ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
――――――目標:3月12日の卒業式から3月19日の修業式までの1週間の時間の牢獄を突破せよ!
嫌な胸騒ぎがしてならない卒業式が厳かに始まる。
トレセン学園の全校集会は土日のウマ娘レースの出走した生徒たちに振替休日を与える関係上、火曜日に行われるのが定例となっていることから、トレセン学園の週明けとは一般には火曜日のことを指す。
つまり、先日の月曜日は卒業式前の卒業生個人個人に向けた有志主催の送別会で学園が貸し切りになっており、ピースベルTこと鐘撞Tの愛バ:ビワハヤヒデも主賓としてもてなされていた。
そこにはかつての友人であるウイニングチケットとナリタタイシンもやってきており、面と向かって『トゥインクル・シリーズ』の完走、『ドリーム・シリーズ』への昇格、我らが母校:トレセン学園の卒業を記念して花束を贈呈していた。
同じ頃、私とピースベルTは
そんなことをしていると、世にも不思議な時間が巻き戻る“目覚まし時計”が一人でに発動し、私の頭の中に同じ日が何度も繰り返される日めくりカレンダーのイメージが浮かび上がるのだ。
だから、明日の卒業式には時の牢獄が発動して絶対に解決しなければ明日がないほどの不測の事態が起こることがわかり、使えるものをありったけ総動員して今回の超時空の大決戦に挑むことになった。
トレセン学園を黄金期に導いてきた“皇帝”シンボリルドルフの卒業式ということで世間の注目を集める中、私たちは警戒態勢を敷いてピリピリとした雰囲気を出している警察や民間警備会社の
そして、私たちは孤独の群衆の中でありえない展開に驚愕した――――――。
●1周目:3月12日/トレセン学園卒業式
和田T「――――――ここまでは特に異常なし」
和田T「警察隊近くに張り込んでいる飯守Tからも『異常なし』です」
斎藤T「しかし、エレベーター式に中等部から高等部に進学できる中高一貫校とは言え、中等部卒業者と高等部卒業者の比率がおかしいですね」
ピースベルT「うん♪ それはしかたないの♪ 中等部に夢いっぱいに胸を膨らませて入学してきて そのままメイクデビューを果たした子が“エリートウマ娘”って呼ばれるように、トレーナーからスカウトを受けてメイクデビューできるってだけでもお祝いを受けるぐらいなんだから♪」ウフフッ
和田T「まあ、『選抜レース』でもそこそこの成績でスカウトされそうでうまくいかないままズルズルと引きずったまま中等部を卒業する子もいないわけじゃないですよ。いつかは自分にもチャンスがやってくるものだと信じている子もいますから」
和田T「けれども、『選抜レース』でそこそこの成績でスカウト候補になることもできない子たちは自分の才能に見切りをつけて、高等部の偉大なる先輩たちと一緒に卒業する誉れを受け取ることになるんですよね」
和田T「もっとも、トントン拍子で『選抜レース』で好成績を残して見事にトレーナーからのスカウトを勝ち取った“エリートウマ娘”ほど、卒業の日を迎えることなく、学園からいなくなるもんなんですけどね」
斎藤T「……そうだとすると、和田Tが下積みしていた万年G2勝利が目標の底辺チームって、実はかなり学園生活を満喫できてません?」
和田T「そうですよ。誰もがG1勝利を目指して血反吐を吐くような思いをして厳しいトレーニングに励んでいる中、重賞レースに参加枠をもらえるぐらいにはほどほどに勝って好走できるぐらいの才能があるわけですから」
ピースベルT「でも、そういう小遣い稼ぎの感覚で程々にレースを走るQOL重視のポニーちゃんたちがね、トレセン学園の素晴らしき青春ライフの良い広告塔になっているわけだから、そういう層も集客には必要なわけなの♪」キラキラ
和田T「え、そうだったの!? あいつらがぁ……? あんなのがぁ……?」
ピースベルT「ダメよ♪ ダメダメ♪」メッ
和田T「え」
ピースベルT「女の子にはいろいろあるんだから♪」ウフッ
和田T「あ、はい……」
斎藤T「そうですよ。女の子の本性が顕になった底辺チームでの下積みのおかげで、あなたは『天皇賞』勝利に邁進する約束されたG1ウマ娘の心と胃袋を掴むことができたのですから」
斎藤T「憧れの夢の舞台の裏側を知って理解したからこそ、あなたはメジロマックイーンの担当トレーナーになれたのです」
斎藤T「無駄なことなんて何一つとしてないんです、この世の中には」
和田T「……ありがとうございます。何度もそう言ってもらえて」
和田T「俺、本当にこんなんでG1勝利のトレーナーだって胸を張れるものがないように思えて。全部、マックイーンが実力で掴み取ったものであって、俺がトレーナーとしてどれだけやれたかなんて――――――」
ピースベルT「もう♡ カワイイ♡ このこの♡」ムフッ
和田T「ぴ、ぴええぇ……」
ピースベルT「そんなの、『名家』のウマ娘は期待してないから♪ 最初から全て仕上げてトレセン学園に送り込んでいるんだから、全力を発揮できるようにすれば必ず勝つって豪語するのが『名家』ってもんよ♪」ニコニコ
ピースベルT「だから、『名家』にとってトレーナーなんてものは最高のトレーニング環境を提供してくれている中央トレセン学園でのお目付け役としての役割を果たしてくれるだけで十分なのよ~♪」ニコニコ
ピースベルT「だって、走るのはウマ娘だし~♪ 結局、トレーナーも最後は自分の担当ウマ娘を信じてスターティングゲートに送り出すしかないもんッ♪」ニコニコ
和田T「あ……」
ピースベルT「けど、そんなのはウマ娘の『名家』を豪語するための建前や心構えの話であって♪」ウキウキ
ピースベルT「女の子はね、やっぱり頼り甲斐ある年上の人に憧れるちゃうもんなのよ♪ 男でも女でも関係なく♪」ワクワク
ピースベルT「だから、そうやってね、自分のために必死に頑張ってくれるトレーナーに胸がキュンってするの♡」ポッ
ピースベルT「マックイーンちゃんは『名家』のウマ娘として何かとお上品な振舞いをしなくちゃならないと気を張っているけれど、自分が好きなものを心置きなく語り尽くせる殿方がいるだけで身も心も満たされちゃった♡」ドキドキ
和田T「……そういうものなんですか?」
ピースベルT「そうよ♪ マックイーンちゃんにとって、応援している球団の試合で一緒に大盛りあがりできて、大好きなスイーツを楽しめるだなんて、人生で最高の贅沢だから♪」ニコニコ
ピースベルT「大好きなことは大好きな人と楽しみたいから♪」ドンッ!
