ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
-西暦20XY年04月10日の航星日誌- GAUMA SAIOH
“永遠なる皇帝”シンボリルドルフと“異次元の逃亡者”サイレンススズカとの貴重な交流によって新学期早々に生徒を公欠にさせながらも日本に帰国することができた私たちを待っていたのはエクリプス・フロントの大盛況ぶりであった。
アメリカから帰国して目にしたのが平日の夕方にエクリプス・フロントから出てくるたくさんの生徒たちの姿であったことが『サンタアニタダービー』同時視聴プログラムの大成功を物語っていた。
シンボリルドルフの栄光を称えるトレセン学園の新たな象徴となるエクリプス・フロントの存在は内外に知れ渡ることになり、
こうした『春のファン大感謝祭』のような一般開放イベントの時期じゃなくても平日のスカイレストランなどで生徒たちと気軽に交流できる公共施設として一般人の出入りも多く見られていた。
そして、最新の発表によれば夢の舞台であるトレセン学園の総生徒数は2200名弱に達したようであり、国民的スポーツ・エンターテイメントの夢の舞台はまだまだ成長し続けていた。
一方で、『秋のファン大感謝祭』が日本で有数の文化祭であるのに対し、『春のファン大感謝祭』は新入生を歓迎するためのレクリエーションが目白押しの体育祭が中心になっているため、
新年度の世代の王者を決める王道レース『皐月賞』が終わるまでの『春のファン大感謝祭』期間、新入生を迎えた即席チームで『皐月賞』と同じ日に開催される大運動会の練習が行われるようになっていた。
もっとも、体育祭の中心になるのはトレーナーからスカウトを受けていないがために『トゥインクル・シリーズ』に出走することができずウマ娘の本分を全うできずにいるヒマ娘というわけであり、
そうしたヒマ娘たちが何も知らない新入生たちを誘って体育祭のレクリエーション競技の練習に精を出している裏で、当然ながら『皐月賞』に出走するウマ娘たちの真剣なトレーニングが行われているので、それも『春のファン大感謝祭』期間ならではの見世物になっていた。
そのことを内心では鬱陶しがりながらもにこやかにファンサービスする者や、集中力が乱されるということで殺気立つのを隠さずに見物人たちを遠ざける者もいたわけなのだ。
そのため、トレセン学園の入学式は同時に『春のファン大感謝祭』の開幕式でもあるため、歴代の生徒会長たちは夢いっぱいの新入生に対して『皐月賞』までの『春のファン大感謝祭』期間をどのように過ごしてくれてもかまわないが
そう、『春のファン大感謝祭』期間は新入生たちに『トゥインクル・シリーズ』で出走する未来のスターウマ娘たちの日常がどういったものなのかを『皐月賞』までの4月前半の日々を丸々使い切って自然と学ばせる趣旨があるために『秋のファン大感謝祭』以上の期間を設けられているのだ。
要は、『春のファン大感謝祭』期間が『皐月賞』の最終調整に被さって見世物にされる時期をどのように対応できるかで世代の最強バを決める第一戦『皐月賞』の勝敗が決まると言っても過言ではなかった。
――――――トレーナー室
アグネスタキオン「私も『クラシック三冠』に挑戦するようになったら、シャカールくんのように衆人環視の中でトレーニングをしなくちゃならなくなるわけだねぇ」
マンハッタンカフェ「影武者を使って自分は百尋ノ滝で悠々と最終調整するのは
アグネスタキオン「わかっているさ。私のプランはそういったレース本番までの過程も含めているから、対等の条件で戦わない卑怯な真似はしないさ」
アグネスタキオン「ただ、今までずっと実験室に籠もりきりで、こうやって『春のファン大感謝祭』で沸き立つ学園を見て回ることはなかったから、それがとっても新鮮に感じられてねぇ」
マンハッタンカフェ「タキオンさんぐらいですよ、高等部2年生になって そんな感想が出てくるのは」
斎藤T「それで、新年度を迎えて実際に新入生たちがやってきたわけだが、あらためて自分たちと戦うことになるだろう子はどれだけ見つけられたかな?」
ソラシンボリ「まあ、全体の評価自体は2月の入試の時とあまり変わらないだろうけど」
スカーレットリボン「でも、基本的に入試の時の成績はトレーナーには公表されていない機密情報だからこそ、トレーナーたちのウマ娘を見る眼が試されてるわけです」
アグネスタキオン「そうだねぇ。私はトレーナーというわけじゃないけど、『選抜レース』の結果や最近話題になっているウマ娘の評判なんかは見逃せない情報だからねぇ」
マンハッタンカフェ「普通に考えて今のタキオンさんに正攻法で勝てる新入生がいるわけがないですけどね」
アグネスタキオン「だが、今でこそ最強のウマ娘と名高い“異次元の逃亡者”サイレンススズカも完璧な調整をしていながら『沈黙の日曜日』を迎えてしまったことだし、私も油断していたら予想外の負荷で再起不能になるかもしれないからねぇ」
マンハッタンカフェ「いつになく慎重ですね。さすがのタキオンさんも緊張しているんですか、メイクデビュー?」
アグネスタキオン「いやいや、私は誰よりも慎重派のウマ娘だよ、カフェ。慎重派だからこそ、万全を期すまでずっと実験室に籠もっていたわけなのだから。つまり、妥協はしなかった」
アグネスタキオン「そもそも、私の人生は不可能への挑戦という名の綱渡りの連続だったんだ」
アグネスタキオン「可能性へのチケットを握っているのに途中退場してしまう公算が高く、常に楽観視できない分の悪い賭けに自分の人生を賭け続けているわけだから、どうしても楽観的な態度に気づいてしまうとどこか落とし穴があるように感じられてね……」
アグネスタキオン「それこそ、きみは何者にもなることができずに『URAファイナルズ』敗退で引退するはずだったんだ」
アグネスタキオン「それがどうだ? 『URAファイナルズ』で世間が沸き立った後、あっさりと『大阪杯』優勝で世間からのきみの評価はいとも容易くひっくり返されたんだぞ?」
マンハッタンカフェ「それを言うなら、『URAファイナルズ』【長距離部門】優勝の“サイボーグ”ミホノブルボンがその後の中京・芝・1200m『高松宮記念』に連闘した上で優勝したことの方が世間に与えた衝撃は大きかったように思いますけど」
アグネスタキオン「ああ。元々が
ソラシンボリ「いやいや、それだけじゃないよね?」
スカーレットリボン「はい。『大阪杯』の前日:中山・芝・1600mのG3レース『ダービー卿チャレンジトロフィー』に同じく『URAファイナルズ』【短距離部門】優勝の“URA史上最強の
斎藤T「だから、いろんな方面で『URAファイナルズ』で活躍した4年目以降:スーパーシニア級のウマ娘の『URAファイナルズ』終了直後の更なる活躍に世間が沸いているわけで、」
