ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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状況報告  シンボリルドルフという時代の光と影の先

 

いよいよ、トレセン学園 黄金期を秋川理事長と共に牽引してきた“皇帝”シンボリルドルフが学園を卒業する――――――。

 

つまり、俺が地方トレーナーから念願の中央トレーナーに成り上がってから実に6年が経過したわけで、

 

6年と言えば世間的に見れば小学生が入学してから卒業するまでの期間になるわけで、中高一貫校が基本である各地のトレセン学園に入れば その6年がまた積み重なるわけなのだ。

 

その間、本当にいろいろなことが起きた――――――。

 

俺もシンボリルドルフの入学から卒業までを見送って立派な30代なわけで、俺のトレーナー人生最大の夢となるトウカイテイオーのレースも見届けることになった。

 

シンボリルドルフ以上の才能を持ったウマ娘を是が非でもスカウトできた喜び、更にはシンボリルドルフに続く“無敗の三冠バ”も夢じゃないと誰もが認めるほどの走りを見せつけられた絶頂感は今でも昨日のことのように思い出せる。

 

そして、その直後に天国から地獄に突き落とされるかのような最悪の日々;担当ウマ娘を置いて逝くこともやってしまいそうになるほどに辛すぎた日々のことも――――――。

 

そこから何がどうなったのか、偽物のトウカイテイオー’が4年目:シニア級の『ジャパンカップ』で俺の担当ウマ娘がなりたくてなれなかった“無敗の三冠バ”ミホノブルボンと競り合っていたのだ。

 

そう、そんなことがあって、俺とテイオーは最後の『有馬記念』で劇的勝利を掴むことを“皇帝”の勅命で課されることになり、“皇帝”が直々に後事を託すことになった規格外の存在“斎藤 展望”の介添えを受けて、3年目:シニア級の『ジャパンカップ』を超える世紀の復活劇を演出することになったのだ。

 

踏んだり蹴ったりに思えた俺とテイオーの悲運のレース人生ではあったものの、最後の最後に不死鳥のごとくレースで命を燃やして、人生最高の歓声を浴びることになったのだ。

 

だから、俺もテイオーもこの結果に満足して、ターフの上から共に去っていくことができた。

 

 

――――――けれども、人生はそれで終わりではなかった。

 

 

ずっと憧れだった“皇帝”シンボリルドルフのように何から何まで同じにはなれなかったものの、“帝王”トウカイテイオーは今度はトレセン学園生徒会で“皇帝”の後継者とならんと新しい舞台で頑張っている。

 

俺もテイオーが卒業するまでは中央のトレーナーで居続けようと意地を張ることになり、これもまた数奇な運命というべきなのか、トウカイテイオーの同期でありながら同世代にならなかった 入学当初にトウカイテイオー以上の才気を放っていたアグネスタキオンという学園一危険なウマ娘の実質的な担当トレーナーに選出されることになった。

 

そして、その実力はまさに入学当初の“アグネス家の最高傑作”に違わぬ実力ぶりであり、テイオーがデビューして引退するまでの4年間を待ち続けた結果、“帝王”の担当トレーナーだったからこそわかる;未出走でトウカイテイオーの全盛期に一歩劣る程度まで能力を高めていたのだ。

 

その上で“本格化”を温存しているというのだから、これで順当に成長していけば“無敗の三冠バ”達成が確実視されていたテイオー以上の最強のウマ娘が誕生するわけであり、俺もトレーナーだから、その光景を想像するだけで興奮のあまりに身震いが止まらなかった。

 

そう、“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンは“皇帝”シンボリルドルフ、“怪物”ナリタブライアンと続く“帝王”トウカイテイオーの同期なのでシンボリルドルフからすれば2期下の後輩となるわけなのだが、

 

『選抜レース』で最高の能力を発揮して誰よりも熱烈にスカウトを受けていたのを全て拒絶してことで学園内で孤立することになったアグネスタキオンの才能を惜しんで、同じように長距離ウマ娘(ステイヤー)としての素質を秘めていながらも それ以上に不気味がられていたマンハッタンカフェと分け合う形で個室を与えるという破格の待遇を“皇帝”がしてきたことが正しかったことが証明されようとしていた。

 

そして、そのマンハッタンカフェも先月の『URAファイナルズ』準決勝トーナメントで同じ長距離ウマ娘(ステイヤー)のライスシャワーに競り負けて引退するかと思いきや、

 

