ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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祈願報告  厩戸皇子の伝説 中編

●西暦20XY年02月07日の午前中 3周目

 

シリウスシンボリ「よう、斎藤T。邪魔するぜ」ガチャ

 

斎藤T「ようこそ、お待ちしておりました」 ――――――ロールストランド風にプリントされたプラスチックのカップとソーサーを用意して。

 

シリウスシンボリ「え」

 

斎藤T「さあさあ、お掛けになってください。いろいろと騒がしい部屋ですが、美味しいものがいっぱいありますから」

 

シリウスシンボリ「……おい、グレイス? 話がちがうぞ? あらかじめ話を通していたなんてな?」ヒソヒソ

 

シンボリグレイス「いえ、抜き打ちのつもりで前触れ無く訪れる予定でしたが、これは……」ヒソヒソ

 

ソラシンボリ「えっと……」

 

スカーレットリボン「………………」

 

 

斎藤T「さあ、こちらにどうぞ。スカーレットリボン様、ソラシンボリ様」

 

 

ソラシンボリ「え!?」

 

スカーレットリボン「ど、どうしてこの子のことを!?」

 

シリウスシンボリ「なんであんたがルドルフに紹介したことがない新入りのことを知っているんだ?」

 

斎藤T「なぜだと思います?」ニヤリ

 

シンボリグレイス「……そう、これが」

 

シンボリグレイス「……さすがは“斎藤 展望”といったところでしょうか」

 

シリウスシンボリ「じゃあ、私たちがここに来た理由もわかっているか。さすがだよ、あんた」

 

 

斎藤T「ええ。私の担当ウマ娘の輝きの影に埋もれないように取引をしたいわけなんですよね」

 

 

スカーレットリボン「!!」

 

ソラシンボリ「スゴイ! 斎藤Tってもしかして何でもお見通しなの?!」ガタッ

 

シンボリグレイス「あ」

 

ソラシンボリ「ハッ」

 

ソラシンボリ「す、すみません……」

 

シリウスシンボリ「……なあ、グレイス? お前がソラのことを“皇帝”の権力を受け継ぐウマ娘として育て上げたわけだが、ここまでお見通しなら 斎藤Tの前では素でいさせてもいいんじゃないのか?」

 

シンボリグレイス「しかし……、それではシンボリ家の品位が……」

 

シリウスシンボリ「まだそんなことを言っているのか。さすがは胸まで装甲に覆われた堅物ウマ娘だな!」ハハッ! ←167cm B89

 

シンボリグレイス「…………うるさいですよ、関係ない話はしないでください」ムスッ ←170cm B73

 

シリウスシンボリ「いやはや、最近の小学生は凄いもんだな。そう思うだろう、斎藤Tも?」

 

斎藤T「そうですね。顔が歳相応なのを除けば遠目に見て成人女性と間違われてもおかしくないぐらいに早熟した身体です」

 

ソラシンボリ「あ、ありがとうございます!」← 165cm B85

 

斎藤T「ただ、それだけバ体が大きいと適性が短距離ウマ娘(スプリンター)になりませんか?」

 

斎藤T「それに、思春期の一定段階になると体が急成長を果たし、その後は緩やかに衰えていくというウマ娘の特性である“本格化”を先取りしすぎていることも考えられますので、」

 

斎藤T「私の担当ウマ娘:アグネスタキオンと同世代にならないようにメイクデビューを来年度に延期するのはかなり危険な賭けではありませんか?」

 

シンボリグレイス「ええ。それは大きな懸念ではありますが――――――」

 

シリウスシンボリ「なら、同じことはあんたのアグネスタキオンにも言えることだろう? 高等部2年からのメイクデビューなんて前代未聞なんだからさ」

 

 

シリウスシンボリ「――――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話だ」

 

 

シンボリグレイス「……シリウス!」

 

シリウスシンボリ「澄ました顔で上品に言い繕ったところで、暗に言いたい内容なんてものは研究成果の横取りだろうが。そういう腹芸は相変わらず好きになれないな」

 

シンボリグレイス「場を弁えなさい。あなたは余計なことまで喋りすぎる。仲介人としての役割を果たしなさい」

 

シリウスシンボリ「従うと思っているのか、心の底から?」

 

シンボリグレイス「……話を進めます。よろしいでしょうか」

 

斎藤T「それはかまいませんよ」

 

 

斎藤T「むしろ、被検体(モルモット)が増えることを私の担当ウマ娘は喜ぶでしょうから、シンボリ家も実験に参加するのは大歓迎ですよ?」ニヤリ

 

 

シンボリグレイス「…………!」

 

ソラシンボリ「え?」

 

スカーレットリボン「本当に大丈夫なんですか!?」ガタッ

 

シリウスシンボリ「落ち着きなよ。ちょっと身体が光るぐらいの薬を飲むぐらいなんだから、大事にはならないさ。それぐらいは今の学園で有名な話だったろう?」

 

スカーレットリボン「いや、普通に考えておかしいじゃないですか! 何ですか、『ちょっと身体が光る』って!?」

 

ソラシンボリ「それ、本当?」

 

斎藤T「本当だよ」

 

 

ソラシンボリ「いいなぁ! ボクも試してみたい!」キラキラ!

