ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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祈願報告  厩戸皇子の伝説 前編

聖徳太子を観音の化身として祀る太子信仰というものがある。

 

21世紀の日本の歴史教育の現場においては聖徳太子虚構説なるものが蔓延して、天皇を中心とした神仏習合の“和を以て貴しとなす”日本の文化と歴史を築き上げた最大の功労者の存在をなかったものにされているようだが、

 

それならば、キリスト教の創始者であるナザレのイエスや仏教の創始者であるゴータマ・シッダールタの実在性についても同じことが言えるはずである。

 

少なくとも、本格的な日本国の始まりを担った聖徳太子の存在を教科書から抹消するのは愚かなことで、この辺りが私が21世紀の歴史学者というものを栄養学者の次に信用していない根拠であり、

 

21世紀では未だに本能寺の変の真相についてああだのこうだので様々な論が飛び交って、それが様々な切り口からの創作物になっているのは知らないからこその創造性としてかえっておもしろいものがあるが、

 

聖徳太子の存在を蔑ろにする21世紀の現代人の感覚は、23世紀にも生き残る太子信仰から敏達天皇3年1月1日(574年2月7日)の生誕祭を祝う私にとっては信じられないものがあった。

 

しかし、信教の自由が認められている世界なので別に太子信仰をしていないこと自体は罪ではない。

 

ただ、忘恩不義の者が跋扈している状況を 先日の学園裏世界での妖怪退治で垣間見た人間の負の一面を見てきたばかりなだけに 無性に腹立たしく思っているだけで、

 

どのみち、23世紀の宇宙時代には太子信仰が今よりも盛んになるわけなので、それ以上は追及するつもりはない。

 

 

 

さて、そんな聖徳太子であるが、その「聖徳太子」は後世の尊称ないし諡号であり、生前は厩戸豊聡耳皇子命(うまやとのとよとみみのみこのみこと)と呼ばれていたとされる。

 

つまり、馬小屋で生まれた逸話と一度に十人の話を聞くことができた逸話から名付けられたものであり、本名や幼名となるものは不明である。そのように私の知る歴史では理解されてる。

 

しかし、このヒトとウマ娘が共生する 異なる進化と歴史を辿った 異世界においてはどうなのかと言うと、

 

こちらにおけるナザレのイエスがヨーロッパと同じように馬小屋ではなく家畜小屋で生まれたと明記されているのに合わせて『馬小屋で生まれたことが一致している』という私の世界における俗説はなくなっているが、

 

このヒトとウマ娘が共生する異世界における『厩』というのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を意味するものであり、

 

つまり、ウマ娘というヒトとは似て非なる人種もまた古代においては鬼の一種として怖れられて迫害されてきた歴史があるのだ。

 

たしかに、ヒトを超越した身体能力を持つウマ娘であるが、その馬鹿力に対応できる道具や環境が21世紀になっても完全とは言えないことを考えると、

 

現代に至るまでウマ娘はその力の強大さ故にヒト社会に馴染むことができず、時の為政者が管理のために集落から離れた場所で暮らさせてきたのが普通であるらしい。

 

実際、美しい女性しか誕生しない種族であるが故に観賞用や性の捌け口としては申し分ないが、閨で抵抗された時には一瞬で蹴り殺される事故も多いため、権力者たちはむしろウマ娘と交わることを忌避していたとされる。

 

というより、権力者を暗殺するために特徴である耳や尻尾を切り落としたウマ娘が拳一つで宮廷を血の海に変えたこともあるらしく、ウマ娘の圧倒的な力は古代では鬼の一種として怖れられたのも当然だったのだ。

 

だいたいにして、雌しかいないがためにヒトの雄を必要とする種族なので、古来からヒトの精子を求めて男子を攫いに人外のパワーで暴れ回る鬼の一種ということなので、働き手である男子の価値が非常に高かった古来のヒト社会においてはとてつもない脅威でもあった。

 

そのため、そうした鬼共を退治して管理下に置いて統制する厩司(うまやつかさ)を置くのが古代の宮廷では常識であったらしく、そうした鬼の生存本能を満たすために生贄となる者を“種馬”として送り出す風習すらあるのだそうだ。

 

