ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration-   作:LN58

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第二次決戦Ⅳ トウショウサザンクロスの創痕 -南十字星の将星の世界-

 

――――――目標:3月12日の卒業式から3月19日の修業式までの1週間の時間の牢獄を突破せよ!

 

 

いつでも私の目の前に立ちはだかる障害というのは聳えたつ地獄(タワーリング・インフェルノ)のように思えた。

 

怪人:ウマ女の“成り代わり”による静かな侵略もWUMA殲滅作戦の成功によって本格化を完全に阻止できたものの、命がいくつあっても足りないぐらいの無謀な挑戦の数々を強いられてきたものだ。

 

それが今ではどうしてこうなった;力でゴリ押せるバケモノ退治の方が遥かに楽に思えるほどの難局に直面することになり、力こそが全ての弱肉強食の野蛮な世界において武力によらない革新の道を歩まねばならないと言うのだ。

 

正直者がバカを見るのが現実なら、いっそ誰もが見て見ぬ振りをし続けた宇宙の究極の真理に身を委ねるほどに正直者がバカ正直になった世界というのが、“将星”トウショウサザンクロスが君臨することになる闘争の時代の到来である。

 

それがウマ娘ファーストを標榜するトレセン学園でウマ娘である生徒たちの大半が自ら導いた答えだと言うのなら、もはやウマ娘の幸せを願って正しく導こうとした者としては何も言えなくなる。

 

 

正直に言って、この世界の失敗は『運がなかった』としか言いようがなかった。いきなりオーストラリアからジュニア三冠バが日本のクラシック戦線に乗り込んでくるだなんて誰が予想ができたことか――――――。

 

 

同じようなやり方をして元の世界はこうした裏切りがなく(誰にも知られることもなく 幾度となく 死に瀕する私の奮闘もあって)卒業の日を迎えられたわけなのだから、もしかすれば こうした結果のちがいは紙一重の差でしかないのかもしれない。

 

厳しいことを言えば、自由の拡大化に伴う新たな規範やモラルの普及を怠ったのが原因であり、暗黒期から黄金期に学園の舵取りを変更した後の想定やリスク管理が甘かったとしか言いようがなかった。

 

あるいは、“トレーナーのトレーナーによるトレーナーのためのウマ娘レース”暗黒期の支配層や“ウマ娘のウマ娘によるウマ娘のためのウマ娘レース”黄金期の指導層を相手取る新たな対立関係が確立したことで、『暗黒期や黄金期といった価値観でさえも旧弊である』という意識が生徒たちの間に広まってしまったことに気づかなかったこと自体がこうして誰からも背を向けられることになった傲慢さの現れであったのかもしれない。

 

 

そう、ここで重要なのは“将星”トウショウサザンクロスはトレセン学園学生寮自治会の支配者であり、一般的にトレセン学園の顔役とされる生徒会の人間ではないことが今回の問題の肝である。

 

 

一般的には生徒会役員はトレセン学園生徒の学業以外で本分となる課外活動『トゥインクル・シリーズ』で誰もが憧れるような優秀な戦績を収めたスターウマ娘が選出されるわけであり、未勝利バや未出走バが選出されることはそのようなものを代表に選ぶ中央の実力や品位を疑われることからも皆無となっている。

 

そのため、生徒会役員に選出されるほどのスターウマ娘を支持する層ともなれば 誰に憚ることのない 学園で主流となっているグループ;いわゆる“勝ち組”ということになるので、生徒会は多数決の原理という極めて民主的な選出方法も相まって“勝ち組”が支持層になっていると言えよう。

 

一方で、わずか一握りのスターウマ娘とその支持層となる取り巻き以外のその他大勢の誰からも注目されないようなモブウマ娘にとっては、広大な住宅団地と化している学生寮での近所付き合いなどで独自の仲間意識が強く芽生えるようになるわけであり、それが井戸端会議のように日常の不満や愚痴を吐き出し合う日陰者の掃き溜めとなるのだ。

 

そうすると、トレセン学園生徒の学業と並ぶ本分である課外活動:ウマ娘レース以外の面で生徒たちからの信頼の厚い者が自治会に選出されるわけであり、実力で選ばれる生徒会に対して人情で選ばれるのがいわゆる“負け組”が支持層になっている学生寮自治会の特徴であった。

 

それ故に同じ『トゥインクル・シリーズ』で活躍したスターウマ娘でも生徒会役員向きのスターウマ娘と学生寮自治会向きのスターウマ娘にわかれるわけであり、

 

たとえばブライアン・エアグルーヴ世代の“クラシック三冠バ”ナリタブライアンと“幻の三冠バ”フジキセキのどちらが生徒会役員に相応しいのかを考えたら、実際の戦績から学園の実力の高さを物語る顔役として相応しいのは圧倒的にナリタブライアンであるわけだ。当人のやる気や器量はともかく。

 

そして、生徒たちの私生活まで面倒を見きれる甲斐性を考えれば、実際には4戦4勝でターフから離れてしまいながらも“幻の三冠バ”と称えられた圧倒的人望と面倒みの良さを持つフジキセキの方が総生徒数2000名弱が住んでいることになる住宅団地の学生寮自治会に適しているのだ。

 

レースの結果で寮室に塞ぎ込んでいる生徒の面倒を見ることができるぐらいの人情味がある人物でなければ、原則として生徒以外立入禁止の住宅団地での生徒たちの安否確認ができないわけなので、

 

全寮制の学園の生徒の一人一人を日常的に気に掛ける必要がある自治会の発言力が同じく全寮制の学園の生徒の一人一人が票田となる生徒会に並ぶのは自明の理であった。

 

 

そして、“勝ち組”を支持層とする生徒会が“負け組”を配慮しなくなった時、“負け組”に常に寄り添う学生寮自治会が生徒会や“勝ち組”のやり方に異議を唱えることが可能になるわけで、それ故に常に勝負の世界で命題となっている勝利至上主義に対する警鐘を鳴らすことになっていた。

 

 

少なくとも、“将星”トウショウサザンクロスの台頭は過去の“勝ち組”が支持層のトレセン学園生徒会と“負け組”が支持層のトレセン学園学生寮自治会の対立の歴史をなぞっており、

 

高等部からの編入生である“将星”トウショウサザンクロスが学生寮自治会を掌握することができたということはそれだけ学生寮で塞ぎ込んでいる“負け組”たちの支持を得ていることに他ならない。

 

しかも、学生寮自治会の長となる寮長であるフジキセキとヒシアマゾンが解任されるほどの事態になっていることを考えるに、フジキセキとヒシアマゾンほどの人格者に解任を突きつけるほどに学生寮の闇が濃くなったと考えるのが妥当だろう。

 

それを煽ったのがオーストラリアの日本人街出身の『名家』トウショウ家と何らかの繋がりがある“将星”トウショウサザンクロスであり、これまでの日常が正されるべき社会問題として認識された結果が繰り返された生徒会と自治会の対立の歴史というわけなのだろう。

 

これは暗黒期や黄金期がどうのこうのではなく、それ以前より人間が人間である以上止むことのない勝負の世界で繰り返されてきた弱肉強食と弱者救済のバランス取りに失敗して発生する“勝ち組”と“負け組”の対立の話であり、“将星”トウショウサザンクロスが“皇帝”シンボリルドルフが与えた自由を生温いと評するのも理解できるものがある。

 

要は、別世界で“皇帝”シンボリルドルフを圧倒的に超える実績と明晰さを持つ“女王”アグネスオタカルが生徒会長として弱者救済に全力で取り組んだ場合とは対照的な展開になっているわけであり、

 

“勝ち組”が支持する生徒会がアグネスオタカルのように弱者救済に全力で取り組まなかったら、“負け組”に親身に寄り添う学生寮自治会が理想ばかり掲げて何もしない生徒会と対立するようにできあがっているようなのだ。

 

ある意味においてはよくできたパワーバランスであり、“勝ち組”生徒会と“負け組”学生寮自治会が対立しないように調和がとれないと、トレセン学園の秩序は維持できないように最初から仕組まれているようでもあった。

 

それが全寮制の学園のプライベートな面を受け持つ学生寮自治会とパブリックな面を受け持つ生徒会にわかれていることでウマ娘レースにおける“勝ち組”と“負け組”の対立関係を助長させることになり、現代日本における国会の二院制のようになっているわけなのだ。

 

もちろん、健全な民主主義を成立させるためには一方の主張だけを認めてその他の主張を排除する独裁政治を許してはならないのだが、そのためには絶えず対立関係の構図を持ち出しながら迅速な会議の決定と健全な競争を目指さなければ ()()()()()()()()というのは容易く崩壊するからこそ、民主政治は 不断の努力が求められる もっとも健全でかつ高尚な忍耐強い精神が必要とも言える。

 

だが、そうした民主主義の冗長さがはたしてウマ娘の一生において“本格化”を迎えて人生最大の輝きとなるだろう中高一貫校のトレセン学園の6年間において許容されるものなのかと問われれば、当事者たちからすれば間違いなく悠長な対応に納得がいかないことだろう。

 

