ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-西暦20XX年08月31日の航星日誌- GAUMA SAIOH
この日、妹が飼い始めたコーカサスオオカブトの飼育日記がネットにアップロードされた。
アジア最大のカブトムシであるコーカサスオオカブトの成虫の寿命は半年以内らしい。
闘争心も旺盛なことから南米のヘラクレスオオカブトと並びしばしば“世界最強のカブトムシ”ともされているが、
その分だけ短命に終わるのは、まさしく競走バとして過酷なレースで鎬を削るウマ娘と同じである。
以前に、“クラシック三冠バ”ミホノブルボンの担当トレーナー:才羽Tとお盆休み前に流しそうめんでご一緒する機会があった際、
私は“異次元の逃亡者”とも言われた圧倒的スピード王者:サイレンススズカに起きた悲劇『沈黙の日曜日』について意見を交わしていた。
サイレンススズカほどの速力のウマ娘でも肉体の限界を超えて自壊してしまうのだから、これ以上の速力の追求は種の限界とするべきなのではないかと。
つまり、現在に続く近代ウマ娘レースでロードレースがない理由がウマ娘の保護である以上、あのような悲劇を繰り返さないための枠組みが必要ではないかと思ったのだ。
才羽Tも『沈黙の日曜日』に関して思うことがあり、実際にミホノブルボンの本来の適正距離を大きく上回るだけの肉体改造をやってのけたのだから、
サイレンススズカが見せた種の限界はともかく、恐ろしく頑丈なミホノブルボンにも限界がいつ来るかもわからない状況でもあった。
そのことをトレーナーとして認識していないわけがない。
だからこそ、知りたかった。
――――――“クラシック三冠バ”という夢は果たした。じゃあ、それからのミホノブルボンはどうなるのかを。
当然、年の瀬の『URAファイナルズ』での優勝を狙うだろう。もちろん、“クラシック三冠バ”として出走するのは【長距離】。
私の見立てだと、まずミホノブルボンに勝つだけのウマ娘はいないだろう。
初めての担当でかつ新人トレーナーでここまで成り上がりを見せた気迫と根性は他の追随を許さない。
しかし、花形職業というものは旬によって彩りを変えていくのが自然の摂理。
もって、2,3年でミホノブルボンも引退することになるのだろうが、その時は才羽Tはミホノブルボンとの関係をどうするつもりなのか――――――。
誰が見ても担当ウマ娘の彼女はケミストリーのある相手である天才トレーナーのことを慕っている。才羽Tもそのことを悪くは思っていないはずだ。
ただ、これからも才羽Tがトレーナー業を続けていくのなら、彼女としても
その割り切りが果たしてできるのかどうか――――――、その時の才羽Tの答えには驚きを隠せなかったが、
やはり、才羽Tは天才トレーナーであり、過去のトレセン学園でその名を刻んだ“芦毛の怪物”オグリキャップのような異彩を放っていた。
かくいう私もウマ娘の妹に対して距離感がバグる体験をしたばかりに、才羽Tが目指す人生の在り方には深く共感できるようになっていた。
斎藤T「先輩、今日のトレーニングは問題なく終了しました。ハッピーミークは今日も絶好調です」
桐生院T「ありがとうございます、斎藤さん……」
斎藤T「……どうしたんです?」
桐生院T「いえ、何でもありません……」
桐生院T「それじゃあ、今日はおつかれさまでした、斎藤さん」
斎藤T「はい、先輩もおつかれさまでした」
斎藤T「…………何かあったのか?」
斎藤T「そう言えば、まだ『URAファイナルズ』の出走距離を決めてなかったけど、勝ちに行くなら才羽Tのミホノブルボンが出る【長距離】は避けるべきだろうな」
斎藤T「でも、そうなると『ミホノブルボンから逃げた』って言われちゃうのかな?」
