ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
この報告書は去年のシーズン後半までの部活棟の化学実験室から環境を変えて年明けに引っ越すことになった、WUMA討伐作戦の最大の戦利品となる奥多摩の川苔山/百尋ノ滝の秘密基地での3ヶ月間の記録をまとめたものである。
保守管理は報告者であるこの私:
◆川苔山/百尋ノ滝の秘密基地とは
まず、百尋ノ滝の地下基地は百尋ノ滝の裏側に隠された
新年度にオープンとなるトレセン学園の黄金期を記念する附属高層施設:エクリプス・フロント(地上10階・地下1階建て)が超高層建築物の条件である高さ:60mには満たないことを考えれば、いかに広大な地下空間が広がっているかが想像できるはずだ。
●あべのハルカス(地上60階)……300m:日本最高
●横浜ランドマークタワー(タワー棟:70階)……296.33m
●東京都庁第一本庁舎(地上48階、地下3階)……243.4m(軒高:241.9m)
もちろん、日本屈指の超高層ビルと比べれば遥かに低い百尋の天井ではあるものの、それ以上に敷地面積が 東京競バ場を再現しても なお有り余ることを考えれば、延床面積はそれらと比べるのも馬鹿らしくもなる規模になる。
東京競バ場の敷地面積は622,635m2(188,347坪)で、東京ドームが46,755m2(14,168坪)として単純比較すると、東京競バ場は東京ドームの13.32倍もの土地の広さを誇る。
その東京競バ場をこの百尋ノ滝の秘密基地では概算して8つは再現できる約500万m2の広さを誇るのだから、実際の建築面積や延床面積を考えると凄まじく土地がダダ余りしていることは容易に想像できることだろう。
更に、この地下空間は天球になっているために本来の敷地面積は円形になっていなければならないのだが、力場の境界線をわかりやすく天球の直径に合わせた正方形にしており、正方形から食み出した円の部分に地下空間を維持するWUMAの空間跳躍技術の真髄となるものが配置されているのだ。それを除いた部分が500万m2という整った数字であり、実際にはまだまだ土地はあるのである。
そして、500万m2とは換算して5km2なので500haであり、比叡山全域の500haに約150の堂塔が建ち並んでいるという比叡山延暦寺と同等の規模を持っていると考えれば、少しはわかりやすくはなっただろうか。
掻い摘んで言えば、夢の舞台であるトレセン学園と学生寮を含む近隣の附属施設の全てが丸々と入るほどなのだから、ここに裏トレセン学園を築き上げても余裕ということだ。*1
更に驚くことに、天井までが200m弱で5km2の敷地面積であるため、実は地図上では川苔山/百尋ノ滝(標高:874.46m)から奥多摩駅(標高:343 m)までが直線距離:5kmなので、奥多摩町は完全にWUMAの本拠地の勢力下に入っていたのである。
おそらくは東京までの安定した侵入路になるJR青梅線の終着駅:奥多摩駅を行き来しやすいように地下空間の拡大と移動を図っていたのだろう。
ところが、実際の標高を比べて見ればわかるとおり、高低差:200m弱の百尋ノ滝の秘密基地の範囲が川苔山どころか奥多摩町にまで伸びているが、地上に食み出しているどころか、奥多摩町の上空に存在していないといけないはずなのだ。
そう、これが百尋ノ滝の秘密基地が三次元世界と四次元空間の接点となる所以であり、WUMAが地球侵略のための橋頭堡として築き上げた亜空間要塞なのである。去年のクリスマスに侵略を次の段階に進める際に奥多摩を三次元世界から分断できる原理はこれである。
こうすることによって、WUMAが誇る空中戦艦が航空戦力の猛追を受けても何もない上空で亜空間要塞で入港することが可能になり、あらゆる追撃を空間ごと遮断して悠々と再出撃の準備をすることが可能となるのだ。
つまり、三次元世界と四次元空間の中間となる亜空間に存在しているからこそ、百尋ノ滝の地下にありながら奥多摩町の上空に存在するべき秘密基地が成立するのであり、
これによって、もしもモルモットくんが昨年の奥多摩攻略戦において最終手段として戦術核兵器を用いて奥多摩を消滅させたとしても、亜空間に存在する百尋ノ滝の秘密基地には何の打撃も与えられないのである。
