ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第二次決戦Ⅲ ナリタブライアンが討たれた世界 -南十字星の将星の世界-

 

――――――目標:3月12日の卒業式から3月19日の修業式までの1週間の時間の牢獄を突破せよ!

 

 

まったくもって身構えていたものとは異質な異変に私たちは振り回されることになった。

 

いきなりチャンネルが切り替わったかのように何かがちがうトレセン学園へ異世界転移が行われるのだが、

 

今回はその場に居合わせた全員の記憶だけじゃなく電子データも持ち越せたため、“女王”アグネスオタカルの世界のウマ娘名鑑や歴史資料も持ち帰ることができ、それで状況説明を行えた。

 

そして、異世界転移の瞬間になるであろう卒業式の映像記録も毎回保存することになり、注意深く卒業式の中継映像を見ていた。

 

しかし、最初の“女王”アグネスオタカルの世界に存在する別世界の愛バたちに脳が破壊された者たちは愛バのぱかプチやブロマイドを穴が開きそうになるぐらいに愛でる奇行に走って精神の安定を図る羽目になっていた。

 

別世界の存在として頭で割り切ることができないのが可能性の世界の深淵なる恐怖であり、少しの掛け違いであり得たかもしれないと思わされることで、これまで築き上げてきた日々が音を立てて崩れ落ちるような錯覚に見舞われるのだから、愛しているほど可能性に裏切られたショックを受けてしまうのだ。

 

なので、“女王”アグネスオタカルの世界に居合わせることができなかった飯守Tを呼び戻し、アグネスタキオンとマンハッタンカフェも隙を見て 部屋に戻ってくるように指示を出した。

 

一方で、百尋ノ滝の秘密基地の岡田Tとアグネスタキオン’(スターディオン)は何が起こるかわからないこそ絶対に巻き込ませるわけにはいかなかった。

 

 

さて、2周目の3月12日のトレセン学園卒業式はもう卒業生代表が“八冠の女王”アグネスオタカルに入れ替わるといったことは起きずに、本来あるべき“永遠なる皇帝”シンボリルドルフの感動的な答辞で締め括られることでホッとしていたところ、私たちは二度差されるのであった。

 

感動的な卒業生代表答辞が終わったら、次は在校生代表送辞となるわけなのだが、またしても知らない在校生代表が壇上に上がることになってしまったのだ。

 

しかも、あからさまに“皇帝”シンボリルドルフの存在が邪魔だったとばかりに相当に嫌味を含んだ送辞であり、これからは自分の時代だと宣言するかのような大胆不敵なものであったのだ。

 

そして、世界は“女王”アグネスオタカルが統治していた時よりも更に状況が悪化しているものに入れ替わっており、またしても“皇帝”シンボリルドルフが目指した理想の暗黒面を直視しなくてはならなくなったのだ。

 

 


 

 

●????:3月12日/トレセン学園卒業式

 

――――――

司会「在校生代表送辞」

――――――

 

飯守T「いやー、感動的な答辞でしたね!」

 

和田T「さすがは“皇帝”シンボリルドルフ!」

 

和田T「これで何もなく卒業式が終わればいいんですけど……」

 

ピースベルT「次の在校生代表もいきなり知らないウマ娘に変わっていたりしてね♪」フフッ

 

和田T「怖いこと言わないでくださいよ」アハハ・・・

 

斎藤T「――――――ッ!」ガタッ

 

ピースベルT「!!!!」

 

飯守T「え、どうしたんですか?」

 

和田T「やだなー? まさか、本当に――――――?」

 

斎藤T「勘弁してくれ……」

 

――――――

司会「在校生代表:トウショウサザンクロス」

――――――

 

飯守T「!?!!」

 

和田T「マジかよ!? これで二度目だぞ!?」

 

斎藤T「――――――『トウショウサザンクロス』!?」

 

ピースベルT「まさか、『名家』トウショウ家の?」

 

飯守T「えと、でも、今度は在校生代表が変わっているということは、元々の“女帝”エアグルーヴの存在がなかったことになってるとか?」

 

斎藤T「いや、今さっき更新された在籍者名簿を見る限り、エアグルーヴもナリタブライアンも存在しているし、総生徒数2000名弱なのは変わっていない……」カタカタカタ・・・

 

飯守T「なら、特に問題は――――――」

 

和田T「…………いや、この在校生代表、何か言っていることが棘があるというか、あからさまに我らが“皇帝”陛下がいなくなることを歓迎しているような物言いだぞ?」

 

飯守T「……聞いてて感じが悪いですね」

 

ピースベルT「――――――こ、こいつッ!」ガタッ

 

斎藤T「どうしたんですか、ピースベルT!?」

 

和田T「今度は何!?」

 

 

ピースベルT「トウショウサザンクロス! こいつ、“怪物”ナリタブライアンの三冠を阻止して、しかもビワハヤヒデとの姉妹対決を潰してるな!?」ギラッ

 

 

和田T「!!!!」

 

斎藤T「この別世界でもビワハヤヒデとナリタブライアンの姉妹対決が実現しなかったわけか」

 

ピースベルT「それどころか、トウショウサザンクロスというやつはオーストラリア“ジュニア三冠バ”で、外国バの優先出走権で『日本ダービー』に参戦して“怪物”ナリタブライアンに圧勝している!」ドン!

