ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-西暦20XY年03月12日の航星日誌- GAUMA SAIOH
――――――ついにその日がやってきた。
始まりがあれば終わりが来るのは世の理。いつもと変わらぬ今日も、昔からこうであった過去も、永遠に続くかに思われた明日も、望むが望むまいが全てはいずれ必ず終わりを迎えるのだ。
いつものように土曜日曜にウマ娘レースの興行があるため、出走したウマ娘は月曜日が振替休日になることから、全校集会は火曜日に行うのが習わしのトレセン学園の卒業式もまた火曜日に行われる。
そう、今日は20XX年度の中央トレセン学園の卒業式である。在校生たちの修業式は来週になるが、これでトレセン学園の歴史の1ページに終止符が打たれ、新たなる歴史が始まるのだ。
そして、今年度の卒業式は例年以上の熱を帯びて記者たちが詰めかけており、警察やERTも可能な限りの応援を呼んで厳重な警備が行われていた。
何を隠そう、トレセン学園の黄金期の象徴として在り続けた“皇帝”シンボリルドルフの卒業式でもあるのだから。
中高一貫校である中央トレセン学園においては引退即退学の文字がチラつく激戦の日々であるため、中途退学者続出の中で中等部卒業まで在学していられた者はほぼ高等部へ自動的に進学することになることから、“皇帝”シンボリルドルフが在籍していた6年間はまさに“皇帝”の時代であった。それが総生徒数2000名弱にまで繁栄を遂げた黄金期なのだ。
もちろん、今週の土曜日には黄金期を主導した秋川理事長とシンボリルドルフの集大成となる『URAファイナルズ』決勝トーナメントがあり、
年度が改まるまではトレセン学園の生徒であることから、ギリギリまで中央の競走ウマ娘としての矜持を貫き通そうとする高等部3年の古豪たちが卒業の日にあって静かに闘志を燃やし続けていた。
そのため、基本的には卒業式を迎えてもレースに出走する卒業生への配慮として、卒業式前日の月曜日に卒業生の送別会が事前に執り行なわれており、卒業式当日は『立つ鳥 跡を濁さず』ですぐに巣立っていけるように取り計らわれていた。
なので、卒業式そのものは非常に厳粛なものとなっており、学校関係者である生徒たちの父兄とは異なり、外部コーチに過ぎないトレーナーは別の場所に集まってモニター越しに式の様子を見ている他なかった。これは以前の『生徒会総選挙』の時と同様である。
誰も憶えていないが、私だけは
どうせ、ビデオ撮影されたものが広報などに使われるのがわかっているのだから、あとでそのビデオを複製してきて気が向いた時に見ておけばいい。モニター越しに生中継を見るのとビデオ再生した映像に差などあるだろうか。
それよりも、去年まで私は並行宇宙からの侵略者であるWUMA退治に明け暮れていたわけだが、WUMA掃討作戦に段階が切り替わったとは言え、新年を迎えてからいきなり戦うべき相手が増えてしまった。
WUMA侵略から更なる未来から送り込まれた暗殺用
そして、世にも不思議な時間を巻き戻す“目覚まし時計”のネジを回した時に浮かんでくる日めくりカレンダーが今日この日に発動したことから、去年の『有馬記念』明けの1週間の年の暮れに人知れず世界を救うことになった奥多摩攻略戦の激闘の記憶が鮮やかに蘇ってくる。
それぐらいの長期戦になることを覚悟して、まずは1周目でいったい全体として何が起こるのかをしっかりと見定める他ない。何が起こるのかがわからないし、何が起きても不思議ではないのだから、事前の対策などしようがない――――――。
なので、1周目で取りこぼしなく 2周目で全ての問題を解決する勢いで挑もうという後の先の妙技を発揮するのだ。そうするしかない。
そのための
――――――目標:3月12日の卒業式から3月19日の修業式までの1週間の時間の牢獄を突破せよ!
