ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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合格報告  生命の泉から零れた一雫

 

トレセン学園から合格通知が届いた時は、試験レースのハロン走で堂々の1位だったこともあって絶対に受かると思っていたけど、本当に嬉しいものがあった。

 

近代ウマ娘レースにおいてはパート2国の扱いを受けている祖国を一人出て、遥々と極東の島国にやってきた時、なぜだかひどく懐かしい気持ちになれた。

 

祖国や遠征先の大都会とも異なるトーキョーの空港に降り立った瞬間に、私はなぜだか本当に涙が止まらず、世界的に有名なゲームキャラによる『Welcome to Japan』が私の心を揺さぶった。ここまで頑張ってきたことが本当に報われた瞬間に思えた。

 

 

そう、子供の頃から日本のアニメやゲームに慣れ親しんでいたこともあったのだけれど、何かの特集で日本の中央競バ『トゥインクル・シリーズ』でオグリキャップの名前を知った瞬間、『日本に行こう!』という決意が湧き上がって、

 

パート2国の出身とは言え、競走ウマ娘として生まれてきた以上は、ウマ娘レースで自分がどこまでやれるのかを試したいというウマ娘特有の闘争本能を初めて自覚した瞬間でもあった。

 

だから、私はEUに加盟する必要がないぐらいに水産業や北海油田の開発で裕福な国の支援を受けて、日本のウマ娘レースでトレーナーと取引材料になりそうな本場ヨーロッパの芝のサンプルや情報を手土産に極東の地を目指してきたのだ。

 

そして、『悲壮な顔をしてこの絵の前に立ってください』というユーモアが込もった駐日大使館でお世話になりながら、祖国に帰る前に世界が驚愕した異例のトーナメント戦『URAファイナルズ』の準決勝トーナメントを都内のイベント会場で観戦することになった。

 

 

すると、そこには日本で伝説的なウマ娘と称えられている、私が日本を目指すきっかけになった、私が競走ウマ娘であることに目覚させた、あのオグリキャップがいたのだ。

 

 

私は思わず立ち止まってジッと見つめてしまっていた。

 

そのことにオグリキャップも気づいて自ら歩み寄って自分が食べていたものを勧めてきた時はこれが現実のこととは思えないぐらいに感極まっていた。

 

本当に()()()()()()()()()()()()()と涙ぐんでしまうと、今度は困った表情のオグリキャップが何かを閃いて突然いいこいいこされた時には、もう頭の中が破裂しそうになっていた。

 

そこから更にタマモクロスとスーパークリークといった日本競バ界のスターウマ娘にも可愛がられることになり、気づいたら私は控室でチャイルドスモックを着せられてガラガラを持った満面の笑みを浮かべたスーパークリークにあやされていた。

 

ありのままに その時 起きたことを思い返すと、自分が何をされたのかもわからないぐらい、何がどうなってこうなってしまったのかの経緯すらも吹っ飛んでしまっていた。

 

ただ、日本の学制に合わせて7年制の初等教育を飛び級で卒業して 極東のトレセン学園を目指した来た日々は本当に遮二無二で、祖国にいる家族や友人たちよりも先に大使館の人たちに合格祝いをしてもらった後に、日本競バ界のスターウマ娘に優しくしてもらったことは本当に嬉しくて嬉しくてしかたがなかった。

 

そして、私はふと我に返って、『どうして見ず知らずのウマ娘にここまで優しくしてくれるのか』と訊いたのだ。

 

すると、ガラガラを持って満面の笑みを浮かべていたスーパークリークはスッと真面目な表情になった。その答えは――――――。

 

 

――――――たぶん、あの人に似ていたから。あの人の子供はこんな感じなのかなって、つい思っちゃって。

 

 

私はもうドキドキが止まらなかった。さっきまで赤ちゃんを可愛がる表情から変わって大切な人を思う女性の表情があんなにも綺麗だなんて思わなかったから。

 

スーパークリークが言う“あの人”ってことは、つまりは『トゥインクル・シリーズ』を二人三脚で戦い抜いて一心同体になった担当トレーナーのことなんだってことは使い古されたトレーナーバッジを大事にしている様子から見て取れた。

 

でも、とっくの昔にトレセン学園を卒業して社会人として働いているスーパークリークが私のことを“あの人の子供”に重ね合わせているのはどういうことなんだろうと思っていると、

 

