ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第2話   皇帝と女帝と怪物と――――――

-西暦20XY年01月17日の航星日誌- GAUMA SAIOH

 

トレセン学園の全校集会は火曜日に行うのが定例となっている。

 

なぜか。それは国民的スポーツ・エンターテイメント『トゥインクル・シリーズ』の興行が年間を通して土日にあり、出走した生徒は月曜日が振替休日となるからである。

 

来週の26日と27日はいよいよ秋川理事長と生徒会長:シンボリルドルフの全身全霊が込められた前代未聞のビッグレース『URAファイナルズ』の予選トーナメントが開催される。

 

どれだけ実績がなくてもシニア級:3年目を走り抜くことができた競走ウマ娘がファン投票という体裁で全員が得意なバ場と距離を選んで参加でき、

 

中央官庁も全面協力していることや初めての試みということで、この1月の予選トーナメントに限っては週明けの月曜日が生徒全員の振替休日になるのだ。

 

そのため、できるだけ多くの生徒たちに『URAファイナルズ』に出走・観戦してもらい、引退即退学となってしまう教育現場として大変よろしくないトレセン学園の状況が変わることが期待されていた。

 

なぜなら、総生徒数2000名弱の個性豊かな才能あるウマ娘たちが全国各地から集まる中央トレセン学園だが、その全員が『URAファイナルズ』に出走できるわけでもない。

 

そのおかげで、事前に配られた競バ番組にあるトーナメント表を見ると、今回の第1回は 壮大な構想と理念に反して そんなに出走バが多い印象はなかった。

 

原則として全てのレースでフルゲート:18人立ての大激闘になるように準決勝・決勝進出の人数調整がなされるわけなのだが、

 

18人から1人選抜のレースを3回戦・5部門行うには単純計算で29,160人のウマ娘が必要になるが、実際にはそんな数のシニア級:3年目を終えたウマ娘は日本にはいない。

 

そもそも、『トゥインクル・シリーズ』を3年間走り抜くことができた生徒があまりにも少ない;引退即退学が当たり前と見なされ、狭き門を潜って入学しても退学者が続出するのが中央トレセン学園の厳しい勝負の世界であった。

 

また、単純に考えて中高一貫校の6年間の半分以上を走り抜くことができないといけないので、当然ながら中等部からデビューすることができたエリート;トレーナーからのスカウトに成功したエリートの中のエリートしか出走できないの事実であった。

 

そのことを考えると、『URAファイナルズ』を最初から目指すなら遅くとも高等部1年生の時にデビューしないと、この卒業レースに参加する権利すら与えられない。

 

そして、トレセン学園の生徒の全員がターフの上で走るわけではなく、圧倒的な比率ではあるものの、アスリートコースとは別に舞台裏を支えるアシスタントコースで入学している者もいる。

 

それに付け加えて、一般的にウマ娘レースと聞いたら平地競走のことを指すが、これも圧倒的な比率ではあるものの障害競走の出走バもおり、

 

結果として【短距離】【マイル】【中距離】【長距離】【ダート】の5部門にシニア級:3年目を終えている出走バが分散するので、前代未聞のトーナメント形式の割にはトーナメント表が小ぢんまりしているように感じられたのだ。

 

だから、『全レース場の全距離』『全国で同時開催』『トーナメント方式』という初めての試みで開催することができると中央官庁のお役人たちのお墨付きをもらうことができたのだろう。

 

その事実がいかに国民的スポーツ・エンターテイメントの夢の舞台として持て囃されている『トゥインクル・シリーズ』の栄光の影で人知れず消えていく夢のカケラが世界に零れ落ちていたのかを想像させた。

 

しかし、その前にトレセン学園では毎年恒例となる行事が『URAファイナルズ』の前日となる火曜日:1月22日の全校集会で執り行われようとしていた。

 

 

――――――そう、生徒会総選挙である。

 

 

そして、3期連続で会長職を務める偉業を成し遂げたのが“皇帝”シンボリルドルフであり、高等部1年生の時点で中央の顔としてトレセン学園の黄金期を絶頂に導いたのだ。

 

そのため、彼女が中等部の現役時代に打ち立てた“最強の七冠ウマ娘”にして“無敗の三冠ウマ娘”の偉業によって、“皇帝”シンボリルドルフはまさしくトレセン学園においては絶対の存在であり、

 

その実績と威厳があったおかげで、黄金期を迎えるにあたって個性豊かであると同時に学園の風紀や秩序を乱す才能ある問題児たちを統制することができたのだ。

 

となれば、その素晴らしい為人の生徒会長がいよいよ卒業してしまうことになれば、当然ながら それまで“皇帝”の威光の前におとなしくしていた 才能はあっても素行に問題があるような生徒たちの締め付けが甘くなってしまう。

 

実際、現在の黄金期は 関係各位としてはまだまだ記憶に新しい あの忌まわしき暗黒期よりも確実に風紀や秩序が乱れており、それは暗黒期と評される時期よりも勝る補導の多さからも歴然としている。学生寮の門限を守らない生徒が多すぎるのだ。

 

それでも、忌まわしき暗黒期よりも自由で開放的な校風を目指した黄金期は“皇帝”シンボリルドルフと秋川理事長の不断の努力によって実現されたものであり、

 

その場合の威厳とは何か――――――、それははっきり言ってしまえば東京都を管轄としている『警視庁』との癒着を意味していた。

 

それだけの財力とコネを動員した裏工作をシンボリルドルフは秋川理事長と一緒に大人顔負けの実行力と意志力でやっていたことを多くの人間は知らない。

 

なので、ウマ娘の名家:シンボリ家の総領娘であるシンボリルドルフが卒業してしまえば、マスコミ業界に圧力をかけてきた『警視庁』の影響力や指導力がかなり弱まり、

 

トレセン学園の非行やスキャンダルを素っ破抜こうとする悪徳記者から学園の評判を守ることが今後はかなり難しくなることが予想されていた。

 

 