斎藤T「『URAファイナルズ』に参戦したばかりのスーパーシニア級のウマ娘が3月後半の重賞レースに出てこないと油断していた3年目:シニア級になりたての子たちにはスーパーシニア級の大先輩たちから活を入れられた形になったな」
斎藤T「そして、新時代のトレセン学園の顔役になった生徒会長の“女帝”エアグルーヴが『桜花賞』前日の同条件の阪神・芝・1600mのG2レース『サンケイスポーツ杯』の復帰戦でも優勝を果たして、『オークス』前週の東京・芝・1600mのG1レース『ヴィクトリアマイル』への参戦を表明――――――」
マンハッタンカフェ「これはいろんな意味でウマ娘レースの価値観が変わるはずです」
アグネスタキオン「何を他人事のように。その先陣を切って前人未到の“春シニア三冠”を目指しているのがきみだぞ、カフェ」
ソラシンボリ「そう考えると、次の“春シニア三冠”の『天皇賞(春)』はもらったも同然だけど、シーズン前半の最強ウマ娘決定戦の『宝塚記念』はスーパーシニア級のスターウマ娘たちとの熾烈な戦いになりそうだね」
スカーレットリボン「復帰を果たした“女帝”エアグルーヴが『宝塚記念』に出走しないはずもないですし、去年の“春グランプリウマ娘”ライスシャワーや一昨年の“春秋グランプリウマ娘”メジロパーマーといった強豪たちもまだまだたくさんいます」
ソラシンボリ「まあ、一番はトレセン学園最強の“サイボーグ”ミホノブルボンの参戦次第なんだけどね」
スカーレットリボン「そうね。“無敗の三冠ウマ娘”でありながら意外なことに『春秋グランプリ』の参戦には非常に消極的な姿勢が世間からの評価を二分させているわけなんですよね……」
スカーレットリボン「その分だけ既存のローテーションの常識を打ち破る完璧な調整の圧倒的な走りで優勝を掴み取っているわけですから、自分たちの考え方が時代遅れになっていることを認めたくない人たちからの酷評が止まないわけなんですよね」
アグネスタキオン「……ふぅン。まあ、それが驚異の天才:才羽Tが往く道だからねぇ」
斎藤T「ああ。才羽Tなら、こう言うだろう」
新学期となると一番に注目されるのが卒業生たちの穴を埋めて一気に学内を賑わせてくれる新入生の実力と素質であり、出走権を握ってウマ娘をスカウトしようとするトレーナーたちの関心が一気にそちらに向くことになる。
事実、憧れのスターウマ娘やスターウマ娘をスターウマ娘たらしめた名トレーナーにお近づきになりたい一心で新入生たちが自分たちの推し目掛けて学内を所狭しと駆け回ることになり、この時期はトレセン学園の時の人たちが特に有名税を多く支払わされることになる。
一方で、今年こそはスカウトを勝ち取って『トゥインクル・シリーズ』に出走したいと臥薪嘗胆の日々を送っていた大半の生徒たちも新入生に負けじと情報網を作り上げて、
初めての担当ウマ娘との最初の3年を終えた新人トレーナーや先輩トレーナーのチームで下積みをしていたサブトレーナーが誰でどういった人物なのか、その評判やどういう実績を積んでいるのかを学校裏サイトで情報交換していた。
なので、新入生に混じってお目当てのトレーナーに果敢にモーションを掛けたり売り込みをかけたりする必死の先輩ウマ娘の姿もそこかしこに見られたわけであり、
その意味においては『春のファン大感謝祭』期間に開催される体育祭とは新人歓迎会に見せかけて新入生を見に来た多くのトレーナーの注目を自分たちに集めるための方便に過ぎなかったのだ。
もちろん、私は無数に存在する学校裏サイトにある情報網を逆利用してランキングシステムを設けて統合させることにより、百尋ノ滝に集まった勇者たちの
そのため、学校裏サイトの情報を頼りにスカウトしてくれるトレーナーを探し求める生徒たちはこの“斎藤 展望”のことを“学園一の嫌われ者”として認識せざるを得ないし、『実は生徒会とは親密な関係である』ということを匂わせる痕跡も完全に抹消し、『新生徒会長:エアグルーヴが嫌悪している』という偽情報に書き換えていたから、新生徒会長から睨まれないようにしないためにも私という存在の扱いはもう大変だ。
ついでに、生徒会ブラックリストというフィルター機能が知らぬ間に掛かるようにし、私の存在はネットに疎い情報弱者には決して見つからないように念入りに細工を施していた。
更には、人払いの結界を施したことで私のトレーナー室の周りは未だに空き部屋だらけであり、元々はトウカイテイオーの担当トレーナー:岡田Tのトレーナー室だった私の部屋に足を運べるのは極一部の人間だけになっていた。
そうしないと、ユニットシャワールームに擬装している百尋ノ滝の秘密基地への
なくてもスーペリアクラス:
更に、夢いっぱいに何にでも興味を持って声を掛けてくる新入生たちに捕まらないように存在感を影と同化させる護符も解禁したため、トレーナーバッジを見るや否や片っ端から声を掛けてくるような生徒たちの眼を躱して、近くを通りかかった新人トレーナーが群がる生徒たちにもみくちゃにされるのを横目に見ながら一般通行人を装うことができた。
そこまでのことをしているため、今や人気沸騰のクラブ活動:ESPRITの発起人でもあるにも関わらず、私の存在感はまさに空気と化して 無人の荒野を往くごとく この時期特有の煩わしさとは無縁の快適な学園生活を送ることができていた。その分だけ顧問をお願いした女代先生に皺寄せが行っているのだが、取引の結果なので私は気にしない。
とにかく、入学式から『皐月賞』が終わるまでの『春のファン大感謝祭』期間は国民的スポーツ・エンターテイメントの夢の舞台におけるマナーやエチケットがわかっていない新入生やスカウトに飢えた先輩方にトレーナーがもみくちゃにされるわけなのでこの期間中は存在感は消すに限る。
それかまたは『春のファン大感謝祭』期間中は重賞レース参加に向けた強化合宿に出ておくなどやり方はいくらでもあり、ファンサービスは最終日の1日だけ顔を出すぐらいで十分だ。
どうせ体育祭で本気になれるのはメイクデビューすら果たせない大半の生徒たちなので、大事なレースを控えているのならトレセン学園の生徒の本分である『トゥインクル・シリーズ』での勝利を最優先しても文句を言われる筋合いはない。
なので、『春のファン大感謝祭』期間のお祭り騒ぎを他所に私たちは誰にも邪魔されることのない自分たちの居城とも言えるトレーナー室で優雅にコーヒーや紅茶を嗜みながら今後のローテーションや戦略を練ることができ、まさに高みの見物で今年入ってきた新入生や新人トレーナーの情報を更新していく毎日を送っていた。
ちなみに、その影と同化する人避けの護符というのがチーム<アルフェラッツ>のアンドロメダ座とペガスス座を意匠化したエンブレムが刻印されたものであり、生徒には防犯ブザー、トレーナーにはポケットラジオという形で配布していた。
ソラシンボリとその付き人であるスカーレットリボンにはポケットラジオの真の機能を使わせるわけにはいかないので防犯ブザーの方を持たせており、まだ母娘共に百尋ノ滝の秘密基地には招待していないチーム<アルフェラッツ>の準メンバーという扱いだった。
