ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-シークレットファイル 20XY/03/03- GAUMA SAIOH
世間一般で言えば、この日は女子の健やかな成長を祈る節句の年中行事:雛祭りであるのだが、生物学的にはメスに分類される第3の性:ウマ娘にとってはやや異なる。
この日はウマ娘にとって一生に一度しかないクラシック路線のトライアル競走となる中山・芝・2000m『弥生賞』であり、先日の阪神・芝・1600m『チューリップ賞』に勝る盛り上がりを見せていた。
が、私たちは冬の寒さを越えて新世代への熱狂の渦を生み出す船橋市の中山競バ場に向かうことはなく、この“斎藤 展望”の4つの柱となる甲種計画と丁種計画の新たな進展のための秘密会議の場にいた。
場所は来年度の『春のファン大感謝祭』でお披露目となるURA所有のトレセン学園附属施設の扱いにもなる超高層ビル:エクリプス・フロント――――――、その中で私が実質的な顧問を務める新クラブ活動:ESPRITの部室となる多目的ホールであった。
ここはまだ竣工とはなっていないので学園関係者でも立入禁止となっているが、一部の例外として私はエクリプス・フロントの
さて、ここでの秘密会議に召喚されたのは、“メジロ家の至宝”メジロマックイーンの担当トレーナーだった和田Tと先月の『URAファイナルズ』準決勝トーナメントでライスシャワーに接戦の末に敗北した5年目:スーパーシニア級のマンハッタンカフェであった。
順に説明しておくと、メジロマックイーンとマンハッタンカフェはトウカイテイオーとアグネスタキオンと同期;同じ年にトレセン学園に入学してきた才能のある競走ウマ娘である。
しかし、“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンは『選抜レース』でこの3人を凌駕する走りでトレーナーたちの注目を一番に浴びるものの、トレーナーに対して
一方、トウカイテイオーとメジロマックイーンは『選抜レース』ではアグネスタキオンに観衆の注目を奪われてしまうものの、ベストパートナーとなるトレーナーと二人三脚を組むことで年内にメイクデビューを果たし、幾多の波乱や苦難の末に生徒会役員に相応しい実績と人望を築き上げて感動的な引退を果たすことに成功した。
マンハッタンカフェの場合は、ちがった意味でアグネスタキオンに比べられるような人を不安にさせる不気味な雰囲気を漂わせていたことで敬遠されることになったのだが、最終的にはメジロマックイーンに後れてメイクデビューを果たすことになった。
なお、3年目:シニア級には“最強の七冠バ”シンボリルドルフがおり、まだ生徒会長ではなかったものの、“無敗の三冠バ”達成によって次期生徒会長に内定したこともあり、
危険すぎるアグネスタキオンと不気味すぎるマンハッタンカフェの方向性のちがう2人の問題児を積極的に庇護することになり、現在の部活棟が建てられる前は旧化学実験室を2人に充てがうなど異例の待遇をしていた。
というのも、暗黒期を終焉に導いた影の英雄:ウマ娘であるトレーナー“ウサギ耳”から託された予言書『ウマ娘 プリティーダービー』に、2人が稀代の名バになることが記されていたからでもあった。
あるいは、こういった問題児たちを御する器量を見せつけることで、トレーナー主導の管理主義と八百長レースが跋扈した暗黒期のアンチテーゼであるウマ娘主導の自由な校風によって才能豊かなウマ娘たちに溢れ返る黄金期に導こうとした背景もあった。
しかし、アグネスタキオンは一向にトレーナーのスカウトを受けることなく、新部活棟の化学実験室に一人閉じ籠もることになり、シンボリルドルフが卒業するまでに何度も退学勧告を受けるのをシンボリルドルフが庇い立てすることが繰り返されることになる。
一方で、マンハッタンカフェも明らかにG1ウマ娘に相応しいだけの実力を有してはいたものの、同期にして同世代に誰もが認める“天才”トウカイテイオーと“名優”メジロマックイーンがいたことで能力はあっても栄光を掴むことはできず、その輝きの影に埋もれることになった。
そのため、アグネスタキオンは高等部1年時にトレーナーのスカウトを受けて来年にはメイクデビューを果たさなければ、最大の庇護者であるシンボリルドルフが卒業することもあって退学処分も待ったなしの状況となっており、