そうなのだ。表向きは一介の生徒が卒業するにあたって会長職を次の世代に譲り渡すだけの儀式に見える生徒会総選挙ではあるのだが、実際にはこれで黄金期は終焉を迎えるという見方が裏事情に詳しい人間の間でなされていたのだ。

 

 

そう言われると、次期生徒会長と目されている“女帝”エアグルーヴにはそれだけの力量と威厳がないのかと訊かれれば、実際にそうだとしか言いようがないのが非情な現実であった。

 

というより、なぜシンボリルドルフが“皇帝”で、エアグルーヴが“女帝”と呼ばれるのか、である。

 

それは単純に競走ウマ娘:エアグルーヴが2年目:クラシック戦線で目指したのがトリプルティアラ路線と呼ばれる『桜花賞』『オークス』『秋華賞』の三冠だったからだ。

 

このティアラ路線に対するのが我々が頻繁に口にする通常の三冠路線:トリプルクラウンであり、クラウンは男性用の王冠、ティアラは女性用の王冠である。

 

そして、“三冠ウマ娘”と言ったら『皐月賞』『日本ダービー』『菊花賞』制覇のトリプルクラウンを意味するように、トリプルティアラの扱いはトリプルクラウンよりも低いものになっていた。それだけである。

 

理由は『桜花賞』が1600m、『オークス』が2400m、『秋華賞』が2000mであり、いわゆる【長距離】がなく、開設も実質的にトリプルクラウンの後追いであったからだ。

 

 

しかし、トリプルティアラには独自の精神性があり、それが従来の王道路線であるトリプルクラウンに後追いするだけの独立性を保つ要因になると同時に、とある思想問題に繋がっていたのだ。

 

 

近代ウマ娘レースの原点がヨーロッパの王侯貴族の前でセンターを決めるためにバルコニーから見渡せる庭園で徒競走をした踊り子ウマ娘をルーツにしていたのは御存知の通り。

 

それは言うなれば亭主であるヒトの男性の寵愛を受けるために異種族であるウマ娘が媚び諂う行為でもあり、有史以来 ヒトの女性はウマ娘の美貌に羨望と嫉妬の眼差しを向けながら美容技術を発展させてきた歴史がある。

 

一方で、古代からウマ娘の美貌と能力に羨望と嫉妬の眼差しを向けてきたヒトの女性ではあったが、同じ女性として その美貌と能力を称揚するヒトの女性も少なからず存在していたのだ。

 

その結果、旦那に媚び諂う踊り子ウマ娘を排して“一流の淑女”としてウマ娘を養育して競わせることが女性貴族の間で流行し、それがこの世界における近代フェミニズム運動の先駆けとなったというのだ。

 

そのため、トリプルティアラは女性解放思想と結びつくようになり、従来のトリプルクラウンを目指す競走ウマ娘を所詮は男に媚を売るしか能がない“卑しい存在”と差別するようになった時期があるようなのだ。

 

さながら、フランスの絶対王政期の国民的喜劇作家:モリエールが「完璧なものを誤って模倣すると、昔からいつも喜劇の題材となってきた」と述べて題材にした プレシューズの真似をする田舎娘たちのような お高く留まったお局が大量に現れたのだとか。

 

それ故に、トリプルティアラ路線のウマ娘は既存社会への反発心が強い傾向にあると分析されることもあり、

 

その禍根は現代になってもフェミニズム批判と結び付けられるようになり、何かと胡散臭い目でトリプルティアラ路線のウマ娘は見られるようになっていた。

 

 

つまり、モリエールが喜劇にしたような“一流の淑女”によるトリプルティアラは近代ウマ娘レースの王道とは見なされていないのだ。

 

 

実際、ティアラ路線で活躍した“女帝”エアグルーヴは典型的なお高く留まったお局という評判が外部で立っており、

 

それに対してフェミニストがいちいち噛み付くのだから、ますますフェミニストに結び付けられてしまったトリプルティアラに対する世間の評判が上がらない。

 

もっとも、日本の近代ウマ娘レースは明治維新において西欧列強の制度を模倣して導入しただけなので、そこまで深刻なジェンダー問題にはなっていないのは救いか。

 

いやいや、ウマ娘はメスしかいないのだから、ヒトのジェンダー問題に巻き込まれるのは傍迷惑としか言いようがないだろう。

 

なので、メスしかいないウマ娘の側からすれば、単純に距離適性の問題で狙える三冠がトリプルティアラだから それを狙ってみるという考えの競走ウマ娘が大半で、

 

エアグルーヴは別にフェミニストだからトリプルティアラを目指したわけでも、お高く留まったお局様みたいな性格というわけでもないのに、それだけで社会的評価がマイナスになっているのが理不尽なところであった。

 

 

ティアラ路線のウマ娘というだけで求心力が下がるのだから、これが“女帝”に“皇帝”は絶対に超えられないという理屈なのだ。

 

 

これこそがヒトとウマ娘が共生する異なる進化と歴史を歩んだ地球であり、これもまた多数派の支配に巻き込まれた少数派の悲哀の一例と言えるだろう。

 

と、まあ、ここまでさんざんティアラ路線だのクラウン路線だの何だかんだ言ってきたが、

 

結局のところは、名家:シンボリ家の力があり、“ヒトとウマ娘の統合の象徴”として生きる覚悟を決めたシンボリルドルフだったからこそ黄金期の繁栄を遂げることができたのであって、競走ウマ娘のカリスマ性だけで成り立ったわけではない。

 

だから、一介の生徒に過ぎない“女帝”エアグルーヴは本当にただのウマ娘たちの代表としての生徒会長になるしかないだろう。

 

そして、ティアラ路線の“女帝”エアグルーヴの求心力を補うために、クラウン路線の王者である“怪物”ナリタブライアンをあらかじめ副会長に指名しておいたという政治的判断があったことがようやく私にも理解できた。

 

つまり、“女帝”と“怪物”が肩を並べて ようやく偉大なる“皇帝”の背中に追いつける可能性があるわけであり、追い越すことなど絶対に不可能であった。

 

 

なので、トレセン学園の黄金期は“皇帝”シンボリルドルフの卒業によって終焉を迎えるというわけである。

 

 