 

 

斎藤T「ほう……」

 

シンボリグレイス「あ、こら!」

 

ソラシンボリ「あ、すみません……」

 

斎藤T「いや、気にしないで。きみには素質が大いにあるようだ。これは楽しみだ」

 

スカーレットリボン「あ、あの……、冗談ですよね?」

 

シンボリグレイス「……シンボリ家のウマ娘として相応しくあるように指導をお願いします」

 

斎藤T「具体的には?」

 

シンボリグレイス「え?」

 

 

斎藤T「――――――その『シンボリ家のウマ娘』とは何ですか?」

 

 

スカーレットリボン「え?」

 

シンボリグレイス「な、何を……? あなたはルドルフから信頼を得ている程に通じ合っているのに、なぜそんなわかりきったことを?」

 

斎藤T「そうですね。“皇帝”シンボリルドルフとは通じ合えていますよ」

 

 

斎藤T「でも、『シンボリ家のウマ娘』なる特定の個人とは会ったことがないですね、一度も」

 

 

シンボリグレイス「…………なっ!」

 

シリウスシンボリ「グレイス、お前の負けだ。勝てるわけがねえよ、こんなのと」

 

シリウスシンボリ「最初から私たちが来るのがわかっていたんだから、この裏取引の主導権を握ろうだなんてのは最初から無理だったんだ」

 

シリウスシンボリ「それによく考えたら、グレイス。お前は斎藤Tのことをただのトレーナーだと勘違いしているようだが、」

 

シリウスシンボリ「こいつは愛しの妹の治療費や教育費を稼ぐことだけを考えてトレセン学園にやってきた“門外漢”だぞ。そこからして狙いがズレていたな」

 

シンボリグレイス「……たしかに、それを 今 実感しています」

 

シリウスシンボリ「なら、あんたはとっくにソラのことをどうするべきかがわかっているんだろう?」

 

斎藤T「ええ。さっきの元気の良い声とキラキラとした眼の輝きでどうしてあげるのが一番なのかがはっきりとしました」

 

斎藤T「ソラシンボリ」

 

ソラシンボリ「は、はい!」

 

斎藤T「きみはいろんなことに興味を持って新しいものに触れることに喜びを覚える素晴らしい素質の持ち主だ」

 

斎藤T「だから、きみは 1年間 トレセン学園で好きなことや興味を持ったことを探究して充実した日々を送るだけでいいよ。それだけで この裏取引の目的は果たされるからね」

 

斎藤T「私はきみを歓迎するよ。何だったら、指導はしないけど担当ウマ娘にしてもいいぐらいだよ」

 

ソラシンボリ「!!!!」

 

ソラシンボリ「ありがとうございます!」

 

スカーレットリボン「え、えっと……」

 

シンボリグレイス「ど、どういうことですか、今のは?」

 

斎藤T「私の担当ウマ娘と同じ匂いがした」

 

斎藤T「この子にとってウマ娘レースでの才能も数ある才能の1つでしかないんだよ」

 

 

斎藤T「だから、私は競走ウマ娘としての才能だけじゃなく、それ以外の豊かな才能の数々も光らせたいという欲求に駆られた!」

 

 

斎藤T「そういうわけで、この子にならアグネスタキオンの研究を引き継がせてもいいと思いますよ」

 

斎藤T「なので、下手な芝居はやめるべきです。この子の意欲や情熱を削ぐようなボンクラを演じさせるよりかは、この子のありままを見せつけた方が健全に目的が果たされることでしょう」

 

シリウスシンボリ「そっか。あんたがそういうのならそうなんだろうな」

 

シリウスシンボリ「よかったな、ソラ!」

 

ソラシンボリ「うん!」

 

シンボリグレイス「しかし!」

 

 

斎藤T「あのですね、『しかし』も何も、あなたの在り方はシンボリ家のモットーとこれからのトレセン学園の在り方に反しますので聞くに値しません」

 

 

シンボリグレイス「なんですって!」

 

斎藤T「――――――『全てのウマ娘が幸福となる世界の実現』のために自分とは正反対のウマ娘(シリウスシンボリ)との協力があって今のトレセン学園があることをお忘れか?」

 

シンボリグレイス「!!!!」

 

シリウスシンボリ「やれやれ、嬉しいことを言ってくれるな、斎藤T」

 

シリウスシンボリ「昨日のことのように思い出せるよな、あの頃のことを。なあ、グレイス?」

 

シンボリグレイス「…………そうでしたね、シリウス」

 

シンボリグレイス「たしかに、今のトレセン学園の有り様は昔のウマ娘の私からすれば風紀と秩序が乱れきっていますが、」

 

シンボリグレイス「それが暗黒期に“ウマ娘によるウマ娘のためのウマ娘のウマ娘レース”の自由を求めて私たちが掴み取った未来というわけなんですよね……」

 

シンボリグレイス「そして、私たちが託したバトンを受け取って秋川理事長と一緒に黄金期を築き上げたルドルフに続く 次なる飛躍の時代――――――、か」

 

シンボリグレイス「……私も随分と年を取りました。私の在り方は今のウマ娘にとっては古臭いのでしょうね」

 

シリウスシンボリ「まあな。お前と私の背中を見て それぞれの良いとこ取りをして 黄金期を乗り切ったルドルフの努力は素直に褒め称えてやりたいよ」

 

スカーレットリボン「………………」

 

 

斎藤T「それで、()()()()?」

 

スカーレットリボン「あ、はいっ!」

 

 

ソラシンボリ「あ」

 

シンボリグレイス「あ!」

 

シリウスシンボリ「ああ……」

 

スカーレットリボン「あっ!?」

 

斎藤T「これでもう誤魔化す必要はないですよね?」

 

スカーレットリボン「あ、ああ…………」オロオロ・・・

 

シンボリグレイス「そのとおりです。完敗です、斎藤T」

 

スカーレットリボン「あ……」

 

シリウスシンボリ「もう楽にしてな、リボン。ソラもな」

 

ソラシンボリ「いいの?」

 

シンボリグレイス「斎藤Tの言う通り、誤魔化しが効きませんから」

 

ソラシンボリ「わーい! ありがとう!」

 

スカーレットリボン「はい……」

 

スカーレットリボン「あの、どうして私が――――――」

 

斎藤T「別にいいじゃないですか、そんなこと」

 

スカーレットリボン「え、そんなことって――――――」

 

 

スカーレットリボン「だって、私は()()()()()()()()()()()()()――――――!」

 

 

斎藤T「――――――()()()()()()()()()のでしょう?」

 

