ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-西暦20XY年03月10日の航星日誌- GAUMA SAIOH
この日は重賞レース『阪神スプリングジャンプ』があった日なのだが、どちらかと言えば卒業式を火曜日の全体集会の日に控える卒業生にとっての“最後の日曜日”でもあった。
週明けとなる月曜日は卒業式前の卒業生の送別会が開かれており、それでその翌日は『立つ鳥跡を濁さず』卒業式が終わり次第 学園を巣立っていけるような日程が組まれていた。
そのため、この最後の日曜日は学生寮を巣立って行くための準備に追われており、重賞レースの障害レースなんかよりも巣立っていく先輩の引っ越しの手伝いに参加したいウマ娘たちで休日の全寮制の学園がてんやわんやとなっていた。
というのも、競走ウマ娘の頂点を極めるためにトレセン学園の狭き門を潜り抜け、引退即退学が当たり前だった過酷なトレセン学園において退学せずに卒業できるだけでも一定の評価と敬意が得られるわけで、『無事是名バ』の体現である卒業生に少しでも肖りたいとウマ娘たちが集まるからだ。
今年の卒業生は 所謂 ルドルフ世代であり、“最強の七冠バ”シンボリルドルフの独壇場とも言えるほどに圧倒的な支配者が君臨していたわけであり、完全な1強であったためにシンボリルドルフ以外の名バの名を挙げることが難しいとすら言われていた。
ある意味においては圧倒的な王者の君臨によって黄金期を切り拓いたはいいが、逆に自分と同世代になったウマ娘たちの戦績がパッとしなくなる最大の障害にもなったため、絶対的勝者として歴史に名を刻んだシンボリルドルフとしては複雑であった。
なにしろ、予言書『プリティーダービー』の内容から状況を分析すると、ルドルフ世代の実態とはBNW世代:ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケットの3人が“クラシック三冠”を分かち合い人気を博すはずだったと読み取れるからだ。
その結果、BNWはシンボリルドルフの栄光の前に消え去ることになり、予言書の内容から大きく外れた運命を辿ることになったのである――――――。
皐月賞ウマ娘になるはずだったナリタタイシンやダービーウマ娘になり損ねたウイニングチケットは3年目:シニア級で引退することになり、そのまま中等部でトレセン学園を卒業していったそうなのだ。
もっとも、2年目:クラシック級で華々しい活躍をしているのが全盛期であったと非情にも予言書『プリティーダービー』に予言されていたことなので、シンボリルドルフが出走していない重賞レースでしっかりと勝っているだけ凡百のウマ娘よりも恵まれた選手人生であったことだろう。
一方で、シンボリルドルフが3年目:シニア級における海外遠征での故障によって無期限活動休止で生徒会活動に専念することになり、その結果として歴代最高の生徒会長となってトレセン学園の顔役として長らく君臨し続ける裏で、
“永遠なる皇帝”に対して“永遠の二番手”と呼ばれ続けていたBNW最後の一人であるビワハヤヒデだけは級友であるナリタタイシンとウイニングチケットが中等部で卒業し、シンボリルドルフが第一線を引いても走り続けていた。
そこが予言と大きくちがったところであり、中高一貫校の長い6年間を徹底的な管理の末に故障なく出走し続け、最終的に“神メ”シンザンに続く 永遠に破られることがないであろう 連対記録第2位を更新し続け、史上最多の重賞レースのウイニングライブ参加率を誇る常連として“万能”とまで称えられるようになったのだ。
その原動力となったのは、最高のライバルにして最愛の妹:ナリタブライアンという身近な存在と、“皇帝”シンボリルドルフという絶対者がいる状況でウマ娘としての自分がどうあるべきかを適切に導いた偉大なるトレーナーの存在であった――――――。
――――――その名トレーナーは“皇帝の王笏”に対して“万能ステッキ”と評されていた。
――――――トレセン学園/元 岡田Tのトレーナー室
ビワハヤヒデ「………………」
ナリタブライアン「おい、姉貴?」
ビワハヤヒデ「……あ、ああ。すまない。少し物思いに耽ってしまった」
アグネスタキオン「しかし、本当にいいのかい? それはきみの担当トレーナーとの思い出の品なのだろう?」
ビワハヤヒデ「ああ、いいんだ。少しでも役立てて欲しいと思って持ってきたんだ。遠慮なくもらって欲しい」
斎藤T「公共財としてエクリプス・フロントに寄付するという手もあるんですよ?」
ビワハヤヒデ「いや、シンボリルドルフが認めたきみたちに受け取ってもらいたいんだ」
斎藤T「では、ありがたくちょうだいしますが、“万能ステッキ”と呼ばれた あなたの担当トレーナーの思い出を聴かせてもらえますか? これは当事者であるあなたの口から語ることで価値が出るものです」
ビワハヤヒデ「……そうだな。私の担当トレーナーのことは何て言えばいいのか、難しいな」ゴクッ
ナリタブライアン「――――――いや、
ビワハヤヒデ「!!?!」ブッフォーー!
