ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第13話秘録 ウマ息子になった改造人間は水天宮で平和を祈る

-シークレットファイル 20XY/03/11- GAUMA SAIOH

 

私が“斎藤 展望”として二度目の生を受けることになった21世紀のヒトとウマ娘が共生する世界において異なる進化と歴史を歩んだ文明では、ヒトとウマ娘の関係性は非常に複雑である。

 

生物学的にはウマ娘はヒトと極めて近く「ほぼ同じ」であるという話だが、私からすればチンパンジーの方がヒトに近いと思ってしまう。

 

どこからどう見ても、頭の横に耳がついているヒトと頭の上に耳がついているウマ娘が生物学的に「ほぼ同じ」なわけがない。尻尾もそうである。

 

耳が頭の上にあるせいで安全帽が安全に機能しなくなるウマ娘は近代においては工場で使う労働力としては不適格とされ、尻尾も工場機械に巻き込まれる危険性を高めている要素のため、場合によっては長い耳と尻尾を切り落とされて酷使されていたという歴史もあるぐらいだ。

 

そのため、元からヒトを上回る身体能力を持つウマ娘はかえって 人一倍 騒音や悪臭、震動などの労働環境に気を使わなくてはならず、そのヒトを超越した高すぎる能力が社会進出の足を引っ張ることになった。

 

しかし、それでも太古からウマ娘がヒトとの関わりを断つことなく存在し続けられたのも、ウマ娘には女性しかいないためにヒトの男子から精をもらわなければ種族の存続ができないこともあって、ウマ娘はヒトと共生するために必要な能力と美貌を連綿と磨き上げることになった。

 

そう、人類の歴史からすればたかだか数百年でしかない近代;それ以前の遥かな時代における異種族であるウマ娘のヒトからの需要とは――――――、

 

ウマ娘の能力と美貌は人力に頼るしかなかった古代においては非常に重宝されることになったために積み上げられてきたものであり、近代革命はあらゆる意味で昔ながらのヒトとウマ娘の絆を踏み躙る所業にもなっていたのである。

 

それでいて、その憧れと伝統は近代革命において散々に労働力としては下劣であるとウマ娘の尊厳を踏み躙った後も受け継がれることになり、子供心にウマ娘のようにヒトを超越した能力と美貌を持ちたいという欲心をヒトが抱くのはこの世界では自然なことでもあった。

 

そのため、ウマ娘の能力と美貌を我が物にしようという研究は古代から自然に存在していたのだが、近代以降にナショナリズムの勃興と共に世界大戦の時代になると、それがいよいよ国家主義や愛国心の下に加速度的に狂気が増していったのである。

 

そもそも、ウマ娘は明らかにヒトとはちがう外見をした異種族なのだから、いくら近代ウマ娘レースによって世間の憧れとなるスターウマ娘が誕生しようとも、それは古代ローマの剣闘士に対する人気と同じであり、決して人類の同胞として認められているわけでもなかった。

 

実際、肌の違いによる差別以上にウマ娘の基本的な人権を世界が認めるのには時間がかかることになり、今でこそ平和の国:日本では国民的スポーツ・エンターテインメントとして『トゥインクル・シリーズ』に出走するウマ娘たちが大人気であるが、海外においてはそうでもないのが現実である。

 

 

むしろ、世界からすれば平和の国:日本が異常なのが常識なのだから――――――。

 

 

だからこそ、23世紀の宇宙時代に生まれた私からすれば、21世紀の地球時代はあらゆる意味で嫌悪感を抱く地獄の世界であった。仏教で言えば末法の世:人も世も最悪となり正法がまったく行われない時代である。

 

少なくとも、私が生まれ育った人類社会というのは『持続可能な開発目標(SDGs)』が達成された世界であるため、貧困や差別といったものは過去の地球の歴史を再現したドキュメンタリーやシミュレーターでしか味わえないもののはずだった。

 

それらが現実のものとして当然のように存在することを許容している愛の無い世界、解決するだけの知恵もない世界、正しいことをなすことができない秩序のない世界を過去の地球だと認めたくないのが実際の感覚だ。

 

宇宙移民としてのモットーのおかげで21世紀の地球を未確認の新惑星と見做して『そういうものなのだ』と割り切ることで正気を保つことができているが、そうでなかったらこの世の地獄の悍ましさに天国の住人の息が詰まることだろう。

 

だからこそ、一層 23世紀の地球で生まれ育ったことに誇りを持つことができ、私は“斎藤 展望”をやりながらも自分自身の夢に邁進することができていた――――――。

 

 

――――――故に、私の怒りは頂点に達しようとしていた。

 

 


 

 

――――――百尋ノ滝の秘密基地

 

ピースベルT「………………」

 

アグネスタキオン’「待ったかい。これが検査結果だよ」ボン ――――――カルテを投げ渡す。

 

ピースベルT「……某の身体はいったいどうなって?」

 

アグネスタキオン’「一言で言うなら、きみは改造人間になったんだよ」

 

ピースベルT「――――――か、『改造人間』?」

 

アグネスタキオン’「そう、横文字で言えばサイボーグだ。“無敗の三冠バ”ミホノブルボンとはちがって正真正銘のな」

 

アグネスタキオン’「ヒトであるはずのきみにウマ娘と同種の耳と尻尾が生えているわけだが、これは人為的に取り付けたもので、それを機能させるために身体の中身のほとんどが人工臓器に置き換わっているわけなのさ」

 

アグネスタキオン’「そして、その人工臓器はきみ自身の遺伝子に内包されていたウマ娘の因子からクローン培養して生み出されたわけだから、ある意味においては自家製でもある」

 

アグネスタキオン’「きみは芦毛のウマ娘の因子を色濃く持っていたというわけだねぇ」

 

ピースベルT「たしかに、某の家系には芦毛のウマ娘が確実にいたとは思うが……」

 

ピースベルT「では、某は何のために――――――?」

 

アグネスタキオン’「自分でわかっているんじゃないかい?」

 

 

――――――ヒトがウマ娘の能力と美貌を得るための人体実験さ。

 

 

ピースベルT「――――――!」

 

アグネスタキオン’「特に、ウマ娘レース業界においては“天上人”である有馬一族の御曹司であったきみの血統はヒトの身体に内包されたウマ娘の因子を発現させる実験には最適だったと言えるだろうねぇ」

 

アグネスタキオン’「私が知るウマ娘のハーフの最高傑作である“斎藤 展望”は世界最高峰の警察バの血統のおかげで常人離れした身体能力を発揮することもあるわけだし、きみもウマ娘の因子による力に身に覚えがあるだろう」