そう、その『納得できないッ!』という感情を正当化する方便として当たり前の日常を社会問題にすることで学生寮自治会で急速に支持を増やしたのがオーストラリアからの留学生である“将星”トウショウサザンクロスというわけであり、自分たちが評価されない理由を社会のせいにすることで“負け組”の烙印を押された生徒たちが一斉に牙を剥いたのだ。

 

そのため、圧倒的な戦績と支持によって最年少の生徒会長として長期政権による確実な成長を目指していた“皇帝”シンボリルドルフにとっては常に悩みの種となったわけであり、ウマ娘の『名家』とトレーナーの『名門』の学園の主導権争いを制した後に政権が安定する途上で他国の侵略を受けて乗っ取られたというわけなのだ。

 

これこそが民主主義の最大の矛盾とでも言うべきか、『民衆が独裁者を望んでしまった』場合の結果であり、あくまでも“皇帝”シンボリルドルフが切り拓いた黄金期とは暗黒期からの脱却に主眼を置いたものであるため、自由の拡大化に伴う弊害にまで対応しきれていなかったのだ。

 

だからこそ、自由の拡大化に伴う勢いに乗って制御しきれないほどに自由を暴れさせて学生寮自治会で権勢を得たのが“将星”トウショウサザンクロスであり、もはや生徒会も理事会も対処できないほどにトレセン学園の人心は乱れることとなった。

 

そうして、自身の卒業の日が自身の理想の完全敗北を認める屈辱の日になるのだから、誰よりもウマ娘の幸福を願って全身全霊で学園生活を送ってきた“皇帝”シンボリルドルフが精も根も尽き果てるのは必然の帰結と言えるだろう。

 

 

――――――本当に救うべきものに手を差し伸べなかった報いを最悪の形で受けることになってしまったのだから。

 

 


 

 

●トウショウサザンクロスの世界:3月13日

 

斎藤T「う、ぅう……」

 

斎藤T「こ、ここは……?」

 

斎藤T「あっ!」ズキーーーーーーン!

 

斎藤T「背中がぁ……!」ズキズキ!

 

 

トスッ! ――――――ヘリポートで粉々になったはずの背中に人差し指が突きつけられた!

 

 

斎藤T「あ」

 

斎藤T「…………フゥ」

 

斎藤T「…………急に楽になった」

 

 

斬馬 剣禅「何をやっていた、“斎藤 展望”?」ジロッ ――――――あからさまにNINJAである!

 

 

斎藤T「あ!」

 

斎藤T「あなたは斬馬 剣禅――――――!」

 

斎藤T「相変わらず、見るからにNINJAらしい目出し帽は人前では外さないか……」

 

斬馬 剣禅「斎藤 展望たる貴様が“斎藤 展望”でなくてどうする?」

 

斎藤T「――――――!」ゾクッ

 

斎藤T「わ、私は――――――?!」

 

斬馬 剣禅「安心しろ。お前はまだ“斎藤 展望”だ。そうでなければすでに首と胴がわかれている」

 

斬馬 剣禅「無論、あの“女”もな」

 

斎藤T「そうか」ホッ

 

斬馬 剣禅「安心するのは早い」

 

斬馬 剣禅「あの“女”はすでに廃人も同然だ。全てを“将星”トウショウサザンクロスに奪われて、唯一“女”の中で残ったのが“斎藤 展望(最後の理解者)”だったわけで、」

 

斬馬 剣禅「愚かにもそれすらも“自身が愛した男(この世に存在しないもの)”に変えてしまったのだから、あの“女”にあるのは『何もない』という虚無だ」

 

斬馬 剣禅「自らが掲げた暗黒期のアンチテーゼとなる黄金期の自由で開放的な学園はまんまと無法者に自由の理念ごと貪り尽くされ、“将星”によって歪められた自由に屈したことで抑圧されていた感情が爆発して精神異常をきたしたわけだ」

 

斎藤T「そんな……」

 

斬馬 剣禅「哀れではあるが、シンボリ家の惣領娘として生まれてきた不幸を呪うがいい」

 

斎藤T「…………そこまで言う必要はないじゃないか」

 

 

斬馬 剣禅「これから何をすべきか、要点を伝えておくぞ」

 

 

斎藤T「おい」

 

斬馬 剣禅「いいか。“将星”トウショウサザンクロスが多くの生徒たちを傘下に入れてトレセン学園学生寮を占拠していることは知っていよう」

 

斎藤T「それはまあ」

 

斬馬 剣禅「だが、それだけではない」

 

斬馬 剣禅「生徒以外立入禁止でかつERT(緊急時対応部隊)でさえも対応しきれない広大な住宅団地に無数に存在する監視カメラのないプライベート空間がどれほど存在していると思う?」

 

斎藤T「!!!!」

 

斎藤T「ま、まさか、部外者を連れ込んでいる――――――!?」

 

斬馬 剣禅「そうだ。生徒以外立入禁止であることもそうだが、ERTもまた民間警備会社に過ぎず、監視カメラがまともに働いている日の方が少ないみたいだぞ」

 

斬馬 剣禅「そして、生徒会と同等の権限を持つ学生寮自治会は生徒会役員のように全生徒を挙げての大々的な民主的手続きで構成員が選出されるわけでもない」

 

斎藤T「そうして監視の目をかいくぐってウマ娘だけの秘密の花園の薄暗い奥底に“将星”の軍団が学園制圧の号令を今か今かと蠢いているわけなのか」

 

斬馬 剣禅「そういうことだ」

 

斬馬 剣禅「そして、中央トレセン学園で暴動を起こすことで――――――」

 

斎藤T「わかっている。世界が注目している日本の国民的スポーツ・エンターテインメント『トィンクル・シリーズ』の夢の舞台である中央トレセン学園を崩壊させることで、力こそが正義のやつらなりの真の自由の時代を作ろうとしている」

 

斬馬 剣禅「わかっているじゃないか。トウショウサザンクロスと直に話す機会があったようだな」

 

斎藤T「それがわかっているのなら、どうしてNINJAは何もしない!? それだけの情報が集まっていればトウショウサザンクロスを取り押さえることもできるだろう!?」

 

斬馬 剣禅「それでは日本の国体が破壊されるからだ」

 

 

――――――トウショウサザンクロスの配下になった者たちは近代ウマ娘レースの強大な輝きで出来た巨大な影。その影が光を汚そうと一斉に牙を剥こうとしている。

 

 

斎藤T「……私に何を期待している?」

 

斬馬 剣禅「どうもこうもない。“斎藤 展望”であることだけを望んでいる」

 

斎藤T「それ以外のことはどうでもいいのか?」

 

斬馬 剣禅「――――――どうでもいい」

 

斬馬 剣禅「どうでもいいが、国体護持が“斎藤 展望”に欠かせない要素である以上、トウショウサザンクロスの専横に見て見ぬ振りをするのは“斎藤 展望”らしからぬこともである」

 

斎藤T「……どうあっても“斎藤 展望”として働かせる気満々だな」

 

斬馬 剣禅「そのためだけに“斎藤 展望”は存在が許されている」

 

斎藤T「わかった。元の世界に帰ったところでNINJAに見張られていることだし、やれるだけのことはしよう」

 

 

――――――ヒノオマシの手本となるようにね。

 

 

現代に生きるNINJA:斬馬 剣禅とは去年のWUMA殲滅作戦において最後の最後の窮状を助けられた縁があり、こうして協力関係を結んでいた。

 

NINJAの掟としては目撃者は全て消すのが鉄則であるらしく、こうして協力関係を結んでも素顔は決して見せないようにNINJAらしい風貌は保ったまま、NINJAらしい鋭い眼差しは相変わらずであった。

 

おそらくは“斎藤 展望”の縁者であるのか、私が“斎藤 展望”であることを条件に私的な繋がりを持ちかけたらしく、基本的に世界最高峰の警察バの資質を持つ()()()()()()()であることを強く求めていた。

 

そのため、そのヒノオマシの将来の夢である皇宮警察の関係者として国体護持も広い意味で“斎藤 展望”であるために必要なことになっているらしいので、ヒノオマシの将来と名誉のためにも、一人のトレーナーとしても、トレセン学園で起きている騒乱を看過するわけにはいかなくなった。

 

そんな無茶を毎度のようにこちらに強いるわけなのだから、意趣返しとしてこちらも“斎藤 展望”として必要だと思ったことを要求すれば、意外にもNINJA:斬馬 剣禅は『それもヒノオマシのため』だと自分で言い聞かせて全力で応えようとするため、

 

結果としてどっちが主導権を握っているのかがわからないぐらいに お互いに無理難題を吹っ掛け合って お互い様となっており、健全な付き合いを維持するためにもできれば顔を合わせる機会を減らしたい方向で進めていた。

 

NINJA:斬馬 剣禅としても この取引関係は組織にも内密にしている節があるため、向こうとしても直接の接触は最低限にしておきたいところなのだが、

 

こうして私の窮状を救い出せるくらいには監視を緩めているわけではないので、結局はNINJA:斬馬 剣禅の気分次第となっているようでもあった。

 

 