後は、“皇帝”が築き上げた黄金期の莫大な遺産で食いつないでトレセン学園の命脈を保つしかないはずだ。

 

だから、秋川理事長は『URAファイナルズ』をシンボリルドルフが卒業する時期に間に合うように開催したようにも思えた。

 

最初からわかっていたのだろう。“皇帝”シンボリルドルフのように実力も名声も兼ね備えた理想的な指導者はそう簡単に現れることはない――――――。

 

ならば、その理想的な指導者が在位している幸運な時間で改革を推し進める他なく、

 

だからこそ、秋川理事長は『URAファイナルズ』開催のために莫大な私財を擲った――――――。

 

つまり、秋川理事長とシンボリルドルフで築き上げた黄金期最大の遺産となるのが『URAファイナルズ』という名の引退即退学に繋がる冷酷非道なトレセン学園の現状を変えるための大慈大悲の政策であったのだろう。

 

そう、“皇帝”陛下も秋川理事長も大変なロマンチストであると同時に非情なまでの現実主義者でもあったのだ。

 

後継者となる者の力量には期待していないからこその新制度であり、“女帝”エアグルーヴや“怪物”ナリタブライアンも秋川理事長とシンボリルドルフからは後事を託すに値しないという判断であったのだ。

 

いや、むしろ、それでいいのだ。“女帝”だの“怪物”だの恐れられたところで、所詮はトレセン学園の生徒に過ぎず、裏の事情なんて何も知らず みんながまっすぐに健全な学園生活を送ってくれれば それでいいのだから。

 

これは理事会で働く大人が頑張ることであり、トレセン学園は狭き門を潜って夢の舞台に立つことが許された生徒たちを全力で輝かせるための舞台装置なのだから。

 

 


 

 

――――――トレセン学園/元 岡田Tのトレーナー室

 

ナリタブライアン「最近、エアグルーヴの様子が少しおかしいんだが」

 

ナリタブライアン「会長が引退のために生徒会室を整理し終わった後なのに、何度も整理し直していてな。見ていて不安になった」

 

斎藤T「そうか。生徒会総選挙ももう間もなくだし、そうなるよな」

 

ナリタブライアン「今まで副会長として会長の右腕としてやってきたんだから、別に何も変わることなんてないんじゃないのか?」

 

アグネスタキオン「そう思うのは、もうひとりの副会長がこれまで遊び呆けていたからじゃないのかい?」

 

斎藤T「いや、これはあなたが言うようにエアグルーヴは気にし過ぎだ」

 

ナリタブライアン「やっぱりか」

 

アグネスタキオン「え」

 

斎藤T「たしかに、トレセン学園の黄金期を築き上げた偉大なる“皇帝”の後を継いでトレセン学園の評判が下がることを恐れるのは自然なことだ」

 

斎藤T「だが、あの偉大なる“皇帝”が自身がいなくなった後のことを何も考えていないはずがないだろう?」

 

斎藤T「そのことを信じればいいじゃないか。あの聡明で偉大なる御方ができないことを押し付けるはずがないと。そんなことも測れない蒙昧についてきたわけじゃないと」

 

ナリタブライアン「なるほどな。言われてみれば そうだったかもしれないな」

 

アグネスタキオン「なんだ、あっさりと解決してしまったな」

 

斎藤T「だって、“女帝”だの“怪物”だの言われている副会長2人が力を合わせたところで、偉大なる“皇帝”陛下以上にうまくやれるとは微塵も思ってないだろう?」

 

斎藤T「だったら、それを貫き通せばいい。漢の高祖:劉邦が蕭何とともに天下を平定し 法令はすでに明白となったのなら『我々はそれを遵守すればよい』と 曹参が恵帝に述べたようにな」

 

斎藤T「焦っちゃいけない。真に求められていることが何なのかを考えれば、自ずと答えは見つかるさ。そのために評判を利用することはあっても評判を気にして成すべきことを見失ってはいけない」

 

ナリタブライアン「――――――評判を利用しても評判に利用されるな、か」

 

ナリタブライアン「ありがとう。エアグルーヴにはそう言っておこう」

 

斎藤T「あまり私の名前は出してはいけないよ。私が黒幕みたいになるじゃないか」

 

ナリタブライアン「今更、何を言っているんだか」

 

 

――――――今のトレセン学園に“斎藤 展望”以上に恐れられている人物はいないぞ。

 

 

ナリタブライアン「なにしろ、あの“触らずのタキオン(アンタッチャブル・タキオン)”の担当トレーナーというだけで学園の連中が震え上がるぐらいだからな」

 

ナリタブライアン「実際、このトレーナー室の周りはあんたが岡田Tのトレーナー室を譲り受けたことが知れ渡った瞬間に空き部屋になったことだしな」

 

アグネスタキオン「おやおや、随分な嫌われようだねぇ、トレーナーくん?」

 

斎藤T「安心しろ。学内での評判なんてウマ娘レースの結果次第でいくらでも変わる」

 

斎藤T「それに、夢の舞台の現実が知れ渡っていないから、引退即退学に繋がるような文部科学省管轄の公営競技(ギャンブル)としては大変よろしくない教育現場ってことは、いくらでも外部の人間には夢を見させることができるさ」

 

斎藤T「だてに大衆娯楽じゃないんだよ、国民的スポーツ・エンターテイメントってのは」ニヤリ

 

ナリタブライアン「……なるほど。そういったことも会長は考えていたわけなのか」

 

斎藤T「けど、そこまでのことを考えることを“皇帝”は“女帝”や“怪物”には求めていないだろうけどね」

 

ナリタブライアン「……そうだな。今更、自分の生き方を変えることもできないし、会長が私の『ドリーム・シリーズ』への移籍を心から祝福してくれたことに嘘偽りはない」

 

ナリタブライアン「ただ、私もいつまでも子供じゃないからな。それぐらいのことは頭の片隅に置いておくつもりさ」

 

アグネスタキオン「……トレーナーくんから見て、エアグルーヴというウマ娘はどういう感じなんだい?」

 

