ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
――――――目標:3月12日の卒業式から3月19日の修業式までの1週間の時間の牢獄を突破せよ!
地獄だった。アグネスオタカルの世界もトウショウサザンクロスの世界も元の世界と比べて最悪の結末を迎えようとしているわけなのだが、今回の世界は別次元に地獄だった。
言うなれば、国民的スポーツ・エンターテイメント『トゥインクル・シリーズ』の夢の舞台:トレセン学園でバイオハザードが発生した世界というわけであり、理性を失った人々が欲情の赴くままに自分たちの生活の根底を支えてきた文明社会を崩壊に導く途上にあった。
“女王”アグネスオタカルはあくまでもトレセン学園が抱える弱者救済の解決策としてスリム化を施した第2の日本トレセン学園を作り出して彼女なりに夢の舞台を守ろうとあがいた結果の独立革命であり、
“将星”トウショウサザンクロスは勝負の世界では避けては通れない勝利至上主義の是非を黄金期を迎えて生徒数が最高に膨らんだ状況で投げかけることで“勝ち組”と“負け組”の対立を煽ってウマ娘の真の自由を世間に訴える侵略戦争に打って出た。
それらと比べたら、“皇帝”シンボリルドルフや“女帝”エアグルーヴに“怪物”ナリタブライアンが率いる生徒会が存在していながら、この世界のトレセン学園の誰もが快楽物質がドバドバ放出されて脳内ピンク状態になっていることで全員がまともではないという可能性に満ちていた。
しかも、“皇帝”シンボリルドルフはトレセン学園で唯一自分のものと言えるものが“担当トレーナーとの男女の交わり”だけだということを知っているだけに、
それすらも否定されるべき可能性の世界ともなれば、この世界に存在する“皇帝”シンボリルドルフの心境はいかに――――――。
それだけに今回の別世界の洗礼は過去最悪に強烈であり、決して知らない仲ではない友人知人たちの赤裸々な性事情を否応なく見せつけられ、私自身も決して無関係ではいられなかったことに戦慄する他なかった。
ただ、一流は一度見た技は二度は喰らわないし、同じ過ちは繰り返さないものだと相場が決まっている。
そう、どれだけ用心しても対応できなかったものや泡を食ったのはしかたなかったとして、いつまでも失敗を引き摺らずにすぐに頭を切り替えるのが一流の在り方である。
子曰く、君子
この世の中、人間の思う通りにいかないことなんて山ほどあり、君子と呼ばれる大人物でさえも窮する事態に見舞われるのは人生において誰もが避けられない当たり前のことなのだ。
だが、君子と呼ばれる者と小人と呼ばれる者をわける要素というのが、状況に翻弄されて慌てふためくのではなく、動転する気持ちをグッと堪えて努めて平常心を保って泰然自若とし、冷静な判断で打開策を練る忍耐強さと死中に活を求める胆力というわけである。
じゃあ、君子でも予測できなかった突発的な出来事を乗り切れるかどうかというのは、それこそ『人事を尽くして天命を待つ』常日頃の天に捧げる誠心誠意が危難から我が身を救う最後の盾になるのだ。
結局はスーパーコンピュータと同じだ。人知を超えた正確性と処理速度を持つスーパーコンピュータでさえも何億分の一の確率で絶対にミスをするが、そのことをいちいち気に掛けることなく、次の操作をいつも通りに完璧にこなす。
要は、成功時と失敗時の振れ幅を極限まで小さくして、感情で揺れ動く振り子を静止させ、常にベストな状態で最大の効力を発揮できるように自分を持っていくのだ。人間コンピュータを目指せ。
だが、正確性と処理速度でスーパーコンピュータに人間が並ぶことなどできないわけで、あくまでも目標設定のための喩えであり、心構えの問題である。
スーパーコンピュータにできないことを人間がすべきなのであって、競うのではなく持ち味を活かす適材適所を考えられるのが使われるだけの道具にはない使う側の人間の真の値打ちなのだ。
そのことを学んでさえいれば、自分がどうあるべきなのか、自分が何者であるべきなのか、自分をどう持っていくべきなのかもはっきりして、寝床に就いて数分で心の整理はつく。
昨日の失敗を明日には持ち越さず、常に昨日の自分よりも明日の自分が進歩していることを念じて、私という存在は日に日に新しくなっていくのだ。
生物の進化などそういう毎日の積み重ねでしか起きないのは世代を重ねる毎にキリンの首が長くなっていく過程を思えば、今日も今日とて、昨日も昨日とて、明日も明日とて、進化を目指してコツコツ頑張っていけるはずだ。
――――――そして、重要なのは言葉で現実を支配すること!
言葉次第で黒が白となり、白が黒となるように、怪談話のように恐怖を助長する巧みな表現があるなら、現実の恐怖を冷静に分析して言語化することによって陳腐化することもできるものだ。
得体の知れない恐怖とは、逆説的に言えば得体が知れたら恐怖ではなくなるのだ。
知らないことには自然と警戒心を抱くが、どういうものなのかを知っていたら親近感を抱くのと同じこと。テレビCMによる宣伝効果を甘く見てはいけない。
相手の手の内を知っていれば、それだけで有利になって心理的余裕が生まれるのと同じこと。
未知への恐怖を克服するのは常に探究心を絶やさない勇気ある冒険者というわけであり、私はその冒険者の最高峰に位置する 遥か宇宙の彼方の あるかどうかも行ってみないことにはわからない 居住可能惑星を求めて流離う宇宙移民なのだ。
もしかしたら死ぬまで宇宙船で一生を過ごすか、どこにも辿り着けずに宇宙の塵になるかもしれない不安感と虚無感を相手取って、あの星を掴み取るという血気に逸る探究心と勇気が宇宙移民の最大の武器なのだから。
そのことを思えば、暗黒宇宙の闇と比べたら未開惑星での文明の光に包まれた暮らしは行く末が見えなくなるほどの絶望とは程遠い夕焼けみたいなものよ。眩しい眩しい。
――――――さあ、恐怖を克服するには1日生き残れば十分だ! 2日目からは攻めに転じるぞ! 死ななければいかなる犠牲も安い!
●????:3月14日
飯守T「――――――3月14日ですよ、今日!」
和田T「いつもは卒業式の翌日に異世界探訪は終わったというのに、今回の別世界はそれだけにとんでもないことが起きている!」
斎藤T「………………」
和田T「それで昨日のうちに斎藤Tにあったことをまとめると、本当にとんでもないことの連続じゃないか!?」
和田T「男として遭遇したら嬉しいラッキーなハプニングの連続というより、頭の処理が追いつかなくなって脳が破壊されるような地獄じゃないか。やだぁ……」
岡田T「最初に朝の登校前に生徒以外立ち入り禁止の学生寮のゴミ捨て場から使用済みの男性用コンドームが見つかって、」
岡田T「中等部卒業生が街中で『URAファイナルズ』決勝トーナメントに備えていた午前のトレーニング中に“つわり”になって斎藤Tが吐瀉物の処理をすることになって、」
岡田T「昼前の学園のトレーニング場でナリタブライアンと三ケ木Tが斎藤Tの眼の前でいたし始めて最後は物陰でくんずほぐれつして、」
岡田T「トレーナー寮でエアグルーヴをはじめとするたくさんの生徒が昼休みをシャワーを浴びてくるぐらいに熱烈に過ごして絆を深め合って、」
岡田T「一日の授業が終わるよりも早い頃に、トレーナー室にいた斎藤Tに元担当ウマ娘にトレーナーを寝取られた生徒が迫ってきて、」
岡田T「その日の最後は この世界の才羽Tと桐生院Tの逢瀬を担当ウマ娘が 一部始終 見てしまった、と」
斎藤T「…………『一部始終』ではないですけどね。本番になる前でしたから」
飯守T「似たようなもんだろう! 何が起きているのかなんて――――――!」
岡田T「ですが、これも
和田T「そうだよ! 鐘撞Tが言っていたように、“皇帝”シンボリルドルフの心配事を最悪な方向に導いた悪辣なものがコレだよ!」
飯守T「……桐生院Tが才羽Tのことをどう想っていたのかを知っているだけに、俺としては喜んでいいのやら、怒っていいのやら、悲しんでいいのやら、わけがわかんなくなってるよ」
和田T「担当ウマ娘のハッピーミークならもっとわけがわかんなくなってるさ!」
斎藤T「……あれは本当に才羽Tだったのだろうか?」
和田T「え?」
斎藤T「可能性の世界とは言え、才羽Tにとっては桐生院先輩は
飯守T「たしかに、史上初の“無敗の三冠バ”シンボリルドルフに継ぐ“無敗の三冠バ”ミホノブルボンのトレーナーってことで知名度は抜群で、いろんなイベントでウマ娘や女の子に言い寄られることはあったけどさ?」
――――――全ての女性は花。全ての女性は等しく美しい。そして、花は太陽の下で花開くことを知っている。
飯守T「だなんて言ってのけて、鼻の下を伸ばすことなんて絶対にしないんだ」
飯守T「そう考えると、可能性の世界ってどこまでが実現できる可能性なんだろうな……?」
和田T「言われてみると、才羽Tに特定の相手ができるのがまったく想像できない……」
和田T「むしろ、才羽Tが男の欲求に忠実になったとしたら、一人どころじゃないだろう。太陽のように遍く人たちに愛を捧げる伝道師になっていてもおかしくないって」