――――――これにより、百尋ノ滝の秘密基地では
◆百尋ノ滝の秘密基地に移ってからの2人のアグネスタキオンの研究生活
さて、去年の20XX年までの
そして、その甲斐あって、
正直に言うと、私もそうだが、
比叡山延暦寺と同等の敷地面積なのだ。普通の会社や工場の延床面積など芥子粒にもならないほどであり、WUMAの超科学の結晶である城塞の一室を研究室としてもらうだけでも十分過ぎる。そもそもが、部活棟の化学実験室の一室で充実した研究の日々を送っていたのだから、ここはあまりにも快適すぎた。
というより、WUMAには空間跳躍能力があるからこそ広大な平面を1秒も掛からずに移動できるためにこうした広々とした空間を過不足なく利用できるわけで、空間跳躍ができない地球人にとってはアメリカやオーストラリアの
もちろん、一見すれば広大に見える500haの土地ではあるが、ウマ娘レースの代表的な長距離走『菊花賞』が芝・3000mで3分程度であり、起伏がまったくない平坦な土地の直線距離を走るとなればウマ娘でなくてもオートバイに乗って端から端まで3分以内辿り着けることだろう。
大雑把に5km2の土地利用を説明すると、まずは入口となる百尋のエレベーターが北端に位置しており、エレベーターホールの隣にモルモットくんが爆破トラップで全滅させたヒッポカンポスの軍団をはじめとするWUMAの共同墓地と礼拝堂が建てられることになり、簡易的な墓標からしっかりとした墓石を名もなきジュニアクラスのためにも1つずつ用意されることになった。
そこから5km2の地下空間の中心に住まいにしている超科学城塞が位置しており、北端の百尋のエレベーターとの間にWUMAの肌の色を思わせる美白を基調とした西洋風の古典的な街並みが連なり、トレセン学園を思い出させる清水が湧き出る噴水の広場や芝生の緑も見えた。
つまり、最初に訪れた際にモルモットくんに地下空洞説における理想郷:アガルタと譬えられた広大な地下空間は北側だけしか利用されていないに等しい状況であり、残りの東西南は本格的な侵略を開始した時に来援してくる艦隊の居留地として確保しているのではないかという推測がなされている。
実際、無補給で運営される基地機能は現存する施設だけで全て完結しており、完全栄養食品の食糧生産工場は原材料の栽培や収穫から加工まで全て自動化されているため、WUMAである私としてはそれだけで生活していけた。
もちろん、それだけでは味気ないので学園から新鮮な食糧をモルモットくんに来てもらう次いでに大量に持ち込んでもらって、モルモットくんが来てくれている間は栄養満点の手作り料理を用意してもらい、それを“クロッシュ”に入れて時間の流れが非常に遅い亜空間ボックスに保存することで出来たてのものをいつでも食べられるようにしてあった。
また、大手流通会社の倉庫で採用されている完全自律倉庫ロボットなどの最新のロボットをモルモットくんが某重工に席を持つ開発室のコネから大量に仕入れてきて、少人数で超科学城塞の保守管理が可能になるようにあっという間にレイアウト設計してみせたのだ。
WUMAの超科学をもってすればできないことはないとは思ってはいたが、理想的な管理社会がすでに築き上げられた無駄のない生活環境には創意工夫の余地などないため、不便に感じたら積極的に生活環境を作り変えるといったことはWUMAの発想にはないので、手ずからレイアウト設計して生活環境を変えていけるモルモットくんの適応力には素直に感心した。
これぞ自称:23世紀の宇宙船エンジニアの本領発揮であり、宇宙船という閉鎖環境において持続可能な独立した生存圏を確立させるために培われたというノウハウは本物で、城塞内部で全自動住宅のモデルルームを設計してあっという間に実現してしまったのだから、これには
最初の頃は超科学城塞のレイアウトや機能の把握のための調査として最低限の生活物資を持って入って探索することになり、ベッドなどの大型家具を移送してこれない制約上、生活感などまったくない城塞内部の一角を宿営地と定めて室内用テントにシュラフを敷いて寝ていたぐらいだ。WUMAの理想社会に鍵付きの部屋やロッカーなんてものは存在しない。