メジロマックイーンの担当トレーナーで婿入りが決まっていた和田Tと再契約を果たして、前人未到の“春シニア三冠”達成に向けて再始動したというのだから、黄金期を切り拓いた“最強の七冠バ”シンボリルドルフが卒業して1つの時代が終わりを迎えようとしている時、普通じゃありえないようなことが次々と起き始めていた。

 

俺も和田Tも同期にして同世代の最大のライバルであったトウカイテイオーとメジロマックイーンの担当トレーナーにして、同じシーズンに最高のウマ娘を引退させることになった負い目を持った者同士で、

 

しかも、斎藤Tという偉大なる存在にどちらも人生を救われてこうして新たな人生を歩んでいる――――――。

 

俺はテイオーに“最強の七冠バ”を超えるだろう才能を与えておきながら栄光を奪い去っていったような神様なんてものは一生信じないつもりでいたのだが、最近では個人の幸不幸を超えた大きな運命の存在を感じるようになり、

 

日本民族の長人たる天皇陛下に代々仕えてきた『名族』である斎藤Tが3ヶ月の昏睡から目覚めてからのシーズン後半に積み重ねてきた信じられないような事績の数々を知る度に人智を超えた何かが確実に世界に存在することを意識するようになっていた。

 

事実、俺やテイオーが人生の集大成となった最後の『有馬記念』に挑む直接的なきっかけになったのは、並行宇宙からやってきて完璧な擬態によって存在を奪い取るバケモノとの戦いであり、過去の全盛期の姿を再現した最強の敵に対して自分自身の存在を賭けた模擬レースによって尊厳を取り戻すことができた感動が俺やテイオーの中で人間の不可能を超える何かを信じさせる大きなきっかけになっていたのだ。

 

 

そして、現在も俺の中の不可能の壁が壊されていく日々が続いている――――――。

 

 

俺とテイオーに擬態して存在の全てを奪い取ろうとしたバケモノたちの秘密基地を逆に奪い取って、そこを拠点にして俺は斎藤Tの担当ウマ娘:アグネスタキオンの専属コーチをすることになり、

 

平日は世界最先端のトレーニング環境で基礎トレーニングをやらせ、休日はこの百尋ノ滝の秘密基地に再現された各地の競バ場で限りなく実戦に近いトレーニングを行うことで、実施している自分自身がテイオーにやらせたかったと嫉妬するほどの世界一受けたいトレーニングを積ませることができていた。

 

更に、とんでもない話だが、平日は学生らしく学園生活をアグネスタキオンに送らせている一方で、完全にアグネスタキオンに擬態してしまったことで“もうひとりのアグネスタキオン”に成りきってしまったバケモノの一個体:アグネスタキオン’(スターディオン)がトウカイテイオーの全盛期に一歩劣る程度の能力を維持してトレーニングプログラムを試行するので、休日に本物のアグネスタキオンに実施させるトレーニングの精度は抜群に高められているのだ。

 

他にも、動画共有サイトに保存されている過去のウマ娘レースの映像から再現された質感を持ったホログラム映像をこれまた並行宇宙の超科学でもって再現された競バ場で走らせる完璧なシミュレーターも完成したことにより、トウカイテイオーがターフの上で走る裏で実験室に籠もって待つことを選び続けたアグネスタキオンのちがいがはっきりくっきり浮かび上がったのだ。

 

たしかに、トウカイテイオーの全盛期に一歩劣る程度のアグネスタキオン’(スターディオン)では全盛期のトウカイテイオーやシンボリルドルフには絶対に敵わないという結果が出てきたのだが、

 

実験室に籠もりきりでデビューしなかった未出走バに全盛期の“帝王”や“皇帝”に追随する能力があることが確かめられたのなら、“本格化”を温存してきた本物のアグネスタキオンなら余裕で“帝王”も“皇帝”も超えることができるという確証が得られたのだ。

 

一方で、その完璧なシミュレーターを使って 俺の愛バが“サイボーグ”よりも先に“皇帝”に次ぐ“無敗の三冠バ”になれたのかを当時の『菊花賞』の設定を起こして“もしも”の検証してみると、『勝負の世界に“もしも”はない』からこそ、俺はそこで得られた結果に満足しながら墓場に持っていくことができた――――――。

 

 