 

和田T「――――――“ジュニア三冠バ”!? そんなものがオーストラリアにはあるのか!?」

 

斎藤T「――――――オーストラリア“ジュニア三冠”」カタカタ・・・

 

 

ローズヒルガーデンズ・芝・1200m『ゴールデンスリッパーステークス』

 

ロイヤルランドウィック・芝・1400m『サイアーズプロデュースステークス』

 

ロイヤルランドウィック・芝・1600m『シャンペンステークス』

 

 

飯守T「え、ちょっとまってください! オーストラリア“ジュニア三冠”って短距離ウマ娘(スプリンター)マイルウマ娘(マイラー)の距離じゃないですか!?」

 

飯守T「それが東京・芝・2400m『日本ダービー』で“怪物”ナリタブライアンに勝ったってことですか!?」

 

和田T「これはたしかに言い訳しようがないほどにトウショウサザンクロスというのが強いウマ娘なのは疑いようがない……」

 

和田T「けど、それならわざわざオーストラリアから『日本ダービー』に参戦してきたのは何故!?」

 

和田T「――――――というか、それが在校生代表!? どういう経緯で!?」

 

和田T「うおっ!?」ビクッ

 

ピースベルT「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな」ムカムカ!

 

飯守T「お、落ち着いてください、鐘撞T!」

 

ピースベルT「これが落ち着いてなどいられるか!」ドン!

 

ピースベルT「某の愛バの切なる願いである姉妹対決が果たされなかっただけじゃないのに、」

 

ピースベルT「今の、聞いたか!? あろうことか“皇帝”シンボリルドルフの後は自分の時代だと高らかに宣言するような無法者を野放しになどできるか!」ギラッ

 

斎藤T「やめてください! 危険です! もっと情報を集めてからじゃないと!」ガシッ

 

ピースベルT「放せッ! 共に“ヒトとウマ娘の統合の象徴”としてトレセン学園を導く誓いをオーストラリアから来た野蛮人に穢されてなるものか!」ゴゴゴゴゴ・・・

 

 

アグネスタキオン「おっと、おいたはそこまでだよ、鐘撞T?」パンッ!

 

 

ピースベルT「な、何を――――――」ゴホゴホ・・・

 

ピースベルT「そ、某は――――――」クラッ

 

ピースベルT「」ガクッ

 

斎藤T「助かったよ」ホッ

 

アグネスタキオン「やめてほしいな、もう。味方に対して暴徒鎮圧用の麻酔ガス弾を撃つことになるだなんてねぇ」

 

マンハッタンカフェ「……いったい何が起きているんでしょうか?」

 

斎藤T「それを今から調べるところだ」

 

アグネスタキオン「シンボリルドルフは健在ではあるけど、このまま接触したところでさっさと元の世界に帰れるわけじゃなさそうだねぇ」

 

マンハッタンカフェ「やはり、あのトウショウサザンクロスというウマ娘のことで何かをしないといけないのでしょうか」

 

飯守T「本当に何が起こっているんだ?」

 

和田T「こっちが聞きたいよ!」

 

和田T「ともかく、俺の推測だと我らが“皇帝”陛下が安心して過ごせる世界を作ることがクリア条件だと思うから」

 

アグネスタキオン「ふぅン。それは私たちの世界でも同じことなんだろうけどねぇ」

 

 

いきなりピースベルTこと鐘撞Tが取り繕った“オウマさん”の態度を保てないほどに怒りで我を失うほどの衝撃的な在校生代表送辞にここにいた誰もが世界が変わったことを実感した。

 

そして、ひとまず全員が別世界にいることを確認すると、手分けして元の世界:シンボリルドルフの世界と別世界:トウショウサザンクロスの世界(仮称)とのちがいを調査することになった。

 

最初に確認したのは、まず自分たちの名前がトレセン学園に存在しているかどうかであり、これで部外者となって学園から放り出されることがないかを念入りに確認した。

 

結果、やはりピースベルTこと鐘撞Tの名前が存在しないため、目を覚まして暴れられても困るので今回は眠らせたままで調査を行うことになった。

 

それ以外の全員はこの別世界のトレセン学園にも存在していることが確認できたのだが、ここで由々しき事態にまたしてもなっていた。

 

前回のアグネスオタカルの世界ではメジロマックイーンの担当トレーナーに和田Tがなれずに底辺チームの子に告白を受けることになったわけなので、この点に関してはメジロマックイーンのぱかプチを抱きしめながら神経質に和田Tは事実確認していた。

 

そして、そのことが杞憂であったとホッとした和田Tであったが、今度は飯守Tの担当ウマ娘がライスシャワーじゃなくなっていることに一同が騒然となった。

 

和田Tの時と同じで この世界の飯守Tは先輩チームのサブトレーナーであり続けたらしく、筋も悪くないのか初めての担当ウマ娘が重賞レースで好走を重ねているらしかった。

 

そうなると気になるのは飯守Tが目標にしていた驚異の天才トレーナー:才羽Tなのだが、この世界でも才羽Tの存在はなく、ライスシャワーはまたしてもミホノブルボンとメジロマックイーンを破ったことで“悪役(ヒール)”にされていたのだ。

 

懸念していたとおり、自分の担当ウマ娘に対するあまりに酷い仕打ちに飯守Tも感情が爆発しそうになっていたのだが、何もかもが予言書『プリティーダービー』の通りになるのが好ましいわけじゃないのを再確認することになった。

 

しかし、私としても『今のところ高確率でこうなるだろうな』という可能性の予感が働き、できるだけ調べ物は済ませて、これから来る客人を丁重に迎える準備に取り掛かった。

 

そして、嫌な予感は的中することになり、どうやら私と鐘撞Tはよほど似通った女の趣味をしているのだと二度目にもなると納得せざるを得なかった。

 

 

 

アグネスタキオン「――――――私のだからなッ! トレーナーくんはッ!」ムギュッ!

