ウマ娘超光速戦記 -TACHYON Transmigration- 作:LN58
――――――ウマ娘:ソラシンボリには夢がある。
それはシンボリ家の令嬢として“永遠なる皇帝”シンボリルドルフ、一人のウマ娘として“不滅の帝王”トウカイテイオー、自身が尊敬する名バたちに肩を並べる“夢のヒーロー”になることである。
『日本オークス』の裏の『春の選抜レース』1日目の第1レースで8バ身差の大差をつけての圧勝、翌週の『日本ダービー』の裏の『春の選抜レース』2日目の第11レースでダートコースも軽やかに走り抜けた凄まじさは緩急をつけて徐々に徐々に学園内外に知れ渡った。
その走りはシンボリルドルフの再来、はたまたトウカイテイオーの再来とも評され、両者の特徴を併せ持った均整のとれた軽やかな走りであった。
それでいて、“皇帝”シンボリルドルフのような威厳ある走りでもなく、“帝王”トウカイテイオーのような才気煥発の走りでもなく、土埃を巻き上げることのない非常に物静かな 本人の飄々とした性格にそっくりな『透明感のある』という走りであったのだ。
――――――気づいたらソラシンボリは目の前を、遥か先を走っていた。そのまますぅーっとゴール板を通り過ぎていった。まるで芝を撫でるかのような微風であった。
それが『春の選抜レース』でソラシンボリに8バ身差をつけられた対戦相手の回顧であり、一着バになったというのにその表情は息を乱した様子もなく非常に涼やかなものであったのが神秘的であったと付け加えた。
そして、その不思議な様子の意味がわからずとも開幕の第1レースで8バ身差をつけた『名家』シンボリ家のウマ娘の偉容に思わず観戦していたトレーナーたちが我先へと駆け出していた。
しかし、スカウトしに集まったトレーナーたちに取り囲まれたというのに瞳を閉じてひとり風を感じているかのようなソラシンボリは興奮を抑えきれずに是非ともスカウトしたいという熱量を諸共せずに、それから徐ろに瞳を開く。
トレーナーたちの期待の熱が上がっていく。1つ1つの声がターフを騒がせる獣の唸りとなるが、言い放たれた言葉は非常に強烈であった。
――――――ねえ、これから東京競バ場と合わせて全ての『選抜レース』を見るからさ、不勉強な輩は研究の邪魔だから帰ってくれないかな?
決して声を張り上げたわけでもないその一言がレースの興奮とスカウトへの熱を一気に冷ますことになり、次のレースの準備のために人集りが邪魔になっていることに気づいた誰かに釣られてその場にいた全員が目配せをして囲いが解けた瞬間、気づいたらすでにソラシンボリはその場にはいなくなっていたのだ。
そのため、ソラシンボリの姿を追って『選抜レース』の会場を隈なくトレーナーたちが探し回ろうとしたわけなのだが、ソラシンボリが姿を消す直前に残した言葉が重く胸に重く伸し掛かった。
トレーナーたちはソラシンボリの幻影を探すことを止め、自身の出走の時を今か今かと待ちわびて集中しているウマ娘のことを見守ることを選んだ。
そう、自身は芝を傷つけることなく後に続く者たちのために音もなく去ったソラシンボリの発言を受け止めて、トレーナーとして真摯にウマ娘に向き合わなければスカウトする資格はないのだとひとりひとり自分に言い聞かせれば、再び芝を撫でる5月の風が吹き寄せた。
故に、トレーナーたちですらも一瞬で魅了する立居振舞に奇しくも同級生としてトレセン学園に入学した同期の新入生たちはもっと間近にソラシンボリの不思議な魅力に夢中だった。
あの“皇帝”シンボリルドルフと同じ『名家』シンボリ家の令嬢なのだから、文武両道で才色兼備で人を惹き付けるカリスマの持ち主であるのは誰もが知っていたことであり、認めていたことであり、期待していたことだったのだが、ソラシンボリはみんなの中心にいる存在ではなかった。
ソラシンボリは口数の少ない物静かな令嬢であった。自ら言葉を発することは稀であり、常に微笑みを湛えていて、それが優しく柔和でその静謐を侵しがたく、とてもじゃないがお上品じゃない話題は耳に入れさせちゃいけない気にさせられてしまう。
だから、みんなの中心にいるウマ娘というのはたくさんいる。みんなの数だけ。仲間内で肩肘張らずに楽しく談笑し合える空間にシンボリ家の令嬢は似合わない。
けれども、誰とでも寄り添うようにいつの間にかそっと側にいて、躓いてしまった時にあの微笑みを投げかけてくれるのだ。それは隙間風のようだが、春の訪れを知らせる雪解けの光のようでもあった。
それがトレセン学園に入学したばかりの周りが感じたソラシンボリという風であり、あれは自分たちと同じウマ娘ではなく風の精なのだと信じて疑わない者すらいた。
気づいたら、『春の選抜レース』に芝とダートの両方に出て圧倒的勝利を飾っているのが一番記憶に新しいことだし、それまでの入学してからのたった1ヶ月間でたくさんの伝説を積み重ねてきていた。
それぐらいソラシンボリは神出鬼没であり、トレセン学園の生徒として学業に励んでいる姿はいくらでも見られたが、授業が終わってからは普段は何をしているのかが何もわからない――――――。
だから、みんなはソラシンボリのことを
しかし、人知れずたった一人から始まったチーム<エンデバー>に『日本オークス』『日本ダービー』で優勝したエアシャカール、ウオッカ、ダイワスカーレットが参加したことで一気に最強チームの名を欲しいままにすることになったのだ。
更にはアグネスタキオンやアストンマーチャンの名も連ねるし、担当トレーナーは史上初の“春シニア三冠”達成を目前にしたマンハッタンカフェと再契約したメジロマックイーンの元担当トレーナー:和田Tだというのだから、知れば知るほど『やっぱりソラシンボリは凄い』のだと誰もが感心する。
――――――そんな
――――――エクリプス・フロント
スカーレットリボン「――――――『また』ですか」
ソラシンボリ「うん、『また』なんだ」
マンハッタンカフェ「そうなんですか」
和田T「そうなのか」