さて、奥多摩の川苔山/百尋ノ滝の地下深くにこんな地下空間が存在しているとは 一度 説明されても理解できなかったわけなのだが、実際に百尋のエレベーターで地上の百尋ノ滝に出てみると付近の立看板からそうなのだと納得せざるを得なかった。

 

更には麓町の奥多摩町の上空に存在していることにもなっているらしいことを聞かされると完全に人知を超えていることもあり、年明けから百尋ノ滝の秘密基地の整備を受け持つ傍ら、いろんな意味で自分の在り方が一新されたことへの戸惑いからバケモノたちの巣窟だった場所にいる不安感から真冬の百尋ノ滝からマイナスイオンを浴びることが日課になっていた。

 

しかし、バケモノ退治の専門家の斎藤Tとそのバケモノの一人であるアグネスタキオン’(スターディオン)はまったく気にしていないようなのだが、本物のアグネスタキオンからすると やはり“怪物”ナリタブライアンですら恐怖で足が竦むほどの威容を放つ怪人:ウマ女の根城は物凄く空気が合わない感じがしていた。

 

というのも、静養と称して学園から離れて一人暮らしを長らくしていた俺でも完全に人の気配が存在しない異形のバケモノの巣窟を漂う空気は何かがちがいすぎることを感じ取れるぐらいだし、訳あり物件のように進んでテイオーをここに招こうという気が起きないぐらいだった。

 

いくら並行宇宙の超科学を利用した全自動住宅の実現によって快適な住居が提供されるようになっても、まともな精神状態で居られる気がしないので、定期的に学園に復帰しては『URAファイナルズ』やその他の重賞レースに挑もうとするウマ娘たちの様子を見て 心の平静を取り戻すようにもなっていた。

 

そう、人がいるべき世界は人の中にこそあるのだと、何度もテイオーを故障させた責任と世間の誹謗中傷を恐れて人目を避けて学園から離れていた俺だったが、そんな愛憎入り交じった世界に安心感を覚えるぐらいにはあそこは異界だったのだ。

 

そもそも、現実には存在し得ない500haもある広大な地下空間の中で12時の方向にだけ必要な設備しかなく、それ以外は全てデコレーションが何もないような不毛のスポンジ生地のケーキだと言えば、どれだけ1ピースが見事に飾り付けられていても不気味でしかない。

 

だからこそ、どれだけ精巧に質感を再現した完璧なウマ娘レースシミュレーターを作れたとしても、寂しさや虚しさが込み上げてくる寒々とした感覚に襲われるのだ。

 

なので、少しでも秘密基地での居心地が良くなるように人気がある雰囲気をどうにかして地下空間全体に作ってもらえないかと宇宙船エンジニアが本職であると発覚した斎藤Tに相談してみたのだ。

 

すると、この地下空間そのものが亜空間に築き上げられた天球状のスペースコロニーの一種という純正100%の人工空間であり、WUMA以外の生命体が存在しない極めてクリーンな世界であることが生命の息吹を感じられない寂しさや虚しさの原因であると確信を持って言うのだ。

 

 

白河の清きに魚も棲みかねて もとの濁りの田沼恋しき

 

 

つまり、完璧に管理された理想社会には知的生命体以外の不純物となる生命体の生存は一切許されないわけであり、完全な社会の歯車となる生産物になった存在にしか生きることが許されない空間になっているのだとか。

 

なので、生き物が生き物らしく生きられる環境をこの天球状の地下空間に一から構築すればいいと涼しい顔で言ってのけるのだから、つくづくこの新人トレーナーには敵わないと思うばかりだ。

 

要は、500haはあるのに12時の方向にしか綺麗に整えられた清水と緑の芝が美しい白亜の街がないという死の世界に生命の息吹を生み出す場所を設ける都市計画が必要なのだと言ってきたのだ。

 

そして、伊勢神宮の内宮・外宮の分社を自らが神主になって祀れるように明治神宮(73ha)を手本にした鎮守の森を(北東)の方角:2時の方角に位置するように注文をつけてきたのだ。

 

そこから俺はテイオーが卒業したらトレーナーを廃業にするつもりでいたので、せっかくなのでこうしてまっさらな土地を自分の手で住みやすくする都市計画を素人ながら手掛けることになり、

 

リアルタイム都市経営シミュレーションゲームをやりながら、実際の都政の都市計画の資料を集めながら注文にあった明治神宮にもテイオーと一緒に参拝することにもなった。明治神宮の神棚を買ってくるという大事な使命も帯びて。