いずれは百尋ノ滝の秘密基地に招待して正メンバーに加わることだろうが、まずは表舞台であるトレセン学園にしっかりと足をつけることを覚えてもらい、裏舞台との両立が可能になるのを見極めてからである。
ガチャ・・・
ナリタブライアン「おい、斎藤T。来たぞ」
斎藤T「ああ、いらっしゃい。副会長」
ソラシンボリ「あ、お邪魔しています、副会長!」
スカーレットリボン「まあ、ナリタブライアン!」
ナリタブライアン「ああ、客人か。このトレーナー室に出入りしているということはそういうことか」
ナリタブライアン「とりあえず、今日も新入生たちの相手をしてきたぞ。さあ、もてなせ。シャワーを使わせてもらうからな」
斎藤T「どうぞ」
ジャー・・・
スカーレットリボン「ソラの言っていたとおり、“怪物”ナリタブライアンが毎日のようにシャワーを浴びに来るトレーナー室ですか……」
ソラシンボリ「似たような感じとして、今の生徒会室にはキタサンブラックとサトノダイヤモンドって入試の時にトップテンに入っていたお嬢さん方がよく出入りして生徒会の仕事を手伝っているよね」
マンハッタンカフェ「テイオーさんが憧れの“皇帝”の許に通い詰めていた時と同じですね。今度はテイオーさんが憧れの“帝王”として自分を慕ってくれる後輩のことを力強く導いていくのでしょうね」
スカーレットリボン「いいですねぇ。私も“不滅の帝王”トウカイテイオーの大ファンですから、“永遠なる皇帝”シンボリルドルフと同じように慕ってくれている後輩ができたことは喜ばしいことです」
ソラシンボリ「ボクとしてもトウカイテイオーの奇跡の復活劇に憧れているから、“帝王”が次期生徒会長に相応しい人望を持ち合わせていることが誇らしいや」
アグネスタキオン「ふぅン。サトノダイヤモンドに関してはサトノ家とメジロ家の付き合いからメジロマックイーンとも顔馴染みだろうしねぇ」
アグネスタキオン「他に生徒会役員の周りで気になる子はいなかったかい?」
ソラシンボリ「あと、ブリュスクマンっていう帰国子女の物静かな子が生徒会長:エアグルーヴからお褒めの言葉をいただいて、それに感銘を受けたのか、割りと生徒会長の周りにいるのを見かける感じ」
――――――そして、なんと言ってもノルウェーからの留学生:アクアビットかな!
斎藤T「そうか。やっぱり強い? そんなに?」
ソラシンボリ「ボクが考えるに、『強い』というよりは『油断ならない』かな。物凄く研究熱心な子で瞬発力がずば抜けているから、単純な直線勝負だったらキタサンブラックやサトノダイヤモンドを完全に超えているとボクは思うな。スタートダッシュの速さが尋常じゃない」
ソラシンボリ「ただ、入学して初めての教練で教官から日本の芝の走り方を教わっていた時に思ったよりも上手く走れていなかったことを気にしていたから、掛かった時に力加減を間違えて脚がポッキリ折れそうで怖いところがあるかな」
アグネスタキオン「ふぅン?」
マンハッタンカフェ「タキオンさん、興味が湧いた相手を
アグネスタキオン「さて、どうだろうねぇ。たしか、『URAファイナルズ』準決勝トーナメント観戦プログラムの時に会っていたはずだから、今一度 会ってみるのもおもしろそうだと思っただけさ」
スカーレットリボン「他にはどんな子がいた感じ?」
ソラシンボリ「そうだねぇ。リトルココンにビターグラッセも入試の時から伸びそうだと思ってたし、ジュエルネフライトやデュオジャヌイヤ、ドミツィアーナって日本じゃ馴染みがない名前の子も良い感じだった」
斎藤T「余裕綽々だな。今年メイクデビューしないことが取り決めで決まっているにしても、自分が戦う相手じゃないと思って高みの見物ってところか」
ソラシンボリ「だって、満を持してメイクデビューを果たす“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンに同世代で勝てるウマ娘なんているはずがないし、その担当トレーナーも“学園一の切れ者”斎藤Tなんだよ?」
ソラシンボリ「たとえボクが予想した才能はあってもスカウトされなくちゃ『トゥインクル・シリーズ』にそもそも出られないし、そのスカウトを勝ち取るための『選抜レース』で好走するまでは実質的に自分が持てる全てを総動員しないとなんだし、スカウトを勝ち取るまでのレース以外の全ての人間力が問われているわけだから」
ソラシンボリ「それで狭き門をいくつも潜り抜けてようやくメイクデビューを果たしたところで夢の舞台の頂点で待っているのが“皇帝”シンボリルドルフが誰よりもその才能を高く評価していた“超光速の粒子”アグネスタキオンだよ?」
ソラシンボリ「ボクは“皇帝”シンボリルドルフの在り方を受け継いだ気になって、“アグネス家の最高傑作”アグネスタキオンがどこまでやれるのかを特等席で見ているから」
ソラシンボリ「そういうわけで、応援してます、先輩!」
アグネスタキオン「煽てたって何も出やしないさ、ソラシンボリくん」フフッ
アグネスタキオン「けど、私の研究を引き継いでくれるのは大歓迎さ!」
アグネスタキオン「肉体改造強壮剤の効果の程は実感しているだろう? 私のように研究室に閉じ籠もりではいられないだろうから、かなり効果を薄めたものだったけど」
ソラシンボリ「はい! かなりの疲労感を伴いましたけど、これは日常生活の中のちょっとしたことでもハードトレーニングが出来てよく効きます!」
アグネスタキオン「肉体改造強壮剤は“本格化”を抑える成分も含まれているわけだから、メイクデビューを果たした後は使用は控えることだね。どこまで待ち続けて実を実らせるかは自分で判断してくれたまえ」
スカーレットリボン「全寮制でなければ私が肉体改造強壮剤の反動で動けなくなったソラの面倒を最後まで見ることができるのですけれど……」
ソラシンボリ「いいよいいよ。自分の面倒ぐらい自分で見れるし。寮生活なんてシンボリ家での養育の延長線だもん」
ソラシンボリ「それに、どうせ『選抜レース』で走った後、スカウトを断り続けて しばらく経ったら、すぐに忘れ去られてボクも学園の空気になるだろうからさ。シンボリ家の看板なんてものも所詮はそんな程度のものだし」
スカーレットリボン「……あまりそういうことを言うもんじゃないですよ、ソラ。あなたも立派なシンボリ家の令嬢でしょうに」
ソラシンボリ「だって、ボクの本当の名前は“ソラシンボリ”じゃないし、シンボリ家の恩返しなんて重賞レースを1勝でもすれば十分だよね?」
スカーレットリボン「どうして“皇帝”シンボリルドルフと同等の英才教育を受けられたのに、そんな恩を仇で返すような物言いになるのですか?」
ソラシンボリ「そんなの簡単だよ」
――――――トレセン学園で一番に優先されるべきものは何? そうだよ、“ウマ娘ファースト”だよね?