マンハッタンカフェにしても、『URAファイナルズ』開催によって最初の3年間を走りきったスーパーシニア級に最後の見せ場となる卒業レースの出走権が与えられるということでもう1年だけ契約を続けて引退を先延ばしにしていたのであった。
そして、なんという運命の皮肉か、2人の進退が掛かったトレセン学園4年目にしてトウカイテイオーとメジロマックイーンが最後の輝きとも言える感動的な引退によって『URAファイナルズ』に出走できなくなったため、あの4人の中でマンハッタンカフェだけが『URAファイナルズ』に出走することになったのだ。
そのマンハッタンカフェも1つ後の世代の『宝塚記念』でメジロマックイーンに勝利したライスシャワーに『URAファイナルズ』準決勝トーナメントで敗れ去ることになったため、トウカイテイオー・メジロマックイーン・アグネスタキオン・マンハッタンカフェといった世代の中心となったウマ娘たちが尽く淘汰されてしまったのだと世間の目にはそう映っていた。
もちろん、マンハッタンカフェもG1ウマ娘に相応しい実力があることをメジロマックイーンやライスシャワーを相手に健闘したことで証明されているが、『URAファイナルズ』開催のためだけに契約を延長していた関係だったので、準決勝トーナメント敗退をもってトレーナー契約はなくなったのだが――――――。
しかし、そこで“学園一の嫌われ者”である この斎藤 展望と“学園一危険なウマ娘”であるアグネスタキオンが甲種計画と丁種計画に基づいて動き出していたのである。
その発端となっていたのが、メジロマックイーンの担当トレーナー:和田Tであった。
和田Tは担当ウマ娘:メジロマックイーンをメジロ家の使命である『天皇賞』制覇を見事に果たしたことで正式にメジロ家より交際を認められた関係になっていたが、そのことを自覚させるのに私は何度も『天皇賞(秋)』を繰り返され、初めての時の牢獄の囚われたことは未だに記憶に強く焼き付いている。
その後はメジロ家の専属トレーナーになって安穏とした余生を過ごすのかと思いきや、原因不明だが、年明けからライスシャワーに化けたオバケに命を狙われるようになり、元から不安定な状態だったのが、それによって精神的にも大いに追い詰められることになってしまったのだ。
新生徒会役員として新生徒会長:エアグルーヴを献身的に支える生徒会会計になった元担当ウマ娘:メジロマックイーンにそのことを打ち明けることもできず、襲われる度に私に助けられては精神を摩耗していくため、かつてのトウカイテイオーの岡田Tと同様に死んでしまわないかを私が見張る状態が裏では続いていたのだ。
ようやく悪霊祓いに使える悪霊退散のポケットラジオの開発に成功した頃には、担当ウマ娘が新たな生徒会役員として精力的に働いている裏で、担当トレーナーが手持ち無沙汰にしている現状に思い悩むことになり、このままメジロ家に婿入りしたところで何の力にもなれないことで気に病むようになっていた。
元から正体不明の悪霊に取り憑かれていた状況で、辛い現実を忘れるほど打ち込めるものがなく、自分の身の振り方や立ち位置について考えだしたら、もうネガティブ思考は止まることはない。
その結果、またしても和田Tは自殺を考え出すようになり、多摩川の辺りを虚ろな目でフラフラと歩く姿をたまたま見かけていなかったら、いったいどうなっていたことか――――――。
なので、私は和田Tの襟首を掴み上げて2月の多摩川にお望み通りにぶん投げた後、私も2月の多摩川に入って2月の多摩川に沈んでいく和田Tを救助する他なかった。
もちろん、心身共に弱っていた和田Tは2月の多摩川の水に浸かっていたために盛大に風邪を引くことになった。私は心身共に鍛えていたので寒中水泳ごときで風邪を引くことはなかったが。
そして、私が2月の多摩川に投げ入れたという事情は伏せて元担当ウマ娘:メジロマックイーンに和田Tの看病をさせた後、知らない仲ではない私は何食わぬ顔で見舞いに訪れ、和田Tの口から『何がしたいのか』『何が気に入らないのか』を自白剤込みで吐き出させた。
すると、元々は底辺チームのサブトレーナーに過ぎなかった自分にはやはり“メジロ家の至宝”たるメジロマックイーンには相応しくないと弱音を吐くことになり、彼女の許を去ることばかりを考えてしまっていたようである。
実際、新たな担当ウマ娘を見つけようにも自分はもうトレーナー組合からも睨まれていて中央で続けていく自信もないときた。中央での再出発は絶望的だと。