ピースベルT「大好きなところを知っているあなたはそれだけの価値があるのだから♪」ニパァ!
和田T「――――――『大好きなところ』か」
和田T「……マックイーン」
斎藤T「……これが“万能ステッキ”か」
ピースベルTこと鐘撞Tは“天上人”と謳われるほどのトレーナーの『名門』の出身であるが、それ以上に鐘撞Tを存在を不動のものにしたのは“万能ステッキ”と呼ばれるほどの多芸多才ぶりにあった。
というよりは、自身が『名門』である上に久留米藩有馬家をルーツに持つ有馬一族と有馬財閥の御曹司という『名族』であることが一般的なトレーナーの価値観から掛け離れているところが最大の特徴であった。
言うなれば、ピースベルTの本来の姿であった“万能”ビワハヤヒデの担当トレーナーだった頃の鐘撞Tもまた、私と同じくまともな動機でトレセン学園のトレーナーになろうとしなかった門外漢であったということだ。
あるいは、ライバルであった“皇帝”シンボリルドルフの担当トレーナーが“皇帝の王笏”というシンボリルドルフの才能に依存した
そもそも、自身がトレーナーの『名門』だから親の後を継いでトレセン学園のトレーナーになったわけでもなく、有馬財閥の御曹司でもあるからこその非常に恵まれた生活からの“手に汗握る熱い勝負”を求めたから現在があり、完全なる浮世離れである。
要するに、正真正銘のおぼっちゃまであるが故に何でもやれて何でもできる環境に飽き飽きし、自分の興味を満たすものを求めて次から次へといろんなことに挑戦しては人並み以上の才能からすぐに他人よりもうまくなってしまうのに慣れすぎた生粋の道楽者であると同時に、飽き性だからこそ自身のルーツがサムライにあることもあって真剣勝負の世界に強い憧れを抱いてもいたわけなのだ。
そう、恵まれた環境に生まれ育った生粋のおぼっちゃまだからこそ、才能も実力も財産もあるわけで、その才能を持て余した日々を送ってきているのだから、G1勝利を目指して鎬を削るウマ娘やトレーナーたちの苦労を面白可笑しく間近で見物しようと囃し立てていたのが鐘撞Tの存在感の大きさであった。
近代ウマ娘レースとは元を辿ればヨーロッパの王侯貴族の道楽でやっていることであり、トレーナーとしての栄誉も勝ち負けも賞金も本物の貴族からすれば些細なことに過ぎないのだ。そんな端金程度の賞金で飛び跳ねるぐらい喜ぶ様を観察して滑稽に思うのが鐘撞Tである。
そして、そんな王侯貴族の道楽ごときに自身の存在意義を懸けて全身全霊を尽くして無念の敗北の末に夢破れて去っていくウマ娘の背中を見送るのも大好物であり、“天上人”として決して味わうことのない栄光と挫折の一幕に一喜一憂する群衆の様子がおかしくてしかたがなかった。
そうである。トレセン学園に配属当初の鐘撞Tは真剣勝負の末に栄光を掴んだ勝者も惨めさに打ちのめされて挫折した敗者も等しく見世物として楽しむぐらいに底意地が“天上人”であった。
だからこそ、鐘撞Tにとって『名家』が送り出した新時代を切り拓く最強のウマ娘:シンボリルドルフは興味の対象になり得なかった。
なにしろ、『名家』のウマ娘でありながら『名門』の自分と同じくウマ娘レースの本質を王侯貴族の道楽と冷めた眼で見ており、勝つことが『名家』のウマ娘として当たり前の責務であるとは言え、ウマ娘レースそのものがくだらないと思っているのがわかってしまったからだ。
しかも、シンボリルドルフの圧倒的な走りに最初からみんな恐れ慄き、『名家』であることも相まって誰も立ち向かおうとしないのだから、これでは真剣勝負の末に勝者と敗者がわかれる栄光と挫折の瞬間を見ることができないのだから実に興醒めである。
なので、鐘撞Tは最初からシンボリルドルフと真剣勝負の末に奇跡の勝利を収めて舞い上がるほどのウマ娘か、どれだけ努力しても叶わないことを悟って絶望に沈んでくれるウマ娘を求めて回ったのだ。
あるいは、シンボリルドルフを負かして彼女を応援しているファンたちを絶望に沈めるほどの最凶のウマ娘を求めて――――――。
そんなわけで勝とうが負けようが二つに一つであり、名門中の名門トレーナー一族の御曹司は自身の立場を鼻にかけることなく、決して偉ぶることなく、寄り添うように気さくにどんなウマ娘とも別け隔てなく接するため、その人気は“皇帝”シンボリルドルフと学園を二分するほどにあった。
もちろん、名門トレーナーやベテラントレーナーなら見向きもしないようなウマ娘にも時間を割くぐらいであり、その在り方の本質はトレーナーなどではなかった。
つまりは、勝ち負けといった記録ではなく、“手に汗握るレース”という記憶に残る勝負になるように場を大いに盛り上げる
だから、鐘撞Tは“天上人”として地上を這う蟲のさざめきに妄想を拡がらせてトレセン学園の日常を芝居に見立てていた。
そうしてできあがった戯曲を噂好きの子や記者たちに面白可笑しく語るのだから、鐘撞Tの胸三寸でウマ娘レースのトレンドが決まるぐらいに
そして、その“皇帝”シンボリルドルフのクラシック戦線を盛り上げるために最終的に鐘撞Tが自分の担当ウマ娘としてスカウト候補に上がったのがビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケットの3人“BNW”であったのだ。
最終的には鐘撞Tがビワハヤヒデを担当ウマ娘としてスカウトするわけなのだが、その決め手となったのは『すでに“怪物”として入学前から噂になっている最愛の妹:ナリタブライアンが満足するようなレースをするため』にビワハヤヒデは“勝利の方程式”を打ち立てるという
そう、この頃の鐘撞Tにとっては“天上人”として地上のノミ共が必死に生き足掻くさまを見下ろすのが サムライを先祖に持ちながら真剣勝負の世界には縁遠い 何でもやれて何でもできる 自分が抱く一番の関心事であったわけであり、
もちろん、素直にビワハヤヒデの“勝利の方程式”に関心を抱いたわけでもなく、ビワハヤヒデの言う『妹と最高のレースをする』望みなら、そのための“勝利の方程式”が実現しようがしなかろうが、どちらでも楽しめそうだと思ったからである。
ここまで言えばわかるだろうが、ビワハヤヒデが溺愛する妹:ナリタブライアンの実際の“怪物”ぶりも鐘撞Tの偏執的な興味関心を満たすものがあり、その担当トレーナーにまったくもって頼りない無名の新人トレーナー:三ケ木Tが収まったのも最高に愉悦であった。