アグネスタキオン「うわっ」
ビワハヤヒデ「な、何を言い出すんだ、ブライアン!?」ゴホゴホ・・・
斎藤T「あ、これで口元を拭いてください」スッ
ビワハヤヒデ「あ、すまない、斎藤T……。お見苦しいものを……」
斎藤T「いや、気にしないでください」ササッ ――――――吹きこぼした緑茶を綺麗に拭き取る。
斎藤T「それより、本当に“皇帝”シンボリルドルフに勝るとも劣らない“万能”ビワハヤヒデを支えた名トレーナーとはそこまで親密だったというわけでしたか」
ビワハヤヒデ「いや、さすがに“無敗の三冠バ”シンボリルドルフと並ぶだなんてことはないだろう。勝っているところと言えば、せいぜい会長の倍近く長くターフの上で走り続けることができたぐらいで」
ナリタブライアン「その結果が“神メ”シンザンに続く連対記録歴代第2位:ビワハヤヒデだろう、姉貴?」
アグネスタキオン「大したもんじゃないか。“五冠バ”シンザンを超える“七冠バ”シンボリルドルフに、シンザンの連対記録最高記録に次ぐ大記録を達成したビワハヤヒデということで釣り合いは十分に取れているだろう」
アグネスタキオン「なんなら、重賞レース・ウイニングライブ参加記録:連続三連対記録では近年では不動のトップでもあるのだし」
ナリタブライアン「ああ。姉貴がいないウイニングライブのステージはやけに広々と感じて違和感を覚えるぐらいには、姉貴は6年間“皇帝”シンボリルドルフの黄金期を支え続けた もうひとつの生きた伝説だ」
斎藤T「そうですねぇ。“皇帝”シンボリルドルフの右腕となるのが副生徒会長として規範で在り続けた“女帝”エアグルーヴで、腹心となるのが栗東寮寮長である“幻の三冠バ”フジキセキ――――――」
斎藤T「となると、シンボリルドルフの道を照らした太陽とは“万能”ビワハヤヒデになりますね」
ビワハヤヒデ「えっ」
アグネスタキオン「ほう! 太陽! 太陽か!」
ビワハヤヒデ「はっ」
ナリタブライアン「わかっているじゃないか、斎藤T!」
ビワハヤヒデ「い、いや、いやいや! 私が太陽だなんて、エアグルーヴやフジキセキ以上に私がそんな……! 過大評価じゃないのか、それは!?」アセアセ・・・
斎藤T「じゃあ、こう言えばわかるか」
斎藤T「ビワハヤヒデ、あなたは“皇帝”シンボリルドルフに続く“三冠バ”ナリタブライアンを世に送り出した名トレーナーだったから、あなたの功績は大きいのですよ」
ビワハヤヒデ「え、それはどういう――――――」
ナリタブライアン「まあ、実際そうだったな、そう言われると」
ビワハヤヒデ「お、おい、ブライアン?」
ナリタブライアン「私の担当トレーナーはトレーナーとしての実力は完全に新人レベルで役に立たなかったからな」
ナリタブライアン「その新人トレーナーが必死になって姉貴のところのトレーナーに弟子入りして少しはマシになったわけで」
アグネスタキオン「そして、“皇帝”シンボリルドルフという絶対者を前にしても最後まで走り続けてシンザンに次ぐ連対記録を築き上げ、無敗になれなかったナリタブライアンの目標に成り得たというわけだね」
ビワハヤヒデ「ブライアン……」
ナリタブライアン「私には2つの目標があった。シンボリルドルフとビワハヤヒデだ」
ビワハヤヒデ「それを言うなら、私にとっても目標は2つ。シンボリルドルフとナリタブライアンだったよ」
斎藤T「そして、実の姉妹で互いを高め合った結果、“最強姉妹”として揃って『ドリーム・シリーズ』への移籍を果たしたわけですから、あなた方 姉妹がシンボリルドルフに続く者として『トゥインクル・シリーズ』を盛り上げた功績は偉大だったわけですよ」
斎藤T「実際に訊きました。シンボリルドルフがもっとも評価しているウマ娘が誰なのかを」
斎藤T「それは後にも先にもビワハヤヒデ唯一人であり、もうひとりの自分のようにその活躍ぶりにいつも励まされていたそうですよ」
ビワハヤヒデ「か、会長が……」
斎藤T「そうです。会長にとっては右腕となるエアグルーヴも、腹心となるフジキセキも大切だけど、あえて順位をつけるならビワハヤヒデの学園内外での功績が一番でそれがライバルとして誇らしいと」
ビワハヤヒデ「わ、私がシンボリルドルフのライバル――――――?」
アグネスタキオン「実際、そうだろうね。“皇帝”シンボリルドルフが無期限活動休止で第一線を引いた後もターフの上で走り続けて連対記録を更新し続け、重賞レース・ウイニングライブの常連でもあるのだし、」
アグネスタキオン「それでいて、会長から直々に指名されたはずの
アグネスタキオン「それぐらい実力も人望もあって性格も面倒見も良いと来たら、シンボリルドルフがいなければ“クラシック三冠バ”も狙えただろうし、生徒会長にもなれただろうねぇ」
ナリタブライアン「当然だな。姉貴は最強なんだからな」ウンウン!