 

ピースベルT「そんな……」

 

ピースベルT「某はトレーナー組合の神輿に乗ったつもりはない……」

 

アグネスタキオン’「まあ、結果としては、生物学的にはヒトにウマ娘の身体的特徴を持たせてしまったことで、ヒトでもウマ娘でもない未知の生物になってしまっているわけだがね」

 

 

アグネスタキオン’「そう、きみは世界で初めて確認された“ウマ息子”というわけだ!」

 

 

アグネスタキオン’「きみの股座についている()()()も立派に機能しているから、ウマ娘はついに番となる種族を見つけてヒト社会から独立を果たせるねぇ!」

 

ピースベルT「じょ、冗談じゃ……」

 

アグネスタキオン’「冗談なものか。きみの存在は間違いなくヒトとウマ娘が共生するこの世界の現在を変えることになるだろうね」

 

アグネスタキオン’「近代革命において工場の労働力としては不適格だったことでウマ娘に役立たずの烙印を押してきたことを忘れて、ウマ娘レースで飾り付けられたウマ娘の能力と美貌に憧れと妬みを抱く現代人にとっては、ヒトからウマ娘への性転換手術は非常に魅力的に感じるだろうねぇ」

 

ピースベルT「某は! ただ、平和のために“ヒトとウマ娘の統合の象徴”としてシンボリルドルフと協調路線を歩んできたというのに!」

 

アグネスタキオン’「それがきみの生まれ持って背負わされた有馬一族としての宿命なのだろうねぇ」

 

 

アグネスタキオン’「――――――きみの判断は正しい」

 

 

アグネスタキオン’「命からがらトレセン学園に逃げ込んできて、真っ先に()()()()()()()の担当トレーナーに保護を求めたのは正解だった」

 

アグネスタキオン’「だから、こうしてきみは誰も知ることのない私たちだけの秘密基地(セーフハウス)に匿ってもらえているのだから!」

 

アグネスタキオン’「私としても嬉しいよ! こうして貴重な実験体(モルモット)が増えたのだからねぇ!」

 

ピースベルT「あのアグネスタキオンが二人に増えるとか悪夢でしかないけど、この場合はかえって吉夢なのかな……?」

 

アグネスタキオン’「安心したまえ。きみは()()()()()()()とは知らない仲じゃないし、私の中のシンボリルドルフとも付き合いがあるわけなのだから、きみのことを粗末な扱いはしないよ」

 

ピースベルT「それを聞いて安心した」

 

ピースベルT「でも、本当に助かったよ……」

 

ピースベルT「長期休業中という扱いでまだ学園に席が残っていたおかげでトレーナーバッジがまだ効力を持ったし、卒業生にとって最後の日曜日になっていたから業者の出入りも多くて入り込むことができた――――――」

 

ピースベルT「何から何まで最後まで運に見放されることはなかった……」

 

アグネスタキオン’「で、どうするんだい? 担当ウマ娘の卒業に合わせて きみもトレーナーを引退するのかい?」

 

ピースベルT「いや、某はそれでもトレーナーでありたい」

 

 

――――――それが“ヒトとウマ娘の統合の象徴”としてシンボリルドルフと交わした誓約でもある。

 

 

ピースベルT「某には“皇帝”が去った後のトレセン学園をトレーナーの立場から見守り続ける責務がある」

 

アグネスタキオン’「難儀なものだねぇ。じゃあ、その格好でこれからも表舞台に顔を出すのかい。有馬一族の御曹司がねぇ……」

 

ピースベルT「それしかあるまいて。生きて再びこの学園を訪れた時にはすでに某は一人のウマ娘:ピースベルとして振舞っていたのだから」

 

ピースベルT「こうなれば、もう 頭が狂った“オウマさん”として有馬一族の御曹司の成れの果てを演じるしかないのだ」

 

アグネスタキオン’「いいねぇ! 実にイイ!」

 

アグネスタキオン’「ヒトからウマ娘になったトランスジェンダーが担当トレーナーになった場合に担当ウマ娘の成長にどれほどの影響を及ぼすのか、貴重なデータが得られるよ!」クククッ

 

ピースベルT「普通ならばバカにされたと怒るところだろうが、この場合だと不気味さを気にしない無頓着さがかえって頼りになるな……」

 

ピースベルT「そういう意味では、きみの存在は旧化学実験室を分け合ったマンハッタンカフェにとっては日向になったのだろうな……」

 

 

斎藤T「具合はいかがですか、鐘撞T?」

 

 

ピースベルT「決めたよ、斎藤T」

 

ピースベルT「某は闘病生活の末に頭が狂ってトランスジェンダーと化した“ピースベル”として生きていくよ」

 

ピースベルT「どれだけ惨めであろうとも、それが有馬一族の生まれである某のシンボリルドルフとの誓約だから」

 

斎藤T「そうですか。わかりました。そのように宣伝工作をしておきます」

 

ピースベルT「うん、そうなの♪ 闘病生活で身も心も弱っていると、いつもよりも他人の優しさに感じるものがあってね、つい込み上げてくるものがあって♪」テヘッ

 

 

――――――私ね、心が女の子になっちゃった♪

 

 

ヒトの男性から第3の性であるウマ娘に性転換したというのは正確ではなく、ヒトの男性の性器がそのままついており、そこから検出されたDNAもヒトの男性そのものであるため、

 

あくまでもウマ娘の外見的特徴を非人道的な人体実験で可能な限り再現した改造人間というのが、ビワハヤヒデの元担当トレーナー:鐘撞T あらためピースベルTの今の姿であった。

 

今日はトレセン学園の卒業式前日となる卒業前夜祭の送別会なのだが、並行宇宙の支配種族である超科学生命体から接収した奥多摩の川苔山/百尋ノ滝の秘密基地の解析装置で、本人の同意なしに勝手にウマ娘に性転換手術を施されて監禁されていたというピースベルTの精密検査を行っていた。

 

証拠隠滅用の小型爆弾や追跡用の発信機などが体内に仕組まれている可能性も踏まえて、世にも不思議な時間が巻き戻る“目覚まし時計”をあらかじめ使用し、ピースベルTを眠らせてズタ袋に入れた上でアグネスタキオン’(スターディオン)に百尋ノ滝の秘密基地に時間跳躍で運んでもらった。

 

その結果、ウマ娘の耳と尻尾をヒトの肉体で再現して実際に機能させるために一から肉体を再構築するために身体の中身を自身に内包するウマ娘の因子とDNAでクローン培養して最適化した人工臓器に置換されている他、ウマ娘のヒトを超越した身体能力を再現するための人工筋肉や人工神経などの改造手術も行われていることが判明している。