岡田T「それに、なぜウマ娘に扮してトレセン学園の運動着で夜のトレーニングというシチュエーションなんでしょうね」
岡田T「才羽Tはもっと大きな世界に目を向けているから、府中市の夜の公園でそんなマニアックなプレイをするよりも、それこそ世界レベルの趣向を凝らした場所での素敵な一夜を相手にプレゼントするのがらしい感じがしますが」
岡田T「憶えてますよ。配属早々に食堂を貸し切って本場ヨーロッパのスターウマ娘たちが普段から食べているアスリートフードを披露して、たった1皿でベテラントレーナーたちの心を鷲掴みにしたエピソード」
岡田T「俺もテイオーも『皐月賞』の後だったから『とんでもない新人トレーナーがやってきたもんだ』と海外遠征のことも考えるようになった大きなきっかけでしたよ」
和田T「俺もマックイーンと一緒に極上スイーツを何度もごちそうになりました」
飯守T「俺なんて手料理を普段からたらふく食わせてもらっていたからなぁ……」
飯守T「だから、才羽Tがどれだけすごいやつなのかはわかるし、逆に言えばどれだけ大きなものに目を向けているのかも知っている。スケールがちがうんだ」
飯守T「でも、実際に才羽Tがこの世界にいるのなら、そうなる可能性だってあるのかもしれないのに、そんなはずがない気がして――――――」
貞操の危機という明らかな身の危険を感じた協力者たちをいよいよ百尋ノ滝の秘密基地に招待することになり、正式にチームの一員として登録されることになった。
ここに足を踏み入れるのが初めての人間はもれなく私のトレーナー室のユニットシャワールームに偽装した瞬間物質移送器を使う瞬間は目隠しと耳栓をしてもらっているが、
あらためて見ると、トウカイテイオーの岡田T、ビワハヤヒデの鐘撞T、ライスシャワーの飯守T、メジロマックイーンの和田TというG1トレーナーの顔ぶれであり、肩書だけを聞けばウマ娘レースの関係者の誰もが恐れ慄く陣容である。
そして、マンハッタンカフェも初めて足を踏み入れることになり、あらかじめ準備していた全自動住宅の一室のあまりの快適さにかえって恐縮していたぐらいだった。
ここだけが何十年も先の未来を先取りした別世界であり、人為的に作り出された可能性の世界の雛形がここに存在していたことを誰もが驚きを隠せずにいるのだった。
あとのことは全て、私がハッピーミークの件で外出している間に、先に居着いていた岡田Tと鐘撞Tが説明してくれていることだろう。
そんなわけで、いつもなら卒業式の翌日には私が
一向に見つかる気配がない
鐘撞TことピースベルTは別件で席を外しており、アグネスタキオンとマンハッタンカフェら学生は百尋ノ滝の秘密基地で生産されている完全栄養食である合成食料と持込みの非常食による朝食を平らげてからトレセン学園に通学となった。
そして、私が昨日体験してきたことを包み隠さず発表したことにより、場は張り付いた空気に縛られることになり、飯守Tが止まった時間を動かすための第一声を上げた。
そこからあらためて私が疑問に思った才羽Tの恋愛観について、私よりも明確に付き合いの長い各人が驚異の天才トレーナー:才羽Tの凄さを口々に語っていくことで、私の中の違和感が徐々に明確な輪郭を帯びていくのが感じられた。
そう、ウマ娘の才能が第一であるとしても本番で勝たせられる戦略と運気を担うのがトレーナーの役目である以上、トウカイテイオーの岡田T、メジロマックイーンの和田T、ライスシャワーの飯守Tが比較的経験の浅い若手トレーナーだとしても実績は文句なしの新進気鋭の彼らが口を揃えて才羽Tの凄さを語るのだ。
私としても天の道を往き 総てを司る男になることを座右の銘とする才羽Tが凡俗に陥ることなど天地がひっくり返ってもあり得ないと感じているので、あらためて 昨夜 見たハッピーミークの思考力を奪い尽くした光景を思い返してみた。
すると、今の話題とは関係ないことだが、後から冷静になって考えてみたことによって、この世界に関することで大変重大な見解を得るに至った。
斎藤T「――――――
斎藤T「別にその辺で堂々と誰もがスケベしまくっているような爛れた世界だろうと、私は一向にかまいません。生殖行為は生命の義務ですから」
和田T「え!? 昨日のことで、さっきまで死んでそうな顔で説明していたのに、本当に大丈夫なのか!?」
岡田T「………………」
斎藤T「ええ。それがその世界の文明文化であるなら、基本的人権の尊重と多文化主義と異文化理解に基づいて異邦の民は郷に従うのみです」
斎藤T「だいたいにして、ウマ娘とトレーナーの理想の関係性を謳い上げたものとして『トレセン学園は婚活会場』だなんて言葉があるんですから、」
斎藤T「羽目を外しすぎて妊娠で互いの本分を果たせなくなるようなことがないように節度を守っていればいいんです」
斎藤T「だいたいにして、ウマ娘レースで活躍した生徒を良血バと尊び、良血バの子供たちが未来のスターウマ娘になることを公然と想像して期待しているくせに、性に興味を持って行為に及ぶのを咎めるのは身勝手が過ぎると思いますね」
斎藤T「だから、お目汚しになるものを見せつけられるのは避けたいので『節度を守れ』とは言いますが、『性に興味を持つな』とは言いません。存分に愛し合ってください」
飯守T「………………」
和田T「…………!」
岡田T「…………目から鱗が落ちたな」
和田T「……う、うん。俺もメジロ家に婿入りする身になったから、そういうものだと、何も思わなかったけどさ?」
和田T「……言われてみれば、女子中学生や女子高生にさ、学生の身で子供のことを期待するってのはデリカシーがなさすぎるんじゃないのか、これ?」
岡田T「……それに誰も違和感を覚えないぐらい、生徒たちが重賞レースで勝って“良血バ”と認定されて子供を生むことに基本的には前向きな考えでいるってことがトレセン学園の当たり前だったんだ」
岡田T「……なら、重賞レースで勝って“良血バ”になることは優れた血筋の子供を生むことに他ならない?」
飯守T「じゃあ、今の理性の箍が外れた世界は『トゥインクル・シリーズ』に対する理解がある意味において進んでしまった世界ということになりませんか?」
飯守T「なんというのか、勝つことがイコール子供を生める権利みたいなやつに結びついている感じです」
和田T「うわぁ、そう考えると本当にあり得なくない可能性なのが恐ろしい……!」
岡田T「そこまで性に積極的になれるのも『レースで勝てば良いお嫁さんになれる』って解釈になっているのかもしれないですな……」
飯守T「そうか。それがこの世界の在り方なら、たしかにそれに違和感を覚える余所者である俺たちとしては互いのためにも干渉しないようにいるのが無難か……」
和田T「ホントだよ! 『トゥインクル・シリーズ』でスターウマ娘になることの意義が紙一重の差で結婚とか子作りとかに結びついた世界とか、何か嫌だ!」
斎藤T「ただ、人類社会の理想とはすなわちSDGs:持続可能な開発目標に基づく持続可能な社会の実現による恒久平和と繁栄のことであり、」
斎藤T「それに反して自分たちの行いや選択の末に自滅の道を歩んでいることを自覚せずに突き進んでいるさまに私は我慢ならなかったわけです」
斎藤T「いいですか。個人が色事に溺れるのを『節度がない』というわけですが、集団全体で色事に溺れるのを『風紀が乱れる』というのです」
斎藤T「集団生活において『風紀が乱れる』というのは致命的な問題で、風紀が乱れない程度に各人が『節度がない』のを私は個人の自由として許容できますが、各人が節度を守っていても『風紀が乱れる』状態は公共の福祉に基づいて容認できないということです」
斎藤T「ですので、ナリタブライアンが担当トレーナーと縒りを戻すために肉体関係で縛り付けていようが、私は我関せずを貫こうと思います。それこそプライベートかつプライバシーの問題ですからね」
和田T「なるほど。そう説明されると、斎藤Tが昨日体験してきた絶望への行進曲みたいな一連の出来事の何に衝撃を受けていたのかがはっきり理解できる!」
飯守T「つまり、“皇帝”シンボリルドルフの登場によって総生徒数2000名弱に達するほどにトレセン学園が繁栄する一方で、トレーナーの数がどんどん目減りして、いずれはどん詰まりになる『風紀が乱れる』状況を体制側が助長していることに斎藤Tは精神的ダメージを受けたわけですね」
岡田T「俺はもうトレーナー寮に帰ってないから実感が湧かないけど、たしかに傍から見たら異常なことになっているとしか思えないですからな」
和田T「そうそう! ただでさえ、ウマ娘の数に対して圧倒的にトレーナーの数が少ないせいでスカウトから漏れてターフの上を走ることもままならないまま学園を去っていく子たちはいくらでもいるわけだから!」
和田T「トレーナーの専属契約を結ぶどころか、人生の専属契約まで結ぶのが横行しているとなると、トレセン学園という夢の舞台の存続のためにマナーとエチケットを弁えて欲しくもなるよ!」