斎藤T「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それで十分じゃないですか」

 

スカーレットリボン「!!!!」

 

スカーレットリボン「……はい」ポタポタ・・・

 

ソラシンボリ「あ!」

 

スカーレットリボン「あ、大丈夫だから。この涙は自然と湧き上がってきた温かいものだから……」ポタポタ・・・

 

ソラシンボリ「お母さん……」

 

シンボリグレイス「どうして、そこまでのことを確信を持って言えるのです……?」

 

シンボリグレイス「いえ、そもそも、今日の取引のことも どこから情報を得ているのですか?」

 

シリウスシンボリ「聞くだけ無駄だとは思うけど、それは私も知りたいな。教えてくれるのなら」

 

斎藤T「ああ、そんなこと簡単じゃないですか」

 

斎藤T「それを知るためには『それを知っている自分になっていればいい』というだけのことです」チラッ

 

シリウスシンボリ「ん? あのサイン色紙の四字熟語、何て書いてある――――――?」

 

 

――――――兼知未然;兼ねて未だ然らざるを知ろしめす。

 

 

そして、時は繰り返す――――――。

 

実に、私は西暦20XY年02月07日の午前中を この後 何十周も繰り返すことになり、タイムリープ過去最多記録をぶっちぎりで更新し続ける修業の場となり、修羅場と化した。

 

なので、この密約の現場を何十回も繰り返しているわけであり、3周目で時間が繰り返されていることを悟ったら、その度に飽きが来ないように趣向を変えながらシンボリ家御一行様を饗すことになった。

 

幸い、去年の『天皇賞(秋)』で最初の時の巻戻し/時の牢獄を経験して以来、何度も繰り返される時の中で飽きが来ないように創意工夫や思い切って新しいことに挑戦する心持ちやノウハウを培ってきたわけなので、

 

過去最高の数十回にもなる時の巻き戻しで何度も密約を交わす場面を繰り返すわけなのだが、それが行われる場所が私の城とも言える自室のトレーナー室なので、

 

大量に備蓄された非常食や通販で取り寄せた各地の珍味や銘菓、銘茶、銘品でもてなし、部屋に置いてある発明品や設備を駆使して趣向を凝らすことをやってのけていた。茶道の精神である。

 

なので、時間が巻き戻ることで何十回も同じ相手に様々な趣向を試すことができ、これはこれで有意義で得るものが多く、非常に充実した時間をもらえていると喜びと感謝の念を抱くことができていた。

 

何しろ、私は常に“もうひとりの自分”が欲しいと思うぐらいにはやりたいことだらけの毎日を送っているのだ。

 

時間は有限だ。それを肝に銘じて完全に開き直って、繰り返される時間の中でやりたいことをやれるだけやれる貴重な機会を逃すつもりはなかった。

 

正直に言って、すでにトレセン学園を卒業したシンボリグレイス、シリウスシンボリ、スカーレットリボン、これから入学してくるソラシンボリというウマ娘について、これでかなり一方的に為人や趣味嗜好を知ることができた。

 

あちらが先触れなく押しかけてくるわけなのだから、急に来られても出迎えの準備なんてないという建前を盾にして、非常に自由度の高いおもてなしを極限まで試すことができてしまった。

 

しかし、今回の時間の巻き戻し/時の牢獄はあの“目覚めし時計”が働いたわけでもなく、脳内に日めくりカレンダーが現れたわけでもなく、決まって 期末試験が終わって生徒たちが一斉に教室を飛び出す 正午を迎える前に戻されてしまうのだ。

 

それがなぜなのかと言えば――――――!

 

 

 

●西暦20XY年02月07日の午前中 88周目

 

斎藤T「はああああああああ!」ドッゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 

美髪美白のウマ娘「…………っ!」

 

門弟のウマ娘たち「おおっ!」

 

斎藤T「これで勝負あったな」

 

美髪美白のウマ娘「……はい。おめでとうございます」

 

斎藤T「……そうか。ようやくか」フゥ

 

 

美髪美白のウマ娘「斎藤 展望殿。この度は、アングロアラブ八極拳またの名を天賦羅八極拳の免許皆伝、誠におめでとうございます」

 

 

斎藤T「…………『おめでとう』じゃないよ、まったく!」

 

斎藤T「――――――なんで、夢の世界で!」

 

斎藤T「――――――あの世界遺産の法隆寺の夢殿の八角堂の中で!」

 

斎藤T「――――――八極拳の修行をつけさせられて!」

 

斎藤T「――――――その度に師匠に打ち殺されることになるんですか!?」

 

斎藤T「おかげで、何十回 シンボリ家の方々との午前の時間を繰り返すことになったと思っているんですか!? 飽きが来ないように趣向を変える努力も嬉しい反面、限界以上にさせられてきた苦労も何なんですか?!」

 

美髪美白のウマ娘「これもまた あなたの発願である尊き天命を果たす お手伝いです」

 

美髪美白のウマ娘「夢殿での八極拳の稽古を通じて、あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()を悟ったはずです」

 

斎藤T「無意識に自分の体が動いてベストな結果を導き出せるようになったら超一流のアスリートの証だろうけど、」

 

斎藤T「実際にはどういうことがベストな結果なのかがあらかじめイメージされることで身体が動いてベストな試合運びができるようにインプットされているからこそ、」

 

斎藤T「超一流同士の戦いともなれば、究極的には対戦者の勝利への思いの強さが勝敗を分かつ絶対的条件という、まさに意志と意志のぶつかりあいになる――――――」

 

美髪美白のウマ娘「その通りです。人間とは肉体を持った霊格であるが故に、まずは肉体を意のままに動かせることから始まり、そこから肉体を超越した意志の力によって現し世を象っていくのです」

 

斎藤T「そして、八極拳とは八極すなわち八方の極遠にまで達する威力で敵の門を破ることを極意とする、か」

 