ソラシンボリ「またキタサンブラックが熱心に打倒チーム<ファースト>のためにボクに『チーム<エンデバー>を解散しろ』って言ってきてね」
ソラシンボリ「それから、『ボクのアオハルチームを解散させる』だけじゃなく、『一緒のトレーナーチームに入るように』も迫ってくるんだよねぇ」
ソラシンボリ「なんだろうね? キタサンブラックって子の中だと、ボクはキタサンブラックの根幹を揺るがす存在にでもなっているのかなぁ? あんなにも必死になってさ?」
和田T「まあ、チーム<エンデバー>が唯一無二と言えるのは、『アオハル杯』の3年間を全力で楽しむために『トレーナーからのスカウトは絶対に受けない』ことを課しているわけだもんなぁ」
和田T「――――――矛盾しているな、『アオハル杯』の本来の目的からすると」
マンハッタンカフェ「そうですね。アオハルチーム<エンデバー>はトレーナーからのスカウトは絶対に受けてはいけませんが、
マンハッタンカフェ「だから、今年デビューを果たすタキオンさんをはじめとして今年のクラシック級の最有力候補であるエアシャカールさん、ウオッカさん、ダイワスカーレットさん、それとアストンマーチャンさんが加入できるわけですよね」
ソラシンボリ「これでも真面目に『アオハル杯』で勝ちに行っているんだから、チーム総合力を上げるために現役ウマ娘の加入は必要不可欠なんだし、別に何もおかしくないよねぇ?」
スカーレットリボン「しかし、『アオハル杯』はトレーナーのスカウトから漏れた大勢の生徒たちが主体的になって企画運営して新たなアピールの機会を求めたのが始まりのレース大会です」
スカーレットリボン「『アオハル杯』での活躍やその過程で発掘された才能によってトレーナーからのスカウトを勝ち取るために開催されているのですから、『トレーナーからのスカウトは絶対に受けない』という規約は『アオハル杯』の趣旨に反してします」
ソラシンボリ「――――――ボクが『アオハル杯』の3年間を楽しみ抜くことを『手段が目的化した』って言いたいわけ?」
スカーレットリボン「そうではないのですか、ソラ?」
ソラシンボリ「ちがうよ、まったく」
ソラシンボリ「だって、ボクは“皇帝”シンボリルドルフが遺してくれたトレセン学園の日々を最高に楽しみ抜こうと思っているんだもん」
スカーレットリボン「え?」
マンハッタンカフェ「なるほど、最初からソラシンボリさんの目的は『トレセン学園の日々であって、レースの勝利ではない』ということですか」
和田T「みんな、レースに出たくて必死に頑張っているのに、レースに出たくて必死に頑張っているみんなの姿を間近に見ていたいだなんて、鐘撞Tと契約したアグネスデジタルみたいなことを言うな、ソラは」
ソラシンボリ「そりゃあ、ボクは曲がりなりにもシンボリ家のウマ娘だし。G1レースで勝つだなんて当たり前だし、“皇帝”シンボリルドルフほど頑張る必要はないって言われてもいるからね」
ソラシンボリ「だから、
スカーレットリボン「そ、そうだったのですか、お嬢様!?」
ソラシンボリ「それぐらいわかってもらえていると思っていたけど、まだまだ言葉が足りなかったみたいだねぇ」ヤレヤレ・・・
ソラシンボリ「それに、トレセン学園では中高一貫校として6年間の学生生活を送れるんだから、その半分を『アオハル杯』に費やしてから、もう半分で『トゥインクル・シリーズ』に挑むことの何がおかしいんだろうね? 6年間の半分だよ? もう半分あるよね?」
ソラシンボリ「みんな、わかってて『アオハル杯』も『トゥインクル・シリーズ』もどっちも頑張るだなんて言っているのかな? 未デビューウマ娘のための『アオハル杯』に既デビューウマ娘が『トゥインクル・シリーズ』と掛け持ちしながら走ろうだなんて、そっちの方が頭がおかしいよね?」
和田T「言っていることはごもっともだが、そう言われるとなぁ……」
マンハッタンカフェ「あなたやタキオンさんのように
ソラシンボリ「うん。だからこそ、シンボリルドルフやトウカイテイオーも果たせなかった中等部の学生生活を最高に楽しみ抜くことに挑戦のしがいを感じるんだ。普通のJCみたいなことをチームのみんなとたくさんたくさんするんだ」
ソラシンボリ「最高の贅沢だよね!」
スカーレットリボン「……ソラ、本当は今のトレセン学園の日常が嫌いなの?」
ソラシンボリ「別に。ただ、小人閑居して不善を為す、トレーナーからのスカウトを受けられずに勝つことに縛られた灰色の青春を送って黄昏れているぐらいだったら、ちょうど『アオハル杯』が復活するんだから みんなでワイワイ楽しもうよ。その思い出の3年間で残りの3年間を差し切るんだ」
マンハッタンカフェ「たぶん、キタサンブラックさんはそれだけの実力がありながら
和田T「まあ、デビュー時期を選べるとは言え、『春の選抜レース』で圧倒的な実力を見せつけた 誰もが認める新世代最強バがいないクラシック競走になんて勝っても 誰も納得できないもんな……」
ソラシンボリ「ええ? 別に、『アオハル杯』で無理なら『種目別競技大会』の無差別級レースで『トゥインクル・シリーズ』で名を馳せたスターウマ娘たちとも戦えるんだし、なんだったら模擬レースでもいいんじゃん、速いかどうかの勝ち負けなんてさ?」
ソラシンボリ「だいたい、ボクが“エリートウマ娘”を目指さないのも、アグネスタキオン先輩のおかげだもんね。同世代になった子が本当にかわいそうになってくるよ」
和田T「…………相変わらず割り切りが良すぎておよそ競走ウマ娘らしからぬことを言い放ったぞ、この御令嬢」
ソラシンボリ「だって、事実でしょう? 『皇帝G1七番勝負』で全盛期の“皇帝”シンボリルドルフの『皐月賞』に写真判定で勝てたウマ娘がまさかのメイクデビュー前の未出走バだなんて、こんなの 同世代で勝負になるはずがないじゃん?」
ソラシンボリ「トレセン学園の学園生活の4年を捧げて得たものがそれなんだから、ボクはその類稀なる忍耐と努力に敬意を表して、それでどこまでやれるのかを一人のウマ娘レースファンとして見届けたいんだ」