ソラシンボリ「だから、レースで走ることのないシンボリ家の偉そうでヒマなおじさんおばさんの言うことなんて、ボクがやりたいことに反するなら従う気はないよ」
ソラシンボリ「ねえ、“ウマ娘ファースト”ってそういうことでしょう? 自分たちが言っていることの矛盾に気づかないって恥ずかしいことだよね? そのことを認識できないって脳に問題があるからだよね?」
ソラシンボリ「実力主義や成果主義のウマ娘レースならさ、“皇帝”シンボリルドルフの遺産に縋って偉そうな態度をとるのは筋違いだよね? 権威ではなく実績でもって人を従えるべきだよね?」
ソラシンボリ「そもそも、トレーナーってのはウマ娘を勝たせるために全力を注ぐのが役割なわけで、実家の人間だろうと外野が好き勝手言うのもウマ娘の機嫌を損ねる危険因子として排除されたって別にいいよね?」
スカーレットリボン「こ、この子ったら……」
ソラシンボリ「あ、ウソウソ。本当はそう思っているけれども、面と向かって言うことはないから、心配しないでよ。そういう分別はあるから」
スカーレットリボン「………………ああ、親の顔が見てみたい。
斎藤T「とんだ暴れん坊だな、ソラシンボリ。
ソラシンボリ「なら、そっちは“慌てん坊”だよね。トレーナーなのに担当ウマ娘よりも世界中を所狭しと走り回っている“斎藤 展望”なだけに」
ソラシンボリ「ね、テン坊さん」
斎藤T「お坊さんっていうのは坊というのが寺院において僧または檀信徒のための宿泊施設でそこに住むから“お坊さん”なわけで、子供にも“坊”と呼ぶのは寺子屋に代表されるように寺院が児童教育の中心だったからだ」
斎藤T「そして、明治維新の神仏分離以前の神社仏閣は神仏習合であるから、私も神道家であると同時に仏教徒だから、この暴れん坊を我が神宮寺の寺子屋の弟子にとってやろう」
ソラシンボリ「お願いします、先生! そして、将軍の御膝元を守る御庭番になりましょう! 享保の改革!」
マンハッタンカフェ「……これは悪い意味で私たちの在り方を継いだ後輩になりますね、タキオンさん」
アグネスタキオン「……そうだねぇ。『桜花賞』を制したスカーレットくんのように 一見すると素直で可愛げがある優等生のように見せかけて、『皐月賞』を制するだろうシャカールくんのように剛毅で、なかなかの食わせ者だねぇ」
マンハッタンカフェ「ですが、そういう人物だからこそ これまでの価値観から脱して新しい在り方を追究できるのかもしれませんね」フフッ
アグネスタキオン「まあ、カフェ。まずはきみが勝ちたまえよ。私が見込んだきみの天稟を世に示すんだ。そのためのプランBなのだから」
アグネスタキオン「そして、私もプランAで勝ち上がるから、最終的には来年の『有馬記念』で雌雄を決するとしよう」
マンハッタンカフェ「いいですよ。来てください、タキオンさん」
――――――タキオンさんがサンタアニタで可能性の“果て”に手が届きそうになったように、今の私も“お友だち”の背中に追いつけそうな予感がしていますから。
斎藤T「どうぞ。今日はシカゴ発祥の
アグネスタキオン「その大量の屑肉を処分するために
ソラシンボリ「うわぁ……。肉汁たっぷりどころかパンが肉汁に染み込んだものを提供しているよ。作り方は揚げパン並みに単純だけど、カロリーがヤバそうな料理だねぇ……」
スカーレットリボン「これは大人になってからは簡単には食べることができないですねぇ……」
斎藤T「日本じゃ馴染みがないだろうけど、シカゴ料理はアメリカでは地方料理の代表格として一定の市民権を得ているんだぞ」
ナリタブライアン「ほう、パンを肉汁に浸したサンドイッチか。今までありそうでなかった肉好きにはたまらない一品だな。どれ、いただくとしようか」ガブッ!
斎藤T「じゃあ、肉マニアの分は出し終わったことだし、私たちはクラブハウスサンドイッチでも摘むか。野菜コンソメスープもな」
マンハッタンカフェ「本格的なアメリカ料理を見るとつい先日のサンタアニタを思い出しますね。西崎Tも和食のように栄養バランスのとれた献立をアメリカで作ろうとして一生懸命にレシピノートに書き留めていましたから」
ソラシンボリ「うんうん。スズカ大先生のためにアメリカで買えるものだけで何とか日本と同等の献立を作ろうとした努力が伝わって『本当に愛されているんだな~』って凄く感激しちゃいました」
スカーレットリボン「そう言えば、ブライアンさんは優駿競バ『ドリームトロフィーリーグ』への移籍を果たしましたが、担当トレーナーはどうしているんですか?」
ナリタブライアン「ああ、有馬一族の御曹司である義兄貴が紹介してくれたトレーナーが就いてくれた。元から義兄貴が不治の病でトレセン学園を離れる際には姉貴に有馬一族のベテラントレーナーを紹介してくれていたことだし、その流れに私も乗ったわけだな」ムシャムシャ
スカーレットリボン「そうだったんですか。それはよかったです」
ナリタブライアン「……まあな」ムシャムシャ
斎藤T「………………」
ソラシンボリ「今年の生徒会は本当にスゴイよね。生徒会長:エアグルーヴが活動再開して いきなり『サンケイスポーツ杯』を獲って、『ビクトリアマイル』『宝塚記念』まで見据えて まるで全盛期を取り戻したみたいにギラギラしだしたことだし――――――、」
ソラシンボリ「副会長も副会長で、在学中に『ドリームトロフィーリーグ』に昇格して、今年の夏に向けて猛特訓しながら新入生たちの相手もしてさ――――――、」
ソラシンボリ「故障で引退した書紀も会計も新入生の中でもトップテンに入る将来有望な後輩に慕われて、早速 生徒会活動を手伝ってもらって、学園の顔役としてちゃんとみんなに慕われているしね」
アグネスタキオン「その意味では新生徒会は新時代を導いていくスタートダッシュを綺麗に決めることができて、偉大なる先代も一安心だろうねぇ」
ナリタブライアン「まあ、ここまでエアグルーヴが学園生活最後の1年を競走ウマ娘の一人としてもやりきって有終の美を飾る気になったのには私も驚いているよ。今だったら『宝塚記念』や『有馬記念』でいい勝負ができそうなだけに少し残念に思う」ムシャムシャ
ナリタブライアン「しかし、卒業生が巣立った以上に新入生が入ってきたことで総生徒数2200名弱へ大増員でいろいろと大変になってきているな、学園の運営も」ムシャムシャ
マンハッタンカフェ「……そうですね。黄金期の最後を飾った『東京大賞典』『有馬記念』『URAファイナルズ』のおかげで入学者が大幅に増加したわけですが、それに対して新人トレーナーの採用が圧倒的に追いついていません」
アグネスタキオン「学校法人:トレセン学園の運営方針とトレーナー組合の採用基準が根本的にちがうからねぇ」
斎藤T「学園としては 黄金期最後の輝きに魅せられて ますます増えると予測された入学志願者を順調に取り込めたわけだけど、相変わらずの『合格者が出ない年もある』と言われるぐらいの資格試験の難易度は如何ともし難い」
斎藤T「そう、資格試験なんだよ、中央のトレーナーになるっていうのは。運営状況に合わせて定員枠を調整できる入学試験とは本質が異なるんだ」
アグネスタキオン「資格試験は全員の能力が一定水準あると認められれば受験者全員が合格にもなるが、全員がそうでなければ容赦なく全員を不合格にするべきものだからねぇ」
マンハッタンカフェ「それに対して、入学試験は定員枠に上から順番に合格者を入れるものだから、入試倍率が高いトレセン学園では定員割れを起こすことはまずないわけですよね……」