美髪美白のウマ娘「はい。それは一念三千と同じく、八極にまで達する意志の力があれば、いかなる困難にも立ち向かうことができるのです」

 

斎藤T「その起源は中国ムスリムの回族武術――――――、だから、アングロアラブ八極拳というわけか。そこが本場だからか」

 

斎藤T「アングロってのはアングロサクソンとあるようにドイツのアンゲルン半島から来たゲルマン系のアングル人が席巻した中世イギリスの呼称である“アングリア”を意味するわけだから、」

 

斎藤T「近代ウマ娘レースの発祥であるイギリス“アングリア”と八極拳の起源とある中国ムスリムの故郷“アラビア”を掛け合わせたものか」

 

美髪美白のウマ娘「そう、ローマから正倉院に至るシルクロードよりも遥かなる古今東西のエッセンスが混ぜ合わさったアングロアラブ八極拳はこれから大きな力となります」

 

斎藤T「しかし、もう一つの“テンプラ”というのは?」

 

美髪美白のウマ娘「もちろん、海老天や芋天のことではありませんよ?」

 

斎藤T「わかってる」

 

 

美髪美白のウマ娘「天賦羅とは“天賦の才能を天道のために捧げられる羅漢”のことで、阿修羅と対をなす者です」

 

 

斎藤T「――――――『阿修羅と対』に?」

 

斎藤T「まあ、少なくとも『修羅道』や『修羅場』のように激しさや苛烈さのイメージがあるから聖者のイメージとは程遠いですね」

 

美髪美白のウマ娘「他にも、『修羅を燃やす』と言って嫉妬・執着の心が強いところから激しく嫉妬して、激しく恨みを募らせて、激しく怒り狂うわけですから、常に争いや怒りの絶えない世界を『阿修羅道』というわけです」

 

斎藤T「トレセン学園の生徒とは無縁ですね」

 

斎藤T「でも、公営競技でカネが絡むから、夢の舞台の主役以上に熱くなって場を炎上させるのが周りの人間――――――」

 

美髪美白のウマ娘「そういうことです」

 

美髪美白のウマ娘「競争社会(Competitive Society)に生きるとは言っても、それは切磋琢磨(Friendly Competition)であるべきであって、弱肉強食(Survival Competition)など真に人の心を持つ人間のすることではありません」

 

美髪美白のウマ娘「そして、阿修羅とは“自ら修めたものに阿る者”でもあるのです。つまりは自分の価値観を絶対とし、他者の声や天の導きから背く者なのです」

 

斎藤T「だから、“自ら天に賦す者”こそが“自ら修めたものに阿る者”と対になりえるわけですね」

 

 

私は一度も死んだことはない――――――、というのは最初に私自身の肉体を失って“斎藤 展望”になった私に言えたことではないが、

 

それでも、世にも不思議な時間を巻き戻す“目覚めし時計”の力で何度かやり直すことができるという人生最高の保険を持っていたとしても、絶対に死に至ることだけは避けてきた。

 

死ぬことに慣れてしまったら、それはもう生き物ではなくなる――――――。

 

私は不死者として生き永らえることに価値を見出していない。一個の生命でどこまでやれるかに挑戦する日々に邁進しているからだ。

 

もちろん、そうした日々の前提となる秩序と平和を乱す者に対しては容赦をするつもりはないが、絶対に死なない立ち回りを心掛けてきたつもりだ。

 

なのに、そんな天運に恵まれた私がかれこれ数十回はシンボリ家の面々を見送った後に決まって必ず現れる死神である美髪美白のウマ娘が繰り出す八極拳の餌食になっていた。

 

 


 

 

●西暦20XY年02月07日の午前中 2周目

 

最初に時間が巻き戻って即刻、それはもう必死になって逃げた。世にも不思議な時間を巻き戻す“目覚めし時計”の使用は三度までという話なのだから、4周目で死ぬことになったら本当に死んでしまう――――――。

 

何なのだ、あのウマ娘は!? もしや、最強の妖怪:頽バが表世界に現れた姿なのかと思ったが、圧倒的な妖気が感じられず、むしろ清涼な気を感じていたからこそ、いきなり打ってくるとは思わなかったのだぞ!?

 

なので、いつも時間が巻き戻る予兆となる日めくりカレンダーが脳裏に現れないことに動揺しながらも、正体不明の悪霊と遭遇したら三十六計逃げるに如かず――――――!

 

2周目はシンボリ家の面々とも会わないように すぐにユニットシャワールームの真の機能である瞬間物質移送器を起動させた――――――。

 

 

すると、移送されたら そこはビックリ仰天! 柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺! 木造建築としては現存する世界最古のあの有名な五重塔が目の前にあるではないか!

 

 

こんなことは絶対にありえない! 瞬間物質移送器のポータルは母機が設置されている奥多摩の川苔山/百尋ノ滝の秘密基地にあり、どこへ移送するのにも必ずターミナルとなる場所を経由しなければならないのだから、子機を置いた憶えのない場所に出るはずがない!

 

しかも、ここにワープしたということは当然ながらここにワープするための瞬間物質移送器の子機があるはずなのに、それすら見当たらないので帰ることができず、私は愕然とする他なかった。

 

なので、世界に名高い世界遺産:法隆寺またの名を斑鳩寺を これからどうすべきか思い悩みながらも、次第にせっかく来た記念に持ち前の冒険心から跳ねるような足取りで見て回っていた。

 

ところが、人の気配がない。人っ子一人いないのだ。もしかすると今日は休日なのかと思い立つのも束の間、学園裏世界のように全てのセキュリティが解除されていたことに気づき、ここが異界であることを理解した。

 

つまり、それらは想念によって創り出された霊空間;閉ざされた世界(クローズド・サークル)であり、塀の上に飛び上がって誰もいない法隆寺から脱出しようとすると、凄まじく弾力の強いゴムシートのような目に見えない壁に行く手を阻まれた。

 