電化製品の利用も百尋ノ滝の秘密基地で利用されているエネルギーパスから日本の電気設備の規格に合うように電力供給できるようになるまではガソリンで動く発電機を使う必要があったぐらいで、
モルモットくんにそうしたノウハウがなかったら、学園の実験室の一室から超科学城塞で暮らすことになった私は全自動住宅のモデルルームで快適な暮らしをすることなく、今もずっと室内用テントで宿営していたはずだ。
それどころか、自分でレイアウト設計した研究室でWUMAの超科学や空間跳躍技術を盛り込んだまったく新しい宇宙船を鼻歌交じりで大量のディスプレイに囲まれながら見たこともない形のキーボードを何台も使い分けて片手間に設計しているほどであり、その頭脳はエルダークラスでも擬態しきれないものがあると元々がエルダークラスの血統であった私でさえも戦慄するほどだった。
このようにハイテクの環境を与えさえすれば世紀の発明を無尽蔵に生み出せる頭脳の持ち主であり、ウマ娘のトレーナーをやっているよりもそっちに専念してくれた方が絶対に世界のためになるとそう確信させるほどで、トレセン学園などという百尋ノ滝の秘密基地に何個も収まるような小さな箱庭世界のためにその才能を縛り付けたくはないとすら思ってしまった。
――――――だからこそ、
しかし、本当ならば私もWUMAの一人なのだから、城塞内部にはなくとも、城塞から見渡せる白亜の城下町にある完璧に整えられた生活環境を今までのように使っていれば何の不便もなかったはずだった。
私も当初は調査を進めながら かつての名もなきジュニアクラスの一人だった頃の 超科学生命体の完璧な住環境で生活をしようとしていたのだ。住み慣れているし、初期投資も大幅に抑えられるのだから、利用しない手はない。
ところが、これまで散々自分たちの手で討ち取ってきたWUMAの日常を悍ましく感じるように私は地球人として変わっていたことを強く自覚させられた。
軍団ごとに割り当てられた大部屋にあったのが全自動万能デバイスとなっている一人用のポッドが所狭しと壁一面に並べられている――――――。
私もただの
ただ、全自動万能デバイスとしての完成度は確かなものがあり、酸素マスクを取り付けてナノマシンが充填された培養液に身を沈めると、ナノマシンに全身が包まれることによって脳が電脳世界に直結することになり、自動で全身マッサージや体調管理、排泄処理、栄養補給、疲労回復、治癒促進が行われ、意識は電脳の海を漂って心地よい夢の中に浸れるのだ。
また、電脳の海の仮想世界に自分だけの世界を築き上げることができ、現実世界に戻される時に意識の切り替えが機械的に行われるのもWUMAが現実世界における自分たちの非人道的な侵略行為に疑問を抱かなくなる仕掛けとなっていた。
この感覚のおかげで一人用ポッド以外の私物はまったく要らなくなる全能感に浸れるわけで、これこそが徹底された管理社会の究極であり 文明を持つ知的生命体としては下劣な進化として、モルモットくんはWUMAの評価を“虫”にまで格下げするようになった。
もちろん、それはそれとして一人用のポッドが4個軍団分は残っているため、予備パーツにはまったく困らず、解析と利用をモルモットくんは着々と進めることになった。
ところで、先遣隊が土地利用している北側だけでも単純に125haはあるわけで、その大部分もみっちりと使っているわけでもないので、地下空間の中心に位置する城塞から四方を見渡すといかに何もない平坦な土地が広がっていることか――――――。
なので、これまでの競走ウマ娘:アグネスタキオンに必要な研究環境は東京競バ場を再現した超科学城塞の一室をもらい受けるだけで事足りるわけなのだが、ここまで土地が余っていることがわかると、その空虚さを埋めるためにどうにかしたいという欲求が湧いてくるものだ。
地下空間の中心となる城塞の高所から周囲を見渡せば、百尋のエレベーターがある12時の方向にしか街並みがない場所なのだ。快適過ぎる研究室の一室とWUMAの超科学で再現された競バ場を行き来するだけの生活とは言え、あまりにも何もなさすぎる。