 

その際、明治神宮(73ha)とそれに隣接する代々木公園(54ha)を合わせると百尋ノ滝の秘密基地(500ha)の4分の1の大きさになることを知り、更には明治神宮や代々木公園の成立の歴史や施設を知ることによって、百尋ノ滝の地下に明治神宮や代々木公園を作りたいという欲求が湧き上がってくるのだった。

 

なので、URAが所有する日本各地の競バ場のバ場の再現も終わり、ビデオ映像から過去のウマ娘レースを再現した世界一受けたい究極のウマ娘レースシミュレーターも完成して手持ち無沙汰になっていたこともあり、ウマ娘レースで大きな夢を見せたもらった後の次なる夢として理想の街づくりに打ち込むようになっていたのだ。

 

 

その一方で――――――、そう、ようやく話はいよいよ卒業となる“皇帝”シンボリルドルフの話に戻る。

 

 

どういう原理なのか未だに理解できなくてもインターフェースを現人類向けに改良してもらったことで使うことができる地形作成機能によって各地の競バ場の再現を寝る間を惜しんで有り余る時間と労力を注いで完成させたわけなのだが、

 

実はその機能を使えば自分だけの競バ場のバ場を創り出すこともできるわけで、理想の街づくりに打ち込むようになると、今度は理想の競バ場の設計にも関心が向くことになった。

 

そして、俺が地方から中央に上がった年に入学してきた“最強の七冠バ”シンボリルドルフへの思い入れからアグネスタキオン’(スターディオン)と一緒にシンボリルドルフの全てのレースをシミュレーター上で再現させることになったのだ。

 

すると、事実上の引退レースとなる海外遠征『サンルイレイステークス』が再現できていないことに気づき、急いでサンタアニタパーク競バ場の資料を取り寄せて再現を試みると、コースの特徴でもあるダートコースを横切る場所でシンボリルドルフが左前脚繋靭帯炎を発症したことが敗戦の理由であったことに忘れ去っていた当時の怒りを思い出した。

 

そうだ、だから俺は海外遠征には乗り気じゃないと言うか、海外の競バ場に対して不審感を抱くようになったんだ。

 

ダートコースを横切らせるような構造のコース設計なんて普通に考えて欠陥以外の何物でもないのに、それが最高格のG1レースだっただなんて、こんなふざけた話があってたまるか――――――。

 

一方で、シンボリルドルフに擬態していたエルダークラス:ヒッポリュテーの因子を引き継いでいるアグネスタキオン’(スターディオン)にもシンボリルドルフとしての記憶や感覚が残っているため、“無敗の三冠バ”として海外遠征に望んだ当時の『サンルイレイステークス』の記憶が朧気ながら蘇ってきたようだった。

 

ここまで“最強の七冠バ”と謳われるほどの華々しいG1勝利の足跡『皐月賞』『東京ダービー』『菊花賞』『ジャパンカップ』『有馬記念』『天皇賞(春)』『宝塚記念』の追体験をしてもらったアグネスタキオン’(スターディオン)であったが、

 

3年目:シニア級のシーズン後半に“皇帝の王笏”と呼ばれた名トレーナーを失って『天皇賞(秋)』で初めて勝利を逃すほどに不調を来たし、その年の『ジャパンカップ』『有馬記念』が“万能”ビワハヤヒデ”と“怪物”ナリタブライアンの姉妹対決が盛り上がる裏で新旧“三冠バ”対決は中止となり、なぜか翌年の年度末に突如として海外遠征『サンルイレイステークス』となったのだ。

 

そう、年明けの4年目に“無敗の三冠バ”にして“最強の七冠バ”である“皇帝”シンボリルドルフの生徒会長就任となり、これからトレセン学園の顔役として生徒会活動に専念するだろうことから完全に第一線から退いたと思いきや――――――。

 

 

アグネスタキオン’「ああ、この頃の“皇帝”は日本を捨ててアメリカで暮らす算段をつけるつもりで海外遠征を組んだみたいだねぇ。日本ウマ娘レース界からの亡命とでも言うべきかな」

 

岡田T「ええ!?」

 

アグネスタキオン’「それもそうか。“皇帝”と同じ視座に立って義務と責任を分かち合うことを誓ってくれた最愛の人を失ってしまったのだからねぇ……」

 