そのため、私の知る地球の歴史でも馬は軍事力の象徴でもあるのだから、厩司がそういった武断的な性質を帯びるのは不自然なことではない。

 

これがヨーロッパにおいては野蛮なケルピー族やケンタウロス族として猛威を振るっていたわけであり、魔族として徹底的に弾圧されて撲滅させられたらしいのだ。

 

だからこそ、ウマ娘は今でこそ第3の性としてヒト社会に溶け込んではいるが、人口比で言えば1割にもならない少数派(マイノリティー)でもあったのだ。

 

 

そうなのだ。ウマ娘がどれだけ強大であろうとも所詮は野卑の存在であり、文明の力で百獣を駆逐して勢力を拡大してきたヒトの叡智の前に平伏したのが20世紀後半の“発見の世紀”までの扱いでもあるのだ。

 

 

実は、私の生まれた世界における四本脚の「馬」は存在せず、この世界ではヒトの姿を取った二本脚の「ウマ娘」が存在するため、その象形文字となる「ウマ」の漢字も 点は4つではなく 2つであるのは周知の事実だが、

 

現在では「ウマ」の漢字だけはそのとおりで、馬偏の漢字の場合だと私の知る四本脚に由来する「馬」の字そのものになっているのだが、

 

一説によれば、とある歌人が狂歌の中で「駆」や「駿」などの時の馬偏を「点四個」で記し始め、曰く『駆けるウマ娘の脚の動きは余りに速く、我が目には四本にも見えるほどだ』と述べたのだそうだ。

 

その表記は歌人の間で流行りに流行り果てには庶民にまで広まっていき、明治時代を迎える頃には「点四個」の馬偏はすっかり人々の間で一般的になっていたのだとか。

 

 

――――――しかし、実際にはそうではなかったのだ。

 

 

そもそも、なぜ「馬」という漢字から「点二個」となる不自然に隙間の空いた象形文字が「ウマ娘」に当てられたかである。

 

それは非常に簡単なことであった。美しい女性しかいない異種族であるウマ娘に対して、漢字を発明した中華帝国の中華思想が反映されたものがその「ウマ」という漢字の成り立ちであるからだ。

 

そう、同じ二本脚で歩くことができる人型生物であるウマ娘に対して古代中国の文献では「馬」の字が宛てがわれていたのである。元から「ウマ娘」を意味する漢字は「馬」だったのだ。

 

これが意味するところ、即ち美しい女性しかいない異種族である強大な力を持つウマ娘を四つん這いにさせた時の姿が漢字になったものであり、

 

中華思想において禽獣夷狄の具現であるケモノの耳と尻尾と獣性を持つウマ娘に対して中原を治める天子に平伏す――――――、

 

否、朝貢のために天子に自らの肢体を差し出し、その見返りに天子の子種を授かることに喜んでいるさまが由来になっており、それぐらいにウマ娘という強大な異種族を征服することは古代における支配者の威光を示すものであったのだ。

 

つまり、ウマ娘は完全にヒトではない“バケモノ”という見方がなされていたが故に最初は「馬」という征服と嘲りを含んだ漢字だったものが、次第に古代中国においてウマ娘の地位が向上する過程でヒトであることが認められて現在の「ウマ」の字に置き換わったようなのだ。

 

なので、後に漢字を輸入した日本においてはその成り立ちを詳しく知ることなく「ウマ」の字が受け容れられたらしく、

 

更に、遣隋使や遣唐使たちが持ち帰った漢籍においてはウマ娘を明らかに蔑視している古代中国人の間では旧字となった「馬」が依然として使われており、一部の歴史学者が熱心に否定している事実となっている。

 

なので、「ウマ」=「ウマ娘」に関連する漢字の全て――――――一般的には『厩』という漢字も差別用語と言っても差し支えないのだが、ウマ娘の異世界における厩戸皇子の名の由来は非常に肯定的なものであった。

 

 

――――――家柄にこだわらず貴族ではなくても有能な人間を確保する人材登用のために制定された『冠位十二階の制』で厩の住人たちにも門戸を開いたのだ。

 

 

そう、厩戸皇子が現代においてもウマ娘たちからの理解を得られているのは、当時としては非常に開明的で、賤人階級にあったウマ娘たちにも遇したことに由来するのである。

 