和田T「そうだな。正直に言って そんなバケモノがいることを知っていたら、勝たせることが仕事のトレーナーとしては出走回避を選びたくもなるし、どこまでやれるのかを見てみたい欲求にも駆られるな」
ソラシンボリ「まあ、その前にマンハッタンカフェ先輩が創り出す“もう1つの神話”をこの目で見るのが今一番の楽しみだけどね」
和田T「エアグルーヴにヒシアマゾン、メジロライアンとメジロパーマー、ライスシャワーにハッピーミーク、エアシャカールにウオッカ――――――、シーズン前半の現役ウマ娘の最強決定戦に相応しい錚々たる面々だ」
マンハッタンカフェ「はい。強敵揃いですが、勝ちますよ」
スカーレットリボン「本当に楽しみですね」
ソラシンボリ「だからさ、困っている人がいたら見て見ぬ振りができない子のくせに、“皇帝”シンボリルドルフのような視点を持ったら終わりだよ、きみは」
――――――ねえ、きみに鼎の軽重を問うことができるのかい、キタサンブラック?
新入生:キタサンブラックはかつて“永遠なる皇帝”シンボリルドルフに憧れて夢の舞台にやってきた“不滅の帝王”トウカイテイオーと同じように、その“不滅の帝王”トウカイテイオーに憧れて夢の舞台:トレセン学園にやってきていた。
早速、入学直後の『春のファン大感謝祭』の体育祭の団体競技で敗戦寸前だったチームを見事に統率して大逆転へと導いた“お助け大将”として 将来有望な新入生の中では一際存在感を発揮することになり、
以後も自身が尊敬するトウカイテイオーの許に通い詰めて生徒会活動に積極的に協力し、その明朗快活にして チャレンジ精神旺盛で 困っている人に手を差し伸べ 悩みがあれば相談に乗る人情派のお祭り娘のことを誰もが愛さずにいられなかった。
また、父親が国民的人気演歌歌手であることも相まって、入学以前から築かれていた交友関係の広さから、まさにトウカイテイオーの再来とも言える人気ぶりを内外で博しており、
同じくメジロ家と親交のあるサトノグループの令嬢:サトノダイヤモンドが自身が尊敬するメジロマックイーンの再来と評されていることもあり、それによってテイオー・マックイーン世代の再来とも早くも呼ばれるようになっていたのだ。
しかし、テイオー・マックイーン世代を実態を知る者ならば、それは即ちトウカイテイオーとメジロマックイーンが有終の美を飾った後に突如としてウマ娘レース界隈に激震を走らせたアグネスタキオンとマンハッタンカフェという最強の伏兵に相応する存在もいるのではないかと警戒されてもいたのだ。
そして、そのアグネスタキオンとマンハッタンカフェの許に通い詰めていたのが、“皇帝”シンボリルドルフを輩出した『名家』シンボリ家の新たなる令嬢:ソラシンボリであり、『春の選抜レース』で明らかに他を凌駕する走りを見せつけながら、トレーナーからのスカウトを断固拒否して『アオハル杯』の3年間を楽しみ抜くチーム<エンデバー>の主将として独自の立ち位置を確立することになったのである。
そのことが『アオハル杯』復活にこれまでのトレセン学園の在り方を否定する樫本代理の徹底管理主義による『管理教育プログラム』施行が賭けられたことで足並みが揃わなくなった現状のトレセン学園を憂えるキタサンブラックにとっては受け入れがたいことであった。
――――――英雄は英雄を知る。ウマ娘:ソラシンボリはウマ娘:キタサンブラックの大器を高く評価しているように、ウマ娘:キタサンブラックもまたウマ娘:ソラシンボリに対して誰よりも嫉妬していたのである。
そう、その走りは“皇帝”シンボリルドルフの再来のようでもあり、“帝王”トウカイテイオーの再来のようでもあり、両者の特徴を併せ持った均整の取れた走りだなんて評されているのだ。まさに最強に最強を掛け合わせたとびっきり最強の存在であり、並大抵のウマ娘の才能などあってないに等しいものだった。
誰よりもトウカイテイオーに憧れてきたキタサンブラックにとってはそれが何よりも衝撃となっており、憧れの人の走りだけじゃなく、憧れの人の憧れの人の走りまで併せ持ち、それでいて自分なんて取るに足りないと思わせるような圧倒的な実力や魅力の持ち主なのだ。まるで雲の上の存在であるかのように感じられた。
だから、キタサンブラックは初めて誰かに対して憧れ以上に嫉妬の感情に駆られることになった。自分以上に大業を果たせる身でありながら、みんなの夢が集まるトレセン学園の危機に際して実質的に見て見ぬ振りをしていることが許せなかったのだ。
それは自分が必死に汗水垂らしながら情熱的に一生懸命に誰かを助けるのに対し、常に涼やかな表情でそっと寄り添うようにして人の悩みや苦しみを解決するという自分には決して真似できない方法で、自分の得意分野である人助けを行っていることも起因していた。
いや、実際のところはそれだけの実力と人徳を有するソラシンボリが自らチームを率いて非公式戦『アオハル杯』に専念することを宣言することによって、トレセン学園の危機を招いた樫本代理のチーム<ファースト>の対抗バとしての機能を果たすことになっており、
今年のクラシック級の最強ウマ娘であるエアシャカールやウオッカ、ダイワスカーレットまでもソラシンボリのチーム<エンデバー>に加入していることも相まって、トレセン学園の最終にして最大の防衛戦力として安心感をもたらしてもいたのだ。
そう、“皇帝”シンボリルドルフとはちがったやり方でトレセン学園の現在を守ろうとしているのだと、それが『名家』シンボリ家のウマ娘としての役目であると自覚しての立ち回りなのだと、ソラシンボリの在り方を規定しようとする有識者たちはそう分析して称賛する。
けれども、そうした見方でさえもキタサンブラックにとっては称賛以上に否定的な感情が渦巻いてしまうのだ。
――――――だって、夢の舞台で輝きたいからトレセン学園に入ってきたんだよね、同じウマ娘なら?
