ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第4話秘録 裏側の世界への入り口

-シークレットファイル 20XY/01/21- GAUMA SAIOH

 

21世紀に放映された近未来SFアニメやスペースオペラを鑑賞して、この時代の人たちがどういった宇宙時代を想像しているのかを分析していると、

 

やはり唯物論に染まった21世紀の人間には『人の心を大事にする』という当たり前の価値観があまりないことがわかる。

 

たしかに、実証主義も近代革命においては重要な価値観の転換をもたらしたものだが、何でもかんでも科学的かどうかで考えること自体が非科学的と言える。

 

そもそも、科学的というのは一言で言えば『同一条件下の再現性』であり、ある同一条件下で独立な試行を繰り返し行い、許される誤差の中で結果が得られることである。

 

なので、神の存在証明において神が存在する科学的な根拠がないからと言って『神が存在しない』と結論づけたいのなら、次に()()()()()()()()()()()()()をしなければ憶測で物事を判断しているのだ。

 

そういった態度は 決して科学的と言えない 先入観と偏見による無知者の物言いであり、先程の神の存在証明についても『科学的には存在するかもしれないし、存在しないかもしれない』『科学的にはわからない』というのが正しい科学的な結論である。不可知論である。

 

ただ、この命題にもそもそもの先入観と誤解による認識のズレが生じている可能性があり、何をもって“神”と定義しているのか、何をもって“存在する/存在しない”と結論づけるのかを逐一確認しなければならない。

 

その意味で、我々は『同一条件下の再現性』という観点から誤解と偏見なく我々を他者と結びつけてくれている言葉で精査しなければならない。

 

特に、この時代の科学で私が鼻で笑っている最たるものは二転三転と主張がコロコロ変わる栄養学であり、

 

薬食同源という言葉をまるで知らないかのような『〇〇は体にいい』『〇〇は身体に悪い』という頭の悪そうなニュースを目にする度に21世紀の人間の大半が信奉している科学に対する認識の低さに呆れてしまう。

 

本当に『〇〇は体にいい』という主張がしたいなら、まるでそれだけ食べていれば健康でいられるような万能感を売りに出した 頭の悪そうな記事の書き方をやめてもらいたい。

 

食べ物は本質的に健康を維持するための経口摂取する薬の一種なのだから、薬学実験と同じようにしっかりとした根拠と条件分けを書いて安全性を保証するのが科学的というものだろう。

 

人それぞれにアレルギーや持病があることを知らないのか。生活習慣病患者や妊婦、幼児にも有効なのかどうかを書かないのは卑怯じゃないのか。前提を書け、前提を。

 

だから、21世紀で目にする栄養学に関するニュースの大半が21世紀の人間がオカルトとバカにしている神の存在証明と同レベルのインチキ科学だと23世紀の人間である私は見下している。

 

しっかりとした科学的な見地に基づいて23世紀では完全に誤っている結論を主張しているのなら『まだ21世紀の未開文明だから仕方ない』と思うが、非科学的な態度で物書きをして誤った情報を垂れ流しにしているのだけは我慢ならない。

 

実際、将来の夢のためにフードテックに投資しまくっている私からすれば、人間が生きる上で絶対に欠かすことができない栄養学で非科学的なフェイクニュースが跋扈していることが非常に腹立たしい。

 

全てが完璧に管理された宇宙船での限られた食習慣を思えばこそ、栄養学に関する誤情報は間違いなく死活問題に直結しているからこそ、

 

栄養学に関するフェイクニュースを垂れ流すやつは人間としての理性と愛情に欠けているひとでなしと罵りたくもなる。

 

食い物の怨みは恐ろしいぞ。そのことがわからないような人間が物書きになっていいかげんな情報を垂れ流すのを許容している21世紀の人間のモラルが恐ろしい。

 

 

なので、21世紀の人々は定量的に研究する対象に成りえない“人間の心”を大切にしようとはしない冷血動物の群れにしか思えなかった。

 

 

それが何よりも、私が生まれ育った23世紀の宇宙時代にとってはありえない価値観であり、地球圏統一国家が成立していないことがその最たるものであった。

 

幸運にもシンクレティズムの聖地である日本に転生していなければ、あまりの無神論ぶりや唯物論ぶりにこの世の地獄を体験して半狂乱になっていたかもしれなかったのだ。

 

それぐらい私にとって21世紀の人間の価値観や精神文化は汚濁に塗れたものであり、かろうじて宇宙移民としての心得で未開文明への寛容な精神を養っていなかったら――――――。

 

そう、そんな私がこの世界の住人として落ち着くことができたのは、ウマ娘という異種族が共生する異世界へのカルチャーショックと異文化理解の必要性が最初にあったのが大きかった。

 

そして、立て続けに並行宇宙の地球の支配種族である怪人:ウマ女“フウイヌム”の侵略に対して己の持てる能力の全てを擲った暗闘の日々が21世紀の人間の本質的な醜さを忘れさせていた。

 

そのおかげで、私は21世紀の地球人が高貴な種族を自称する“フウイヌム”の言う野蛮な猿人類“ヤフー”に相当する存在であることに共感を覚えながらも、私自身もそのひとりとして生きる覚悟ができた。

 

その覚悟を支えてくれているのが、皇宮警察の血筋と才能を引き継ぐハーフ“斎藤 展望”の肉体を通して得ることができた最低最悪な環境の中で希望となる最高に素晴らしい人たちの出会いであり、

 

この世の地獄にあってなお天上界の輝きを放つ人たちとの出会いがあって、私は21世紀の未開惑星の俗悪に屈することなく生きることができていた。

 

そういう意味では、23世紀の波動エンジンの開発エンジニアである世紀の天才である私が、21世紀で最高に素晴らしい血筋と才能とそれに付け加えて豊かな人間関係を持つ“斎藤 展望”の肉体に宿ることができたのは、この上ない僥倖だったと言える。

 

 

その上で、21世紀の人間には到底理解し難いことが宇宙移民にとっては当たり前になっていることを表さなければならない。

 

 

それは何かと言うと、23世紀の宇宙移民は当然ながら限られた人員で人類社会において必要なことをスマートにこなさなければならないのは理解できるだろう。

 

その中には自分たちのルーツになる“文化の継承”というものがあり、当然ながら これを蔑ろにする者は誰一人としていない。これも理解できることだろう。

 

普段は21世紀よりも遥かに進んだ機械化と高性能化による快適かつ機能性に溢れた衣食住になるが、伝統的な芸能や儀式となる冠婚葬祭においては決して手を抜かないのが鉄則となっている。

 

もちろん、宇宙船の中でピラミッドやオベリスクを建てたり、オレンジを投げ合ったり、お焚き上げをしたりはできないので、そういったものは全て電脳世界の仮想現実で開催されている。

 

一方で、伝統的な芸能や儀式を担える人間ほど教養がある存在として珍重されるため、21世紀よりも遥かにハイテクな暮らしをしていながら、伝統的なものほど尊ばれる価値観を有していた。

 

たとえば、宇宙時代の武器はレーザーガンが主流で、宇宙空間でも安定して光の速さで標的を撃ち貫くことができるので、旧来の武道は実戦ではまったく役に立たないかもしれない。

 

しかし、ただの武術はレーザー兵器の普及で衰退したが、求道心や修養が軸になっている旧来の武道は宇宙時代になって形を変えながらも現役であった。

 

同じように、ただ単に新しいものが全てにおいて素晴らしいという価値観で生きる人間は宇宙移民には存在しない。

 

たとえば、西洋芸術の最高峰であるルネサンス期のレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロ・サンティを超える大作を生み出せていないことを教訓にして審美眼を養うことも、

 

宇宙移民が未知なる惑星に根を下ろすことになる地球文明の継承者であると同時に地球人類の代表として恥ずかしくないようにあらゆる分野での修養に励むことの一環なのだ。

 

そういう意味では宇宙移民のひとりひとりが地球圏統一国家の外交官であるという自覚の下に規律正しく、時には非常事態を想定したシミュレーションに一致団結して挑戦するキャンペーンも行われることもあり、

 

基本的に宇宙移民はあらゆる状況を想定した行動力と想像力が必要不可欠であり、未知なる新天地で予想外の災難に見舞われて後悔することがないように只今に生きることを肝に銘じていた。