よって、私はふと悪魔の契約を持ちかけることにしたのだ。
――――――メジロ家に相応しいトレーナーであることを示すために、ちょうどよく契約終了となったマンハッタンカフェを史上初の“春シニア三冠ウマ娘”にしてみせろ。死ぬのはそれからでも遅くはない。
一方で、『URAファイナルズ』準決勝トーナメント敗退でついに契約終了になったマンハッタンカフェが引退届を学園に提出するのをアグネスタキオンが妨害していた。
トウカイテイオーやメジロマックイーン以上にマンハッタンカフェの才能を認めていたアグネスタキオンにとっては世代の中心であったトウカイテイオーやメジロマックイーンがいなくなった今こそが勇躍の時だと熱烈に語ったのである。
トウカイテイオーやメジロマックイーン以下の才能であろうとも、どうせ辞めるのなら自分の実力がG1ウマ娘に相応しいことを見せつけてから引退でも遅くないとアグネスタキオンは言い寄る。
もちろん、マンハッタンカフェとて自分の目標である幼い頃から自分だけに見えている特別な存在である“
けれども、5年目:スーパーシニア級の契約切れのウマ娘に対して 今更 契約を結んでくれるトレーナーなどいるはずもない――――――。
その予想通りの答えを待っていたとばかりに、アグネスタキオンは最後のチャンスをマンハッタンカフェに与えたのである。
――――――3月2日『チューリップ賞』の日にきみを勝たせるトレーナーと引き合わせるから引退届を出すかはその時に判断したまえ。
部活棟が建て直されて化学実験室に一人閉じ籠もるようになってから絡むことがなくなったアグネスタキオンのいつもの強引な押しがこの時ばかりは心強く感じられたそうだ。
どのみち、引退をしたところで退学まではする気はないので、それならば公式戦に出走できる最後のチャンスに縋ってみるのも悪くはないんじゃないかと思い、マンハッタンカフェはその誘いに乗って引退届の提出を今は取りやめることにしたのだ。
そして、私たちが阪神競バ場で藤原さんと一緒に観戦している裏で、マンハッタンカフェはまさかの名トレーナーとの再契約に驚きを隠せずにいたのであった。もちろん、私が用意した和田Tのことだ。
それ以上に、今まで自分の勝利を阻んできた光の存在:世代の中心であったメジロマックイーンの担当トレーナーが自分の次のトレーナーになるのだから、このめぐりあわせには 双方 驚く他なかったのだ。
しかし、“メジロ家の至宝”メジロマックイーンにメジロ家の本懐を遂げさせた和田Tからすれば、“摩天楼の幻影”マンハッタンカフェの実力や脚質はメジロマックイーンに通じるものがあると認めるものがあり、
自分の担当ウマ娘と同じ5年目:スーパーシニア級であったとしても『URAファイナルズ』準決勝トーナメントで1つ下の4年目:スーパーシニア級のライスシャワーにも接戦を挑めたことを踏まえると勝機は十分にあると思えたのだ。
そのため、互いの実力と実績をよく知るトレーナーとウマ娘であるために、双方の利害が一致して『URAファイナルズ』準決勝トーナメントで敗退して、すぐ翌月から始まる『大阪杯』『天皇賞(春)』『宝塚記念』を三連覇して誰も達成した者がいない史上初の“春シニア三冠ウマ娘”という新たな目標に挑むことになったのだ。
どちらもこれが自分の存在価値を示す最後のチャンスということで瞳に炎のような光が灯ることになり、すでに史上初の“春シニア三冠”に向けたトレーニングメニューとローテーションを組んできたようであった。
もちろん、私としては知らない仲じゃない有能なトレーナーである和田Tを、私の担当ウマ娘からすればずっと目をかけていたウマ娘を自陣営に引き込むことに成功したわけであり、思い通りの結果になって内心では有頂天になっていた。
――――――だが、やはりというか、惹かれ合うものが元から和田Tとマンハッタンカフェの間にはあったように思うのだ。
――――――トレセン学園附属高層施設:エクリプス・フロント(地上10階・地下1階建て)
斎藤T「――――――『弥生賞』を制したのは 予想通り エアシャカールでしたね」
アグネスタキオン「まあ、シャカールくんがロジカルに導き出した当然の結果だろうね」
和田T「そうでしたか。彼女はたしか1年遅れのデビューでしたね」
アグネスタキオン「そう! そして、シャカールくんの先輩であるこの私はこれから4年遅れのデビューなんだけどねぇ!」ハッハッハ!