キタサンブラックにはソラシンボリの在り方が認められなかった。というより、そう思うのがウマ娘であるなら当然のことであると無自覚に信じてもいた。自分がこうして昨日の友は今日の敵になるかもしれないトレセン学園のみんなに別け隔てなく手を差し伸べるのも、“帝王”トウカイテイオーが受け継いだ“皇帝”シンボリルドルフの『全てのウマ娘が幸福になれる世界』という理想に共鳴しているからだ。
だからこそ、その理想の上に築き上げられるもの;トレーナーからのスカウトを受けて二人三脚で勝利の栄光を掴みに行くというウマ娘レースの理想像に反するものであり、非公式戦『アオハル杯』のために公式戦『トゥインクル・シリーズ』を共に戦おうと手を差し伸べるトレーナーからのスカウトを全て払い除けるソラシンボリの身勝手さがまったくもって理解できなかったと言ってもいい。
ウマ娘レースで勝つことを義務付けられたウマ娘レースの『名家』シンボリ家の令嬢であるにも関わらず、その公式戦『トゥインクル・シリーズ』に出走することに拘泥しない様でさえも 夢の舞台で輝きたいと願ってトレセン学園の狭き門より入った自分たちに対する侮辱のようにも感じられた。
つまり、ソラシンボリを見つめるキタサンブラックの中で致命的な
そうでなければ、キタサンブラックは自分の取り柄である人助けもソラシンボリにお株を奪われただけじゃなく、ウマ娘レースの主役となる競走ウマ娘としても最初からずっと負けたままになってしまうのだから――――――。
しかし、世界には様々な考え、様々な価値観、様々な立場、様々な制約、様々な生き方があり、それが複雑な人間関係を生み出していることをまだ思春期を迎えたばかりのキタサンブラックには理解できていなかった。
そのために、一緒にアオハルチーム<エンタープライズ>を結成した幼馴染の大親友であるサトノダイヤモンドが泣き腫らすほどに手酷くトレーナーにフラれたという出来事にも衝撃を受けることにもなった。
事実、“サトノ一族の至宝”としてサトノ家の期待を一身に背負って幼い頃から切磋琢磨し合った大親友がトレーナーと担当契約を結べなかったのも衝撃的だったし、何よりもあそこまで暗く落ち込んだ姿を見たことがない。それが互いにとってどれだけ重たいことなのかを言わずともわかってしまう。
だからこそ、キタサンブラックはずっと抱え込んだ
斎藤T「いえ、配属2年目の新人トレーナーの私ですが、初めての担当ウマ娘をメイクデビューさせますので、担当ウマ娘を増やすのは無理です。そのようにサトノダイヤモンドには申し上げて何度も逆スカウトをお断りしているわけなのです」
キタサンブラック「え……」
斎藤T「わかっていただけましたか?」
キタサンブラック「え、でも…………」
斎藤T「そもそも、学園には関係ない私情を持ち出して私のトレーナーとしての評判を傷つけたのはサトノダイヤモンドの方です」
斎藤T「いくらサトノグループが経営しているゲームセンターの買収に私が関わっていたにしても、買収と売却を行ったのはシンボリ家ですから、私がゲームセンターのオーナーになると勝手に勘違いしておいて、これは完全な逆恨みですよ」
斎藤T「しかも、その前に実施されたトレーナー
斎藤T「ですので、勝手に勘違いして 勝手に泣いて 勝手に逆恨みして 人様に迷惑を掛ける輩にはお引取りいただきました」
キタサンブラック「……ダイヤちゃんはそんな子じゃないです!」
斎藤T「なら、あなたが知っているサトノダイヤモンドに戻れるように私から引き離してもらえませんか?」
斎藤T「ウマ娘に権利と義務があるようにトレーナーにも守られるべき権利と義務がある。担当契約はウマ娘とトレーナーの互いの同意の上で結ばれるもの」
斎藤T「トレーナーの私がそのサトノダイヤモンドとの担当契約を嫌だと言っているんだから、それでさっさとあきらめさせてください。それが互いのためです」
キタサンブラック「……そんな言い方!」
斎藤T「――――――親が決めた相手と愛のない結婚がしたいのですか、あなたは?」
キタサンブラック「え?」
斎藤T「それと同じように、信頼関係のない担当ウマ娘と担当トレーナーの二人三脚が上手くいくとでも?」
キタサンブラック「でも、それじゃダイヤちゃんが――――――!」
斎藤T「――――――
キタサンブラック「!!!?」
斎藤T「よく考えることだ、キタサンブラック」
斎藤T「私は一人のトレーナーとして一人のウマ娘からのこの場合の逆スカウトを否定するべき立場にある」
斎藤T「それと同じように、誰かを助けるということは誰かを助けないということなんだ」
キタサンブラック「……え?」
斎藤T「言い換えよう。誰かを選ぶということは誰かを選ばないということだ」
斎藤T「現実でも創作でもそう。正義の味方に助けられるのは正義の味方が助けたものだけだ。それ以外のものは自分の価値基準に照らし合わせて取捨選択の上に切り捨てているんだ。一人の人間の窮状に出くわした時も、まず最初に『助けるべき人間かどうか』を判断してから人助けするだろう」
斎藤T「でも、私たちは時として正義の味方に成敗される悪党に同情することもできる。なぜなら、悪党に感情移入できる時点で、基本的人権を尊重されるべき存在だと認めているからだ」
斎藤T「だから、疑わしきは被告人の利益になるように社会は弱者救済の方向へと進化していき、昔のような勧善懲悪のストーリーよりも『正義の反対は別の正義』となるような多様な価値観を尊重する世の中に進化していっているんだ」