 

斎藤T「痛いッ! 痛いから!」グググ・・・

 

ビワハヤヒデ「……わかっているさ。私よりもタキオンの方が斎藤Tの力になれるのは」

 

ビワハヤヒデ「でも、最後だけは許してもらえないだろうか……」

 

斎藤T「……それで後腐れなく巣立っていけるのなら」

 

アグネスタキオン「……いいかい! 今回だけだぞッ! きみに免じて!」プクッ!

 

ビワハヤヒデ「ありがとう」

 

ビワハヤヒデ「うん、ありがとう……」ポタポタ・・・

 

ビワハヤヒデ「うぅ……」シクシク・・・

 

斎藤T「………………」

 

アグネスタキオン「うぐぐぐぐ……!」プンプン!

 

 

飯守T「これは絶対に鐘撞Tには見せられない場面だ……」

 

和田T「眠らせたままにしておいて正解だったな……」

 

マンハッタンカフェ「そうですね……」

 

マンハッタンカフェ「でも、タキオンさんが明確に斎藤Tのことを自分のものだと主張したわけですよね?」

 

飯守T「ああ、始まるからもう『デキあがッていた』ってやつ?」

 

飯守T「まあ、去年のシーズン後半からの超濃密な時間を一緒に過ごしていたんだ。最初から特別な関係だったわけだし……」

 

和田T「でも、鐘撞Tが存在しないと高確率で斎藤Tがビワハヤヒデに好意を持たれるあたり、鐘撞Tとしては絶対に他の世界の存在は認めたくないよな……」

 

飯守T「俺だって! ライスの担当トレーナーとしていつまでも笑顔にしてやりたいし、今まで積み重ねてきた日々をなかったものにはしたくないよ!」

 

和田T「なら、さっさとこんな悪趣味な異世界探訪を終わらせて、俺たちの世界に帰ろう!」

 

飯守T「はい!」

 

 

やはりだ。そもそも、鐘撞Tがトレセン学園に籍を残し続けていようとピースベルTとして復活する可能性が極めて稀であることを考えると、ビワハヤヒデとナリタブライアンの最強姉妹に距離が近い私の存在が優先されるというのは予想できていた。

 

というより、3年目:シニア級のシーズン後半に人生のパートナーであった大切な人を失ったシンボリルドルフ同様、同じ境遇のビワハヤヒデにしても学園での日々はやはり慣れたようで喪失から逃れようと実際には無理を重ねていたわけなので、その思い出に触れてくる存在に努めて気丈な振舞いが乱されるのも無理はない。

 

そのため、姉妹対決の夢を壊されて失意の日々を送っているビワハヤヒデとナリタブライアンを『URAファイナルズ』で夢を叶える手伝いを私がすることに高確率でなっているのだろう。

 

そう、『URAファイナルズ』で念願の姉妹対決で最高のレースをやろうと一度は完全に鎮火したウマ娘の闘争本能に再び火を灯すことがトレーナーとしての私の特技のようだ。

 

否、消えているようで実はまだ燻っている火種を持つ人間を再起させることが私という人間の最大の武器であり、元の世界でそれがもっとも必要になったのはアグネスタキオン唯一人だったことを考えれば、こうして別世界では私なんかの力を更に必要とされている辺り、ひどく歪なものに感じられた。

 

だからこうして、私の胸にビワハヤヒデが顔を埋めて啜り泣くことにもなり、そのことに対抗心を燃やした私の担当ウマ娘が背中から腕を回して頭をこすりつけてくる事態にもなる。ギチギチと腹が締め付けられて息が苦しいぐらいだ。

 

正直に言って、私としても気まずくてしかたない。元の世界のビワハヤヒデはちゃんと最愛の人に姿形が変われども感動の再会を果たすことができたのだから、ちゃんとここに存在している鐘撞Tに無言で斬り捨てられそうな予感がしてならない。

 

しかし、今回のトウショウサザンクロスの世界(仮称)の場合だと、鐘撞Tの名前は残り続けていても卒業式前に再会できなかったことで完全に心が私に傾いてしまったようなのだ。

 

驚いたことにこの世界だと斎藤 展望はアグネスタキオン、ビワハヤヒデ、ナリタブライアンの3人の担当トレーナーになっているらしく、この辺りの詳しい経緯をビワハヤヒデに思い出話として語ってもらうことになった。

 

すると、“怪物”ナリタブライアンが『日本ダービー』で突如としてオーストラリアからやってきた“将星”トウショウサザンクロスに討たれた日から姉妹にとっても学園にとってもドン底の日々が始まったと言う。

 

 

斎藤T「――――――オーストラリアから突然“ジュニア三冠バ”の来襲か」

 

アグネスタキオン「そして、“ジュニア三冠”が短距離とマイルだったこともあって、“怪物”ナリタブライアンはオーストラリアの“ジュニア三冠バ”に討たれてしまったことを世間は面白可笑しく吹聴したわけだね」

 

ビワハヤヒデ「いや、本来のブライアンの実力ならサザンクロス相手でも勝てたはずだったんだ」

 

ビワハヤヒデ「けれども、私の方が事故に遭って走れなくなっていたから、それでブライアンと最高の舞台でレースをする約束を破ってしまったことが大きく響いて……」

 

斎藤T「…………それで、そのオーストラリアの外国バが高等部に編入してきて在校生代表にまでなったわけですよね?」

 