マンハッタンカフェ「……何にせよ、担当トレーナーが見つかってよかったですね、タキオンさん」
アグネスタキオン「それはきみも同じだろう、カフェ?」
アグネスタキオン「きみの元担当トレーナーも優秀ではあったけど、ベテランだからこそ きみの実力を過去の名バと比べてしまっていて、非常に惜しいことをしたねぇ」
マンハッタンカフェ「……あなたのように“待つことができる人”はいないんですよ、タキオンさん」
和田T「けど、あのベテラントレーナーの許だったからこそ無理が許されず、こうして無事に5年目も走ることができるわけじゃないか」
マンハッタンカフェ「はい。そのことには深く感謝しています。おかげで、この脚はまだまだ走れますから」
アグネスタキオン「そういう意味では担当ウマ娘に入れ込みすぎて、トウカイテイオーとメジロマックイーンという世代の中心を故障に追いやった和田Tと岡田Tはまだまだ学ぶべきものがあるだろうね」
和田T「……そうですね。このままメジロ家の専属トレーナーになるのも不安だったことですし、是非ともマンハッタンカフェからはベテラントレーナーの許で教わったことをご教授してもらいたい」
斎藤T「5年目:スーパーシニア級――――――、いや、前シーズンの4年目の時って最初の3年間を走り抜いたウマ娘の育成方針ってどうなっているんです? 普通は新しい担当ウマ娘を持つようになるんですよね?」
マンハッタンカフェ「去年は理事長からのお願いもあって『URAファイナルズ』出走だけを念頭に置いて、とにかく故障しないように許される範囲でレースを絞って出走していました」
マンハッタンカフェ「その間は新しく担当ウマ娘になった子たちのトレーニングの補助をしていました」
和田T「なるほど。俺も元々は先輩チームのサブトレーナーをやっていましたけど、G2勝利が最大目標の底辺チームでしたから。そこまで気の利いたことはしていなかったです」
斎藤T「そっか、私の周りにいるG1トレーナーは揃いも揃って担当ウマ娘が1人だけで、そういう意味では新人しかいないのか」
アグネスタキオン「だろうねぇ。慢性的なトレーナー不足もあって、トレセン学園では基本契約の3年毎に新しい担当ウマ娘を持つことが取り決められていて、それに従わない場合は1年毎にシーズンの終わりに罰金として天引きするからねぇ。査定にも影響が出るそうだよ」
和田T「ああ、俺も冬のボーナスから天引きされてましたよ。まあ、俺にはマックイーン以外いないから、他の子の担当なんて とてもじゃないけど自信がなかったですし」
斎藤T「じゃあ、桐生院先輩も当然の流れとして『URAファイナルズ』が終わればハッピーミーク以外の新しい担当ウマ娘と契約するようになるわけですね」
アグネスタキオン「まあ、契約しているウマ娘の数だけ職務手当が増えるようになっているし、学園もあれだけ門戸を開いておきながら実際にはトレーナー不足でスカウトもデビューもさせられない状況を詐欺として訴えられることは絶対に避けたいからねぇ」
アグネスタキオン「そうなれば、これも当然の流れというやつで、最初の3年間を走り切ったスーパーシニア級の担当ウマ娘にかける時間も労力も減らさざるを得ないわけで、これはこれで世代交代を促す仕組みにはなっているか」
斎藤T「ああ……、『ドリーム・シリーズ』の開設目的が強すぎるウマ娘を体よく追放して『トゥインクル・シリーズ』の新陳代謝を促すものになっている辺り、公営競技の世界は弱者にも厳しく強者にも容赦ないのだな……」