さて、ヘリポートが砕けるほどの勢いで後頭部を叩きつけられ 背骨も音を立てて磨り潰されるぐらいに 正気を失ったシンボリルドルフに(おか)されかけた昨日この頃、

 

NINJAの秘術なのか、昨夜の出来事だったというのに何もなかったかのように私は再び健常者として卒業の日を終えたトレセン学園を歩き回ることが出来ていた。

 

いや、本来ならば全身の感覚が失われて寝たきりになっていてもおかしくないほどのダメージを後頭部に受けたはずなのだが、“特異点”として幽体離脱しているかのごとく、逆に普段よりも感覚が研ぎ澄まされているように思えた。

 

そう、後頭部へのダメージの後遺症で身体の動きが鈍く思えたのだが、実際には時計の針をはじめとして周りの全てがいつもよりもゆっくりに感じられるほどだった。

 

目覚めた瞬間に激痛に悶え苦しんだのを斬馬 剣禅が指一本で鎮めたことと言い、この身体はすでに昨日までの健常者ではなくなっていると考えておくべきだろう。

 

明らかに自然なことではないし、あれが一時的な痛み止めだとするなら 痛みがぶり返すことも念頭に置いて慎重に行動をするべきであろう。

 

 

 

――――――トレセン学園/正門:道路の向こうに学生寮の住宅団地が聳え立つ。

 

斎藤T「よくよく考えたら、卒業式の後のトレセン学園の風景ってこんな感じになるのか……」

 

斎藤T「各部門18名の決勝進出者(ファイナリスト)は出揃っているわけだし、そうでない卒業生は直ちに母校を去るのみ――――――」

 

斎藤T「学生寮の退去は来週の月曜日までとは言え、卒業式の翌日から引っ越しのトラックがこうも詰めかけているわけか」

 

斎藤T「もしも『URAファイナルズ』の開催で退学者を減らすことができたなら、これからはもっと引っ越し業者がやってくるわけだし、卒業式の後もいろいろと慌ただしくなりそうだな」

 

斎藤T「それと入れ替わりに入学生たちが入寮してくるわけで、在校生の部屋替えも同時に行われるんだったか」

 

 

トウショウドルフ「――――――貴公が噂の新人トレーナー:斎藤 展望か」

 

 

斎藤T「む、誰だ? 知らないウマ娘――――――?」

 

トウショウドルフ「失礼。私はトウショウドルフ。来年度からの新入生だ」

 

トウショウドルフ「そして、正統なるトウショウ家のウマ娘だ」

 

斎藤T「つまり、『名家』トウショウ家のウマ娘。トウショウサザンクロスとはちがう――――――」

 

トウショウドルフ「そうだ。私はトウショウ家のウマ娘として、トウショウ家の名を辱めたウマ娘を討たねばならない」

 

斎藤T「つまり、“皇帝”シンボリルドルフの仇討ちをすると?」

 

トウショウドルフ「そうとも言える」

 

トウショウドルフ「ただ、来年度でトウショウサザンクロスも卒業となる以上は直接対決の機会は永遠に訪れることはない」

 

トウショウドルフ「となれば、やつの残滓を全て取り除いて、“皇帝”シンボリルドルフが目指していたトレセン学園をあるべき姿に取り戻すことが、黄金期を継ぐ者の使命とも言える」

 

斎藤T「…………どちらもウマ娘ファーストのためにやっていることだが?」

 

トウショウドルフ「だからこそ、“皇帝”シンボリルドルフが目指した理想を遂げる必要が『名家』の私にはある」

 

斎藤T「――――――()()()()()()()こともあって?」

 

トウショウドルフ「それは否定しません」クスッ

 

トウショウドルフ「ただ、オーストラリアの日本人街出身のトウショウ家の名を騙る不届き者には鉄槌を下す必要がある」

 

斎藤T「――――――『名を騙る』も何も、それが別世界の英雄の魂の名であるなら、紛れもなく“トウショウサザンクロス”であるはずだ」

 

斎藤T「もちろん、真偽を確かめることができない以上は全て自己申告で偽名であるにしても、オーストラリアで“トウショウサザンクロス”を名乗りだす利点がどこにある?」

 

トウショウドルフ「そう、別世界の英雄の魂の名であるが故に、『名家』と所縁のないウマ娘が同じ冠名を名乗ることは多々あるわけで、」

 

トウショウドルフ「同じ冠名を持つ者同士で同胞意識をもって共同体となったものが『名家』の始まり――――――」

 

トウショウドルフ「血縁によるものじゃなく、名によって結ばれた関係である以上は、『名家』のウマ娘を騙って無法を働く者も出てくる――――――」

 

トウショウドルフ「それが“将星”トウショウサザンクロスなのだ!」

 

斎藤T「……一度得た束縛からの解放感は誰しも手放せないはずだ。秩序を取り戻すために自由を奪う圧制者を歓迎するだろうか」

 

トウショウドルフ「愚問。自由とは無秩序に非ず。秩序あっての自由。自由のための秩序だ」

 

 

トウショウドルフ「そのためにも、斎藤T。貴公には『URAファイナルズ』で勝ってもらいたい」

 

 

斎藤T「………………!」

 

トウショウドルフ「貴公は無名の新人でありながらビワハヤヒデとナリタブライアンとの再契約を結び、『有馬記念』で好走に導き、共に『URAファイナルズ』決勝進出を果たしてみせた」

 

トウショウドルフ「“将星”トウショウサザンクロスを討つための有力な駒を2つも揃えるとは並外れたものがある」

 

トウショウドルフ「これでトウショウサザンクロスの『URAファイナルズ』優勝を阻めば、確実に流れはこちらのものとなる」

 

斎藤T「そういう物言いだから、トウショウサザンクロスが台頭する隙を与えることになったのでは?」

 

トウショウドルフ「逆に問おう。自分たちが被害者であることを誇りにするような“負け組”に何を配慮する必要がある?」

 

トウショウドルフ「そもそもが、トレセン学園の生徒であるということは 毎年 驚異的な高倍率になっているトレセン学園の入試に他の受験生たちを蹴落として自らの実力でもって合格を掴み取ってきた“勝ち組”であるはずだ」

 

トウショウドルフ「自分たちがそもそも他者を踏み台にして夢の舞台に入ってきていることを省みようとせずに、学生寮に閉じこもって不平不満を叩きつけるだけの情けない日々を送っているのは甘えに過ぎない」

 

トウショウドルフ「トウショウサザンクロスが言っていることは詭弁に過ぎない」

 

斎藤T「――――――『上には上がいて、下には下がいる』という話ですか」

 

 

トウショウドルフ「だからこそ、これからのトレセン学園は適切な自由の下に管理されなければならない」

 

 

斎藤T「それは学生寮の改革案ということ?」

 

トウショウドルフ「自由には責任が伴う。自由の拡大化にはそれに伴う更なる責任があってしかるべきで、生徒以外立入禁止の風通しの悪い学生寮の閉鎖環境は打破されるべきだ」

 

トウショウドルフ「自由を持て余した結果が善悪の判断もつかぬ者たちによる下らない反乱ならば、反乱の芽を摘むためにも更なる管理の徹底は当然のこと」

 

斎藤T「…………一理ある」

 

トウショウドルフ「ならば、“皇帝”シンボリルドルフの意志を受け継ぎ、“将星”トウショウサザンクロスを討て!」

 

 

斎藤T「――――――いつまでそんな箱庭の中でのじゃれ合いをしているのやら?」ハァ

 

 

トウショウドルフ「……なに?」

 

斎藤T「どれだけ制度や支配が徹底されようが、それでも秩序に抗ってきたのが人間の歴史であり性だ。どれだけ手を尽くそうが必ず不満が生まれ、自由や快楽を求めて脇道から抜け出していくわけで、」

 

斎藤T「動物園の猛獣が自然のままの威風を保っているわけがないように、親の言うとおりに生きただけの子供に未知なる未来を掴み取る気概が得られるわけがないだろう」

 

斎藤T「となれば、生徒会と学生寮自治会の対立という形で過去に何度も繰り返されてきた“勝ち組”と“負け組”の抗争がなくなるはずがない。それはトレセン学園の歴史が証明していることだ」

 

斎藤T「ウマ娘のためを思うのなら、もっと大きな視野でもって政治を行うことだ」

 

斎藤T「生徒会長が生徒たちの代表機関の長人に過ぎないように、火のないところに煙は立たぬ、学生寮自治会を牛耳るトウショウサザンクロスもまた時代の声を代表する象徴の1つに過ぎないのだ」

 

斎藤T「アドルフ・ヒトラー一人を消したところで第二次世界大戦が回避されるものか! ファシズムの問題だけで済むのなら、戦後にブロック経済を廃して自由貿易を推進する新たな国際秩序が成立するはずもない!」

 

斎藤T「そもそも、独裁者にどれだけの権力があろうとも実際に手足となって働く人間がいなければ、独裁者なんてものは肩書だけで一人の人間にできることしかできないものだ!」

 

 

斎藤T「だから、大事なところを他力本願せざるを得ないのだろう、『名家』と言えどもな!」

 

 

トウショウドルフ「――――――ッ!」ギリッ

 