コンクリートや鉄の壁のように固くはないが『糠に釘』のように前に進んでいるようで進んでいない徒労に終わり、私は南中した太陽に照らされた無人の法隆寺に空恐ろしいものを感じ始めた。

 

 

――――――これが意味することは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということなのだ。

 

 

どういった縁であの死神と法隆寺が関係しているのかはわからないが、こうして異界に入り込むという現実に直面するということはすでに相手の頭の中に築かれた脳内世界の住人として私は取り込まれているというわけなのだ。

 

こうした異界を構成するものは想念そのものであるため、私は 今 何者かのとてつもなく壮大な想念の中に沈められた状態となっているのだ。

 

しかし、悪霊は天界に行けないが故に地上に蟠り、善霊なるものがすぐに天界に向かうように、私の命を狙う何者かが追い込んだ想念の世界の殺人現場が法隆寺というのも奇妙な話だ。

 

今日、聖徳太子の生誕祭であり、それを祝ったから そういった縁で法隆寺なのだろうか――――――。

 

とにかく、理由も状況もわからないが、私は絶対に肌身離さずの誘導棒に偽装したプラズマジェットブレードの感触を確かめ、悪霊退散のプラスチック製の金剛杵(ヴァジュラ)を数え、三女神から授かった“黄金の羅針盤(クリノメーター)”で行くべき場所を求めた。

 

すると、“黄金の羅針盤(クリノメーター)”は明確に行くべき道を指し示し、カーナビのように私を的確に法隆寺の外へと導いた。

 

普通に門を開けて五重塔を後にすると、風に乗って斑鳩の里:法隆寺の案内図が印刷されたパンフレットが私の目の前に落ちてきた。

 

どうやら、五重塔がある区画を西院伽藍と言い、五重塔の隣に国宝指定の金堂があり、私がいた場所はまさに西院伽藍の中であった。

 

そして、西院伽藍を出て辺りを見渡しても人の気配はまったくない無人の世界に慄きながらも、私は“黄金の羅針盤(クリノメーター)”の指示に従う他なかった。

 

どうやら、私は北側から西院伽藍を出たらしく、“黄金の羅針盤(クリノメーター)”は東を向いていたので、大宝蔵院のある道を進んでみた。

 

百済観音像をはじめとする寺宝を公開している大宝蔵院はもちろん見学者や守衛の姿はなく、カーナビとなった“黄金の羅針盤(クリノメーター)”が正確に大宝蔵院に入るように方位磁針を回転させるので、せっかくのなので見学していくことにした。

 

23世紀の国民皆信仰の時代の太子信仰の人間としては聖徳太子ゆかりの国宝を見て回れる機会が訪れたことを泣いて喜ばないわけがない。

 

ここが何者かが創り出した私を抹殺するための異界だとしても、国宝級の名宝の数々をタダで拝むことができるのなら、少しでも得るものがあったと前向きになれるからだ。国宝の数々を再現して拝ませてくれるのなら敵ながら天晴というもの。

 

おそらく、そこまで邪悪な気配がしていないので大丈夫だとは思うが、今の私の怯えはむしろ俗世間の汚濁がまったく感じられない清浄な世界にいたたまれなくなっている状態なんだと思う。

 

時計回りの順路の回廊となっている大宝蔵院を進んでいくと、驚いたことにパンフレットにある写真とは異なり、全ての展示品が経年劣化を感じさせない新品同然の状態で保管されていたのだ。

 

嘘だ。まやかしだ。もう間もなく聖徳太子1400年御遠忌になるのだから、ここに展示されているものは1400年前ぐらいに作られているのに、どうしてできたてのように瑞々しさや金属の輝きが照り返しているのだろうか。

 

年代物であるはずの銅造仏像の金属光沢の輝きは想像以上に神々しく、それを見て奈良の大仏が金メッキされていた迫力は壮観なのだろうと驚くばかりだ。

 

 

そんな中、とりわけ目を引いた宝物が玉虫厨子であった。装飾に玉虫の羽を使用していることからこの名がある国宝――――――。

 

 

私にとっては玉虫色の妖しい輝きを放つ学園裏世界最強の妖怪:頽バを思い出させるものであり、実際に頽バの妖しい輝きの意味を法隆寺の玉虫厨子に求めたことがあった。

 

まさか、こうして妖怪:頽バなのかはわからないが 私の命を狙ってきたウマ娘の姿をした何かが誘い込んだ異界に再現された法隆寺で 玉虫厨子の実物を見ることになるとは――――――。

 

厨子とは仏像などの礼拝対象を納めて屋内に安置する屋根付きの工作物であり、祠の一種と言える。

 

その中でも玉虫厨子は当時の仏堂建築の外観を模した造りになっており、古代の日本建築を知るうえでも重要な遺品ともなっており、言うなれば当時の仏教寺院のミニチュアであった。

 

そして、斎藤 展望の185cmのガタイの良さよりも大きい2mは優に超えており、写真で見るよりもずっと大きく、非常に色鮮やかな顔料の装飾、金銅金具の下には装飾のために玉虫の羽を入れてあり、その芸術性の高さに目を奪われた。

 

こうして完成当時の時代を超える芸術の極致を体感することになったのだが、玉虫厨子で有名な捨身飼虎図はそれ以上に感動するものがあった。

 

捨身飼虎図とは、仏教の宗祖:ゴータマ・シッダールタの前世の1つである薩埵(サッタ)王子が飢えた虎の母子に自らの肉体を布施するという物語を描いたものであり、

 

この図は「異時同図法」の典型的な例としても知られ、「王子が衣服を脱ぎ」「崖から身を投げ」「虎にその身を与える」までの時間的経過を表現するために、王子の姿が画面中に3回登場する。

 

私はこの絵を初めて見た時の衝撃を今でも鮮明に憶えている。身投げして虎に喰われる様を克明に描いているのだから、それに至る背景を知らなければグロ画像でしかなかった。

 