特にトレーナーバッジを賭けた三ケ木Tの常に崖っぷちの捨て身の行動の数々は“一所懸命”に言い表される真剣勝負の世界を体現しており、見ているだけでハラハラドキドキで結果を見届けるのがいつも楽しみになっていたぐらいに、鐘撞Tは三ケ木Tのことを『評価していた』というよりは
おかげで、相手がシンボリルドルフであろうと妹:ナリタブライアンと最高のレースをする約束で常に最善を尽くして誰よりも勇敢に立ち向かうことで、シンボリルドルフは出走回避によって競走不成立になることなく、史上初の“無敗の三冠バ”を達成することができたわけなのである。
それはこれから斎藤 展望が世界をより良く変えるタイムパラドックスのために自身の担当ウマ娘を“最強の七冠バ”シンボリルドルフさえ超える近代ウマ娘レースの神話を打ち立てるためにG1格へ昇格を目指す横浜トレセン予備校を利用して競走不成立を回避させる戦略を先取りしていたことになる。
そう、自分の担当ウマ娘が勝とうが負けようが関係ない。ただただサムライの末裔らしく見応えのある真剣勝負が見たいだけで、真剣勝負の結果にも人並み以上の興味関心があるというだけのことである。
そのために自身の損得や勝ち負けよりも自身の興味関心を最優先して真剣勝負の舞台を用意するのに終始し、それによって世間的には敵対関係に思われた“皇帝”シンボリルドルフや“怪物”ナリタブライアンであろうと別け隔てなく接し、結果として“三冠バ”の担当トレーナーになったことでいろいろと言われている2人の無名の新人トレーナーにも惜しみなく助力を図った。
その結果が自身の望み通りの“手に汗握る熱いレース”の数々であり、担当ウマ娘こそビワハヤヒデ唯一人であったが、黄金期を象徴する“三冠バ”のシンボリルドルフとナリタブライアンの名声を高める舞台を用意した
実質的に“皇帝”シンボリルドルフが入学してから卒業するまでの黄金期の前半を鐘撞Tが極限まで盛り上げ、自身がトレセン学園を離れた後のシンボリルドルフが生徒会長になってからの後半も最後まで支えきったのだ。
その功績をわかっているからこそ、鐘撞Tの一般人の感性から大きく掛け離れた本性を知って“皇帝”シンボリルドルフも“怪物”ナリタブライアンも“天上人”鐘撞Tには恩情から敬意を払うのである。
当然ながら、当時それだけの影響力を持ったトレーナーだったのだ。黄金期前半のルドルフ世代やブライアン世代が一番だと胸を張る世代ならば、当時のトレセン学園を導いていた三巨頭が誰なのかを迷わず答えることだろう。
――――――1に秋川理事長! 2にシンボリルドルフ! 3に有馬一族の御曹司!
そう、“無敗の三冠バ”シンボリルドルフが生徒会長となって高等部に君臨し続けること3年;たった3年、されど3年――――――。
知らない人は知らない。その3年にその場にいない者は無情にも忘れ去られるのが世の常であり、あれだけの存在感を放った鐘撞Tの存在は無情にもトレセン学園の忘却の彼方へと流されていったのだ。
それでも、記録よりも記憶に残る方の存在であった鐘撞Tのことを知る者は多かれ少なかれシンボリルドルフとトレセン学園を二分した偉業の数々と歴史を動かした快男児の風采を鮮明に憶えていることだろう。
だからこそ、鐘撞Tの今の姿であるピースベルTの変わり果てた姿には知る者が知れば誰もが拒絶反応を示すことだろう。知らぬ者も呆気にとられること間違いない。
ところが、こうした鐘撞Tの暇を持て余した“天上人”の本性を世話の焼ける妹ですら理解していたのに一番身近に接していた担当ウマ娘:ビワハヤヒデはまったく気づかなかったどころか、
努めて理知的に振舞っておきながら常に一所懸命なところが一周回って頓珍漢な回答を導き出すボケっぷりが鐘撞Tのツボにハマっており、掛け値なしに非常に相性が良かったようなのだ。
そして、あらゆる可能性を模索して“怪物”ナリタブライアンに立ち向かえる自分だけの武器を鍛え上げるビワハヤヒデのために最高に盛り上がる戦いの舞台を用意する完璧な仕事をしてきたのが鐘撞Tである。
そのため、勝とうが負けようが常に感動がバ場全体を包み込むわけであり、それはレースだけじゃなく、2人が行く先々に降り注ぎ、一緒にいて飽きがまったくこないことで いつからか観察対象に過ぎない担当ウマ娘に特別な感情を抱くようになっていた。
そういう意味では、一般的には“皇帝”シンボリルドルフや“怪物”ナリタブライアンに一歩及ばない印象の“万能”ビワハヤヒデではあったが、とうの“三冠バ”2人からすれば大恩ある“天上人”に特別な感情を抱かせたビワハヤヒデはレースの勝ち負けに関係なく偉大なウマ娘であると常々実感しているのだ。
だからこそ、鐘撞Tは3年目:シニア級のシーズン後半に志半ばで不治の病に倒れたことで自身の短い人生を振り返ると、シンボリルドルフで楽しむつもりで選んだ自分の担当ウマ娘:ビワハヤヒデの存在が自分の中でどれだけ大きくなっていたことを自覚せざるを得なかったのだ――――――。
●????:3月12日/トレセン学園卒業式
――――――
司会「卒業生代表答辞」
――――――
和田T「卒業証書授与の次に長い長い祝辞も終わって、いよいよ“皇帝”シンボリルドルフの最後の登壇か」
ピースベルT「秋川理事長、見ない間に随分と貫禄がついてたね~♪」フフッ
斎藤T「――――――ッ!」ガタッ
和田T「どうしました?」
斎藤T「今さっき、何かが――――――」
和田T「え」
ピースベルT「?」
――――――
司会「卒業生代表:アグネスオタカル!」
――――――
和田T「……あ、『アグネス』!? 『アグネスオタカル』!?」
斎藤T「――――――シンボリルドルフではない!?」
和田T「誰ええええええええ!?」
和田T「というか、卒業証書授与で『アグネスオタカル』なんて呼ばれてなかっただろう!?」
ピースベルT「ナニコレ」
斎藤T「――――――『オタカル』。『アグネスオタカル』か」
和田T「ハッ」
和田T「応答せよ、応答せよ! 飯守T! 返事をしてくれ!」
ピースベルT「どうしたの?」
和田T「見て! さっきまで映っていた飯守TのGPSが! 飯守Tの反応が消えた……!」
斎藤T「なにっ!?」ガタッ
斎藤T「くっ!? 悪い予感が中たった!」ダダッ
和田T「あ、斎藤T!」ダダッ
ピースベルT「くっ」ダダッ
ダッダッダッダッダッダッダッ!