 

ただし、それだけ手を尽くしてもヒト以上ウマ娘未満の身体能力に留まっており、肉体改造強壮剤によって無理なくWUMAを容易く屠るだけの身体能力を得た“斎藤 展望”とほとんど差がないことも明らかとなっている。

 

試しに単純な力比べとして腕相撲をすると、同意なしにウマ娘化させられながら監禁生活で身体が鈍っていたピースベルTよりも肉体改造強壮剤込みのウマ娘のハーフである私が有利となり、ウマ娘:アグネスタキオンに擬態しているWUMA:アグネスタキオン’(スターディオン)がぶっちぎりで強いという結果になった。

 

もっとも、ウマ娘へのもう1つの憧れである美貌に関しては、180cmを超える高身長でかつスレンダーながら均整の取れた美しい芦毛のウマ娘となっているため、そちらに関しては目的は達成されたものと言える。

 

やはり、並行宇宙の超科学生命体の戦闘能力は地球生物の比ではなく、あらためて敵に回して無事でいられるわけがないことを痛感することになった。その上で、擬態能力と空間跳躍能力まで持つのだから、まともにやりあって勝てる見込みなど元よりない。

 

そう、どれだけ非人道的な改造実験をしようが、所詮は現代科学の範疇に過ぎず、並行宇宙を次々と侵略することができる空間跳躍技術を確立したWUMAの超科学の産物に敵う道理などどこにもないのだ。

 

なので、おそらく世界初になるかもしれない異形“ウマ息子”になってしまったことに対するピースベルTが抱く不安も、それ以上のバケモノであるWUMAの存在を知ることによって相対的に自分がまだ生物として普通であるという安心感を与えることになり、多少は落ち着きを取り戻すことに成功した。

 

むしろ、近くに発動機となるアグネスタキオン’(スターディオン)さえいれば WUMAの空間跳躍能力を超越した時間跳躍能力で時間遡行も可能になる私という存在も異常なまでに異常で、こうして奥多摩の地下深くに競バ場を丸々再現しても余りある超巨大な秘密基地を所有して容易にアクセスできる手段も持ち合わせているのだ。

 

まさに次元が違う存在というわけで、自分が改造人間にされた悲哀さえも吹き飛ぶような驚きと興奮を提供することになったのだから、少しばかりWUMA討伐に全力を尽くしてきた去年の難行苦行を誇りたくもなる。

 

私が天皇・皇后 両陛下の護衛も務めたこともあるような皇宮警察騎バ隊の超エリートの息子ということで、その伝手で改造手術を受けた自分が匿ってもらえる場所を期待して“斎藤 展望”に保護を求めてきたのはまさに大正解であり、

 

私が接収して管理している百尋ノ滝の秘密基地に住まわせる代わりに、ビワハヤヒデの元担当トレーナーとしての手腕を発揮することやアグネスタキオン’(スターディオン)研究対象(モルモット)になることを契約で交わすことになったのだ。

 

なので、トウカイテイオーの元担当トレーナー:岡田Tと同様、大半の時間を百尋ノ滝で過ごさせることで改造手術を施した謎の組織の魔の手から解放された平穏な日々を送らせることは容易だった。

 

 

しかし、困ったことにピースベルTこと鐘撞Tは有馬一族の人間として“皇帝”シンボリルドルフと共に“ヒトとウマ娘の統合の象徴”としてトレセン学園を支えることを誓っていたことから、トレセン学園への職場復帰を強く希望していたのだ。

 

 

一応、長期休業中の扱いだったのでトレセン学園のトレーナーとしての席は残り続けているが、ウマ娘に性転換したとしか思われない風貌に変わり果てており、“天上人”に等しい有馬一族の御曹司がそうなった事実に周りが受ける影響は計り知れないものがある。

 

なので、現場復帰させることは心身共にウマ娘レースで擦り切れたトレーナーたちのセカンドキャリア支援を主導している私が反対するわけにはいかなかったが、改造手術を施した謎の組織の魔の手や周囲への悪影響のことを考えると自殺寸前まで追い込まれた岡田Tのように表に出したくないのが本音である。

 

一方で、黄金期の象徴であった“皇帝”シンボリルドルフと同じく“ヒトとウマ娘の統合の象徴”としてトレセン学園をトレーナーの立場から善導していけるのは、“天上人”として扱われている有馬一族の彼しかいないのも事実なのだ。

 

 

そのため、あらゆる意味で“皇帝”シンボリルドルフ卒業後のトレセン学園の将来を左右するキーパーソンとなっており、あまりにも世間に与える影響力が大きすぎる存在となっていた。

 

 

そう、このピースベルTの使い方次第で、WUMA襲来による絶望の未来を回避するためのタイムパラドックスの可能性が大きく変わるかもしれないのだから、突然の改造人間の登場には驚きを隠せなかったが、その分だけ希望の未来の可能性が拡がったので私としてはピースベルTの登場は大歓迎であった。

 

また、ピースベルTこと鐘撞Tが“万能”ビワハヤヒデと共に“怪物”ナリタブライアンと最高のレースをするために築き上げた“勝利の方程式”が結果を残しているようにトレーナーとしての才覚は血統も然ることながら超一流であるため、“不滅の帝王”トウカイテイオーと共に過酷な道を走り抜いた岡田Tとはちがったコーチングができるということで私の担当ウマ娘の最強のコーチ陣が より一層 厚みを増したのだった。

 

これで私の陣営のトレーナーは、トウカイテイオーの岡田T、メジロマックイーンの和田T、ビワハヤヒデのピースベルTという ただのG1トレーナーでは決して太刀打ちできないような偉業を成し遂げてきた面々なので、甲種計画の遂行はこれで盤石といったところだろう。

 

それに加えて、ミホノブルボンの才羽T、ライスシャワーの飯守T、ハッピーミークの桐生院先輩とも親しいので、学園一の嫌われ者であるはずの“斎藤 展望”が一転して新進気鋭の超一流の若手トレーナーと次々に交流を持つことに畏敬の念すら持たれているぐらいだ。

 

他にも、ウマ娘の『名家』であるシンボリ家、メジロ家、アグネス家とも関係を持っているので、何とかこうした有力者たちとの繋がりを駆使して有馬一族出身の鐘撞TことピースベルTの職場復帰を実現して、シンボリルドルフとの誓いを守り通してやりたいと強く思う。

 