斎藤T「そんなことってあり得るんですか? いくら『名家』トウショウ家が認めているとは言え、外国バだったウマ娘が生徒会役員でもないのに在校生代表になるだなんて」

 

ビワハヤヒデ「いや、悔しいことに、シンボリルドルフもその統率力に関しては認めざるを得なかったんだ」

 

 

ビワハヤヒデ「やつは生徒会ではなく、学生寮自治会を掌握することで、生徒以外立入禁止の帝国を築き上げていたんだ」

 

 

アグネスタキオン「ふぅン……?」

 

斎藤T「それじゃあ、寮長のフジキセキやヒシアマゾンは!?」

 

ビワハヤヒデ「すでに寮長の地位から退いたじゃないか」

 

ビワハヤヒデ「そして、学生寮自治会はトウショウサザンクロスの息がかかった生徒たちのものになってしまった」

 

斎藤T「なっ」

 

 

アグネスタキオン「それじゃあ、トレセン学園の歴史に何度もあった生徒会と自治会の対立が再び起こったわけなんだね」

 

 

ビワハヤヒデ「そう」

 

ビワハヤヒデ「生徒以外立入禁止であるからこそ、学生寮自治会を掌握した後のトウショウサザンクロスはトレセン学園を実質的に征服したとして“将星”を名乗っている」

 

斎藤T「――――――“将星”」

 

ビワハヤヒデ「そう、“将星”トウショウサザンクロス――――――」

 

ビワハヤヒデ「やつ曰く、トウショウサザンクロスとは東照南十字星。転じて日本国からは見ることができない南十字星による征服の象徴なんだそうだ。“東照大権現”徳川家康:初代江戸幕府征夷大将軍にも掛けているのだろう」

 

斎藤T「……オーストラリアの日本人街の出身であることが祖国に対する恨み辛みを募らせたのだろうか」

 

ビワハヤヒデ「わからない。ある程度 推測できることはあるにしても、なぜオーストラリア出身のトウショウサザンクロスが日本トレセン学園でここまでやろうとしているのか、学生寮の外からはわからない。もちろん、学生寮の中からも見通せないが」

 

ビワハヤヒデ「ただ、トウショウサザンクロスが学生寮で勢力を伸ばすことができたのは、“皇帝”シンボリルドルフや“怪物”ナリタブライアンのような本物の天才たちの走りに心を折られてしまった生徒たちを取り込んだことにある」

 

ビワハヤヒデ「やつは何というのか人々の心の傷を――――――」

 

 

ガチャ!

 

 

斎藤T「――――――!」

 

アグネスタキオン「!!」

 

ビワハヤヒデ「なっ」

 

 

トウショウサザンクロス「ドブネズミの親玉が、まだ学園に残っていたようだな! 探したぞ!」フハハハハ!

 

 

ビワハヤヒデ「トウショウサザンクロス……!」ジロッ

 

トウショウサザンクロス「相変わらず ごみ溜めの中で元気そうだな、ビワハヤヒデ。それでこそ潰しがいがある」

 

トウショウサザンクロス「そして、よくぞ三ヶ月の眠りから目覚めて我が覇道の生贄となる者を用意してくれたな、斎藤T」

 

斎藤T「あなたが“将星”トウショウサザンクロス――――――」

 

トウショウサザンクロス「正直に言って驚いたぞ。シンボリルドルフが卒業する年にボロだらけの負け犬に形振り構わず契約を結ぼうとするような門外漢がやってくるとはな」

 

斎藤T「なに?」

 

トウショウサザンクロス「わからないのか。貴様という異物は我が覇道には不要な存在。自然に学園から排除されたのだ」

 

トウショウサザンクロス「それなのに一度は死んだも同然の男がこうも生き返り、あろうことか負け犬の姉妹と契約を交わして『URAファイナルズ』に参戦してきた その勇気は褒めてやる」

 

 

トウショウサザンクロス「もっとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだがな」

 

 

ビワハヤヒデ「!?」

 

ビワハヤヒデ「まて! さっきから何を言って――――――!?」

 

トウショウサザンクロス「鈍いな、ビワハヤヒデ。頭がデカいだけで脳みそが詰まっていないのか」

 

ビワハヤヒデ「わ、私の頭はデカくないぞ!?」

 

アグネスタキオン「へえ、つまり、『日本ダービー』でナリタブライアンが不調の原因になったハヤヒデくんの事故ってのは――――――」

 

 

トウショウサザンクロス「――――――“怪物”に恨みがある連中がやったことだ。私が手を下したわけではないが、私の役に立ってくれたな」ニヤリ

 

 

ビワハヤヒデ「なっ!?」

 

ビワハヤヒデ「サザンクロス! 貴様ァ!」ゴゴゴゴゴ!