 

そうすれば、死を迎えることになっても決して悔いることのない立派な人生が送れたと胸を張って、大いなる意思の許に還れるとみなが信じていた。

 

 

――――――つまり、宇宙移民は信心深いからこそ、広大な宇宙の中での孤独に耐えられた。心の距離は物理的な距離と一致しないのだ。

 

 

そして、広大な宇宙の中で離れ離れになってしまうからこそ、人と人との繋がりを より一層 大事にして、先人たちの生きた証である文化の継承を蔑ろにすることはない。

 

だから、21世紀の人間が非科学的だと一笑に付す死後の捉え方についても23世紀の宇宙移民は長けているのである。

 

そう、オカルトだとかスピリチュアルな分野で23世紀の宇宙移民の平均は21世紀のそれを遥かに上回る能力と才能を真剣な態度で臨む修養で得ているのだ。

 

むしろ、スピリチュアルなことは冠婚葬祭を執り行う上での一般常識であり、自分たちもいずれは肉体を離れて霊体になることを知っているため、21世紀の人間が無闇矢鱈に死を恐れる考えでいることが非常に哀れに思えてしまう。

 

死ぬ時はどうあっても死ぬのが自然の摂理だというのに、これだから唯物論に染まった人間は死を恐れるあまりに愚かなことをしてしまうのだと、私は世間のニュースを読んでいてそう思ってしまう。

 

いや、宇宙移民の修養のテキストに使われるのがいずれも21世紀の誰もが知っている宗教や哲学のものなのだから、となれば教育・徳育・訓育・武育が伴わない現代の教育制度が悪いとしか言いようがない。

 

ただ、ここはヒトとウマ娘が共生する異なる進化と歴史を歩んだ21世紀の地球だったからこそ、私は心の平静を保つことができた面もあり、

 

純粋に過去の地球とは言えない異世界だからこそ、未来人からすればどうしようもない未開文明であろうとも過度な干渉は控える宇宙移民の心得で一線を引くことができたとも言える。

 

そんなわけで、さて、長々と何が言いたいのかと言うと――――――、

 

 

――――――宇宙移民はひとりひとりが冠婚葬祭を司ることができる祭司長なのである。

 

 


 

 

――――――トレセン学園?

 

 

斎藤T「まったく、そんな気はしていたが、ここも業が深いな……」

 

斎藤T「まさか、あの“目覚まし時計”に別の機能があったとは思わなんだ」ヤレヤレ

 

斎藤T「もう! 勝手に発動するだなんて勘弁してくれよ!」

 

 

――――――この感じ、後になって災いを招く何かを取り除かないと永久に今日を繰り返させるつもりなんだろう!

 

 

斎藤T「あのさ! いくら私が悪霊祓いできるからって、何でもかんでも私を巻き込むな!」

 

斎藤T「悪霊祓いするにしても、この世界の幽霊がどういったものなのかもわからずに『ぶっつけ本番で何とかしろ』ってのかい!」

 

斎藤T「明日は『生徒会総選挙』という名の“皇帝”シンボリルドルフの退位の礼だってのに――――――」

 

斎藤T「そうか。となると、今日の投票か明日の開票で何かが起きたということか?」

 

斎藤T「とりあえず、“黄金の羅針盤(クリノメーター)”は正常に作動しているな。そこを目指せばいいのか」パカッ

 

 

――――――1月21日の『生徒会総選挙』前日の投票日のトレセン学園は夕焼けに染まった。

 

 

そう確信できたのは、狂ったような空模様に轟く不快な叫び声が木霊する 人の気配がまったく感じられない 寒気がひた走る空間にひとり取り残されたからだ。

 

たしか、私は週明けの投票日の様子を見るためにトレセン学園を見て回っていたわけで、対立候補がいない信任投票なのだから、結果が最初からわかりきった行事であっても表面上は真剣な面持ちで誰もが投票所に行っていた。

 

もちろん、これは中高一貫校での社会教育の一環であり、これから社会人になった時に参加すべき選挙の投票の訓練にもなっており、実際の選挙と同じやり方で投票箱に人が集まっていた。

 

私の担当ウマ娘:アグネスタキオンも 毎度のことながら面倒だと思いながら さっさと投票を済ませて平日の基礎練習に励んでいた。

 

それから私はトレーナー室で執務をこなして、ふと気晴らしに外の空気を吸いにトレーナー室を出た瞬間だった。

 

 

――――――青空の世界は一瞬にして紅い月が妖しく輝く世界に反転した。

 

 

トレーナー室にいても聞こえるぐらいに賑やかなトレセン学園の活気がピタッと静まり返った瞬間に鳥肌が立った。

 

しかし、一通りの冠婚葬祭が執り行える私からすると、こういったこともVRシミュレーションで経験済みであり、23世紀にはこうしたオカルト現象も科学的な証明はできずとも科学的な手法で解明されていた。

 

要するに、科学的な証明というものも結局は経験的方法の1つでしかないのだから、オカルト現象に関するデータが集積されれば自然と非科学的であっても解明されていくものであり、

 

私から言わせてみれば、社会科学と銘打っている心理学や経済学も似たような非科学的なものなのに、オカルト研究を非科学的なものとしてバカにする不合理性が理解できなかった。

 

そう、言うなれば、宇宙移民はひとりひとりがオカルトの専門家であり、それでいて立派な科学者でもあった。それが来たる23世紀の宇宙時代の常識だ。

 

ただし、あくまでも現実世界の努力で得られることが主であり、非科学的なオカルトに頼るのは従であるため、結局は自分自身のベストを尽くすことが最善であることに変わりはない。

 

言うなれば、ウマ娘レースにおいて一番に頑張るのは実際にターフの上で走るウマ娘であり、トレーナーの助力はどれだけ大きくとも本人の努力には本質的に及ばないと考えればわかるだろう。

 

その上で、トレーナーの助力を抜きにして勝ち抜けるほどウマ娘レースは甘くないと誰もが認めているから、ウマ娘もトレーナーからのスカウトを心待ちにしているわけである。

 

つまり、どちらも有用で必要なものであり、どちらが本質的な主体であるかを言っているのあって、優劣や要不要で区別するものではない。

 

それと同じことをどうして21世紀の人間のほとんどが理解できないのかが、私にはまったく理解できない。

 

それは本当の意味で論理的じゃないからこそ、時代遅れの人間ばかりということなのか――――――。

 

 

 

――――――さて、ここは学校裏サイトならぬ、学校裏世界というわけか。

 

 

斎藤T「やあ、こんにちは。ここにはずっといるの?」

 

ウマ娘D「そうなのよ! 聞いてよ、あの子ったら私の担当トレーナーを寝取ったのよ! それが悔しくて悔しくて!」

 

ウマ娘D「だから、呪ってやったの! 今頃、あの2人が酷い目に遭っているはずよ!」

 

斎藤T「きみ、何期生? それって何年前の話?」

 

ウマ娘D「え?」

 

斎藤T「いや、今のトレセン学園の制服はこんなデザインになっているから、きみは何年もここに居続けているんじゃないかと思ってさ」スッ ――――――写真を見せる。

 

ウマ娘D「ええ!?」

 

斎藤T「もう許してやりなよ。きみを裏切ったひどい男のことは忘れて、きみ自身の新たな幸せを掴みに行きなさい」

 

ウマ娘D「で、でも、私、本当にトレーナーが好きだったから……」グスン・・・

 

ウマ娘D「あんなに一生懸命に私のことを追いかけてスカウトしてくれたのに……、二人三脚で何年も走ってきたのに……、それなのに新しく担当になった子に心を奪われていくだなんて……」グスン・・・

 

斎藤T「そうか。でも、見てご覧」パカッ ――――――“黄金の羅針盤”の鏡を写す。

 

斎藤T「――――――これが今のきみだよ」

 

ウマ娘D「う、嘘?! 何これ、おばさんじゃん!? でも、これ、たしかに私だ……?」

 

斎藤T「ずっと忘れられなくて引き摺ったまま大人になっていたんだね」

 

斎藤T「さあ、帰りなさい、自分自身の許に。そうすればきみの止まっていた時間が動き出すよ」

 

ウマ娘D「で、でも、どうすればいいの? 外の世界なんて知らない! 私がどこにいるかなんてわからないよ!」

 

斎藤T「いや、よく観るんだ! 心の世界は時間や空間を超越する! 鏡に写る自分自身にそう念じれば願いは叶うよ!」

 

ウマ娘D「う、う~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」

 

斎藤T「位置について!」

 

ウマ娘D「――――――!」

 

斎藤T「よーーーい!」

 

 

――――――ドン!