少なくとも、ビワハヤヒデの担当トレーナーである以上に有馬一族の御曹司の鐘撞Tがトレーナーたちの中心として影響力を発揮してくれれば、トレセン学園に蔓延る旧弊を打ち破る改革の原動力の1つとなって暗黒期を終焉に導いたように、黄金期から次の時代に滞りなく進むことができるようになるはずなのだ。

 

それはこれから卒業式を迎える“皇帝”シンボリルドルフの憂いを断つことに繋がるのだから、謎の組織に拉致されて改造手術を施されていなければ――――――。

 

ともかく、有馬一族出身の鐘撞TことピースベルTの存在がこれからのトレセン学園を左右することになるのだから、答えを急がずに熟慮する他なかった。この時点では。

 

 

 

斎藤T「――――――『ミレニアム』?」

 

ピースベルT「それがやつらの合言葉(キーワード)だった」

 

斎藤T「一般的に『ミレニアム』は“千年王国”を意味する。つまり、千年王国思想を持った秘密結社といったところか」

 

斎藤T「…………んん、何か憶えがあるような気がするな。21世紀の地球で『千年王国(ミレニアム)』を夢見て人体実験を施すような連中か」

 

アグネスタキオン’「何か住所を特定するものはないかい? そうすれば時間跳躍で直接見てこれるんだけどねぇ……」

 

ピースベルT「とは言っても、記憶にあるのはまさに悪の秘密結社の薄暗い秘密基地の中でのことで、外の様子なんてほとんど見ることができなかったし……」

 

ピースベルT「あ、待てよ。やつら、英語に近い言語を用いていたような気がするな……」

 

斎藤T「再現できますか?」

 

ピースベルT「難しいな……。盗み見たファイルを見ても英語じゃないのは雰囲気でわかったんだけど……」

 

斎藤T「それは英語と完全に同じアルファベット;いわゆるラテンアルファベット26文字で構成されていましたか?」

 

ピースベルT「んん……! そもそも、印字されているアルファベットがよく見る書体じゃないから、英語と同じアルファベットか自信がない……!」

 

ピースベルT「たしか、DやFの書き方がこんな感じだったのは憶えている……」カキカキ

 

アグネスタキオン’「本当にこんな書体だったのかい?」

 

ピースベルT「あ、小文字だったらそんなちがいはなかったはずだけど、hの書き方が物凄く特徴的だったっけ……」カキカキ

 

斎藤T「………………」

 

ピースベルT「えと、あとは数字で“21”みたいに書く大文字があったっけ」カキカキ

 

斎藤T「どれどれ、“21”みたいなアルファベット――――――?」

 

斎藤T「あ、この書き方、もしや――――――」

 

斎藤T「わかったかもしれない」ピピッ ――――――素早くネット検索!

 

ピースベルT「本当!?」

 

斎藤T「これじゃないですか」スッ

 

 

――――――フラクトゥール:ドイツ文字、亀の子文字、亀甲文字、ひげ文字などとも呼ばれる書体。

 

 

ピースベルT「あ!」

 

ピースベルT「これだ! これだよ! 完全に見たことがある!」

 

ピースベルT「ええ!? “21”みたいに書くやつが大文字の“A”だったの!?」

 

斎藤T「田中芳樹のスペースオペラのタイトルロゴで見覚えがあったけど、やっぱり これだった!」

 

アグネスタキオン’「これは文法を知る知らない以前に書体そのものを知ってないと同じアルファベットだと読めないねぇ……」

 

アグネスタキオン’「しかも、『ドイツでは第二次世界大戦頃までこの書体を印刷に常用していた』――――――?」

 

ピースベルT「じゃ、じゃあ、まさか、『ドイツ語』で『人体実験』している連中って――――――!?」

 

アグネスタキオン’「こ、これはとんでもない大物が出てきたもんだねぇ……」

 

斎藤T「たぶん、そうだろう」

 

 

――――――かの有名なナチス・ドイツの残党がドイツ第三帝国(ミレニアム)復活のためにウマ娘の改造人間を創り出しているみたいだ。

 

 

ピースベルT「!!!!」

 

ピースベルT「そんなことをして、何の意味があるって言うんだ!? ナチス・ドイツなんてとっくの昔に滅びただろう!?」

 

アグネスタキオン’「さあねぇ。意味があるかどうかを決めるのは当人たちの問題だからねぇ……」

 

ピースベルT「他人事のように言って、お前の実験につきあわされてきたウマ娘たちにも同じことが言えるのか、アグネスタキオン!?」

 

斎藤T「いったい鐘撞Tがどこに拉致されて改造手術も施されたのかはわからないが、こうして日本に帰されていたことを考えると、連中にとっては改造手術のデータ取りも終わって用済みか、今も観察対象として追跡しているのかもしれないな……」

 

斎藤T「だから、襲われる可能性そのものは極めて低いと思う――――――」

 

 

斎藤T「そうか。むしろ、日本のウマ娘レース業界では“天上人”として扱われている有馬一族の御曹司がどういった行動するのかを見ているのではありませんか?」

 

 

ピースベルT「え」

 

斎藤T「監禁生活の中で目撃したのが『ドイツ語(フラクトゥール)』で正しければ、ナチス・ドイツの流れを汲む千年王国思想の秘密結社というのは間違いないはずです」

 

斎藤T「ただし、人の頭で考えた矛盾だらけの教えのアーリア人崇拝のナチズムにおけるウマ娘の扱いはアーリア人に所有される奉仕種族としての生存しか認められていないわけですので、ウマ娘への改造手術はアーリア化を目指すナチズムに反するものです」

 

斎藤T「となると、アーリア化の教義をウマ娘化に置き換えた新人類への進化を目論む分派の仕業ではありませんか? ウマ娘の能力や美貌への羨望と嫉妬は古来からのヒトの欲望でもありましたから、アーリア人限定のナチズムよりも広く支持者を集められるはずですよ」

 

斎藤T「つまり、ヒトを超越したウマ娘と同化して進化することを謳い、あなたはその広告塔としての任を背負わされたという、世界規模の陰謀に巻き込まれたのではないかと」

 

ピースベルT「なっ」

 

ピースベルT「それはつまり、“ヒトとウマ娘の統合の象徴”である某のことを良いように利用する気だと……?!」

 

斎藤T「わからないですよ。曖昧な証言だけで、物的証拠を押さえたわけではないので」

 

斎藤T「ただ、どうやってトレセン学園に帰れたのかを考えると、それぐらいの利用価値がなければ解放なんてされないと思いますので」

 

ピースベルT「…………某がこんな姿になってもトレーナー業を続けることを見越してか」

 

斎藤T「他にもいたのでしょう、改造人間は?」

 