 

アグネスタキオン「となると、新年度早々に斎藤 展望が学外の事故で意識不明の重体になったのも――――――?」

 

トウショウサザンクロス「さてな、私の預かり知らぬことだ」

 

トウショウサザンクロス「だが、妹の養育費のために形振り構わずに無名の新人トレーナーが学園のタブーを破って負け犬:ナリタブライアンをスカウトしようとしたのがいけなかったのかもなぁ」ニタァ

 

アグネスタキオン「この外道が……」ギリッ

 

トウショウサザンクロス「なんとでも言うがいい。私は関与などしていないのだからな。証拠はない。貴様らが勝手に不幸になっただけだ」

 

アグネスタキオン「くっ」

 

斎藤T「なら、教えてくれ、“将星”トウショウサザンクロス」

 

斎藤T「どうして生徒会と自治会を対立させた? 何が目的でオーストラリアから日本にやってきて侵略したんだ?」

 

トウショウサザンクロス「知れたことよ。“ウマ娘の ウマ娘による ウマ娘のための ウマ娘レース”を実現するためだ」

 

アグネスタキオン「驚いた。卒業式の在校生代表送辞で“皇帝”シンボリルドルフを暗に罵倒して自分の時代が来たと勝ち誇っていたきみが“皇帝”シンボリルドルフが目指したものを主義主張に掲げるのかい」

 

ビワハヤヒデ「ふざけるな! 貴様のやっていることは“皇帝”シンボリルドルフの御心にまったく沿わない ただの暴虐だ!」

 

トウショウサザンクロス「それだから貴様らは理想の残飯を食い漁るしか能がないドブネズミなのだ!」

 

ビワハヤヒデ「…………ッ!」

 

トウショウサザンクロス「いいか、どれだけ自由や平等を謳ったところで結局は勝者だけが評価されるのが世界の真実だ! 2着以下の敗者に存在価値などない!」

 

トウショウサザンクロス「――――――『全てのウマ娘が幸福でいられる世界』だと、シンボリルドルフ?」

 

トウショウサザンクロス「笑わせる! 貴様自身の走りに心を折られ 夢をあきらめさせられて 学園を去っていった者たちのことは見て見ぬ振りか!?」

 

トウショウサザンクロス「ビワハヤヒデ、貴様もシンボリルドルフに夢を奪われた被害者の一人だ!」

 

トウショウサザンクロス「いや、貴様はそうでなくとも、ウイニングチケットやナリタタイシンは間違いなく被害者の一人だ! そうだろう!」

 

ビワハヤヒデ「そ、それは……」

 

トウショウサザンクロス「だから、“皇帝”シンボリルドルフと同じように数多のウマ娘の闘争心を踏み躙ってきた“怪物”ナリタブライアンは我が覇道の足掛かりにはちょうどいい踏み台だったのだよ!」

 

アグネスタキオン「なるほど。本当の狙いは“皇帝”シンボリルドルフの理想であって、きみと同世代だった“怪物”ナリタブライアンはちょうどいい見せしめだったわけだね」

 

ビワハヤヒデ「許せないッ!」ギラッ

 

斎藤T「――――――」ガシッ

 

ビワハヤヒデ「あぅ」

 

斎藤T「落ち着け。挑発に乗るな。手を出したら負けだ」ギュッ

 

ビワハヤヒデ「け、けど、私は…………」グスン・・・

 

斎藤T「いい。ここで思いっきり泣け。姉妹対決の夢は私が叶える」グッ

 

ビワハヤヒデ「う、ぅうううううう……」ポタポタ・・・

 

アグネスタキオン「ハヤヒデくん……」

 

トウショウサザンクロス「ふん、少し喋りすぎたな」

 

トウショウサザンクロス「だが、貴様らが敬愛したシンボリルドルフはもういない! 学園は完全にこの“将星”のものだ!」

 

斎藤T「それで? 高等部にわざわざ転入してきた理由は? 日本のトレセン学園にこだわった理由は何だ?」

 

斎藤T「――――――オーストラリアの日本人街の出身であることと何か関係があるのか?」

 

トウショウサザンクロス「…………これ以上の問答は無用だ」

 

斎藤T「そうか」

 

斎藤T「だが、あなたの目指すウマ娘の自由は自由競争の拡大という名の弱肉強食の無秩序だぞ。弱者を完全に切り捨てる強者だけの世界に安寧などあるものか」

 

トウショウサザンクロス「そのとおりだ! 私は安寧など求めていない!」

 

斎藤T「…………!」

 

アグネスタキオン「なんだって?」

 

 

トウショウサザンクロス「私が目指す自由とはヒト社会に縛られることのないウマ娘の闘争本能の解放!」

 

トウショウサザンクロス「それこそがウマ娘の真なる自由!」

 

トウショウサザンクロス「平和という天国から見放された外側の世界;即ち闘争でしか生の充足を得られないウマ娘が永久に闘争の中で生きる為の楽園の建設だ!」

 

 

ビワハヤヒデ「ど、どういう意味だ、それは!? 正気か!?」

 

斎藤T「要するに、どうあってもウマ娘はヒト社会においては近代ウマ娘レースでしかその身体能力と闘争本能を満たすことができないなら、もう開き直ってウマ娘は弱肉強食の倫理に生きるべきだと言うわけだな?」

 

斎藤T「そのために、世界でも特異的な進化を遂げたウマ娘大国を超越した理想郷:ウマ娘天国である日本ウマ娘レースを侵略する必要があったというわけだな!」

 

アグネスタキオン「!!」

 

ビワハヤヒデ「それは本当か!?」

 

トウショウサザンクロス「……やはり、我が覇道を阻む最大の障害となるのは貴様であったようだな、無名の新人トレーナー!」

 

トウショウサザンクロス「お呼びではない遥か向こうの天国からの稀人め!」

 

トウショウサザンクロス「だが、それだけに私たちウマ娘を高みから見世物にして笑う天国の連中とは大違いのようだな」

 

トウショウサザンクロス「貴様のようなやつだからこそ――――――、いや、貴様のようなやつがどこにでもいるわけがない。それがこの世の真実だ」

 

斎藤T「………………」

 

トウショウサザンクロス「だが、それがわかったところで、もはやどうすることもできやしない!」

 

 

――――――『URAファイナルズ』決勝トーナメント! そこで貴様らを闇に葬ってくれる! それがこの世の天国の終焉となるのだ!