実際、トレーナーとしての経験が浅いモルモットくんの代わりに実践的な指導を受け持つことになった岡田Tもこの広大な地下空間でオートバイを走らせてみて、何もないのは味気ないと感じて気分を盛り上げるために簡易的な休憩所を各所に設置するように進言していた。
あるいは、北側の美しい街並みを支える清水や芝生を残りの東西南にも見られるようにしたいと、土地利用や外観に凝りだすようになり、リアルタイム都市経営シミュレーションゲームにのめり込むようになっていた。
なので、いずれは有り余る土地を利用しようとも考えてはいるのだが、個人で思いつく範囲などたかが知れているので、今のところは土地の大規模利用に関しては検討中といったところである。
一方、私の方は動画共有サイトにアップされている『トゥインクル・シリーズ』の重賞レースの映像記録を片っ端からダウンロードして、その内容を岡田TがWUMAの空間跳躍技術で再現した競バ場にホログラム投影する作業に従事していた。
そして、未デビューですでに『全盛期のトウカイテイオーに一歩劣る実力は有する』とトウカイテイオーの元担当トレーナーであった岡田Tの太鼓判を押された“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンの実力がどこまで通じるのかを私の脚で計測する日々が続いた。
そう、私という存在はWUMAがウマ娘:アグネスタキオンに擬態した一個体に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない存在でもあった。
なので、WUMAの完璧な擬態能力は怪我や劣化をもたらすことはないが、同時に苦難の乗り越えた証である成長をもたらすこともない――――――。
そのため、動画共有サイトに残る過去の重賞レースの内容をホログラム投影したシミュレーターの具合を確かめながら、トウカイテイオーやシンボリルドルフといった
岡田Tが言ったとおりの『全盛期のトウカイテイオーに一歩劣る』結果になっただけなので驚く要素などどこにあるだろうか。
私は淡々と
そして、AIやホログラムの改良によってホログラム投影された
これにより、実際のウマ娘レースに限りなく近づいた迫力のあるシミュレーターとなり、私が
その結果を暗号化通信でトレセン学園で基礎トレーニングに励む
別に、寂しいとは思わない。その前に4年間も待つ選択をしてきたのが
ただ、私が思うに
むしろ、モルモットくんと
実際、モルモットくんの実力と人柄が徐々に知れ渡っていくうちに、岡田Tから譲り受けたトレーナー室での日々は毎日のようにモルモットくんに用がある客人が来ることや実験設備のほとんどを百尋ノ滝の方に移してしまっていることもあり、
また、留年にならないように新年からは退屈ながらもきちんと授業に参加し、期末試験の予想問題を退屈しのぎに授業中にやるようにしていたのに、学園側から授業免除を言い渡されて教室から追い出されてしまっているのだ。
そのため、4年間ずっと実験室に閉じ籠もっていた
◆年が明けてからの新たな研究生活を迎えての所感と危惧
これが同じアグネスタキオンである私と
実際、ウマ娘:アグネスタキオンのライフワークであったウマ娘の可能性の“果て”を探究するための実験三昧の日々はドーピング疑惑を回避するために設備の大半を百尋ノ滝に移して、怪人:ウマ女の私がその研究を引き継ぐ形となっているのだから、ウマ娘:アグネスタキオンにとっては今まで自分を満たしていた生き甲斐や習慣になるものがなくなった虚無感を埋める何かを求めているはずなのだ。
だからこそ、土日休みは遠征という名目で百尋ノ滝の秘密基地に必ず来るようにして、トレセン学園ではすることができなくなった実験の続きを一層打ち込むようになっていた。
しかし、その虚無感を埋めることになったのがウマ娘:アグネスタキオンにとってはマンハッタンカフェであり、怪人:ウマ女の
それは2月の『URAファイナルズ』準決勝トーナメントでマンハッタンカフェが敗退したことでトレーナー契約が終了して自身も引退しようとしていたところに、無力感と孤独感からメジロ家に婿入りする将来に重圧を感じて自殺を考えていたメジロマックイーンの元担当トレーナー:和田Tの救済が求められていたことに起因していた。
元から