スカーレットリボン「ですので、URAとしてはトレーナーライセンスの資格試験合格者を増やすための措置をとるつもりみたいですね」
ソラシンボリ「だよねぇ! トレセン学園は安定した拡大路線を進んでいるのに、URA所属のトレーナーが一向に増えないんだよ! 担当ウマ娘と担当トレーナーの絆の力を謳っておきながら ますます二人三脚ができない状況に追い込まれていることに危機感をもっと持った方がいいよねぇ!」
スカーレットリボン「……ソラ」
斎藤T「……そうか、21世紀の資本主義社会において需要と供給のバランスが破綻するのは何も市場経済だけじゃなかったか」
ナリタブライアン「なるほど、将来的にトレセン学園はおろか日本ウマ娘レース業界はトレーナー不足を解消できないがために最後には需要と供給のバランスが取れる場所まで後退する羽目になるわけなんだな……」ムシャムシャ
ナリタブライアン「そういう意味では私たち姉妹は有馬一族という最高のトレーナー一族と契約を結べた時点で安泰ではあるのか……」ムシャムシャ
斎藤T「それ以上に『合格者が出ない年もある』と言われるぐらいの資格試験に合格したような逸材を使い潰すような肉体的にも精神的にも過酷な労働環境をどうにかしないといけないんだけどね!」
斎藤T「トウカイテイオーの岡田Tやメジロマックイーンの和田Tのように最初に担当したウマ娘のために全てを捧げるトレーナー人生っていうのはいろんな意味で業界が求めるものから逸脱した不健全極まるものだ!」
アグネスタキオン「そういうきみも妹の養育費と自分の趣味の宇宙船開発の資金集めというかなり場違いな理由で夢の舞台にやってきた“門外漢”なんだけどねぇ?」
斎藤T「しかたがないじゃないか。受験資格を得て資格試験に合格できればURAのトレーナーライセンスは誰でも得られるんだから。そこに個人の事情が介在することを止めることなんて誰にもできやしない」
斎藤T「もしも“斎藤 展望”がウマ娘に撥ねられて意識不明の重体にならずに中央トレセン学園を追放されていたら横浜トレセン予備校に転がり込んでいた可能性だってあるかな、今になって考えてみると」
マンハッタンカフェ「ただでさえ、毎年のURAトレーナーライセンス取得者が少ないのに、中央トレセン学園から独立した他のURA登録団体に人材が流れていったら、この夢の舞台も夢から覚める時を迎えるのは早そうですね……」
現在、新時代を迎えて総生徒数2200名弱まで迎えて ますます成長していく中央トレセン学園であるが、実際には中途退学者が毎年のように列をなすのが夢の舞台の非情な現実であり、
ほぼ独力で磨いてきた己の才能のみでスカウトを勝ち取る第一の関門となる『選抜レース』で己を知り、敵を知り、夢の舞台の現実を思い知って心が折れた新入生が足早に退学することになることを踏まえると、最終的には総生徒数2100名強に落ち着くのではないかと予測されていた。
しかし、その一方で、総生徒数2200名弱まで増えた生徒たちを『トゥインクル・シリーズ』に出走させる権利を持つトレーナーの増加率が明らかに追いついていないわけであり、頭数を揃えることができていないわけなのでトレーナーこそがウマ娘の足を引っ張っている状況が更に悪化していると言えた。
もちろん、中央競バ『トゥインクル・シリーズ』のトレーナーライセンスは国家の威信がかかった国家資格なので、その水準を下げるということは国家の品位を下げることに繋がりかねないので、軽々しく規制緩和はできないわけであった。
だからこそ、厳しい資格試験に合格した指折りの英才たちである中央のライセンス持ちのトレーナーからのスカウトには価値があるわけであり、ありがたみがあり、重みがあるわけなのだ。
そのことに胡座をかいて増長して自分たちの利益の最大化を図った結果が八百長試合が横行することになった“トレーナーのトレーナーによるトレーナーのためのウマ娘レース”のかつての暗黒期であり、
そのアンチテーゼとして“ウマ娘のウマ娘によるウマ娘のためのウマ娘レース”を目指したのが過渡期を経たシンボリルドルフの6年間による黄金期であった。
そのためにより多くのウマ娘たちに夢をつかむ機会を与えるために合格枠を増やして学園の規模を拡大化してきたわけなのだが、ここに来て真剣にトレーナー不足と向き合わなければならなくなってきたのだ。
というのも、“皇帝”シンボリルドルフと共に新設レース『URAファイナルズ』開催に導いて黄金期の繁栄をもたらしてきた秋川理事長であったが、『私財を擲った無茶振りも限界が近づいている』という見方が業界の大部分でなされるようになっていたのだ。
要は、秋川理事長の無理押しに周囲がついてこれたのも“皇帝”シンボリルドルフという絶対者がいたおかげであり、シンボリルドルフの卒業に合わせた『URAファイナルズ』開催までは周囲も耐えてくれていたが、
シンボリルドルフという求心力の要を失った今、秋川理事長の無茶振りにこれ以上ついていく気力も従う意欲も萎えてきたというのが各方面の正直な声なのだという。
実際、『URAファイナルズ』初代大会はウマ娘レース史に残るほどに最高に盛り上がったものの、運営面においては最初ということを差し引いても至らないところや軋轢を生んだところが多く見受けられたのだ。
世界中からの大絶賛の声もあって『URAファイナルズ』を毎年恒例にすることがURA理事会で可決されたものの、もうこれ以上の負担や変化は歓迎しないことを表明することになり、秋川理事長に対して自重することを要求し、暗にトレセン学園理事長の座からそろそろ引退することを仄めかすようにもなったのだとか。
そんな話を駿川秘書と親しい関係の飯守Tから聞かされたばかりのため、黄金期の遺産を受け継いでどれだけ生徒会が中心になって新時代のトレセン学園を盛り上げていったところで待ち受けているのは、致命的なトレーナー不足による未出走バの増大による
そう、いつかは成長は止まり後退が始まるのが景気というものであり、ウマ娘レースの人気が下火になった瞬間にトレセン学園は
――――――だが、それでは困るのだ。タイムパラドックスを成功させてWUMA襲来の絶望の未来との因果を完全に断ち切るまでは黄金期の輝きで世が照らされ続けていなければならないのだから。
ナリタブライアン「屑肉を使っている割にはなかなか美味いな、このイタリアンビーフというやつは」ペロリ
アグネスタキオン「まあ、言うなればイタリアンビーフのグレイビーソースは牛丼のつゆだくみたいなものだからねぇ。牛丼チェーン店のノウハウを応用すれば、日本人好みのイタリアンビーフ・サンドイッチが出来上がるわけだよ」
斎藤T「もともと、イリノイ州の最大都市:シカゴのの精肉業地区で働くイタリア系移民が売れ残った屑肉を家庭で処分するために工夫を凝らしたものがイタリアンビーフの名の由来だ。ちなみにイリノイ州の州都はスプリングフィールドだ。シカゴではない」
斎藤T「だから、イタリアンビーフの特徴となるつゆだくのグレイビーソースの味がまとまれば、どんな肉でも後から火を通して混ぜ合わせることができて手軽だから、イタリア系アメリカ料理店の定番になったわけだ。スープが決め手だ」
ナリタブライアン「そう聞くと普通に牛丼にしても美味そうだな、この具材。さしずめ、牛丼パンといったところか」
アグネスタキオン「まあ、
マンハッタンカフェ「すると、このイタリアンビーフ・サンドイッチはスープに浸して柔らかくなったパンは語源通りの“
斎藤T「じゃあ、ご飯パックにグレイビーソースをかけてみるかい?」
ナリタブライアン「ああ! やはり米だ! 日本人には米が合う!