 

 

これまたとんでもない世界に連れてこられてしまったわけだ。

 

行き過ぎた自由は統制を破り、暴力が支配する無秩序の原始時代に帰るというわけなのか。

 

“将星”トウショウサザンクロスの世界を一言で要約するなら、黄金期を切り拓いた“皇帝”シンボリルドルフであったが後継者に恵まれなかった世界であり、結果として自由で開放的であったが故にトレセン学園を無法者に乗っ取られるという最悪の事態になっていた。

 

そう、特徴的な高笑いをしながらドブネズミの巣窟と吐き捨てた場所を悠々と去っていった“将星”トウショウサザンクロス――――――。

 

生徒以外立入禁止のトレセン学園学生寮;民間警備会社のERT(緊急時対応部隊)では決して網羅しきれない広大な住宅団地を支配下に置き、『URAファイナルズ』をトウショウサザンクロスの派閥が完全制覇することによってトレセン学園の顔役である生徒会の権威を失墜させてトレセン学園を征服することを画策していたのだ。

 

実際、トウショウサザンクロスの派閥に取り込まれたと見られるウマ娘はかなりの有名所も参加しており、“悪役(ヒール)”として完全に悪堕ちしたライスシャワーが『URAファイナルズ』長距離部門で圧倒的な走りを見せつけていた。

 

他にも、トウカイテイオーが“無敗の二冠バ”として名を残して中途退学していることもあり、その担当トレーナーの岡田Tも学園を去っていたことがわかった。

 

おそらく、トウカイテイオーの天賦の才能もまたその輝きの裏で大きな影を産み落とし、その影がトウカイテイオーの復活を許さなかったのだろう。これもトウショウサザンクロスの陰謀だと推測できた。

 

となると、ビワハヤヒデも心が傷だらけになって卒業の日を迎えてしまったように、この世界の“皇帝”シンボリルドルフもまた精神はすでに――――――。

 

 

 

 

 

斎藤T「――――――み、見つけたぁ!」ゼエゼエ ――――――“黄金の羅針盤(クリノメーター)”が往くべき場所を指し示す!

 

シンボリルドルフ「……そうか。きみが来てくれたか」フフッ

 

シンボリルドルフ「きみだけはどんな時でも見つけてくれると心の何処かで思っていただけに嬉しいよ、斎藤T」ニコー

 

斎藤T「……早まった真似をするんじゃない! そこを動くな!」ゼエゼエ ――――――エクリプス・フロントの屋上:ヘリポート!

 

シンボリルドルフ「そうは言っても、私はトレセン学園の黄金期を切り拓いたと自惚れていたら、そうして掴み取った自由を無法者に奪い取られてトレセン学園を占拠されてしまったのだ」

 

シンボリルドルフ「私はさしずめ蛮族に国を追われた“亡国の皇帝”さ。惨めなものじゃないか、あれだけの栄華を誇って最後はこんな……」

 

 

――――――私の掲げた理想は誰も導けなかった。誰も守れなかった。誰も掬い上げられなかった。無法者をのさばらせる都合のいい御題目でしかなかった。

 

 

シンボリルドルフ「だから、もう疲れた……」

 

シンボリルドルフ「今日この日、自分の人生そのものだったトレセン学園の卒業と共にあの人の許に旅立ってもいい頃合いだと思うのだが……」

 

斎藤T「………………」

 

シンボリルドルフ「うん。間違ってもきみがあの人の代わりだなんて思わないし、それはきみに対しても極めて失礼な話だろう。きみもそう思っているから、何も言えないのだろうし――――――」

 

 

シンボリルドルフ「ああ、嘘でも『大丈夫だ』とか『俺がついている』とか言って無責任に抱き寄せてはくれないな、きみは」ボタボタ・・・

 

 

シンボリルドルフ「私はもう空っぽなんだ……」

 

シンボリルドルフ「6年間 このトレセン学園でシンボリ家の惣領娘として“ヒトとウマ娘の統合の象徴”として頑張ってきた! 頑張ったんだよ!?」

 

シンボリルドルフ「なのに、私が卒業したら、私が築き上げたものや遺そうとものは何一つとして残らないんだ!」

 

シンボリルドルフ「じゃあ、私が先人から託されたものを背負って命懸けで駆け抜けてきた今までの日々は何だったと言うのだ!?」

 

シンボリルドルフ「ウゥゥううううう……!」ヒッグ

 

シンボリルドルフ「うわあああああああああああああああああああああん!」

 

シンボリルドルフ「あああああああああああああああ!」

 

斎藤T「………………」

 

 

卒業式の夜、“亡国の皇帝”が月に吠える――――――。

 

ここはトレセン学園付属施設:エクリプス・フロント。“皇帝”シンボリルドルフが切り拓いた黄金期の象徴となる記念碑(モニュメント)であり、来年度に完成となる自らの偉業を讃える場所に卒業して学園から巣立っていくシンボリルドルフは立つことはなく。

 

そう、何もかもが虚しいだけだった。自身の功績を讃えるためのこんな高層ビルが建てられたところで、本当の宝物であるトレセン学園での思い出の日々が土足で上がり込んできた無法者に無惨に踏み砕かれていくことへの慰めにはならない。

 