飯守T「そして、体制側が淫行を取り締まるどころか黙認して更には助長させた理由がそういった行為があったことを隠蔽することだとするなら、その実態はウマ娘ファーストによる純粋なものではなく 隠蔽体質によるものだから――――――!」
岡田T「ついでに言えば、担当トレーナーが担当ウマ娘と関係を持つのに周りの女性が嫉妬しないわけもなく、トレセン学園の女性陣も掛かり気味になっているみたい」
斎藤T「――――――用心しておくべきですよ、飯守T」
飯守T「え、俺!?」
和田T「そりゃ、だって、理事長秘書の緑の人さんと随分とお熱いらしいじゃないか!」
飯守T「え、いや、俺はたづなさんとは担当ウマ娘のことで相談してもらっているだけで、俺にとっては今はライスが一番に大事だし……」
和田T「バカヤロー! 好きでもない男とめかし込んでクリスマスディナーになんか行くわけがないじゃないか!」
飯守T「……ああ、やっぱり?」
岡田T「恋に一直線のウマ娘も油断ならないですが、大人の女性にも気を配らないとあっという間に食われちゃいますよ、飯守T?」
岡田T「あなたは“グランプリウマ娘”ライスシャワーとの間に理想的なトレーナー像を作り上げて人気と注目の的ですからなぁ」
斎藤T「去年の学生寮不法侵入事件で学園が全力であなたの名誉を守ろうとしたぐらいには、飯守Tとライスシャワーはトレセン学園のトレーナーとウマ娘の理想な関係性を体現しているんですよ」
和田T「そうだぞ! 俺たちみたいな大事な担当ウマ娘を傷つけて世間から一斉に掌を返された落ち目なおっさんとはちがって、飯守Tは元甲子園球児で筋肉もあってハンサムで、何よりも担当ウマ娘のことを本当に大事にしてきて ついには“グランプリウマ娘”なんだしさ!」
和田T「よくよく考えれば、最初の担当ウマ娘と新人トレーナーの二人三脚で“グランプリウマ娘”だとぉおおおおお!? こっちはメジロ家の至宝を掴み取った偶然でもれなくG1勝利がついてきたようなものなのに、その才能に妬けちゃうぞおおお!」
岡田T「うんうん。俺もテイオーの才能に人生の全てを賭けていたのに、飯守Tは同期に天才トレーナーと名門トレーナーがいて、よくぞ喰らいついて昇りつめたものだと感心しますよ」
飯守T「まあ、こういうのは野球と同じで、ピッチャーがダメでも他のポジションがあるって思えば、俺とライスは無理にレースで一番をとらなくてもいいって思えるようになりましたからねぇ」
和田T「うぅ、そういう心境で『宝塚記念』でリベンジされた時は本当に悔しかったぞ、このぉ!」
飯守T「まあ、これもレースの常ということで1つ」
そう、私がこの別世界に来て本質的に何に怯えていたのかがはっきりわかったことで、未知の恐怖を言語化して既知の恐怖へと陳腐化させることに成功したのだ。
これにより、別世界での私に親しいトレセン学園の友人知人たちの痴態を最初に全部見せつけられたこともあって、並大抵の情事には動じなくなったはずだ。
それがこの世界のルールであるのならば、郷に入れば郷に従え、そういうものだと理解して無理に解決しようと首を突っ込むこともないのだ。
あくまでも目的は
また、欲情してきたウマ娘への護身具として上着に触れると火花が弾けるポケット静電気発生装置や欲情した気分を強制的に萎えさせるハンカチも準備できたので、私としては堂々とトレセン学園を歩き回れる準備は整った。
しかし、“皇帝”シンボリルドルフに続く“無敗の三冠バ”ミホノブルボンを育成した才羽Tの才能は言うまでもなく、トレセン学園どころか世界レベルの実力なのは誰もが認めるところだが、
その天才トレーナーに喰らいついて好走を重ねてきたライスシャワーをついには“グランプリウマ娘”にまで導いた飯守TもいかにG1勝利を重ねても担当ウマ娘を故障させて引退に追い込んでしまった負い目のある岡田Tと和田Tにとっては二度と掴むことができない光り輝くものがあるそうなのだ。
実際、一般的な担当ウマ娘の人気とは別に担当トレーナーも人気ランキングの対象になり得るわけであり、トウカイテイオーやメジロマックイーンといった屈指のスターウマ娘と比べるとライスシャワーの人気は絶対に及ばないのだが、
逆にトレーナー人気となると、知名度が抜群の元甲子園球児のナイスガイである飯守Tが気弱な女の子であるライスシャワーを力強く支え続けて『宝塚記念』勝利に至らせた
そのため、ターフの上では全員がライバルになるのがウマ娘レースではあるものの、こうして関係者同士は互いの持っていないものを称え合う健全なスポーツマンシップに則った気持ちのいい人間関係を構築しており、私としても全員を仲間に加えられたことに手応えを感じていた。
岡田T「それで、肝腎の
和田T「そうだった。この世界の“皇帝”陛下に斎藤Tが会わないと何も始まらない……」
飯守T「けど、昨日からまったく連絡がとれないって――――――」
斎藤T「なので、あらゆる可能性を模索しなければならないわけですよ、飯守T」
飯守T「え」
斎藤T「並行宇宙に可能性の世界、他にもいろいろな世界が存在していて――――――」
飯守T「ま、まさか、裏世界――――――」
和田T「!」
岡田T「――――――『裏世界』?」
斎藤T「いろんな世界があることをお教えしますよ、先輩方」
――――――トレセン学園/大樹のウロ
和田T「――――――トレセン学園の名スポットの1つ:大樹のウロ!」
岡田T「これまで数々のウマ娘やトレーナーたちの嘆きや哀しみ、思いの丈が叫ばれてきた場所だ……」
岡田T「俺もテイオーのことで叫んだな。テイオーは人前で泣かない子だから、部屋に閉じこもって啜り泣いているんだけどさ……」
和田T「俺もマックイーンのことでうんと叫んだよ。マックイーンはレースのことじゃなくて極上スイーツが手に入らなかったことを叫んでたみたいだけど……」
飯守T「相変わらずの強烈な負の霊的磁場が形成されているな……」ビィビィビィ! ――――――ポケットラジオが不穏な電波を受信してビィビィ鳴り続ける!
斎藤T「みなさん、ここが学園裏世界の入り口です」
和田T「えと、入り口というと、この大樹のウロに飛び込めば裏側の世界に入れるってことか?」
斎藤T「正確には合言葉が必要です。ここが扉になっているのは間違いないですが、入門するための資格を提示する必要があるわけですよ」
斎藤T「裏世界に入る前に命綱として、この“釣り針”を渡しておきますね。好きな色の“釣り針”をどうぞ」
和田T「うわぁ! 何、この、金属じゃないカラフルな釣り針!? 天然石を加工したやつ?」
岡田T「波打っているようなカラフルな模様って、これってもしかして瑪瑙じゃありませんか?」
斎藤T「そうです。“瑪瑙の釣り針”です。これを首に下げるか、服に引っ掛けておいてください」
岡田T「さながら、学園裏世界という暗い海を泳ぐ魚たちを引き寄せる餌になるわけですか」
斎藤T「ええ。喰らいつかれた瞬間に見えない釣り糸を巻き上げて表世界に連れ戻してくれる優れもので、裏世界から帰還する時の時間短縮にも役立っています」
岡田T「ああ、そういうタイプの脱出装置なんですか」
岡田T「じゃあ、襟ピンみたいに挿しておきますか」
和田T「襟のところに引っ掛けるよりも首に下げれば勾玉に見えなくもないから、そうしようかな」
飯守T「イヤホンジャックを引き抜いた瞬間に魔除けの防犯ブザーになるポケットラジオもしっかりとONにしておいてください」
和田T「特殊な電磁波を検知するパッシブレーダー付きのやつだったな」
飯守T「それで幽霊がいる方角と距離がわかるわけですが、指向性マイクに繋げて音で拾った方が正確な位置は判別できるので、おおまかなものになります」
斎藤T「そして、今回はオバケ退治はせずに学園裏世界を探検するだけなので、この新兵器を投入します」
岡田T「――――――『新兵器』?」
斎藤T「この“提灯と拍子木”を持ってください」
和田T「え、『火の用心!』でもする感じ?」
斎藤T「そうです。いろいろと触ってみてください」
岡田T「あれ、この提灯ってアレですか。ロウソクを模したLEDライトを使っている提灯ライトですか。ちょっと重いな……」
斎藤T「重要なのは提灯の覆いとなる火袋なんですよ。光源の明かりが障子を通して外を照らすわけなんですが、この障子が超薄型LEDビジョンになっていているんです」
岡田T「じゃあ、提灯の柄を電子データで変えることができるわけなんですか」
斎藤T「そうです。重いのはLEDビジョンやライトの電源にワイヤレス通信機が入っているからなんです」
岡田T「――――――『ワイヤレス通信機』?」
和田T「あ、もしかして、この拍子木――――――?」
斎藤T「そうです。試しに拍子木を打ってみてください」
和田T「いい音がするねぇ」カンカン!
斎藤T「今、パターンデータを送りました」
和田T「うおおっ!?」ドーンドーンドーン!
岡田T「うわっ!?」ビクッ
和田T「何これ!? 拍子木なのに太鼓の音になったよ!? すげえ!?」
斎藤T「他にも――――――」
和田T「うおはあああああああああっ!?」チュドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!