よくよく考えると、私自身もジャパニメーションが大好きなんだけど、どちらかというと女の子向けのメルヘンなアニメよりもウマ娘の闘争本能を高ぶらせそうな熱血・友情・勝利に象徴される男たちの熱いバトルアニメが好きで、男子と一緒に混ざって聖闘士星矢ごっこで盛り上がっていたっけ。

 

ちなみに、私はおうし座生まれだから星座カースト制度では良くも悪くもない微妙な立ち位置だったけど、一般的に名バと呼ばれるウマ娘たちの誕生日が日本では3月から5月に集中していることを知ってジャパニーズ・ドリームをより一層目指そうと思ったのも、これがきっかけでもあった。

 

だから、その時の私はスーパークリークの担当トレーナーは腕白小僧な一面が強かった人なのだと勝手に想像していた。

 

だって、それがスーパークリークの趣味である“でちゅね遊び”をしたいという欲求を満たしたいと思う相手の条件であるはずだから――――――。

 

 

――――――そんな時だった。私の運命が変わる瞬間は。

 

 


 

――――――都内の子供たちを集めた『URAファイナルズ』準決勝トーナメント観戦プログラム2日目/控室

 

 

斎藤T「私はトレセン学園のトレーナーの斎藤 展望という新人だが、きみ、名前は?」

 

アクアビット「はい、アクアビットです!」

 

斎藤T「ああ、ノルウェーから来た子だったね。きみもジャパニーズ・ドリームを夢見てやってきた感じかな」

 

アクアビット「はい! オグリキャップに憧れて、ここまで来ました!」

 

斎藤T「そっか。憧れの人に会えてよかったね」

 

アクアビット「本当です! なんで私が控室で安静になっていたかも憶えていないぐらいに有頂天になってました!」

 

斎藤T「そうか。まずは夢が叶って良かったね」

 

斎藤T「ただ、それで満足していたら すぐに学園を去ることになるから、改めて学生証を受け取って学園の芝を踏んだら、しっかりと頑張るんだよ」

 

アクアビット「ありがとうございます!」

 

アクアビット「でも、斎藤Tはどうしてこちらのイベントの方に?」

 

斎藤T「まあ、簡単に言うと、メイクデビューさせる私の担当ウマ娘の売り込みのためだね。『宝塚記念』『有馬記念』といった“春秋グランプリ”はファンからの人気投票で出走権がもらえるわけだから、今からでもファン数を稼いでおこうと思ってね」

 

アクアビット「そうだったんですか」

 

斎藤T「きみもギネス記録になっている『有馬記念』に憧れているんじゃないのかい?」

 

アクアビット「はい! やっぱり、ウマ娘として生まれてきたからには自分の脚で栄光を掴み取りたいです!」

 

斎藤T「そうか。きみの脚質が日本の芝に合っていればいいね。知っての通り、日本の高速バ場での事故が絶えないからね」

 

アクアビット「あ、大丈夫ですよ! 日本の芝を輸入してもらって研究してきましたから!」

 

アクアビット「他にも、日本のウマ娘が多く参加しているフランスの芝とか、近代ウマ娘レース発祥の地のイギリスの芝とか、ドイツの芝のサンプルも持ってきてます」

 

アクアビット「私、本場ヨーロッパのウマ娘レースの最新情報を翻訳できますよ!」

 

斎藤T「……それはスゴイな」

 

アクアビット「――――――あ、目の色が変わった」

 

アクアビット「どうですか、斎藤T! ここで会ったのも何かの縁ということで、私のことをボトルキープ(仮契約)しませんか?」

 

斎藤T「――――――“アクアビット(ジャガイモを主原料とした蒸留酒)”だけに?」

 

アクアビット「はい!」

 

斎藤T「…………うん?」

 

アクアビット「?」

 

斎藤T「…………あれ?」

 

アクアビット「どうしたんですか?」

 

 

斎藤T「…………きみのウマ娘としての名前:きみに宿る異世界の英雄の魂の名は“アクアビット”で間違いないか?」

 

 

アクアビット「!!!!」ビクッ

 

アクアビット「……え、な、何ですか、急に?」

 

斎藤T「どうなんだい?」

 

アクアビット「……そ、そうですよ! 私は“アクアビット”です! それ以上でもそれ以下でもないですから!」

 

斎藤T「いや、別に責めているわけじゃない。私が面倒を見ることになったシンボリ家の子も偽名だし、だいたいにしてウマ娘の名は自己申告制だから虚偽を問われることもない」

 

アクアビット「え」

 