 

 

斎藤T「…………行ったか」フゥ

 

斎藤T「――――――これで4人か。人使いが荒いんだから」

 

斎藤T「ちくしょう! こうするために三女神は“黄金の羅針盤(クリノメーター)”を渡してきたっていうのかい!」

 

斎藤T「つまり、“黄金の羅針盤(クリノメーター)”の鏡は閻魔庁の浄玻璃鏡だったのか!」

 

斎藤T「いやはや、天界も時代に合わせて進化して こういう文明の利器になっているわけか!」

 

斎藤T「そうだよな! かつて全知全能であらせられる神は天地創造の際に万物の境界を定めた黄金の羅針盤(製図用コンパス)を用いたわけだもんな! ()()()()()()()()()使()()ってこった!」

 

斎藤T「うん、ホント便利。方位磁石の向きで行くべき場所がわかるし、その他の機能も全て意味があるものだしね」

 

斎藤T「とにかく、どうして私がトレセン学園の裏世界に溜まっている幽霊たちを救わなくちゃならないのかはわからないけど、それ相応の報酬は用意してくれよ。同意なくつきあわされている身にもなってくれ」

 

 

――――――頭の中で日めくりカレンダーがめくられる。

 

 

それがこの世界に迷い込んでしまった実刑判決であり、世にも不思議な時間を巻き戻す“目覚まし時計”を使った時に視える幻覚が私の成すべきことを知らせる。

 

この時間の牢獄から脱出するためには、三女神が用意した“黄金の羅針盤(クリノメーター)”が導く先々での問題を解決していくしかない。

 

逆に言えば、こんな異界に迷い込んでしまっても進むべき道を示してくれる頼もしさがあるわけであり、それを信じて自分が成すべきだと思ったことをやるしかなかった。

 

ただ、ここは 生者の世界とは掛け離れた いるだけで背筋が寒くなるような世界であっても、彷徨える霊たちはこうして迷い込んでしまった生者を襲おうとはしていない。

 

いや、もしかしたら三女神の加護か何かでこちらから話しかけない限りは存在が感知できていないのかもしれないし、恨んでいる相手にしか意識を向けていないから無事でいられるのかもしれない。

 

 

そうしてトレセン学園に蟠る霊魂たちをひとりひとり除霊ならぬ“助霊”していくと、やはり名門スポーツ校の裏で繰り広げられていた犬も食わない痴情の縺れがあったことを赤裸々に彷徨える霊たちが語ってくれるのだった。

 

 

よくあるのが、担当ウマ娘が担当トレーナーに恋をしていたが、他の女に盗られて失恋してしまった青春の残滓がいつまでも残り続けているというものである。

 

それもそうだろう。それはもうトウカイテイオーやメジロマックイーンの恋愛事情で私でもよく知っていることだし、

 

ナリタブライアンと三ケ木Tの関係性から言っても同性であったとしても並々ならぬ感情を抱くようになるのがここでは普通のことなのだ。

 

驚くことに、こういった学校裏サイトにはつきものの、陰湿なイジメの雰囲気はなかった。

 

それはウマ娘の闘争本能が何をするにしても『レースで決着をつける』という単純明快な解決方法を導き出すことにも関係しているようで、

 

トレセン学園では誰かをイジメている暇があったら少しでもバカ高い授業料で還元されているトレーニング設備を使い倒してG1勝利の誉れを掴み取るのが一番だと信じられているように思えた。

 

そのため、ここが地獄の最下層ではないと確信できるぐらいに 猛吹雪の中でマッチの温かさを感じられるような 生温い場所のようでもあった。

 

だからなのか、今のところは自殺した霊や他殺された霊;生者に対する死霊と遭遇することもなく、

 

自分の青春を共に駆けた相手と結ばれることがなかった青春の残り滓である生霊をなぜか私が処分する作業が続いている。

 

 

――――――いろんな人間がいて、いろんな人間模様や人間ドラマがあったことを偲ばせた。

 

 

ある時、中央で夢を掴むために上京した才能あるウマ娘がいたのだが、地元の憧れだった男の人が中央に進学することもできないような才能や能力のない幼馴染のウマ娘とつきあうようになったのを聞かされたという話もあった。

 

担当トレーナーに恋をしたウマ娘がいたが、担当トレーナーがよりにもよってライバルの子と隠れてつきあっていたという話や、

 

同じく担当トレーナーに恋をしたウマ娘がいたが、既婚者であることを隠していたことが発覚して それまでの二人三脚が破局した話もあり、

 

中にはトレーナー同士で仲良くなっていくのを指を咥えて見ていることしかできなかった無念さをここに残してひっそりと卒業していった子もいたようだ。

 

総生徒数2000名弱の現状からすると1割にもならないものの、それでも“目覚まし時計”の時間の巻き戻しが何度か発動するぐらいにはトレセン学園に心残りを置いていったウマ娘たちが多かったのも事実であり、これもまた異種族共生社会の現実なのだと思い知った。

 

実際、ウマ娘という女性しかいない種族は本能的に他種族の男性からの精子をもらって種族を存続させたい生存本能によって、長年のパートナーであるヒトの男性に媚びるようにウマ娘が進化を遂げてきたというのは否定しきれない事実である。

 

なので、客観的に見て不純異性交遊でしかない担当トレーナーと担当ウマ娘の痴情の縺れは起こるのはしかたがないこととして、そこまで厳しく取り締まることができない空気がトレセン学園には充満していた。

 

しかし、知能がヒトよりも野性寄りのウマ娘はその闘争本能の強さゆえに勝った負けたがはっきりするためか、こちらの言葉に耳を傾ければすんなり助霊されていくので、途中から失恋相談所のカウンセラーになっていた。

 

そういう意味では、『あいつのせいで負けた!』『あいつがいなければ勝っていた!』みたいな往生際の悪い言い訳を並べるような敗北者はいないため、

 

終わってみれば後腐れなく清々しい気分にさせられるので、闘争本能の強さの良い面がこういうさっぱりとしたところに繋がっているのがウマ娘というこの世界特有の異種族の魅力なのだと改めて再認識した。

 

あるいは、夢の舞台の役者に相応しい清廉なスポーツマン精神に溢れたものが集まっているからこうなっている可能性もあり、ウイニングライブの伝統と精神の実行が伴っていない地方トレセン学園ではこうはならないはずだ。

 

なので、改めて国民的スポーツ・エンターテイメントの夢の舞台である中央トレセン学園の品の良さを学校裏世界を通じて体感することになった。

 

だが、私の直感が告げるのだ。

 

 

――――――トレセン学園の闇は本校舎に蟠ってなどいないと。

 

 

そう、明るく開放的なイメージに満ちている現在のトレセン学園がそうであるように、今のところシンボリルドルフの時代である黄金期に代表される比較的新しい時代の生霊はここにはいない感じがしていた。

 

そして、私の失恋相談所の世話になるのはどうも 年季の入った 相当 昔のトレセン学園の生徒たちばかりで、それも比較的怨みが軽い 何というのか存在感の薄い ウマ娘の生霊しか相手にしていない。

 

実際、引退即退学で有名な 教育現場としては大変よろしくない トレセン学園ではあるが、引退即自殺といった風聞を聞かない以上はかなり健全な環境にも思えた。

 

もちろん、退学した後に生きる希望を完全に失って自殺している可能性はあったが、どうも夢の舞台を血で汚したくないという思いが全員にあるのか、そういった話は一切聞かなかった。

 

せいぜい、グラウンドでいつまでも膝をついて呆然と何年もそうしていた生霊がいるぐらいで、ここで見かけるのは色恋沙汰で苦しんだ末に時間が止まったウマ娘ばかりである。

 

だからこそ、『そんなことがあり得るのか?』という当然の疑問が湧き上がるわけなのだ。

 

 

