『有馬記念』の翌日のクリスマスイブで片付けてきて生還したのが学園での最後の姿なんだから、かっこよすぎるだろう!?」
飯守T「だからさ、俺も担当のライスをはじめとして『みんなを守りたい』って気持ちがウズウズしてて!」
飯守T「ライスが現役でいる間はトレセン学園のトレーナーを続けるつもりだけど、」
飯守T「俺、トレーナーを辞めたらWUMAみたいな連中の対策ができるような警備会社か、親父のところ――――――いや、藤原さんのところで頑張りたいと思うんだ」
斎藤T「ほう?」
飯守T「とにかく、斎藤Tがどれだけ凄いやつなのかを知っているのは俺たちぐらいなもんなんだから、こうして無事に年を越せたことのお礼を言いたくて、ここまで来たんだ!」
飯守T「ありがとう、斎藤T! お前がいたからこそ、俺もライスも最高の3年間を送ることができた!」
才羽T「ええ。秋川理事長としても『URAファイナルズ』開催どころかトレセン学園の存続――――――、人類の未来が懸かっていた戦いに勝利してくれたことを誇りに思うでしょう」
才羽T「まあ、『URAファイナルズ』は新年から始まる3ヶ月に渡る異例のトーナメント戦。まだ興行自体が成功するかは未知数ですが、3年を掛けてようやく開催できるところまで来ることができました」
才羽T「これから始まるのは“皇帝”シンボリルドルフから始まったトレセン学園黄金期のまだ見ぬ明日――――――」
才羽T「はたして、トレセン学園の明日は昨日よりも輝きを放つのか――――――」
飯守T「――――――全てのウマ娘たちが輝ける未来のために、か」
飯守T「なあ、斎藤Tだったら、これからどんな未来が来ると思う?」
斎藤T「そうですね――――――」
そう言いかけて脳裏によぎるのは、これから先に訪れる苦難の連続、苦難の記憶、苦難の歴史――――――。
これから21世紀のヒトとウマ娘が共生する地球は私が生まれ育った23世紀の地球がそうだったように苦難の道を乗り越えて地球を一つの国にする激動の時代が到来することだろう。
宇宙移民からすれば、地球圏統一国家が成立していない21世紀の地球は干渉や移住すべき別天地ではないし、愚かな戦争に巻き込まれるリスクが高い未開の土地でもあった。
しかし、何の因果か、こうして元の肉体を失って“斎藤 展望”となってしまった以上は、21世紀の地球人“斎藤 展望”の人生を代行する他ないのだ。
そして、右も左も分からないままにトレセン学園のトレーナーとして選んだのが己の信ずる道を征くウマ娘であった。
これが運命だと言うのなら、私も覚悟を決めて自分の正しさを常に確かめながら己の信ずる道を征くだけだ。
ザァ・・・、ザァ・・・、ザァ・・・
トウカイテイオー「うぅ、元旦の海って 結構 寒いね、トレーナー……」
岡田T「そ、そうだな……」
トウカイテイオー「でも、トレーナーの手はおっきくてすっごく温かいや……」
アグネスタキオン「おーい! トレーナーくん! 大事な大事な担当ウマ娘を放ってどこへ行った~?!」
アグネスタキオン’「あ、いた! いたよ、トレーナーくん! おーい!」
飯守T「お、そろそろ いっぱい来たな!」
飯守T「というか、あれって岡田Tとトウカイテイオーじゃん! おーい!」
才羽T「それじゃあ、生姜ココアを配ってきますか」
斎藤T「ごちそうさまでした」
斎藤T「来年からは私が温かいものを用意しましょう」
才羽T「そうですか。来年もここに来るかはわかりませんが、楽しみにしています」
才羽T「そして、できればゴミ拾いもお願いします」
才羽T「この三保の松原を含む富士山が世界文化遺産に登録できたのは、こうした地道な美化活動の賜物でもあるのですから」
斎藤T「わかりました」
才羽T「お、見えますか。東の空が白み始めましたよ。そして――――――」
斎藤T「――――――あれが富士山」
私は忘れることはないだろう。斎藤 展望がこれまで見続けてきた三保の松原での初日の出のご来光と富士山の輝きを。
私はただただ呆然と立ち尽くして、周りに促されるがままに太陽と富士山に坐す天神地祇に対して二礼二拍手一礼をするだけだった。
そして、まだ見ぬ驚きと興奮を求めて宇宙を流離い、時空を超えて辿り着いたヒトとウマ娘が共生する未知なる惑星でのこれまでの日々の守護と導きに感謝を“斎藤 展望”と共に捧げ、
23世紀の本当に素晴らしい時代に生まれ育った誇りを胸に、まだ目覚めて半年しか経っていないというのに人知れず世界を救った功績に驕ることなく、
たとえいついかなる時の何者になろうとも人間として正しいことを貫き通して、この世界に骨を埋める決心ができた瞬間でもあった。
――――――そして、知るだろう。これはただの序章;始まりに過ぎなかったことをすぐに思い知ることになったのであった。