アグネスタキオン’「なら、きみが表舞台に立たなくてもウマ娘化による人類の進化の広告塔になる改造人間が世に解き放たれていると考えるべきだろうね」

 

ピースベルT「………………」

 

アグネスタキオン’「つまり、きみがどう動こうとヒトからウマ娘へと性転換したトランスジェンダーの存在は世に浸透していくことになるはずだ」

 

アグネスタキオン’「だから、安心して職場復帰できるというわけさ。全て杞憂だったね」

 

ピースベルT「某は……」

 

ピースベルT「………………」

 

 

それはまったくもって とんでもなく ろくでもない都市伝説であった。

 

まだ断定はできないものの、『千年王国(ミレニアム)』『ドイツ文字(フラクトゥール)』『人体実験』というキーワードだけで、ヒトラーが演説において度々口にした真のハーケンクロイツの日にユダヤを打倒する謎の戦闘集団『最後の大隊(ラストバタリオン)』の存在が思い浮かんだ。

 

そんなものは23世紀の宇宙時代においては単なる都市伝説であったと明確に否定されているが、まだ21世紀にはその流れを汲む秘密結社が実在しているのかもしれないし、ヒトとウマ娘が共生する異世界においては事情が異なるのかもしれない。

 

しかし、私の脳裏にはいつだったかの競走ウマ娘の年間出生率のランキングで妙に印象に残っていた国が浮かび上がっていた。

 

 

年間出生率 第1位:アメリカ、第2位:オーストラリア、第3位:アイルランド、第4位:アルゼンチン、第5位:日本、第6位:フランス、第7位:イギリス、第8位:ニュージーランド、第9位:南アフリカ…………

 

 

そう、第二次世界大戦後においてナチス残党の避難場所となった国々は多々あるのだが、その中でもナチス逃亡者の受け容れに積極的だったのが、スペインのフランコ政権とアルゼンチンのペロン政権だ。

 

スペインは戦時中は中立国の立場を堅持して枢軸国にユダヤ人への引き渡し請求を断固拒否したのに対し、戦後は一転してナチス残党の身柄引き渡しを拒否している。

 

一方、それ以上にナチス残党の逃亡先として有名となっていたのがアルゼンチンを始めとする南米諸国であり、近年になってもアルゼンチンでナチス残党の隠れ家の跡が見つかっているのだ。

 

とりわけ、中央アジアにルーツを持つとされるアーリア人至上主義のナチス・ドイツにおいては南米世界はその主義主張に反して神秘的な魅力や憧れが詰まっていた新天地でもあったようだ。

 

 

かと言って、ナチス残党の避難先になったアルゼンチンに『ドイツ第三帝国(ミレニアム)』復活を掲げる悪の秘密結社が実在しているかは、まさに陰謀論や都市伝説の類であり、現時点では何の確証もないのだ。

 

 

もしかしたら、ナチス残党の仕業に見せかけた偽情報を掴まされている可能性もあるし、ピースベルTの正体が改造手術を施された鐘撞T本人ではなく、そのDNAから一から創り出された複製人間(クローン)である可能性すらある。

 

それでも、現にウマ娘に中途半端な性転換手術をさせられたピースベルTが実在しているわけであるし、本人としてはいつまでも改造人間(サイボーグ)になってしまった業を背負わされて生きていかなかればならない悲哀を抱えることになっているのだ。

 

私としてもウマ娘の立場で“ヒトとウマ娘の統合の象徴”であったシンボリルドルフと肩を並べる もう1つの象徴である鐘撞Tには是非とも現場復帰して トレーナーの立場からシンボリルドルフ卒業後のトレセン学園の行く末を見守ってもらいたいと思う。

 

しかし、考えれば考えるほど雁字搦めになってしまい、世界規模の陰謀の見えざる手にどう立ち向かえばいいのか、思わず考え込んでしまう――――――。

 

 

――――――水天宮に祈らせてくれ。

 

 

ピースベルT「水天宮だ。水天宮を。水天宮に」

 

アグネスタキオン’「なに?」

 

ピースベルT「困った時こそ神頼みってね。斎藤Tも皇大神宮の氏子なら、そうするでしょう」

 

斎藤T「それは久留米水天宮を総本山とする安産・子授けの神“お水天宮様”のことですか?」

 

ピースベルT「そう。今だと久留米藩有馬家の17代目の某のおじちゃんが宮司を務めている東京半蔵門線:水天宮駅の“情け有馬の水天宮”だ」

 

ピースベルT「そこに連れて行くか、神棚を頼みます」

 

斎藤T「じゃあ、すぐに行きましょう」

 

斎藤T「アグネスタキオン’(スターディオン)

 

アグネスタキオン’「ふぅン。日本橋というと、どの辺だい?」

 

斎藤T「東京駅だ。そこから半蔵門線に乗ればいい」

 

アグネスタキオン’「なるほど。それなら簡単だねぇ」

 

アグネスタキオン’「それじゃあ、準備をしたまえ。東京駅前のビルに送り届けよう」

 

ピースベルT「よし!」

 

 

こうして私に保護を求めてきた有馬一族の御曹司である改造人間:ピースベルTの切なる願いに応えて、水天宮参りに付き合うことになった。

 

水天宮とは筑後川水系の水神を祀る民間信仰の社であったと考えられる尼御前社を起源にしており、当時の祭神は尼御前大明神・荒五郎大明神・安坊大明神の三神であったという。

 

尼御前大明神は筑後川の水神、荒五郎はその荒御魂となる動物守護の水神、安坊とは和御魂となる安徳天皇を指す。

 

安徳天皇――――――、すなわち源平合戦の最終戦:壇ノ浦の戦いで安徳天皇と共に入水自殺を図って源氏に生き取りにされた按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)が筑後川のほとりの鷺野ヶ原に逃れて来て、建久年間(1190年-1199年)に安徳天皇と平家一門の霊を祀る祠を建てたのに始まるという。

 

この按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)が剃髪し、千代と号し、平家一門の菩提を弔い、村人に加持祈祷をして慕われたことで“尼御前”と呼ばれていたわけであり、

 

尼になった後のある夜、夢の中で筑後川の水底にあった水天宮で平家一門に会い、水難避けの符として今日に伝わる『五文字の神符』を授かって、筑後川の氾濫を鎮める奇跡を起こしたことで信仰を確立したとされる。

 

この尼御前の末裔とされるのが幕末において“今楠公”と呼ばれた烈士:真木 和泉であり、毎年 楠木正成公の命日には楠公祭を行い、その思想と実践はその楠木正成公を祀る湊川神社を始めとする人物顕彰神社の創建や靖国神社を始めとする招魂社の成立に大きな影響を与えているのだ。