ただ、学園を見下ろすことができる立地に建てられた見晴らしのいい場所に夜一人立ち尽くしたシンボリルドルフは卒業の瞬間をもって“皇帝”でも“無敗の三冠バ”でも“最強の七冠バ”でも何でもない一人の少女に戻っていた。

 

卒業の瞬間をもって女の子にかけられていた魔法は解けてしまい、一人の少女が甘く蕩けるような心躍る切ない夢はこうして幻となって辺りは元の静寂さを取り戻していた。

 

トレセン学園は夢の舞台。みんなの夢見る気持ちが集まってできた夢の場所であり、その大きな夢を代々継いできて発展してきた場所であるのなら、夢を継がせることができなかったことの罪は何より重い。

 

やはり、誰よりも責任感の強いシンボリルドルフなら、自身の名声よりもウマ娘の将来を思う者として責任を果たせなかったことへの罪の意識がこうさせるだろうとわかっていた。

 

下手をすればアグネスオタカルの世界の車いすの少女のように痛ましい結末が待ち受けている可能性もあり、私はシンボリルドルフが切り拓いた黄金期を讃えるエクリプス・フロントを墓標にさせないように慎重に立ち回った。

 

 

そして、どうにか最悪の結末にならずにすみそうな予感がした。

 

 

シンボリルドルフはこれまで溜め込んでいたものを月に向かって吐き出しながら泣き叫んだ。これで一安心だ。

 

死にとりつかれた人間は 思いっきり泣き叫びながら あの世に旅立つような器用なことはできない。

 

泣き叫ぶ行為はそれだけ溜め込んだものを吐き出させる作用があり、心地よい虚脱感をもたらすものなのだ。

 

となれば、思いっきり泣いてスッキリして頭のもやが晴れた彼女が一時の気の迷いから死を選択することはないだろう。

 

ならば、後はシンボリルドルフという気高きウマ娘が現実を受け容れて再び立ち上がることを信じて、自らヘリポートから戻るのを待つだけだ。

 

しかし――――――!

 

 

 

斎藤T「………………」ホッ

 

斎藤T「………………」クルッ

 

シンボリルドルフ「――――――」ダダッ

 

斎藤T「ハッ」

 

斎藤T「ぐああああああああああっ!?」ゴーーーーーーーーン! ――――――乱暴に床に叩きつけられた!

 

斎藤T「あぐぅ?!」ズキズキ・・・

 

斎藤T「ハッ」

 

 

シンボリルドルフ「 ツ カ マ エ タ 」 ――――――鼻と鼻がくっつく距離に“女”はいた!

 

 

斎藤T「!!?!」ゾクッ

 

シンボリルドルフ「きみが悪いのだからな? きみが私の心をこんなにも揺さぶるから! 私にはあの人しかいなかったのに! きみがあの人を思い出させることばかりするから!」

 

シンボリルドルフ「けど、もう私は学園(ここ)にはいられない! きみは学園(ここ)に残る! また離れ離れになる! そんなのは耐えられない!」

 

シンボリルドルフ「なら、もうきみがあの人だ! きみがあの人になればいいんだ! きみがあの人だったんだ!」

 

シンボリルドルフ「そうだった、“皇帝の王笏”なんだから、私の手元にいないとダメじゃないか!」

 

シンボリルドルフ「なんだ、簡単なことじゃないか。どうして気づかなかったんだろう」

 

 

――――――あの人がきみになったんだ。きみになって私を今日迎えに来てくれたんだ。

 

 

斎藤T「お、あ…………」メキメキ・・・ ――――――ヘリポートの床に身体がめり込んで少しずつ背骨が粉砕されていく!

 

シンボリルドルフ「うれしい! 全てが終わってからちゃんと迎えに来てくれたんだ!」

 

シンボリルドルフ「私たち、これで自由だね! そうだ、自由だ! もう周りに気を遣ったり遠慮したりする必要なんかないんだ!」

 

シンボリルドルフ「だから、今まで我慢してきた分、思いっきり愛し合おう。きみをずっと想って一人で慰める寂しい夜もこれで終わりなんだ」

 

シンボリルドルフ「さびしかった。ずっと会いたかった。あなたの胸に抱かれた日のことをずっと忘れらなかった」

 

斎藤T「ち、がう。わたしは、さいとう てんぼう――――――」コヒュー・・・

 

シンボリルドルフ「ちがう!」ガンッ!

 

斎藤T「あうっ」ズキーーン! ――――――再び床に強く打ち付けられる!

 

シンボリルドルフ「きみはあの人だ! きみはあの人なんだ! 斎藤Tの身体に宿ったあの人!」

 

シンボリルドルフ「だから、きみには私と愛し合ったことを思い出してもらわないといけないんだ」

 

シンボリルドルフ「大丈夫だ。どれだけ寂しくてもきみ以外の人間に身体を許してなんかいないから、今も昔も変わらず私は身も心もきみのものだ」

 

斎藤T「あぁぁ…………」

 

斎藤T「」

 

シンボリルドルフ「そして、きみの心も身体も私のものだ。そうだろう」ギラッ

 

 

――――――さあ、ここからは私たちだけの世界だ! 存分に愛し合おう! もう我慢することなんてない! 誰に遠慮することもない! これが私たちが最後に掴み取った自由! なんて素晴らしいんだ!