――――――全ての不祥事を退学した後のことだと隠蔽している可能性。

 

 

そして、その疑惑を包み隠さない闇の聖域がトレセン学園の敷地の隣に堂々と聳え立っている。

 

それはトレセン学園学生寮;トレセン学園の影にあたる生徒たちにとってプライベートな領域であり、基本的に生徒以外は立入禁止ということで担当トレーナーにとっても未知の領域である。

 

そう、こうして真正面から眺めていたのが去年の8月末の事件だったと考えると、いつかはこうなる日が来るような気がしていた。

 

それはヒトとウマ娘が共生する新惑星という未知なる世界を隅々まで冒険したいという宇宙移民の探究心からなのか――――――。

 

 

斎藤T「うわ……、ヤバい感じがヒリヒリする……」

 

斎藤T「トレセン学園学生寮;総生徒数2000名弱が寝泊まりしている巨大な住宅団地――――――」

 

斎藤T「もちろん、校舎と同じく老朽化の度に建て直しているにしても、歴史的には自治会の縄張りで生徒会とは対立関係にあった場所でもある」

 

斎藤T「基本的には生徒以外立入禁止で、決まった時間に業者が入ってきて業務を行うだけで、あの住宅団地の隅々まで知悉している人間は自治会の人間以外ではほとんどいないはずだ」

 

斎藤T「自治会の長である寮長や警備担当のERT(緊急時対応部隊)もどこまで実態を把握しているのやら――――――」

 

斎藤T「ただ、以前に偽物のトウカイテイオー’を監視するためにERTの監視カメラシステムを使って学生寮を見ていたから、内部構造についてはある程度は知っていることになるか?」

 

斎藤T「うわ~、入りたくねぇ……」

 

斎藤T「でも、“黄金の羅針盤(クリノメーター)”が学生寮の住宅団地を指しているし……」

 

斎藤T「バケモノなら人間の知恵でどうとでも殺せるが、オバケは理屈じゃないからな……」

 

斎藤T「一応、“目覚まし時計”が作動しているということは死んでもやり直すことになるけど、対策とかどうすりゃあいいんだよ?」

 

斎藤T「おい! 聞こえているか! 今からお望み通りに禁断の花園に飛び込んでやるから、何とかしろ!」

 

斎藤T「じゃあ、逝くか!」

 

 

――――――意を決して 表世界では入ることが許されない トレセン学園学生寮の住宅団地に飛び込んでいった。

 

 

 

――――――トレセン学園学生寮?

 

 

斎藤T「ただの住宅団地にしか見えないけど、ここはマイナス想念の渦の中だな……!」

 

斎藤T「表世界は冬の真っ只中で、ここでは白い息が出ないのに、一歩踏み込む度に息が詰まって背筋が凍るような感覚に襲われる……!」ゾゾゾ・・・!

 

斎藤T「で、どこへ向かえばいいんだ?」パカッ ――――――“黄金の羅針盤(クリノメーター)”の方位磁針を確認する。

 

斎藤T「えっと、そうだ」

 

斎藤T「たしか、広大な住宅団地ではあるけれど、栗東寮と美浦寮で区分されているんだったな、そうだな?」

 

斎藤T「西側がフジキセキの栗東寮で、東側がヒシアマゾンの美浦寮だったな。自治会企画の学生寮対抗戦ってのもあったことだし」

 

斎藤T「お、案内板があるじゃないか。これで構造がわかるな」

 

 

現在、トレセン学園の学校裏世界という現実世界の裏側に存在する異界にいるため、電波が届かない状況にあった。

 

そのため、PDA(携帯情報端末)から以前に利用したERTの監視カメラシステムにアクセスすることができず、土地勘がない状態で目的地もわからないまま巨大な住宅団地を彷徨うことになった。

 

学園を出て道路を挟んで真向かいにあるが、安全面を配慮して地下通路で学園校舎と直通となっており、トレセン学園には巨大な地下道が張り巡らされていた。

 

これ自体は東京都心でよく見られる地下構造であり、2つに分かれている学生寮もこの地下通路で1つに繋がっていた。

 

そして、学生寮に進入するためには地下通路にあるセキュリティゲートを通らなくてはならず、または業者用の搬入路を利用する他ない。

 

あるいは、巨大な住宅団地である学生寮を囲っている塀を飛び越えることも不可能ではないが、当然ながら監視カメラやセンサーがそれを見逃さない。

 

しかし、紅い月が妖しく輝くこの裏世界では電子セキュリティの類は一切働いていない。

 

電源が消えているわけじゃない。電子ロックが遮断されてセキュリティゲートを素通りできるようになっていたのだ。

 

同じように、閂で物理的に扉が封鎖されているようなことがなければ電子ロックが全て無力化された物理鍵の全盛期に時代逆行していたのだ。

 

このように、清潔感と未来感のある最新設備に人がどこにもいないという非日常の光景はホラーというには雰囲気が明るすぎるというギャップがあり、サバイバルホラーやホラーアドベンチャーとはちがった趣があった。

 

そうなると、ヒトとウマ娘が共生する異世界での出来事なので、その裏に潜む邪悪な存在の影に怯えるコズミックホラーの世界に私はいるのかもしれない。

 

悪霊が相手というよりは根源的に対話が成立しない相手がいるかもしれない恐怖が私にはあったのだ。

 

そう、去年の盆休みにWUMAと初遭遇した時の怖さは意思疎通ができない理不尽な暴力に裏付けされていたわけであり、

 

それがシンボリルドルフに擬態したエルダークラス:ヒッポリュテーと遭遇したことで、そこからはあまり怖くなくなってしまっていた。

 

自分たちの狙いを 訊いてもいないし 訊き出す余裕もないのに 向こうからペラペラと喋ってくれたおかげで、“皇帝”の情事について悪し様に罵ったヒッポリュテーに対して激昂するぐらいには私は正気を保つことができたからだ。

 

そう、対話が成立することが本質的に快いものがあり、対話が成立しないことは本質的に不快に感じるのが人間というものだ。

 

そのことを意識すれば、まだ言語が明確な悪霊は悪霊祓いの私からすれば御しやすい相手であり、野生の猛獣の方が話が通じないので苦手だ――――――。

 

 

ヒヒーーーーーーーーーーーーーーーーン!

 

 

斎藤T「――――――馬の嘶き?」ゾクッ

 

斎藤T「え? なんで 馬の代わりにウマ娘が存在する この世界の学園裏世界で 馬の嘶きが聞こえてくるんだ?!」

 

斎藤T「まさか、これはWUMA――――――」

 

 

パカラパカラ!

 

 

斎藤T「!?」

 

暴れ馬「ヒヒヒィイイイイイイイイイイイン!」 ――――――黒鹿毛の馬が尋常ならざる気を纏って突進してくる!

 

斎藤T「なんだと!? 本当に馬ぁあああああ!?」

 

斎藤T「くっ」バッ ――――――間一髪で緊急回避!

 

斎藤T「くそっ!? なんで暴れ馬なんかがいるんだよ!? あれもWUMAの擬態か!?」ヨロヨロ・・・

 

斎藤T「ハッ」

 

 

ライスシャワー?「ニクイニクイニクイニクイ」ボソボソ ――――――振り返ると紅い月を背にした漆黒の勝負服のプレッシャーの塊がいた!

 

 

斎藤T「え?」

 

斎藤T「え!?」

 

斎藤T「ライスシャワー!?」

 

斎藤T「え!? さっきの馬は――――――!?」

 

ライスシャワー?「――――――!」シュッ! ――――――腰に佩いた短剣を手を掛ける!

 

斎藤T「――――――させるか!」バッ ――――――偽装した誘導棒を振り抜く!

 

 

バキィイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!

 

 

斎藤T「うわあああああああああああああああ!」ドサッ ――――――衝突の勢いで吹っ飛ばされた!

 

ライスシャワー?「ニクイニクイニクイニクイ」スタスタ・・・ ――――――よろめいたものの、歩調を調えて短剣を握り直して一歩一歩迫る!