斎藤T「ただ、きみには『名家』の看板を背負う義務もないことだし、ウマ娘はみな自分に宿ることになった異世界の英雄の魂の名を大事にしていると聞かされていたから、自分で偽名を名乗るようになったことが不思議に思えてね」

 

アクアビット「あ…………」

 

斎藤T「嫌いじゃないよ、アクアビットって名前も。ウィスキーと同じで語源は“生命の水”だからね」

 

 

斎藤T「でも、辛くはないか?」

 

 

アクアビット「あ……」

 

アクアビット「あ…………」ジワッ

 

アクアビット「ああ………………!」グスン

 

アクアビット「う、ううう…………」

 

アクアビット「ううわあああああああああああ……!」

 

斎藤T「………………」

 

 

日本の地に降り立ってからの私は泣かされてばかりだった。

 

思えば、私が日本に憧れを抱いたのも、私の本当の名前を明かすことが許されない事情があるからこそ、それとは無縁の極東の夢の国に想いを馳せるようになったのかもしれない。

 

そう、“アクアビット(生命の水)”という名前は北欧諸国で有名なジャガイモの蒸留酒としてとてもありふれたものだったのだけれど、私はあえてそのありふれた名前で人生を生き通すことを決めていた。

 

 

――――――“レーベンスボルン(生命の泉)”。それが私の本当の名前だった。

 

 

斎藤T「……ドイツ語で“生命の泉(Lebensborn)”? どこも悪い意味じゃない気がするが?」

 

アクアビット(レーベンスボルン)「……戦時中のドイツの戦争犯罪として大いなる燔祭(ホロコースト)が世界的に有名ですけど、その原動力となった『アーリアン学説』についてはどこまでご存知ですか?」

 

斎藤T「いや、人間の都合で左右されるいいかげんな学説で、戦時中に同盟国だった日本人が名誉アーリア人認定されていたぐらいには」

 

アクアビット「実は、『アーリアン学説』の下に行われた経済の脱ユダヤ化以外にも『アーリア化』を目指した政策があったんです」

 

斎藤T「それが――――――」

 

アクアビット「はい」

 

 

アクアビット「ユダヤ人絶滅のための強制収容所と対照をなす、アーリア人増殖のための収容所である“レーベンスボルン”です」

 

 

アクアビット「実情としては前の大戦(グレート・ウォー)での戦死者やその後の世界恐慌の生活苦で堕胎施術が年間出生数を上回ることで、ゲルマン民族がまさに滅亡の危機に瀕していましたから、」

 

アクアビット「ナチス・ドイツは母子援助制度を開始し、女性の出産育児に対する経済支援の一環として、母子家庭の支援団体の名目で“生命の泉協会(レーベンスボルン)”を首都:ベルリンに設置したのが始まりです」

 

斎藤T「……ということは、近代革命以降の基本的人権の尊重と人種差別が混在した時代に“サビニの女たちの略奪”みたいなことがあったんだな?」

 

アクアビット「まあ、神聖ローマ帝国・ドイツ帝国の後継となるドイツ第三帝国を標榜していたわけですから、あながち間違いでもないですね」

 

アクアビット「基本的にはアーリア人の純粋な末裔と位置づけたゲルマン民族の純血性と繁栄のためにドイツ国内でのみ展開されていた人口政策ですけど、占領地域の拡大によってその例外があった地域があったんです」

 

斎藤T「それがゲルマン民族の発祥とされるスカンジナビア半島のノルウェーだったと」

 

アクアビット「そうです。ノルウェーなんです」

 

アクアビット「もっとも、占領地域の女性が占領軍の兵士の慰み者にされるのはいつの世も変わらないことで、フランスやオランダ、ポーランドにもたくさんアーリア人の落し胤が生まれてますよ」

 

アクアビット「ただ、ノルウェーの場合だとドイツ降伏後に“生命の泉協会(レーベンスボルン)”に協力していたノルウェー人女性を逮捕して不当な差別的取扱いをしてきたということで、後々になって“生命の泉協会(レーベンスボルン)”出身の混血児が政府に対して国家賠償を求める訴えを起こすことにもなりました」

 

斎藤T「…………だからか」

 

アクアビット「はい。だから、私は意味も知らないままに初めて呟いたドイツ語の名前を他人に知られないように両親から厳しく躾けられることになりました」

 

 

アクアビット「――――――バカみたいですよね」

 

 

アクアビット「だって、ウマ娘大国と認定されているパート1国以下の国でのウマ娘レースを支えているのは、様々な理由でその国で暮らすことになった競走ウマ娘たちのコミュニティで、それで地元に残り続けているのは多国籍の混血児なんですよ?」