岡田T「……その頃の俺は“無敗の三冠バ”を目指すテイオーの『皐月賞』が控えていたから、何も気づけなかったし、生徒会長自らが海外遠征に出たことを遠巻きに見ているしかなかった」

 

岡田T「そうか。俺は地方で下積みをしてシンボリルドルフの入学と同時期に中央に来たわけで、“皇帝の王笏”も同じ年で配属されたばかりの新人で俺の同期になるわけだったし、俺は羨望をずっと抱いてシンボリルドルフの担当トレーナーになることができた彼を見ていた気がするよ……」

 

岡田T「!」

 

岡田T「じゃあ、シンボリルドルフが卒業後にアメリカに留学する話って――――――」

 

アグネスタキオン’「ああ。日本に帰らないつもりでアメリカ留学を考えていたみたいだねぇ。今もそのつもりなのかはわからないけど」

 

アグネスタキオン’「まあ、つまりはそういうことさ」

 

アグネスタキオン’「どうやら、彼女が声高に叫んできた理想とやらは一緒に支えてくれる人がいなければ今すぐにでも投げ捨てたいほどの重荷でしかなかったみたいだねぇ」

 

岡田T「――――――全てのウマ娘が幸福でいられる世界」

 

アグネスタキオン’「その理想を叶えるために幸福であるべきウマ娘である我が身を犠牲にするという矛盾だよ」

 

アグネスタキオン’「しかも、そのために暗黒期のアンチテーゼとなる開放的で明るい雰囲気の学園作りを目指せば目指すほど実力はあっても奔放なウマ娘たちの問題行為が絶えなくなり、秩序のために統制を強めるべきという意見と暗黒期とはちがうことを示すために忍耐強く見守るべきという意見の間で揺れ動いていたみたいだねぇ」

 

岡田T「……シンボリルドルフ本人も自由を謳歌する一生徒として義務や使命に縛られずに自由な学園生活を満喫したかったってことか」

 

アグネスタキオン’「そうさ。考えれば考えるほど馬鹿らしくなってくるだろう。自分が目指した理想に自分が含まれていないし、目指した世界は想像していたよりも批判にあふれていて――――――」

 

アグネスタキオン’「だから、()とマンハッタンカフェに特別待遇をする一方で、明るく無邪気に自分を慕って“無敗の三冠バ”を目指したトウカイテイオーのことを 自分が成りたくて成れなかった 自由な学園生活を満喫している もしもの姿に重ね合わせていたわけだよ」

 

岡田T「そんな…………」

 

アグネスタキオン’「ああ、そんなトウカイテイオーに入れ込んでいたからこそ、最後まで生徒会長で居続けることもできたとも言えるけどね。()のこともあったけど」

 

岡田T「え」

 

アグネスタキオン’「自分のもしもの姿に重ね合わせたトウカイテイオーの一番のファンだったからね。ファンなら自分が応援しているウマ娘の動向が一番よくわかる位置にいたいと思うものだろう」

 

アグネスタキオン’「そういう意味では、生徒会長:シンボリルドルフを支えた右腕はエアグルーヴ、腹心はフジキセキ、黄金期に至る道を照らす太陽となったのがビワハヤヒデとナリタブライアンの最強姉妹――――――」

 

アグネスタキオン’「そして、自分自身のウマ娘レースへの情熱と興奮を与え続けてくれたのが一番のウマ娘:トウカイテイオーだったというわけさ」

 

岡田T「!!!!」

 

アグネスタキオン’「だから、その担当トレーナーであった岡田Tのことはずっと気にかけていたわけで、きみもビワハヤヒデの担当トレーナーと同じぐらいに重要な働きをしてくれたことへの感謝の念が尽きないね」

 

岡田T「……そうか。ありがとう、シンボリルドルフ」

 

アグネスタキオン’「私が言うのも変だけど、どういたしまして」

 

岡田T「いや、それが聞けただけでも俺のトレーナー人生にそれだけの価値があったんだなって嬉しくなるよ」

 

岡田T「本当によかった、よかったよ……」

 

アグネスタキオン’「………………」

 

岡田T「でも、それなら、卒業を迎える今のシンボリルドルフは――――――?」

 

アグネスタキオン’「ああ、そうだね。競走ウマ娘:シンボリルドルフとして得られたものは決して一人の少女:新堀 ルナには還元されない」

 

アグネスタキオン’「トレセン学園を卒業して競走ウマ娘としての矜持と栄光を取り上げたら、彼女の中には何も残っていないはずさ」

 