――――――卒業式が始まる前の早暁
飯守T「………………」
和田T「………………」
ピースベルT「………………」
斎藤T「さて、マンハッタンカフェ。何やら不吉な予感がしてならないという話だが」
マンハッタンカフェ「はい。この感じは、1月の『生徒会総選挙』と同じように思います」
アグネスタキオン「なら、また未来から暗殺用
飯守T「じゃあ、今すぐに卒業式を中止してライスもみんなも避難させないと!」
和田T「いや、そんなのは無理だ。事件ってのは何かが起きて初めて事件になるんだし、何も起きていないのに避難しようだなんて聞いちゃもらえない。ただ頭がおかしいと言われて摘み出されるだけだ」
斎藤T「何も起きていないのなら、こっちの方で何かを起こして卒業式を中止に追い込むこともできなくはないです。C4爆弾を敷地内で起爆させれば1発です」
ピースベルT「きゃあ! こわぁーい! 大人の私でも怖いのに子供たちにとっては一生もののトラウマになっちゃう~!」キャピ!
飯守T「……それもダメだ! テロの恐怖に脅かされるだなんて!」
和田T「でも、何が起こるのかもわからないのに、対策なんて……!」
斎藤T「何とかして未然に防ぎたいところだが、ここで覚悟を決めるしかない……」
斎藤T「和田T! 愛する者のために もう一度 時の牢獄に入ってくれ!」ドン! ――――――和田Tから押収した“目覚まし時計”を突き返す!
和田T「!!!!」
飯守T「え、目覚まし時計……?」
ピースベルT「あ、それ……」
斎藤T「和田Tの役割は、時の牢獄に入って時が巻き戻る毎に記憶を持ち越して、この場この時に報告することだ」
飯守T「え!?」
ピースベルT「なるほど……」
和田T「わかった! マックイーンのためでもあるし、トレセン学園のみんなのためにも、俺がやります! 全力で!」
斎藤T「ありがとうございます」
斎藤T「飯守Tは和田Tが持ち越した情報を基に警察関係者に働きかけをお願いします」
飯守T「え」
アグネスタキオン「――――――『ナチス残党がトレセン学園を狙っている』だなんて話、まともに取り合ってもらえないだろうからねぇ。荒唐無稽すぎて」
飯守T「!!」
飯守T「そっか。それは俺にしかできないことだもんな」
飯守T「いざとなったら、俺が警視総監の親父に直接訴えるぞ」
和田T「……なるほど。管轄の『警視庁』のトップである警視総監を動かせる可能性があるとしたら、親子の情に訴えるしかないのか」
和田T「あらためて、とんでもない経歴の後輩が育てたウマ娘が『宝塚記念』でマックイーンに追い上げたわけか……」
ピースベルT「そういう和田Tも 万年G2勝利が目標の底辺チームで下積みをしてきて“メジロ家の至宝”のハートを手料理で掴んでるじゃない♪ やっぱり、料理が上手い男の人ってモテるって本当ね♪」コノコノー!
和田T「あ、いや……、経験も実績もない俺が約束されたG1ウマ娘と契約を結ぶためにはそういうトレーナーの能力とは関係ないところで勝負に出なくちゃならなくて、少し恥ずかしいものがあります……」
和田T「そもそも、料理が上手いだなんて、専属料理人が何人もいるメジロ家で何のメリットになるんだか……」
ピースベルT「なら、私は何すればいいのかしら、斎藤T?」ウフッ
斎藤T「わからないです。有馬一族の影響力を使ってトレーナー組合や理事会に働きかけることになるかもしれませんし、
ピースベルT「そうね! 私の愛バから3年間引き離された鬱憤を晴らす機会が早速もらえて嬉しいわぁ! 腕が鳴るわねぇ!」パキ! ポキ!
マンハッタンカフェ「あ、あの…………」
和田T「そうだ。カフェもこの場で待機ってことでいいのかな?」
斎藤T「いえ、大恩あるシンボリルドルフやビワハヤヒデたちの卒業式なんだから、礼儀として生徒には出席してもらいます」
アグネスタキオン「ええー? 私もなのかい?」
飯守T「それって危険なんじゃ?」
斎藤T「せめて、1周目は参加してください。1周目の状況から具体的な対策を講じることになるので」
アグネスタキオン「じゃあ、危なくなったら助けておくれよ、トレーナーくん? そのためにどんな怪物にも負けない強靭な肉体にしてあげたんだからさ?」
斎藤T「それはもちろん。場合によっては私や
斎藤T「ただ、1回だけなら それで終わりでいいけど、襲撃に至る因果関係がわからないから、再発防止のために情報を可能な限り引き出したいのが正直なところではある……」
マンハッタンカフェ「……本当に大丈夫なんですか?」
斎藤T「まあ、不安なことは多々あるけれども、大丈夫なんだと信じる他ない。全てはうまくいくようにできているのだと」
ピースベルT「そうよ! みんなも不可能に思えた大きな夢をウマ娘ちゃんと叶えてきた実績があるんだし、これから輝かしいトレセン学園のまだ見ぬ明日を掴み取るために張り切っていきましょう!」ドン!