斎藤T「あなたの他者の窮状を見て見ぬ振りができない性格はおそらく親譲りで非常に素晴らしいものがあるが、この多種多様な立場や価値観が入り混じった現代社会で、全ての事柄を一緒くたにして正義を執行すると別の正義から痛いしっぺ返しを食らうことになるからね」
キタサンブラック「………………」
斎藤T「少なくとも、私はウマ娘:サトノダイヤモンドに対しては公人としての誠意ある対応をしてきたつもりだ。それに対して、ゲームセンターの買収というウマ娘レースとはまったく関係のない私事でトレーナーを選ぼうとしたのがサトノ家なのだから、社会人として礼節を欠いたお付き合いはご遠慮させていただくと言っている」
キタサンブラック「そんな…………」
斎藤T「いいかい、キタサンブラック」
斎藤T「あなたが尊敬してやまないトウカイテイオーとは知らない仲じゃないから忠告させていただくが、トウカイテイオーのようにG1レースを何勝もする国民的アイドルになりたいのなら、レースに余計な感情を持ち込まないように公私の使い分けを覚えるんだ」
斎藤T「トウカイテイオーのレースに懸ける情熱は本物だ。何度も故障しながらも決してあきらめることなく、奇跡の復活を何度も果たして見せたのだから」
斎藤T「それに対して、あなたのレースに懸ける情熱は人助けをしたいという義務感よりも上なのか? トウカイテイオーに憧れているのなら、そのことをよく考えてレースでベストパフォーマンスを発揮し続けて担当トレーナーの体面と生活を守ることに繋げてみせろ」
斎藤T「――――――キタサンブラック!」
キタサンブラック「あ、はい!」
斎藤T「うん。いい返事だ。トウカイテイオーのようになりたいのなら、自分の中のレースに懸ける情熱と人助けをしたいという義務感を両立できるように。まずはそこからだ」
キタサンブラック「あ、ありがとうございました……」
それからキタサンブラックはサトノグループの御令嬢:サトノダイヤモンドを学外で泣かせたことで“学園一の嫌われ者”の称号を取り戻した斎藤Tに言われたことをひたすら反芻するようになった。
そのおかげで、ほんの少しだけ自分の中の
一方、アオハルチーム<エンタープライズ>ではいつまでも落ち込むことを止めたサトノダイヤモンドが復帰してチームトレーニングに励むようになったのだが、明らかに今までとは雰囲気が違うことに親友として戸惑いが隠せなかった。
サトノダイヤモンドの斎藤Tに対する執着は事の顛末を聞かされていると、一目惚れした相手にはすでに恋人がいるのにその間に割り込もうとするようなものに思え、改めて考えると斎藤Tは 厳しい口調のせいで勘違いされやすいが 公人としての分別を示しただけに過ぎなかった。
そのため、言われれば納得できるようなことを頑なに受け入れようとしない親友であるサトノダイヤモンドが斎藤Tに抱いた執着心を理解することが出来なかった。
いや、サトノグループの令嬢だからこそ、自社ブランドに強いこだわりと誇りを持っているのは昔からそうであり、キタサンブラック自身も国民的演歌歌手である父親や父親を慕って集まったお弟子さんたちの在り方を見習って人助けに邁進する性格になっていたわけなのだから、そこはもう生まれ育った家庭環境のちがいでしかないのだろう。
でも、同時に怖さすら感じる今の鬼気迫るサトノダイヤモンドの表情はどこか楽しそうでもあったのを目敏くキタサンブラックは感じ取ることができていた。
――――――だから、不思議だった。トレセン学園の内外で存在が知れ渡っている新人トレーナー:斎藤 展望の存在が。
キタサンブラック「結局、斎藤Tってどんな人なんですか? 調べてみたら内外でいろんなことが言われていて、調べれば調べるほど ますますわからなくなりました……」
メジロマックイーン「それは……、ですね?」
トウカイテイオー「うん、一言で言えばカイチョー…ルドルフさんが一番に頼りにしている“縁の下の力持ち”ってやつかな?」
エアグルーヴ「まあ、私としては やつと関わることになると面倒事になるから、みんなにはできる限り距離を取ってもらいたいと思っているがな。やつもそれがわかっているからこそ、本校舎を離れてエクリプス・フロントで新発明や新製品の開発に打ち込んでいるわけだ」
ナリタブライアン「キタサンブラック。もしもやつにこれからも関わろうとするなら、やつは 元々 妹の養育費のためだけにトレーナーになって、今は惰性でトレーナーをやっているだけの“門外漢”だということを理解しておけ」
キタサンブラック「――――――『“門外漢”』ですか?」
トウカイテイオー「うん。斎藤Tは元々は皇宮警察官の超エリートの生まれで、妹のヒノオマシちゃんのことを物凄く可愛がっていたわけだから、妹のためならなんだってするような人だったみたいなんだ」
キタサンブラック「――――――『皇宮警察官』」
メジロマックイーン「ですので、サトノグループの方々がサトノダイヤモンドを“サトノ一族の至宝”として大事にしていたように、斎藤Tも妹のことを宝物のように大事にしていたわけですの」
エアグルーヴ「だから、サトノグループの力を使ってのサトノダイヤモンドの迫り方が皇室に代々仕えてきた『名族』の斎藤Tにとっては非常に癇に障るものだったのだろうな」
キタサンブラック「……そうだったんですか」
ナリタブライアン「まあ、そこまで心配することでもないだろう」
キタサンブラック「……どうしてですか?」