ピースベルT「反応が消えたのはこの辺りよね……」
和田T「おーい! 飯守T! どこに行ったんだ!?」
斎藤T「ちょっと待って!」
ピースベルT「?」
和田T「どうした!?」
斎藤T「おかしい! この方角ならばトレセン学園を見下ろせる黄金期の記念碑となるエクリプス・フロントがあるはずなのに、エクリプス・フロントがない!?」
和田T「あ、ホントだ!? トレセン学園からはっきり見える高層ビルがなくなってる!? 来賓はたしかあそこのヘリポートで来ていたはずでローター音がはっきりと聞こえていたってのに!?」
ピースベルT「へ、へえ? そうなんだ……?」
ピースベルT「言われてみると、朝方見た風景と何かいろいろと変わってない?」
斎藤T「……今すぐにトレセン学園の生徒名簿とかウマ娘レースの戦績一覧を調べてみよう」
和田T「あ、ああ! 誰だよ、アグネスオタカルって!? 冠名からして『名家』アグネス家の何かなんだろうけどさ!?」
ピースベルT「そうね。ここは冷静に情報を集めてみましょう」
何が起きてしまったのか、私たちは 突然 未知の世界に迷い込んでしまっていた。
卒業生代表に選ばれるのは誰がどう考えても“皇帝”シンボリルドルフであるべきだし、退屈極まる祝辞の前にあった卒業証書授与にさえ呼ばれていなかった私たちの誰も“アグネスオタカル”なるシンボリルドルフを差し置いて卒業生代表に選ばれるウマ娘のことを知らない。
そして、突如として飯守Tの存在が地球上から消えたばかりか、トレセン学園の歴代生徒会長や卒業生の名簿やシンボリルドルフが入学して卒業するまでの6年間の中央競バ『トゥインクル・シリーズ』の歴史を調べるだけで、私たちは異世界に迷い込んでしまっていたことに気づいた。
なんとアグネスオタカルの世界(仮称)の中央競バ『トゥインクル・シリーズ』に“無敗の三冠バ”を達成したウマ娘はいまだ存在せず、近年で“神メ”シンザンに続く“三冠バ”は暗黒期に活躍したミスターシービーの後には“怪物”ナリタブライアンしかいないというのだ。
それだけじゃなく、驚異の天才トレーナーによってシンボリルドルフに続く“無敗の三冠バ”に到達したミホノブルボンはアグネスオタカルの世界(仮称)では“無敗の二冠バ”止まりになっていた。
それどころか、ミホノブルボンによる史上初の“無敗の三冠”達成を阻止し、メジロマックイーンによるメジロ家三代による『天皇賞』制覇を阻んだライスシャワーが“
もちろん、良識ある人間やライスシャワーのファンは勝者に対する無礼極まる事態に激怒し、ライスシャワーのファンとアンチの間で大規模な衝突が各地で巻き起こり、トレセン学園やウマ娘レースに対するイメージ悪化が取り沙汰されていたのだ。
とうのライスシャワーを担当ウマ娘にして“グランプリウマ娘”にまで一緒に駆け上がった元甲子園球児の熱血トレーナー:飯守Tが悔しさのあまりに血涙を流しそうな別世界の陰惨なトレセン学園の歴史に震えが止まらなくなる。
そう、ほとんどの内容が私たちの世界よりも予言書『プリティーダービー』に近い悲劇に見舞われたものになっていたのだ。
しかも、“最強の七冠バ”シンボリルドルフがトレセン学園に存在しないためか、“皇帝”の後を継がんとした“帝王”トウカイテイオーの存在も確認できないのだ。岡田Tの名前も見当たらなかった。
その一方で、シンボリルドルフが存在しない代わりに私たちの世界では“無敗の三冠バ”誕生の踏み台になったビワハヤヒデ・ナリタタイシン・ウイニングチケットが三冠を分け合った形でBNW世代を形成していたのである。
そのため、ビワハヤヒデの元担当トレーナーである鐘撞TことピースベルTとしては自分が“最強の七冠バ”シンボリルドルフ誕生を祝うために用意したBNWが別世界でクラシック三冠を分け合っていたことに運命を感じていたものの、それ以上に常に大胆不敵で余裕綽々の表情は凍りついていた。
――――――そして、謎の卒業生代表:アグネスオタカルの正体がわかった。
アグネスオタカルはクラシック路線のBNW世代の活躍の裏で別の意味で史上初の“無敗の三冠バ”を達成したティアラ路線の覇者であったのだ。まさにこの世界で卒業生代表になるのも文句なしのシンボリルドルフに比肩する存在であった。
しかも、クラシック級のティアラ路線で『有馬記念』までも勝利している“無敵の八冠バ”なのである。
なぜ八冠なのかと言えば、トリプルティアラ『桜花賞』『オークス』『秋華賞』に加えて旧トリプルティアラ最終戦『エリザベス女王杯』にも参戦して勝利しているからである。
つまり、『エリザベス女王杯』の後に同じ11月の『ジャパンカップ』にも出走しているわけで、更には同年の『有馬記念』にまで勝利しているのだから、クラシックG1レースを6勝するという規格外すぎる存在になっていた。
なので、G1勝利数で言えば“最強の七冠バ”シンボリルドルフよりも1つ多い“無敵の八冠バ”アグネスオタカルの方が戦績は上なのだが、あくまでも“無敵の八冠バ”と呼ばれているところにティアラ路線に対する偏見があることを感じてしまう。
ティアラ路線だったからクラシック路線のBNWと覇を競わずに“無敗の三冠バ”になれたのだと酷評されることもあったぐらいなのが、『エリザベス女王杯』『ジャパンカップ』と連闘して優勝し、『有馬記念』すらも制しているともなれば、表立ってティアラ路線の最強ウマ娘に対する陰口を叩くこともできない。
ところが、ティアラ路線最強のウマ娘が『ジャパンカップ』『有馬記念』まで制してクラシック路線の人気が落ちたことで、トリプルティアラと関連が深い女性解放運動も盛り上がることになってしまい、間違った女尊男卑が流行したことでその遠因となったアグネスオタカルにマイナスイメージがつきまとうことになってしまった。
そのため、素直に“無敵の八冠バ”を褒め称えたくないという声が根強く残っており、シンボリルドルフ以上の偉業を成し遂げていながら、どうにも人気が振るわない印象を覚えた。
そう、ミホノブルボンとメジロマックイーンに勝ったのに“悪役”にされたライスシャワーと同じく、本人の意志とは無関係にトレセン学園とウマ娘レースのイメージを悪化させる遠因になっていたようなのだ。
事実、“最強の七冠バ”シンボリルドルフが君臨した黄金期によって総生徒数2000名弱を記録したのに対し、“無敵の八冠バ”アグネスオタカルが君臨したトレセン学園は総生徒数1500名弱しか伸びていないのだ。
むしろ、私たちの世界でシンボリルドルフが入学してきた時が1500名強だったのを考えると、誤差の範疇だとしても微妙に減っているし、成長していない。
つまり、“最強の七冠バ”シンボリルドルフを超える“無敵の八冠バ”アグネスオタカルが君臨したことで逆にウマ娘レースの人気が数々のマイナスイメージによって完全に相殺されてしまったようなのだ。