斎藤T「あらゆる距離や馬場で万遍なく勝ってきているハッピーミークもれっきとした名バなんだけどな。イマイチ、人気が振るわないと言うか」
斎藤T「人なんて勝手なことばかり言うもんだけどさ」
――――――日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
斎藤T「国民的スポーツ・エンターテイメントとして位置付けられている『トゥインクル・シリーズ』での活躍を目指すウマ娘が集まる全寮制の中高一貫校」
斎藤T「場所は東京都府中市。総生徒数は2000人弱。国民の憧れである選手になるアスリートコースの他に、サポートスタッフになるアシスタントコースもある」
斎藤T「その広大な敷地と最新鋭の充実した設備の他に、国民の憧れとしての文武両道を掲げ、通常の教育機関としても高い偏差値を誇るエリート校でもある」
斎藤T「その華やかさとは裏腹に生徒も教職員も、地方では異次元レベル扱いされるようなエリートたちが鎬を削る戦場でもあり、結果を出せず学園を去ることになった者も数多く存在する」
斎藤T「もっとも、あまりの実力主義や成果主義の結果、中央競バ界の傲慢さを体現した腐敗していた時期もあったようだが、」
斎藤T「現在の理事長:秋川 やよいの方針で自由な気風の個性あふれるウマ娘やトレーナーが集結し、かつてない盛り上がりを見せているそうだ」
斎藤T「特に、今の世代は奇跡の世代とも謳われるほどに才能と個性あふれるウマ娘が集結している黄金期とも」
斎藤T「この広大な敷地に総生徒数2000人弱を収める巨大な寮がある他、トレーナーを始めとするサポートスタッフ用の寮も完備されている」
斎藤T「また、近くにはショッピングモールもあり、東京都府中市はトレセン学園が中心の学園都市となり、日本競バ界の聖地として憧れの舞台となっている」
斎藤T「さて、学園を出て道路を挟んで真向かい。地下通路で学園校舎と直通となる栗東寮と美浦寮の二つに大別され、基本的に二人で一部屋。生徒以外の立ち入りは原則禁止」
斎藤T「ただし、非常事態においては学園常駐の
斎藤T「これだけ巨大な寮ともなると、その自治会の長である寮長にはそれだけの権限と責任が伴い、生徒会においても大きな発言権があるほどだ」
斎藤T「先程も言ったように、トレセン学園は夢の舞台。そこでの活躍を目指して全国各地から優秀なウマ娘やトレーナーが鎬を削る戦場――――――」
斎藤T「となれば、表向きは華やかな舞台の上で歌って踊って輝くウマ娘であっても、舞台の影ではおどろおどろしい内情があってしかるべきなのだ」
斎藤T「しかし、それを和らげているのがヒトとウマ娘の間に芽生える絆の不思議な感覚『距離感がバグる』とでも形容すべきものだと今の私なら確信して言える」
斎藤T「ただ、それでも、ここは真剣勝負の舞台。そこに懸けた情熱が弾け飛んだ時の絶望から学園を去る者は後を絶たない」
斎藤T「今日もレースの敗北から、過度のトレーニングの代償から、あるいは己の傲慢さから夢破れた生徒が学園に姿を現すことなく 部屋の片隅で閉じこもっているそうだ」
斎藤T「だから、そういった夢の舞台の影の部分も見据えなくてはならない寮長の重圧は大きいだろうな」
斎藤T「――――――『どうした、急に?』だって?」
――――――ウマ娘に撥ねられて 3ヶ月間 意識不明の重体から回復した斎藤 展望に対する誹謗中傷の中に“寮に籠もって不登校になったウマ娘の恨み辛み”があったからさ。
斎藤T「本人が言ったのか、友人が言ったのか、トレーナーが言ったのかはわからないけど、トレセン学園の表にならない現実を知ることができた 素晴らしい情報提供にあったよ」