 

斎藤T「くぅうう! WUMAと比べたら大したことはないけど、それでもヒトなんかよりもよっぽど強いな!」

 

斎藤T「お前、何だ? ライスシャワーの生霊か? そんなに殺したい相手でもいたのか!?」ヨロヨロ・・・

 

ライスシャワー?「ニクイニクイニクイニクイ」ボソボソ

 

斎藤T「――――――?」

 

斎藤T「……何だ、この違和感は? さっきまでの生霊とはたしかにちがうが、決定的な何かがちがう?」

 

斎藤T「そうか! こいつ、知性が無いな! 何か、こう動物的な感情の向け方を――――――」

 

ライスシャワー?「――――――!」シュッ!

 

斎藤T「悪いな! 相手をしている暇はないんだ!」

 

斎藤T「こいつはこういう使い方もできるんだ!」カチッ ――――――プラズマジェットブレードの出力を誘導棒に回した!

 

ライスシャワー?「!!!!」

 

 

ピカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

 

 

馬の嘶きを聞くと、それが怪人:ウマ女の狂気の叫び声に変換されてしまうのだが、なんと私はこの世界で初めてまともな馬の存在を目撃にすることになった。

 

しかも、こちら目掛けて狂った瞳に憎悪の炎を宿して突っ込んでくるのだから、一瞬 蛇睨みされたかのように身体が固まって、次の瞬間には“斎藤 展望”がそうだったように暴れ馬に撥ねられそうになっていた。

 

しかし、間一髪で我に返って緊急回避すると、振り返った瞬間には気が狂った黒い馬の姿はなくなり、代わりに飯守Tの担当ウマ娘:ライスシャワー?がそこにいたのだ。

 

だが、その目は虚ろにして狂気を孕んでおり、黒の勝負服も相まって先程の黒い馬との繋がりを意識せざるを得なかった。

 

これまでVRシミュレーションでも馬を飼育したことがないので馬について詳しいことはわからないのだが、たしかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような気がしていた。

 

それはウマ娘の特徴であったウマ耳やしっぽではなく、()()()()()()()()()()()()()がライスシャワーというイメージを押し付けて、無意識にライスシャワーというウマ娘に結びつけるのだ。

 

この学校裏世界が全体としてスピリチュアルな世界だとするなら、あの黒い馬がウマ娘の姿に化けた姿がライスシャワー?という推測も成り立つ。

 

 

――――――だが、ウマ娘:ライスシャワーとあの黒い暴れ馬:ライスシャワー?の関係がわからない!

 

 

そして、腰に佩いた短剣に手を掛けたのを見て、こちらも護身用の誘導棒に偽装したプラズマジェットブレードを振り抜いた。

 

基本的に私はウマ娘よりも圧倒的な脅威であるWUMAを次々とあの手この手で抹殺してきたが、実際のところは強大であるが故に生まれる慢心の隙を突いて正攻法で勝った試しはないため、

 

肉体改造強壮剤によって常人を遥かに超える身体能力は得ていても、それは精々ウマ娘の動きに合わせることができる程度で、ウマ娘と互角に戦えるほどの戦闘力は保証されていなかった。

 

結果、小柄な体格のライスシャワー?が抜いた短剣をタイミングよく誘導棒で払うことができても、かまわず突進してきたライスシャワー?の体当たりによって、思いっきり吹き飛ばされてしまった。

 

いや、至近距離では回避できないことを踏んで自分から吹き飛んだおかげで 衝撃をうまいこと逃がすことができたので すぐに立ち上がることができたが、想像したよりも衝撃は軽かった。

 

――――――そう、それで正解だったのだ。

 

接触された時に()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような怖気が走ったので、おそらくは肉体を持っていないマイナス想念の塊:悪霊だと推測できた。

 

10秒も触れていたら たちまち死んでいたんじゃないかと思わせる恐怖が冷や汗と共に頬を伝い落ちる――――――。

 

つまり、あれはウマ娘に擬態することが可能なガス状の霊体であり、ライスシャワーの生霊ではない完全に別の何かであった。触れられたら完全にアウトの毒ガスの塊と考えていい。

 

もちろん、ライスシャワーがミホノブルボンやハッピーミーク、サクラバクシンオーらと一緒に投票していたのを見ていたのでライスシャワーの死霊であるはずがない。

 

そして、あれは生霊のような肉体の次元に近い生々しさや肉肉しい感触がまったくなく、純粋に憎いという感情を動物的な本能でぶつけてきている感じがしていた。

 

要するに、人間的な知性の醜悪さを感じなかったのだ。憎悪という醜悪な感情を向けながらも人間らしい賢しらなものを感じさせない純粋なものに思えたのだ。

 

それでありながら、同時に作為的なものも感じた。

 

というのも、どんな悪霊にもそこにいることになった理由があるからそこにいるのだし、ヒトとウマ娘が共生するこの世界では認知されていない未確認生物の悪霊が自力で学生寮に流れ着いたとは考えられない。

 

しかし、それならば、人間的な知性がないなら やり過ごすのは簡単なはずで、私はプラズマジェットブレードに使う出力を最大限に誘導棒に回すことで眩い光(フラッシュライト)を放った。

 

 

――――――そこから私は一目散に近くにあった施設に逃げ込んだ。

 

 

これでも悪霊祓いの奥伝を授かった身だ。正体がわからない悪霊が有利な状況で戦ってはたちまちのうちに取り込まれてしまうため、こういう時は『一目散に逃げる』のが正解なのだ。

 

悪霊祓いの基本から言っても、()()()()()()()()()()()()()()()()()から悪霊祓いというのであって、あの悪霊が確固たる存在として独立している状況では悪霊祓いは何の効果も発揮しない。

 

なので、悪霊そのものを無害化して消滅させるためのやり方として除霊から“助霊”に切り替えないといけないのだ。

 

というより、元から死んで肉体を失った存在を殺すことはできないのが摂理である。肉体は生命体であるが、霊体は生命体ではないから死なないという理屈である。

 

肉体を離れた霊体はすでに死んでいるから不死身であるなら、死を体験させるためには肉体という器が必要とも言える。

 

では、不死身の存在からの悪影響をなくすためにはどうすればいいのかと言えば、現実社会と同じように隔離するしかない。

 

否、本来の肉体から離れた霊体は不自然な存在であるのだから、自然な状態になるように導くしかないのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()というのが真理だ。生きている時は霊魂は生まれ持った肉体にあり、死後は冥界へと旅立つのが本当であるという考え方だ。

 

なので、生霊・死霊・悪霊が相手だろうと助霊の基本はまったく同じであり、本来あるべき場所;還るべき霊界に還すことが霊たちへの絶対の救いなのだ。

 

そのため、それがどこなのかがわからないと除霊をしたところで取り憑かれた相手は救われても、除霊で追い払われた彷徨える霊魂はあるべき場所に収まらないので再び誤った依り代に取り憑くのが繰り返されてしまう。

 

でなければ、古今東西の神話で語られるように不死身の怪物を無力化する方法として生き埋めにして無力化するなどの封印を施すしかない。

 

しかし、それもまた準備が大変で、封印を実行に移すのも命懸けで、何より根本的な解決に繋がらない不自然な状態が続くだけなので、悪霊祓いの奥伝である助霊を最終的には行うべきなのだ。

 

でなければ、死ぬことのない霊魂はどんどんどんどん現実世界の裏側に溜まっていく一方で、生者の世界への悪影響も凄まじいことになってしまうのだから。

 

死霊たちはあるべき場所にいない不自然な存在であることから、不自然な存在は自然淘汰される摂理に抗うために、自然な状態であった肉体の感覚を維持するために表世界の生者から生気を盗み取っている盗人に成り下がる。

 

要は、不法滞在者として あるべき霊界に還らずに地上に居座るために 日銭として生者から生気を盗み取って不運や死に至らせる犯罪者になってしまっているわけであり、

 

そんな連中が本質的な善であるはずがないため、治安維持のために取り締まるのは当たり前のことである。

 

そう、悪霊とは地上に蟠る存在だが、逆に善良なる善霊は肉体を失ったら四十九日でやってくる迎えに素直に導かれてあの世に旅立っているため、地上に蟠る善霊なんてものは存在するわけがない。

 

地上で幽霊を見かけたら 十中八九 悪霊であるので、どれだけ善良そうに見えようが不法滞在者として厳しい態度で臨むか無関係を貫き通すのが善良な人間の生き方である。

 