 

アクアビット「私も父方がまさにその“生命の泉協会(レーベンスボルン)”出身のドイツ人とノルウェー人の混血児で、母方に至ってはドイツ第三帝国と敵対した大英帝国の一部だったアイルランド人とイギリス領ジブラルタル人の混血児なんですからね!」

 

斎藤T「ということは、ヨーロッパのウマ娘レース界隈は国際色豊かなのだな」

 

アクアビット「でも、少数民族問題を超えた異種族問題としてウマ娘の身体能力と闘争本能を満たしてあげる舞台を用意してあげないと差別問題に結び付けられるからこそ、ウマ娘大国であるパート1国以外ではあまり歓迎されない向きがあるんです」

 

アクアビット「そう、パート1国以外の国々ではウマ娘レースはまさに王侯貴族の娯楽で、生活苦に喘ぐ一般庶民からすれば、ウマ娘というだけで目をかけてもらえるのは羨望と嫉妬の対象でしかないんです」

 

アクアビット「ですから、ウマ娘であること自体がかえって人生のハンディキャップみたいになって、ウマ娘の特徴であるウマ耳や尻尾を隠すようなユニセックスの身形が普通なんです」

 

アクアビット「だから、両親は私のことを極東の島国に一人送り出すことに躊躇いはありませんでした」

 

斎藤T「……おかしな話だな」

 

アクアビット「まったくもってそうです」

 

アクアビット「たぶん、だから、私は日本のアニメが大好きなんです。日本のアニメは本当に人間として大切なものをまっすぐに教えてくれて、リアルに描きすぎないことで人種のことなんて忘れさせてくれますから」

 

斎藤T「そうか」

 

 

――――――そういうことなら、きみ、私の夢に参加してみないか?

 

 

アクアビット「え?」

 

斎藤T「トレーナー契約を結ぶことは難しいが、それ以外の形できみが憧れてきた夢の国:日本での暮らしを最高に豊かなものにしてあげようじゃないか」

 

斎藤T「ちなみに、私の夢は『宇宙船を創って星の海を渡る』ことだ」

 

アクアビット「!!!!」

 

斎藤T「俄然、きみという逸材が欲しくなった。是非、私のところに来てくれ」

 

斎藤T「ただし、トレーナーとしての腕前に期待するな。去年 配属になったばかりの新人で、実績は何もないからな」

 

アクアビット「え?! 斎藤Tほどの人がまだ実績のない新人――――――!?」

 

斎藤T「あと、そうだ。合格祝いだ。この御守(タリスマン)を渡しておこう」

 

アクアビット「あ、アニメでよく見る日本の神社の御守!」

 

斎藤T「皇大神宮:伊勢神宮の御守だ。これから日本で過ごすことになるのだから、しっかりと守ってもらいなさい」

 

斎藤T「それと、オリガミの手裏剣なんてどう? ほらほら、カラーホイルの超ピカピカの手裏剣だぞ!」シュシュシュ!

 

アクアビット「うわあああああああ! いいんですか!? これ、持って帰っても!?」キラキラ!

 

斎藤T「これは支度金みたいなものだ」

 

斎藤T「これから祖国に帰って留学の準備に取り掛かるのだろう。トレセン学園の門を潜り抜けるまでにどんな事故が起こるかわからないんだ。気をつけて帰るんだぞ」

 

 

――――――でないと、半身不随になって寝たきりの人生を送ることになるからな。

 

 

アクアビット「へ」

 

斎藤T「これぐらいでしか今はきみのことを守ってやれないんだ。許してくれ」

 

斎藤T「けど、命からがらであっても トレセン学園の門を潜れた時は 全力できみを守ろう。這ってでも絶対に来てくれ」

 

アクアビット「あ、あの……」

 

斎藤T「まあ、そういうことだよ」

 

 

――――――世界が注目する日本で国民的スポーツ・エンターテインメントにまでなった『トゥインクル・シリーズ』で夢を掴むというのは。

 

 

本当に今日のことは衝撃の連続だった。

 

自分の専属になってくれるかもしれない 見るからに一般的な日本人男性の平均を超えたガタイの 只者じゃない雰囲気のトレーナーに会えたかと思ったら、いきなり不吉なことを告げてくるのだから、今日だけでどれだけ私の心が揺さぶられたことだろう。

 