斎藤T「でも、そうなると、夢破れたウマ娘だって苦しいけれど、その子の才能を信じて二人三脚してきたトレーナーだって身を切るような思いなんだろうな……」
斎藤T「同期に無名の天才トレーナーがいたこと、“クラシック三冠バ”になるために不屈の闘志で夢を追い続けたウマ娘との運命の出会いの前に名門が手も足も出ない――――――、か」
斎藤T「先輩――――――、代々優秀なトレーナーを輩出してきた名門:桐生院家の人間としての重圧に苦しめられているのだろうか?」
そうして私はハッピーミークがすでに帰っているだろう寮を道路を挟んで学園から眺めていた。
自由な気風を取り入れて全国各地から玉石混淆のウマ娘を集めて黄金期を迎えた夢の舞台とは言っても、所詮それは運営の事情であって、
この学園に集うウマ娘やトレーナーがそれぞれに抱える事情はそれこそピンからキリまであり、担当ウマ娘とトレーナーの間にある思いの差が二人三脚の息を狂わせることにも繋がる。
今の桐生院先輩はいろいろと複雑な事情や思いに囚われているのだろう。『URAファイナルズ』に向けた調整が未だに決まらないのが何よりの証拠であった。
――――――本当に人間ってやつは度し難い生き物なのかもしれない。
それはミホノブルボンとハッピーミークの獲得ファン数を比較すれば明確かもしれない。
今となっては“クラシック三冠バ”ミホノブルボンでさえも無敗ではなく、ハッピーミークの方が勝利数も多いわけなのだが。
それでも、人々はハッピーミークよりもミホノブルボンを選ぶのだ。
そこにトレーナーの家柄などまったく関係ない――――――、先輩はそのことに気づいているのだろうか。
私は最初にウマ娘とトレーナーの関係の理想を語った先輩の誇らしげな表情を忘れていない――――――。まだそこまで日も経っていないのだ。
そう思うと、ウマ娘寮とトレーナー寮が分断されているトレセン学園の現実がそのまま2人の関係に当て嵌まっているように思えてならなかった。
斎藤T「二人三脚や一心同体だなんて言っても、弟子が師匠の寺で住み込みで修行するのとは違うわけか……」
斎藤T「随分とこの時代の人たちはバラバラなんだな……」
斎藤T「まあ、自分たちが得た自由・平等・博愛を使いこなすにはまだまだ時間がかかるってところか……」
ビワハヤヒデ「きみ、こんなところで寮を眺めてどうしたんだ?」
斎藤T「……何でもありませんよ」
ビワハヤヒデ「そうか」
ビワハヤヒデ「しかし、ここには海外から赴任してきたトレーナーもいるが、きみほどのガタイの良い日本人のトレーナーが見つめているのは何かと誤解を招くから、気をつけた方がいい」
斎藤T「そうしておきます」
ビワハヤヒデ「……私もそれなりには強豪だと自負しているが、私の『理論』もまだまだと言ったところか」
斎藤T「何です?」
ビワハヤヒデ「いや、きみが何かと噂の新人トレーナーだと聞いていてな」
ビワハヤヒデ「新年度開始早々に学園内に広まった悪評、3ヶ月間の意識不明の重体、それから目覚めてすぐハッピーミークのサブトレーナーに収まっている――――――」
ビワハヤヒデ「ここのトレーナーになったのは金儲けのためだと言われているが、そのトレーナーバッジを身に着けるだけの運と実力は間違いなくあったわけだな」
ビワハヤヒデ「会長が危険視していただけの悪辣さはいったいどこへ消えてしまったというのか……」
ビワハヤヒデ「それとも、金儲けに利用しようとしていたウマ娘に撥ねられる因果応報で邪な心が消え去ったのか――――――」
斎藤T「…………どうなんでしょうね。私は今も昔も何も変わっていないと思いますけど」
ビワハヤヒデ「ちょっとしたお礼さ」
斎藤T「え」
ビワハヤヒデ「お盆休みの時に珍しくブライアンがな、『流しそうめんをやろう』って言ってきてだな……」
ビワハヤヒデ「幼い頃に無邪気に追いかけっこをしていた時の懐かしさがあったよ」