おそらく、23世紀でこうした悪霊祓いのノウハウが宇宙移民のひとりひとりに伝授されるということは、21世紀でも国家の暗部でこうしたオカルトを駆使する霊能力者や魔術師が鎮護国家のために暗躍しているはずであり、

 

この中央トレセン学園も数々の名勝負やドラマが生まれた裏側には夢破れた敗者たちの残留思念が毎年のようにたくさんこびりついているはずなので、特に力を入れて定期的に除霊をしてくれているはずなのだ。

 

だから、学園校舎には年季の入った完全に世界から忘れ去られた生霊しかいなかったのかもしれない。

 

 

斎藤T「しかし、こうも広大な住宅団地を建てるくらいなら、タワーマンションを建てた方がいいような気もするけどな……」

 

斎藤T「高層ビルじゃなくても5階建てアパートぐらいにしておけば収容人数の整理もしやすいだろうに、3階建てのおしゃれなコーポで統一する必要はあったのかねぇ?」

 

斎藤T「そして、それぞれの学生寮の中心になる食堂、多目的ホール、学習室、調理室、会議室などを揃えた立派な公会堂まで建っているんだな」

 

斎藤T「へえ、みんな ここで朝は食べて学園に来ているわけなんだな」

 

ライスシャワー?「ニクイニクイニクイニクイ」ボソボソ

 

ライスシャワー?「ニクイニクイニクイニクイ」バッ!

 

斎藤T「うわっ! あのライスシャワー?の悪霊、よほど私のことを追いかけ回したいようだな!」

 

斎藤T「退散 退散!」

 

 

逆に言えば、生徒以外立入禁止であり 業者も限定的にしか入れない 学生寮の闇はその大部分が光に照らされることのないまま放置されているはずだ。

 

だいたいにして、綱紀粛正というものはパブリックな場所でこそその必要性や重要性を声高に叫ばれるが、

 

プライベートな場所にはプライバシー保護を盾にして実行された試しがなく、まず腐敗の温床になるのがそういった日の光が差さないジメジメした陰の部分だ。

 

ということは、そういった場所にこそ霊能力者や魔術師が密かに学園の除霊のために送り込まれている可能性が十分に考えられた。

 

もちろん、こうした悪霊祓いの奥伝になるものは他人に漏らした瞬間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()ため、秘密の力というのは秘密であるからこそ力を発揮するのだ。

 

なので、絶対に口外してはならない決まりがあるので、霊能力者も魔術師たちも同じように決して自分たちの能力や正体を明かそうとはしない。自慢気に話しだしたら そいつがペテン師であることは確定である。

 

これもまた経済で理解できる話であり、企業のコア・コンピタンスが知れ渡ってしまったら たちまちのうちに類似品が出回って 儲けがなくなっていくのと同じである。企業秘密というやつである。

 

そのため、理事会もその存在を把握しているとは思えないが、過去のトレセン学園では明らかに悪霊たちの溜まり場になって放置されて好き放題されていたと思われる時期があり、それを霊能力者や魔術師が陰ながら解決したものだと私は見ていた。

 

 

そう、シンボリルドルフが登場する以前の暗黒期と呼ばれていた頃のトレセン学園である。

 

 

具体的にどういった悪行三昧が行われていたのかはまだ自分で調べてはいないが、“皇帝”シンボリルドルフが反面教師として自由で開放的な校風を目指すきっかけになったぐらい、生徒会とトレーナー組合の対立が激化していた時期であった。

 

そういう場所ほど恨み辛みの生霊を飛ばしあって互いにデバフを掛け合っている地獄絵図に染まっているため、絶対にいい雰囲気であるはずがないのだ。

 

それが一転して総生徒数2000名弱のマンモス校として黄金期を迎えることになったのだから、おそらくは暗黒期から黄金期に移り変わる前にこれまでトレセン学園に蟠っていたものを綺麗に掃除することができたのだと推測される。

 

それだけの能力と実行力を持った霊能力者か魔術師がトレセン学園に来ていたはずなのだから、何かしら再発防止策になるものを用意して、シンボリルドルフによる黄金期を密かに支えていたはずだ。

 

そういう裏世界の実情を踏まえて、ウマ娘のトレーナーにとっては秘密の楽園である学生寮の探索を始めると、面白いように不法侵入者である私に冷たい視線が四方八方から突き刺さった。

 

でも、私はまったく気にしない。波長を合わせた瞬間に生気を吸い取られて亡き者にされるので、意識を向けないようにしていた。

 

これも悪霊祓いの基礎であり、日常生活で現実世界と紙一重の裏世界の住人である()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを踏まえるだけで不自然な存在を遠ざけることができる非常にシンプルかつ堅実なやり方であった。

 

ただ、先程の物理的干渉能力を持った悪霊に対しては無視を決め込んでいたら確実に成すがままにされるので、あの場合は物理的干渉能力を具現化させるほどの想念の強さを逆利用して変質者の撃退方法がそのまま使える。

 

要は、肉体を失っているからこそ生者とは互いに物理的干渉ができない幽霊だが、肉体的要素を具現化させた瞬間に肉体的要素による特性や弱点も同時に得るわけなのだ。

 

WUMAのジュニアクラスが完全な擬態能力を有する代わりに指揮能力がなく、エルダークラスは指揮能力がある代わりに擬態能力が完璧ではなくなるのと同じことが起きている。

 

だからと言って、思い込みで肉体があるのと同じ状態を再現していることから二度目の死を与えることはできないし、触ったらマイナス想念の毒ガスを食らわされる悪霊の基本性質はそのままなので、やっぱり今は逃げるしかない。

 

 

斎藤T「――――――このコーポでいいんだよな?」パカッ ――――――“黄金の羅針盤(クリノメーター)”が進むべき先を示す。

 

斎藤T「うん。間違いない。ここで合っているな」

 

斎藤T「しかし、やはり『死せる孔明、生ける仲達を走らす』だな」

 

斎藤T「並行宇宙からの侵略者であるWUMA相手に真正面から太刀打ちできないってのに、それと同じぐらいに悪霊の相手にも手を焼かされる……」

 

斎藤T「――――――()()()()()W()U()M()A()()()()()()()()()というのもなぁ」

 

斎藤T「けど、ウマ娘は基本的には実力主義が徹底していることもあってか、過酷なレースの世界で他人を恨むことがほとんどないのが凄いな」

 

斎藤T「そして、その残留思念もお行儀よくコーポに閉じ籠もっている窓の外を見ているだけだから、ここまで怨霊の類には一切襲われなかったな。本当に自分の非力を死ぬほど呪っている内向的な性格の子が大半なんだろうな、ウマ娘ってのは」

 

斎藤T「じゃあ、ライスシャワー?に化けてくる あの馬の悪霊はいったい何なんだ?」

 

斎藤T「何度もフラッシュライトで撃退されていることをいいかげん学べばいいのに、バカみたいに一直線に突っ込んできてさぁ?」

 

斎藤T「こっちはエルダークラスと渡り合うために動体視力を鍛えてきているんだから、ウマ娘の攻撃をいなすぐらいは余裕だってのに、相手の力量や自身の失敗を省みることすらできなくなっているわけだが……」

 

 

コツコツコツ・・・

 

 

斎藤T「へえ、実際に生徒たちが寝泊まりしている集合住宅のコーポはカードリーダー式の電子ロックの自動ドアを抜けたら真っ先に談話スペースになっているんだな」

 

斎藤T「パソコンブースに、湯沸室、内線電話、テレビ、エアコン、共用棚、浴場、ランドリー、トイレ、楽屋――――――、1個のコーポにこれだけの設備のエントランスホールを用意しているわけか」

 

斎藤T「維持費が高くなるわけだ。学生寮の住居費が膨れ上がって当然だな」

 

斎藤T「それで? このフロアマップのどこへ行けばいいか、教えてちょうだい」パカッ ――――――“黄金の羅針盤(クリノメーター)”の方位磁針に注目する。

 

斎藤T「……ああ、この寮室に向かえと。なるほど、なるほど」ブンブン! ――――――右に左に振ってみて方位磁針が同じ部屋を指しているかを確認。

 

斎藤T「誰の部屋かな――――――、まあ、知ったこっちゃないな」

 

斎藤T「ここが終着点だというのなら、とっとと用事を済ませて表世界に帰って、アグネスタキオンとナリタブライアンの今晩のおかずでも考えるさ」

 

斎藤T「たぶん、二度は時間が巻き戻ったから、ここにいる時間は相当なはずなんだけど、きちんとトレーナー室から出た時間に巻き戻って何事もなかったようになるはずさ」

 

 

コンコンコン・・・、ガチャリ!