一生に一度しかない2年目:クラシック級限定のG1レースで勝てれば全てよしと考えるウマ娘が大半の中、マンハッタンカフェというウマ娘はそれ以上に目に見えない存在“お友だち”に追いつくことを目標にして懸命になっており、
事実、メジロマックイーンやライスシャワーといった強豪たちに負け続けてはいるものの、長距離G1レースで必ず好走を果たしてきた実績は十分にG1ウマ娘に相応しい素質があったことの証明であり、足りない何かが足されていれば長距離G1レースを連勝することも十分に狙えていた。
それ故につけられた二つ名が“摩天楼の幻影”であり、
そして、元から自分でウマ娘の可能性の“果て”に辿り着くプランAと同時並行して、自分の研究を他のウマ娘に適用してウマ娘の可能性の“果て”を目指すプランBの対象としてマンハッタンカフェが遅まきながら選ばれたのだ。
まずは前人未到の“春シニア三冠”達成という目標を掲げて、今更になってメイクデビューを果たすアグネスタキオンとトレーナー契約を終えて引退するはずだったマンハッタンカフェという極めて正反対の異色の経歴の2人が新たな学園生活を再スタートさせることとなる。
それからの
現場には私はいなかったので実際の秘密会議の様子はどういったものだったのかは私にはわからないが、
目に見えない霊と対話ができるというモルモットくんがマンハッタンカフェが言う“お友だち”からアグネスタキオンとマンハッタンカフェがこれからのトレセン学園で果たす役割について聞かされていたらしく、“春シニア三冠”も勝てるように努力すれば必ず勝てるというお墨付きをいただいたそうだ。
モルモットくんが言うには、マンハッタンカフェの“お友だち”は一人であって一人ではないというのだ。例え話で、“お友だち”の正体はその働きを総称した法人格“守護天使”とのことで、“お友だち”を構成している霊は実際は何人もいる――――――。
ただ、私の記憶にもある入学当初のマンハッタンカフェの驚異的な走りを導いてきた“お友だち”は間違いなく存在しており、“お友だち”の代表格と考えればいいとのこと。
一方で、完全に擬態に“成り代わり”を行える並行宇宙からやってきた怪人:ウマ女である私が思い出すのは、卒業するまでずっと目を掛けて庇護し続けてくれた大恩人:シンボリルドルフであり、
私の中にはモルモットくん経由でシンボリルドルフに擬態していたエルダークラス:ヒッポリュテーの因子が継承されているため、シンボリルドルフの意識や記憶の一部も間接的に継承されていた。
エルダークラス:ヒッポリュテーが擬態対象の記憶を盗み見て印象に残ったものしか私には引き継がれなかったが、過去の内面や思考がはっきりと思い出されるため、シンボリルドルフという人間がどういう思いでトレセン学園の日々を送っていたのかが卒業式の日が近づくにつれて不思議と私にはわかってしまった。
――――――それはトレセン学園を卒業していくことへの虚無感であり、恐怖感であり、孤独感であった。
その現象を助長させているのが“最強の七冠バ”シンボリルドルフの重賞レースを再現したシミュレーションなのは言うまでもなく、シミュレーションで再現されたシンボリルドルフのシミュラントに注目すると、ヒッポリュテーを介して自分の中に継承されたシンボリルドルフのその当時の記憶や感情が朧気ながら私の中で蘇ってくるのだ。
そして、“皇帝”シンボリルドルフが出走したレースから優先してシミュレーターに落とし込んで一通りのレースを追体験してきたからこそ、はっきりわかってしまうのだ。
シンボリルドルフにあるのは未来への希望などではなく、大切な人たちと一緒に過ごしてきた過去への憧憬であり、全てのウマ娘が幸せになれる世界を願う理想を掲げているのも本心からの願いなどではなかったのだ。
――――――むしろ、“私”と同じだ。借り物の理想で外面を綺麗に整えて自分の居場所を確かめている空虚な存在。
私は理想世界の侵略生物として擬態した時の殺人衝動を抑えらない“バケモノ”として決して相容れない一線が引かれた存在であり、だからこそ、モルモットくんが最後まで面倒を見てくれるという喜びにも恵まれてはいるが、
幼い頃からそうあるようにその道を歩まされてきた“皇帝”の道は常に孤独な旅路であり、誰よりもウマ娘の幸福を願うように強制されてきたからこそ