斎藤T「だから、“皇帝”シンボリルドルフが築き上げた黄金期には学園と競バ場のそれぞれにトレセン学園の生徒たちの規範となる生徒会長が6年間ずっと居続けたというわけですよ」
ビワハヤヒデ「……会長」
斎藤T「これはその感謝の印だそうです」スッ ――――――シンボリ家の紋章が入った瀟洒な宝石箱を置いた。
ナリタブライアン「何だ、それは?」
ビワハヤヒデ「……開けても?」
斎藤T「どうぞ」
ビワハヤヒデ「――――――」パカッ
ビワハヤヒデ「おお、これは――――――!」
ナリタブライアン「桜色の宝石のネックレスだな」
アグネスタキオン「それはモルガナイトだね。ピンクベリルやピンクアクアマリンとも言われているもので、所謂 カラーストーンジュエリーというやつだね」
斎藤T「正確にはプラチナチェーンのモルガナイトとダイヤモンドのネックレスです」スッ ――――――ルーペをかざす。
斎藤T「ほら、大粒のモルガナイトを囲むようにダイヤモンドが散りばめられているでしょう。鑑定書と保証書もここに」
ビワハヤヒデ「きれい……」
ビワハヤヒデ「ハッ」
ビワハヤヒデ「え、いや、本当にこんなものをもらっていいのか!?」
斎藤T「面と向かって贈呈できないから、こうして私が代理人として引き渡しているだけですので、面倒ならば配達に出しますよ」
アグネスタキオン「おいおい、せっかくもらったんだから、実際につけてみたらどうだい。鏡台ならユニットシャワールームにあっただろう」
ビワハヤヒデ「え、でも、こんな高価なもの、私には――――――」
ナリタブライアン「いやいや、何を言っているんだ、姉貴は。遠慮なんてするなよ」
ナリタブライアン「ほら、あれだ。『URAファイナルズ』の後のプロムナードとかで着飾るんだから、ちょうどいいのがもらえてよかったじゃないか」
ナリタブライアン「ほら、姉貴、貸せ」
ビワハヤヒデ「あ……」
ナリタブライアン「……なあ、これ、どうやって付けるんだ?」
斎藤T「ああ、こういうのはコツがいるんですよ。それに、ウマ娘の握力だと簡単に折れることもあって、この専用のピンセットを使うとやりやすいですよ」
ナリタブライアン「お、こうか。よし、チェーンが外れた。それで、これをこうして――――――」
ビワハヤヒデ「………………」ドクンドクン
ナリタブライアン「よし、できたぞ、姉貴」
ビワハヤヒデ「あ……」
ナリタブライアン「それじゃあ、ユニットシャワールームの鏡で――――――」
ビワハヤヒデ「あ、待ってくれ。手鏡ぐらい持っているから」
アグネスタキオン「ああ、ハヤヒデくんなら普段から持ち歩いているか、髪のことで」
ナリタブライアン「それもそうだったな」
ナリタブライアン「で、どうだ、姉貴。チェーンが髪に絡まないようにしっかりと首筋につけてはみたが」
ビワハヤヒデ「ああ、相場はわからないが、とてもいいものだと思う」
斎藤T「モルガナイトの石言葉は『清純』『愛情』『優美』とされています。つまり、真心のこもった行動を力強く支えてくれる石であり、精神の安定をさせることで本物の愛を実践する力があるのだとか」
斎藤T「それをダイヤモンドの『永遠』やプラチナの『固い絆』などで補強しているというわけです」
ビワハヤヒデ「そんな意味が」
ナリタブライアン「それなら姉貴にピッタリだな」フフッ
ビワハヤヒデ「そうか。では、ありがたくちょうだいしよう」
ナリタブライアン「本当は義兄貴からこういうのをもらうはずだったんだけどな」
ビワハヤヒデ「ブライアン、その話はもういいだろう……」
ナリタブライアン「けど!」
ビワハヤヒデ「いいんだ。私にとって初めての人は本当にこのジュエリーのように繊細ながら優しさに満ちた力強い輝きを放つ人だったから……」
――――――本当に私のトレーナーがあの人でよかった。心からそう思う。
ビワハヤヒデの担当トレーナーはある意味においては絶対的支配者である“皇帝”シンボリルドルフに対する反逆者として有名でもあり、反シンボリルドルフ勢力の旗手として祀り上げられた英雄でもあった。
それはメディアが生み出した“皇帝”シンボリルドルフの英雄譚を面白可笑しくするために拡大解釈された虚像に過ぎず、何かとシンボリルドルフとビワハヤヒデの対決の構図を持ち出そうとする周囲とは裏腹に、当人同士は非常に親密な関係であったという。
なにしろ、目指しているものは互いに『全てのウマ娘が輝ける世界』であり、暗黒期から完全に脱却した黄金期に相応しい新時代の在り方を模索していた新進気鋭のトレーナーでもあったのだ。
つまり、無名の新人トレーナーが最強のウマ娘と組んで一時代を築き上げるという王道を果たす一方で、無名のウマ娘が最高の名門トレーナーに導かれて常道を貫く物語が陰陽となって黄金期の6年間に織りなされていたのである。
そして、黄金期の6年間を彩るDNAの二重螺旋のごとき2つの物語はトレセン学園の卒業式と『URAファイナルズ』でもって感動のフィナーレを迎えるというわけである。
しかし、2つの物語の主役であるウマ娘を支えた半身たるトレーナーの姿はどちらにもない――――――。
どちらも、最愛のウマ娘の最初の3年間を支えきる前に、シーズン後半で姿を消してしまったのだった。
だから、中高一貫校の6年間の学園生活の後半となる高等部から――――――、
“皇帝”シンボリルドルフは第一線を引いて“ヒトとウマ娘の統合の象徴”としてトレセン学園の良き指導者として“皇帝の王笏”なしにただ独りで君臨し続けることになり、