ビワハヤヒデ「ふふ、あんなでっかい流しそうめん機を買ってきて私のためにそうめんを流してくれる姿は本当に……」フフッ
斎藤T「そうでしたか……」
ビワハヤヒデ「来年はどうするつもりなんだ?」
斎藤T「変わりませんよ。賞金を稼いで儲けさせてくれるウマ娘の担当になる」
斎藤T「見つからなかったら、このバッジを取り上げられるまで 無駄飯食いと罵られようとも がめつく待ち続けるだけ」
斎藤T「それだけ。そこにはトレーナーの意地とか余計なものはいらない。走りたいように走れ。どうせトレーナーが走るわけじゃないんだから」
――――――けど、私は 今 私自身の道を走っている。着いてこれるのなら 着いてこい。
ビワハヤヒデ「そうか。『URAファイナルズ』でブライアンとの一騎討ちを考えて、新しいトレーナーにきみを誘いに来たが、残念ながらフラレてしまったようだ」
斎藤T「すみませんね、
ビワハヤヒデ「……案外、今のきみだったら会長も気に入るかもしれないな」クスッ
斎藤T「でも、あなたのようなウマ娘に誘ってもらえて嬉しかったですよ。あなたが最初です」
ビワハヤヒデ「なら、しっかりと今の自分の担当を勝たせてやってくれ」
斎藤T「そのつもりなんですけどねぇ、ここに来て先輩はあまり調子良くないですね………………実家で何か言われたのか」
ビワハヤヒデ「桐生院Tか。彼女の手腕はさすがは名門だとは思うが、たしかにこのところは精彩を欠くところがあるように思うな――――――」
斎藤T「――――――あ、おい! そこの!」
飯守T?「ウオオオオ………………」
ビワハヤヒデ「む、あれはたしか、ライスシャワーの担当トレーナーではなかったか?」
斎藤T「何やってるんだ! クルマが通っていないからって学園の目の前で車道を横切ろうとするな! 何のための地下道だよ!」ガシッ
ビワハヤヒデ「いや、その前に生徒以外は立入禁止の学生寮にいったい何の用だ?」
飯守T?「ジャマヲスルナ……」
斎藤T「!?」ゾクッ
ビワハヤヒデ「な、何か様子が変じゃないか……?」
飯守T?「アア、ライス! ライス! ライス! ライス! ライス! ライス! ライスゥウウウウウウウウ!」
斎藤T「お、落ち着け! 学生寮は生徒以外は立入禁止だ! 犯罪者になりたいのか!?」
飯守T?「ドケェエエエエエエエエエ!」ブン! ――――――とんでもない腕力で身体が空に放り投げられた!
斎藤T「なっ」 ――――――それは新年度早々にウマ娘に撥ねられた時のよう!
ビワハヤヒデ「斎藤T!」 ――――――このままでは地面に叩きつけられてしまう!
斎藤T「っと!」シュタ! ――――――しかし、空中で受け身をとって難を逃れた!
ビワハヤヒデ「ホッ」
ビワハヤヒデ「いいかげんにしろ、飯守T! いったいどうしたと言うんだ!」ガシッ
飯守T?「ハナセ! ハナセ! ハナセ! ハナセエエエエエエエエエエ! ライスゥウウウウウ!」ブンブン!
ビワハヤヒデ「な、なんてパワーだ……! ウマ娘である私でさえも抑えるのがやっとだ……!」グググ・・・
ビワハヤヒデ「斎藤Tを投げ飛ばしたパワーと言い、本当にヒトなのか!?」グググ・・・
斎藤T「警告するぞ! 見なかったことにしてやるから、今すぐに抵抗を止めて出直してこい!」
斎藤T「さもなければ、同じトレーナーバッジを身に着ける者としてERTに突き出す!」
飯守T?「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ビワハヤヒデ「ハッ」
飯守T?「ドケエエエエエエエエ!!! オレハオニイサマダゾオオオオオオオオオオ!!!」
飯守T?「アア、ライス! ライス! ライスゥウウウウウ!」ドォーーーーン!