岡田T「こ、これは凄い……!」ビクッ
和田T「ああ、びっくりした……」
斎藤T「――――――びっくりしたでしょう?」
斎藤T「こんなふうに拍子木内に仕込まれた発振器で周波数を変動させることで拍子木の打音を他の打楽器に変えたり、衝撃音に変えたり、爆音に変えたりできるわけですよ」
斎藤T「そして、そっちの提灯もLEDビジョンに転送したデータでいろんなパターンを表示できるのですが、何のための装備かは理解できましたよね?」
和田T「こっちを驚かそうとしているオバケを逆に驚かして追い払うためか!」
斎藤T「そうです。肉体がない幽霊だからこそ、ビクッとなった瞬間に途方もない場所に一瞬で移動することになるので、火の用心をする見廻組に扮して幽霊をあえて誘い出したところを一斉に追い払えば道中の安全を確保できるわけです」
斎藤T「まあ、打音を変換しているので短い音しか対応できませんが、魔除けの防犯ブザーになるポケットラジオよりも長持ちして遠くに響き渡るので、母機となる提灯ライトと併用する時はなかなかに有用な装備です」
斎藤T「ともかく、幽霊と言っても元々は肉体を持っていた霊体です」
斎藤T「生前の頃の感覚や認識を持っている以上は生きていた頃の常識にも縛られるわけで、突如として響き渡る火の用心に警戒心を抱くはずで、それだけで何割かの霊を近寄らせなくなり、」
斎藤T「悪意を持って霊が近づいてきたら、拍子木を爆音に変えて悪霊退散です」
斎藤T「ヤバかったら防犯ブザーを鳴らして“瑪瑙の釣り針”で現実界に即帰還すると」
斎藤T「――――――簡単な話でしょう?」
――――――トレセン学園裏世界
岡田T「こ、ここが三次元世界と表裏一体となっている四次元世界……」ゾゾゾ・・・
和田T「うわぁ! この感じ、この寒気、この圧迫感! 何か憶えがあるぅ~!」ゾワゾワ・・・
飯守T「この世界の裏世界はこんな感じになっているわけですね……」
和田T「うぎゃああああああああああああ!? ななななな何なんだ、ありゃああああああ!?」
岡田T「――――――よ、妖怪!?」
斎藤T「ほう、やはり色欲に塗れた爛れた世界の裏側はそういった妖怪が彷徨きまわっているものか……」
斎藤T「仏教においては衆生が生死を繰り返しながら輪廻する世界を三界:欲界・色界・無色界と区分しているわけで、」
斎藤T「
斎藤T「いや、天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道を巡る六道輪廻もみな欲界に属していたか」
斎藤T「仏教の三宝印の1つ:涅槃寂静とは、この六道輪廻の舞台である欲界から解放され、無色界に到達して永遠の安寧を得ることだ」
斎藤T「凄いな。少なくとも、この世界のトレセン学園はこれほどまでに
和田T「や、やべぇえええええ! こんなのが現実世界と表裏一体の霊界にウヨウヨしてやがったのかよ!?」
斎藤T「けど、相手にする必要はないですから、無闇に刺激しなければなんともないですよ」
斎藤T「ここは心の世界ですから、気にしなければ そこにいないも同然です」
和田T「そ、そうなのか!?」
斎藤T「ええ。現実世界だって、実際に在籍しているけれどもトレセン学園のトレーナーにスカウトされることのないようなモブウマ娘の存在を認識できていないでしょう、誰も」
和田T「そ、そういうものか……」
岡田T「俺も療養のために学園を離れていたからいなくなったも同然だったし、郷に入れば郷に従え、互いに干渉しないようにするのが最善なのはここでも変わらないわけですな」
和田T「そう言われると、あらためて世知辛いねぇ。ここは誰もが憧れる『トゥインクル・シリーズ』の夢の舞台だってのに、地方では異次元レベル扱いされるようなエリートたちが鎬を削る戦場で活躍できるのはほんの一握り――――――」
和田T「それで不意の故障や戦績の悪さが原因で夢破れて学園を去ることになるトレーナーやウマ娘が毎年たくさん出ているわけだから、少しの間 顔を見せなくなったらあっという間に忘れ去れてしまうわけだなぁ……」
岡田T「うん。俺もすぐに忘れ去られたし、“皇帝”シンボリルドルフの伝説を一番に支えた有馬一族の御曹司でさえも完全に知らない世代に入っているものなぁ……」
飯守T「………………」
斎藤T「それじゃあ、行きましょうか」
――――――本所七不思議と呼ばれる現在の東京都墨田区に江戸時代から伝承される怪談話がある。
江戸時代の典型的な都市伝説の一つであり、古くから落語など噺のネタとして庶民の好奇心をくすぐり親しまれてきたと言われ、
“七不思議”とあるが、伝承によって登場する物語が一部異なっていることから8種類以上のエピソードが存在するとのことだ。
このうちの
本所七不思議:
その伝承に肖り、学園裏世界に蔓延る魑魅魍魎に襲われないようにしたのが新兵器の概要であり、魑魅魍魎の正体がかつては肉体を持っていた霊体だと仮定して徹底的に対策した代物が今回の“提灯と拍子木”である。
一般に動物の耳はヒトよりもその性能が良いとされているのは間違いなく、試しに調べてみたゾウも低周波の唸りが地面を伝って空気よりも密度が高いことで36km以上遠くのゾウにも届くらしいのだ。
となると、ウマも確実にヒトの耳には絶対に聞こえない周波数の超音波を発することができるはずなのだが、ウマが存在しない代わりにウマ娘が存在するこの地球において、ウマ娘の可聴域はヒトと大差がないことが明らかとなっている。
それでも、ヒト社会に慣らされて急激に退化している可能性があることを踏まえても、ヒトよりも身体能力に優れていながら繊細とされているウマ娘の可聴域はヒトよりもある程度は幅が広い――――――。
そこで、ウマ娘の身体能力の高さを逆手に取った音響兵器を学園裏世界で切り札としてついに導入したわけなのだ。
そう、ヒトにはまったく聞こえないがウマ娘には聞き取れてしまえる非常に不快な超音波を“提灯ライト”の方から流しており、“拍子木”との火の用心の組み合わせはそれを悟らせないための
なので、ウマ娘の人霊が主となっている悪霊や妖怪はこれだけで近寄れなくなるわけなので、接近してくる悪霊や妖怪がヒトの人霊が主とであると判別することができるようになるのだ。
実際にこれが効果覿面で、驚くほどスムーズに学園裏世界を初めての人間を連れて探索することができるようになり、周りのウマ娘の悪霊が蜘蛛の子を散らすように退散するのに釣られてヒトの悪霊もその場を離れていっているのがわかった。
問題は完全に元の肉体の意識や感覚を失ってオバケに成り果てた妖怪たちなのだが、人間としての肉体や意識を失ったことで
学園裏世界から見るトレーナー寮は巨大な色欲のオバケに丸呑みされており、その周りにはトレーナー寮で半ば公然と行われている不健全な行為に対して羨ましく思いながら激しく妬むウマ娘たちの怨念が取り囲んでおり、とてつもない負の引力が発生していた。
そう、般若の面をしたような鬼女の人霊の大群がトレーナー寮を囲んでおり、『見ている』という視線にこもった念だけで存在に気づかれるのは厄介なので、同行者にはデジタル妖怪図鑑に表示されたものに意識を向けるように禅寺の修行のように強制していた。
しかし、その嫉妬の感情によって悍ましく変わり果てた鬼女たちもトレーナー寮に踏み入ることができずにジーっと外から怒りの形相を向けるだけに留まっているのは、愛の巣と化したトレーナー寮を丸呑みにしている巨大な屋敷妖怪の存在によるものだ。
妖怪は人霊が完全に肉体の感覚を失うことで感情通りの形質の存在に変異した存在であり、肉体の感覚という自己同一性を保つための器から解放されたことにより、波と波が合わさることで合成波になるように同じ感情を持つ者同士が1つになって完全にオバケになった成れの果てである。
そのため、本能的にあそこに踏み入れることで自分たちの存在がトレーナー寮そのものとなった妖怪に取り込まれてしまう恐怖があるため、いつまでも二の足を踏むしかないのである。
しかし、そこには愛の果実の甘い蜜の香りが漂っているのも事実であり、あそこの中に入っていきたいという誘惑もあって、トレーナー寮そのものが現実世界ではうら若き生徒たちを、裏世界では彷徨える幽霊たちを誘き寄せては捕食して自分の一部にする食虫植物のようなものとなっており、そうあるように現実世界でトレーナー寮を作り変えた者たちのイヤらしさの種が妖怪の苗床となっていた。
なので、トレーナー寮そのものがそういう目的で作り変えられたため、不純異性交遊の動かぬ証拠を隠蔽するための仕掛けを全て取り払う現実的な働きが必要となり、仮に私が悪魔祓いの奥義を尽くして消滅させたところで現実世界に存在するものの形質が苗床となっている限りはいくらでも復活してしまうのだ。
つまり、現実世界のトレーナー寮そのものを跡形もなく破壊した上で裏世界に根付いて成長し続けるトレーナー寮と一体化した巨大な妖怪を浄化しない限りはウマ娘とトレーナーの理想の関係となるべき営巣行動は留まるところを知らない。
ただ、トレーナー寮そのものを苗床にして成長した妖怪は幽霊と異なり、建物としての属性あるいは自意識も持つようになるため、『火の用心!』という掛け声と拍子木を叩く音が響き渡ることで妖怪を構成している人霊たちの記憶や感覚から死ぬほどビックリして萎縮するのだった。
なにしろ、トレーナー寮という場所に対する妖怪を構成する人霊たちの集合意識にとって、火災によって建物が全焼する恐怖は何よりも恐ろしいことであり、ウマ娘とトレーナーの愛の巣である我が身を守ろうという意識が建物を苗床にして成長した妖怪に走るのだ。
しかも、その集合意識の半分はウマ娘であり、なおかつ妖怪でありながら建物そのものなので“拍子木”の裏で“提灯”から流しているウマ娘には聞こえる不快な超音波から逃げ出すことができずに悶え苦しむしかないのだ。