一説によれば、聖徳太子の死は後に政権を握ることになった蘇我氏の陰謀であるとされ、その動機の1つとして神仏習合までは受け容れられるがウマ娘の政治への参画には反対であったことが挙げられる。

 

実際、日本におけるウマ娘の社会的地位は明治時代の文明開化以降にようやく向上したと言っても過言ではなく、それまでは見た目通りのケモノの特徴を併せ持った畜生道の化身として忌避されており、

 

当時の男尊女卑の風潮から地蔵菩薩の二十八種利益:女転男身(女性から男性になれる)と為王臣女(王や大臣の令嬢になれる)が厩の住人たちにとっての救いでもあったのだ。

 

しかし、裏を返せば、男性のような立居振舞ができる威風堂々のウマ娘や高貴な生まれの令嬢のように振る舞えるウマ娘もいたわけであり、

 

それが 代々に渡って天皇家を警護することを使命とする 現代に繋がる皇宮警察のウマ娘のルーツというわけでもあり、ヨーロッパにおいては近代ウマ娘レースのルーツとなった宮廷舞踊家の踊り子ウマ娘もそれに該当する。

 

この皇宮警察の家系のルーツとなるウマ娘こそが、厩戸皇子の『冠位十二階の制』で冠位を授かった最初のウマ娘であり、

 

それ故に天皇家への忠誠を誓う皇宮警察の家系のウマ娘はそれとは別に熱心な太子信仰であることが多いのだ。

 

よって、聖徳太子虚構説をもっとも糾弾しているのが他ならぬ熱心な太子信仰の皇宮警察の家系である斎藤 展望の実家であり、2月7日は聖徳太子生誕祭として必ず祝うのが習いとなっていた。

 

 


 

 

●西暦20XY年02月07日の午前中 1周目

 

――――――トレセン学園/元 岡田Tのトレーナー室

 

斎藤T「……よし」スッスッ ――――――旧正月での書き初め!

 

斎藤T「我ながら上手い出来だ」

 

斎藤T「……まさか、ここまで聖徳太子を信仰するようになるとは思わなかったけどな」

 

 

シリウスシンボリ「よう、斎藤T。邪魔するぜ」ガチャ

 

 

斎藤T「……うん? 期末試験中に生徒がいない隙に学園に入り込むとは何用かな?」

 

シリウスシンボリ「そういうあんたも生徒が期末試験中に書き初めなんてしてるのか?」

 

シリウスシンボリ「……それで何だ、その四字熟語?」

 

 

――――――兼知未然

 

 

斎藤T「訓読して『兼ねて未だ然らざるを知ろしめす』と言う。王羲之の書風で書いた」

 

シリウスシンボリ「はあ……? まあ、あんたが相当な達筆だってのはわかるけど……」

 

斎藤T「……あまり知られてないかぁ」

 

シリウスシンボリ「そんなことよりも、あんたに会わせたいやつがいるんだ」

 

シリウスシンボリ「入って来な」

 

斎藤T「……『予約もなしに会いたい』ということは非公式の会見ということか」

 

 

シンボリグレイス「お初にお目にかかります、斎藤T。私はシンボリグレイスと申します」※成人女性

 

 

シリウスシンボリ「ダービーウマ娘の私とは同期にして同世代のいけ好かない菊花賞ウマ娘だ」※成人女性

 

シンボリグレイス「情報は正確に言いなさい。『菊花賞』の他にも『有馬記念』『天皇賞(春)』も制しています。『日本ダービー』だけのあなたとはちがって」

 

スカーレットリボン「………………」※成人女性

 

ソラシンボリ「………………」※小学生ぐらいの顔つきの子供

 

斎藤T「割と大勢で来たようですけど――――――」

 

斎藤T「ん? んん?」

 

ソラシンボリ「あ……」

 

シリウスシンボリ「お、気がついたか?」

 

 

シリウスシンボリ「こいつはソラシンボリ。来年度からの新入生だから、よろしく頼む」

 

 

ソラシンボリ「あのっ!」

 

シンボリグレイス「――――――!」ジロッ

 

ソラシンボリ「あ……」

 