ナリタブライアン「やつは配属して早々の“学園一の嫌われ者”という最低最悪の評判を覆して先代から直々にトレセン学園の明日を託された“学園一の切れ者”なだけに、サトノグループの令嬢のような影響力の大きいウマ娘のことを放ってはおけないからな」
ナリタブライアン「やつの担当ウマ娘になることだけあきらめれば、なんだかんだでESPRITの主宰なんかやっているんだから、なんだかんだで困った時に助けを求めれば、なんだかんだで何とかしてくれるさ」
キタサンブラック「……『なんだかんだ』なんですね」
メジロマックイーン「まあ、『なんだかんだ』ですわね」
メジロマックイーン「私の担当トレーナーもそれで助けていただいた御恩がありますの」
トウカイテイオー「ボクも 担当トレーナーと一緒に助けてもらったよ、斎藤Tには」
エアグルーヴ「あまり声を大にしては言えないが、私もだがな」
キタサンブラック「じゃあ、生徒会役員の全員が――――――?」
ナリタブライアン「ああ。3ヶ月間の意識不明の重体から目覚めた去年のシーズン後半はずっとやつに助けられてばかりだったよ。その働きぶりはトレーナーながら“秋シニア三冠”をやってもいいぐらいだ」
ナリタブライアン「だから、先代が後の事を託したこともあって、やつのやることに間違いはないのだから、私たちとしては余計な負担にならないようにそっとしているのさ」
キタサンブラック「………………」
――――――なんだか わかったような わからないような。でも、『なんだかんだ』で全てが良いことになりそうな気がしてきた。
キタサンブラック「生徒会役員のみなさんの話を聞いて、斎藤Tがどれだけ相手をたくさんの人を『なんだかんだ』で助けていて、ダイヤちゃんに対しても真っ当に人の道を説いていたのは段々とわかってきたけど、」
キタサンブラック「それでも、あたしはもうちょっとやり方があったんじゃないかって思うから――――――」
トウカイテイオー「たぶん、斎藤Tがトレーナーじゃなかったら手を取り合うことができていたように思うけどね。だって、あのアグネスタキオンを手懐けて担当契約を交わしているんだもん。ダイヤちゃんの相手だって問題なくできたと思うよ」
エアグルーヴ「だが、やつがトレーナーじゃなくなると、そもそもトレセン学園で2人が出会うきっかけすらなくなるだろう?」
ナリタブライアン「なら、妹の養育費をサトノグループで建て替えてやれば済む話だ。それぐらい余裕だろう、これまでのサトノグループの貢献を考えれば」
トウカイテイオー「それって、買収――――――」
メジロマックイーン「いえ、そう単純な話ではありませんわ。勝つことを期待されているウマ娘の令嬢たる者、自分を勝利に導いてくれた殿方を婿に迎えることを周囲に望まれていますもの」
ナリタブライアン「……そういうものなのか、『名家』というのは?」
メジロマックイーン「ええ、そうですわ。ウマ娘の令嬢たる者、勝利を追い求める上で優れたトレーナーとなら臆せず担当契約を結ぶべきなのですから、婚約者に操を立てて異性のトレーナーと担当契約を結ばないことでレースで勝てないだなんてことは絶対にあってはなりません」
メジロマックイーン「ですので、学外で結ばれる婚約というのは実力主義の『名家』では一様に否定的ですから、もしそういった関係をお望みでしたら婚約者の方を先にトレセン学園に送り込んで実績を積ませることになりますわね」
エアグルーヴ「だが、その場合も先にトレセン学園に送り込んだ婚約者が下積みとして必然と自分以外のウマ娘の面倒を見ることになるわけだから、そのことに対して我慢できるかも考えなければな」
ナリタブライアン「いろいろと面倒なんだな、いちいち」
トウカイテイオー「そっか。じゃあ、本当に巡り合わせが悪かったんだね、この場合……」
キタサンブラック「…………ダイヤちゃん」
ナリタブライアン「まあ、それよりもレースに集中しろ、お前は。お前はレース中に先頭バが転倒した時に立ち止まって手を差し伸べてしまいそうな甘さがある」
キタサンブラック「……え? さすがにそれはないですよ?」
ナリタブライアン「どうだかな」
ナリタブライアン「お前は今回の『アオハル杯』復活で 早速 チームを結成してチームメイトとの仲を深めているわけだが、憧れの舞台『トゥインクル・シリーズ』だとレース場にいる他のウマ娘は 全員 優勝争いのライバルになるんだ。そのことを忘れていないといいがな」
キタサンブラック「む」ピクッ
キタサンブラック「なら、ソラシンボリさんはどうなんですか?」
トウカイテイオー「……キタちゃん?」
ナリタブライアン「言うまでもないだろう。ソラシンボリはお前とはちがう。自分がどうしたいのかと自分が成すべきことの擦り合わせが完璧にできている」
キタサンブラック「……何がそんなにちがうんですか?」
ナリタブライアン「――――――
キタサンブラック「え?」
ナリタブライアン「それとも、夢の舞台に憧れてやってきたものの、まだ気分は観客席から応援する立場なのか……」
ナリタブライアン「おい、どう思う、エアグルーヴ?」
エアグルーヴ「休憩時間は終わりだ。そろそろ仕事に戻れ」
ナリタブライアン「……わかった」
メジロマックイーン「わかりました」
キタサンブラック「あ、あの、今のはいったいどういう……?」
トウカイテイオー「ああ、そうか。こういうことだったんだ。昔のボクを見ているような気分だね」
キタサンブラック「テイオーさん?」