斎藤T「シンボリルドルフと比べるのは酷だけど、十分に立派な生徒だと思うよ。偉大な母親を手本にして生徒たちの手本になろうとしていることだしね」

 

斎藤T「ただ、ティアラ路線というだけでウマ娘と関係ないヒトのジェンダー問題に巻き込まれて評判を落とされているのが気の毒に思う」

 

ナリタブライアン「くだらない話だな。ティアラ路線だの、クラシック路線だの、単なる距離適性の問題だろうに」

 

斎藤T「あと、シンボリルドルフと比べると『大気』『勇気』『知恵』が欠けているから、どうあっても“トレセン学園の生徒としては完璧”止まりで乱世の奸雄には成りえない。治世の能臣が精々だろう」

 

ナリタブライアン「なかなか厳しいな」

 

斎藤T「いや、褒めてるんだよ。シンボリルドルフが築き上げた遺産を無駄に食い潰す恐れがない 規範に則る 保守的な性格だから」

 

斎藤T「そういう意味では、あなたも無駄に野心を持たずに純粋に競走ウマ娘としての強さを追求する求道心が高く評価されているから、もうひとつの手本として副会長に指名されているわけなのだし、あなたも保守的な人間だ」

 

斎藤T「対して、私は この通りの 保守派に対する 革新派の人間だから、危険視されるのが当然なんだよ」

 

ナリタブライアン「……自分でそこまで言うか」

 

ナリタブライアン「なら、なんであんたはおとなしくしているんだ?」

 

 

斎藤T「私にとってトレセン学園は私の夢を叶える場所じゃないから。それだけ」

 

 

ナリタブライアン「まさしく、会長が言ったとおりの“門外漢”だな」フッ

 

斎藤T「まあ、秋川理事長とシンボリルドルフも私と同じ革新派の人間だけどね」

 

ナリタブライアン「そうなのか?」

 

斎藤T「いいんだよ。たまに画期的で人々のためになることを革新派が主導して、あとは保守派の人間が良いものを維持し続ければ」

 

斎藤T「革新派の人間がずっと居座ったら、『改革!』『改革!』『改革!』ばかりになって休まることがないだろう?」

 

斎藤T「今までのことに慣れていた人たちが新しいことに慣れるようにする期間が必要なんだし。改革ってのは体力を使うもんだよ」

 

斎藤T「ほら、ちょっと古いけど、PDCAサイクルだって『Action(改善)!』『Action(改善)!』『Action(改善)!』じゃないでしょう? 途中経過を見守ってCheck(評価)しなくちゃならないから」

 

斎藤T「だから、革新派の人間がいいことをしたのなら、それに続く者は保守派となって その理念と構想を適宜微修正を加えながら維持するだけでいいんだ。無理に新しいことをやろうとしなくていい」

 

斎藤T「改革の本質は社会の新陳代謝;社会の膿を排出するためのデトックスと言い換えてもいい」

 

斎藤T「そもそも、社会とは人の集合体なのだから自然人と法人としての両方の特性を併せ持っていることを考えれば、社会というものが理解できるはずだ」

 

斎藤T「そういう意味では、私の担当ウマ娘が大好きな生化学に通じるものがあるな」

 

斎藤T「少量の劇薬は薬になるが、大量になれば毒にしかならないから、秋川理事長やシンボリルドルフのような人間は少数でいいんだよ」

 

ナリタブライアン「そう言ってもらえて、肩の荷が軽くなったよ」

 

 

ナリタブライアン「それはそうと、トレーニングが終わったら今日は丼が食べたいから用意してくれ」ドン!

 

 

斎藤T「……ここは空港ラウンジじゃないんだけど?」

 

ナリタブライアン「似たようなものだろう? マッサージチェアにシャワーが使えて軽食も用意してもらえるんだからな」

 

ナリタブライアン「会長が用意してくれたんだから、ありがたく使わせてもらう。文句なんてないだろう?」

 

斎藤T「まあ、積極的にモニターになってくれるのはありがたいのだけれど、担当ウマ娘でもないのに私物を持ち込むのだけは止めてくれ。あくまでも利用客としての節度を弁えてくれ」

 

ナリタブライアン「わかっている。私もベタベタするのは好きじゃないからな」

 

ナリタブライアン「じゃあ、放課後」

 

 

バタン!

 

 

アグネスタキオン「……随分と気安くなったものだね、彼女とも」

 

斎藤T「おいおい、私は『宇宙船を創って星の海を渡る』ことを夢見る男だぞ? 船員(クルー)を集めるためにも、誰とでも分け隔てなく接して人心掌握するぐらい容易くなければ、船は沈むぞ?」

 

斎藤T「それに、お前より僅差でナリタブライアンの方が付き合いが長いしな」

 

アグネスタキオン「そうかい!」プイッ

 

斎藤T「けど、ダイヤモンドのネックレスを贈呈したのはお前だけだ。これでもかなり特別扱いしているつもりなんだけどね」

 

アグネスタキオン「……()()()()()()()だってもらっているじゃないか」

 

斎藤T「あれは必要な装備だ。時間跳躍でどことも知れぬ場所に転移してしまう事故に備えて換金できるものを選んだ」

 

斎藤T「それに対して、お前のダイヤモンドはアグネスタキオンという競走ウマ娘が成そうとしていることにはまったく関係ないものだし、趣味の研究にも役に立たないじゃないか」

 

斎藤T「だから、手荒れを防ぐハンドクリームを選んだわけなんだが」

 

斎藤T「WUMA討伐の論功行賞でやるんだったら、これからお前が挑戦する『トゥインクル・シリーズ』で役に立つものを贈りたかったよ」

 

アグネスタキオン「……理屈ではわかってるさ。きみが意味のないことなんてしないのは」

 

 

――――――でも、私は“超光速の粒子”なんだ。“女帝”や“怪物”と同じにはなりたくないんだよ。

 

 

現在、私は暇をいただいていた。

 

というのも、桐生院先輩から『URAファイナルズ』に勝つために初心に帰って担当ウマ娘と担当トレーナーの一心同体になるためにサブトレーナーの私の手は借りないことを通告されたからだ。

 