実際、心なしかギスギスとは言わなくてもギクシャクした軽薄な空気をそこはかとなく感じられてしまうほどだ。
――――――そう、これはある種の思考実験の結果と言えた。
ティアラ路線のスターウマ娘がトレセン学園の顔役になった場合に何が起きてしまうのかを卒業式が終わるまでのごく短い時間の文献調査だけでわからされてしまった。
これは非常にまずい。シンボリルドルフの後を継いで新生徒会長になった“女帝”エアグルーヴに対する世間の本音というのがこれだけで透けて見えてしまい、シンボリルドルフ卒業後のトレセン学園の未来に暗雲が立ち込めるのが嫌でも目に浮かんだ。
だが、英邁なる君主:シンボリルドルフにはそれがわかっていたからこそ、生徒会長の権限で後輩の“クラシック三冠バ”を副会長に指名していたのだ――――――。
そして、それはそれとして、別世界のトレセン学園でクラシックG1レースを6勝した伝説のウマ娘が他ならぬアグネス家から出ていることに私は感心せざるを得ず、このアグネスオタカルの戦績をしっかりと記憶して元の世界に持ち帰ろうと意気込んでいた。
しかし――――――。
――――――卒業式終了後、
斎藤T「シンボリルドルフがいないトレセン学園って全体としてこんな感じなのか……」
和田T「我らが“皇帝”陛下が統治された世界と比べてひどすぎやしません、こんなの!?」グスン・・・
和田T「――――――『俺がマックイーンの担当トレーナーじゃない』ってことは覚悟できてましたけどねぇ!?」シクシク・・・
ピースベルT「泣かないで……」ヨシヨシ・・・
和田T「そんなこと言ったってよぉ! 俺の愛バがぁ! 別に俺じゃなくてもだいたい似たような戦績なのが嬉しいような悔しいような……!」ヒッグ!
ピースベルT「……うん。わかるよ、その気持ち」
ピースベルT「私がね、必死になってシンボリルドルフとの戦いを盛り上げようと見つけ出したBNWがここでは三冠を分け合っていたからね……」
ピースベルT「あれだけ全力を振り絞ってウマ娘レースの歴史を動かしたと自画自賛する
斎藤T「鐘撞Tの名前もここにはなかった……」
斎藤T「それどころか、才羽Tや飯守Tの名前もなかったし、他にも……」
斎藤T「その中で確認ができたのが桐生院先輩と私の名前か……」
斎藤T「要点としては、トレセン学園やウマ娘レース全体の人気が増えずに、“無敵の八冠バ”アグネスオタカルに人気が集中しすぎた結果がこの世界における業界の活況のなさにつながっています」
斎藤T「つまり、アグネスオタカルをはじめとしてスターウマ娘に対して何かとマイナスイメージがつきすぎて、世間一般からアグネスオタカル以外のスターウマ娘に不信感を抱いているわけですね」
斎藤T「それは学園に所属するウマ娘につくファン数の割合がアグネスオタカル1強になっていることから断言できます」
斎藤T「そう、この世界のトレセン学園やウマ娘レースの人気はアグネスオタカル個人の信用と人気によって支えられており、そのアグネスオタカルが卒業した後は衰退していく一方でしょう」
斎藤T「実際、アグネスオタカルが卒業するこの年の入試は例年通りに満員であっても、倍率は一気に落ちていますから」
斎藤T「結果としてアグネスオタカル一人に人気が集中しすぎたことは全体としてはマイナスになっているわけです」
斎藤T「他にも、アグネスオタカルというウマ娘が
和田T「そうですね。トレセン学園の顔役のアグネスオタカルが『URAファイナルズ』開催のために3年目:シニア級に引退ではなく 無期限活動休止になっていたのは、まあ我らが“皇帝”陛下と同じでしたけど、」
和田T「その後の高等部での活動が完全にユーチューバーでしたからね」
ピースベルT「しかも、トレセン学園の公式チャンネルではなく、アグネス家が公式提供している個人チャンネルでの投稿だから、これだとトレセン学園のイメージ改善活動ではなく、完全にアグネスオタカルの個人活動になってるわね~♪」
斎藤T「そう、あまりにも時代を先取りし過ぎていて、個人の人気取りなら問題なくても学園や業界全体のイメージ改善のために自分から企画を立てて積極的にメディア露出を目指す動きは理事会から賛同を得られなかったようです」
斎藤T「ですから、“無敵の八冠バ”アグネスオタカルはその実績からシンボリルドルフと同じく、高等部1年生の時に満場一致で生徒会長に就任したものの、自分のやり方に賛同しない時代遅れの理事会と喧嘩別れの形で1年で生徒会長を引退してしまったわけです」
和田T「ああ~、そうなるのも納得だわ~! アグネス家のウマ娘だもん! 絶対に理事会と反りが合わない!」
ピースベルT「そうねぇ。先進性はともかく独自性が強すぎて組織改革の担い手になるのには劇薬だものねぇ……」
ピースベルT「あ、そっか」
ピースベルT「そうじゃないのよ。やっていることはたぶん
ピースベルT「特にトレセン学園の顔役ともなれば一種の公人でしょう? 公人としての格式や礼儀を求められる立場なのに、タレントや芸人の一種のユーチューバーとなると、ね?」
和田T「社長や首相がやるようなことじゃないよな、たしかに……」
ピースベルT「つまり、緩める時は緩めて締める時は締める――――――」
ピースベルT「それをね、鐘撞Tとシンボリルドルフが役割分担していたから飴と鞭が成立したわけで、アグネスオタカルという極上の飴に対する愛の鞭を振るえる対等の相手がいなかったのが、オタカルちゃんが生徒会長として学園や業界全体のイメージ改善活動できなかった原因なのだわ」
斎藤T「――――――『健全な輿論の力で強い民主主義を作り出す』ことができなかったわけですね。それも学園側の悪手になりましたね」
斎藤T「最年少で生徒会長に就任したあのアグネスオタカルが精力的に働き詰めて1年で生徒会長を辞めてしまったことを世間はどう見るか――――――、わかりきったことですね」
和田T「あれ? でも、それなら“女帝”エアグルーヴのようなしっかりものが生徒会にいるもんじゃないのか?」
和田T「あと、“怪物”ナリタブライアンのような勝負に直向きな硬派なウマ娘を副会長に据えることだって――――――」
ピースベルT「残念だけどね♪ ここはアグネスオタカルの世界であって、シンボリルドルフの世界じゃないの♪」アハッ
和田T「え」
斎藤T「残念ながら、シンボリルドルフの世界で副会長だった二人は生徒会役員じゃないんだ」
和田T「ええええええええ!?」
和田T「いやいやいや、エアグルーヴだよ!? アグネスオタカルと同じティアラ路線の後輩の“女帝”エアグルーヴは――――――!?」
ピースベルT「……エアグルーヴちゃんはねぇ、理想に生きている子だから理想に染まりやすい子よ?」
和田T「え」
斎藤T「さっき自分で言ったじゃないですか」
――――――“無敵の八冠バ”アグネスオタカルと同じティアラ路線の後輩なのだから、理想を目指すエアグルーヴはどうなると思いますか?