トウショウドルフ「では、トウショウサザンクロスの専横を許すと?」

 

斎藤T「――――――『名家』のウマ娘とやらはウマ娘に非ずか?」

 

トウショウドルフ「どういう意味?」

 

斎藤T「何のためにウマ娘はターフの上で走るんだ? 近代ウマ娘レースの原点は何だ? それを支えるトレーナーの役割は?」

 

トウショウドルフ「………………」

 

斎藤T「小学校卒業したてで“皇帝”シンボリルドルフと同じ視座に立とうとするのは立派なことだけれども、それでは“皇帝”の二の舞を演じるだけだ」

 

トウショウドルフ「なら、あなたは何のためにトウショウサザンクロスと戦う!?」

 

 

斎藤T「――――――『トウショウサザンクロスと戦う』? はて、誰がそんなことを言ったんだか?」

 

 

トウショウドルフ「え?」

 

トウショウドルフ「だ、だって、あなたはビワハヤヒデとナリタブライアンと再契約を結んで、“皇帝”シンボリルドルフに後を託されたんじゃ――――――」

 

斎藤T「自分たちの価値観で物事を決めつけるのは良くないんじゃないかな?」

 

斎藤T「トレーナーなんてものは中高一貫校の生徒たちの才能で大儲けするのが仕事だぞ」

 

斎藤T「もっとも、私は妹の養育費のためだけにトレーナーとなった身で、養育費の問題が解決された今となっては惰性でトレセン学園のトレーナーをやっている身に過ぎない」

 

斎藤T「だから、査定としてはまったく旨味のない 最初の3年間を走り終えている ビワハヤヒデとナリタブライアンの姉妹対決の実現のために再契約を結ぶことができたわけだ」

 

斎藤T「もちろん、最初の頃の形振り構わないスカウトにナリタブライアンが応じてくれた縁で、ビワハヤヒデとの姉妹対決の夢につきあうことになったわけだけど」

 

 

斎藤T「トレーナーなんてやつは走ることが三度の飯より大好きなウマ娘の夢を叶えるのが仕事じゃないのか?」

 

 

トウショウドルフ「――――――!」

 

斎藤T「複雑なようでいてウマ娘が望む答えは極めてシンプルだ」

 

斎藤T「そんなごくありふれた一般ウマ娘の願いさえも共感できないようなら、ウマ娘の代表なんて名乗るべきではないな」

 

 

――――――ここはトレセン学園。夢の舞台。そこを形作るウマ娘の純粋な夢を惑わせるのなら、トウショウサザンクロスと何がちがう?

 

 

それが私が考えるトレセン学園の担当トレーナーの理想論であり、現実としては給金だとか実績などの体裁のためにトレーナー自身の夢が歪められることが普通だと言い切れるぐらいには言うは易く行うは難しの問題ではある。

 

けれども、“将星”トウショウサザンクロスがこれまでの当たり前の日常を社会問題として大衆に認識させることで権勢を得ることができたように、解決すべき問題を認識させることで人類の歴史は前進してきたとも言える。

 

そう、基本的人権の尊重に代表されるようにどんな極悪人であろうとも裁判においては疑わしきは被告人の利益になるように弁護士もつけられるわけであり、弱者救済が果たされていく方向に社会は刻一刻と進化し続けているわけなのだ。

 

その過程における既存の秩序の崩壊や血塗られた過ちの歴史さえも反省の糧として今日の現代社会に至っている以上、いかに時代を超えて語り継がれてきた古聖の教えが正しいものであるかを再認識することになる。

 

 

古聖に曰く、君子の交わりは淡きこと水の如し。小人の交わりは甘きこと(甘酒)のごとし。

 

 

別に醴の存在そのものが悪いという訳ではないが、水のように毎日のように飲んでも健康を害さないものが本当は萬金に値するほどに長続きする人との繋がりになるわけで、甘々な恋人気分が抜けきらない夫婦が一緒の墓に入らないのと同じようなことだ。

 

もちろん、生命活動を維持するために必要不可欠な水だけでは味気ないから、嗜好品として醴でも茶でもコーヒーでも好きに嗜んでかまわないが、味の好みが変わったからと言って昨日までの関係を捨てるような薄情者の人付き合いをしてはならないという教えが根底にはある。

 

また、水は万人にとって必要不可欠なものであり、紅茶派とコーヒー派のよくある言い争いの種になり得ないことに由来している。

 

そう、トレセン学園が夢の舞台として子供たちの夢へと向かう情熱によって支えられているのなら、理事会は最高のトレーニング環境を整備するためにも生徒会と学生寮自治会の対立に繋がるような障壁を取り払うべきであり、その努力が伝わるように情報発信力を磨き上げるべきなのだ。

 

そして、誰に対して情報発信するべきなのかと言ったら、まず第一に学校法人であるトレセン学園の顧客とも言える生徒たちにであり、特に夢破れて学生寮で引き籠もってしまった傷心に苛まれた子供たちを大人が力強く支えようとしていることを伝えねばならない。

 

だいたいにして、こうしてトウショウドルフのような次の世代を担う子供たちにウマ娘レースにかける情熱以外のことで重荷を背負わせることが繰り返されるのは組織としても学習していない無能さの現れではないか。

 

繰り返すが、この世界における“将星”トウショウサザンクロスの反乱はこれまで抑えつけられていたトレセン学園にわだかまっていた不平不満がわかりやすい現象として形になって出てきたものに過ぎない。

 

悪逆無道の独裁者が権力の座に就くためには独裁者を歓迎する支持層がいる事実を決して無視してはならないのだ。

 

ならばこそ、トウショウサザンクロスの世界において次代を担う『名家』のウマ娘に対して、そのことを伝えることができれば、おそらく未来は少しでも明るい方向に進むのではないかと思う出会いであった。

 

 

――――――“皇帝”シンボリルドルフと愛称が似ていることをちょっとした自慢にしている『名家』トウショウ家の栗毛のバ体に金色の尾と立髪(尾花栗毛)の見目麗しきトウショウドルフはこれからどういった運命を辿ることになるのだろうか?

 

 

 

トウショウドルフ「………………」

 

トウショウドルフ「………………」

 

トウショウドルフ「………………」

 

斎藤T「………………」

 

 

トウショウドルフ「さすがは“皇帝”シンボリルドルフが見込んだトレーナー――――――」

 

 

トウショウドルフ「ありがとうございました。“皇帝”の道を継ぐ上で大切なことをあなたから伝えてもらえました」

 

斎藤T「とは言え、ここが公営競技の舞台である以上は何をするにしても実績が物を言う以上は、志を遂げるためにはまず勝って欲しいところではある」

 

斎藤T「――――――6年前、あなたと同じ入学生だった“皇帝”シンボリルドルフはどんな思いで当時の卒業生たちが学園を去っていくのを見送っていたのだろうな?」

 

トウショウドルフ「わかりません。ただ、希望を胸に――――――」

 

 

 

――――――おい、帰ってきてやったぞ、トレーナー。

 

 

 

斎藤T「!」

 

トウショウドルフ「あなたは――――――」

 

ナリタブライアン「会長と姉貴の卒業式には間に合わなかったが、『URAファイナルズ』決勝トーナメントまでには間に合っただろう?」

 

トウショウドルフ「――――――ナリタブライアン!」

 

ナリタブライアン「4月から入ってくる新入生か?」

 

トウショウドルフ「ハッ」

 

トウショウドルフ「……そう。“将星”トウショウサザンクロスと同じ冠名を持つトウショウドルフと言う」キリッ

 

トウショウドルフ「貴公には『名家』トウショウ家の名誉のためにもトウショウサザンクロスには勝ってもらいたい」

 

ナリタブライアン「そうか。血縁関係はないのに冠名が被るといろいろと大変なもんだな」

 

斎藤T「………………」

 

トウショウドルフ「ところで、今までどちらに? 昨日の卒業式には参加されてなかったと?」

 

ナリタブライアン「ああ。週末の『URAファイナルズ』決勝トーナメントであの“ジュニア三冠バ”に『日本ダービー』の雪辱を果たすつもりで最後の特訓に明け暮れていたからな」

 

トウショウドルフ「学園を離れて、それはどこで――――――?」

 

ナリタブライアン「……『トウショウドルフ』だったか? 会長とよく似た名前だな?」

 

ナリタブライアン「まあ、“皇帝”シンボリルドルフと同じ『名家』のウマ娘なら、誰もがその後継者たろうと血気盛んになるだろうが、そいつはトレーナー次第だろうな」

 

トウショウドルフ「…………はい」

 

斎藤T「それで得るものはあったか?」

 

ナリタブライアン「あんたが送り出してくれたんだ。それで得るものがなかったら、私はもうバ場に現れることなんてないさ」

 

ナリタブライアン「あんたが影に怯えた私の心に勇気の炎を灯してくれたんだ」

 

 

――――――しっかりこの眼で見てきたぞ、“将星”トウショウサザンクロスの生まれ故郷を。

 

 

この世界の“斎藤 展望”が新人トレーナーとして中央に配属されて早速やったことは元の世界と変わることはなかった。

 