でも、これから祖国に帰って極東のトレセン学園の門を潜れるかどうかも留学生としては非常に大切な過程になるわけだから、地元の家族や友人たちの別れをしっかりとして再びトレセン学園の門を潜れるかどうかを心配するのも当たり前のことなのだと気づけた。

 

そう、私はトレセン学園合格や憧れのオグリキャップにいいこいいこされたことで舞い上がっていたところがあり、気が緩んでいたところがあった。思い出す度に顔がニヤけそうだ。

 

だから、半身不随になるというのは脅しになるだろうけど、それで少し冷静になって入学までの準備期間を用心を重ねて送ろうと考えるようになった。

 

でも、控室に運ばれてきて会って数分で“アクアビット”が偽名であることを見破って、私の本当の名前を初対面の人に教える展開になるだなんて、やっぱり、私と斎藤Tには何か縁があるんだと思えた。

 

 

まあ、そのトレーナーがイベント会場の熱気にあてられたのか脱水症状で死にそうになって運ばれてきて、ちょうどよく用意してあった点滴を刺しながら血色の悪い顔であんなことを言ってきたら、誰だって慎重になっちゃうよ。

 

 

私は日本の学制や入学シーズンに合わせて飛び級で小学校をすでに卒業し終えているが、これから日本で留学生活の準備をするために祖国に帰らなくてはならない。

 

大使館の人に迎えに来てもらって大使館に用意してもらったホテルで最後の夜を過ごして、トーキョーの国際空港でお土産をたくさん買って満喫したら、ドイツのフランクフルトで乗り換えをして辿り着く長い長い空の旅になる。

 

その時間を埋め尽くすほどに これからトレセン学園の生徒として暮らすことになる日本で もうすでにたくさんの思い出ができた。

 

電子書籍化された入学の手引やウマ娘名鑑を読み耽って、私は待ち焦がれていた夢の舞台の芝の上で走る自分の姿を何度も何度も想像した。

 

 

さてさて、私がもしメイクデビューするとしてぶつかるとしたら、やっぱり同じ日の別の組で試験レースで1着だった良いところのお嬢様といった感じがプンプンしていたサトノダイヤモンドかな。

 

ハロンタイムは私が一番だったはずだけど、息を乱さずに余裕を持って1着になっていた辺り、長距離ウマ娘(ステイヤー)の素質が非常に高そうだった。

 

それでも、私が強化遠征のために見て回ったドイツ・フランス・イギリスの同年代の子たちと比べると、日本の子たちはどうなんだろう――――――。

 

海外では日本のウマ娘レースはまさに夢の国の舞台と喩えられるほどに ある種 隔絶された環境にあると言え、昔は海外バが『ジャパンカップ』を席巻するぐらいに圧倒していたのに、今では海外バの参戦が消極的になるほどに日本のウマ娘たちが強くなった――――――、

 

以上にガラパゴス化とも言われるほどに独自の進化を辿ったわけであり、それをジャパニーズ・ドリームと持て囃す風潮があると同時に、世界でも最高品質の芝で整えられた高速バ場による故障率も問題視されているほどだった。それは『沈黙の日曜日』という形で諸外国にも伝わっていた。

 

なので、UAE(ドバイ)に次いで重賞レースの全合計金額がトップラクラスに高い日本競バに参戦するのは一種の冒険になっており、世界ランキングや純粋に賞金を稼ぐならUAE(ドバイ)に挑めばいいが、それ以上に文化的魅力に溢れているアニメやマンガの国:極東の地で活躍したいという欲求が海外バにはあった。

 

もしくは、近代ウマ娘レース発祥の地であるイギリス以外では“クラシック三冠”の王道路線がそこまで尊ばれているわけでもなく、日本のように“クラシック三冠バ”というみんなで共有する大きな目標達成を夢見て走り込む姿を見ることはない。

 

そう、世界ランキングや賞金を稼ぐならUAEではあるのだけれど、そこには純粋にウマ娘レースを楽しむというよりは世界ランキングや賞金ランキングの名誉のために走っているウマ娘が多く見受けられたのだ。

 

だから、純粋に“ウマ娘のウマ娘によるウマ娘のためのウマ娘レース”が執り行われている日本競バの舞台に殊更憧れを抱くようにもなっていた。

 

本場ヨーロッパと持て囃されている祖国で馴染み深いウマ娘レースはあんなにもキラキラなんてしていないのだから。

 

 

――――――“皇帝”シンボリルドルフを戴いた日本競バ界は本当に幸せだな。

 

 