斎藤T「ただ、『無事是名バ』の格言を思えばこそ、マンハッタンカフェの元担当トレーナーはあと一押しが足りなかっただけでトウカイテイオーやメジロマックイーンのように故障によって引退とはならなかっただけ、本当に優秀な人であることがわかります」
マンハッタンカフェ「はい。本来は最初の3年という基本契約も『URAファイナルズ』開催まで1年延長してくれた上で、その1年を私の自由にさせてくれましたし、後輩たちの指導の仕方も教えてくれました」
斎藤T「なるほど。それなら、ますますあなたをスカウトしたいですねぇ、マンハッタンカフェ」
マンハッタンカフェ「え」
斎藤T「あ、ちがいますよ。新人トレーナーの私なんかに前人未到の“春シニア三冠”なんて無理ですから」
斎藤T「そうじゃなくて、エクリプス・フロントのこの多目的ホールを部室として構える 前生徒会長:シンボリルドルフが最後の仕事として創設した クラブ活動:ESPRITの入部の誘いですよ」
マンハッタンカフェ「は、はあ……」
斎藤T「まあ、やることがなくて暇を持て余すようになったのなら、セカンドキャリア支援事業の一環としてトレセン学園のクラブ活動を盛り上げていこうという動きがありますので、ぜひ検討してみてください。こちらがESPRITの勧誘パンフレットになります」
マンハッタンカフェ「……あとで見ておきますね」
斎藤T「それよりも、今は“春シニア三冠”ですからね」ギラッ ――――――顔つきが鋭く変わる。
マンハッタンカフェ「!」
マンハッタンカフェ「……はい!」
斎藤T「じゃあ、互いの意見交換としましょうか」ピッ ――――――多目的ホールに備え付けのモニターとプロジェクターを起動させる。
和田T「え、斎藤T? その資料は何なんですか?」
斎藤T「あ、これですか? 満を持して開催された『URAファイナルズ』の影響についてまとめた各種情報ですね」
斎藤T「注目してもらいたいのは、『URAファイナルズ』は元からファン投票の形をとった卒業レースであるために、これが前代未聞の3ヶ月間の冬場のトーナメント戦ということで――――――、」
斎藤T「メジャーなG1レースが見当たらない時期だからこそ、あるいは3月からの春季の開幕戦のために安静にしていたいからこそ、出走する旨味もないようなクソローテーションとして一部では大変不評でしたね」
斎藤T「それでも、もう公式戦で走る機会がないと思われたウマ娘たちに実質無条件で出走できる最後の晴れ舞台を用意したということの社会的意義から世間の評価は高いようです。もちろん、公式戦に出たことがないような未出走バや未勝利バにとっても最後の思い出となりました」
斎藤T「そのため、『URAファイナルズ』が毎年恒例にもなれば、安易に引退即退学を選ばずに『URAファイナルズ』まで療養を適度にとりながらシニア級まで頑張り通せるウマ娘が増加することにもなります」
斎藤T「ただ、その煽りを受けることになるのが、この“春シニア三冠”というわけです」
和田T「まあ、『URAファイナルズ』優勝を目指したら、決勝トーナメントが3月半ばになるにしても月末の『大阪杯』まで回復しきれるわけがないですからねぇ……」
マンハッタンカフェ「2月末の準決勝トーナメントから3月半ばの決勝戦という間隔の短さも無視できませんからね」
アグネスタキオン「そして、初めての『URAファイナルズ』ということで、秋川理事長が可能な限りの人数に参加してもらうために今までなら引退するような子でも慰留させてきたこともあり、十分な人数を確保することに成功したわけだねぇ」
アグネスタキオン「けど、その中には特にこだわりがなければ『URAファイナルズ』に参加して欲しいと理事長から要請のあった現役ウマ娘もかなりの数いたわけだ」
