世代のーー   作:カピバラ@番長

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 3話目です。
どぞー


mind is

 年末のホープフルステークスが終わり、年が明けて三ヶ日が過ぎた。

少し前まではお正月気分だったのに、気がつけば世間は節分の季節を謳っていて、お店にもちらほらと恵方巻きや炒り豆が並び始めている。

国風がお祭り好きだからだろうか、節操が無いとついつい笑ってしまう。

それでも、僕らのやる事は変わらない。

 

 「キング!さっきよりタイムだいぶ遅くなってるよ!!疲れたなら休憩入れるけど!」

 

 「冗談!もう一本行くわよ!」

 

真っ白な息を陽射しが照らし、きらりきらりと宙で霧散していく。

それはキングのもので、同じ光景を既に十度、見ている。

 

 「よーい、スタート!」

 

合図と共にキングが駆け出し、それと同時にストップウォッチのボタンを押す。

今日のトレーニング内容は皐月賞と同じ二千メートルを可能な限り全力で走り続ける事。

スタミナの上限が上がるのは勿論、最後の最後で更に加速するのに必要な根性が鍛えられる。

 

 「はぁぁぁぁああ!!!」

 

彼女の背が瞬く間に遠くへと霞んで行き、ほんの少しすると今度は正面が微かに見えてくる。そうしてゴール直前へと駆けてきたキングは雄叫びを上げながらスタート地点を通り過ぎた。

 

 「…うん、十一本やって一本目と殆ど変わらないタイムだ。スタミナと根性が付いてきた証拠だね。一先ずはこの辺にしよう」

 

 「えぇ、そうね、分かったわ……」

 

緩やかに、追加の距離を流してきた彼女は息も絶え絶え僕の元へとやってきて、僕の立っている後ろのベンチに置いてあるタオルで汗を拭き始める。

 

 「今日は午後の授業が早く終わるわ。続きはその後にやりましょう」

 

 「オーケー。でも根は詰めないよ。何事も適量が一番だ」

 

 「そこは任せるわ」

 

水分補給もそれなりに、朝のトレーニングを終えたキングは軽く手を振ると校舎の方へと向かった。

 

 「……強くなったな」

 

彼女の置いて行ったタオルと飲み物を片手にトレーニングの記録を見る。

ここ三カ月のトレーニングで彼女はほぼ半月ごとにベストタイムを更新している。仮にもし、これがホープフルステークスの日に間に合っていたとしたら、あの二人には三バ身も四バ身も差をつけて勝っていたと確信できるほどだ。

 

 ーーやっぱり、年明け直ぐのG3には出なくて正解だったみたいだ。

 

去年末までは予定に組み込んでいたレースは結局なしにした。アレは彼女がホープフルステークスで勝てると思い込んでいたから予定していたっていうのもあるけど、それ以上に、今のままではあの二人には勝てないと思ったからだ。

少しの間レースからは身を引き、肉体の向上に努めるーーこれが僕らの出した答え。

その結果は充分に出てると言っていい。

 

 「……皐月賞、か」

 

[最も速いウマ娘が勝つ]と言われている皐月賞は半月後まで迫っている。

今のままで勝てるなんて当然思ってない。……けど、これ以上負荷の掛かるトレーニングをしてもいいものだろうか。

風の噂で聞いた話では、セイウンスカイもスペシャルウィークも更に強くなったらしい。

当たり前ではあるけど、あれより強くなるだなんて思いたくないもんだ。

 

 「……なんにしても、もっとスピードを鍛えないとな」

 

キングの置き土産以外、片付ける物は特にない。

早々にトレーナー室に戻ってプランを練ろう。

彼女の脚を最大限に生かせるプランを。

 

                      ーーーー

 

二人が更なるトレーニングに励む中、訪れた皐月賞当日。

 

 《やってまいりました今年の皐月賞。最も速いウマ娘が勝つとされている本レースですが、注目すべきはやはりこの三名でしょう》

 