 

 

斎藤T「さて、お邪魔するよ」

 

ウマ娘S「だ、誰ですか、あなたは……?」シクシク・・・

 

斎藤T「きみがずっとそこで塞ぎ込んでいるのはなぜなんだい?」

 

斎藤T「――――――今の自分の顔を見たことがあるかい?」パカッ  ――――――“黄金の羅針盤(クリノメーター)”の鏡を見せる。

 

ウマ娘S「え!?」

 

ウマ娘S「……これが私? え? これ、何? どれくらい時間が経っているの!?」

 

斎藤T「外見から察するに二十代半ばぐらいだから、だいたい10年ぐらい経っているんじゃないのかな? 私は20XY年の世界の住人だけど、きみにとっての青春はいつのことなんだい?」

 

ウマ娘S「………………」

 

斎藤T「きみのことを教えてくれ」

 

ウマ娘S「あ……」

 

 

ヒヒヒィイイイイイイイイイイイン!

 

 

ウマ娘S「ヒッ」

 

斎藤T「あのライスシャワー?のオバケもしつこいもんだな」チラッ ――――――窓の外を見る。

 

斎藤T「――――――うん?」

 

――――――

 

ライスシャワー?「ヒヒヒィイイイイイイイイイイイン!」

 

別の黒い馬?「ヒヒヒィイイイイイイイイイイイン!」 ――――――額に白い線が入っている。

 

――――――

 

斎藤T「何だ? あのオバケに仲間がいた――――――というわけでもないな?」

 

斎藤T「どういうことだ? 馬同士で争っているぞ? 縄張り争いでもしているのか?」

 

ウマ娘S「な、何なんですか、あの()()()()()()()()()()()()()()は!?」

 

斎藤T「……さあ、何だろうな? 『触らぬ神に祟りなし』だから、無視しよう」

 

ウマ娘S「は、はい……」

 

斎藤T「それで、きみは? 私は20XX年にトレセン学園のトレーナーになった者だけど」

 

 

ウマ娘S「私は、その、カミングダウン(Coming Down)です」

 

 

斎藤T「……凄い名前だな」 ※Comedown:零落、失墜、落下、墜落、期待はずれ

 

ウマ娘S「よく言われます」

 

斎藤T「でも、きっと素晴らしいものが降りてくる(Coming Down)中で生まれた異世界の英雄の名前なんだろうな」

 

ウマ娘S「あ、ありがとうございます!」ジーン!

 

斎藤T「そっか、名前に強烈な劣等感を覚えていたようだな。これで少し気が晴れたみたいだな」

 

ウマ娘S「はい、私、トレーナーの指示に従ってさえいれば、トレーナーに迷惑を掛けることはなかったのに…………」グスン・・・

 

斎藤T「名前は聞いた。この寮室で学園時代を過ごしていたこともわかった。それできみがいつの頃の競走バだったかは調べることができる。きみの身に起きた事件を知ることができる」

 

斎藤T「でも、きみ自身が何を願ってどうあって欲しいと思うから、ずっとここにいたのかを訊かせてくれないか?」

 

斎藤T「死んでも悔やみきれないような想いだったから、こんなところに残り続けているのなら、もう楽になりなよ」

 

ウマ娘S「大好きだったんです……、尊敬していたんです……、感謝していたんです……」ポタポタ・・・

 

ウマ娘S「私のトレーナーは物凄く運動音痴、ウマ娘のトレーニングについていけないから、人一倍頭を使って いつも的確な指導をしてくれたんです……」ポタポタ・・・

 

ウマ娘S「それでいて担当ウマ娘のことを何よりも気にかけて 何かあったら100mにもならない距離で息を切らしながらもすぐに駆けつけてくれるような 優しい人だったから、どこまでも私たちの意志を尊重して厳しくとも確実に上達していける指導を考えてくれていたんです……」ポタポタ・・・

 

 

ウマ娘S「だから、ごめん! ごめんね! ごめんなさい、リコちゃん! リコちゃん……!」グスン!

 

 

ウマ娘S「リコちゃんの心配に耳を貸さずに意地を張ってチーム対抗戦で負けたくない一心で無理を押し通そうとしたら、私とリコちゃんの二人三脚の大事なクラシックの一戦で、あんな、あんな――――――」

 

斎藤T「言うな!」ギュッ ――――――口を塞ぐかのように思いっきり少女を抱きしめた!

 

ウマ娘S「あ」

 

斎藤T「――――――ううっ」ゾゾッ ――――――身体から生気が吸われていく感覚が虚脱感を伴って這いずり回る! 

 

斎藤T「もういいんだ……! トレーナーってのはどこまでも薄情な人種で、今の担当ウマ娘がダメになったら次の担当ウマ娘に切り替えることができるんだ!」ゼエゼエ ――――――体感温度が5℃は下がった気分だ!

 

ウマ娘S「うぅ……」

 

斎藤T「トレーナーってのは社会人だからな。食っていくためにも、嫌でも次の担当ウマ娘を見つけて勝たせることに集中しなくちゃならない」ゼエゼエ

 

斎藤T「塞ぎ込んでいる暇なんて与えられなくなるんだよな、責任を取らなくちゃだから」ゼエゼエ

 

斎藤T「でも、そうして身体を動かしているうちに、これまでの反省を踏まえての新たな目標に生きることができるように人間ってのはできているんだ」ゼエゼエ

 

斎藤T「だから、きみがいつまでもこんなところで塞ぎ込んでいることの方が恩人を苦しめることになるんだぞ」ゼエゼエ

 

斎藤T「立て! いつまでもこんなところでああでもないこうでもないと悩んでいる暇があったら、実際に恩人のところに行って元気な姿を見せてやれ!」ゼエゼエ

 

斎藤T「――――――『恨んでなんかいない』って言ってやれ!」ゼエゼエ

 

斎藤T「――――――『ありがとう』って言ってやるんだよ!」ゼエゼエ

 

斎藤T「本当のことを言えれば、少しでも恩人の心を軽くしてやれるんじゃないのか!?」ゼエゼエ

 

斎藤T「それが罪と向き合うということだぞ……!」ゼエゼエ

 

ウマ娘S「あ……」

 

斎藤T「さあ、行くんだ! 現実世界の自分自身と向き合って! 逃げずに大切な人の許へ!」ゼエゼエ

 

斎藤T「位置について!」

 

ウマ娘S「――――――!」

 

斎藤T「よーーーい!」

 

 

――――――ドン!

 

 

斎藤T「あぁ……」ドサッ ――――――それまで抱き締めていたはずのウマ娘の身体は何もなかったかのように消え去り、支えを失って倒れ込む。

 

斎藤T「い、行ったかぁ……」ガクガク・・・

 

斎藤T「現実世界に還る元気を出させるために私の生気を渡す荒療治はもう二度としたくない……」ガクガク・・・

 

斎藤T「寒い……」ガクガク・・・

 

斎藤T「これでいいんだろう……? こうすることで未来が何か良くなるんだよな……?」ガクガク・・・

 

斎藤T「ヤバいな……。こっからどうやって帰ればいいんだ……」ガクガク・・・

 

斎藤T「WUMAが相手なら四次元能力を逆利用して時間跳躍できるけど、相手は馬のオバケだぞ?」ガクガク・・・

 

斎藤T「今の状態じゃ、あっさりオバケに捕まっちまうなぁ……」ガクガク・・・

 

斎藤T「とりあえず、気力が回復するまで真言(マントラ)を唱えまくるしかないな……」ガクガク・・・

 

斎藤T「これだから悪霊祓いはやりたくないんだよな……」ガクガク・・・

 

斎藤T「しかも、人間形成の背後にいる悪霊だの何だのを祓ったら、露骨にその人の人生を変えることになるから、宇宙移民として未開惑星への過度な干渉に相当する行為だしさ……」ガクガク・・・