アグネスタキオン「――――――『URAファイナルズ』は最初の3年間を走り抜いたスーパーシニア級限定の史上初のトーナメント戦であることも組み合わせるとねぇ? 随分と準決勝トーナメントの時は揉めることになってたねぇ?」
マンハッタンカフェ「ハッ」
マンハッタンカフェ「つまり、『大阪杯』に出走するスーパーシニア級のウマ娘がほとんどいなくなる!」
斎藤T「そう、史上初のトーナメント形式であるからこそ、『URAファイナルズ』決勝トーナメントが3月にまでもつれ込むことがわかった時点で大事を取って月末の『大阪杯』をあきらめざるを得ないわけですよ、普通は」
斎藤T「だから、第1回『URAファイナルズ』開催直後の阪神・芝・2000m『大阪杯』が狙い目だってことになるわけですよ」
和田T「なるほど。そこから“春シニア三冠”を目指すとなると。その次は京都・芝・3200m『天皇賞(春)』となって、阪神・芝・2200m『宝塚記念』にもなるから、メジロマックイーンやライスシャワーに並ぶ
斎藤T「なので、頑張ってください。かつてないほどに前人未到の“春シニア三冠”に手が届く位置にいて果たせぬようなら、その時は潔く引退して
アグネスタキオン「そういうわけで、『大阪杯』出走を表明しているシニア級ウマ娘の情報だよ」
和田T「おお! 去年までマックイーンに掛かり切りでシーズン後半からクラシック戦線がどうなっていたのか見る余裕がなかったから、この情報はありがたい!」
アグネスタキオン「まあ、きみの敵ではないとは思うがね。健闘を祈るよ、マンハッタンカフェ」
マンハッタンカフェ「……タキオンさんに乗せられる形で“春シニア三冠”だなんて挑むことになりましたけど、」
マンハッタンカフェ「わかりました。私にも追い続けてきたものがあります。それをあきらめることなんてできません」
アグネスタキオン「うんうん。それでこそカフェだ」
これも巡り巡って世界を救うタイムパラドックスに必要なことだと前向きに捉えて、私はどうしてかマンハッタンカフェの“春シニア三冠”達成のために活動していた。
非常に遠回しな話なのだが、甲種計画の要であるアグネスタキオンがトウカイテイオーやメジロマックイーン以上に才能があると踏んでいたマンハッタンカフェの潜在能力を解放させるためにプランBを始動させたのだ。
元々は自分自身がウマ娘の可能性の“果て”を体現するプランAもあったのだが、どちらかと言えば、自分の才能によって自分の肉体が破壊されることを予見していたからこその肉体改造強壮剤による4年間の雌伏の時であるため、
当初のアグネスタキオンにとっての本命というのは自分自身のためのプランAではなく、自分の夢を体現してくれる誰かのためのプランBの方なのだ。
だからこそ、アグネスタキオンの研究が果たして他のウマ娘にも適用できるものなのかを立証するために、自分自身の安全と天秤にかけながら必死にデータ取りの毎日に追われていたわけでもあったのだ。
並外れた飽くなき“果て”への探究心によって、自分が果たせなくても他の誰かが体現してくれれば もうそれでいいと言う、一般的に勝負好きで闘争心が強いウマ娘にしては珍しい傾向の持ち主であり、
他人のことなんておかまいなしの傍若無人に見える学園一危険なウマ娘であったが、その実、自分の探究心を満たす手段として自分が見込んだ人物には物凄く親身で情熱的になる性分でもあった。
ある意味において偏執的な愛情の注ぎ方ではあるが、『名家』アグネス家の中でも“最高傑作”でありながら、それ故に“異端児”とも扱われ、基本的に放任主義で育てられてきたというアグネスタキオンにとってはそれこそが愛するということであった。