もちろん、用済みになったわけではない。『URAファイナルズ』での獲得賞金は今まで通りにチームの一員として山分けしてくれることは明言していた。

 

これは桐生院Tとハッピミークの大切な最初の3年間の締め括りとして、自分たちがどこまでやれるようになったのかをはっきりと確かめるためには必要なことなのだ。

 

なので、岡田Tからトレーナー室を譲り受け、アグネスタキオンの研究室を引き払った後は、私はずっと自分のトレーナー室になった場所でやりたいこととやるべきことをやっていた。

 

アグネスタキオンも留年や出走取消にならないようにトレセン学園の生徒として当然の義務である学業のために出席日数をいやいや稼ぐことになったのだが、何をやったのか授業免除になってトレーナー室に居座るようになった。

 

とは言え、私としても学業の成績不振のために退学にさせられるのは不本意であり、それなりに時間が余ってきたので私は担当ウマ娘の期末試験の予想問題を授業中に解くように渡していた。

 

文武両道を目指す偏差値の高い一流アスリート校を謳っても所詮はスポーツ校、可能な限り過去の期末試験を集めて それぞれの教科担当の教師たちの会話ボットを作成し 期末試験の問題を予想させると非常にわかりやすい傾向にあることがわかった。

 

なので、会話ボットからランダムに作成された予想問題を授業中に繰り返し解いていれば期末試験は8割以上は点が採れると踏んでいたし、授業に出席したところで退屈すぎて何かしでかさないように予想問題を解くようにさせていたのだが、本当に何がいけなかったのだろう。

 

とりあえず、授業免除となってからも期末試験を落とさないように私のトレーナー室でもきっちりと予想問題を解かせながら、私と私の担当ウマ娘のトレーナー室でののんびりとした毎日が始まりそうだった。

 

一方で、部活棟の実験室からトレーナー室に拠点を移したことで、周りのトレーナー室から人がいなくなった代わりに私と親しく付き合っている友人知人が頻繁に訪れるようになり、来訪者が絶えない毎日になっている。

 

一番に目立つ存在が生徒会副会長:ナリタブライアンであり、在学中に『ドリーム・シリーズ』への移籍を果たし、『トゥインクル・シリーズ』最後の大舞台となる『URAファイナルズ』中距離 部門の優勝候補として猛特訓に励んでいた。

 

日課のトレーニングが終わるなり、一人でシャワーを浴びたいがために学生寮のバスルームや既存のシャワールームよりも私のトレーナー室に設置されたユニットシャワールームを利用するようになっていた。

 

そして、トレーナー室に大量に備蓄された宇宙食や非常食、健康食品で小腹を満たすようになり、腐っても生徒会副会長としての視点で様々な話題を提供するのだ。

 

そのため、私は自分の担当ウマ娘ではないナリタブライアンとは随分と打ち解けるようになり、

 

これから私の担当ウマ娘:アグネスタキオンがクラシック級:2年目を迎えるまで;ナリタブライアンが卒業するまでに有意義な話し合いを重ねることになるのだと感じていた。

 

 

しかし、私の担当ウマ娘は明らかに“皇帝”よりも“怪物”がここに来ることの方が気に食わない様子であった。

 

 

私としては“怪物”よりも“皇帝”がお見えになる方がいろんなことを思い出してしまうのでかなりドキドキしそうになるのだが、今年 卒業する相手よりも 来年 卒業する相手がこれから居座ることの方が気に障ったらしい。

 

その他にも、アグネスタキオンがこれまでトレセン学園を退学せずに済んでいたのは“皇帝”が庇ってくれていたことに恩義を感じていたこともあるのだが、“怪物”にはそれはないので余計に刺々しく感じるのかもしれない。

 

それとも、アグネスタキオンとナリタブライアンがどちらも本質的には好きなことにはとことん夢中になって他のことはズボラな甘えん坊という似た者同士だから、同族嫌悪しているのだろうか。

 

まあ、他人に対して遠慮がない者同士なのだから、一線を踏み越えることに関しては言いたいことがあるのだろう。

 

そういう意味なら、そんなナリタブライアンの保護者をずっとやっていた実の姉:ビワハヤヒデとアグネスタキオンの面倒を見ている私が似た者同士ということにはならないだろうか。

 

そう、よく似ている。目指しているものの方向性も揃っているし、結構 仲良く出来るもんだと思うのだが。

 

ただ、難しいお年頃なのも事実だ。他者との関わり方が普通じゃなかったアグネスタキオンにとって、あの実験室の中で築かれてきた唯一無二の自分たちの関係の仲にこれから他者が割り込んでくることを極度に恐れているようにも見える。

 

要するに、自分のペースを掻き乱されるのが嫌いで自分の研究に信念を持つ研究者らしい典型的な人間嫌いが表出しているように思えた。

 

しかし、学園一危険なウマ娘と呼ばれているアグネスタキオンもナリタブライアンと同じように気にかけてくれている人たちが意外といることにまだ気づいていないだけなのだ。

 

 

コンコン・・・

 

斎藤T「おや」

 

斎藤T「入って、どうぞ」

 

フジキセキ「やあやあ、タキオン」ガチャ

 

アグネスタキオン「おやおや、フジくんじゃないか。どうしたんだい、自分から私のところに来るだなんて珍しいねぇ」

 

アグネスタキオン「あ、もしかして私の実験に協力してくれる気になったのかい?」

 

フジキセキ「こらこら、他者を実験体にしてはいけないよ、タキオン」

 

フジキセキ「でも、最近はトレーナーさんを光らせてはいないよね?」

 

斎藤T「それは単純に学園一危険なウマ娘が漂わせるドーピングのイメージを払拭するためにやらなくなっただけで、生化学から人間工学に人体実験を切り替えただけですよ、寮長」

 

フジキセキ「そうなんだ。タキオンも 随分 変わったんだね」

 

アグネスタキオン「どういう意味だい?」

 

フジキセキ「――――――『誰かのために走りたい』って思えるようになったんじゃないかな?」

 

アグネスタキオン「…………ふ、ふぅン?」

 