“万能”ビワハヤヒデは戦友たちが次々とターフの上からいなくなっていく中で人生のテーマとなっていた理論を完成させるべく、“万能ステッキ”のカラクリを胸に秘めてただ独りで果てしないターフを走り抜くことになった。
そうして迎えたのが、かつてないほどの絶頂期を迎えたトレセン学園の黄金期というわけであり、歴代最長の就任期間によって長年に渡ってトレセン学園の顔役として世間からの認知度が高いシンボリルドルフと、シンボリルドルフと激戦を繰り広げて今もターフの上を走り続けて記録更新をし続けるビワハヤヒデの存在は黄金期に欠かせない重要な要素となっていたのである。
ビワハヤヒデ「――――――懐かしいな。昔は『逆なんじゃないか』と言われていたよ」
ビワハヤヒデ「シンボリ家が満を持して送り出した最強のウマ娘に相応しいのは、あの『有馬記念』として名を残すウマ娘レース界の重鎮である“天上人”有馬一族の御曹司であるべきだとね」
ビワハヤヒデ「なのに、実際にはシンボリ家の惣領娘が自ら選んだのは名もなき新人トレーナーで、有馬一族の御曹司が選んだのが私だったのだから、当時としては本当に揉めていたよ、周りが」
ビワハヤヒデ「実際、現在でこそ“皇帝の王笏”と称えられている伝説の新人トレーナーとして有名な鈴音Tは“皇帝”に媚び諂って取り入った小男という扱いで妬み嫉みが激しかったことだし、」
ビワハヤヒデ「私も来年に入学してくることになる妹のブライアンの規格外の“怪物”としての評価でそのついでに名が知れ渡っていた“不出来な姉”という評価で散々に罵倒されてきたからな。私が色目を使ったとも言われて大変だった」
ナリタブライアン「本当にふざけた話だったな。義兄貴が姉貴のことをスカウトしたのも気難しい扱いの私の引換券にするつもりだって吹き込まれた時は思わず殴りかかろうとしたっけな……」
斎藤T「――――――“天上人”有馬一族の御曹司であった鐘撞Tか」
斎藤T「そのルーツは戦国大名にして 旧筑後国 久留米藩主:有馬家であり、第15代当主の伯爵であった『有馬記念』に名を残す有馬 頼寧である」
斎藤T「有馬 頼寧は戦前は農政学者として活動、農民運動を支援した後に農林大臣などを歴任し、戦後はURA第2代理事長としてウマ娘レース界の発展に尽力し、中央競バ『トゥインクル・シリーズ』を国民的スポーツ・エンターテインメントにまで押し上げる端緒を開いた功績により、『中山グランプリ』として開始された『有馬記念』に名を残すこととなる――――――」
斎藤T「有馬 頼寧はもっともファンサービス拡充に努めた理事長として知られ、これにはウマ娘レースは全くの
斎藤T「PR機関:中央ウマ娘レースサービスセンターを創設し、日本短波放送によるレースの実況放送を開始し、競バ場内に託児所や遊園地を設置するなどの他、1956年にプロ野球のオールスターゲームのように人気投票で出走馬を選ぶレースでファンに喜んでもらおうとした企画が現在の『有馬記念』である」
斎藤T「まさに、中央競バ以前に農民運動や部落解放運動や卓球、プロ野球の発展にも携わった有馬 頼寧ならではの発想だったと言えよう――――――」
ナリタブライアン「ああ。だから、ウマ娘レース界隈においては有馬一族はまさに“天上人”のような扱いで、姉貴を担当ウマ娘に選んだ時の最大の罵倒が『人間宣言』だったもんな」
斎藤T「あぁ!?」ゴゴゴゴゴ! ――――――皇宮警察の令息、キレる!
アグネスタキオン「うわっ」ビクッ
ナリタブライアン「うおっ」ゾクッ
ビワハヤヒデ「お、怒らないでくれ、斎藤T。もう過ぎたことだから……」アセアセ・・・
斎藤T「あ、すみません……」
斎藤T「でも、当時としては本当にそれぐらいに『名家』と『名門』のいざこざが残っていたわけなんですね……」
ビワハヤヒデ「まあ、だからこそ、こうしてシンボリルドルフ会長とは親しくなれたのかな。互いに周りの思惑や理想を押し付けられて苦労しているということで」
斎藤T「ある意味においては、暗黒期から黄金期に時代が進むためのウマ娘の『名家』とトレーナーの『名門』の代理戦争・頂上戦争・最終戦争の時代でもあったわけですね」
ビワハヤヒデ「うん。正直に言って、裏ではいろいろと批難や罵倒を受けてきたけれど、その分だけ表向きは最高の名門トレーナーに対する忖度で待遇がよかっただけに、有馬一族の御曹司の担当ウマ娘であることが重苦しくなる時があったさ」
ビワハヤヒデ「けれど、それは有馬一族の御曹司であった私の担当トレーナーも同じだった――――――」
ビワハヤヒデ「だからこそ、当初から“怪物”として期待されていた妹:ナリタブライアンに対抗する武器を必要として“勝利の方程式”を追究してきた私の在り方に尊敬の念を抱いてくれていたんだ」
ビワハヤヒデ「そして、『トゥインクル・シリーズ』という夢の舞台で妹と最高のレースをするという願いに誰よりも直向きであってくれた――――――」
ナリタブライアン「それこそ、“万能ステッキ”と呼ばれるほどの多芸多才ぶりでな」
ナリタブライアン「本当に義兄貴は姉貴のことを守ってくれたんだ。そして、姉貴と私の『最高の舞台で最高のレースをどこまでも』という夢も結果として叶えてくれた」
ナリタブライアン「だから、義兄貴はずっと姉貴の側にいてくれるもんだと思っていたのに――――――」
ビワハヤヒデ「………………」
アグネスタキオン「……何があったんだい?」
ビワハヤヒデ「まあ、一言で言うなら、私のトレーナーは病に倒れたんだ。不治の病に」
斎藤T「………………」
ビワハヤヒデ「3年目:シニア級のシーズン後半のことだった」
斎藤T「――――――『3年目の後半』」
アグネスタキオン「たしか、同じ時期に“皇帝の王笏”が行方不明になってたんじゃないかな」