しかし、今となって見れば、お釈迦様が何度生まれ変わっても捨身を貫く慈悲深さの極致として、理性のない獣畜生にすら慈しみの心で自身の大切な命を捧げる気高さがこうしてリマスターされて鮮明に伝わってきたのだ。

 

だから、温かい涙がポロポロこぼれてきて、ヒトとウマ娘が共生するこの惑星で生きる上で大切なことは何も違わないことを教えられたようだ。

 

そうして大切なものがズシンと胸に収まったところで、次の展示品に向かうとそこには2mを超える飛鳥文化を代表する仏像:百済観音像が色鮮やかに待ち構えていた。

 

圧倒された。仏像がこんなにも大きいとなると、まず圧倒されてしまう。実際の御仏がこれだけ大きいのかはわからないが、大きいと言うだけでこうも圧倒されてしまうのだから、大きいことは力なのだ。

 

しかし、その隣に見たことのない仏像があったことに気づいた。

 

しかも、それは紛れもなくウマ娘の仏像であったのだ――――――。

 

 

斎藤T「まあ、ヒトとウマ娘が共生する異世界なのだから、ウマ娘の仏像があってもおかしくはないが……」

 

斎藤T「逆に言うと、古代におけるウマ娘の扱いがヒトと敵対的な異種族で一貫しているのに、なぜウマ娘の仏像が――――――?」

 

斎藤T「しかし、白い仏像のウマ娘――――――?」

 

斎藤T「まさか、このウマ娘は――――――」

 

 

美髪美白のウマ娘「お察しの通り、ゴータマ・シッダールタ王子の愛バ:カンタカ様です」

 

 

斎藤T「!!?!」

 

美髪美白のウマ娘「古代においてはウマ娘は戦車(チャリオット)の御者として使役されておりました」

 

美髪美白のウマ娘「そして、時には護衛として、時には夜伽の相手として、ヒトの王に仕える栄誉ある血統でもあったのです」

 

斎藤T「………………」

 

美髪美白のウマ娘「当時の古代インドにおいてはウマ娘は不可触賤民(アウトカースト)であり、人間として扱われなかったのです。古代ローマの剣闘士(グラディエーター)に近い扱いだと考えてください」

 

斎藤T「……釈迦の出家を手伝った後、釈迦と別れて帰城してから絶食して死に、天界に生まれたとも言うが?」

 

美髪美白のウマ娘「ええ、主人の命に従ってシッダールタ王子の装身具、武器、髪の毛を引き渡した後、その責を負って獄中死です」

 

美髪美白のウマ娘「ですが、カンタカ様の娘が仏弟子となって悟りを開いたともあり、その供養の結果、死後にバラモンに生まれ変わって仏弟子になったとも伝えられてもいます」

 

美髪美白のウマ娘「ただ、ウマ娘という異種族を統制する必要があった古代の権力者たちにとってはウマ娘にも仏性があることが不都合な事実であったため、カンタカ様の仏像は秘仏として隠されていたものなのです」

 

斎藤T「……結局は20世紀の発見の世紀になるまでは同じ人間として人権が認められることはなかったわけか」

 

美髪美白のウマ娘「さあ、次に行きましょう」

 

斎藤T「………………」

 

 

私に選択の余地はなかった。シンボリ家との密約の後に私をいきなり暗黒空間に引きずり込んできた美髪美白のウマ娘が音もなく背後をとっていたのだから、逃げても無駄なのを思い知らされた。

 

せっかくなので、誰もいない無人の法隆寺に展示されている国宝の数々を鑑賞しながら案内してもらうことになり、楽しい楽しい法隆寺の観光案内の一時を過ごすことができた。

 

そうして、東院伽藍にある夢殿を訪れると、そこもまた新築同然の輝きを放っており、夢殿の甍の宝珠がまるで太陽のように眩かったのだ。

 

ここは聖徳太子一族の住居であった斑鳩宮の跡に建立された場所であり、本来の法隆寺と呼ばれている場所こそが西院伽藍であり、

 

東院伽藍は聖徳太子一族の宮殿が荒廃しているのを見て嘆いた僧:行信によって天平11年(739年)に創建された場所と伝えられる。

 

廻廊で囲まれた中に八角円堂の国宝:夢殿が建ち、廻廊南面には礼堂、北面には絵殿及び舎利殿があり、絵殿及び舎利殿の北に接して伝法堂が建つ。

 

そして、夢殿中央の厨子に安置する木造の観音像こそが明治時代にアーネスト・フェノロサが夢殿厨子と救世観音の調査目的での公開を寺に求めて長い交渉の末に公開された秘仏:救世観音像である。

 

法隆寺夢殿の本尊で、聖徳太子の等身の御影と伝わる観音菩薩立像であり、太子信仰にとっては最大の聖像(イコン)との夢のご対面であった。

 

しかも、できたてホヤホヤの完全な金箔貼りの黄金仏として永遠の存在としてそこにあったのだ。

 

 

――――――驚嘆すべき無二の彫像は忽ち吾人の眼前に現はれたり。

 

 

斎藤T「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます……」

 

斎藤T「たとえ ここが夢幻の黄泉路であったとしても、こうして在りし日の完全な形の救世観音像を拝めただけでも それでもう十分でございます……」

 

美髪美白のウマ娘「なら、始めましょうか」

 

斎藤T「なにっ!? いったい何を始めるつもりだ!?」

 

美髪美白のウマ娘「当然、あなたの発願を叶えるために必要なことをするのです」

 

斎藤T「は」

 

 

――――――観音妙智力 能救世間苦(観音様の偉大なる智慧の力は人々を世の苦しみから救うことができる)。

 

 

美髪美白のウマ娘「さあ、かまえてください」

 

美髪美白のウマ娘「でなければ、死にますよ!」

 

斎藤T「ふ、ふざけるな! 殺すなら一思いに殺せ! いったい何なんだ!? 何が目的だ!?」

 