その不快感は表裏一体となる現実世界にも何となくだが居心地の悪さを生者に与えることになり、自然と現実世界のトレーナー寮から人が出ていくことになるのだ。
そういう意味で“提灯と拍子木”は妖怪退治の新兵器であり、その試運転としては上々の結果が得られていたが、同時に対ウマ娘用制圧兵器にも転用できるため、決して表に出すわけにはいかない禁断の兵器にもなっていた。
しかし、基本的に未開惑星の習俗や文化の有り様には尊重して無干渉主義を貫く宇宙時代の文明人たる私だが、それでも主義に反してこの爛れた世界に強い怒りを覚えてしまうのは『風紀が乱れる』という理由からである。
『個人の風紀が乱れる』のは個人の自由として尊重して『節度を守れ』という言う程度だけだが、これが『全体の風紀が乱れる』となったら話は別で、
生命の答え;なぜ生き物が生まれて死んでいくのかの端的な答えが生殖行為である以上、その生殖行為を果たした生命は基本的には生命の役目を終えたことであとは死にゆくのを待つことになるのだから、
『全体の風紀が乱れる』状態は社会を1つの生命に喩えると生命の役目である生殖行為を終えて死にゆくのを待つ状態になっていることになるので、高度な文明を維持しつつ既存の社会を存続させるためには『全体の風紀が乱れる』のは絶対に避けねばならないのだ。
表向きはウマ娘ファーストを標榜した結果 ウマ娘の感情のままにトレーナー寮が愛の巣となっていたとしても、不健全極まる
裏世界ではどれだけ悍ましい状態になっているのかが一目瞭然であるし、たとえ直接的にその存在を目にすることはできないとしても、その悪影響は次第に表裏一体の現実世界にはっきりとした形で現れるのだ。
そう、入試倍率が過剰で中途退学者も決して少なくない全寮制の中高一貫校のトレセン学園という一種の閉鎖空間だからこそ発生した歪な教育環境は在籍トレーナーの激減と若手トレーナーの離職率から明確に過ちを犯していると証明できているのだから。
そして、別世界で弱者救済のために
内心はどうあれ“負け組”に寄り添って学生寮を支配することで実質的にトレセン学園を乗っ取ることに成功した“将星”トウショウサザンクロスにとっても シャトル出産で異国の地に産み捨てられた恨みもあって さぞや不愉快に思うこと間違いなし。
だが、トレーナー寮の怪異などさしたる問題ではなかった。所詮は別世界の問題であって、私たちの世界では問題ではないのだから。
私たちが体験している“皇帝”シンボリルドルフに対する悪意がこもった異世界転移の目的はそこにはなかったのだから。
――――――トレセン学園を黄金期へと導いた“皇帝”シンボリルドルフを讃えるための記念碑となるエクリプス・フロント。
そここそが私たちの目的地であり、
なぜ今まで気づかなかったのか――――――、エクリプス・フロントに巨大なシンボリルドルフが磔にされてグッタリとしていたのに気づいた時には全員が言葉を失う他なかった。
この世界独自に偉大なる指導者:シンボリルドルフの巨像を建てたとかわけではなく、“皇帝”シンボリルドルフというウマ娘に対する人々の思いがエクリプス・フロントという現実世界の記念碑となる施設に集まり、卒業式を迎えたことで惜別の念があのような超高層ビルの妖怪を生み出していたのだ。
和田T「――――――人々の思いが“皇帝”シンボリルドルフの
飯守T「な、何だ、あれええええ!? 特撮のセットかよ!?」
岡田T「…………“皇帝”シンボリルドルフを讃えるエクリプス・フロントに磔だなんて、趣味が悪いにも程がある!」
飯守T「まさか、あそこに
斎藤T「そのようです。この世界でも自身の記念碑となるエクリプス・フロントで物思いに耽るのは変わらなかったみたいですが、裏世界に取り込まれるほどに精神的に追い詰められていたみたいですね」
岡田T「……それって、アグネスオタカルの世界のようにトレセン学園に入学せずに車いす生活になったり、トウショウサザンクロスの世界で斎藤Tを襲いかかるほどに精神崩壊したりする以上のことなんですか?」
斎藤T「少なくとも、この世界はシンボリルドルフにとってはもっとも残酷な世界であるのは身を以て理解できているはずです」
岡田T「うっ」
飯守T「えっと、整理すると――――――、」
飯守T「アグネスオタカルの世界だとトレセン学園に入学しなかったことで黄金期を迎えられなかったことを後悔する車いすの人生を送っていたのに対して、」
飯守T「トウショウサザンクロスの世界だとトレセン学園を卒業したら自分の後を継いでくれる者がいなくて、残されたものが“愛した人との思い出”だけしかないことを嘆いていましたから、」
飯守T「トレセン学園の顔役として史上初の“無敗の三冠バ”にして歴代最長の生徒会長として生徒たちの模範と成り続ける裏で、この世界のトレーナー寮や横浜分校の爛れた実態を知っているのだとすれば、自分自身の“男女の愛”さえも否定的になる立場にいなくちゃならないはずだから――――――」
岡田T「――――――
斎藤T「トレセン学園を卒業するまで生徒たちの規範であるという義務感から卒業してしまえば、現実世界への執着が完全になくなって、裏世界に引きずり込まれることになるのも不思議ではないですね」
斎藤T「だって、あそこに磔にされているように、人々はずっと“皇帝”シンボリルドルフが学園に君臨し続けてくれることを願っているわけですから」
斎藤T「これぞ、まさしく“永遠なる皇帝”というわけですよ」
岡田T「!!!!」
岡田T「そんなバカなことがッ!?」
和田T「――――――あるんだろうなぁ」
岡田T「え」
和田T「俺もカフェと組むまではずっと『天皇賞(秋)』の時からトレセン学園に居場所がなくて、それでトレーナー室でボーッとする毎日を送っていたら裏世界に引きずり込まれて悪霊に殺されかけたことが何度もあるから、学園よりも斎藤Tの秘密基地で過ごしていたいと思うようになった経緯があるので……」
岡田T「だとしても、こんな――――――!?」
斎藤T「とりあえず、行けるだけ近くに行ってみましょうか。新年度にオープンのエクリプス・フロントの出入りは私ならある程度は自由なので」
和田T「でっけえ。恐竜のテーマパークを思い出させる迫力満点の靴のデカさだ……」
飯守T「うわっ! 巨大娘:シンボリルドルフの足元にスカートの中を覗こうと見上げている悪霊に、恍惚とした表情で拝んでいる悪霊や靴にスリスリしている悪霊がこんなに……!」
斎藤T「男も女も老いも若きも煩悩に忠実でよろしい」クスッ
岡田T「あの勝負服の丈の短さと絶対領域に“皇帝”のエッセンスを合わせ込むとそれはそれは魅力的にはなるだろうけど、『ああいうイヤらしい連中と一緒にはなりたくはない』と強く思ってしまいますな……」
和田T「………………俺、へそフェチでよかったと思ったのは初めてだなぁ」ボソッ
岡田T「ああ、いかんいかん。見てはいけないのに つい見上げてしまうな……」
飯守T「でも、こうして見上げると本当に史上初の“無敗の三冠バ”に“最強の七冠バ”を達成した“皇帝”ってのは周りからこんなふうに巨大に見えているものかもしれませんね」
岡田T「そうでしょうな。“皇帝”シンボリルドルフに続く“無敗の三冠バ”が確実視されていたテイオーでさえも不運に見舞われて 夢は幻になって消えてしまっていたぐらいですから……」
岡田T「だから、それだけの偉業を成し遂げたシンボリルドルフの存在は永遠にウマ娘レースの歴史に語り継がれることにもなる伝説にもなるわけですよ」
――――――レースに絶対はないが、“
和田T「こうして偉大な人物が物理的に大きくなっているのを見ると、それが逆に近くから見上げると大きすぎて――――――、あ、あの2つの豊かな双丘に阻まれて顔まで見えないということに」
和田T「………………マックイーンが磔の巨大娘じゃなくてよかった、ホント」ボソッ
斎藤T「あの勝負服は神聖ローマ皇帝:ルドルフ一世に擬えた“
岡田T「そうです。一般的にはあの勝負服のイメージが強いわけですが、まさか現役中にG17勝の勲章なんてつけるわけがないじゃないですか」
和田T「そうそう。やるとしてもトウカイテイオーが真似した“クラシック三冠”連勝中のVサインが有名なところかな」
和田T「で、トウカイテイオーの勝負服はまさしく現役時代のシンボリルドルフのものにかなり似せていたことで『本気で“皇帝”の後を継ごうといている覚悟の現れか、己の才能を鼻にかける青二才か』と賛否両論にはなるぐらいには恐れ多いものになっていたな」
岡田T「――――――思い返す度に『それでこそ俺が探し求めていた“俺だけのシンボリルドルフ”だ!』と猛烈に感動した記憶が今でも色鮮やかに蘇ってくる」
岡田T「だから、トレセン学園の“皇帝”に至る過程の走りに魅せられていた俺にとっては、“皇帝”になった後にお披露目となった勝負服は意外とそこまで印象には残っていないもんですな……」
和田T「やっぱり、地方から上がってきた岡田Tの気概には敵わないなぁ。当然か……」
和田T「たまたま、約束された未来のG1ウマ娘がスカウトできたからG1トレーナーになっただけの俺からすれば、“俺だけのシンボリルドルフ”を探し出して全身全霊で担当ウマ娘と同じ夢を目指す姿は眩しすぎるや……」
この世界のシンボリルドルフは“何もない”存在であったために、人々の集合的無意識の中に引きずり込まれることになり、文字通りに“永遠なる皇帝”としてトレセン学園に縛り付けられることを強要されることになっていた。
実際、卒業式を最後にこの世界のシンボリルドルフは忽然と姿を消して捜索願いが密かに出されていたわけであり、父親が警視総監である飯守Tからの情報でこの世界のシンボリルドルフが現実世界のどこにもいない可能性を見出すことになり、
卒業式の日からシンボリルドルフに憧れている熱心なファンたちのコミュニティで不思議とシンボリルドルフの夢を見るようになったことが共通の話題になっていたらしいのだ。