アグネスオタカルの世界(仮称)の生徒会役員は元の世界と見比べると壊滅的な状態であった。
生徒会長に“皇帝”シンボリルドルフ、副会長に“女帝”エアグルーヴと“怪物”ナリタブライアンという硬軟併せ持った世代最高の実力者が揃った文句なしの人選に対し、
アグネスオタカルの世界(仮称)の生徒会は最年少で生徒会長に就任したアグネスオタカルが1年で辞職したこともあり、学園の顔役でありながら世代最高の実力者が揃わない羊頭狗肉の生徒会に成り果てていたのだ。
もちろん、“女帝”エアグルーヴと“怪物”ナリタブライアンの2人はそれぞれクラシック路線とティアラ路線で活躍したところは何も変わらないのだが、問題はあまりにも私たちの世界と掛け離れてしまった世界の歴史にあった。
ガチャ!
ビワハヤヒデ「やあ、斎藤T。やっぱり、ここに居てくれたか」
斎藤T「え」
ピースベルT「まあ……」ドヨーン・・・
和田T「え、ビワハヤヒデ!? あのまま卒業生退場の後の卒業パレードで学園を巣立ったんじゃ!?」
ビワハヤヒデ「いやいや、何を言っているんだ。一番の恩人に挨拶するのが礼儀じゃないか。昨日の送別会には来てくれなかったのだし」
ビワハヤヒデ「おや」
ピースベルT「………………」
ビワハヤヒデ「お初にお目にかかります。新しく配属になったトレーナーの方でしょうか」
ビワハヤヒデ「まあ、『はじめまして』とは言っても、さっき卒業したばかりですが――――――」
ピースベルT「――――――」ポタポタ・・・
ビワハヤヒデ「あ、大丈夫ですか!?」アセアセ
和田T「あ、これは、その――――――」
ピースベルT「だ、大丈夫ですわ。私の憧れのビワハヤヒデさんとこうして卒業の日に顔を合わせることができた幸運に感謝してますの……」ポタポタ・・・
ビワハヤヒデ「そ、そうでしたか。同じ芦毛のウマ娘として初めて会った気がしなかったので、それはよかったです」
ビワハヤヒデ「もしかして、今までウイニングライブのステージやファン感謝祭の時にお越しになったことが?」
ピースベルT「はい。いつも近くで見てましたよ、あなたのバ場もステージも……」ニッコリ
ビワハヤヒデ「そうでしたか。いつもありがとうございます。こうしてファンの声援もあって無事に卒業することができました」
斎藤T「――――――世界は残酷だ」ボソッ
和田T「うわぁ……、鐘撞Tですら別世界の愛バに脳が破壊されているんだから、俺、この世界のマックイーンに知らない人判定を受けたら立ち直れないかもしれない……」ガクガク・・・
ダッダッダッダッダッダッダ! バァン!
和田T「!!」
エアグルーヴ「あ、和田T! いたいたー! ねえねえ、ほらほら、あんたのことをみんな待っているんだから、行ってあげなよ!」
和田T「え、エアグルーヴ――――――じゃない!? 誰!? もしかして妹さんか!?」
エアグルーヴ「どうしたの、和田T? あ、もしかして愛しの教え子たちが巣立っていくのに耐えられなくなって記憶でも失くしちゃった?」アハッ
和田T「嘘だッ! “女帝”エアグルーヴがパーマーやヘリオスみたいな陽キャでパリピなギャルなわけがない!」
エアグルーヴ「え? まさか、本当に記憶が……?」
和田T「だいたい、誰だよ!? 俺のことなんか待っているウマ娘ってさ!?」
エアグルーヴ「そんな悲しいこと、言わないでよ、たわけッ!」ドンッ
和田T「ひっ」ビクッ
エアグルーヴ「わかった。もうトレセン学園の生徒とトレーナーの関係じゃなくなったんだし、ここは私が恋のキューピットになって先輩に最後の素敵な思い出をプレゼントしなくちゃね」ガシッ
和田T「や、やめろおおおおお!」ジタバタ!
エアグルーヴ「それじゃ、斎藤T! 和田T、借りてくね!」ヒョイ ――――――大の男を担ぎ上げる!
和田T「た、助けて、斎藤T! うええええええええ!?」ジタバタ! ――――――お米様抱っこ!
斎藤T「和田T!」
ピースベルT「なら、ここはまかせて」スッ
斎藤T「!」
ピースベルT「さようなら、ビワハヤヒデ」
――――――ちがうきみに出会えて某は今のきみをもっと好きになれたよ。
ダッダッダッダッダッダッダ!