美髪美白のウマ娘「いいですか、この法隆寺から出たいのなら あなた自身の発願のために必要な修行を積まないといけないのですよ」

 

美髪美白のウマ娘「ですので、最初は基本となる馬歩の稽古から始めます」

 

斎藤T「――――――『馬歩』? 馬歩って中国武術の立禅のことか? それなら私にだってできる」

 

美髪美白のウマ娘「やってみてください」

 

斎藤T「そう、こんな風に馬に跨る感じに足を開いて腰を下ろして、膝が爪先より前に出ないように――――――」

 

斎藤T「久々にやると、これが、なかなかにキツイな……」プルプル・・・

 

斎藤T「でも、こうやって足腰に負荷をかけることが無重力空間で足腰が弱るのを抑える筋トレになるわけだからな……」プルプル・・・

 

美髪美白のウマ娘「では、立禅を開始してください」

 

斎藤T「いいっ!?」

 

美髪美白のウマ娘「――――――」スッ ――――――足を振り上げて震脚の用意をする。

 

斎藤T「わかった! わかったから! やればいいんでしょう!? どうせ、この術中から覚めることはないんだから、もうどうにでもなれ!」

 

斎藤T「………………」プルプル・・・

 

斎藤T「――――――」

 

美髪美白のウマ娘「……さすがは観音にして明王の未来仏」

 

 

こうして、私は 夢か現か幻か曖昧な世界で更に意識を没入させることで、アングロアラブ八極拳 またの名を天賦羅八極拳の修得のために、夢殿の八角堂の修行場で師匠となった美髪美白のウマ娘に無限に思える稽古の時間を過ごすことになった。

 

目を瞑った先では、1964年の東京オリンピックの柔道競技会場として法隆寺夢殿をモデルにした八角形の意匠で建設された東京の武道館らしき場所の道場に立たされており、そこではたくさんのウマ娘が稽古を積んでいた。肉付きを見る限りだと競走ウマ娘ではない。

 

後に、現実世界に時間が巻き戻った際に武道館について調べると、その名のとおりに日本の武道(柔道・剣道・弓道・相撲・空手道・合気道・少林寺拳法・なぎなた・銃剣道・古武道)の稽古場、競技場として使用されている他、

 

ダンス、マーチングバンド、バトントワリングの競技会、民放キー局が主催・放送していた年末の賞取りレースと称される音楽祭コンサートや格闘技(プロボクシング、プロレス、総合格闘技)の興行会場、大学や企業などの大規模な入学式・卒業式・株主総会の会場として幅広く使用されているそうなのだ。

 

なので、大道場(アリーナ)を囲む観客席には、武道の稽古をつけているウマ娘以外にも企業人の装いをしたウマ娘が見学している様子が見受けられ、突如として入り込んでしまった私の存在に興味津々のようであった。

 

 

そこで私は私を襲撃して異界に引きずり込んできた美髪美白のウマ娘を師匠として、どういうわけかアングロアラブ八極拳の修行をすることになった。

 

 

もちろん、ウマ娘の異世界ならではの格闘ウマ娘によるウマ娘格闘技が存在するわけなのだが、もっとも貧弱な肉体の競走ウマ娘でさえもヒトはまともな力競べができないほどに腕力の差があるのだから、

 

警察バに近い体格のウマ娘が繰り出すアングロアラブ八極拳の打撃をまともに受けたら、そこから一瞬で骨が砕け散り、内臓が粉砕されて、身体が吹き飛んで八角堂の壁に叩きつけられて口から血反吐を吐いて白眼を剥くのは無理ないだろう。

 

ただ、幸か不幸か、精神世界の更に奥の世界での死であるために、それは現実的な死には結びつかず、気づいたら またしても西暦20XY年02月07日の午前が繰り返される。

 

だからこそ、私はどうあっても精神世界の更に奥の世界でのアングロアラブ八極拳の修行から逃げられないストレスから、無限に繰り返されるシンボリ家との密談でのおもてなしに趣向を凝らすことになった。

 

人間、やればできるものだ。追い詰められたストレスによって生物が進化を遂げるのは自然の摂理なのだから、普通の人間であることを少しずつスパルタ教育で辞めさせられていくのを如実に感じられる。

 

おかしいな。私は普通に聖徳太子の生誕祭を一人で慎ましく祝っていただけなのに、なんでシンボリ家との密談とアングロアラブ八極拳のお稽古を無限に繰り返さないといけないんだろう。

 

一応、精神世界の更に奥の深層世界でのアングロアラブ八極拳の修行の成果は時間が巻き戻った現実世界に逐一反映されており、その度に動かしたことがない筋肉が叫び声を上げるものの、少し練習をすればイメージ通りに身体が動くようになってきていた。

 

そのため、夢殿で教わった套路を軽くこなすだけで、翼が生えたかのように身体が軽くなったのを実感できる。

 

実際、繰り返される死と再生の中で八角形の大道場(アリーナ)で師匠の散打をどう凌ぐかに意識を集中して対策を講じていく度に、精神世界の更に奥の深層世界では瞬間に相手の動きが読める上にイメージ通りに身体が動くので、師匠の繰り出す技の数々をどれだけ予想して意表を突けるかの知恵比べとなっていった。

 

これでも私は脳内シミュレーションやVRシミュレーターは大得意だし、波動エンジンの開発エンジニアという世紀の大天才だし、並行世界の地球の支配種族である怪人:ウマ女との死闘を潜り抜けてきたんだから、頭脳勝負で簡単に負けてやれない。

 

やっぱり、私も男の子なんだな。格闘技にハマりだすとやめられない。怪人:ウマ女との生死を賭けた激闘の日々に懐かしさを憶えている始末だ。

 

 

しかし、こうしてウマ娘の全力と直に手合わせする毎に、最初に私の担当ウマ娘が説明してくれた『ヒトとウマ娘の身体構造はほぼ同一』でありながら、ヒトとウマ娘とであそこまで身体能力に差が生まれることに改めて疑問を抱くようになった。