ナリタブライアン「ああ、そうだ。それに前後してだ」
ビワハヤヒデ「皮肉なものだよ。それで『名家』シンボリルドルフとそれに挑む『名門』有馬一族の御曹司が最後に病床で手を取り合ったことで、それまでのことが丸く収まったのだから」
ビワハヤヒデ「私は有馬一族に色目を使って擦り寄った“ブライアンのダメな姉”から評価が一転して、薄幸の有馬一族の御曹司から夢を託されてターフの上を走り続ける使命を帯びた“悲劇のヒロイン”扱いだよ」
ビワハヤヒデ「そして、今ではそんなこともあったのかと私たちが直面してきた苦難は時代の移り変わりと共に忘れ去られ、私たちが憧れ続けた夢の舞台はまさに黄金期の眩い輝きを放っている――――――」
ナリタブライアン「姉貴……」
ビワハヤヒデ「でも、それはしかたがないことなんだ。そういう吹けば飛ぶような人々の熱情によって感動の物語というものが生み出されていくのだから」
斎藤T「だから、あなたは私を最後のトレーナーに選ぼうとした――――――?」
アグネスタキオン「…………!」
ナリタブライアン「姉貴……!」
ビワハヤヒデ「ああ。きみはシンボリルドルフ会長のトレーナーとはちがった意味で私のトレーナーと似ていたんだ」
ビワハヤヒデ「ウマ娘レース業界では“天上人”に喩えられる有馬一族の御曹司でありながら、“ブライアンの姉”という以上の評価がなく、理論に縋るしかなかった私の在り方に敬意を抱いてくれた彼に――――――」
ビワハヤヒデ「そうか、きみが配属されて早々に形振り構わない強引なスカウトや引き抜きで学園一の嫌われ者として警戒された一因に、かつての暗黒期の様相を思い出させるものがあったわけだが、」
ビワハヤヒデ「実際にきみは有馬一族以上に 代々 天皇家に仕えてきた正真正銘の『名族』でもあったのだな」
ビワハヤヒデ「不思議だな。シンボリルドルフ会長も 面と向かって話してみて きみのことをかつての担当トレーナーと重ねて見ていた――――――」
ビワハヤヒデ「まったく正反対のトレーナーの姿を誰よりも側にいた担当ウマ娘が見るだなんて、本当に不思議な話だな……」
ビワハヤヒデ「でも、だからこそ、私もシンボリルドルフ会長も安心して卒業していけるわけだ。そういうわけだったのか……」
ナリタブライアン「姉貴……」
斎藤T「………………」
そういうことじゃないと。私は声を大にして言いたいが、今は卒業式を迎えるビワハヤヒデを客人としてもてなすために思い出話に耳を傾けることに徹することにしていた。
いつだったか話したように、おそらくシンボリルドルフの鈴音Tもビワハヤヒデの鐘撞Tも
そして、時代を変える人間というのは重大な局面において
常識に則った上で常識に縛られないからこそ常識と非常識の境目を渡り歩いた常識破りが新たな常識を生み出すものだ。
つまり、こうして人伝にしか想像することができないトレセン学園の新たな時代を切り拓いた先人たちはそういう生き方に目を向けるぐらいに現状を良しとしない価値観や創意工夫を持っていたことに他ならない。
だからこそ、以前にシンボリルドルフの担当トレーナーだった無名の新人との思い出を聴いているからこそ、その対抗バとして持ち上げられることになった無名の新バを導いた名門トレーナーの話は一層心に染み渡った。
それがわかっただけでも、私の在り方は間違いなく先人の心根を継承していることを確信できて安心できた。
私だけが死ぬ思いを何度もしながら苦しい思いをしてきたわけじゃないと知れただけでも今の自分の在り方を肯定できる安心材料が増えた。
けれども、この時代を生きる人々にとっては目に見えるもの、耳で聞こえるもの、肌で感じたものが全てであり、ちがいを認識することで自分というものを認識する原始的な肉体精神しかないのが、非常に哀れに思えた。
そうじゃない。そういうことじゃない。「ちがい」を認識することでしか世界というものを知覚できないのなら、どこまでも無限に拡がる月の大地で正確な距離感を目測で掴むことなどできないのだから。
だから、宇宙時代の人間は「ちがい」で世界を知覚する以上にそれとは正反対の「同じ」ものを認識することで無限大の宇宙でも繋がることができるのだ。
だいたいにして、広大な宇宙では「ちがう」ことだらけで、宇宙科学の分野では常に地球に瓜二つの居住可能な惑星の可能性を求めて血眼になっているのだから、
地球では「同じ」ことが当たり前でも、宇宙に出たら「ちがう」のが当たり前になるパラダイムシフトを体感すれば、いつだって世界は「同じ」ことに常に目を向けて繋がることができるのだ。「同じ」ことが当たり前の境遇に甘え過ぎなのだ、21世紀の人間は。
23世紀の宇宙船エンジニアだった私が21世紀のウマ娘のハーフである“斎藤 展望”になった時、新惑星探検の手始めとして何から始めたのかと言えば、「ちがう」ことだらけの新惑星において23世紀を生きた自分と「同じ」ものを必死に探して“斎藤 展望”として生きる取っ掛かりを見つけることだった。
私には競走ウマ娘の担当トレーナーとしての知識も背景も持ち合わせていないからこそ、担当ウマ娘を選ぼうとしても素人の私には全てが「同じ」に見えて「ちがい」がわからないものだから、
それならば、もっとも自分と「同じ」ものを持っているウマ娘を選ぶことになったのだ。
斎藤 展望の最愛の妹の養育費を稼ぐという最大の目的が果たされているのだから、トレセン学園に残り続けているのは完全な道楽であった。