まさしくステレオタイプの
そして、『割れ鍋に綴じ蓋』とでも言うのか、そんなステレオタイプの
ということは、言いたいこともやりたいこともできる遠慮のない関係性に居心地の良さを双方が感じているわけで、喧嘩するほど仲が良い親愛関係があることが見て取れた。
以前からマンハッタンカフェにそっくりな謎のオバケが何かを訴えかけるように冠婚葬祭の一切を取り仕切れる地球文明の継承者たる私につきまとってくるだけに、
目に見えない次元においてアグネスタキオンとマンハッタンカフェという2人のウマ娘を強く結びつける何かがあることをこれで確信できた。
これで目に見えない次元において魔を祓い清める丁種計画が大きく進展する足掛かりになることを期待して、私もマンハッタンカフェを自陣営に引き込むことに同意していた。
そして、その結果は驚愕の――――――。
和田T「……あの、タキオンさん。アグネスタキオンさん」
アグネスタキオン「なんだい、私の担当トレーナーに何かと活を入れられてばかりの和田T?」
和田T「ああ いや、俺はあの世代の中でメジロマックイーンでG1勝利を目指そうとしたわけだけど、『どうしてマンハッタンカフェだったのかな?』って」
アグネスタキオン「うん?」
マンハッタンカフェ「あ……」
和田T「だって、実力はマックイーンの強力なライバルの一人だったからよく理解しているけど、結局は
アグネスタキオン「ああ、なるほどねぇ。それもそうだねぇ」
アグネスタキオン「なあ、カフェ? 憶えているかい、私たちが最初に出会った時のことを?」
マンハッタンカフェ「忘れもしません」
マンハッタンカフェ「あれは入学して間もない頃、私が深夜のグラウンドを歩いていた時に、あなたは一人で走り込みをしていましたよね」
和田T「へえ?」
斎藤T「ふむ」
アグネスタキオン「ああ、そうだとも。腐っても『名家』アグネス家の出身だからねぇ。最初からその
アグネスタキオン「それに、日中はプランBの候補に相応しいウマ娘や
アグネスタキオン「そうなると、私自身のトレーニングは誰もいない夜中にする他なかったのさ。実際のトレセン学園の環境データの収集も兼ねてね」
斎藤T「入学して早々に校則違反の常習犯だな」
アグネスタキオン「そういうきみは配属されて早々にウマ娘に撥ねられて3ヶ月間の意識不明の重体になった学園一の嫌われ者だねぇ!」
斎藤T「おお、似た者同士だな! 学園一危険なウマ娘!」
和田T「は、はは……」
マンハッタンカフェ「………………」
アグネスタキオン「そして、私は偶然にも深夜のトレーニングの場に出食わしたカフェにモル…実験の協力をお願いしようとしたら、なぜか学生寮に逃げ帰らずに夜の学園の敷地内を散々に駆け回ることになっていた」
アグネスタキオン「夜の学園の不慣れな視界の悪さやトレーニングの疲労があったにせよ、結果は見事に逃げ切られてしまってね。そのことが私にとっては驚きであったと同時に可能性を感じた瞬間でもあったんだよ」
和田T「そんなことが……」
斎藤T「ん」ブルブル・・・ ――――――ポケットラジオに感!
アグネスタキオン「で、今だから訊くけど、どうして あの時はまっすぐに逃げ帰らなかったんだい、カフェ?」
マンハッタンカフェ「……あまり憶えていないです。そもそも、あの日の夜にグラウンドまでやってきたのも“お友だち”に誘われたからでした」
和田T「――――――お、『お友だち』?」
斎藤T「…………和田T、お静かに」ジー ――――――ポケットラジオの新機能:パッシブレーダーに感!