ピースベル「ね」ニッコリ
飯守T「そうだ。もしかしたら、思っていたよりも簡単に終わるかもしれないし。やれるだけのことはやったら、後はウマ娘を信じてレースの結果を見守るのがトレーナーってもんだ」
和田T「なんだって言ってください! 何度も救われた命、これで恩を返せるのなら!」
アグネスタキオン「やる気は十分だねぇ。なら、さっさと終わらせてカフェの“春シニア三冠”も見届けさせておくれよ。現役の子にとっては卒業式の後からがレース本番なのだし」
マンハッタンカフェ「タキオンさん……」
マンハッタンカフェ「私も“お友だち”と一緒に警戒を怠らないようにしておきます」
マンハッタンカフェ「ですので、みなさん、よろしくお願いします」
ピースベルT「まかせて、カフェちゃん♡」ウフッ
マンハッタンカフェ「は、はい……」
アグネスタキオン「……鐘撞T。事情は理解しているから、私たちの前だけでも普通にしてもらえないか?」
アグネスタキオン「正直に言って、3年の
和田T「い、言ったぁ……」
飯守T「言っちゃったぁ……」
ピースベルT「いやなの~♪ これで鐘撞Tとして普通に振舞ったらパニックになるでしょう♪ ふざけた格好にはそれに相応しい頭がおかしい立居振舞をしないと脳がバグるから、みんなのためにも私はこれでいいの~♪」フリフリ!
マンハッタンカフェ「で、でも、斎藤Tとそう差がない身長で、とてもキレイな顔立ちだと、目の前にした時に言葉が詰まると言いますか、とにかくビックリします……」
ピースベルT「そうよ♪ 私こそが絶世のウマ娘:ピースベル♪ みんなのハートをキュンキュンさせるの♪」
和田T「だ、ダメだぁ………………これを有馬一族出身の鐘撞Tだと脳が受け付けないぃ!」ウゲーッ!
飯守T「これは残念というか、痛々しいというか、年甲斐もないというか、キツイです……」ウワー・・・
斎藤T「だから、無言でいさせるしかなくなるんです」
和田T「うう……、斎藤Tは元々の鐘撞Tの姿を見たことがないから平気か……」
飯守T「そういう意味では過去の姿と今を比べることも偏見になるのかも……」
斎藤T「――――――『過去と今を比べることもまた偏見』か」
アグネスタキオン「どうしたんだい?」
斎藤T「因果律に基づくと、どんな悲劇も元を辿れば一本のマッチ棒というちっぽけなものに行き着くという話を思い出した。そこから災の芽が育っていくわけだ」
アグネスタキオン「ああ、『火の用心 マッチ一本 火事の元』の夜回りの掛け声のことかい」
斎藤T「これまでの
斎藤T「すでに解決に導くために必要な要素は全て揃っているけれども、その時にならないと使い道がわからないものがあるということにもなる――――――」
それがこれまで何度も
全ては神々が書いた脚本通りに同意なしに事が進められていることに異議を唱えることも簡単なのだが、私の場合は時間の牢獄から出るために課せられた目標を達成しなければいつまでも明日を迎えられなかったため、目標達成を監視する上位存在の意志を認識せざるを得なかったのだ。
実際、私は何から何まで21世紀の人間から常人離れした存在となっており、普通の人間には受け取ることができないものが見えたり、聞こえたり、感じたりすることができるため、段々と考え方も俗人離れしてきているのは間違いない。離れすぎないように現代の事情も学ぶ努力も欠かさないが。
だから、私という存在は世界の命運を操る上位存在の意志を代行する操り人形ということにもなり、常人と異なるのはそれが世界の在り様であると認識しているかどうか受け容れているかの差ということになる。
ただ、そのことに関して不平はあっても不満ということはなく、私がそういう使命を背負わされたのも私がそういった冒険心を持った人間だから自分から求めていたことで選ばれたのだと内心では納得できるものがあった。