ソラシンボリ「よ、よろしくお願いします……」

 

斎藤T「は、何を? 何を『よろしく頼む』って?」

 

シリウスシンボリ「おいおい、()()()()()()だぜ、あんた」

 

斎藤T「ああ、なるほど。()()()()()()ですか」

 

シリウスシンボリ「ああ」

 

斎藤T「……そうか」

 

スカーレットリボン「………………」

 

斎藤T「……そちらの秋川理事長によく似た流星のあなたは?」

 

 

スカーレットリボン「スカーレットリボンと言います。勝鞍はG2『報知杯フィリーズレビュー(桜花賞トライアル)』です」

 

 

斎藤T「なるほど、毛並みからしてシンボリ家の人間ではない気がしていたけど、スカーレット族の方ですか」

 

スカーレットリボン「はい」

 

スカーレットリボン「この子は、その、()()()()()でして 、とても才能があるんです」

 

スカーレットリボン「ですから、シンボリ家の方に――――――」

 

 

斎藤T「ああ、つまり、『身分を貸してもらっている』と?」

 

 

ソラシンボリ「………………」

 

スカーレットリボン「……はい」

 

斎藤T「……この業界に入ってまだ1年目なのでわからないのですが、よくあることなんですか?」

 

シンボリグレイス「特段珍しいことではありません。ウマ娘の『名家』とはウマ娘が生まれ持ってきた異世界の英雄の名前で結びついておりますので」

 

シリウスシンボリ「そりゃそうさ。必ずしも『名家』のウマ娘の子供が『名家』の冠名を戴く異世界の英雄の魂を宿すわけじゃないしな」

 

シリウスシンボリ「世間体のために生まれてきた令嬢に冠名を戴く真名を名乗らせることもあるし、『名家』に才能あるウマ娘を迎え入れる時もそういった配慮はするよな」

 

シリウスシンボリ「他にも、トレセン学園に在籍していられるのは生徒なら中高合わせての6年だけなのに、トレーナーってやつは引退即退学にならずに何年でも居座れるしな」

 

シンボリグレイス「そういう意味ではトレーナーと競走ウマ娘は対等の関係ではないのです」

 

シンボリグレイス「ですので、常に競走ウマ娘の側に立って狡猾なトレーナー組合の毒牙から才能あるウマ娘を護るために、『名家』では多くの才能あるウマ娘を継続的に輩出し続ける必要があるというわけなのです」

 

 

シリウスシンボリ「要は、『名家』のウマ娘に相応しい実力さえあれば、出自は不問にするのが習わしだぜ」

 

 

シンボリグレイス「もちろん、『名家』の冠名を戴く真名ではなくとも、別の冠名を持つ同胞を見つけ出して立派に独立を果たした『名家』もありますので、それに相応しい実力と品格があればよいのです」

 

シンボリグレイス「冠名を貸し与えているのに実力だけの品位を損なう輩は迎え入れるつもりはありませんよ、シリウス?」

 

シリウスシンボリ「そもそも、『名家』なんて嘘か本当かわからない共通の冠名の真名を自己申告して群れている連中の寄り合い所帯なんだから、その一員になるために真名を偽ってくる連中なんてごまんといるけどな」ハッ!

 

シリウスシンボリ「で、『名家』の一員になる資格をもらうために、『名家』が運営している私立のトレセン学園推薦校で英才教育を受けるわけだから、結局は実力第一で品位なんてものは勝手に身につくだろうに?」

 

斎藤T「なるほど」

 

ソラシンボリ「………………」

 

斎藤T「それで、この子がシンボリ家の冠名を与えるに値する未来の名バだと?」

 

シンボリグレイス「そういうことです」

 

シリウスシンボリ「ああ、こいつは“皇帝”シンボリルドルフに匹敵する才能を持っているシンボリ家の秘密兵器というわけさ」

 

斎藤T「――――――『秘密兵器』」

 

ソラシンボリ「………………」

 

斎藤T「ふーん」

 

シンボリグレイス「ここまで言えば、おわかりでしょう」

 

 

――――――“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンと同世代になることは避けねばなりません。

 

 

斎藤T「そういうことか」

 

シリウスシンボリ「ああ、そういうことさ」

 