だからこそ、史上初の“無敗の三冠バ”として誰からも畏敬の念を持たれるようになった自分に対して距離を置かずに慕ってくれるトウカイテイオーの存在は身近な支えになってくれたし、自身に続く“三冠バ”ナリタブライアンの登場の大きな原動力になって黄金期を完成に導いたビワハヤヒデの存在もまた孤独な旅路を照らす太陽となっていた。
当然、黄金期は暗黒期のアンチテーゼであることを証明するために非常に開放的な雰囲気の学園作りになったわけなのだが、それに伴って従順ではない生徒たちによる非行や補導の増加に繋がったという聞きたくもない現実も受け止めなければならなくなった。
それが本心から自分が望んだ道ならば甘んじて受け容れられるのだが、実際には生まれた時から押し付けられた役割に辟易していたとするのなら、『どうして自分がここまで反抗的な生徒たちの尻拭いをやらなくてはならないのだ』と粛々と退学処分を後押しするのは簡単ではあった。
けれども、そんなふうに人情味がない在り方が問題視されて馴れ合いから正邪がひっくり返ったのが暗黒期でもあったのだから、ここで寛容さを示し続けなければ暗黒期と何も変わらないという事実を理解できる怜悧さがあったのが たかが中高生のシンボリルドルフという一人の少女の人生の重荷になっていた。
それどころか、年を跨げば自然と生徒たちが代替わりすることによって暗黒期の負の記憶は洗い流されていくわけでもあるのだが、逆に黄金期の在り方が当然のものとして その成立背景や有り難みがわからない生徒も当然となり、そうした横行に対して厳罰化を求める声と忍耐強く指導すべきという声との間で板挟みになる苦悩をずっと抱え込んでいたわけなのだ。
そもそも、サービスを受ける側である生徒たちの代表でしかない生徒会長にサービスを提供する側の大人が何でもかんでも判断を迫ってくるのは間違っていると声を大にして叫びたい日々はずっと続いてきた。
そうして歴代最高の評価の生徒会長職をいよいよ次の世代に譲った時に、生徒会長職の重責と日々の忙しさの中で忘れていた自己の内面の空虚さにいよいよ気づいてしまうことになった――――――。
――――――だから、私にはわかる。シンボリルドルフというウマ娘の心の空虚さが。
レースに絶対というものがないのに対して、シンボリルドルフには絶対が存在していたということは、シンボリルドルフはウマ娘であってウマ娘ではないとも言える。
それが暗黒期から黄金期へと時代を切り拓いていくために役割を押し付けられてきた“皇帝”シンボリルドルフという特別な存在であったのだが、その“皇帝”としての自分から卒業した後の何でもない一般人としての自分には何が残っているのか――――――。
答えは“皇帝”としては決して許されない一人の少女としての恋愛:最愛の人との情愛であり、ウマ娘とトレーナーの間に生まれる絆が奇跡を生み出すことを証明するという
そのことが長く険しい道を共に歩むと誓い合った最愛の人を早くに喪ったことで より一層 彼女の中の空虚を構成する要素となっており、
元から競走ウマ娘の社会的価値に希望を見出させずにトレセン学園への入学すら親の敷いたレールの上だと嘆いていたシンボリ家の次期惣領娘にとっては最愛の人が生まれるはずだった未来の可能性を潰してまで得た現実に価値など求めていないのだ。
結果としてはシンボリルドルフ個人としては“皇帝”と崇められるほどの名声を得た裏で、卒業した後の“新堀 ルナ”として手元に残ったものは何もないという虚無だけが待ち構えていたのだ。
これこそがモルモットくんがかなり辛口でつけている近代ウマ娘レースの研究論文での最大の問題点である“
“皇帝”シンボリルドルフがトレセン学園で持ち合わせた自由とは“皇帝”としての役割の中で許された
その観点からすると、少なくとも
つまり、
いや、そんなのは
この辺り、怪人:ウマ女の私とウマ娘の
けれども、“皇帝”シンボリルドルフがわざわざ
そして、その未来を掴み取るために;トレセン学園に君臨し続けた“皇帝”シンボリルドルフの時代を完全に終わらせるために、また私のトレーナーが人知れず決戦に赴くことになるだろうと私は予感していた。