最愛の妹の養育費を稼ぐための一攫千金の手段としてウマ娘のトレーナーになったわけであり、手当たり次第に強引にスカウトを行ったため、配属されて早々に学外の事故で意識不明の重体になったことを喜ばれるほどの“学園一の嫌われ者”になってしまっていた。

 

しかし、大きく違っていたのは入学前からウマ娘の闘争心をへし折るほどの“怪物”ぶりから畏怖の対象になっていたナリタブライアンが『日本ダービー』において優先出走権を持つ外国バとして参戦してきたオーストラリアの“ジュニア三冠バ”トウショウサザンクロスにシンボリルドルフに続く“クラシック三冠バ”達成を阻止されており、

 

その結果、高等部より編入して瞬く間に学生寮を支配下に収めた“将星”トウショウサザンクロスが“皇帝”シンボリルドルフが卒業した後のトレセン学園の真なる支配者になることを見越して、高等部3年生:最終学年になったシンボリルドルフからあからさまに人が離れていっていた時期でもあった。

 

しかも、これまで“怪物”に闘争心をへし折られてきたウマ娘たちの恨みが『日本ダービー』においてナリタブライアンが全力を出せなくなるように実姉:ビワハヤヒデがしばらく走れなくなるほどの事故に遭わせていたのだ。

 

もちろん、トウショウサザンクロスの陰謀によるものだが、あくまでも“怪物”に恨みがある者たちが勝手にしたことでもあり、『日本ダービー』でのトウショウサザンクロスの初来日とビワハヤヒデの事故は間が大きく空いているため、犯罪を立証することは当時としても困難となっている。

 

そして、『日本ダービー』で“怪物”を討ち取った“将星”は“怪物”を弱らせるために家族を事故に遭わせる悪事に手を染めた者たちを中心に罪の意識を揉み消すために英雄視するように讃えられたわけなのだ。

 

そこからスターウマ娘の栄光の影でどれだけ多くのウマ娘たちの夢が失われていったのかが公然と論議されることになり、史上初の“無敗の三冠バ”シンボリルドルフという絶対者の下に治められようとしていた学園に拭い去ることのできない不和がもたらされることになった。

 

また、『日本ダービー』で敗れたことでシンボリルドルフに続く“クラシック三冠バ”になれなかった“怪物”ナリタブライアンへのファンの期待感は失望と共に反転して、掌を返したように一気に“悪役”としてのイメージに染まり出すのであった。

 

ナリタブライアン当人としては世間からの評判などどうでもよく、自分を負かしたトウショウサザンクロスの勝利を素直に褒め称えながら、療養中の姉の許で世界は広いことを実感して“クラシック三冠バ”を超える新たな目標を嬉々として語っていたのだが、

 

ナリタブライアンの担当トレーナーであった新人トレーナー:三ケ木Tの方がその重圧に耐えかねて担当を続けられなくなり、その代理として担当ウマ娘:ビワハヤヒデが走れなくなった鐘撞Tがナリタブライアンの担当トレーナーを引き継ぐことになったのだ。

 

 

――――――これが決定打となって“怪物”の闘争心を萎えさせてしまったのだ。

 

 

やはり、担当トレーナーというのはウマ娘にとっては精神的支柱であり、絶対的な信頼を置いてトレーニングやローテーションを組んでいるわけなのだ。

 

敬愛し続ける姉:ビワハヤヒデの事故に動揺して全力を出しきれずにいたナリタブライアンがそれでもトウショウサザンクロス相手に食い下がることができたのも担当トレーナーの存在あってのものであった。

 

なので、ここで担当トレーナーを交代せざるを得ない事態になったことは重大な裏切り行為となり、ビワハヤヒデに求めるものが“最高の舞台での手に汗握る姉妹対決”であった鐘撞Tとしても興醒めな展開であり、ウマ娘の側もトレーナーの側も気分が盛り下がったまま3年目:シニア級を終えることになってしまったのだ。

 

その上で時期が多少ズレたようなのだが、元の世界がそうであったように鐘撞Tが不治の病に冒されて療養のためにトレセン学園から離れる展開は変わりなく、姉妹共々 鐘撞Tが紹介したトレーナーの許でターフの上を走り続けることになった。

 

しかし、最初の3年間を走り終えた姉妹に残された価値はそれほどでもなく、“皇帝”シンボリルドルフも“クラシック三冠バ”でもないナリタブライアンを生徒会副会長に指名するわけにもいかず、生徒会活動によって得られたはずのものをこの世界では得ることがないまま 無為に姉妹の時間が流れていくのであった。

 

そして、“皇帝”シンボリルドルフをはじめとするスターウマ娘の踏み台にされたウマ娘との不和が解消されないまま、“怪物”ナリタブライアンを『日本ダービー』で討ち取った“将星”トウショウサザンクロスのトレセン学園高等部への編入を許してしまうのであった。

 

すでに蒔かれて芽吹いていた不和の種:“勝ち組”スターウマ娘への反感が踏み台にされてきたウマ娘たち“負け組”の間で“将星”トウショウサザンクロスの到来を歓迎する風潮を形成することになり、編入早々にトウショウサザンクロスの巧みな弁舌によって“負け組”が“勝ち組”を敵視するように対立が煽られることとなる。

 

そのため、トウショウサザンクロスの周りには“勝ち組”を圧倒する数の“負け組”のウマ娘たちが集まるようになり、“皇帝”シンボリルドルフの生徒会長の座を生徒会総選挙で真っ向から奪い取れるほどの支持率を学内の世論調査で誇っていたとされる。

 

当初はそのことをシンボリルドルフも危惧してトウショウサザンクロスを懐柔すべく話し合いの場を設けていたのだが、

 

トウショウサザンクロスが目をつけていたのは 生徒会長の座などではなく 学生寮自治会であり、全寮制の学園において圧倒的大多数の“負け組”を支持基盤とするトウショウサザンクロスが根城とするにはこちらの方が好都合であったのだ。

 

そのため、こちらの世界の生徒会総選挙は無投票当選がなかったほどに対立候補がしっかりと立候補しており、シンボリルドルフへの不平不満から生徒会長の座を奪い取ろうとする生徒も他に出ていたのだが、

 

学生寮自治会を掌握したトウショウサザンクロスの号令の下に“負け組”が一糸乱れずにシンボリルドルフに投票をすることで、生徒会総選挙の結果によって選出される生徒たちの代表機関である生徒会の権威が形骸化することになったのである。

 

それだけの求心力を持つ“将星”トウショウサザンクロスが生徒会長に立候補してこないのも、生徒会と学生寮自治会の対立によって“皇帝”シンボリルドルフの理想が何一つ果たされない様を嘲笑うためであり、

 

これほどまでに冷笑主義の悪意をぶつけてくる存在とは出会ったことがないために、不動の信念であったはずの“皇帝”シンボリルドルフの理想が大きく揺らぐことになったのだ。

 

というのも、やはり“皇帝の王笏”と呼ばれた担当トレーナーを失っていたことが大きく、ここでも心の支えとなる存在がいなくなったことで、自分の正しさを誰かに確かめてもらうことができずに一人で抱え込んでしまったのだ。

 

その心労が積もり積もって卒業式を迎えた際についに正気を保てなくなってしまったのだとすると、あらためてウマ娘にとって担当トレーナーの存在は私が考える以上に重要なものであることを再認識せざるを得なかった。

 

斎藤 展望がトレセン学園に新人トレーナーとして配属されてきたのはそうした流れにあり、すでにトウショウサザンクロスにトレセン学園が乗っ取られた状態になっていたわけなのである。

 

 

しかし、元の世界と同じく、3ヶ月間の意識不明の重体から復活を果たした後、斎藤 展望はナリタブライアンとの契約を果たすことになり、次いでに姉妹対決の実現のためにビワハヤヒデとも契約を結ぶことになった。

 

 

そして、『有馬記念』出走のための復活戦でシーズン後半に目覚めたばかりの新人トレーナーがナリタブライアンを勝利に導いたことにより堂々と『有馬記念』出走を果たすことになり、トウショウサザンクロスとの因縁の対決が再び繰り広げられることとなった。

 

この『有馬記念』にはビワハヤヒデはファン投票から漏れたことで姉妹対決は実現しなかったものの、新設レース『URAファイナルズ』という大舞台が年明けに用意されていたことで努力は無駄になることはなかったのだ。

 

結果としてはトウショウサザンクロスにまたしてもナリタブライアンが敗れ去り、『日本ダービー』の再現になったことで“将星”に“怪物”が再び討たれたことに歓喜する観客の声が響き渡るが、

 

今度は姉妹対決の夢を叶えてくれる新人トレーナーの存在もあって、強者との戦いを求める“怪物”ナリタブライアンの闘争心がますます燃え上がることになり、その闘気にトウショウサザンクロスが恐れ慄くことになったのだ。

 

それ故に、“将星”トウショウサザンクロスはかつて『日本ダービー』で討ち取ることでトレセン学園の支配を確立させる踏み台になったはずのナリタブライアンを警戒するようになり、“皇帝”シンボリルドルフもまた“怪物”ナリタブライアンの復活に一縷の望みを託すことになったのだ。