和田T「あ、はい」
斎藤T「………………」ジー
マンハッタンカフェ「でも、その時は物凄く冷静でいられなくなったぐらいに脚を走らせていたことは憶えています」
マンハッタンカフェ「なんというのか、タキオンさんのことは顔と名前ぐらいは知っている程度で、会った瞬間にグワーッと込み上げてきたと言いますか……」
アグネスタキオン「要領を得ないねぇ。不審者を見つけて助けを求めるわけでもなく、トレーニング中の私の姿を見て無性に腹を立てたと?」
マンハッタンカフェ「そうなるのでしょうか……」
斎藤T「――――――?」
斎藤T「………………」
斎藤T「………………ほう」
和田T「つまり、入学して早々に自慢の脚で追いつけなかった相手にトウカイテイオーやメジロマックイーン以上の可能性を感じていたと?」
アグネスタキオン「噛み砕いて言えば、そうなるだろうねぇ。捕まえられなかったことはもちろんだけど、実に奇妙な感覚で、追いかけている途中から普通じゃない動きをしていたのを何度も見て 驚いた記憶があるねぇ」
斎藤T「たとえば『コーナーで驚くほどに加速して柳のように柔らかい走りができる』とか?」
マンハッタンカフェ「え?」
アグネスタキオン「それだ! 私の同期となる新入生の平均より脚が優れているのはすぐにわかっていたけど、それでも私の方が断然速かったのに、曲がり角に入るとするりと私の手から離れていったんだ! そうだった!」
アグネスタキオン「だから、俄然 興味を持ったんだよ、カフェ。あれほどの走りをするウマ娘にね」
マンハッタンカフェ「そ、そうだったんですか――――――?」
マンハッタンカフェ「いえ、少し待ってください。どうして、去年 トレーナーになった斎藤Tにそのことがわかるんですか? 私たちが入学した時のことですから4年前のことですよ?」
和田T「あ、それ、俺も思ってた」
斎藤T「だって、そこの過保護過ぎる“守護天使”がうるさく言ってくるんだもん」ブンブン ――――――ポケットラジオのロッドアンテナでマンハッタンカフェの頭上を指差す。
マンハッタンカフェ「え」 ――――――思わず、顔を天井に向ける。
アグネスタキオン「んん?」 ――――――指差された方を見るが、そこには何も存在しない。
和田T「は、――――――『守護天使』?」
斎藤T「はあ、『マンハッタンカフェのご先祖様』? 『アメリカの出身』? 随分とそっくりですねぇ。先祖返りですねぇ」
斎藤T「え、『1986生まれで2002年にお亡くなりになった』って、おかしいじゃないですか? 今は20XY年で、マンハッタンカフェは今年で高等部2年生になるんですよ?」
斎藤T「しかも、『G1:6勝のエクリプス賞バ』ですって? そんな大物が先祖にいることを競走ウマ娘の家系が誇らないわけがないじゃないですか?」
斎藤T「――――――いや、そんなことを言われても。私に愚痴を言われても困るのですが」
斎藤T「――――――なに? 『これ以上は天界の機密で明かせない』って? 期待なんてしてないですよ、別に」
斎藤T「――――――それで、『
斎藤T「その前に、『ミホノブルボンによって日本のウマ娘レースの未来が変わったことで、今回は“春シニア三冠”実現を目指せるチャンスが与えられた』と――――――」
斎藤T「あ、そうですか。『必ず勝てるから必ず勝てる努力を怠らぬよう』――――――、そこまで話しちゃっていいんですか? あんまり話しかけてこないでくださいよ、過干渉でしょう?」
斎藤T「――――――『全部 私のため』!? それが『三女神の意志』だと!?」
斎藤T「……そうでしたか。はい、ありがとうございました。3月3日の雛祭りの日に素晴らしいご縁を結んでもらいました」
――――――ペルセウス。そう呼ぶということは、やはりあの時の幻覚が意味したものとはそういうことか。
斎藤T「………………」
和田T「………………」
アグネスタキオン「………………」
マンハッタンカフェ「…………斎藤T?」
斎藤T「――――――明日、パスポートを作りに行くぞ。公欠だ」
斎藤T「今日のうちに用意できる書類は書いてもらう」
和田T「え!?」
マンハッタンカフェ「ど、どういうことですか、急に!?」
和田T「まさか、“春シニア三冠”の後に海外遠征ですか!?」
マンハッタンカフェ「!!!!」
アグネスタキオン「まあ、海外遠征も選択肢に入れるためにパスポートを持つのが私たちの基本方針ではあるが、今は“春シニア三冠”に集中するために言わないでいると思っていた……」
アグネスタキオン「それは今すぐじゃないとダメなのかい? 急すぎないかい?」
斎藤T「何を言っているんだ? これはマンハッタンカフェにそっくりな“守護天使”からの直々のお告げだ」
――――――いいか、『大阪杯』が終わったらアメリカの『サンタアニタダービー』に来いってさ!