岡田T「……辛すぎる。辛すぎるよ、それ」

 

アグネスタキオン’「そうだね。これからの人生を支えてくれると誓ってくれた最愛の人には先立たれ、自分の願望を投影したトウカイテイオーの栄光と挫折もあって、いろんな意味で人生にあきらめがついているからね」

 

岡田T「なんとかできないか! 俺にとってはずっとシンボリルドルフは憧れだったんだ! だから、テイオーと二人三脚でシンボリルドルフの背中を追い続けてきたんだ!」

 

アグネスタキオン’「……私の中のシンボリルドルフは去年の『ジャパンカップ』の時期に擬態されたものだから、それ以降の心境の変化までには対応していないけれど、卒業後の進路の構想に関しては大きくは変わらないはずさ」

 

岡田T「なら――――――!」

 

アグネスタキオン’「まあ、そういうことだろうね」

 

 

――――――生涯の伴侶は唯一無二であっても、生涯の友は何人いてもいい。

 

 

アグネスタキオン’「モルモットくんなら、そんなことを言いそうなものさ」

 

岡田T「そうかも。セカンドキャリア支援事業を志しているわけだし、俺もその支援を受けているわけだから」

 

岡田T「やっぱり、夢なんだな。人間、夢がなくちゃ生きていけないから、夢を見せなくちゃいけないんだ」

 

アグネスタキオン’「全てが借り物で成り立つバケモノの私にはよくわからないことだがね」

 

アグネスタキオン’「走ることが何よりも大好きなウマ娘なら、そのことを生き甲斐にし続ければいいものを。そんな簡単なこともできない辺り、ウマ娘とは不便な生き物だねぇ」

 

 

この瞬間、俺の中にセカンドキャリアの大きな野望が生まれた。

 

俺にとっての夢はトウカイテイオーだったが、俺にとっての永遠の憧れはシンボリルドルフ――――――。そのことがはっきりしたのだ。

 

別に“皇帝の王笏”に取って代わろうとしているわけじゃない。俺の同期だったあの無名の新人トレーナーとちがって、『選抜レース』で余裕の勝利を飾ったシンボリルドルフに対して声をかける度胸なんて俺にはなかったのだから。

 

それでも、“皇帝”シンボリルドルフの走りに魅せられて、俺は“俺だけのシンボリルドルフ”に成り得るウマ娘を地方トレーナーだった経験を活かして日本各地に足を運んで徹底的にリサーチしてきた。

 

それで最後の最後に見つけることができたのが俺の夢となった“帝王”トウカイテイオーであり、全ては“俺だけのシンボリルドルフ”という憧れから始まったことだった。

 

もっとも、全盛期のトウカイテイオーに擬態した偽物が去年の『ジャパンカップ』でミホノブルボンに敗れてしまったのは、俺やテイオーに『シンボリルドルフを超える』という気概がなかったからであり、その辺りが俺の限界でもあったわけだが。

 

だからこそ、俺には新しいものや新しい価値観を生み出すほどの能力や才能がないことを“無敗の三冠バ”を世に送り出してきた無名の新人トレーナーたちに教えられたのだ。所詮はどこまで行っても後追いにしかならない。

 

だったら、俺にはトレーナーとしての価値など残っていないだろうが、俺の中央での原点でもある“俺だけのシンボリルドルフ”を追い求めることをあきらめる必要もないのではないかと思えるようになったのだ。

 

むしろ、“俺だけのシンボリルドルフ”だけを追い求めるトレーナーなんて、シンボリルドルフ卒業後のトレセン学園や新しいスターウマ娘に憧れてやってきた新世代には不要かもしれないし、トウカイテイオー以上の存在に巡り会える奇跡がまた起こるとは夢にも思わない。

 

俺はシンボリルドルフという時代の旧い価値観に囚われた過去の遺物としてこのまま時代の荒波に洗い流されて消えるよりも、卒業したらそこでスターウマ娘との縁が切れるトレセン学園のトレーナーであるよりも、どこまでもシンボリルドルフについていく人生を歩みたいと思ったのだ。

 

そうだ。自由だ。これからは自由なんだ。トレセン学園での立場に縛られることはもうないんだ。

 

 

だから、俺の夢だったトウカイテイオーには悪いが、俺の夢を叶えてくれたテイオーにはテイオー自身が選ぶ人生がある――――――。

 

 


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