ビワハヤヒデ「相変わらずだな、エアグルーヴも」フフッ
斎藤T「……そ、そうですね」
ビワハヤヒデ「ああ。身も心もティアラ路線の覇者:“
斎藤T「……そうですねぇ」アハハ・・・
斎藤T「――――――これでは“エアギャルーブ”だな」ボソッ
ビワハヤヒデ「昨日の卒業式前の送別会にどうして来てくれなかったんだ? アグネスオタカルも楽しみにしてくれていたのに」
斎藤T「ああ、さっきのピースベルTの現場復帰の準備に付き合っててね」
ビワハヤヒデ「そうか。まあ、
斎藤T「え」
ビワハヤヒデ「本当にありがとう、斎藤T。去年のシーズン後半からの付き合いでしかないのに本当に悔やまれるよ。もっと早くにきみとは出会いたかったな」
斎藤T「…………!」
ビワハヤヒデ「でも、私の妹はきみともう1年やっていけるだから、それ以上は贅沢と言うものだな」
斎藤T「――――――心残りは本当にないのか?」
ビワハヤヒデ「いいや、たくさんある。もう取り返しがつかないから、嘆いてもしかたがないだけで」
ビワハヤヒデ「最高の舞台で姉妹対決をするのが私の夢だったのに、その直前になって私がヘマをしたばかりに、ブライアンには悲しい思いをさせてしまった――――――」
ビワハヤヒデ「そのことがずっと。もしも過去に戻れるのなら、『有馬記念』でブライアンと最高のレースをしたかった……」
ビワハヤヒデ「でも、最後の最後に『URAファイナルズ』で果たせなかった約束を果たす時が来たから、ブライアンの失われた時がどれだけ大きくても、私は感謝してもしきれないんだ」
斎藤T「……そう」
ビワハヤヒデ「私のせいなんだ、全部。私がブライアンと最高のレースをする約束を破ったばかりに、ブライアンはクラシックで燃え尽きて――――――」
ビワハヤヒデ「別に“ただの三冠バ”ブライアンが“無敗の三冠バ”アグネスオタカルと比べられるのはいい。それが厳正なるレースの結果なのだから、ごまかしようがない」
ビワハヤヒデ「でも、3年目以降のブライアンの不調でクラシック路線とティアラ路線の格が逆転しただなんて世間の論調だけは許せない!」ギリッ
ビワハヤヒデ「ブライアンは外聞を気にしなくても、クラシック路線の王者である私の自慢の妹に謂れのない批難が集中するのは家族として耐えられなかった!」
ビワハヤヒデ「――――――『誰のためにウマ娘は走っている』!? 私たちは私たちのために走っているのであって、トリプルクラウンとトリプルティアラの間で優劣を証明するためなんかに走ったことは一度たりともない!」
ビワハヤヒデ「だから、私たちは“八冠の女王”アグネスオタカルが生徒会長になって世間の間違った風潮や認識が改まることを期待していたんだ」
ビワハヤヒデ「けれども、現実はどうしようもなく残酷で、私たちが支持したアグネスオタカルは精力的に学園や業界全体の雰囲気や流れを変えようとして1年で辞表を叩きつけることになり、」
ビワハヤヒデ「アグネスオタカルほどの実力者であっても現状を変えることができないことに失望した多くは、ユーチューバーとして個人的な活動をやり始めたアグネスオタカルにならって、学園に頼らない独自の在り方を模索するようになった」
ビワハヤヒデ「そのおかげで、アグネスオタカルに憧れて中央の門を叩くはずだった目敏いウマ娘たちは別の団体から『トゥインクル・シリーズ』出走を目指すようになり、中央トレセン学園の衰退に歯止めがかからなくなった」
ビワハヤヒデ「そんな状況の中、秋川理事長が『URAファイナルズ』開催を宣言し、私もブライアンもターフの上で走り続けることを選択し続けたんだ」
ビワハヤヒデ「けれども、『URAファイナルズ』開催まで3年というのは本当に時間が長く感じられた。トレーナーとの3年の基本契約も終了したこともあって」
ビワハヤヒデ「その間に私もブライアンもターフにかける情熱が日に日に弱まっていくのを感じられて、いよいよ『URAファイナルズ』開催まで半年にもなったところで、互いに燻ったままだった」
ビワハヤヒデ「そして、私たちはついに3ヶ月の眠りから目覚めたきみという無名の新人トレーナーに出会えた」
斎藤T「………………」
ビワハヤヒデ「それからいろいろあったけれども、おかげで一世一代の最後のレースに挑めることになった」
ビワハヤヒデ「だから、本当にありがとう。ブライアンもきみの支えがあってレースに対する情熱を取り戻すことができた」
ビワハヤヒデ「大切なものを取り戻すことができた」
斎藤T「あ……」
ビワハヤヒデ「その……、」
ビワハヤヒデ「だから…………、」
――――――もしよければ、私たちの夢を叶えてくれたことに報いて、きみの大きな夢の手伝いをさせてはくれないだろうか?