フジキセキ「だって、タキオンって、斎藤Tがトレーナー室を譲り受けるようになったら、同じ部屋にずっと一緒にいるよね。噂になっていたよ」

 

フジキセキ「それに、今じゃもう誰かを実験体にすることがなくなったのも、もう十分に実験データは得られて満足したわけなんでしょう?」

 

フジキセキ「そして、みんなが知っているアグネスタキオンというウマ娘はトレーナーの指示に従うような子じゃないって認識だったから、案外 いい人に出会えて丸くなったんじゃないかってね」

 

アグネスタキオン「!!!!」

 

 

フジキセキ「ダイヤモンドのネックレス、見せて欲しいな」

 

 

アグネスタキオン「なっ!?」

 

斎藤T「授業中に暇だからってネックレスを取り出してニヤニヤしていたのか?」

 

アグネスタキオン「そ、そんなことがあるわけ――――――」アワワ・・・

 

フジキセキ「嘘だよ」ニッコリ

 

アグネスタキオン「ええええええええええええ!?」

 

フジキセキ「持ってそうな雰囲気はしてたんだよね。ほら、首筋に見えているチェーンが宝飾品のものなのは見ればわかるし」

 

フジキセキ「それに、本当に素晴らしい宝飾品は付けただけでその人のオーラが増すって言うし、俳優業でも宝飾品のあるなしで不思議と印象が変わることはよく聞かされていたしね」

 

フジキセキ「でも、まさかトレセン学園でダイヤモンドのネックレスをしている子がいたとは本当にびっくりだけどね」

 

フジキセキ「本当に素晴らしい人が担当トレーナーになってよかったね、タキオン」

 

アグネスタキオン「………………」カアアアア!

 

斎藤T「まあ、本当はハンドクリームで十分だったんだけど」

 

斎藤T「論功行賞の結果、それぐらい価値のあるものをやらないと報いることができないから、たった100万円程度の安物だけど報酬として伊勢参りの際に贈ることになりまして」

 

フジキセキ「わお! もしかして年末年始に一緒に伊勢参りに行ったの? びっくりするぐらい仲が進展しているね!」

 

フジキセキ「そっか、私が心配するようなことは何もないね、これなら」

 

アグネスタキオン「うぅ…………」

 

アグネスタキオン「トレーナーくん!」

 

斎藤T「ん?」

 

アグネスタキオン「シャワー、浴びるから!」

 

斎藤T「どうぞ」

 

アグネスタキオン「うわあああああああああああ!」ダッダッダッダ!

 

フジキセキ「え、トレーナー室にシャワー――――――?」

 

斎藤T「寮長、お時間があるなら、是非ともお話がしたいのですが、どうでしょうか? 珍しい紅茶やコーヒーでもたなしますよ?」

 

フジキセキ「……そうだね。いただくとしようかな」

 

斎藤T「それと、あまり広めないで欲しいのですが、一応は生徒会からの許可証をもらって我が社の新製品のモニターをここでやらせてもらっているのですよ。これが許可証と製品の概要です」

 

フジキセキ「そうなんだ」

 

フジキセキ「へえ、これが製品化できれば、水道費の大幅な節約が見込めて予算が増やせるわけなんだ」パラ・・・

 

フジキセキ「しかも、コンセントが確保できれば屋外で組み立てて使用することも簡単みたいだから、合宿や遠征で使えたら便利そうだよね」

 

フジキセキ「……これはやっぱりエンターテイナーとして嫉妬しちゃうな」ブツブツ

 

 

珍しい客人が来たものだ。

 

フジキセキ、栗東寮の寮長である。総生徒数2000名弱を収容する巨大な住宅団地となっている学生寮を総括する一人であり、もうひとりは美浦寮の寮長:ヒシアマゾンである。

 

実は、トレセン学園の学生寮寮長の権限は生徒会に匹敵するものがあり、トレセン学園生徒会はトレセン学園の生徒たちの代表機関なのに対し、トレセン学園学生寮を治める自治会の長なのが寮長なのである。

 

そのため、生徒会長ほどではないにしろ、全寮制であるトレセン学園の生徒たちのプライベートな居住区である学生寮を取り仕切るだけの器量と威厳が必要であるため、寮長もそれ相応の実績と品格のある競走ウマ娘でなければまずなれないのだ。

 

実際、寮長であるフジキセキとヒシアマゾンの2人は、生徒会役員ほどではないにしろ、世間的に見れば れっきとしたスターウマ娘のひとりであり、生徒会役員ではないが学生寮自治会の長として生徒会に直接物申す権限を有していた。

 

一方で、学生としてのパブリックな部分の代表機関:生徒会とプライベートな部分の代表機関:自治会の間で過去にトレセン学園の運営や自治をめぐって深刻な対立関係に陥った歴史もあり、それが寮長の存在を学園の裏の支配者としての地位を確立させるに至る。

 

なにしろ、生徒たちが通う学び舎のある学園内での事件は自治会の出る幕はないが、全寮制として全生徒が寝泊まりする学生寮内での事件に生徒会は介入しづらいため、過去の歴史に起きた深刻な対立において互いの職域での職権乱用による嫌がらせが横行し、それで理事会の調停で両成敗を喰らった事実があるぐらいなのだ。

 

それぐらい、巨大な住宅団地になっているトレセン学園学生寮の閉鎖空間には現在の自由で開放的な校風のトレセン学園のイメージから想像がつかないような光の届かない淀みが沈殿していたことがあるのだ。

 

 

ただし、現在の黄金期と評される秋川理事長と生徒会長:シンボリルドルフによる1強体制の下、理想的な指導者の統制と統治によって 過去 類を見ないほどに生徒会と自治会の関係は良好なものとなり、これまで閉鎖的だった学生寮と自治会の風通しが良くなっていた。

 

 

つまり、フジキセキとヒシアマゾンの寮長2人もトレセン学園の黄金期を支えた功労者;生徒会の影に隠れた縁の下の力持ちということになり、

 

特にフジキセキはクラシック級:2年目の『弥生賞』で4戦4勝の活動休止(引退に非ず)となり、最終的には微妙な評価に落ち着いたものの、

 