 

つまり、久留米藩有馬家の子孫の一人であるピースベルTこと鐘撞Tは水天宮の氏子としての強い自覚と信仰心があるからこそ、神仏への報恩感謝と祈願を欠かすことがなく、それによって支えられた運気と本人の努力と才覚が担当ウマ娘:ビワハヤヒデが『トゥインクル・シリーズ』を走り抜いて『ドリーム・シリーズ』への昇格も果たせたのだと納得できるものがあった。

 

 

――――――神は人の敬によりて威を増し、人は神の徳によりて運を添う。 御成敗式目より

 

 

 

――――――水天宮

 

ピースベルT「――――――二礼二拍手一礼」

 

斎藤T「………………」

 

アグネスタキオン’「………………」

 

ピースベルT「…………フゥ」

 

ピースベルT「やはり、持つべきものは信仰心。それがあるからこそ、某は耐え抜くことができました」

 

斎藤T「実にそのとおりです」

 

斎藤T「旧来の宗教を否定してフランス革命を主導したロベスピエールも結局は最高存在の祭典を執り行ったように、ナチス・ドイツもソ連も個人崇拝によって人心をまとめ上げていましたから」

 

斎藤T「人は縋るものがなければ生きていけない儚い生き物です」

 

斎藤T「だからこそ、広大な宇宙において孤独感から人を救うものが信仰なのです」

 

アグネスタキオン’「ふぅン。WUMAの私には実感が湧かないものだねぇ」

 

 

アグネスタキオン’「けど、その顔を見る限りだと、伊勢神宮の時と同じく答えをもらったようだね」クククッ

 

 

斎藤T「まあ、とんでもない話だったけど……」

 

ピースベルT「斎藤Tにも()()が見えましたか……」

 

斎藤T「まいったな……」

 

ピースベルT「まいったもんだ……」

 

アグネスタキオン’「……何が見えたんだい?」

 

斎藤T「――――――ベルリン・フィルハーモニーのオーケストラだ」

 

アグネスタキオン’「は?」

 

斎藤T「ただ、指揮者が、ベック、ホーネッカー、ヒトラーに替わっていったわけだが……」

 

 

――――――黒・赤・金のオーケストラということだ。

 

 

アグネスタキオン’「????」

 

斎藤T「ここで言う“オーケストラ”というのはスパイの無線交信を音楽演奏に擬えた秘密警察(ゲシュタポ)における隠語だ」

 

斎藤T「黒いオーケストラはナチス・ドイツ時代にドイツ国防軍の将校を中心とした反ヒトラーグループのことで、ルートヴィヒ・ベックはヒトラー暗殺計画の中心人物であり、暗殺が成就した暁には反ヒトラー政権の大統領となって連合国と停戦協定を結ぼうとしていた」

 

斎藤T「赤いオーケストラはナチス・ドイツ占領下のヨーロッパに存在したソビエト連邦に情報を流していた共産主義者のスパイ網のことで、戦後に東西に分け隔てられた東側:ドイツ民主共和国において強硬路線のマルクス・レーニン主義者として有名なエーリッヒ・ホーネッカーが指揮者になっていた」

 

斎藤T「金色のオーケストラはまさにドイツ第三帝国(ミレニアム)の最高指導者である総統:アドルフ・ヒトラーによる理想世界の暗喩であろうな」

 

アグネスタキオン’「そうかい。まさか、本当にナチス・ドイツだったとはねぇ」

 

アグネスタキオン’「で、それが? それは本質ではないだろう?」

 

斎藤T「それがドイツの三色旗に擬えて黒・赤・金と代わる代わるにベルリン・フィルハーモニーで演奏しているんだ」

 

 

斎藤T「――――――この問題はかなり根が深いぞ」

 

 

ピースベルT「………………」

 

アグネスタキオン’「まあ、受け取るものは受け取ったのだから、さっさと買い出しを済ませようじゃないか。それで受け取ったものを整理してさ」

 

ピースベルT「ああ……」

 

アグネスタキオン’「楽しみだねぇ。人体実験の大御所がどこまで関係してくるのやら」

 

斎藤T「嬉しそうに言うなぁ」

 

アグネスタキオン’「だって、楽しみじゃないか!」

 

アグネスタキオン’「数々の非道な人体実験を行ってきた“死の天使”ヨーゼフ・メンゲレでさえもヒトとウマ娘の身体構造は『ほぼ同一』でありながらヒトよりも遙かに優れた身体能力を持つ神秘を解明できなかったんだ」

 

アグネスタキオン’「あれからウマ娘の神秘を解明する研究が禁忌を犯してどれだけ進んでいるかを考えると、その研究成果を目の当たりにすることができるのは最高にワクワクすることじゃないか」

 

ピースベルT「お前、それでも人間か!」

 

アグネスタキオン’「ちがうねぇ。私は正真正銘のバケモノだが」クククッ

 

ピースベルT「こ、こいつっ!」

 

アグネスタキオン’「私の力は直に体験して理解しているだろう。時間や空間、現象さえも超越する超科学生命体から更に進化したスーペリアクラスがこの私だ」

 

アグネスタキオン’「むしろ、泣いて喜んでもらいたいな。スーペリアクラスの私が力を使えば世界なんて思うがままなのに、こうして人並みの暮らしに甘んじているのだからね」

 

アグネスタキオン’「――――――『大いなる力には、大いなる責任が伴う』とは言うが、私の持てる力の全てを大いなる責任の下に使えというのなら、それは世界征服になるけど、どうだい?」

 

ピースベルT「もういい。反面教師として見習わせてもらう」

 

アグネスタキオン’「そうだね。私のようなバケモノから学べるものなんて、そんなものしかないさ。そうであるべきだ」

 

ピースベルT「………………」

 

斎藤T「大丈夫ですか?」

 

ピースベルT「……大丈夫。むしろ、冷静になれた」

 

ピースベルT「さすがは古来から妖怪退治で名を馳せる源 頼光に代表される皇宮護衛官の末裔というだけのことはあると実感した」

 

ピースベルT「こんなバケモノの手綱をしっかりと締めている辺り、某はどこまでもウマ娘のトレーナーでしかないと自覚させられる」

 

斎藤T「それでも、私の戦いは一人ではできないからこそ、力を貸して欲しいのです」

 

ピースベルT「いいでしょう」

 

 

――――――某には悪と戦う力はないが、あなたを支えることができる。そういうことなのでしょう。

 

 