スカーレットリボン「じゃあ、レンジでチンしておきますね」
ソラシンボリ「あ、ボクも
ナリタブライアン「あ、いや、それぐらいは私がやる。さすがに斎藤Tの客人に働かせるわけにはいかない」
斎藤T「けど、全寮制の学園で在学生が増えるということは、その分だけ生徒たちのプライベートな住宅団地になる学生寮を治める自治会の負担も大きくなることに繋がるわけだが……」
アグネスタキオン「たしかに。生徒以外立ち入り禁止だからこそ自治会の権限が強いわけだが、これ以上の拡大は自治会の手に余りそうな気がするねぇ」
マンハッタンカフェ「今年で卒業になる寮長2人:ヒシアマゾンさんとフジキセキさんが安心して卒業していける状態にまで持っていかないと、来年が不安になりますね」
斎藤T「生徒会役員とは求められる素質がちがうわけで、それでいて生徒会役員と協調していける人材が求められることになる」
斎藤T「となると、来年の生徒会長候補のトウカイテイオーと交友関係を持ちながら、ヒシアマゾンとフジキセキから信頼される誰かに白羽の矢が立つことを祈るしかないか……」
フジキセキ「やあ、こんばんは。今日はサンドイッチパーティーかい、斎藤T? 美味しそうだね」ガチャ
ソラシンボリ「あ、寮長だ」
アグネスタキオン「おや、噂をすれば何とやら――――――」
スカーレットリボン「ええ!? 『URAファイナルズ』【中距離部門】優勝のナリタブライアンに続いて、『URAファイナルズ』【マイル部門】優勝のフジキセキ様ぁ!?」キャー!
フジキセキ「どうも」ニコッ
スカーレットリボン「ああ、私ってば、本当に好みのタイプがあれなんだわ……」ウットリ・・・
斎藤T「さあ、どうぞ、お掛けになってください、寮長。今日は大量の屑肉を処分するためのアメリカ料理:イタリアンビーフ・サンドイッチの試食会ですから」
フジキセキ「ああ……、『春のファン大感謝祭』期間中に出た屑肉を1つ残らず引き取ってくれていたのって斎藤Tなんだ」
フジキセキ「ありがとうございます。屑肉を自治会で買い取って炊き出しをしようか悩んでいただけに助かりました」
ナリタブライアン「よし、パックご飯が温まったところで、このグレイビーソースをかければ、
ナリタブライアン「ソラ、お前の分だ。受け取れ」
ソラシンボリ「ありがとうございます、副会長!」
フジキセキ「おや? いつも私たちのお世話になりっぱなしのブライアンが後輩のために? 明日は土砂降りにでもなるかな?」
ナリタブライアン「これぐらいはな」
ナリタブライアン「……テイオーが先代の許に通い詰めていた頃を懐かしく思うようになるとはな」フフッ
斎藤T「それで、他にも学生寮自治会で困っていることはないですか? たとえば『次の寮長を誰にするか』で悩んでいませんか?」
フジキセキ「ああ、やっぱり、そのことを私に訊いてくるということは、斎藤Tも同じ悩みにぶつかったわけかぁ……」
マンハッタンカフェ「どうなんですか?」
フジキセキ「正直に言うと、これがなかなかに困った問題でねぇ……」
フジキセキ「総生徒数が結果として去年よりも200も増えて2200名弱にもなったわけだから、当然だけど その分だけ自治会が憶えておかなくちゃならない生徒もたくさん増えるわけなんだよね……」
フジキセキ「あと、自治会の子たちは私のために力を貸してくれている子がほとんどだから、どうしても――――――」
斎藤T「――――――どうしても主体性が乏しい上にトレセン学園の顔役になる生徒会役員と真っ向から言い合えるだけの胆力がないから頼りにならない、とか?」
フジキセキ「……そんなところかな」
フジキセキ「いや、自然なことなんだよ、それが。私たちは走ることが大好きで勝負事に熱くなりやすいウマ娘だから、他人の面倒を見るよりも競走ウマ娘としての本分を果たしに学園に来ていることだしね」
フジキセキ「ただ、生徒以外立ち入り禁止の巨大な住宅団地となっている学生寮を治める自治会の長ともなると、それはもう市長みたいなものだから、大統領や首相みたいな立ち位置の生徒会長と比べたら非常に地味だけど、」
フジキセキ「トレセン学園の生徒になったら学生寮がみんなの家になるんだから、そこに住む人たちの暮らしに直結している寮長の地位は軽々しく渡せないよね……」
斎藤T「でも、その想いが生徒たちを堕落に導いているとしたら――――――? 理想の寮長の存在が後輩たちの成長や自立の妨げになっているとしたら――――――?」
斎藤T「だとしたら、あなたは組織の癌だ。組織の新陳代謝に破壊をもたらす癌細胞だ。そして、癌細胞が転移しまくって激痛にのたうち回って最後はガリガリに痩せ細って死ぬんだよ、みんな」
フジキセキ「……なら、どうしたらいいんだろう? 教えてくれるかな?」
斎藤T「簡単だよ。新生徒会長:エアグルーヴが実践しているように、自分は新しいことにどんどん挑戦していって、部下にどんどん仕事を回していけばいい」
フジキセキ「え」
ナリタブライアン「そうなのか?」
ソラシンボリ「………………」
斎藤T「これも社会勉強だと思って聞いて欲しい」
斎藤T「基本的に会社で偉い人の仕事は全体の総括をして大局的な見地から重要な決断することであって、それを支えるための運気を身に着けるために涵養に励むことが一番の任務だから」
フジキセキ「へえ?」
ナリタブライアン「そういうものか……」
斎藤T「要するに、憧れの人が新しいことに挑戦するための応援を惜しまないファンがついているのなら、そのファンに自分がやってきたことを手取り足取り指導してあげることで、憧れの人と自己同一化させて仕事を覚えさせて自信をつけさせることです」
斎藤T「――――――自分の在り方を受け継いだ分身のような弟子を作る。それが1つ」
斎藤T「だから、卒業を見据えるようになったら少しずつ他人の肩に寄り掛かるようにワガママに生きてください。どうせ、最後まで真面目に偉い立場を貫き通したところで、卒業したら次の1年は一番の下っ端になるんだから」
斎藤T「――――――最後の1年は世代交代を意識して 偉い立場でも下っ端でもない 一人の人間としての個性を磨くことです」
ナリタブライアン「なるほどな、たしかに。トレセン学園を卒業したら生徒会役員だとか学生寮自治会での役職なんか全部なくなって、進学先ではピカピカの新入生になって また先輩方のシゴキに耐える日々が始まるんだからな」