その噂話をこの世界のメジロマックイーンから聞いていた和田Tによって、私はこの世界のシンボリルドルフの行方が学園裏世界だろうという推測を立てることができ、実際にそれは推測通りだったことを確かめることになった。
先日のこの世界を象徴する強烈なまでの性的な出来事の数々はこの結論を導くための
ハッピーミークが考えるのをやめてしまうほどのショッキングな出来事など、私たちからすれば目的にたどりつくための導入に過ぎず、別世界のシンボリルドルフの心情を推し量るためのヒントでしかないのだ。
もちろん、もしもの現実が具現化した可能性の世界であるため、そうなりかねない因子が間違いなく元の世界のトレセン学園に存在していることをはっきりと確認できたので、元の世界でのシンボリルドルフ卒業後の新時代を迎えるトレセン学園を正しく導くための指針としてしっかりと役立てよう。
質量保存の法則に乗っ取ると、私が別世界を見て回っているのと同じように元の世界から忽然と姿を消した私の質量の穴を埋める形で
その痕跡は世にも不思議な時間が巻き戻る“目覚まし時計”の魔力によって全てがなかったことにされるが、私が可能性の世界を訪れた数と同じだけ、別世界の私も可能性の世界を見て回るはずなので、どの世界の私が体験する内容は等価になるようにこの異世界探訪が組まれているはずだ。
なので、その世界が抱えている問題に関してはその世界の私自身が何とかすると信じて、私は私の世界のトレセン学園の絶対的な象徴であった“皇帝”シンボリルドルフの明るい門出のために誠心誠意努力するのみである。
さて、まだ一般公開されていないエクリプス・フロントは魔界と化していた。
というのも、人々の膨大な惜別の念によって学園裏世界に引きずり込まれた挙げ句に巨大娘:シンボリルドルフとして磔にされているような場所なのだ。そこは過分な妄想によって現実が塗り潰されていた。
そうなるのも、まだ一般公開されていないために実際はどんな感じなのかがわかっていないエクリプス・フロントに対する大衆のイメージが“皇帝”シンボリルドルフの記念碑になる場所といったもののため、卒業式の日にそのイメージが最高潮に達して人々の念が合成波となってエクリプス・フロントに転写されて、人々がイメージするシンボリルドルフ一色にエクリプス・フロントを染め上げることになったのだ。
そのため、建物そのものが妖怪化しているのだが、妖怪化した場所に関しては異界と表現した方がわかりやすいかもしれない。現実世界の人々の念が集合的無意識となって表裏一体の裏世界での現実となっているのだ。
飯守T「どうやら、異界化の影響で“皇帝”シンボリルドルフに対するイメージが中等部の現役時代と高等部の生徒会長時代の2つに分かれて、普通の箱型の高層ビルの内装がツインタワーになっているみたいですね」
岡田T「あるはずのない連絡通路を渡ったら向こうが生徒会長タワー、こちら側が七冠バタワーか……」
岡田T「実際、シンボリルドルフの6年間はその2つの時期に分類できるわけで、シンボリルドルフ一人の力で特色づけられているわけじゃないのはわかっているはず」
和田T「そうですねぇ。やっぱり、シンボリルドルフの中等部時代は三巨頭の時代なわけで、いかに有馬一族の御曹司:鐘撞Tの存在が大きかったかという話ですよ」
岡田T「そういうわけで、早くも台頭してきた シンボリルドルフの現役時代を直に体験してこなかった 新世代のファンの熱意がエクリプス・フロントに傷をつける悪意になっているわけですな」
斎藤T「具体的には“無敗の三冠バ”同士の頂上決戦:シンボリルドルフ VS.ミホノブルボンを望む声がエクリプス・フロントの内装を真っ二つにわけているわけですよね」
和田T「つまり、シンボリルドルフ至上主義者と新世代が対立する未来が待ち構えているように感じられて嫌ですね」
岡田T「まったくですな。“皇帝”シンボリルドルフの偉業を讃えるのはいいが、新世代の台頭を喜べない旧弊は退屈なレースを生んで先行きを短くするだけだというのに……」
斎藤T「まあ、自分にとって一番のウマ娘は人それぞれですから」
岡田T「それがいつまでも当人を縛り付ける鎖になっていることに、どうして思いやれないんだろうな、人って」
和田T「岡田T……」
飯守T「難しい話ですよね。完全に忘れ去られて過去の人にされるよりかは寂しくはないですけど、かと言って いつまでも過去の栄光に縛られ続けるのも……」
和田T「――――――『そっとしておいて欲しい』と思うこともある。わかるよ」
和田T「メジロ家の令嬢を担当ウマ娘にした瞬間に会ったこともない人からいろいろと言われるようになったし、今まで底辺チームでサブトレーナーをしていた俺に対して『最初から見込みがあるやつだと思っていた』としたり顔で言い寄ってくる輩が出てくるしさ……」
和田T「でも、そういった声が展示会場の展示品になっているのは本当にシュールですねぇ……」
岡田T「たしか、エクリプス・フロントにはトレセン学園の歴史や貴重品を取り扱った展示会場があるとは聞いていたけど、こんな趣向のものが出てくるとは……」
斎藤T「案外、『こういうのを知ってもらいたい』という一人の少女の意志がこれまで自分に向けられてきたものを展示品として見せているのかもしれません」
斎藤T「どうします? このまま一気に階段を上がって屋上まで行けば、磔になっている巨大娘:シンボリルドルフの許に行けますが?」
岡田T「――――――全部見て回ろう」
飯守T「俺もそうするべきだと思います」
和田T「うん。斎藤Tが我らが“皇帝”陛下と会って話をするのが大事なわけで、俺たちはそのおまけに過ぎないけれど、必要な情報が展示されているかもしれないし」
和田T「時間が来たら“瑪瑙の釣り針”で一気に現実世界に帰れるんでしょう? なら、時間まで目一杯使って情報を集めた方が確実だと思いますね、俺は」
今から6年前にシンボリ家の威信を背負って入学して“最強の七冠バ”として讃えられるまでになった黄金期の前半と、
今から3年前に最年少の生徒会長に就任してから歴代最高の生徒会長として3年勤め上げた黄金期の後半の展示会場――――――、
その2つの時代の架け橋となる連絡通路そのものが中央エレベーターとなって外見は普通の箱型の高層ビルなのに中身がツインタワーの異界の探索を大いに助けてくれていた。
自動案内の中央エレベーターと化して新しい階への行き来が快適な連絡通路の窓の外に映るのは何もない闇が無限に広がり続けている。
私が創設者となる新クラブ:ESPRITの立ち上げのためにエクリプス・フロントには割りと頻繁に出入りはしているものの、それでも全ての部屋に出入りができているわけではなく、展示品コーナーもまだだった。
それでいて、他にもいろいろな施設や業者が入れられているエクリプス・フロントの一部に過ぎない歴史資料館の部分がツインタワーと化しており、わざわざ黄金期を前半と後半にわけたテーマ性をもたせて展示会場が設けられていることに何らかの強い意志を感じていた。
なので、おそらく展示品の中身は明らかに異界の産物だったとしても空間の間取りについては事前に見せてもらっているのだろう。想像力では補えないような正確な歴史資料館らしさが演出されていた。
たしか、『一度見た相手の顔は忘れない』という特技があると言っていたが、それは何事においても発揮されているようであり、所々に置いてあるシンボリルドルフの筆跡のルーズリーフがそのことを嫌でも思い出させた。
最初のルーズリーフを何気なくめくっていくと非常に分厚く、見るとそれはトレセン学園の在籍者名簿とトレーナー名簿であったのだ。
そして、月毎にルーズリーフの冊子が律儀に置いてあるわけなのだが、月を追う毎にその厚みが薄くなっていたのだ。
抜け落ちたページが下の段にあった別のルーズリーフに毎回まとめられているのを見比べることで、最初のところも例外なく月毎に2冊のルーズリーフが用意されていたことに気づいたのだ。
そう、下の段にあった別のルーズリーフはトレセン学園から去っていったウマ娘やトレーナーたちの一覧だったのだ。
人知れずにひっそりと惨めに夢の舞台を去っていく者が後を絶たない中、こんなものが人々の集合意識の産物である異界に存在することが一人の少女が抱く哀愁を物語っていた。
律儀に毎月分が決まって置かれているのだが、慣れてくると全ページをめくるのも億劫になってしまうものがある気怠さがトレセン学園から去っていく者を見送ることの虚しさを呼び込んでいた。
ページに合わせて冊子が分厚くなることで2つのルーズリーフの大小がこの時期に何があったのかを想像させることになり、去年 配属の新人トレーナーの私にとってはまったく無意味な情報でしかないのに、いつしか去っていった者のリストの厚さの変化にばかりに目がいくようになってしまった。
和田T「ああ、こんな子がいたなぁ、たしか……」ペラ・・・
和田T「そっか。この頃に退学していたんだ……」フムフム
和田T「薄情なもんだよな。『選抜レース』でいい感じだったからスカウトしようかなとか考えていた子だったのに、これを見るまで完全に存在を忘れ去っていたんだ……」
斎藤T「一般的にオフシーズンとされる7月と8月の時期に退学の生徒が増えるのか。全然 知らなかったな……」パラ・・・
飯守T「たぶん、冬のオフシーズンとはちがって夏の強化合宿に参加できなかったり、そこで十分な成果を得られなかったりして、秋以降のトップシーズンに期待が持てなかったからじゃないですか」
斎藤T「こうして見ると、スカウトできずに次のチャンスを待ち続けて学園に居続ける子とスカウトされても好走が果たせずに早々に退学していく子のどちらが幸せなんでしょうね」
和田T「やめてくれ。俺にとってトラウマの修羅場のシーンが蘇るから……」
こんな辞め方になるぐらいなら……貴方なんかと、出会わなきゃよかった……!