シリウスシンボリ「こっちとしても“皇帝”卒業後のトレセン学園でのシンボリ家の影響力を残しておくためにもソラには勝ってもらわなくちゃならないんだ」

 

シリウスシンボリ「けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってんなら話は別だ」

 

シンボリグレイス「来年度はアグネスタキオンにとってのメイクデビューの最後のチャンスですからね。延期してもらうわけにもいかないでしょう」

 

シンボリグレイス「勝算のない戦いをさせるよりはそのアグネスタキオンを見習って()()()()を視野に入れております」

 

斎藤T「つまり――――――?」

 

 

スカーレットリボン「……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ソラシンボリ「……お願いします」

 

斎藤T「ああ、()()()()()()ですか」

 

シンボリグレイス「そうです。シンボリ家は来年度のアグネスタキオンのメイクデビューを全面的に支援することをお約束いたします」

 

シンボリグレイス「ただし、取引に応じない場合はウマ娘の未来のためにいかなる手段も講じます」

 

シリウスシンボリ「まあ、悪い話じゃないだろう? あんたは 元々 ()()()()()()だったわけなんだし、今更 悪名を被ることに抵抗なんてないだろう?」

 

スカーレットリボン「…………お願いします」

 

 

この日、私は懐かしの母校であるトレセン学園に密かに入り込んできていたシンボリ家の卒業生たちと密約を交わすことになった。

 

それは担当ウマ娘:アグネスタキオンのメイクデビューをシンボリ家が全面的に支援する代わりに、シンボリ家の次代を担う“ソラシンボリ”という一人の競走ウマ娘を監視役として手元に置くという裏取引であった。

 

『名家』シンボリ家のウマ娘というだけでも間違いなく注目の的になるというわけで、そのネームバリューだけでスカウトは引く手数多になることだろう。

 

実力が折り紙付きだからこそ、シンボリを名乗らせてもらっているだけに、ソラシンボリの素質はダービーウマ娘や菊花賞ウマ娘のシンボリ家の優駿たちから見ても本物なのだろう。

 

しかし、今年で卒業する“皇帝”シンボリルドルフに続くシンボリ家の新入生であるのならば期待の星として常勝を義務付けられているも同然のため、シンボリ家のウマ娘としてG1レースで勝つのは当たり前みたいなところがあったのだ。

 

その辺りは『天皇賞』での勝利こそが最強のウマ娘の証明であるという信念の下に長距離ウマ娘(ステイヤー)の育成に特に力を入れているメジロ家や、常識に囚われない手法と卓越した探究心による独自の最速理論を展開するのが持ち味のアグネス家などを見れば『名家』の矜持というものがわかるだろう。

 

 

そのソラシンボリの入学の年に“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンが満を持してメイクデビューするともなれば勝ち目はまったくないとして、シンボリ家の威厳を保つためにソラシンボリのメイクデビューを1年ズラす必要が生まれてしまったのだ。

 

 

なぜシンボリ家がこうして他所の『名家』のウマ娘のメイクデビューを支援するのかと言えば、同じく“シンボリ家の最高傑作”シンボリルドルフが自身をよく慕った“悲劇の天才”トウカイテイオーとは別な意味で一番にその才能を愛していたからに他ならず、退学にならないようにずっと手を回していたのだ。

 

シンボリ家もまた『名家』の筆頭格として『全てのウマ娘が幸福となる世界の実現』をモットーにしているため、素直にアグネスタキオンというウマ娘がどれほどの走りを見せてくれるのかを同じウマ娘として楽しみにしている。

 

もちろん、ターフの上で競う時は勝敗を争う純然たるライバルとして臨むが、こうしてウマ娘の未来を真剣に考える立場の人間にもなれば、誰よりもウマ娘の可能性を信じて結果が出ることを心待ちにしているわけなのだ。

 

実際、入学当初はアグネスタキオンはトウカイテイオーやメジロマックイーンでは比較にならないほどの実力を見せつけて、その走りに魅せられたトレーナーたちがキャベツに群がるモルモットのように矢継ぎ早にスカウトをしまくったぐらいなのだ。

 