 

 

もちろん、ウマ娘自身もヒト社会においては持ち前の身体能力をフルに活用できる機会が少ないからこそ、ウマ娘レースの殿堂である『トゥインクル・シリーズ』に誰もが憧れを抱くわけなのだが、

 

実際には精神世界である学園裏世界においてはウマ娘の霊はヒトの霊に使い魔にされていることが多く、こうして精神世界の実相からウマ娘がヒトに従わされていることにも嫌でも納得させられている。

 

というより、ウマ娘は古代史においてはヒトの男子を攫う鬼の一族であり、それらが調伏された結果、全体として1割にも満たない第3の性としてヒト社会に溶け込んでいるというわけなのだ。

 

となれば、聖徳太子やお釈迦様はどうウマ娘に接して教化を果たしたのか、そのヒントになるものが掴めそうな気がしていた――――――。

 

そして――――――。

 

 


 

 

●西暦20XY年02月07日の午前中 88周目に話は戻り――――――

 

美髪美白のウマ娘「では、お別れです。ご武運を」

 

斎藤T「――――――必要な時に必要なものを必要なだけ与えるのが上の人間の理想像なのだから、全知全能と定義されて人間の究極的存在である神がもたらすことにムリ・ムラ・ムダがあるわけがない」

 

斎藤T「このタイミングで何度もシンボリ家との密約とアングロアラブ八極拳の稽古をさせたのはそれが本当に重要なことに繋がっているんでしょうね」

 

美髪美白のウマ娘「わかっているではありませんか」

 

斎藤T「だから、なんで私なんだ?」

 

美髪美白のウマ娘「あなたがそう願って生まれてきたからですよ」

 

斎藤T「それは、どっちの意味で?」

 

美髪美白のウマ娘「そうでした。これをあなたに」ゴトッ

 

 

斎藤T「お、おい! これって、瑪瑙(アゲート)団塊(ノジュール)じゃないか!?」ズッシリ!

 

 

斎藤T「しかも、これは針状インクルージョン。ということは、針入り瑪瑙(セージナイト・アゲート)ってやつだよな?」

 

斎藤T「この鉛灰色の針状インクルージョンになる鉱石と言ったら――――――、あ、これ、知ってる。難燃剤に使われるアンチモンだ。その鉱石である輝安鉱(アンチモナイト)だ」

 

斎藤T「これは輝安鉱(アンチモナイト)針入り瑪瑙(セージナイト・アゲート)団塊(ノジュール)だ! これは凄い! 標本としては最高の状態じゃないか!」

 

美髪美白のウマ娘「これをお使いください」

 

斎藤T「は? 何に? こんな立派な標本は大切に保管すべきじゃないんですか?」

 

美髪美白のウマ娘「お使いください」

 

斎藤T「何に? ねえ、何に? 難燃剤にしか使えないでしょう?」

 

斎藤T「あ、わかった。瑪瑙(アゲート)ってことは、仏教の七宝(金、銀、瑠璃、玻璃、硨磲、珊瑚、瑪瑙)に数えられていることに何か関係があるんでしょう?」

 

美髪美白のウマ娘「それもありますが、あなたの発願を叶えるためにはとても重要なものですよ」

 

 

美髪美白のウマ娘「――――――“瑪瑙”という漢字を思い浮かべてください」

 

 

斎藤T「……珍しい漢字ではある。他で使われているところは見たことがない。せいぜい当て字で(ヤード)と読ませるぐらいか」

 

美髪美白のウマ娘「そうですよ、“瑪瑙”のためだけに作られた漢字なのですから」

 

美髪美白のウマ娘「ほら、10世紀前半成立の『和名類聚抄』巻11「玉類」の項目を御覧なさい」ペラッ ――――――突如として古文書が出てくるがもう驚くことではない。

 

美髪美白のウマ娘「瑪瑙を漢語で“馬脳”と表記し、万葉仮名では“俗音”“女奈宇”と記述されていますよ」

 

 

美髪美白のウマ娘「つまり、瑪瑙という宝玉は虎目石(タイガーズアイ)青玉(サファイア)紅玉(ルビー)と同じように呼ぶと、馬脳石(ホースブレイン)になるわけですよ」

 

 

斎藤T「え」

 

斎藤T「え?」

 

斎藤T「え!?」

 

美髪美白のウマ娘「ですので、ウマ娘を操る魔力を秘めた宝玉として古代の権力者たちは世界各地で求めたわけで、仏教の七宝にも数えられるわけですよ」

 

美髪美白のウマ娘「ちなみに、その輝安鉱(アンチモナイト)針入り瑪瑙(セージナイト・アゲート)団塊(ノジュール)の産出地は今で言う愛媛県の市之川鉱山(閉山済み)。そこに赴いた聖徳太子に献上されたものです」

 

斎藤T「!!!?」

 

斎藤T「――――――聖徳太子ゆかりの七宝!? これって、とんでもない大秘宝じゃないか!?」

 

美髪美白のウマ娘「ですので、どうぞお使いください」

 

美髪美白のウマ娘「大丈夫です。ここは現実世界の裏側の精神世界の更に奥にある深層世界です」

 

美髪美白のウマ娘「ここでの出来事は全て現世に具現化する前の象徴の世界。泥中の蓮の世界の出来事であり、現実世界に蓮華の花を咲かすための栄養素となって あなたの身に備わるのです」

 

美髪美白のウマ娘「ここに戻れば いつでも取り出すことができます故、存分にお使いください」

 

斎藤T「…………ありがたく頂戴いたします」

 

美髪美白のウマ娘「では、それを踏まえて、皇大神宮(伊勢神宮内宮)に向けて 末広がりにて締め括らせていただきます」

 

 

 

――――――二礼八拍手一礼。

 

 

 

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