ビワハヤヒデ「くはっ!」ガクッ
斎藤T「大丈夫か!?」
斎藤T「くっ、生徒の腹に肘打ちとは……、自ら独房に叩き込まれるスイッチを押したな!」ギリリ・・・
飯守T?「ライスゥウウウウウ! オニイサマハココダ! オニイサマダゾオオオオオオオオ!」ダッダッダッダ!
斎藤T「ま、待て――――――!」タッタッタッタッタ!
斎藤T「な、何だ、あの足の速さは!? ヒトどころかウマ娘にも――――――」
斎藤T「ダメだ、追いつけない……!」
斎藤T「このままあいつを追いかけて学生寮に侵入するのは――――――」チラッ
ビワハヤヒデ「うぅうう……」
斎藤T「くそっ」prrrr・・・
斎藤T「ERTか! 今さっき学生寮にトレーナーが無断侵入した! しかも、止めに入った生徒に肘打ちを食らわせた! 大至急、侵入者を取り押さえてくれ!」
斎藤T「大丈夫か!? 立てるか!? 苦しくないか!?」
ビワハヤヒデ「だ、大丈夫だ、斎藤T……」ウゥ・・・
ビワハヤヒデ「それよりも、飯守Tを追いかけないと……」
斎藤T「それはERTにまかせて、保健室かどこかで安静にしよう。月末とは言え、まだ8月なんだ。こんなところに野晒しにされていたら蒸される」
斎藤T「歩けるか? 無理なら車椅子か担架を持ってくるから、まずは日陰になるところまで動くぞ!」
ビワハヤヒデ「あ、ああ……、よろしく頼む…………」
スタスタスタ・・・
斎藤T「ここで待っていてくれ」
ビワハヤヒデ「いや、もういい。ここなら涼しい風も吹いて気が紛れそうだ……」
斎藤T「わかった。向こうの様子が見える場所がよかった。ここならすぐに対応ができそうだ」
斎藤T「くそっ、不祥事にも程がある……」
ビワハヤヒデ「ああ、そうだな……。そうなったら、全ての責任は生徒会に帰するな……」
ビワハヤヒデ「嫌な話だが、あまり真面目とは言えないブライアンの普段の素行もここぞとばかりに叩かれることだろうな……」
斎藤T「そんなわけあるか! 生徒が問題を起こしたわけじゃないのに、生徒会が叩かれる理由がない!」
斎藤T「トレーナーが引き起こした不祥事なんだから、URA傘下のトレセン学園トレーナー組合の問責だろう!」
ビワハヤヒデ「そうか、きみは正真正銘の新人で しかも3ヶ月は眠っていたから知らないか……」
斎藤T「え」
ビワハヤヒデ「実は、かつてトレセン学園の暗黒期とも言える実力主義や成果主義が横行していた時代があったそうだが、」
ビワハヤヒデ「その時にトレーナー組合と生徒会は対立関係にあったという――――――」
ビワハヤヒデ「正確には、トレーナー組合にはトレーナーの『名門』、生徒会にはウマ娘の『名家』がバックについていたんだ」
斎藤T「まさか、『ヒトとウマ娘の対立』――――――?」
ビワハヤヒデ「ああ。トレーナーとウマ娘の生み出す絆の力は周知の事実だが、」
ビワハヤヒデ「組織と組織になると、どうやらトレーナーとウマ娘の絆というのも用をなさなくなるらしい」
ビワハヤヒデ「当然か。トレーナーにとって一番可愛いの自分の担当。それ以外は全てライバルなのだから……」
斎藤T「でも、暗黒期とは言っても実力主義や成果主義なのは今も同じなんじゃ?」
ビワハヤヒデ「そういう意味じゃないのさ、暗黒期の実力主義や成果主義っていうのは」
ビワハヤヒデ「トレーナーがウマ娘を選ぶように、ウマ娘もトレーナーが選ぶわけだが、」
ビワハヤヒデ「そうすると優れたウマ娘の担当の座を巡ってトレーナー同士で衝突が起こるのは自然な流れだろう?」
斎藤T「はい……」
ビワハヤヒデ「けれど、そうすると希望のウマ娘の担当になれなかったトレーナーと担当を勝ち取ったトレーナーの間で溝が生まれる。人間関係にひびが入る――――――」
斎藤T「それが暗黒期の実力主義と成果主義によってもたらされた不和ですか」