当初からその人望と面倒見の良さと競走ウマ娘としての圧倒的な走りから多くの人たちを魅了してきたため、秋川理事長と当時の生徒会長がフジキセキの引退を引き止めて学生寮寮長に推薦した経緯があった。

 

そのため、ティアラ路線を行き 最終的に『有馬記念』で“三冠ウマ娘”ナリタブライアンと激闘を繰り広げた“女傑”ヒシアマゾンに先駆けて、中等部の時点で栗東寮の寮長にフジキセキは就任していた。

 

そして、秋川理事長の『URAファイナルズ』の構想と理念を早くから聞かされていたこともあり、

 

1世代先輩である“皇帝”シンボリルドルフと共に改革を遂行する同志として、学生寮自治会の長の一人として陰ながら“皇帝”陛下の治世を支え続けたわけである。

 

なので、生徒会長:シンボリルドルフにとっては右腕である副会長:エアグルーヴよりも寮長:フジキセキの方が自身の治世においては付き合いが長いわけであり、

 

生徒会にエアグルーヴが健在でも『自治会にフジキセキがいなかったら黄金期の繁栄はありえなかった』と評していたぐらいにトレセン学園の歴史において地味ながら非常に重要な存在であったのだ。

 

そう、エアグルーヴがシンボリルドルフの右腕なら、フジキセキはシンボリルドルフの腹心であり、生徒会の管轄外にある学生寮とその自治会をまとめ上げている手腕はエアグルーヴよりも卓越していたのだ。

 

もうひとりの副会長:ナリタブライアンと寮長:ヒシアマゾンのトレセン学園での功績や影響力も十分なものがあるが、実際には表舞台をシンボリルドルフが導き、その足元をフジキセキが最初に整えたという先人の功と比べたら、2人は大したことはない。

 

しかし、こうして間近に見ると、そんな偉業を成し遂げた大人物であることを一切感じさせない親しみやすさとお茶目な一面を併せ持った甘いマスクの麗人であり、こういうところが“皇帝”シンボリルドルフにそっくりに思えた。

 

別に、“女帝”や“怪物”が人間的に劣っていることを言いたいわけではない。“女傑”についてもまた然り。

 

ただ、フジキセキは当時のナリタブライアン以上に“三冠ウマ娘”になることが期待されていた 王としての風格を持った数少ない人物であり、

 

もしも私が二つ名をつけるとしたら、シンボリルドルフほどの父性は感じないが才色兼備が引き立つ麗人なのでトウカイテイオーにならって、“黒き帝王”と評していたことだろう。

 

 

ジャー、ジャー、ジャー・・・

 

斎藤T「寮長としては『URAファイナルズ』についてどう思いますか?」

 

フジキセキ「そうだねぇ。私はいわゆるブライアン・エアグルーヴ世代だから、全戦全勝でありながら結果については言うまでもなく散々なもので、みんなの憧れの“三冠ウマ娘”の夢を叶えることができなくて悔しい思いをしてきたけど、」

 

フジキセキ「秋川理事長や当時の生徒会長が引退を引き止めてくれたおかげで、こうして再びターフの上で走る機会が得られたことを光栄に思うよ」

 

フジキセキ「だから、私は“三冠ウマ娘”にはなれなかったけれど『URAファイナルズ』の初代チャンピオンとして名を残すよ、絶対に」

 

斎藤T「意気揚々ですね」

 

フジキセキ「ただし、私のことを“幻の三冠ウマ娘”だって言ってくれているみんなには悪いんだけれども、出るのはマイル部門なんだけどね」

 

フジキセキ「だから、『URAファイナルズ』で戦うとしたらティアラ路線の“女帝”エアグルーヴだと思っていたんだけど、彼女は出走しないみたいだから残念に思うよ」

 

斎藤T「肩の力が入りすぎていますよね、次期生徒会長は」

 

フジキセキ「うん。そうだね。エアグルーヴも私と同じなんだよね」

 

フジキセキ「私もエンターテイナーとして人前で失敗することを恐れないようにする方法がないかを悩んでいた時期があったけれど――――――」

 

斎藤T「――――――そんなものはない。結局はどれだけ準備したところで成るようにしか成らない」

 

フジキセキ「そう。だから、舞台に上がる者にできることは成功しようが失敗しようが次に向かって努力し続けることだけ」

 

斎藤T「同じですね。一芸に秀でる者は多芸に通ず。完璧なんてありえないんだから、失敗を失敗のままにしないこと」

 

フジキセキ「うん。今ならお母さんに言われたことが十分に理解できるよ」

 

 

フジキセキ「やっぱり、会長が認めるだけのことはあるね、斎藤Tって」

 

 

斎藤T「そういうフジキセキ寮長からも“皇帝”と似たようなものを感じてます」

 

斎藤T「さながら、黄金期を陰ながら支えてきた“黒き帝王”ですね。シンボリルドルフと比べたら軽い印象ですけど、それならトウカイテイオーのような才色兼備ということで」

 

フジキセキ「いやぁ、それは褒め過ぎかなぁ……」アハハ・・・

 

フジキセキ「でも、こうして面と向かって話をすることができたのが今日が初めてなのに、そう評価してくださるということは斎藤Tは生徒会長のことをよく理解していらっしゃるというわけですよね」

 

 

フジキセキ「さすがは去年の学生寮不法侵入事件の功労者です」

 

 

フジキセキ「自治会の長として この場を借りて お礼申し上げます。むしろ、今までお礼の1つもなかったことを深くお詫びします」

 

斎藤T「そう畏まらないでください。あれは本当にどうしようもなかったんですから」

 

フジキセキ「それを解決してみせたのが学園一の嫌われ者という学園の噂の的なんですから、エンターテイナーとしてはいろんな意味で嫉妬しちゃいますよ」

 

フジキセキ「それにしても隙がないなぁ、まったく」

 

フジキセキ「よくはわからないですけど、皇宮警察のご両親を持つとそういうこともできちゃうんですか?」

 

斎藤T「さて、ね?」

 

 