――――――これはあり得たかもしれない世界。もしもの可能性の世界。あってはならない世界。
斎藤T「………………」
ピースベルT「………………」
和田T「………………」
和田T「あの、泣いていいですか? いや、首を吊ってもいいですか? 心臓にナイフを突き立ててもらっても――――――!?」
斎藤T「……ダメです。私たちはこの生き地獄を味わい尽くすことを“目覚まし時計”に仕向けられているのだから」
ピースベルT「本当に出会い方次第で人っていくらでも変われるのね………………まあ、“オウマさん”になった私が言うのもアレだけど」
斎藤T「そうです! 無限の可能性がいくらあろうと、世界なんて一つで十分だ!」
和田T「ホントだよッ! もう頭の中がメチャクチャになって、息をすることでさえシンドいです……!」
ピースベルT「大事な人をほったらかしにしたツケってのは払いきれないものよねぇ……」
斎藤T「これってネトラレってやつなのでしょうかねぇ?」
和田T「言うなッ! 俺はキツイし、鐘撞Tだってキツイし、斎藤Tもキツイでしょう!?」
斎藤T「これからどうします? どうせ、時間が巻き戻るわけなんですけど……」
和田T「飲もうぜッ! 酒ッ! 飲まずにはいられない!」
ピースベルT「うん、飲もう飲もう。ちょっと沈んだ気持ちをハイにしないとやっていけないから今日は思いっきり飲もうねー!」
斎藤T「はい、もうとことんおつきあいしましょう……」
斎藤T「………………」
ピースベルT「………………」
和田T「………………」
すっかりと私たち3人はあるはずもない現実に踊らされて意気消沈してしまうのであった。
“女帝”エアグルーヴは同じティアラ路線の偉大なる先輩である“八冠の女王”アグネスオタカルの影響を受けてギャル化してしまい、アグネスオタカルの取り巻きのギャルグループの筆頭格になっていた。
というより、ティアラ路線と関係が深い女性解放運動に反発したアグネスオタカルが求めたウマ娘の真の自由の形がチャラい雰囲気の迎合であり、
アグネスオタカルという自身の名が“オタク・カルチャー”の略称になることから、あえてオタカルの名に相応しい低俗さを極めた道を突き進んだという意味では偉大な挑戦者でもあったのだ。
そのため、見た目や雰囲気はチャラくても筋の通った任侠を大事にするギャル文化がアグネスオタカルの支持者たちの間に広まることになり、誰よりも理想に忠実な“女帝”エアグルーヴはその煽りを受けたわけなのだ。
事実、メジロ家の名誉のために淑女たらんとするメジロマックイーンが新生徒会長:エアグルーヴを心から尊敬して支えようとしているの対し、
こちら側の世界のギャル化したエアグルーヴは生徒会役員に立候補することなく、メジロパーマーやダイタクヘリオスといった“八冠の女王”シンパのギャルグループの筆頭格になっているのだ。
高尚さを保ち続けた“永遠なる皇帝”シンボリルドルフに対して低俗さを極めた“八冠の女王”アグネスオタカルの在り方に時と場合によって“女帝”エアグルーヴが染まってしまう事実が天地がひっくり返ったかのような衝撃を与えた。
それでいてアグネスオタカルの“オタカル”を受け容れられなかった中央トレセン学園はアグネスオタカルの絶対的人気があっても在籍者数を劇的に増やすことができないまま緩やかな衰退を迎えることになり、中央への世間の不信感によって他方で中央トレセン学園以外の団体から出走するウマ娘が増加傾向にあった。
別に中央トレセン学園じゃなければ“無敵の八冠バ”アグネスオタカルに会えないわけじゃないのだ。
アグネス家公認のユーチューバー活動にしっかりとしたアポをとればサービス精神旺盛な“八冠の女王”は気軽にコラボしてくれるのだから、卒業後は中央トレセン学園を通さずにコラボできる可能性に気づいた目敏い団体は 早速 アグネスオタカルとのコラボに動き出していたぐらいだ。
そんなわけで、ギャル化したエアグルーヴに連れ去られた和田Tとそれを追うピースベルTはそのギャルグループの卒業生の告白に巻き込まれることになった。
実は、これもまたメジロマックイーンと添い遂げる和田Tにとってはあり得たかもしれない可能性が残酷にも現実のものとして突きつけられることになった。
というのも和田Tに告白してきた卒業生のギャルは決して別世界のまったく知らない間柄の子ではなかったからだ。
そう、メジロマックイーンを担当ウマ娘にするまでお世話していた G2勝利を目標にして程々に勝って賞金を稼ぐだけのダラダラとした学園生活を送る 最底辺のチームに所属していた子だったのだ。
もしもメジロマックイーンを担当ウマ娘にできずに底辺チームに残り続けていたら――――――?
そんなことは和田Tにとっては笑い事では済まされなかった。曲がりなりにも決死の思いで名門トレーナーたちを出し抜いて未来のG1ウマ娘を食事管理で口説き落としてきた男の意地と愛バと駆け抜けた日々が目の前の現実を否定した。
メジロマックイーンではなく、メジロパーマーと親しくなっていることになっているのも、同じメジロ家のウマ娘ながらイメージが正反対すぎて受け付けないものがあったのだろう。
そう思うと、低俗な底辺チームを抜け出すきっかけになった“メジロ家の至宝”メジロマックイーンとの出会いがどれだけ自分の人生を高みへと掬い上げてくれていたのかを見つめ直すきっかけにもなった。
だから、優しい和田Tはこんな頼りない自分に対して勇気を出して告白してくれた優しい子に優しい嘘を返すしかなかったのだ。
――――――俺のことが本当に好きならば 俺のような悪い大人にはならないでくれ。
その瞬間、ヒト以上ウマ娘以下のウマ娘の外見をした“オウマさん”ピースベルTに和田Tは一発お見舞されて宙に舞い、その場はお開きとなった。
こんなことになるなら会わせるべきではなかったとギャルグループの“女帝”エアグルーヴが和田Tに謝罪してくれたのが唯一の慰めであったが、
一発お見舞いした方のピースベルTにしても見た目がどれだけ変わっても一目で自分だとわかってくれた自分の愛バに存在を認識されなかった事実は重くのしかかっており、そのやりきれなさが乗った拳を通じて和田TとピースベルTは哀しみをわかちあうことになった。
そうして惨めな気持ちを引きずりながら卒業式が終わった後の静かになった校舎のベンチで打ちひしがれていたところをビワハヤヒデから卒業後の進路として不器用でいじらしくも愛らしい愛の告白を告げられた私が来たというわけである。
もちろん、何があったのかを時の巻き戻りを通じて次回に持ち越すために包み隠さず情報共有しなくてはならなかったために、全員が気まずい思いをしながら夕闇に沈む太陽を見送る他なかったのだ。
和田T「もう1件行こうぜ~」ベロンベロン・・・
ピースベルT「いっちゃいましょ~」アハハハハ・・・
斎藤T「さすがに飲み過ぎですよ。寝落ちしちゃいますってば」
斎藤T「あ、それならカラオケにしません? あそこなら寝落ちしちゃっても大丈夫なはずですよ?」
和田T「いいねいいねー。そういうことならカラオケにしようぜー。思いっきり飲んで歌って寝てー」ベロンベロン・・・
ピースベルT「うんうん! おもいきり歌おうねー! 悲しみの向こうへとー!」アヒャヒャヒャヒャ・・・
斎藤T「じゃあ、あそこに――――――」
キキーッ!
ピースベルT「あらァ?」ヒッグ
和田T「え、タクシー? でも、これ、リムジンに見えるけどー?」ヒッグ
斎藤T「……何だ?」
アグネスオタカル「ようやく見つけたわ。エアグルーヴから聞いたけど、卒業式のめでたい日に大の大人がこんなところで飲んだくれてるだなんてね」
和田T「え? あれ、これってアグネスオタカルだっけ?」ウィー
ピースベルT「あ、そうそう。“最強の七冠バ”ならぬ“無敵の八冠バ”ってやつー」ヒッグ
斎藤T「…………!」
アグネスオタカル「何か初めて見る芦毛のスレンダー美人のトレーナーもいるし、随分と酔っているみたいだけど、和田Tもいるならちょうどいいわ」
アグネスオタカル「さあ、来て! 斎藤T!」
――――――これからトレセン学園の歴史に終止符を打つのよ!