 

そのため、“将星”トウショウサザンクロスの絶対的な支配を確立させるためにも新設レース『URAファイナルズ』で“怪物”ナリタブライアンを三度敗北させて屈服させる必要が出てきたわけなのだが、

 

その一方で、今まで燻り続けていたビワハヤヒデとナリタブライアンという最強姉妹を復活させた無名の新人トレーナーに強い興味を抱くことにもなった――――――。

 

 

 

トウショウドルフ「――――――『シャトル出産』?」

 

ナリタブライアン「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを踏まえたジンクスによるものだ」

 

斎藤T「つまり、北半球と南半球とでは季節が逆転していることを踏まえて日本では季節外れに生まれてくる我が子を強引に未来のスターウマ娘にしようという魂胆の出産旅行が流行っていたということなのか?」

 

ナリタブライアン「そうだ。オーストラリアにおける競走ウマ娘の年間出生率は単純計算で日本の2倍以上だが、出生地主義によって その中には日本からのシャトル出産で生まれてきた子も含まれていたそうだ」

 

斎藤T「理屈上は南半球にある国家ならばどこでも、12月がサンタクロースがサーフィンしながら良い子にプレゼントを配るわけだから、だいたい10月ぐらいがシャトル出産の目的である春の季節になっているわけだ」

 

トウショウドルフ「…………サーフィンしながらプレゼントを配るサンタクロース」

 

斎藤T「なぜオーストラリアなのかと言えば、そのシャトル出産に利用できる南半球のウマ娘大国で一番近くのパート1国がオーストラリアだからなんだな。ブラジルやアルゼンチンは地球の裏側にあって遠すぎるものな」

 

トウショウドルフ「な、なるほど」

 

トウショウドルフ「じゃあ、トウショウサザンクロスはシャトル出産でオーストラリアの日本人街で生まれたウマ娘なのか?」

 

 

ナリタブライアン「そう。メルボルンの日本人街にシャトル出産で生まれ、そこにそのまま捨てられた残留孤児のウマ娘というわけだ」

 

 

トウショウドルフ「!?!!」

 

斎藤T「……捨てられた理由は?」

 

ナリタブライアン「日本人街で聞き込みをした限りだと、シャトル出産したはいいものの、帰国するための仕送りが足りなくなって生まれてきた子を置き去りにする他なかったとか言う話だが、そんなのは日本人街ではよくあることらしい」

 

ナリタブライアン「日本の海外旅行保険は妊娠出産費には適応されず、総費用は全額実費となることもあって、出産旅行の費用は莫大にもなる」

 

斎藤T「まあ、そもそもの出産旅行だが、いきなり妊婦を日本から遠く離れた異邦の地に送り込ませるというのも酷な話で、北半球と南半球で季節が逆転するのもかなりの負担になるはずだし、移動のための航空機の搭乗も早産の可能性が高まる!」

 

ナリタブライアン「そして、オーストラリアでは出産旅行によって生まれてきた新生児が市民権と国籍を得ることを嫌って出生地主義が撤廃されていることからも、現地としても観光がついでの出産旅行はもう歓迎していないんだ」

 

斎藤T「世界最高級の生活水準と環境、治安の良さに加えて、英語が公式言語であることも手伝って移民先として大変人気がある世界都市:メルボルンでもそんな扱いか」

 

斎藤T「いやいや、もっともなことで、出産旅行ブームで現地の産婦人科医院の病床を外国人が圧迫する状況を考えたら、オーストラリア国民の安心安全の出産を阻害することになるから、自国民を守るための当然の判断だな」

 

トウショウドルフ「………………」

 

 

どうやら、この世界での斎藤 展望は『URAファイナルズ』決勝戦進出を機に“将星”トウショウサザンクロスとの三度目の対決への秘策として、敵を知り 己を知れば 百戦殆うからず、トウショウサザンクロスの生まれ故郷を見てくるようにオーストラリア旅行に旅立たせていたようであった。

 

そう、『日本ダービー』の頃から相手はこちらのことを知り尽くしているのに こちらはいまだに相手のことを知らないというのは明らかに情報優位性(アドバンテージ)において不利である。

 

よって、去年の二度目の対決となる『有馬記念』での接戦と『URAファイナルズ』準決勝トーナメントでの調子の良さからこれ以上の小手先のトレーニングは無用と判断し、

 

“怪物”の獰猛さと勝利への執念が揺るがないように心を鍛える目的と“将星”トウショウサザンクロスの生い立ちを知ることで情報戦で互角になるように仕組んだのである。

 

もちろん、『URAファイナルズ』決勝トーナメントに出走しているのは引退即退学の過酷な中央競バの最初の3年間を走り抜いてきた4年目以上:スーパーシニア級の強豪たちであるので、“将星”トウショウサザンクロスだけに気をつけていればいいわけではない。

 

むしろ、トレセン学園の生徒の大半の“負け組”がトウショウサザンクロスに心酔しているため、『URAファイナルズ』決勝戦進出を果たしても自身を“負け組”に分類しているシンパがトウショウサザンクロスの栄光のために“怪物”ナリタブライアンを陥れようと共謀してくる可能性があった。

 

多勢に無勢の中、こちらがその不利を押し返すために猛特訓をするだろうという読み合いの発生は当然であり、その読みを外して大いに油断してもらうために、『URAファイナルズ』優勝のための長期遠征と称してナリタブライアンを秘密の特訓場に送り込んでいたのだ。

 

その時は私も同伴しており、『URAファイナルズ』決勝トーナメントまで気が済むまで遠征先に滞在するように言い触らしていたことで、トウショウサザンクロスに心酔する取り巻きの者が当人の許可を得ずに勝手に尾行するようになったのだ。

 

そう、その勝手に忖度した結果の勇み足が狙いであり、わざわざ飛行機を使わずに新幹線の切符を当日に買ってトレセン学園の京都分校に立ち寄ったことで、関西遠征の宿泊先に使われる京都分校で猛特訓をするのだろうと早合点させることに成功したのだ。

 

だが、実際にはまったくちがう。京都分校に立ち寄ったのは追手を撒くための欺瞞作戦であり、京都観光をしながら皇宮警察が警備している京都御所に入っていったことで、この“斎藤 展望”が皇宮警察の息子であることも効果覿面だったようだが、

 

京都分校にまた立ち寄って深夜に出発した先が関西国際空港のメルボルン行きであり、私がこれまで得た人脈から案内人を付き添いにしてトウショウサザンクロスの生まれ育った場所に担当ウマ娘を旅立たせたのである。

 

おかげで、東京/府中の中央トレセン学園では復活した“怪物”ナリタブライアンの動向について情報が錯綜することになり、私自身もしばらくトレセン学園に帰らず、卒業式前にようやく姿を見せたという流れだったのだ。

 

その用意周到さのおかげで、“皇帝”シンボリルドルフの世界の私が“将星”トウショウサザンクロスの世界に迷い込んでも状況整理のために堂々とこの世界について聞き込みができたわけである。

 

 

――――――そして、この世界のナリタブライアンは鼻面の絆創膏がなく、代わりに鋭い一文字傷が入っており、一般的に悪口である“怪物”らしさをより強調させるものとなっていた。

 

 

ナリタブライアン「本当にいい場所だったぞ、メルボルンは」

 

ナリタブライアン「南半球だと春が秋になるから3月が紅葉の季節なんだ」

 

ナリタブライアン「もっとも、日によって天気が目まぐるしく変わって 年間を通してはっきりした四季は無いらしく、一日の中に四季があるとも言われているような 気まぐれなところがこれまたおもしろいんだがな」

 

ナリタブライアン「そして、南半球最大の博物館:メルボルン博物館にも行ってきたぞ。オーストラリアが誇る51戦37勝“赤毛の恐怖”ファーラップの銅像が立っていたな」

 

斎藤T「――――――『51戦37勝』!?」

 

トウショウドルフ「――――――“赤毛の恐怖”ファーラップ?」

 

ナリタブライアン「ああ、“赤毛の恐怖”ファーラップはニュージーランド生まれで戦前にオーストラリアで華々しい活躍を遂げた後、北米遠征の第1戦となる当時世界最高額となる5万ドルの1着賞金が懸かった『アグアカリエンテ・ハンデキャップ』に招待され 優勝を果たしてもいる」

 

トウショウドルフ「すごい!」

 

斎藤T「――――――北米遠征か」

 

斎藤T「その後は? どんな感じに引退を?」

 

 

ナリタブライアン「――――――その後はアメリカで毒殺された」

 

 

斎藤T「!?!!」

 

トウショウドルフ「え、ええええええええ!?」

 

ナリタブライアン「メキシコの『アグアカリエンテ・ハンデキャップ』を勝利して、そのままアメリカを転戦するつもりでカリフォルニアで休養していた時だ」

 

ナリタブライアン「検死の結果、致死量を超える砒素が検出され、胃と腸から出血していることが判明すると、何者かによって毒殺されたという噂が流れたんだ」

 

斎藤T「――――――砒素中毒!? “愚者の毒”だと!?」

 