和田T「うぅうううううううううううううううううううううわああああああああああああああああああああ!?」
飯守T「だ、大丈夫ですか!?」ビクッ
和田T「こ、この子だぁあああああ!? あまりにも壮絶な修羅場で今でも夢に出てくる光景が――――――!」ガタガタ
岡田T「ああ、この子はあの――――――」
岡田T「トレーナーも一緒にトレセン学園を辞めていくことになったことで有名になった、あの――――――」
和田T「うぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
飯守T「お、落ち着いてください! しっかりしてください!」
和田T「す、すみません。取り乱してしまいました……」ゼエゼエ
和田T「いやいや、ホント、キツイ……」フゥ
和田T「我が事ではないにしても、他人事ではないことだから、ウマ娘にとって一生に一度しか許されない『トゥインクル・シリーズ』への挑戦を俺なんかがやりきれたことが本当に奇跡みたいなもので……」
和田T「G2勝利を目指して程々に頑張る底辺チームにいた俺だけど、その底辺にすら留まれずにトレセン学園を去っていったウマ娘やトレーナーを結構見てきているし、そういう話題が自然と耳に入ってくる姦しい場所にいるもんだからさ……」
和田T「だから、G1勝利を目指して全力でぶつかっていくことが怖くなって、自分に言い訳をして ずっと底辺チームでのんびり過ごしていたいと思っていた頃があった……」
和田T「本当に俺にとって最高の宝だったよ、メジロマックイーンは!」
斎藤T「そうですか。それはよかったじゃないですか。砂金採りをあきらめずにずっと砂さらいをしてきた甲斐がありましたね」
和田T「うん! ありがとう……!」
岡田T「……これがここにあるということは、ここにあるものを鮮明に記憶して異界に出力できるほどに日常的に関心を寄せていた人物が確実にいるわけですな」
和田T「そんなの、我らが“皇帝”陛下以外にいないでしょ!」
和田T「だから、これを見て 常日頃からどれだけ胸を痛めているかがジーンと伝わってきて、まだ飲酒もできない年頃で本当に素晴らしい御方だったんだなって――――――、ね?」
和田T「もうこれ以上の方なんて二度と出てこないでしょう?」
岡田T「そうですな。だからこそ、それがわかっている人間は“永遠なる皇帝”としてトレセン学園にいつまでも君臨してもらいたかった――――――」
岡田T「でも、そのエゴが卒業式を迎えなければならない当人を無自覚に一番に苦しめているわけで、それでいて一人の人間として得られたものが何一つない――――――」
――――――だから、エクリプス・フロントに磔になった巨大娘:シンボリルドルフなんてものが裏世界に存在してしまっているんだ!
こうして異界化してシンボリルドルフの深層心理さえも展示されたエクリプス・フロントの超特設歴史資料館の鑑賞の足を進めていく毎に、シンボリルドルフという一人の少女が背負ってきたものが私たちの中に溶け込んでくるのがわかってくる。
まるでシンボリルドルフ卒業後にその意志を継いでいくために必要な研修であるかのように感じられ、シンボリルドルフの視座というものがどういうものなのかが非常にわかりやすい形で示唆されていた。
しかし、ここで至極当然な疑問が湧いてしまう。
――――――それなら、どうして将来有望なウマ娘をこの世界に呼ばないのだろうか?
もちろん、多感な時期であることもあって子供であるウマ娘には裏世界の荒々しいおどろおどろしい空気に耐えられないのもそうだ。
実際、私が対ウマ娘用制圧兵器とも呼べる新兵器を用いているからこそ、ここまでの道中で悪霊や妖怪の類に襲われることがなく、異界化したエクリプス・フロントをじっくりと見て回ることができているのだ。私の存在が必要不可欠なのは間違いない。
そもそも、裏世界に同行させる運命を持つウマ娘と縁がないのも奇妙なことで、天の配剤として必要な人材が来るようになっているのなら、学園裏世界に同行させたくなるウマ娘が私の所に来るはずなのだから。
つまり、こういうこと。それで“皇帝”シンボリルドルフの人物評価を落とすかもしれないが、実は――――――。
岡田T「……そもそも、トレセン学園に自分の意志で入学しなかった世界がありましたな」
和田T「そうだよ、アグネスオタカルの世界! そこで答えが示されていたじゃないか!」
斎藤T「ウマ娘という生き物の性を理解しているからこそ、その将来性を誰よりも不安視していたわけですね」
飯守T「体制側や管理する側になってわかる業界の全体像や実態のことを思うと、自身の理想のために その理想に魅せられて学園にやってきた後輩たちに 現実の残酷さを見せたくなかったのかもしれませんね」
斎藤T「そもそも、子供は子供らしく夢に向かって全力ではしゃぐべきであって、大人がしっかりと土台を支えてやるべきなんですがね」
和田T「――――――それが俺たちに託された“俺たちにしかできない役割”だってこと?」
岡田T「………………」
飯守T「そろそろ、次の展示ブースに行きましょうか」
ゴゴォオオオオオオオオオ! ガクン! ピンポン!
斎藤T「いよいよ中等部/高等部の3年目のゾーンに突入ですね。どっちから行きます?」
岡田T「シーズン後半で“皇帝の王笏”と“万能ステッキ”が脱落するから、たぶん その辺りが心理的に最高に大変な時期なんでしょうな……」
飯守T「2年目は高等部の方から見たし、3年目は高等部の卒業式で綺麗に締めになるように行きましょう」
和田T「どっちにしろ、全部を見て回るつもりなんだから、その方がいいはずです」
和田T「お、早速! 中等部3年目4月度の在籍者と退学者はこんなものか……」パラ・・・
斎藤T「最終的に総生徒数2000名弱になる過程ですから、当然 中等部3年のものは高等部1年の時より厚みが少ないですね」ペラ・・・
和田T「あ、マックイーンにテイオー! 俺たちの世代だ!」
飯守T「そして、タキオンとカフェもだ!」
斎藤T「………………あれ?」パラパラ
岡田T「どうしましたか?」
斎藤T「――――――ゴールドシップを見なかったですか?」
飯守T「え」
斎藤T「高等部で今年の卒業生じゃないなら、この時期に入学していないとおかしい」
飯守T「あ、そっか。全部は見てなくても、もう中等部2年も高等部2年も見てきているのに……」
和田T「たしかにゴールドシップを見た憶えがないかも……」
斎藤T「ずっと気になっていたんですけど、ゴールドシップはもしかして生徒を装った不法侵入者じゃないですか?」
岡田T「待ってくれ! あれだけ学園内でハチャメチャをやっているウマ娘が不法侵入者――――――!?」
和田T「でも、どこを見てもゴールドシップが載っていなかったし……」
和田T「あれ? そう言われてみると、他にも何人かゴールドシップのようにこの在籍者名簿に載っていないウマ娘が学園にいるような――――――?」
斎藤T「嘘でしょう!?」
飯守T「ま、まさか、
斎藤T「……帰ったら確かめる必要があるな」
岡田T「危険なことじゃないですか?」
和田T「いや、もしかしたら この別世界に単にゴールドシップがいないだけじゃ? そうじゃないと、俺の方でも何人か知った顔がずっと出て来ないことに説明がつかないし……」
飯守T「トウショウサザンクロスの世界でスターウマ娘の顔ぶれだけが同じで、実際には生徒たちの顔ぶれがかなりちがっていたのと同じだと思いたいですね……」
斎藤T「だといいのですが……」
そうしてシンボリルドルフの『一度見た相手の顔は忘れない』という特技に反するゴールドシップの不法侵入者疑惑が浮上してくる中、中等部3年の展示ブースを鑑賞していく。
中等部2年の史上初の“無敗の三冠バ”達成時の人々の声の展示も凄まじいものがあったが、G1勝利数を重ねていく毎に世間の絶賛の声も大きくなっていった。
しかし、シーズン後半に起きた“皇帝の王笏”と“万能ステッキ”の喪失によってG1勝利も歯止めがかかり、その時の大いに落胆した声が嫌なぐらいに聞こえてくるのだった。
そして、自身に続く“クラシック三冠バ”ナリタブライアンとの夢の三冠バ対決もないまま、翌年に無投票当選で生徒会長に就任している。
そこから実質的な引退レースとなった『サンルイレイステークス』まで非常に淡々とした世間の反応の展示となっており、シーズン前半までの盛り上がりようが嘘のように静まり返って中等部最後の展示コーナーを通り抜けるのだった。
それから、この長い長いツインタワーの特設歴史資料館の最後となる高等部3年のブースに足を運んだところ、私たちは驚愕することになる――――――。
――――――いや、この世界が
斎藤T「え、えええええええええ!?」
飯守T「こ、これは――――――!?」
岡田T「……最終学年になって自分の今までを振り返って
和田T「……貞淑を貫いてて本当によかったぁ! 『宝塚記念』の辺りでマックイーンと
斎藤T「――――――トレーナーとウマ娘の
岡田T「そうだった。ここは
飯守T「これはもしかしなくても大変ご立腹の様子……!?」
和田T「た、爛れてるねぇ……!?」
和田T「あ、うううわああああああああああああ!?」
和田T「こ、これってパーマー? メジロパーマー――――――!?」
飯守T「見ちゃダメです、和田T!」
和田T「そうだよな!? “春秋グランプリウマ娘”メジロパーマーだけど! 同期のマックイーンやライアンに比べてイマイチな自分を支えてくれた最高のトレーナーだもんな!」
和田T「一緒に飲んでて本当にいいヤツだったからさ、パーマーの不安を抱き留めるぐらいワケないだろうけど……!」
岡田T「無理をしないでください、和田T……」
和田T「そういう岡田Tだって、知った顔の濡れ場を見て目がかなりイッちゃってますけどぉ!?」
岡田T「ああ、斎藤Tが目にした光景ってのはこういうことなんだと展示品だけでわからされてしまったなぁ……」
岡田T「あ、見てよ。このエアグルーヴのやつ……」
和田T「――――――“女帝”エアグルーヴぅ、お前もかぁ!?」
和田T「え、何? これって花のコスプレ? スカートの部分が花弁になっている感じのカワイイ感じの衣装?」
和田T「バレリーナっぽくて、ちょっと“女帝”のイメージには合わないけど――――――、あああああああああああああ!?」
岡田T「エアグルーヴも好きな人の前では
和田T「いや、ちょっとまって! これって、そういうこと!?