そのことを“皇帝”シンボリルドルフを通じてシンボリ家も記憶しているため、アグネス家のウマ娘ではあっても前人未到の大記録の達成に純粋な期待と好奇心で胸が高鳴るのだ。

 

なので、才能を愛するシンボリ家のウマ娘たちからのアグネスタキオンの評判は意外にいいらしく、トレセン学園という狭い枠組みに満足してもらえずに立ち去ってしまうことを危惧して、いろいろとあの手この手のコネをシンボリルドルフに使わせて引き留めさせてきていた。

 

 

しかし、それだったら、研究者肌のために自分のペースを邪魔されたくないアグネスタキオンを慮って これまで通りに何も言わずにいればよかったのに、わざわざ私の顔を見に来たことの意味である。

 

 

それは言うまでもなく、シンボリ家が全力で支援すると決めたアグネスタキオンのその担当トレーナーと 直接 顔を合わせて為人を確認して釘を刺すことに他ならず、

 

すでに知り合いとなっていたシリウスシンボリを通じて、シンボリ家の代表としてトレセン学園暗黒期に活躍した菊花賞ウマ娘:シンボリグレイスがここに来たというわけなのだ。

 

このシンボリグレイスというウマ娘は戦績で言えば海外遠征で1勝も上げられなかったダービーウマ娘:シリウスシンボリよりも格は上であり、

 

クラシック三冠バが次々と輩出されたトレセン学園黄金期と比べるとイマイチに思えてしまうが、そのクラシック三冠がミスターシービーの登場でようやく果たされた暗黒期においては凄まじい戦績と人気で通っており、

 

『名家』の出身であることが一目でわかる その出で立ちと振る舞いから“貴公子”と呼ばれ、生徒会役員にも堂々と選出されていた。

 

一方で、同期にして同世代のシリウスシンボリは ご覧の通り シンボリグレイスとは犬猿の仲であり、暗黒期において直接的な弱者救済を掲げて学園に対して反抗的な姿勢を繰り返し、同じシンボリ家のライバルとは事ある毎に言い争いをしていた。

 

そのため、暗黒期において日陰者として燻っていた生徒たちからは“優等生”であるシンボリグレイスに対する もっとも明るい“一等星”として支持されており、海外遠征での勇ましさから“唯我独尊の開拓者”としてヨーロッパに名を知らしめていた。

 

しかし、一見すると相容れない関係に見える2人ではあるが、どちらもシンボリ家のモットーである『全てのウマ娘が幸福となる世界の実現』を真剣に考えているからこそのアプローチのちがいでしかなく、不倶戴天の敵同士というわけではないのだ。

 

私にとって一番身近なシンボリ家のウマ娘と比較すると、“貴公子”シンボリグレイスは非常に堅物で冷徹な男のような振る舞いをする鉄の女であり、“一等星”シリウスシンボリは身寄りのない者が集まる村の荒くれ者を従える女親分であった。

 

要するに、1人の人間としては非常に偏りがある2人であるが故に、それぞれの視点と理想からトレセン学園の表と裏の両方を動かす原動力になって暗黒期を終わらせることができたわけであり、大きな願いのために最終的には手を取り合うことができたのだ。

 

そんな2人の背中を見てトレセン学園の黄金期を築き上げた“皇帝”シンボリルドルフは“貴公子”シンボリグレイスと“一等星”シリウスシンボリの両方の要素を兼ね備えた 威厳と寛容と愛嬌と度胸を兼ね備えた完璧超人に育ったわけなのだ。

 

 

ならば、“皇帝”シンボリルドルフを形作った偉大なる先人たちがシンボリ家のモットーに基づいて見出したウマ娘とはいかなるものか?