というより、それこそ天の配剤か、学園一の嫌われ者が学園一危険なウマ娘と巡り合うようになっていたのだが、それに運命を感じたとしてもアグネスタキオンというウマ娘が本当に自分の担当ウマ娘として相応しいかを何度も検証して、それでようやく正式な契約を結ぶことになったのだ。
そう、「同じ」ことが当たり前だからこそ、そうではない「ちがう」ことばかりが真新しく映ってしまい、その綺羅びやかさに目を奪われて、それでわかりあえない――――――。
だから、“斎藤 展望”という無名の新人トレーナーは不思議と鈴音Tや鐘撞Tの両名に似ている部分や通じる箇所があるのではない。
――――――それがいくらでも応用が可能な宇宙の真理:方程式の解というものだ。
斎藤T「糖分控えめサクッと甘いアーモンドキャラメルにバナナチップスです」
ビワハヤヒデ「おお、バナナチップス。美味しそうだな。では、遠慮なくいただくぞ」
ナリタブライアン「お、このアーモンドキャラメル、しっとり甘いものと塩パンみたいな味わいのものがあるな。わざわざ別の味を用意してくれていたのか」
斎藤T「糖分補給用と塩分補給用に分けて作ってますよ」
アグネスタキオン「どうせなら 1つにまとめればいいのにねぇ。その方が効率が良いだろう?」
斎藤T「だったら、砂糖水と塩水を混ぜただけのものが美味しいと思えるのか? 角砂糖に粗塩をまぶしたやつでもいいが?」
アグネスタキオン「ふぅン。それはたしかに食欲が失せるだろうねぇ」
ビワハヤヒデ「それはたしかにそうだな。野菜嫌いのブライアンのために野菜をとことん煮込んでドロドロになるまで溶かしたカレーも野菜の旨味を引き立てるように作らないとだしな」
ナリタブライアン「まあ、足りない栄養なんてものは 極論 サプリで摂ればいいとは思うが、それだと本物の食材を使った豊かな味わいは体験することはできないからな」
ナリタブライアン「トレセン学園の寮生活でふと姉貴の作ってくれたカレーの味を思い出して、市販のレトルトじゃ味気ないことに初めて気付かされたこともあったっけな」
ビワハヤヒデ「なあ、アグネスタキオン」
アグネスタキオン「なんだい?」
ビワハヤヒデ「当時 中等部3年の“無敗の三冠バ”シンボリルドルフが黄金期の象徴として向こう3年も生徒会長に就任することが内定していたわけなんだが、就任するにあたって条件を出していたことは知っていたか?」
アグネスタキオン「いや」
ビワハヤヒデ「――――――
アグネスタキオン「ん?」
ビワハヤヒデ「正確にはきみとマンハッタンカフェだったかな」
斎藤T「それって、アグネスタキオンとマンハッタンカフェという未来のスターウマ娘に対する異例の待遇を認めたことですか?」
ビワハヤヒデ「ああ。学園一危険なウマ娘と学園一不気味なウマ娘の才能を高く評価して、旧化学実験室を与えて数々の奇行や不良行為に対して大目に見てもらうことを交換条件にしていたんだ」
アグネスタキオン「ふぅン……」
ナリタブライアン「そうだったのか。知らなかったな、そんなことは全然」
ビワハヤヒデ「だから、アグネスタキオン、きみというウマ娘が導き出す ウマ娘の可能性の“果て”をシンボリルドルフ会長は誰よりも楽しみにしていたわけなんだ」
ビワハヤヒデ「まあ、実際は会長のことを慕っていたトウカイテイオーがブライアンに続く“三冠バ”になることを期待していたようだけど、それとはちがった意味でアグネスタキオンに対する期待は非常に大きかった」
ビワハヤヒデ「それが会長が卒業するというギリギリの時期まで庇い続けて、ようやく“アグネス家の最高傑作”と呼ばれたウマ娘が表舞台に立つことになったんだ」
ビワハヤヒデ「それも、私と会長が互いの担当トレーナーの姿を重ねるような『名族』出身の“門外漢”である無名の新人トレーナーと出会ったことでね」
アグネスタキオン「……そうかい」
ナリタブライアン「まあ、去年の8月末のWUMA事件がなければ、学園一の嫌われ者の斎藤Tとはここまで親密な関係を築き上げることにはならなかったはずだから、」
ナリタブライアン「斎藤Tはたしかに鈴音Tや鐘撞Tと同じタイプの、普通じゃないというか、見ているものや目指しているものが他のそれとは大きく異なる規格外の存在だから、何かと重なるところがあるんじゃないか?」
ナリタブライアン「少なくとも、担当ウマ娘を勝たせて自分が栄達することを第一にするトレーナーとは完全にちがうわけだからな」
ビワハヤヒデ「そうかもしれないな。自分の担当ウマ娘が勝つ以上のものを私のトレーナーもシンボリルドルフのトレーナーも求めて、私たちに寄り添ってくれていたのだからね」
ビワハヤヒデ「そして、“学園一危険なウマ娘”アグネスタキオンにも寄り添ってくれる担当トレーナーがついに現れたというわけだ」
ビワハヤヒデ「それも、私たちの想いを受け継いでヒトとウマ娘が共存するこの世界を守ってくれているヒーローにね!」
ビワハヤヒデ「だから、安心して卒業していけるんだよ、私は。ブライアン」
ナリタブライアン「ああ。これからが楽しみだ」
ビワハヤヒデ「だが、互いにとって『トゥインクル・シリーズ』で最後のレースになる『URAファイナルズ』決勝トーナメント、負けるつもりはないからな、ブライアン」
ビワハヤヒデ「そこで私がトレセン学園の6年間でトレーナーと一緒に組み立ててきた“勝利の方程式”が本物であることを証明する!」
ナリタブライアン「ああ、それでこそビワハヤヒデだ! 私の自慢の姉貴だ!」
アグネスタキオン「やれやれ、そういうのは他所でやってくれないか? 最後の日曜日をここで過ごすのもどうかと思うがねぇ?」
ビワハヤヒデ「すまない。でも、これは私たち姉妹が憧れの夢の舞台で証明を重ねてきた大切なものだからこそ、きみたちにこそ受け継いでもらいたいと思ってね」