トウカイテイオー「キタちゃん。こればかりは口で言って完璧に理解できることじゃないかもしれない」
――――――でもね、ウマ娘レースで頂点を目指すからには、勝者としての責任と義務が求められることを覚えておいて欲しいんだ。
ある意味においては、それが『アオハル杯』復活の年に入学してきたことでまだまだ夢いっぱいの新時代の新入生たちの特色なのかもしれない。
そう、非公式戦『アオハル杯』と公式戦『トゥインクル・シリーズ』の間にある齟齬は何もレース体系のちがいから生じる戦略や戦術のちがいだけじゃない。
トレセン学園における日常を『アオハル杯』のチームトレーニングでの充実した日々だと捉えてしまうと、たちまちのうちに『トゥインクル・シリーズ』の本来あるべきウマ娘レースの非情さに泣かされることだろう。
だからこそ、
そのため、『アオハル杯』復活はいずれはトレセン学園の鎬を削る緊張感のある環境を真剣味の欠けた生温いものに変えてしまうとも一部では鋭く指摘されており、所詮はスカウトを受けられない負け組が寄り集まって傷の舐め合いをするためのお遊びでしかないのだと嘲笑う評論家もいたぐらいである。
そういった批判もあるからこそ、“皇帝”シンボリルドルフを輩出した『名家』シンボリ家の新たなウマ娘:ソラシンボリが率先して自らのチームを結成して『アオハル杯』の3年間を全力で楽しむ方針を打ち出したことは内外で大きな衝撃をもたらしたわけである。
結局、やってみないことには何もわからないのは何事も変わらず、シンボリ家のウマ娘が『アオハル杯』に積極的であることが知れ渡った瞬間、昨日まで『アオハル杯』復活に批判的だった評論家たちが手のひらを返すのだから、まったくもって人の言うこととは当てにならないものである。
同じように、キタサンブラックも トレセン学園に来てから これまでの自分の価値観が音を立てて崩れ落ちていくのを感じながら、トレセン学園で得た今までの人生になかった新しいものを取り入れた生き方を模索するようにもなっていた。
その一番の指標になったのが、他ならぬソラシンボリ――――――。
スタスタ・・・
キタサンブラック「…………フゥ」
キタサンブラック「…………今日もこれで終わり」
キタサンブラック「……あ」
ソラシンボリ「こんばんは。奇遇ですね。門限までトレーニング、おつかれさまです」
キタサンブラック「……ソラシンボリさん」
ソラシンボリ「では、おやすみなさいませ」
キタサンブラック「あ、待って!」
ソラシンボリ「おや、こんな時でも私に『チームを解散しろ』と言うつもりですか?」
キタサンブラック「……それはもういいです。忘れてください」
ソラシンボリ「そうですか」
キタサンブラック「でも、あたしはトレセン学園で夢を叶えたい!」
ソラシンボリ「………………」
キタサンブラック「ずっとみんなで『アオハル杯』に勝つことばかり考えていたけど、あたしがこのトレセン学園に来たのはテイオーさんのように『誰かに勇気や元気をあげられるウマ娘』になりたいと思っていたから」
ソラシンボリ「素敵ですね。なれるといいですね」
キタサンブラック「だから、あたしがなります!」
ソラシンボリ「――――――何に?」
キタサンブラック「ソラシンボリさんがあの“皇帝”シンボリルドルフと同じシンボリ家のウマ娘としていろんな立場や考えがあって『アオハル杯』の3年間を選んだんだと思います」
キタサンブラック「でも、考えてみたら、『アオハル杯』復活だなんて 元々 誰も知らなかったんですから、本当はトレーナーのスカウトを受けて『トゥインクル・シリーズ』で活躍したいと思って みんな 入学してきたはずなんです」
キタサンブラック「だから、ソラシンボリさんが『トゥインクル・シリーズ』をあきらめてまで率先して『アオハル杯』を盛り上げていく必要がなかったと言えるぐらいに、あたし、強くなります! チーム<エンタープライズ>のみんなと一緒に!」
キタサンブラック「そしたら、ソラシンボリさんも憧れの夢の舞台でいっぱい輝けるようになれますから! 一緒に夢の舞台で走りましょう! 打倒チーム<ファースト>も任せてください!」
ソラシンボリ「ああ、そういう……」
ソラシンボリ「まったく、あなたという人は本当に素晴らしい方ですね」
ソラシンボリ「では、それは宣戦布告というわけですか?」
キタサンブラック「はい! チーム<エンタープライズ>はチーム<エンデバー>やチーム<ファースト>にだって負けません!」
ソラシンボリ「叶うと良いですね」
キタサンブラック「叶えてみせます!」
キタサンブラック「だから、そんな他人事のような喋り方はやめてください。まるで
ソラシンボリ「………………あ」
ソラシンボリ「……なら、いつかシンボリ家のウマ娘としての“私”ではない本当の姿で手を取り合うことができる日を楽しみにしていますよ」
キタサンブラック「はい! あたしも楽しみにしています!」
ソラシンボリ「さあ、今日も一日おつかれさまでした」
キタサンブラック「はい、ソラシンボリさんも、また明日!」
アグネスタキオン「――――――で? 長々とチーム<エンタープライズ>の“お助け大将”と話をしてきてどうだったんだい?」
アグネスタキオン「きみのことだから、存分に『敵に塩を送る』対応になったのだろうけど、そうしないといけない立場だから必死だねぇ」