 

 

このソラシンボリというウマ娘は“皇帝”シンボリルドルフによく似た流星と毛色をしており、見ただけでシンボリ家の人間だと見紛うほどの品格と才気を醸し出していた。

 

ただ、シンボリ家における扱いは生まれながらのシンボリ家のウマ娘とは雲泥の差であるらしく、夢の舞台の暗黒面を最初から聞かされて育てられているため、華やかな雰囲気の裏側に表情に影があった。

 

いや、これはおそらくはスカウトをされないように陰気な雰囲気を漂わせるように指示されたもので、その本性はトレセン学園に蟠る悪霊たちの相手をしてきたばかりの私にはうっすらと見えていた。

 

というより、私が知るスカーレット族:ダイワスカーレットと同様の華やかな雰囲気のスカーレットリボンの姪っ子という触れ込みのソラシンボリ(偽名)の本性の第一印象はこうであった。

 

 

――――――トウカイテイオーとダイワスカーレットを足して2で割ったような小学生離れした豊満さと才気煥発の大器である。

 

 

宇宙移民の私からすれば、セクシーな女性の豊満な肉体は宇宙空間においては真っ先に脂肪の塊と化す駄肉でしかないのでマイナス点なのだが、

 

今年でトレセン学園に入学するというわけなのだから、小学6年生でこのダイワスカーレットに匹敵する発育の良さは思春期を迎えたばかりの小学生男子にとっては目に毒だろうな。

 

しかし、恐ろしいのはその上でスカーレット族から生まれた豊満な娘にシンボリの名を冠することが許された競走ウマ娘としての天性の才能であり、

 

まだ小学6年生なのにシンボリグレイスやシリウスシンボリと隣に並んで遜色ないほどに早熟の体躯なのだから、これは嫌でも目立つ。私の担当ウマ娘:アグネスタキオンの華奢な身体とは比べ物にならない。

 

そのため、このソラシンボリを名乗る ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() 未来のスターウマ娘が強引にスカウトされないように次のシーズンが始まる年明けまで庇護する必要が生じた。

 

 

しかし、それが1つの大きな理由ではあるが、もう1つは私のことを監視するために寄越された『名家』からのスパイでもあった。

 

 

というのも、シンボリ家との接点となる“皇帝”シンボリルドルフに私のあらゆる秘密を共有しているというわけでもなく、報告を受けているシンボリ家からの疑惑の声が上がるのも自然なことであった。

 

つまり、私は股肱之臣として“皇帝”シンボリルドルフからは個人的な信頼を得たものの、ご実家となるシンボリ家からは信頼されているわけではないという話だ。

 

実際、シンボリ家は『名家』の筆頭格として全ウマ娘を導く使命を抱いており、私の担当ウマ娘の実家のアグネス家が放任主義であることも相まって、何をしでかすかわからないトレーナーと担当ウマ娘の動向を監視する義務感が生まれたのだろう。

 

もちろん、顔見知りのシリウスシンボリとしてはそこまで心配することでもないとして気楽に構えていたのだが、シンボリ家の代表として この場に臨んだ堅物のシンボリグレイスの場合は 初対面であることもあって そうはいかない。

 

だが、こうしてトレセン学園暗黒期の名残とも言えるトレーナー組合に対抗して真名を偽って影響力を学園に残そうとする『名家』の裏の顔をいきなり見せつけられたのには苦笑いしかなかった。

 

何という矛盾――――――。『全てのウマ娘が幸福となれる世界』という使命と理想のために滅私奉公する一族といえば聞こえはいいが、実際は『名家』の権勢を維持するのに必死だ。

 

こうしてシンボリ家の冠名を授けられたウマ娘に名を偽ってなれたことは栄誉なことなのか、それとも異世界の英雄の名前とは――――――。

 

 

――――――こうして私は突然の来客で密約を交わすことになり、来年度からの計画に大幅な修正を迫られることになってしまった。

 

 

 

斎藤T「……まあ、“皇帝”陛下以外にもシンボリ家との接点があった方がいいか」

 

斎藤T「さて、そろそろ昼飯時だし、何にしようか――――――」コンコンコン・・・

 

斎藤T「……うん? 今日は客人が多いようだな?」

 

斎藤T「どうぞ」

 

 

美髪美白のウマ娘「………………」ガチャ

 

 

斎藤T「どちら様です?」

 

美髪美白のウマ娘「カイノタケキヒト」

 

斎藤T「――――――『カイノタケキヒト』?」

 

美髪美白のウマ娘「………………」チラッ

 

 

美髪美白のウマ娘「――――――『兼ねて未だ然らざるを知ろしめす』」

 

 

斎藤T「お、ご存知ですか」

 