そして、21世紀のヒトとウマ娘が共生する地球に“斎藤 展望”として覚醒してからまだ1年も経っていないのに、私は門外漢でありながら世界に冠たるウマ娘天国である日本の国民的スポーツ・エンターテインメントの夢の舞台の命運を握るほどの重要な立ち位置につくことになった。
更には、そこから一国のみならず世界の命運すらも左右する重要な歴史の転換点にも関わることにもなり、あくまでも宇宙移民としての未開惑星への過度な干渉は避けつつも、その未開惑星の住人の一人としてできる精一杯を貫き通す健全かつ不器用な生き方をすることにもなっている。
やろうと思えば23世紀の世紀の天才である私がもたらす宇宙科学によって宇宙時代への文明開化を牽引することも可能ではあるし、そうした方が何事も私の意のままになって圧倒的に楽だというのもわかっている。
けれども、技術の進化に対して人々の心の在り方や価値観の変化が追いつかないのだ。軍備撤廃を自らの理想とながら理性でもって果たせないような臆病で姑息で卑怯で利己的で浅はかな現人類に23世紀の宇宙科学を提供したところで、待っているのは更なる軍拡競争の悲劇でしかないだろう。
たしかに世紀の天才の一人に数えられた23世紀の技術者からすれば、200年も前の昔の時代の21世紀の最新技術の程度の低さに呆れることは多いが、それ以上に地球圏統一国家を建国できない未熟で蒙昧で偏狭な国家観に縛られた技術体系にこそ失望することが山ほどあった。
無駄な軍拡競争に金を使うよりも、その軍事費を教育費や研究費に充てれば、どれほどの技術革新がもたらされるのかを計算できずに安全保障がどうのこうのと騒いでいるのが21世紀の人間というやつらしい。
戦争などという基本的人権の尊重などなかった近世の時代遅れの思想の人間でもできたことを今でも繰り返して反省と後悔を繰り返す様は滑稽でしかない。現代日本人の子供に『昔は山口県が鹿児島県と組んで東京都に戦争していた時代があった』なんて言ったら何を思うことだろう。
でも、それが国家を統一すること、内乱を起こさない天下統一の意義と実態でもあるのだ。昔は群れや村同士の争いから発展して都市が発達して、やがては国へと社会が成長するに従って秩序が安定して武力衝突が起きづらくなっていくのだ。
だから、地球圏統一が果たされて久しい23世紀の宇宙時代の人間としては地球人同士で争っている状況は他所様には決して見せられない恥ずべき醜態であるわけで、地球文明の後継者の看板を背負って星の海を渡る宇宙移民なら尚更である。
どれだけ地球の素晴らしさを地球文明の後継者たる宇宙移民の私が完璧にプレゼンテーションして異星人たちに好評を博したところで、地球に憧れて遥々やってきた異星人たちが実物を見てガッカリするようなことになるのは遙かなる宇宙に人類圏を拡げる使命を受けた宇宙移民としての誇りが汚されたことになるのだ。
それぐらい筆舌に尽くしがたいジェネレーションギャップを常々感じながら21世紀の異なる進化と歴史を歩んだ地球で生きているわけであり、23世紀の未来の常識を200年も過去の時代に当て嵌めて正当性を問うのは法の不遡及に反することであり、地球圏統一国家が不成立の未開惑星に対する過度な干渉を避けなくてはならないことでもあるので悶々とするのだ。
過去の地球あるいは異なる進化と歴史を歩んだ並行世界の地球であろうと地球は地球であり、宇宙移民の偉大なる母星であり誇りであり精神の柱でもあるので、未開惑星を完全に脱して未開惑星を慮る立場になったはずの地球人が未開惑星だった頃の野蛮な時代があったことを現実に突きつけられるのは非常に堪えるものがある。
しかも、『戦争にならなければ平和である』という概念も善悪二元論でしか物を考えられない甘ったれの戯言であり、『犯罪がなければ平和である』と理想の社会や生活に近づけるべく言葉を変えていける発想力もないときた。
――――――わからないんだろうな。『修身斉家治国平天下』という言葉も知らないのだろうし。