フジキセキ「そっか。なるほど。よくわかりました。ありがとうございました」
フジキセキ「新生徒会長:エアグルーヴが 生徒会役員に全力で支えられながら もう一度 競走ウマ娘としての自分の在り方を貫くようになったのには、そういった教えがあったからなんですね」
フジキセキ「なら、私もウマ娘としての更なる高みを目指そうかな? 『ドリームトロフィーリーグ』昇格の誘いもあったことだしね」
スカーレットリボン「そうなんですか! それは素晴らしいことですね!」
ソラシンボリ「………………」ジー
アグネスタキオン「おやおや、どうしたのかな、ソラシンボリ? 手が止まっているぞ?」
ナリタブライアン「ああ、冷めるぞ?」
ソラシンボリ「ねえ? みんな、理想という名の完璧を求めているのに完璧になったらいけないの、それって?」
スカーレットリボン「……ソラ?」
ソラシンボリ「どうなの? たしかに黄金期だって完璧じゃなかったにしても、その黄金期を導いた人たちはまさに理想の体現者だったよね? 秋川理事長や“皇帝”シンボリルドルフ、その後を継ぐことになったトレセン学園生徒会にしても、学生寮自治会のメンバーだって歴代最高の面々だよ?」
ソラシンボリ「なのに、『組織の癌細胞』だなんて……」
マンハッタンカフェ「私もそのことを疑問に思います。もし私が“お友だち”の背中に追いついたら、斎藤Tは私のことを完成したウマ娘と評しながら冷ややかな眼で見るのでしょうか?」
斎藤T「――――――新世界なんて来ない。ただ今まで通りの世界が続くだけ」
ソラシンボリ「え」
マンハッタンカフェ「…………どういうことです?」
斎藤T「神の国は目に見える形では来ないし、地獄の正体は人心そのものに見たり」
斎藤T「天国だの、極楽だの、楽園だのが説かれて何千年――――――、人々は未だに苦しみの中で古聖の教えを学んでは頷くばかりだ」
斎藤T「そうして藻掻き苦しみながら死んでいくのが世の常である一方で、確実に世界が素晴らしい方向に突き進んでいることを知らないんだ」
斎藤T「そのことを知るべきなんだ。連綿と続いてきた人の営みの歴史にこそ現実に起きた事象を超えたものが起き続けていることを」
ソラシンボリ「えと……」
スカーレットリボン「……つまりはどういうことです?」
斎藤T「毎日 朝のトレーニングをし続けて、1年後も朝のトレーニングをし続けている自分という存在は同じか?」
アグネスタキオン「当然、頑張った分だけトレーニングの効果は望めるだろうから、1年後の自分は 1年間 同じことをし続けて同じに見えていても、実際には日に日に進化しているということだろう?」
フジキセキ「ああ、そういうことか。『男子 三日 会わざれば刮目して見よ』というやつだね」
フジキセキ「その上で、みんなから朝のトレーニングをし続ける機会を奪わないように心掛ければいいわけだね」
フジキセキ「ありがとうございます。今はっきりと寮長としての最後の1年間をこれからどうすべきかがわかりました」
ナリタブライアン「――――――『新世界なんて来ない。ただ今まで通りの世界が続くだけ』。いつもながら大した教えだな」
ソラシンボリ「……よくわかんないや。なんでだろう」
フジキセキ「今のはね、『私一人だけで理想を目指すのがいけない』というだけの話だよ」
フジキセキ「さっきの斎藤Tの譬え話で思ったんだ。私が寮長として学生寮の子たちの安寧を守ろうと意気込んでいたのは独り善がりだったのかもしれないって」
フジキセキ「まるで私一人が倒れたら学生寮の子たちが路頭に迷うみたいになるだなんて微塵も思ってもいなかったけど、今こうして次期寮長として生徒会役員とも渡り合える誰かがいないだなんてことを嘆いているのはそういうことなんだって……」
フジキセキ「だから、私は これから私が次期寮長になって欲しいと思う 真心と思いやりのある子を卒業までに次期寮長として育て上げようと思うんだ」
スカーレットリボン「なるほど! 素敵なことですね!」
ナリタブライアン「……どこかで聞いたような話だな」
ナリタブライアン「あ、そうか。先代が私のことを副会長に指名してきた時に言われていたな、たしか」
シンボリルドルフ『――――――残念ながら否だよ、“怪物”ナリタブライアン』
シンボリルドルフ『“女帝”エアグルーヴという右腕ができて欲が出た』
シンボリルドルフ『より高い理想の世界へ手を伸ばすため、私はきみを巻き込みたい』
シンボリルドルフ『あまりに純然たるウマ娘としての本能を。爛々と燃え盛る魂を持つ、きみにこそ頼みたいんだ、ブライアン』
ナリタブライアン「そうだな。そのとおりだったよ」
ナリタブライアン「役員なんてガラじゃない私がいつの間にか自分から生徒会総選挙で立候補するまでになっていたのだからな」
フジキセキ「うん。そうだよ。“皇帝”シンボリルドルフは立派に“女帝”エアグルーヴと“怪物”ナリタブライアンを生徒会役員として育て上げたんだ」
フジキセキ「なら、私も『いる/いない』じゃなくて素質のある子を導けばいいだけだったんだ」
ソラシンボリ「――――――それが毎日のトレーニングの譬え話の意味」
アグネスタキオン「よかったね、カフェ。きみが“お友だち”に追いついたとしても、きみがきみである限りは何も変わらないという結論が得られた」
マンハッタンカフェ「そうですね。まだ実感が湧きませんけど――――――」
――――――ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
斎藤T「はい、これは何だ?」
ソラシンボリ「はい、先生! 鴨長明『方丈記』!」
斎藤T「正解!」
斎藤T「ある瞬間を切り取って比較すると厳密には同じじゃないんだけど、全体としての同一性としては同じなんだよ。連続性というものがあるんだよ、存在には」
アグネスタキオン「――――――『テセウスの船』かい?」
斎藤T「あなたもいつまでも“お友だち”に追いつきそうになかった自分と最近になって“お友だち”追いつけそうだという手応えを感じた自分が同じだと言い切れるかな?」
マンハッタンカフェ「――――――そういうことでしたか」