ビワハヤヒデ「いや、実はもっとその先があったんだ……」
ビワハヤヒデ「誰もが好き好んで対立を望むわけじゃない――――――」
ビワハヤヒデ「その思いがこれからもたくさんのウマ娘たちを育て上げるトレーナー同士の繋がりを重視するものに変わった時だよ」
――――――八百長レースが長年に渡って行われてきたんだよ。
斎藤T「……『八百長』?」
ビワハヤヒデ「トレーナーによるトレーナーのためのトレーナーのウマ娘レースだよ」
斎藤T「!」
斎藤T「だから、生徒会長は――――――」
ビワハヤヒデ「そういうことだよ、会長にきみが真っ先に睨まれたのは」
ビワハヤヒデ「トレーナー組合で割り振られたウマ娘を担当し、あらかじめ決めたレース順位になるようにウマ娘のトレーニング内容や目標を誘導し、」
ビワハヤヒデ「担当ウマ娘を時には勝たせ 時には負けさせることで、組合に所属するトレーナーたちの箔付けと円満な人間関係の構築を行ってきたわけだ」
ビワハヤヒデ「その決定権はトレーナー組合のバックについている『名門』にあったと噂されている」
ビワハヤヒデ「そして、絶対的な勝者が生まれないことによって安定したオッズを維持して、組合のトレーナーたちは安定した賞金を得る仕組みともなっていた」
ビワハヤヒデ「たしかにそうすることで、切磋琢磨の末の勝ったり負けたりする因縁のライバル対決や名勝負の数々が観客席からは繰り広げられたわけで興行的にも大成功ではあった」
――――――けれど、そこにはウマ娘の自由意志というものはどこに存在しない。
ビワハヤヒデ「だから、中央競バ界の歴史の裏でトレーナー組合と生徒会は八百長の是非を巡って対立し続けていた」
ビワハヤヒデ「『名家』の出身であるシンボリルドルフ会長は当時のことをよくご存知で、そういった八百長を仕掛けるトレーナーの存在を憎んでいたよ」
ビワハヤヒデ「いったいどれだけのウマ娘たちが自分の青春を賭けて実力で勝ち取ったと思われた栄光が偽物だったのか――――――」
斎藤T「………………」
ビワハヤヒデ「その流れを完全に断ち切ったのが現在の理事長で、トレーナー組合のバックにいる『名門』からは目の敵にされていると会長から聞いている」
ビワハヤヒデ「だから、どんな不祥事であれ、トレセン学園で起こった不祥事の全てを生徒会ひいては理事長の責任として追及してくるはずだ」
ビワハヤヒデ「きみはたしかに畑違いとは言え、天皇家に親しい身分の血筋だから、余計に怪しまれていた」
斎藤T「ホント、畑違いもいいところだ……。そういった事情も知らずに勢いで入ってきたばかりに……」
ビワハヤヒデ「ああ。きみは最初から 徹頭徹尾 トレセン学園の
ビワハヤヒデ「だからこそ、桐生院Tが きみを『名門』に引き込むべく きみのことを拾い上げたとも思われてもいるんだ」
斎藤T「私は先輩はそういう人じゃないと信じてますけどね」
ビワハヤヒデ「難しいものだな。こうして間近に接してみないと、ヒトも、ウマ娘も、何もわからないのだから」
斎藤T「………………本当に今の時代はバラバラなんだ」
斎藤T「ERTが突入して10分――――――、まだ動きはないのか?」
ビワハヤヒデ「そうだな。2000名弱は収容できる住宅団地なんだ。ヒトとは思えない能力で動き回られたら捕らえようがない……」
斎藤T「せめて、やつの居場所がわかれば、先回りして袋のネズミにできるのに……」
斎藤T「あ、そうだ! あのトレーナーのケータイを鳴らしたり、GPSで位置を割り出したりすればいいんじゃないか?」
ビワハヤヒデ「しかし、知っているのか、ケータイの番号?」
斎藤T「だったら、人伝にやらせるしかない!」
斎藤T「会長に繋いでくれ!」
ビワハヤヒデ「よし、待っていてくれ。すぐにでも――――――しまった。充電が切れていたか」 POWER OFF!