ビワハヤヒデ「その始まりは妹:ナリタブライアンの傑出した才能に対抗するべく、凡人が叡智を振り絞った結果なのだから、これは私とブライアンが立てた“勝利の方程式”でもあるんだ」
ビワハヤヒデ「だからこそ、自分の打ち立てた理論に基づいて“待つことを選択できた”唯一無二のウマ娘に託したいのさ」
アグネスタキオン「……わかったよ、ハヤヒデくん」
アグネスタキオン「私としては他人の評価なんてものはどうでもいいものだと思っていたけれど、ここまで熱いものを託されるとなると、しっかりと誠意を持って受け止めてやらないとだね」
ビワハヤヒデ「ありがとう、アグネスタキオン」
ナリタブライアン「わからないものだな。いつもいつも生徒会に迷惑を掛けていた あのアグネスタキオンというウマ娘が、こうして会長や姉貴の想いを受け継いでいくことになるんだからな」
アグネスタキオン「そうだねぇ。私としても自分の研究に自信を持っているからこそ、他人の言うことなんてお構いなしだったのに、我が事ながら最近は少しちがうみたいだねぇ」
斎藤T「あ」
こうして想いは受け継がれていく。受け継がれようとしていた瞬間であった――――――。
ピースベルT「ハッロォオオオ!!!!」ガラッ
ビワハヤヒデ「!」
ナリタブライアン「うおっ!? だ、誰だ、こいつ!? デカい!?」ビクッ
アグネスタキオン「……誰だい? ここは関係者以外立入禁止なんだけどねぇ?」ジロッ
斎藤T「――――――身長:180cm超のスレンダーの芦毛のウマ娘に、ベテランのトレーナーバッジだと?」
斎藤T「いや、誰だ?! トレセン学園に所属するトレーナーの顔と名前は全員憶えているから、あなたのことは知らない! さもなければ、トレーナーバッジを偽造した不審者か!」ガタッ
ピースベルT「そう、あなたなの。
斎藤T「は」
アグネスタキオン「????」
ナリタブライアン「え、ちょっとまってくれ。あんたのその声、その息遣い、その眼差し、どこかで――――――」
ビワハヤヒデ「あ……」
斎藤T「…………何者か名乗れ」スチャ ――――――ポケットラジオの電源を入れる。
ピースベルT「これは失礼! 私はピースベル!」キリッ
ピースベルT「ここのトレーナーで、最近 現場復帰したってわけ♪ 可愛い名前でしょう♪ 可愛らしく“ピーちゃん”か、“ベルちゃん”って呼んでね♪」エヘッ!
斎藤T「――――――!」ザザザ・・・ ――――――ポケットラジオに感あり!
アグネスタキオン「――――――『ピースベルT』? やっぱり そんな名前のトレーナーはいなかったよ、トレセン学園には」イラッ
アグネスタキオン「しかも、成人男性の平均を上回る身長の芦毛の“性別:ウマ娘”であるトレーナーなんて怪人物、今まで見たことがないよ。居たら確実に私の興味を引いていたはずだからねぇ、そんな面白い存在」ジロッ
ピースベルT「まあね。私って、こういう存在だったから」スッ ――――――側面の髪をたくし上げてウマ娘には存在しないヒトの耳を顕にする。
アグネスタキオン「ふぅン。なるほど、トランスジェンダーの元女性トレーナーといったところか」
斎藤T「――――――いや、トランスジェンダーの
ビワハヤヒデ「!!!!」
ピースベルT「正解! さすがは皇宮警察の三羽烏だった斎藤家の御子息だこと! お見通しってね!」ワオ!
アグネスタキオン「な、なんだって!?」
ナリタブライアン「いや、そんなことがあるわけが――――――!?」
ビワハヤヒデ「――――――なあ、
アグネスタキオン「へ」
ピースベルT「何かな、“万能”ビワハヤヒデ? こうして会うのは初めてのはずだけど?」フフフ・・・
ビワハヤヒデ「誤魔化さないでくれ! どれだけ姿形が変わり果てたとしても、ずっと変わらないものがあることを教えてくれたのはきみだ!」
アグネスタキオン「?」
斎藤T「………………」
ナリタブライアン「ま、まさか、本当に――――――!?」
――――――嘘だろう、義兄貴!? 何かの冗談だよな、その格好!? なあ、鐘撞T!?
それは晴天の霹靂とでも言うべき衝撃的な展開であった。
ビワハヤヒデにとっての最後の日曜日に楽しく中高一貫校の6年間の思い出話に花を咲かせていた時、突如として学園一の嫌われ者が専有する秘密の花園の扉を開ける者がいた。
そして、それは得体の知れない高身長のスレンダーの芦毛のウマ娘であり、トレセン学園のトレーナーバッジをつけてはいるものの、顔と名前が完全に一致しない怪人物であるため、思わず身構えてしまった。
というより、ウマ娘の平均身長を優に超す180cmの巨体でかつスレンダーな芦毛の存在は嫌でもパーティーグッズの馬マスクを被ったような全身白タイツのふざけた格好の並行宇宙の支配種族に重なるところがあるため、瞬間的に頭の中がWUMA掃討作戦のものに切り替わりかけてしまっていた。
ただ、直感的にそういうことではないのだと告げられているようで、不思議とどうにか落ち着いた対応をとることができていた。それでよかったみたいだ。
しかし、ビワハヤヒデにとっての最後の日曜日にまさかの“万能”ビワハヤヒデの担当トレーナーが姿形を変えて現れるだなんて、誰が予想ができようか――――――。
しかも、なぜ
訊くべきことはいろいろとあるだろうに、この場は思い出話に花を咲かせて果を実らせたビワハヤヒデとその愛しい人との感動の物語の終幕へと移行していた。
ピースベルT「……まだ某のことを“兄”と呼んでくれるか、ブライアン」
ナリタブライアン「本当に、本当に義兄貴だったのか……」