マンハッタンカフェ「はい、わかりました。ご教授、ありがとうございました」
斎藤T「どういたしまして」
ソラシンボリ「そっか。いくらでも人は変わっていけるものなんだね」
ソラシンボリ「ボクね、シンボリ家のウマ娘として入学してきたけど、特に目指したいレースや称号なんてなかったんだよね。才能を持て余していると言ったら周りから怒られそうだからシンボリ家のウマ娘としての外面を保っているだけでね」
スカーレットリボン「ソラ……」
ソラシンボリ「でも、やっぱりボクもウマ娘だから、“永遠なる皇帝”シンボリルドルフや“不滅の帝王”トウカイテイオーという相反する2人の競走ウマ娘の生き方に憧れを抱いて、それでどういう学園生活を送ったらいいのか全然わからなかったけど、少しはこうありたいって思えるものができたかな」
――――――ボクね、“夢のヒーロー”になりたいんだ。まだまだはっきりとした形にはならないけど、そう思っているんだ、ずっと。
フジキセキ「なら、是非とも学生寮自治会でみんなのお世話をやってみない? きみの飾り気のない態度はなかなかに魅力的だよ」
ナリタブライアン「いや、こいつと話しているとシンボリルドルフとトウカイテイオーの両方と話しているような気分にさせられるから、生徒会役員がいいんじゃないか? 流星もそっくりだしな」
アグネスタキオン「やめたまえ、きみたち。この子は私の研究を受け継いで新たなプランを完成させるのだから、ウマ娘の可能性の“果て”へ到達するのを邪魔しないでくれないか?」
マンハッタンカフェ「焦って決断することもないと思いますよ。のんびりと温かいコーヒーを飲んで落ち着いた日々を過ごすのも悪くないと思います」
ソラシンボリ「あはは……」
スカーレットリボン「どうでしょうか、斎藤T? ソラは何を目指したらいいでしょうか?」
斎藤T「とりあえず、お試しとして全部やればいいと思います。その中で肌に合うものがあれば、その道を追求すればいいのだし、立場や思想に囚われることのない“全てを極めし者”を目指すと言うのもこれからの時代はありなんじゃないかと」
斎藤T「その仲介役を担える場所としてエクリプス・フロントにて絶賛活動中のクラブ活動:ESPRITがあることをお忘れなく」
ソラシンボリ「それもそっか。ボク、ESPRITの部員だもんね」
ソラシンボリ「だったら、ボクは部員の立場からみんなにソリューションを提供させてもらいまーす!」
フジキセキ「そうか。じゃあ、その時は是非とも耳寄りなソリューションをお願いするね、ソラシンボリくん」
ナリタブライアン「まあ、学園一危険なウマ娘と学園一不気味なウマ娘が揃って部員になっているところにソラシンボリが入っているのなら面倒事は少なくなるから、それはそれでいいか」
アグネスタキオン「そうだろうそうだろう! ソラシンボリくんには私は大いに期待しているぞ!」
マンハッタンカフェ「厄介な人に目をつけられましたね、ソラシンボリさんも」
ソラシンボリ「でも、嬉しいです。こうして皆さんと仲良く食卓を囲う仲に“私”はなれたのですから。本当はシンボリ家の令嬢として周りから距離を置かれると思ってましたから、ずっと」ニコッ
フジキセキ「おや、正式なお礼を言うためにシンボリ家の令嬢としての作法になったね」
ナリタブライアン「この公私の使い分けがシンボリルドルフとトウカイテイオーの一人二役に感じられるからやりづらいんだ……」
スカーレットリボン「ソラのこと、よろしくお願いします」
斎藤T「ええ。責任を持ってお守りいたしましょう」
フジキセキ「じゃあ、そろそろ良い頃合いだから、早速 手伝ってもらおうかな。私と一緒に門限までに帰ってこない子がいないかを見て回ろうか」
ソラシンボリ「わかりました、寮長」
マンハッタンカフェ「そうですね。まだ入学して日が浅いことですし、門限までに新入生のみんなを寮に帰るように促さないとですね」
アグネスタキオン「ああ 面倒だねえ。私としてはずっとここで寝泊まりしていたいところなのだが。いちいち帰る必要性を感じない」
ナリタブライアン「だったら、外泊許可を その都度 申請することだな」
ナリタブライアン「そういえば、年明けから休日はずっと遠征にしているわけだが、毎回どこに行っているんだ、アグネスタキオン?」
ナリタブライアン「いや、言わなくていい。『皇帝G1七番勝負』で使った最新技術のVRシミュレーターなんかを提供できる場所に行っているんだろう」
アグネスタキオン「その辺りは想像に任せるよ」
ナリタブライアン「……まあ、斎藤Tがやることだ。しっかりと首輪を繋いでいるのなら心配は要らないな」
アグネスタキオン「失敬な! 首輪に繋がれているのはトレーナーくんの方だぞ!」
ナリタブライアン「だろうな」
ナリタブライアン「なら、余計なお世話かもしれないが、しっかりとリードは握っておけよ」
アグネスタキオン「……ああ。きみも、その、健闘を祈るよ」
ナリタブライアン「互いにな」
――――――先代も姉貴も卒業して 新しいトレーナーの下で優駿競バ『ドリーム・シリーズ』に挑む 最後の学園生活の日々に私は勇者に打倒される“怪物”として立ち続ける!
◆20XY年度 トレセン学園 生徒一覧 (中途退学または卒業済み)
卒業済み……(シンボリルドルフ)、(ビワハヤヒデ)、(ウイニングチケット)、(ナリタタイシン)
高等部3年……エアグルーヴ、ナリタブライアン、ヒシアマゾン、フジキセキ
高等部2年……トウカイテイオー、ナイスネイチャ、ツインターボ、メジロマックイーン、メジロパーマー、メジロライアン、ダイタクヘリオス、イクノディクタス、アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、(アグネスゴールド)
高等部1年……ミホノブルボン、ライスシャワー、サクラバクシンオー、ニシノフラワー、ハッピーミーク
中等部3年……エアシャカール、アグネスデジタル、カワカミプリンセス
中等部2年……ウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャン、スイープトウショウ、コパノリッキー
中等部1年……キタサンブラック、サトノダイヤモンド、ブリュスクマン、ブチコ、リトルココン、ビターグラッセ、ソラシンボリ、アクアビット