そして、久留米藩有馬家17代目のおじちゃんが宮司をしている水天宮に一般客を装って報恩感謝の祈願を捧げると、年末年始の伊勢参りの時と同じように幻覚を視ることになった。

 

それは水天宮の氏子であるピースベルTも同じであり、黒・赤・金のドイツの三色旗に擬えたオーケストラが代わる代わるに繰り広げられるといったものであり、その厳かで勇壮で威風堂々でありながら どこか陰鬱とした 素直に感動できない狂気を帯びた雰囲気に私は黙示録のラッパ吹きの演奏を想像させ 背筋を凍りつかせた。

 

事実、指揮者が近代ドイツを代表する指導者たちであり、宇宙移民として地球時代の愚かな歴史の語り部でもある私からすれば、ヒトラー暗殺計画の中心人物や、東ドイツのパラノイアの首領に、ドイツ第三帝国の偉大なる総統といった錚々たる顔触れなので、一目見ただけで気分が悪くなった。

 

ピースベルTも同じものを視たようだが、オーケストラが仰々しく奏でられている以上のことはわからなかったらしく、かろうじて世界でもっとも有名なチョビヒゲの独裁者が指揮者の一人であったことに畏怖の念を抱いたぐらいしか理解が進んでいなかった。

 

だが、ピースベルTこと鐘撞Tには一緒に幻覚を視るという、それだけでいいらしいのだ。核心となる部分を私が理解していればいいのであって、鐘撞Tには絶対の協力者となる動機を与えるだけでよかったようなのだ。

 

実際、水天宮の幻視を視ることができなかったアグネスタキオン’(スターディオン)に解説する中で、ピースベルTが宇宙時代の祭司長である私の特技の一端に触れることになり、

 

また、私が生涯を懸けて監視し続けなければならないスーペリアクラス:アグネスタキオン’(スターディオン)の危険性を理解すると共に、そんなバケモノに首輪をかけている私の器量にも感じ入ったようである。

 

なので、昨日出会った程度で互いに様子見をしながら信用できる相手なのかを探り合っているわけなのだが、『水天宮に一緒に参拝した』というイベントのワンシーンだけで強固な信頼関係が結ばれたのを実感した。

 

そこからトレセン学園では卒業式前日ということで送別会が催されている裏で、水天宮の帰りに百尋ノ滝の秘密基地で匿うことになるピースベルTの生活用品の買い出しとなり、黒・赤・金のオーケストラの幻覚の要点や考察をまとめることになった。

 

それまでにわかる範囲で情報を集めながら、場合によっては日本唯一の法定納本図書館である国立国会図書館にあるナチス残党の文献調査も行う必要があるように感じていた。

 

なぜなら、現在のドイツ大使館が東京都港区だが、国立国会図書館は国会議事堂の北隣にあった旧ドイツ大使館跡地に建設されることになったわけであり、ドイツ敗戦によってドイツ大使館並びにドイツ領事館の職務執行停止になって日本政府に接収された経緯があったのだ。

 

つまり、旧ドイツ大使館跡地に建てられた国立国会図書館に何か秘密があるような気がして――――――。

 

 

――――――ピースベルTの生活用品の買い出しを終えて

 

斎藤T「憶えているか、世界各国の競走ウマ娘の年間出生率のランキング」

 

アグネスタキオン’「たしか、ランキングだとドイツは年間で800程度で、イタリアが500程度だったねぇ」

 

ピースベルT「ロシアや中国なんて論外で、とてもじゃないがウマ娘大国に挙げられることはまずないよな」

 

斎藤T「それだ。G8(主要国首脳会議)に数えられているドイツがイタリアと並んでウマ娘の年間出生率が圧倒的に少ない状況が未来においてある大きな問題の原因になるらしい」

 

アグネスタキオン’「というと?」

 

斎藤T「この世界はウマ娘という第3の性が存在しているが、その比率は男女比に対して圧倒的に少ないわけで、そのことで第3の性であるウマ娘用の社会インフラの整備がドイツでは遅々として進まないわけだ」

 

アグネスタキオン’「そうだねぇ。ドイツで移民問題も活発化している中で、女性しかいない少数民族にも数えられるウマ娘を多大な国費を投じて優遇するのは人口比からすれば民族の公平性の議論の対象になるはずだね」

 

ピースベルT「たしかに、経済不況が長引く国だと王侯貴族の道楽だった近代ウマ娘レースの整備と開催は国にとっては大きな負担になっているぐらいだ」

 

 

斎藤T「そう、近い将来にウマ娘と移民の軋轢がドイツウマ娘レースの崩壊と世界大戦を招くことになるらしい」

 

 

斎藤T「そして、ヨーロッパにおいて反ウマ娘団体によるヘイトクライムが活発化し、ドイツウマ娘の多くが ドイツ系移民が多いことでナチス残党の最大の避難先となったアルゼンチンに脱出することになる――――――」

 

ピースベルT「!!!!」

 

ピースベルT「だから――――――!?」

 

アグネスタキオン’「だから、ウマ娘への性転換によってウマ娘の人口を増やしてドイツウマ娘レースの崩壊を防ぐために――――――!?」

 

斎藤T「そう、だから、かつてのナチス・ドイツの遺産である黒・赤・金のオーケストラという禁忌に手を出したというわけだ」

 

斎藤T「それが黒:男性、赤:女性、金:ウマ娘を意味する新たなドイツ第三帝国(ミレニアム)の復活宣言だ」

 

斎藤T「そこからヒトを超越した身体能力と科学力を持ったウマ娘によるウマ娘のためのウマ娘の世界征服の狼煙が上がるそうだ」

 

ピースベルT「――――――ナチス・ドイツの遺産!」

 

 

斎藤T「つくづく、ドイツという国、ゲルマンという民族は世界秩序に挑戦するのがお好きなようだ。ヴァンダリズムの語源となったヴァンダル族もゲルマン民族だったな」

 

 

ピースベルT「あのオーケストラにそこまでの意味が……!?」

 

アグネスタキオン’「なるほど、そうなるといろいろと辻褄が合うんじゃないかい」

 

斎藤T「そうだな。WUMAが侵略してきた時にウマ娘が支配階級となってヒトを奴隷階級に貶めるそうだが、」

 

斎藤T「ウマ娘天国の日本はそうでもないが、ウマ娘レースと移民問題が衝突しているような海外だとウマ娘の迫害がいつしか種族紛争に発展していくのも無理はない」

 

ピースベルT「地上でもっとも繁栄している種族であるヒトと比べたら、ウマ娘なんて圧倒的少数民族に過ぎないわけだけど……」

 