 

斎藤T「だから、救いすぎてもいけないわけで、試練や天罰を通じて その人が進歩発展向上する機会を奪うのは教育の義務と権利の侵害になるのだから……」ガクガク・・・

 

斎藤T「でも、それ以上に自己防衛は宇宙移民の義務と権利だし、この地の皇祖皇霊である三女神がやらせるんだから、『許可は得ている』ってことでいいんだよな!?」ガクガク・・・

 

斎藤T「ああ 寒っ……」ガクガク・・・

 

斎藤T「あれ、何か静かだな……」ガクガク・・・

 

斎藤T「馬同士の縄張り争いが終わったのかな?」ガクガク・・・

 

 

 

 

 

マンハッタンカフェ?「――――――」ジー・・・

 

 

 

 

 

――――――それから夢を見ていた。

 

どうやって学校裏世界から帰ってこれたのかははっきりとせず、気晴らしにトレーナー室を出た瞬間に我に返っていた。

 

ただ、悪い夢だと思った後には誰かに抱き締められたかのような安心感と温かさが充足することになり、何となく良い夢で終わったんだと感じていた。

 

後になって、世にも不思議な時間が巻き戻る“目覚まし時計”の効果で現実世界の許の時間帯に帰り、成すべきことを果たしたので時の牢獄から解放されたのだと理解した。

 

しかし、悪霊祓いは宇宙移民の心得として未開惑星への過度な干渉になるとして絶対に使わないようにしてきていたが、また使わざるを得ない状況が来るのだろうと予感させられた。

 

そう、トレセン学園の学校裏サイトならぬ学校裏世界にはライスシャワーに擬態する馬のオバケという魔物が潜んでいたように、絶対に見てはならないような恐るべき秘密が隠されているような気がしてならなかった。

 

もちろん、私は出来る限りは関わりたくない。

 

お抱えの霊能力者や魔術師が定期的に魔を祓っているはずだから、そいつらの領分に土足で踏み込んだ時の泥沼の争いは絶対に避けたい。

 

そして、悪霊祓いの能力は冠婚葬祭を執り行うための常識的なものであって 特段 誇るようなものでもなく、

 

むしろ、そんな力にばかり頼っていると、普通の人間としての暮らしや価値観を忘れたオバケに自分自身がなってしまうので、忌むべきものでもあった。

 

そう、あくまでも現実世界を生きる人間としての最大限の努力が主であり、ああいったスピリチュアルなものは従だからこそ、そこを主客転倒してはいけない。

 

勝利の女神が微笑むのに値するのがどういった人間なのかを考えれば、まったく難しい話じゃない。

 

何より、あんな感じの暖房や厚着でどれだけ暖を取ろうとしても寒気が止まらないような世界には1秒たりともいたくないので、私も普段はスピリチュアルなことは完全に忘れるようにしていた。

 

 

――――――トレセン学園/レース場観客席

 

 

斎藤T「えっと、カミングダウン、カミングダウン――――――」

 

斎藤T「あ、あった。担当トレーナーの名前は樫本 理子――――――」

 

斎藤T「――――――たしかに“リコちゃん”だな」

 

斎藤T「へえ、カミングダウンの担当をしていた時点で、二十代でG1勝利バが何人もいる優秀なトレーナーだったみたいだな」

 

斎藤T「そうか。暗黒期だもんな。この頃はまだトレーナーが今よりたくさんいた頃だから、複数のトレーナーが複数の担当ウマ娘を指導するチーム制が普通だったか」

 

斎藤T「そう言えば、重賞レースとは別のチーム対抗戦での過労が原因で、選手生命が絶たれたって話だったか――――――」

 

斎藤T「その反動と反省でマンツーマン指導が多くなったのが黄金期の特徴でもあるわけか」

 

斎藤T「今、この樫本Tは今どうしているのかな? 今のトレセン学園にはいないわけだから、その足取りを追うのは骨が折れそうだな……」

 

 

ワイワイ、ガヤガヤ、ワーワー!

 

 

斎藤T「授業が終わって練習しに来た子たちが集まってきたか……」

 

斎藤T「さて、今日もナリタブライアンが押しかけてくることだし、夕飯の準備しておかないとな」

 

斎藤T「うん――――――」チラッ

 

――――――

 

 

ライスシャワー「――――――」

 

ミホノブルボン「――――――」

 

ハッピーミーク「――――――」

 

サクラバクシンオー「――――――」

 

 

――――――

 

斎藤T「仲がいいのはよろしいことで」

 

斎藤T「……あのライスシャワー?のオバケはいったい何だったんだろうな?」

 

斎藤T「まあいい。念には念を入れて、次からはしっかりと準備をしておくだけさ」

 

斎藤T「ああ、やりたくねぇ。独鈷と使い捨てカメラぐらいは持ち歩いておかないとか」

 

斎藤T「――――――!」クルッ

 

――――――

 

 

マンハッタンカフェ?「――――――」

 

 

――――――

 

斎藤T「……あれはマンハッタンカフェ?」

 

斎藤T「――――――?」

 

斎藤T「何だったんだ、今の感じ――――――」

 

 

アグネスタキオン「おお! カフェに注目するとはきみも隅に置けないねぇ、トレーナーくん!」

 

 

斎藤T「お、おお!?」ビクッ

 

アグネスタキオン「やはりというか、私の目には狂いはなかったよ、彼女は」

 

斎藤T「は?」

 

アグネスタキオン「なに、私もカフェもテイオーくんとマックイーンくんの同期だから、順当に行けば“正真正銘の天才”と“最強の長距離ウマ娘(ステイヤー)”と同世代になるだろう?」

 

アグネスタキオン「その結果、私が見込んだカフェは2人の影に隠れることになったが、ところがどうしたことか、その2人が“悲劇の主役”として華々しく競走ウマ娘としての選手人生に幕を下ろすことになったからね」

 

アグネスタキオン「これからカフェの時代が始まるんじゃないかと期待しているのだよ」

 

斎藤T「あそこの『URAファイナルズ』の優勝候補が揃っている黄金期最高の世代は興味の対象じゃないのか?」

 

アグネスタキオン「ああ。私が求める理想の実験体ではないからね」

 

 

斎藤T「それはお前の理想である“ウマ娘の可能性”が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からか?」

 

 

アグネスタキオン「さすがだよ! さすが、私のトレーナーくんだよ!」

 

アグネスタキオン「そう、あそこにいるのはみんなダメさ」

 

アグネスタキオン「自分の目標として“ウマ娘の可能性”を追究していない時点で“果て”を目指そうという根源的なスタートラインに立っていない」

 

斎藤T「――――――それがアグネスタキオンとマンハッタンカフェにはあると?」

 

アグネスタキオン「そういうことだよ、トレーナーくん」

 

斎藤T「そうか。同期でありながら、ここまで世代が開いた例はないだろうが、そこまで言うなら今後の活躍について注目しておこうか」

 

アグネスタキオン「なあ、トレーナーくん?」

 

斎藤T「ん?」

 

 

アグネスタキオン「私がもしも『カフェが欲しい』と言ったら、きみもカフェを欲しがってくれるか?」

 

 

斎藤T「……それは『すでにシニア級:3年目を終えたG1出走バを引き抜け』ということか?」

 

アグネスタキオン「ああ。きみは元々()()()()()()として名が知られているだろう?」

 

斎藤T「……考えておく」

 

アグネスタキオン「頼んだよ。そうすれば、私の見せたい“果て”にグッと近づくはずだろうからさ」

 

斎藤T「そうか」

 

斎藤T「……ん」チラッ

 

 

ライスシャワー?「――――――」

 

マンハッタンカフェ?「――――――」

 

 

斎藤T「………………っ!」ゾクッ

 

アグネスタキオン「……どうしたんだい?」

 

斎藤T「いや、なんでもない。夕飯の支度にかかる……」

 

アグネスタキオン「ああ。ぜひ、そうしたまえ。ブライアンくんも楽しみにしているだろうから」

 

斎藤T「………………」チラッ

 

ライスシャワー?「――――――」

 

マンハッタンカフェ?「――――――」

 

 

――――――その日から時折マンハッタンカフェ?とライスシャワー?の幻影がチラつくのであった。

 

 

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