トウショウドルフ「――――――『愚者の毒』?」

 

斎藤T「砒素は単体およびほとんどの化合物において人体に対して非常に有害な猛毒である一方で、入手が容易で無味無臭かつ無色な毒であることで、遺産相続のための殺人に利用されて“相続の粉薬”とも言われてきたんだ」

 

斎藤T「有名なのはルネサンス時代のローマ教皇:アレクサンデル6世とその息子であるチェーザレ・ボルジアが砒素入りのワインで次々と政敵を暗殺したという逸話だな」

 

トウショウドルフ「…………ええ?!」

 

斎藤T「だが、“愚者の毒”と言われる所以は体内に残留して検死によって容易に検出できることから完全犯罪には向かないところにある」

 

斎藤T「なあ、スターウマ娘が毒殺の常套手段である砒素中毒で死んだとなったら、遠征先のアメリカに対するオーストラリアの反応は――――――?」

 

ナリタブライアン「察しの通りだ。国を代表するスターウマ娘が遠征先で毒殺されたというスキャンダル――――――、」

 

ナリタブライアン「これによってオーストラリア国民の間で強烈な反米感情が巻き起こり、両国間に深刻な感情的軋轢を残すこととなったという」

 

トウショウドルフ「!!!!」

 

ナリタブライアン「現在も最新の解析によって毒殺されたことは確実だが、真相は迷宮入りしたままだがな」

 

斎藤T「……地元の子供たちにとってファーラップはどれくらいの知名度なんだ?」

 

ナリタブライアン「さあな。少なくとも、“ジュニア三冠バ”トウショウサザンクロスの時代とはちがって、1週間以内に2度も3度もレースに出走するのが当たり前で、それが6年間も繰り返されての51戦37勝だ」

 

ナリタブライアン「ニュージーランドが生んだオーストラリアの伝説として語り継がれているだろうな」

 

斎藤T「……何かわかったような気がする」

 

トウショウドルフ「私もトウショウサザンクロスがオーストラリアの日本人街で何を見て聞いて感じて育ってきたのかが理解できた気がする」

 

ナリタブライアン「ああ。シャトル出産でオーストラリアに捨てられた“将星”トウショウサザンクロスにとっては遠征先で毒殺された“赤毛の恐怖”ファーラップと重なるものがあったのだろうな」

 

 

斎藤T「なら、誰がトウショウサザンクロスを“ジュニア三冠バ”にまで導いて『日本ダービー』に参戦させたんだ? その上で日本トレセン学園を支配下に置く算段を立てた動機は?」

 

 

ナリタブライアン「それも日本人街のレースクラブのトレーナーに聞くことができた」

 

ナリタブライアン「まず、オーストラリアには300を超えるウマ娘レース団体が存在し、州ごとにウマ娘レースの興行に関する法律が異なるのは、連邦制だから当然の話だな」

 

ナリタブライアン「それだけに興行の規模も多岐に渡り、国際規約に則った公営競技としてのウマ娘レースを行う大型競バ場から草競バのための競バ場など、広大な国土と競技人口によって多様性に富んでいるんだ」

 

ナリタブライアン「それだけにトレーナーライセンスの取得も日本と比べると容易で、シャトル出産が流行した際にメルボルンの日本街が発展したのは、日本でトレーナーライセンスを得られなかったトレーナー候補生たちがオーストラリアでトレーナーライセンスを得るためでもあったんだ」

 

斎藤T「そこでの経験と実績から日本に返り咲く計画だったか」

 

トウショウドルフ「けれど、オーストラリア上がりのトレーナーの中央入りが話題になったことは――――――」

 

ナリタブライアン「そうだ。ハイセイコーから始まる第一次ウマ娘レースブームの熱が高じて春生まれのウマ娘がスターウマ娘になりやすいジンクスから始まった出産旅行が廃れることで、オーストラリアでのトレーナー育成計画も頓挫することになった」

 

ナリタブライアン「今では日本人街のレースクラブのトレーナー業は副業として、日本人向けの観光業で食い繋いでいるという有様だ」

 

トウショウドルフ「じゃあ、トウショウサザンクロスが中央/府中の日本トレセン学園にあれだけの敵意を向けているのは――――――!」

 

 

ナリタブライアン「ああ。オーストラリアでのトレーナー育成計画の現地責任者だった名門トレーナーの怨念だ」

 

 

斎藤T「!!!!」

 

トウショウドルフ「――――――『怨念』」

 

トウショウドルフ「…………それもしかたがないような気がします」

 

斎藤T「……その人は今は?」

 

ナリタブライアン「トウショウサザンクロスという『名家』トウショウ家と同じ冠名を持つ天性の才能を持ったウマ娘を見出して“ジュニア三冠バ”を取らせた後に膵臓炎で亡くなったそうだ」

 

ナリタブライアン「おそらくは日常的に酒を飲んでいたせいだと、現地の人たちは言っていた」

 

斎藤T「アルコール性慢性膵炎の典型的な症状だな。元からトウショウサザンクロスを最後の担当ウマ娘として執念で育て上げていたのだろう――――――」

 

トウショウドルフ「………………」

 

斎藤T「――――――ということは、だ!」

 

トウショウドルフ「え!?」ビクッ

 

 

斎藤T「結局、トウショウサザンクロスである以外に何者でもなかった一人の少女を大人のエゴで満たしたのが“将星”の正体か!?」

 

 

斎藤T「そんなの、『名家』の影響力を維持するための政略の道具にされた“皇帝”シンボリルドルフとまったく同じじゃないか!?」

 

トウショウドルフ「――――――『シンボリルドルフとまったく同じ』?」

 

ナリタブライアン「……何者でもなかったからこそ、名門トレーナーの復讐の道具としての人生を歩むしかなかったわけだな」

 

斎藤T「同じだ! トレセン学園で繰り返される“勝ち組”生徒会と“負け組”学生寮自治会の対立の歴史と! 国境を超えるスケールのな!」

 

斎藤T「だから、こうも簡単にトウショウサザンクロスが圧倒的大多数の“負け組”を率いてトレセン学園の支配に乗り出せたわけじゃないか!」

 

ナリタブライアン「………………」

 

斎藤T「わかった。それがわかれば十分だ」

 

斎藤T「ありがとう。これでトウショウサザンクロスとの一騎討ちで負ける要素はなくなった」

 

ナリタブライアン「ああ。正直に言って あんたの判断:土壇場のオーストラリア旅行には半信半疑ではあったが、“将星”の正体を見極めることでトウショウサザンクロスの謎がなくなったことで不安や恐怖がなくなったのを実感できる」

 

ナリタブライアン「それに、“赤毛の恐怖”ファーラップの伝説にも触れることができた」

 

ナリタブライアン「そう。どうせ恐れられるのなら“赤毛の恐怖”をも上回る“怪物”として恐れられるようになりたいな」

 

トウショウドルフ「……お強いのですね」

 

 

ナリタブライアン「いいや、私はむしろ弱い方の人間だった」

 

 

トウショウドルフ「え」

 

ナリタブライアン「姉貴をはじめとして たくさんの人に支えられていたからこそ、私は“怪物”として傍若無人に振る舞うことができていたんだ」

 

ナリタブライアン「――――――“怪物”とは言い得て妙だ。私は私のままに気ままに生き、周りのことなんか気に掛けることもなかった、人の心を知らない冷酷な生き物だった」

 

ナリタブライアン「けれど、その影で同じぐらいたくさんの人たちからも恨まれていることも知って、私は自分自身が生み出した影に怯えるようになったんだ」

 

ナリタブライアン「そうだ、“将星”トウショウサザンクロスが指し示す十字架は私がこれまで犯してきた罪の象徴でもあったんだ」

 

ナリタブライアン「だから、私は『日本ダービー』でその罪を裁かれて、罰を受けることになったんだ」

 

トウショウドルフ「そんなこと……!」

 

斎藤T「――――――物事にはマクロな面とミクロな面の2つがある」

 

斎藤T「野球で言うなら、野球はチームとチームの対抗戦ではあるが、その中にはピッチャーとバッターの1対1の対決の要素もある」

 

斎藤T「それと同じように、これまでトレセン学園やウマ娘レース業界が積み重ねてきた罪穢れとナリタブライアン個人が今世に積んできた業が『日本ダービー』における“将星”トウショウサザンクロスの襲来という目に見える災厄になったと言えるな」

 

斎藤T「個人の結果の裏には個人が所属する集団・組織・団体・地域・国家が積み上げてきた原因が左右することも多々あるわけだ」

 

斎藤T「決して無関係なんかじゃない。そこに所属していることで恩恵を多少なりとも受けている以上は、同じようにそこに所属していることで罪業も引き受けることになるんだ」

 

斎藤T「だからこそ、組織のトップは天皇陛下のように俗事に心を惑わされることのない清らかな性質の運気の持ち主でなければ決して平安が訪れることはないのだ」

 

斎藤T「その点では“皇帝”シンボリルドルフは真っ当に生徒会長を果たし続けたと言える」

 