ナリタブライアン「なら、何がどうなって、義兄貴がウマ娘になるだなんて……」
アグネスタキオン「う、ううん……!?」
ビワハヤヒデ「どうして!? どうしてなんだ、トレーナーくん! そんな姿になるだなんて! 今までどこに行っていたんだ!? 何があったのか、教えてくれ!」ガタッ
ピースベルT「……不治の病に冒されていただろう」
ビワハヤヒデ「ああ! だから、私はきみが紹介してくれたトレーナーの許でトレセン学園での残りの3年間を同期たちが次々とターフの上から去っていく中をずっと独りで走り続けて――――――」
ピースベルT「……これは、まあ、生き返った代償というやつさ」チラッ
斎藤T「………………」
ピースベルT「最後に見舞いに来てくれた後に病状が本格的に悪化して、最終的には身体が骨と皮だけになって、余命幾ばくもない状態に陥っていた」
ビワハヤヒデ「そんな…………」
ピースベルT「まあ、でも! 某はこうしてウマ娘として生き返ることができた! それで『めでたし めでたし!』ということだから!」
ビワハヤヒデ「――――――何が『めでたし めでたし!』だ! 結果だけ示されても、それで理解できるわけがないじゃないか!」ボタボタ・・・
ピースベルT「なら、証明してくれよ、ビワハヤヒデ!」
ビワハヤヒデ「へ」
ピースベルT「最初の3年間できみと某で一緒に組み立てていった“2人で築いていった勝利の方程式”が残りの3年間でどこまで本物になったのかを」
ピースベルT「――――――
ビワハヤヒデ「あ……」
ビワハヤヒデ「ああ…………」
ビワハヤヒデ「まったく、本当にきみは何も変わらないな……」
ビワハヤヒデ「変わってしまったと思っていたのはいつも私ばかりで、周りは何も変わってなどいなかったんだ……」
ピースベルT「ああ。きみのその真面目で、お茶目で、不器用で、思いやりがあって、妹思いで、優しくて、大きいところは何も変わってない」
ビワハヤヒデ「――――――何が『大きい』って!?」
ピースベルT「だから、某はきみの許に帰ってこれたよ――――――」
ビワハヤヒデ「あ」
ビワハヤヒデ「………………」
ビワハヤヒデ「おかえり、トレーナーくん」
ピースベルT「ただいま、ハヤヒデ」
ピースベルT「あ、綺麗だな」
ビワハヤヒデ「あ、これか。実は会長が私ときみで築いてきた6年間の走りを――――――」
ピースベルT「よかった、ピッタリだった」
ビワハヤヒデ「え」
ビワハヤヒデ「あ!」キラッ ――――――いつの間にか左手の薬指に有馬巴紋に敷き詰められたダイヤモンドの指輪!
ピースベルT「いつもレースの中心にいながら、決して物語の中心にはいなかった;真のスターの座につけないまま、『トゥインクル・シリーズ』を卒業していくけれども――――――」
ピースベルT「それでいいんだ。たとえ、空気のような存在に思われていても、なくなってからすごく大切なものだったと気づくような存在なのだから」
ピースベルT「わかるかい。シンボリルドルフだって、長年に渡って生徒会長をやり続けるよりも、一人の競走ウマ娘として最前線で走り続けたかったにちがいない……」
ピースベルT「堅実でかつ波瀾万丈でない分、地味な印象を与えがちなビワハヤヒデというウマ娘だったが、妹:ナリタブライアンが三冠を獲ったことによって立ち位置が一歩下がってしまった感があるが、終わってみれば“神メ”シンザンに次ぐ連対記録という勲章を得たのだ」
ピースベルT「宝石だって同じだろう? 原石を磨かなければ光らないし、その原石も長い年月を経て地下で結晶化して、たまたま掘り起こされて世にお披露目になるわけなのだし」
ピースベルT「某はそんな貴方のことが愛おしいのだ。愛している。異形の身に成り果てても、某はいつまでも貴方と同じ空気を吸っていたい――――――」
ビワハヤヒデ「あ、ああ…………」
ピースベルT「だから、某は望む」
ピースベルT「ビワハヤヒデ」
ビワハヤヒデ「は、はい!」
ピースベルT「貴方と某で作った“勝利の方程式”を届けてやって欲しい」
ビワハヤヒデ「…………!」
ピースベルT「すでにビワハヤヒデという偉大な競走ウマ娘を得る解に繋げられたが、方程式はあらゆる解を導いてこそ」
ピースベルT「それが“皇帝”シンボリルドルフの
ビワハヤヒデ「ああ、わかったよ! わかった、トレーナーくん!」
ナリタブライアン「…………このクソボケが。姉貴ぃ。義兄貴ぃ」
ナリタブライアン「…………なんでだ! なんでそこで、そんな話になるんだ!」
ナリタブライアン「…………私はいったい何を見せられているんだ、これは? なあ?」
アグネスタキオン「まあまあ。これはこれで得難い経験じゃないか」
斎藤T「――――――尻尾」
アグネスタキオン「え」
アグネスタキオン「あ」
ナリタブライアン「?」
ナリタブライアン「あ――――――」
ナリタブライアン「ああ……」
ナリタブライアン「本当に不器用だな……」
ナリタブライアン「でも、そういう愛の形もありなのかな?」
――――――愛の告白こそなかったのだけれども、2人の間にある熱い絆は尻尾で結ばれていた。
斎藤T「………………」
ナリタブライアン「で、私たちはいつまで観客として見ていればいいんだ、これは?」
アグネスタキオン「私に訊かないでおくれよ。妹のきみにわからないことが私に理解できるわけがないだろう」
アグネスタキオン「けど、よかったじゃないか。最後の最後に 6年間 頑張り通したきみの自慢の姉貴に『神様が素敵な贈り物をしてくれた』といったところかい、これは」
ナリタブライアン「ああ。これで姉貴の心残りが完全になくなった」
斎藤T「…………“
――――――