和田T「あ、あああああ、見続けるべきじゃないのに目が離せないぃいいいい!?」
和田T「あ!」
岡田T「ああ、見事な
和田T「す、スゴっ! え、あんなにいっぱい出るもんなの? というか、ヤベえよ、アレ! もう“女帝の支柱”じゃん! ガーデニング用の支柱だよ、アレ!?」
和田T「お、おお……、掃除好きだからって
和田T「あ、ああ……、これから俺はどんな目であの2人のことを見ればいいんだよぉおおおおお……!?」
飯守T「…………斎藤T」
斎藤T「…………何ですか?」
飯守T「正直に言って、才羽Tと桐生院Tの話があったから この世界ではそういう関係なんだって納得していたつもりだったけど、これは――――――」
岡田T「え、これって何人の女性トレーナーとヤッているんだ、才羽Tは?」
和田T「というか、あっちこっちも才羽Tだらけじゃん!? 何なの、このプレイボーイぶりは!? お、俺の中の驚異の天才:才羽Tのイメージがぁああ!」
斎藤T「……やっぱり、才羽Tらしくない」
飯守T「……それはそうだけど、こういう世界なら
斎藤T「それでも、何か引っ掛かる――――――」
斎藤T「あ」
斎藤T『――――――ゴールドシップを見なかったですか?』
飯守T『ま、まさか、
斎藤T「……そうか。これはそういうことか」
飯守T「え」
斎藤T「和田T! 岡田T! “提灯と拍子木”をお願いします!」
和田T「あ、はい!」
岡田T「気分転換にはもってこい!」
それが世界の本質であることを思い出させる家のように、高等部3年のゾーンに入ってすぐに一気に
それがなぜなのかはすぐに予想がついた。やはり、“皇帝の王笏”を失って心の支えを無くしたことで理想に邁進してきて今まで見ようとしなかった爛れた現実から目を逸らし続ける気丈さが最終学年になって失われていたのだろう。
そして、最終学年になった時に本質的な興味が競走ウマ娘らしいレースの世界から年頃の女の子のように性に移ったと見える。
元から予言書を授けた“ウサギ耳の淫獣”と暗黒期に仇名されたムラクモTの導きがあって『トゥインクル・シリーズ』を目指したぐらいには、競走ウマ娘の『名家』に生まれながら競走ウマ娘として縛られた一生に絶望していたような賢すぎる子だったのだ。
普通あらば一生に一度の『トゥインクル・シリーズ』で最高の高みに導いてくれた担当トレーナーと添い遂げるのがヒトとウマ娘の絆の物語のお約束になるわけなのだが、
最愛の人を失った“最強の七冠バ”であるシンボリ家の惣領娘なら
つまり、いきなり思い出の世界がピンク色に染まったのは最愛の人と愛し合えなかったのに周りの人間は思う存分に愛し合っていることへの怒りや妬みが原因ではないのだ。
そもそも、学園裏世界に取り込まれるということはそれだけ現実世界に対する執着心がなく、極めて裏世界の住人と波長が近い存在になっていることに他ならないのだ――――――。
そして、私は“提灯と拍子木”を打ち鳴らさせて、卑猥な映像資料が流れ続けるスクリーンに手を突っ込むと、映像の中で桐生院先輩以外の女性トレーナーの蜜を散らす才羽Tの影法師の頭を鷲掴みにしたのだった。
斎藤T「ほら、出てこい! 人の心の中に巣食う
才羽T?「うおおおおおおおおおお!?」ドサッ
飯守T「え、えええ?! モニターから人を引き摺り出したあああああああ!?」
和田T「な、何がどうなって――――――!?」
岡田T「ハッ」
岡田T「まさか、これは
斎藤T「そのとおり。悪霊の集合体である妖怪とはまったく別の存在;魔界に属する
飯守T「――――――『
斎藤T「簡単に言えば、
和田T「よくわからないぞ、斎藤T!」
斎藤T「
岡田T「……つまり、こいつの存在がこの世界にとてつもない悪影響を出していると?」
斎藤T「今、完全に理解した! どうして卒業式の朝から時の牢獄が発動して別世界を見て回ることになったのか!」
斎藤T「こいつの正体! 元の世界で才羽Tに憧れて別世界で才羽Tの皮を被って好き放題やっていた三流トレーナーだよ!」
才羽T?「なっ!?」ビクッ
斎藤T「そうだろう! シンボリルドルフに続く“無敗の三冠バ”ミホノブルボンの担当トレーナー:才羽Tのようになりたくて、自分が才羽Tになっている世界で、
飯守T「そうか、道理でな! いくら別世界でも才羽Tなら絶対にやらないことをしていると直感的に思っていたよ、この偽物野郎!」
岡田T「そういうことなら、何となくだが、俺でも理解できてきたな~!」
和田T「こいつ、ふざけるな! 天才トレーナーの姿になってやっていることが女遊びか! 桐生院Tだけじゃなく、他にも手を出しておいて――――――!」
斎藤T「なるほど、そういう世界だったのか、ここは」
――――――ダークストーカーならぬダークトレーナーの世界だったんだ。
もう誰も私がモニターから時間と空間を超えて
それと同時に、元の世界から
そう、エクリプス・フロントに磔になっている巨大娘:シンボリルドルフはたしかにこの世界の人たちの『いつまでもトレセン学園に君臨して欲しい』という惜別の念が生み出し、自分のものが“何もない”状態のために裏世界に
この世界だけではなかったのだ、巨大娘:シンボリルドルフをエクリプス・フロントに投影させるほどの人々の惜別の念を超えた妄念妄想というのは。
むしろ、“無敗の三冠バ”にして“最強の七冠バ”の“皇帝”という決して手が届かない高嶺の花だからこそ、ありもしない妄想を夢の中で自分だけの繋がりを誰もが思い描くわけであり、それが一念三千となって別世界との
逆説的に私たちの世界はそれだけ“皇帝”シンボリルドルフが隙のない存在に仕上がっていたことの証であり、それとは正反対に裏世界に取り込まれるほどに隙のある存在に成り下がっていたのが
これはとんでもないことで、言うなれば意識を完全にゲームの世界にフルダイブさせるVRMMORPGにおいて、現実ではないゲームの世界だからといってインモラルな行為をしていたら、実はゲームの世界によく似た別世界の現実に裁かれるというようなものである。
この世界に現れた
つまり、私がモニターから引き摺り出した
これは可能性の世界への無自覚な侵略行為であり、一見すると元の世界においては罪悪がなされていないように見えても、心の中でウマ娘やトレーナーへの妄念妄想に取り憑かれた者たちの集団意識が時間と空間を超越して可能性の世界を支配しているわけであり、
夢を信じて頑張っていればいつかは願いが叶うのと同じように、満たされぬ思いを強く念じれば念じるほど別世界で現実になっている可能性があるのだ。
――――――つまり、この世界は別世界で発散されぬ性欲の捌け口となるべく侵された妄念妄想の世界だったのだ。