でも、その後を継ぐのが“女帝”エアグルーヴと“怪物”ナリタブライアンとなると、少しばかり微妙な印象を受けてしまう。

 

いや、あまりにも“皇帝”シンボリルドルフの在り方が一生徒の影響力を超えたものがあり、あまりにも幼い見た目の秋川理事長と並べられると、どっちが学園を取り仕切っている人間なのかを見間違えるぐらいだ。

 

そもそも、本場ヨーロッパのウマ娘にとっては日本は夢の国であり、同じ近代ウマ娘レースの統一ルールに則っていながら自分たちとはまったくちがう別のウマ娘レースの世界という認識が強いので、自分たちより強いか弱いか以前に比較の対象にもなりづらいのが実情だった。

 

そう、Japanizing Beamによって本当に可愛さと強さを兼ね備えた競走ウマ娘が日本のウマ娘なのだから、ある意味において幼気(ロリ顔)過ぎて闘争本能を剥き出しにして戦う同じウマ娘には思えないというのが正直な感想でもある。

 

アニメやマンガの世界やキャラクターがそのまま形になるのが日本というメルヘンの世界であり、誰もがその素晴らしさを実体験して称えすぎて、逆に嘘臭くなってしまっているぐらいなのだ。

 

それなら、北欧のパート2生まれの 自分の名前を誇りに持つことを決して許されない 競走ウマ娘の私にとっては、そういった最初から嘘臭いメルヘンの国の住人でいていいような気がしていた。

 

 

それで、私は“生命の泉(レーベンスボルン)から零れた一雫(アクアビット)”でしかない自分からも解放されるような気がして――――――。

 

 

だから、これからが楽しみでしかたがない。

 

ユニセックスに身を窶して第3の性としてヒト社会に受け容れられたはずのウマ娘に対する嫉妬や羨望の眼差しからも逃れるように生きてきたおうし座生まれの私にはこれから始まるウルトラロマンティックな運命を感じざるを得ない。

 

でも、だからこそ、唐突に微笑みながら斎藤Tが発した半身不随になるという警告のことを思うと合格祝いに首から下げた日本の神社の御守をギュッと握らずにはいられなかった。

 

子供心にどんな真名なのかを楽しみにしていた両親が掌を返したようにウマ娘としての真名を歓迎されなかった衝撃は今でも忘れることはできない。

 

それと同じように、不幸は突然に降りかかるものなのだと意識して懐に忍ばせたおりがみの手裏剣の感触を確かめながら、私はトーキョーを後にするのだった――――――。

 

すると、リフトオフした飛行機の窓から見下ろした東京国際空港の展望デッキに、祖国の旗:赤地に白の縁取りがなされた青のスカンディナヴィア十字を掲げる誰かの姿が見えたのだ。

 

しかし、それ以上にハッとなったのはそれは光っていたのだ。昼前と呼ぶにはまだ早い朝の光が満ちた展望デッキで輝く光点がはっきりと見えたのだ。

 

 

 

斎藤T「――――――」ピカァーーーン! ――――――身体を光らせながらノルウェーの国旗を力強く掲げる!

 

 

 

アクアビット「あ」

 

アクアビット「あああああああああああああああああ!?」

 

アクアビット「もしかして、斎藤Tって――――――」

 

アクアビット「斎藤Tの担当ウマ娘って――――――」

 

 

――――――斎藤Tってモルモット!? タキトレだああああああ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斎藤T「――――――行ったか」ピカピカ ――――――ノルウェーの国旗を丁寧に片付ける。

 

アグネスタキオン’「おいおい、これがきみの求めるタイムパラドックスかい? 急にあの薬が欲しいだなんて言うもんだから、何をするのかと思えばねぇ?」クククッ

 

斎藤T「まあ、これぐらいの“おもてなし”があれば、きっと来てくれるだろう、()は」バサッ ――――――ローブを深々と被って遮光する。

 

アグネスタキオン’「そうかい。きみも相当なワルだねぇ」

 

アグネスタキオン’「これからその()を使って妖怪退治をするというのだろう? 必要な犠牲・尊い献身と称して」

 

斎藤T「さてね、これから半身不随になってトレセン学園に来れなくなる未来よりは万倍マシだろう」

 

アグネスタキオン’「さあ、長居は無用だよ。警備員に捕まる前にさっさと帰ろう」

 

斎藤T「そうだな」

 

 

――――――その日の夕方、東京国際空港に突如として現れたノルウェーの国旗を掲げる光る怪人物がトップニュースとなったが、その正体は杳として知れないのであった。

 

 

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