斎藤T「そうなんです。聖徳太子の予言書である『未来記』の存在に因んだ言葉です。数々の伝説を残した聖者だったわけですよ、太子は」

 

斎藤T「たとえば、『平家物語』巻第八に『聖徳太子の未来記にも、けふのことこそゆかしけれ』とあるし、」

 

斎藤T「『太平記』巻六に『正成天王寺の未来記披見の事』で楠木 正成が『未来記』を読んだことで倒幕の成功と後醍醐天皇の復帰とその親政を確信したともあり、」

 

斎藤T「これらの記述から聖徳太子の『未来記』の存在が当時よく知られていたわけなんですよ」

 

斎藤T「そして、今日は聖徳太子の誕生祭なんです」

 

 

美髪美白のウマ娘「行者宿報設女犯 我成玉女身被犯 一生之間能荘厳 臨終引導生極楽」

 

 

斎藤T「は」

 

美髪美白のウマ娘「――――――!」

 

斎藤T「!?」

 

 

ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 

 

――――――その時、世界が粉々に砕け散った!

 

 

ウマ娘の極限まで鍛え上げられた中国拳法の震脚は空間をも破壊する威力があったのだろうか――――――。

 

午前中に聖徳太子生誕祭の記念に『兼知未然』の書き初めをした色紙を飾りながら、私はお昼時を迎える前の部屋を見渡した。

 

基本的に期末試験期間中の学校は午前で終わる。それは生徒たちに午後の時間いっぱいに試験勉強をして得点を上げてもらいたいという願いと実際に試験の採点に追われる学校教員の都合が大きい。

 

そのため、期末試験期間中は他の生徒たちと同じように正午からは私の担当ウマ娘が足早にトレーナー室に駆け込んでくることになり、食事の準備と次の試験の対策が迫られた。

 

しかし、先程までトレーナー室は来賓を出迎える部屋ではないので文句を言われることはなかったが、ここによく足を運ぶ“皇帝”陛下から報告を受けていただろうシンボリ家の方々は足を踏み入れた瞬間に呆気にとられていた。

 

何しろ、元々のトレーナー室の備品は全て排除され、大量の非常食や宇宙食などが山積みになった一角、アグネスタキオンの研究コーナー、私の数々の発明品が置かれた区画に、スーパーコンピュータにユニットシャワールームがドンと置かれているのだ。

 

トレーナー室と言ったら、ウマ娘レースの資料やトレーニング器具の他にスポーツ名門校のトレーナーらしい趣味の品や嗜好品が多少は置いてあるのをイメージするだろうに、ここは丸っきり別世界である。

 

普段はスクリーンで仕切りをしてはいるものの、この期末試験中に来客が来るとは微塵も思っておらず、私や担当ウマ娘からすれば自由な時間が増えるということでスクリーンを元に戻すことはしていなかった。

 

もっとも、決して狭くはないトレーナー室を意図的に狭めるスクリーンに囲まれた空間というのも考えてみれば異様なもので、初めてここに来たことでいろいろと言いたいことがあるのを抑えてもらうことになった。

 

自慢の姪っ子であるソラシンボリを伴ってきたスカーレットリボンの不信感と驚愕に満ちた出会い頭の表情よ。

 

 

しかし、そうして密約を交わし終わった矢先に、新たなる客人が来たのである――――――。

 

 

一瞬、何が起きたのかがわからなかった。シンボリ家の人間が帰った後、何の前触れもなく美しい濡鴉と色白のウマ娘が部屋を訪れて足を大きく踏み鳴らしたんだから。

 

次の瞬間には、トレーナー室であった空間がまるでひび割れた鏡のようにガラガラと崩れ落ちて、ハリボテの裏に隠された暗黒空間が姿を見せたのである。

 

この超非現実的な光景に私がただただ目を白黒させた隙に、襲撃者との間を隔てていた机すらも消え失せて、その暗黒空間から強烈な体当たりが私の身体にめり込んでいたのだった。

 

すでに世界は舞台裏とでも言うべき暗黒空間であり、私の背後にある壁すらなくなり、大砲で発射された人間砲弾のように暗黒空間に吹き飛ばされ、強烈な衝撃で肺に送り込まれる空気が止まると息も止まって白目を剥くことになった――――――。

 

 

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