 

 

私は人間の心が無限に拡がるかに思える暗黒宇宙のように広大で不可思議なものであることを完全に見落としていた。

 

そして、侮っていた。油断していた。まさか、別世界の同一存在とは言え、あの時とはちがって本物のシンボリルドルフにぶち(おか)される羽目になるだなんて。

 

別世界の同一存在が決して同一人物ではないことは理解できていても、たとえば冤罪で犯罪者に仕立て上げられた世界や宝くじで大当たりして大富豪になった世界があったとすれば、基準にしている同一人物からまったく掛け離れた同一存在に変わり果てることを軽く見ていたのだ。

 

むしろ、あらゆる意味でシンボリルドルフと対照的であったビワハヤヒデがこの世界においては明確に好意を示して気持ちの整理をつけに私の胸の中で涙を流して健全な男女の距離感を保つのなら、

 

担当トレーナーと男女の関係となっていたシンボリルドルフから溢れ出した感情が“将星”トウショウサザンクロスに踏み躙られた心の拠り所を求めてドス黒く染まりだした先にあるものは――――――。

 

ヘリポートのHのど真ん中に引き倒されて頭を強打した私にはもう打つ手がなかった。意識が定まらないどころか、ヘリポートに身体がめり込んで全身が粉々になったかのように感覚を失っていた。その衝撃が背骨どころか中枢神経をも砕いてしまったのだろう。

 

もっとも、そんなシンボリルドルフが最後まで面倒を見てきた学園一危険なウマ娘特製の肉体改造強壮剤を服用していなかったら後頭部をヘリポートに叩きつけられた時点で即死で、ヘリポートの中心が血の池になっていたことだろう。

 

 

そう、私は見誤っていた。死の誘惑すらも拒絶してシンボリルドルフという一人の少女に残されたものが何であるのかを私は致命的に見誤っていた。

 

 

その人生は『名家』シンボリ家がトレセン学園での影響力を維持するために調教を受けてきたものであり、自分のものと言えるものが何一つ残らなかった中、最後の最後に残った()()()()が彼女の中での唯一の希望になってしまった。

 

月明かりの幻想の中で見つけた希望にすがる瞳は春の夜風の中で月の魔力を帯び始め、ついにはあるはずのないものをあるように感じられるほどにまで達し、全てを失ったかに思えた一人の少女は自分を守るために自分の大切なものを手放さないように現実を侵し始めた。

 

これだけはたしかに思えた唯一のものを守ろうとする必死さが深い憐れみを誘う。逆に言えば、トレセン学園の日々で一人の少女“新堀 ルナ”として得られたものは男女の愛(それだけ)しかなかったとも言う。

 

もはや、これまで。肉体が完全に沈黙する一瞬だけ“特異点”としての意識が全てを見通し、ヘリポートにめり込んだ“斎藤 展望(あの人)”を味わい尽くそうと光を失った眼で乱れ狂うケダモノの姿を他人事のように見つめるばかり――――――。

 

 

 

 

 

――――――ツキノヨルニアイニクルフオンナ。

 

 

 

 

 

その奥の奥の奥に今にも消え掛けそうなシンボリルドルフの理性が小さな悲鳴を上げている。本当はそんなことをしても何の意味もないことを理解しているからこそ、最愛の人以上に人生を導いてくれるだろう素晴らしい人の許から離れたくないという本心の叫びも聞こえてくる。

 

そこにトレセン学園で抑圧されてきた不平不満や自身が黄金期の特色として目指した自由で開放的な校風によって踏み躙られた己の純情が世界に報復するように悪意に満ちた黄金の眼差しと人ならざる冷笑を貼り付けた表情で自由を主張する。

 

その自由とは“将星”トウショウサザンクロスが主張する暴力の肯定に他ならず、更には縋り付けば絶対に助けてくれるという“斎藤 展望”への絶対の安心感と信頼感も加勢し、正しさと清らかさを謳うシンボリルドルフの真っ当な理性を一斉に責め立てている――――――。

 

どれだけ肉体的な繋がりを得て 快楽に身を委ねようとしても まったく救われることのない一人の少女の魂は今も辛い現実だけじゃなく、自分自身にも苛まれて、あまりにも小さくて消え入りそうな悲鳴を上げ続けた。

 

 

――――――もう何もできない代わりに、そんな様子が一瞬で時間と空間を超越して見えてきたのだ。

 

 

だから、私も泣いていた。“斎藤 展望”の肉体は完全に沈黙して、何度も後頭部を強打して死にかけているので、下半身に血と精が充填されることもないのに、涙を流している感覚があるのだ。

 

そして、気づけば何人ものシンボリルドルフに厳しい言葉、汚い言葉、不愉快な言葉、卑しい言葉を投げかけられて小さく蹲っていた少女を抱き上げていた。

 

それに対してシンボリルドルフであってシンボリルドルフではないシンボリルドルフの負の感情たちが少女を奪い取ろうとあの手この手で私を責め苛んでくるが、そんなのは全てまやかしに過ぎなかった。

 

 

――――――真実は我が手に。これがあるからこそのシンボリルドルフであり、これなくしてシンボリルドルフに非ずして、これこそがシンボリルドルフなのだ。

 

 

そう、それ以外のシンボリルドルフはこれを守るためにこれから生まれたものに過ぎず、これを自らの手で壊すものは自らシンボリルドルフの全てを失うのだ。

 

そのことがわかれば、シンボリルドルフの(シャドウ)など恐るるに足らず。影が闇に非ずして在るのは光に照らされてこそなのだ。

 

故に、私は告げる。肉体を超えた意識の世界で自分自身に言い聞かせるように森羅万象の全てに訴えた。

 

 

 

――――――赤肉団上(しゃくにくだんじょう)一無位(いちむい)真人(しんにん)有り。 常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は看よ看よ。

 

 

 

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