斎藤T「ああ、まったくもって素晴らしい子だよ、キタサンブラック。あれは間違いなくスターウマ娘の器だ。国民的演歌歌手の父親の徳分を受け継いでいるだけにね。多くの弟子を抱えて養っていることが一番大きい」
斎藤T「正直に言って、文武両道の優等生だったけど レース一筋で積極的に誰かを助けようとしてこなかったし 自分が打ち負かしてきた者たちのことを顧みなかった自業自得で悲運に見舞われたトウカイテイオーよりも将来は安定して明るいよ」
斎藤T「けど、問題はその人助けをせずにはいられない性分に対して、他者を踏み台にして勝利の栄光を掴む勝負の世界の非情さを呑み込めていないところにある。夢の舞台の現実をまだ知らない」
アグネスタキオン「なるほど、それは矛盾だねぇ。自分自身がレースで散々に打ち負かした相手を自分で慰めるつもりなのかい。そいつは自作自演の傑作だねぇ」
斎藤T「そう、それは“皇帝”シンボリルドルフが『全てのウマ娘が幸福になれる世界』という自身の理想を叶えるためにレースで勝つ度に踏み台となった敗者を生み出していったことで抱え続けていた避けられない矛盾だ」
斎藤T「そのことに気づいて両立させることができれば、キタサンブラックは生まれ持った天稟を十全に発揮することだろう」
アグネスタキオン「キタサンブラックとサトノダイヤモンドでテイオー・マックイーン世代の再来とも言われているのに、きみはキタサンブラックに対して随分と高評価だねぇ」
斎藤T「そりゃあ、サトノ家のように公私混同するような馬鹿な真似をせずに正々堂々としているんだから、私がキタサンブラックを嫌いになる理由がない。競技者としての心得がまだ身についていないだけで、これからも変わることなく善行を続けて欲しいと思える存在だから」
アグネスタキオン「ふぅン、そうかい」クククッ
斎藤T「?」
アグネスタキオン「いや、自分で言うのもなんだが、キタサンブラックの清廉潔白さを絶賛するきみが私のようなウマ娘の担当トレーナーになっていることが少しばかり愉快でねぇ」
斎藤T「それはしかたない。利害の一致;目指しているものが似通っているからこそ、このトレセン学園において協力し合えるものがある数少ないパートナーだから、大切にするさ」
アグネスタキオン「……そうかい。ありがとう」
アグネスタキオン「でも、きみもつくづく損な役回りだねぇ」
斎藤T「言うな」
――――――それがスカウトの重みというやつだろう。私の場合はウマ娘の皇祖皇霊たる三女神にスカウトされたことの。
シンボリルドルフ卒業後の新たな価値観を求めて多様性が交差する新時代は『アオハル杯』復活によって混迷を極めており、それに適応できずにいるトレーナーや生徒がなんと多いことか。
『レースで勝ちたい』というウマ娘として真っ当な欲求よりも、『誰かに勇気や元気をあげられるウマ娘』になりたいという願望を抱くキタサンブラックのような良い子が『アオハル杯』を基準にして過酷な競争社会の渦中にあるトレセン学園の現実を舐め腐る事態になっているんじゃないかというお話である。
それで非公式戦『アオハル杯』を経て公式戦『トゥインクル・シリーズ』に参戦するようになったアオハルウマ娘たちが仲良しごっこのせいで真剣勝負の舞台で簡単にヘタれる軟弱者に育ってしまうんじゃないかという想像である。
そのため、アプリ版『ウマ娘』におけるアオハルシナリオは現実的視点に照らし合わせると ゲームデザイン上 ご都合主義の極みとも言える荒唐無稽な内容となっており、
1年目の今は特に問題はないが、『アオハル杯』2年目が本当に大変になって、3年目にはほとんどのアオハルチームがヘタれているんじゃないかというのがこれからの展開の予想である。
特に、ウマ娘:キタサンブラックは アプリ版リリースの最初期から必須級サポートカードの頂点に立っている 自他共に認める“お助け大将”なだけに、
『全てのウマ娘が幸福になれる世界』を望む“皇帝”シンボリルドルフが直面したウマ娘レースの非情な現実に大いに苦悩することになるだろう。
優駿たちの頂点に自分がなれば応援してくれるファンは喜ぶが、2着以下の全てのウマ娘やそのファンたちを悔しがらせ悲しませるという矛盾に、キタサンブラックのような良い子がどう呑み込んでいくかを考えていかなければならない。
メジロマックイーンは最初からそういうものだと割り切って容赦なく勝利を掴み取る一方で、トウカイテイオーはそういった自分が打ち負かしてきた敗者への配慮に無関心であったんじゃないかという見方もできる。
そして、その生い立ちからトレセン学園とウマ娘レース界隈を非常に冷めた目で見つめながらも冷静に先々を見据えて弱者救済に努めるソラシンボリと陰と陽の関係になるように描写している。
どちらも“不滅の帝王”トウカイテイオーに憧れて 実力も才能も運気も人気も兼ね備えた 未来のスターウマ娘であるわけなのだが、庶民的なキタサンブラックと貴族的なソラシンボリとでは 同じ“永遠なる皇帝”シンボリルドルフから受け継いだ弱者救済の理想があっても その方法論がまったく異なってくる。
そのため、本作の主人公は斎藤 展望、パートナーはアグネスタキオン、アシスタントがマンハッタンカフェとなるが、
本作における『ファイナルズ』シナリオの主人公は天の道を往き 総てを司る男と歩むミホノブルボン、サブ主人公がライスシャワー、ライバルはハッピーミークであり、
『アオハル』シナリオでの主人公はリトルココンが嫌う仲良しごっこの代表格:キタサンブラック、その裏がソラシンボリ、ライバルはリトルココンとなっている。