――――――ただ、私の夢は『宇宙船を創って星の海を渡る』ことですから。

 

 

 

 

――――――それから、

 

ナリタブライアン「よし、さっぱりした」

 

ナリタブライアン「おい、頼んでおいた今日の丼は――――――」

 

フジキセキ「やあ、ブライアン。門限はしっかりと守ってね」ニコッ

 

ナリタブライアン「な、なんでフジがここに……」ビクッ

 

フジキセキ「なぜって、私も斎藤Tと会って話をしたいとずっと思っていたからだよ。去年の事件の功労者なんだし」

 

ナリタブライアン「それはそうだが……」

 

ナリタブライアン「そういうフジも『URAファイナルズ』に出るのに、こんなところでのんびり茶なんか飲んでて大丈夫なのか?」

 

フジキセキ「大丈夫だよ。自治会は私ひとりだけじゃないし、私が走る姿をまた見たいというポニーちゃんたちの応援もあるからね」

 

斎藤T「はい、おまたせ! ありとあらゆる缶詰の珍味を載せた特製肉肉丼! 是非ともご賞味あれ!」ドン!

 

フジキセキ「うわっ! 肉が山積みになった丼だね!」

 

ナリタブライアン「おお! これだ、これだ! 何の肉かはわからないが、海鮮丼みたいに一度にたくさんの種類の肉を頬張りたいと思っていたんだ!」ガツガツ!

 

斎藤T「わかめスープもどうぞ」コトッ

 

ナリタブライアン「ああ、助かる!」ガツガツ!

 

フジキセキ「――――――さしもの、“怪物”ナリタブライアンも“斎藤 展望”には敵わないか」ボソッ

 

ナリタブライアン「うん?」ガツガツ!

 

フジキセキ「じゃあ、トレーナーさん。私には何をご馳走してくれるのかな?」

 

斎藤T「今日は三色鍋に招待だ」

 

フジキセキ「――――――三色鍋!」

 

ナリタブライアン「ほう?」

 

アグネスタキオン「まったく、私を扱き使うだなんて、いい度胸だね、トレーナーくん!」ドン!

 

フジキセキ「これって、仕切り鍋ってやつだよね。初めて見た」

 

斎藤T「そう、このように仕切りをつけることで複数のスープを楽しむことができる鍋で、他にもカレーやフォンデュの食べ比べに使うことができるのは見ての通り」

 

斎藤T「しか~し! この三色鍋は実際には3つの小さな鍋で構成されているから、こんなふうに小さな鍋を持ち上げて、予備の鍋に簡単に入れ替えることができるわけ!」

 

斎藤T「特徴的な形状のおかげで脱着も簡単。更には、この小さな鍋も穴開きの二重構造でスープと具を分離させることもできるから、スープごと鍋を交換することや鍋の具だけ交換することも簡単にできちゃうんだ」

 

斎藤T「そして、普通に1つのスープで鍋を楽しみたければ、小さな鍋を全部取り外せばよし」

 

斎藤T「更に、3つの小さな鍋はだいたい1.5人前になるから、そのまま鍋から切り離して食べることも可能!」

 

斎藤T「または、小分けにしてあるから気軽に鍋のシメを試すことができるな!」

 

斎藤T「こういった創意工夫がなされて改良された我が社の新製品の三色鍋をどうぞお試しあれ!」

 

フジキセキ「おお! これは見ていてワクワクさせられたね! こうした商品宣伝も立派なエンターテイメントだよ!」

 

ナリタブライアン「で、肝腎のスープと具は何だ?」

 

斎藤T「今回は豆腐専門店の老舗の高級豆腐による湯豆腐と、北海道直送の鮭の味噌仕立ての石狩鍋と、クリームシチューっぽい洋風豆乳鍋でございます」

 

アグネスタキオン「トレーナーくん! 私は慣れない鍋の準備でもうクタクタだから、よそってくれよ~!」

 

フジキセキ「へえ、3つの鍋を楽しむために小鉢が3つくっついたものを取皿に使うんだね。これなら嵩張らないし、いいね」

 

フジキセキ「はい。どうぞ、タキオン」

 

アグネスタキオン「あ……」

 

ナリタブライアン「おい、私の皿、小鉢は?」

 

斎藤T「え? なんであなたの分まで用意しなくちゃならないんですか? 図々しいですよ?」

 

ナリタブライアン「なんだと!?」

 

斎藤T「これは私と担当ウマ娘の夕飯であって、あなたには肉肉丼があるでしょう?」

 

フジキセキ「まあまあ、そう言わずに」

 

フジキセキ「なら、ブライアン。私の分をわけてあげるから、次からはお礼ぐらいするんだよ?」

 

ナリタブライアン「う、うぅ……。それもそうか……」

 

フジキセキ「うん! この湯豆腐、物凄く美味しいね!」ハフハフ・・・

 

フジキセキ「それに、クリームシチュー風の洋風豆乳鍋も洋野菜をしっかりと摂ることができるから栄養満点だよ!」

 

ナリタブライアン「野菜は勘弁して欲しいんだが……」

 

斎藤T「だから、肉肉丼にしてあげたんでしょう?」

 

ナリタブライアン「あ、そういう気遣いがあったのか……」

 

フジキセキ「はい、鮭の切り身なら大丈夫だよね?」

 

ナリタブライアン「すまないな」

 

ナリタブライアン「お、この鮭の切り身はなかなかだな!」

 

アグネスタキオン「……あ、美味しい」パクッ

 

斎藤T「だろう? よくやってくれたよ。初めてにしては上出来じゃないか。スープの配合を完璧に仕上げたんだから、これまで生化学を誰よりもやってきてよかったな」

 

アグネスタキオン「……そ、そうかな?」

 

フジキセキ「………………」

 

ナリタブライアン「………………」

 

フジキセキ「ホント、楽しみだね、ブライアン」

 

ナリタブライアン「そうだな。姉貴には悪いが、もう1年 トレセン学園にいられることがこんなにも楽しみに思えるだなんてな」

 

 

――――――こうして今日の夕餉は4人で三色鍋を楽しむことができた。

 

 

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