だからこそ、今回の戦いは力で勝つだけじゃ解決しない難問だということがありありとわかってしまう。力には力で対抗できる分だけ、並行宇宙の侵略者であるWUMAとの戦いの方が何倍も楽なのだとこうしてわからされてしまっている。
そして、人々を育む叡智の究極というのが無駄を極限まで省く;最小限の努力で最大限の効果を発揮させるのが理想の上司の在り方だと言うのなら、
なら、復活した“斎藤 展望”がこれまでトレセン学園で得てきたものの中で今回の卒業式でもっとも影響が大きいものとは、すなわち――――――。
――――――今日で私のトレセン学園の日々は終わる、か。
シンボリルドルフ『……ダメだ。忘れたくない。忘れられるものか』
シンボリルドルフ『……みんな、行かないでくれ。一人にしないでくれ』
シンボリルドルフ『……いやだ』
シンボリルドルフ『……いやだ』
シンボリルドルフ『……いやだぁ!』
シンボリルドルフ「うわあああああああああああああああああああああ!?」ガバッ
シンボリルドルフ「あ」ゼエゼエ・・・
シンボリルドルフ「ああ……」ゼエゼエ・・・
シンボリルドルフ「………………フゥ」
シンボリックリンク”「ああ、また怖い夢を見ていたのですね、お客様。とても魘されていましたよ」クスクス
シンボリルドルフ「え?」
シンボリルドルフ「だ、誰だ……」
シンボリックリンク”「おや、お客様。私のことをお忘れですか」フフッ
シンボリックリンク”「お客様がトレセン学園で最初の3年間を終える前に初めて契約を結んで、
シンボリルドルフ「――――――最初の3年間から『9年』? 何の話をしている?」
シンボリックリンク”「お客様。お喜びください。私はお客様と結んだ契約に基づいて、ようやく準備を終えることができたのです。卒業式の今日この日に間に合ってよかったですね」
シンボリルドルフ「え?」
シンボリックリンク”「お忘れですか? お客様はお望みになられたではありませんか? 思い出せませんか?」
――――――さあ、お受け取りになってください。世にも不思議な時間を巻き戻す“置き時計”を。
そう言ってシンボリックリンク”と名乗る妖しい影が卒業式が間近となってブルーな気分に染まって悪夢に魘され続けてきたシンボリルドルフの寮室に見るからに高価な“置き時計”を置く。
その“置き時計”は100万円はくだらないだろう高級時計であることを一目で理解させる全体的にメタリックでガラス張りに覆われた金色の装飾の上にガラスドームの中には太陽を中心に地球と月がリアルタイムで自転と公転を繰り返し、1年かけて実際に地球が太陽の周りを1回転するのを再現していた。天体時計である。
更にガラスドームの中の地球が公転する円盤は黄道十二星座が配置されており、時計が1日24時間という情報だけを表現できるものではないということを雄弁に物語っていた。
時計と言ったら1日24時間であるという一般庶民の常識を打ち壊す 天体時計搭載のガラス張りの金色に照り輝く“置き時計”は地球と太陽と月の動きすらも盤上で表現することができるのだ。
――――――だからこそ、精巧に造り込まれた工芸品である“
芸術が作者の内面を表現したものであるのなら、誰かに讃えられる人生とはある意味においてはその人が生きた足跡そのものが芸術的なまでに仕上がっているわけなのだろう。
けれども、誰だって悲しいことや惨めな思いはしたくない;楽がしたいのは当たり前のことなのだから、人々はそこに至るまでの過程を顧みることはなく目の前に形として現れた結果ばかりを求め、当然の権利のように形になったものを僻むのである。
そして、結果を掴むための過程の大変さを理解しているからこそ、結果を掴み取った人間は過程を無視して結果を求める上辺ばかりの人たちを軽蔑するようにもなる。
でも、それはある意味においてはしかたのないことであり、ある意味においては当然のことでもあるのだから。
――――――