斎藤T「なら、会長の電話番号を言ってくれ!」
ビワハヤヒデ「あ、すまない。会長の電話番号は登録していても憶えてはいないんだ――――――」
ビワハヤヒデ「いや、ブライアンのケータイの番号なら憶えているぞ! 貸してくれ!」
斎藤T「よし!」
ビワハヤヒデ「たのむ! 出てくれ、ブライアン! 一大事なんだ……!」prr...
――――――
ナリタブライアン「姉貴か? 知らない電話番号だが、いったいどうしたんだ? まだ校舎の方にいるのか?」ガチャ ――――――ワンコールで応答!
――――――
ビワハヤヒデ「一大事だ、ブライアン。今すぐにライスシャワーのトレーナーのケータイ番号を調べて鳴らしてくれ」
――――――
ナリタブライアン「何だ、藪から棒に?」
――――――
ビワハヤヒデ「落ち着いて よく聞いてくれ」
ビワハヤヒデ「今、ライスシャワーのトレーナーが学生寮に無断侵入して、ERTが出動する騒ぎになっている」
ビワハヤヒデ「でも、未だに捕まらないあたり、どこかに隠れているはずだから、ケータイを鳴らしてERTの手助けをして欲しい」
――――――
ナリタブライアン「なに!? 姉貴は今どこにいるんだ!?」
――――――
ビワハヤヒデ「私は大丈夫だ。なんとかして取り押さえようとしたけど、いいのを1発もらってね……」
ビワハヤヒデ「今、学生寮がよく見える場所に移動して事態の推移を外野から見守っている」
ビワハヤヒデ「中の様子がわからないし、下手に動いてパニックを引き起こすわけにはいかないから、せめてこれぐらいの援護を」
――――――
ナリタブライアン「くそっ! よくも姉貴を!」
ナリタブライアン「待っていろ! 今すぐにそいつに蹴りを入れてきてやる!」
――――――
ビワハヤヒデ「待て! ブライアンはこちらの指示通りに動いていれば――――――」
ビワハヤヒデ「…………どうしよう、斎藤T。大事になりそうだ」
斎藤T「なら、私が生徒会長に話をつけてくる。時間が惜しい。――――――生徒会室はまだ明るいな?」
ビワハヤヒデ「いや、しかし、それなら私はもう大丈夫――――――」
斎藤T「妹に言い聞かせることができるのは姉しかいない」
斎藤T「副会長が余計なことをしでかさないように見張っておいてくれ」
斎藤T「一応、生徒会メンバーとして副会長が真っ先に状況の確認に向かったと伝えておくからさ」
ビワハヤヒデ「すまない。恩に着る」
斎藤T「これぐらいは人として当然」
――――――私のことをトレーナーに誘ってくれた恩返しとでも思っていてくれ。