ナリタブライアン「シンボリルドルフだったからこそ今の結果があるとするなら、シンボリルドルフ以上の存在を挙げられないなら、今の結果を下回る未来しかないわけだからな」

 

トウショウドルフ「――――――『最善ではなくても最悪の結果は免れたのが今現在』ということですか」

 

斎藤T「そうだ。人は得てして自分に都合がいい最善の結果を常に求めるが、自分にとって最悪な結果が訪れる可能性を無意識に除外しがちで、現状がどれだけ恵まれた状態なのかを推し量ろうともしないのだ」

 

トウショウドルフ「……そうですね。オーストラリアの日本人街に捨てられた子供たちの境遇を思うと、学生寮で燻っている多くの生徒たちがいかに現状に甘えているのかと批判することは簡単です」

 

斎藤T「だから、簡単に“将星”トウショウサザンクロスの口車に乗せられるんだ。自分よりも強大な意志によって圧倒されたんだ」

 

斎藤T「力こそが全てだと驕れる者が更なる力の持ち主によって屈服させられるように、自分こそが世界中の不幸を背負っているのだと驕れる者は想像を絶する哀しみの持ち主に自分の哀れさを主張する言葉をなくすものだ」

 

斎藤T「結局は意志の強さが全てを決めるんだ」

 

 

――――――だから、“怪物”ナリタブライアンはもう“将星”トウショウサザンクロスには負けないんだ。十分に苦しんで哀しみを背負ってきたからな。

 

 

そして、いいところで時間は非情にも巻き戻ることになった。日めくりカレンダーが卒業の日に戻る。

 

おそらく、トウショウサザンクロスの世界において自分がトレセン学園で築き上げた全てを奪い取られて心を病むことになった“皇帝”シンボリルドルフを救って元の世界に帰るための条件というのが、

 

自身が後事を託した“斎藤 展望”の担当ウマ娘:ナリタブライアンあるいはビワハヤヒデが『URAファイナルズ』を優勝してトレセン学園における“将星”トウショウサザンクロスの絶対的支配の確立を阻止することに加えて、

 

次代を担う『名家』トウショウ家のウマ娘:トウショウドルフと接触して、繰り返される“勝ち組”生徒会と“負け組”学生寮自治会との対立の歴史に終止符を打ち、勝負の世界につきものである勝利至上主義の下の弱肉強食と弱者救済について何らかの方向性を与えることにあったように思える。

 

そう、マクロな面での弱者救済“鼎の卦”とミクロな面の弱者救済“井戸の卦”が両立されるようにトレセン学園ならびに日本ウマ娘レース業界の影が牙を剥いた結果であり、まったく無関係に思えたオーストラリアと日本ウマ娘レース業界の繋がりには驚く他なかった。

 

ここまで理解した上で“勝ち組”と“負け組”の対立構造が大小様々な形で世の中に組み込まれていることを認識しなくては“将星”トウショウサザンクロスとわかりあうためのこれまでの対話の全てが無意味であったのも当然であり、

 

この世界において“斎藤 展望”が『敵を知り 己を知れば 百戦殆うからず』という孫子の兵法の基礎の基礎を土壇場でバカ正直に実践させた結果、“将星”トウショウサザンクロスの今に至る真相になるものを掴むことができてしまったのだ。

 

普通のトレーナーなら『URAファイナルズ』決勝トーナメントを目前にして少しでも基礎トレーニングを積ませようとするだろう。

 

しかし、“怪物”ナリタブライアンの実力はすでに“将星”トウショウサザンクロスに決して劣るものではないという担当ウマ娘に対する信頼と、『URAファイナルズ』決勝トーナメント直前までオーストラリアで真相を探ってくるという奇天烈な指示に従える担当トレーナーへの信頼があって、トウショウサザンクロスの謎を解明することができたのだ。

 

トウショウサザンクロスを突き動かしているものがトレセン学園ならびに日本ウマ娘レース業界への怨念だとわかれば、あとは23世紀の宇宙移民として地球文明の後継者である冠婚葬祭の一切を取り仕切れる祭司長の私の悪霊祓いの出番である。

 

その筋道が立ったことでトウショウサザンクロスの世界に転移した私の役割は果たされたのであろう。

 

 

――――――後のことは、人事を尽くして天命を待つのみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――トレセン学園/学生寮自治会本部

 

トウショウサザンクロス「……続々と学園から卒業生たちが引っ越していくな」

 

ヒシアマゾン「ああ。来年にはアタシたちもここを出ていくことになるんだ」

 

トウショウサザンクロス「そうだな。貴様の手料理を食えなくなるのは寂しいものがあるな」

 

 

トウショウサザンクロス「――――――全力勝負が信条の貴様のことだ。『URAファイナルズ』で寝首を掻きたければいつでも掛かってくるがいい」

 

 

ヒシアマゾン「おうよ! オーストラリアの“ジュニア三冠バ”にして『メルボルンカップ』を制した“将星”トウショウサザンクロスに、“クラシック三冠バ”が確実視されていた“怪物”ナリタブライアンが復活したんだ!」

 

ヒシアマゾン「アタシは“ヒシアマゾン”だ! 相手が“将星”や“怪物”であろうと全力勝負を挑む“恐れを知らぬ決闘者”さ!」

 

トウショウサザンクロス「それでいい。闘争の世界で頂点に立つ者に待つのは安楽ではなく、絶え間なく自分の頂点を脅かし続ける挑戦者との死闘の日々だ。それでこそウマ娘の闘争心が満たされるというもの」

 

トウショウサザンクロス「だが、シンボリルドルフの腹心:フジキセキと共に寮長の座を追われた貴様が私の側にいるというのも傍から見れば滑稽なものだな」

 

ヒシアマゾン「別にいいさ、周りがどう思うかなんてのは。寮長だったから美浦寮のみんなの面倒を見ていたんじゃないしさ」

 

ヒシアマゾン「アタシはお互いに最高の気分でタイマン勝負するために、アタシがやりたいように他人の世話をしていただけだから、寮長の肩書なんて元から有って無いようなものだったんだからさ」

 

ヒシアマゾン「だから、美浦寮や栗東寮のみんながシンボリルドルフよりもトウショウサザンクロスを選んだのなら、アタシはその選択を支持するだけさ」

 

ヒシアマゾン「まあ、アタシからすると手のかからない子のシンボリルドルフよりも、世話のしがいのあるトウショウサザンクロスの方が可愛げがあって好きだけどさ」

 

トウショウサザンクロス「それも“皇帝”シンボリルドルフとは何もかもが正反対であることの演出に過ぎないのだがな。やろうと思えば、いつでもオーストラリア料理を振る舞ってやれるが」

 

ヒシアマゾン「ベジマイトにバーベキュー、それにフィッシュ・アンド・チップスってのはジャンクフードって言うんだよ、日本だと!」

 

ヒシアマゾン「まあ、完璧であるが故に隙の無さが他者を寄せ付けないシンボリルドルフよりも、胸を張って自信満々に大ボケをかます少し抜けたところが美浦寮や栗東寮のみんなに愛された理由だし、アタシも好きだよ」

 

ヒシアマゾン「アンタに言うのもアレだけど、アンタのそういうところが“怪物”ナリタブライアンに似ているってのもあるのかもね……」

 

トウショウサザンクロス「なるほどな。道理で貴様だけは最初から物怖じしなかったわけか」

 

トウショウサザンクロス「………………」

 

 

トウショウサザンクロス「――――――“オーストラリアの伝説”ファーラップについて知っているか?」

 

 

ヒシアマゾン「珍しいね。あまり故郷のことはアタシにだって話さないのに」

 

トウショウサザンクロス「なぜだろうな。貴様がファーラップの終焉の地であるアメリカ出身なのが関係しているのかもしれんな」

 

ヒシアマゾン「へえ、これは意外だねぇ」

 

トウショウサザンクロス「何がだ?」

 

ヒシアマゾン「だって、アメリカ出身のアタシ、オーストラリア出身のアンタがこうして日本のトレセン学園にいるわけだろう?」

 

ヒシアマゾン「アンタがここにきた動機や来たことで起きたことはどうであれ、アンタのようなとんでもないウマ娘と会えたことは奇跡みたいなもんなんだ」

 

ヒシアマゾン「だから、アタシはアンタと出会えたことが嬉しいし、ブライアンだって『有馬記念』で復活してくれたんだ」

 

 

――――――この上ないほどに最高のシチュエーションじゃないか、『URAファイナルズ』は!

 

 

トウショウサザンクロス「………………」

 

ヒシアマゾン「ほらほら、聞かせておくれよ、そのファーラップってやつを。アンタが言い出したことだろう」

 

トウショウサザンクロス「……良かろう。心して聞くが良い」

 

ヒシアマゾン「あ、その前にアンタの故郷で有名らしいチョコレートリップルケーキを作ってみたんだ。話も長くなるだろうし、少し待ってて」

 

トウショウサザンクロス「……私が“怪物”ナリタブライアンと似ている、か」フッ

 

 

 

――――――こうしてトウショウサザンクロスの世界において『URAファイナルズ』決勝トーナメントの日を迎えるのであった。

 

 

 

 

 

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