ピースベルT「じゃあ、これからどうすればいい? 世界的な不況や貧困が創り出した流れなら、どうしようもないじゃないか!」

 

アグネスタキオン’「放置していたら 当然 日本にも波及するわけだし、日本だけが良くてもいいわけじゃないだろう?」

 

 

斎藤T「いや、その鍵を握る歴史的事件を丁寧に潰していけばタイムパラドックスは果たされるとも言われている」

 

 

斎藤T「結局、日本なんだ」

 

斎藤T「ウマ娘天国である日本がヒトとウマ娘の共生社会をどこよりも実現して世界に冠たる国になれる流れがすでにできあがっているんだ」

 

斎藤T「それをお抱えの黒魔術師から知ったドイツの闇組織が動き出しているぞ」

 

斎藤T「まあ、母体は世界中に散らばったナチス残党だけど、世界中に散らばってアーリア人至上主義のナチズムの理念が失われる中、パート1国でありながらウマ娘人口が先進国の中で極端に少ないことで遅れを取っている世情と移民問題の板挟みになって、その解決策として出されたのが――――――」

 

アグネスタキオン’「なるほど、『ヒトがウマ娘になる』のではなく、『ウマ娘をアーリア人に取り込む』というナチズムの御題目のアーリア化の派生だね」

 

斎藤T「世界各地に支部を展開していたようだからねぇ――――――」

 

斎藤T「あ、なんかロシアや中国も入っていそうだな。あそこも国家の威信を賭してスターウマ娘の養成はしているけど、国際G1レースを首都圏で開催できない辺り れっきとしたウマ娘後進国であるからな」

 

アグネスタキオン’「平和な時代が続くことで、第3の性であるウマ娘が住みづらい国というだけで後進国のレッテルを貼られることを大国のプライドが許さないか」

 

ピースベルT「だから、世界征服の手始めにウマ娘天国である日本侵略からやろうって!? 上等だ!」

 

斎藤T「戦争になるから国家間の憎悪を私は煽ることはしないけど、見えざる魔の手が日本を乗っ取ろうとしているのは間違いないね」

 

斎藤T「――――――『URAファイナルズ』開催によって世界がもっとも注目している日本の国民的スポーツ・エンターテインメント『トゥインクル・シリーズ』をナチス式のプロパガンダを応用してね」

 

斎藤T「あ、そうか! その手の資本も混じっていたか! なるほどね、『URAファイナルズ』開催の裏にはそういった連中も絡んでいたわけか!」

 

ピースベルT「!!!!」

 

ピースベルT「絶対にそんなことはさせない! 彼女たちの青春を手前勝手な闘争の道具にしてなるものか!」

 

斎藤T「なので、覚悟してください」

 

 

――――――この1週間が! トレセン学園 黄金期 最終最大の危機にして総決算! 新たな時代の幕開けとなることを!

 

 

事実、明日の卒業式から来週の修業式までの『URAファイナルズ』決勝トーナメントを含めた1週間は新たな時代を迎えるための長い春の夜となった。

 

しかし、いきなり出てきて取り沙汰されたナチス残党の魔の手もそうなのだが、目に見えない裏世界に蟠る夢の舞台が積み上げてきた夢の骸たちが妬みと恨みの妄念から現実世界を侵食しようと牙を研いでいるのだ。

 

なので、現実世界での『URAファイナルズ』の成功は密かにナチス残党のプロパガンダに利用され、その失敗は裏世界に蟠る悪霊たちの勝利に繋がるという――――――。

 

けれども、20世紀最大の戦争犯罪者:アドルフ・ヒトラー一人を抹殺したところで、ドイツが戦争の道に進む流れは変わらない。象徴となる人物とはその時代の個性や特色になるものであって本質ではない。歴史とは、世界とは、社会とは、そう単純なものではないのだ。

 

第二次世界大戦に至った原因が世界恐慌ひいては植民地を多く持つ列強のブロック経済が原因であると理解しているからこそ、保護貿易を撤廃した自由貿易の推進が第二次世界大戦後の世界では広く求められるようになっていたのだ。

 

ならば、ドイツがナチス化しないためには世界恐慌を防ぐか、イギリスやフランスなどの植民地大国にブロック経済をさせないか、ドイツもまたブロック経済ができるだけの植民地を持つかしかないのだ。

 

それぐらいのことをして初めて時代が求めた偉大なる反英雄:アドルフ・ヒトラーの功績を完全否定できるわけであり、全ての罪をたった1つの象徴になすりつけて物事を善悪に単純化するのは、それこそナチズムが強力な指導力を発揮した原理と同じなのだ。

 

物事はできるだけ単純に憶えやすいものやわかりやすいもの、習慣づけられるものであればあるほど人々の意識の中に刻み込まれるわけなのだから、無意識にナチズムのプロパガンダの手法を多くの人間が真似していることを自覚するべきなのだ。

 

 

けれども、もちろん、象徴となる人物の存在は歴史の転換点を担うことは一概に間違いとは言い切れない。正確ではないが、ある程度の事実は経験則として誰もが認識している。

 

 

というのも、象徴となる人物とは一般には指導者(リーダー)と解される人物であり、その指導者を指導者たらしめるのは大多数の支持者による指導の実践と追従と追求なのだから、

 

全体の流れを決める指導者も大切だが、その指導を現実のものにする大多数の支持者こそが重要なのだ。指導者の支持層こそが時代の流れを作るのだ。人一人にできることなどたかが知れているはずではないのか。

 

実際、志半ばで指導者が反対勢力の凶刃に倒れることになっても、その遺志を受け継いで後継者が歴史的偉業が果たされたという例はいくらでもあるわけであり、愚かな時代の象徴となる指導者一人を葬ったところで愚かな時代が瞬間的に良き時代に切り替わるわけでもない。

 

そこを見誤ってはダメなのだ。個人個人の功罪を正すのも人間として大事なことだが、全体の流れを良い方向に変えるためのポイントを見極めなければ、指導者の地位に就く人間がすげ変わるだけで全体の傾向が改まるわけでもない。

 

だから、武力で敵を排除するだけでは何も変わらないのだ。時として武力行使も必要になることもあるだろうが、それは『全体の流れを変える目的のために必要だからやる』のであって、『許せない悪だから制裁を下す』という義憤からの憂さ晴らしでやるものでもないのだ。

 

そして、“皇帝”シンボリルドルフ卒業と『URAファイナルズ』成功を懸けた最後の1週間の激闘の裏に潜む全ての元凶の正体を知った時こそ――――――。

 

 

――――――あなたはそれを悪だからと裁くことができますか?

 

 

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