会場に響き渡るアナウンスは沸々と沸き上がる観客席の熱狂を後押しする。

 

 《一番人気はこの娘、スペシャルウィーク。来月に控えている日本ダービーを目指すのなら負けられない一戦です!》

 

狂乱と言っても差し支えない声援の中、観客席に向かって手を振るスペシャルウィーク。

満面の笑みを支えている脚は驚くほどよく鍛えられている。

 

 《二番人気は前回の三強対決で勝利したセイウンスカイ!今日も遅刻ギリギリでの入りでしたが余裕の表れでしょうか?》

 

次いで、客席の笑いと共に現れるセイウンスカイ。アナウンスの内容が聞こえていないのか、いつものように気だるげな表情のままひょうひょうとゲートに向かっている。

 

 《そして三番人気!今日も高笑いが聞けるのか、キングヘイローです!》

 

 「おーっほっほっほ!拝聴する権利を上げるわ!」

 

三番目の登場者、キングヘイロー。

アナウンスとファンの要望に応え、いつも以上の高笑いを披露した。

 

 《さぁ、続々と現れる出走者達。注目されているのは先の三人ですがレースに絶対はありません。どんな番狂わせが起きるのか、今から楽しみです》

 

アナウンスに合わせてゲートへと向かって行く以下十五名のウマ娘達。三人程ではないにしろ、流石は皐月賞。皆高水準にまとまっており、アナウンサーの言うようにいつ誰に寝首を掻かれてもおかしくはない仕上がり娘ばかりだ。

 

 《セイウンスカイを最後に、全員のゲートインが完了したようです。間もなく出走となります》

 

響き渡る電気に変換された声。

その余韻が消え去り、ピタリと、世界が止まったかのような静寂が訪れた。

 

ーーガゴン

 

無機質な火蓋の音。それはゲートの開く音。

 

 《ゲートが開かれました!真っ先に飛び出したのはセイウンスカイです!》

 

地響きを巻き上げながら駆け抜けていくウマ娘達。

セイウンスカイは今回も逃げを選択したらしく、早々に二番手に五バ身差ほどつけて先陣を切っている。

そのはるか後方。

スペシャルウィークとキングヘイローは塊になった場所で五~九番手の位置を行き来していた。

二人の作戦は差し。

スペシャルウィークはパワーを特に鍛えたのだろう。塊の中に位置しているにも関わらず決して埋もれずに存在感を示し続けている。

対するキングヘイローは塊の外。前回のホープフルステークスと同様、抜きやすく埋もれにくい位置を保ちつつ走っている。

レースはなだらかに進んで行く。

場所は既に中ほどを超えて間もなく終盤に差し掛かる。

だが、前回のように焦りに駆られて誤ったタイミングで仕掛けるウマ娘は一人としていない。

今ここを駆け抜けている皆は事前の作戦通りに、或いはウマ娘の持つレース勘を頼りに、勝負の時を待っている。

キングヘイローも、今回はその一人だ。

事前に立てた作戦は[瞬間に賭ける]。

並走トレーニングや模擬レース中のキングヘイローの走りを見たトレーナーが、彼女になら任せられると判断しての作戦だ。

キングヘイローには天性のレース力があるわけではない。その事はトレーナも、彼女自身も、よく分かっていた。しかし、掛かる事無く冷静な走りを出来た時、爆発的な末脚を発揮する事を二人はホープフルステークスの日に知った。以来、それを磨くトレーニングを続けていた。

そうして、挑んだこのレース。

 

 《最終コーナーを曲がりラストの直線。最初に仕掛けてくるのは誰だ!?》

 

 ーー……ここ!

 

キングヘイローは、見事にその技を仕上げて来た。

 

 《行った!最初に仕掛けたのはキングヘイローだ!!》

 

 ーー前回までなら様子見だった場所だけれど、今の私は違うわよ、スカイさん!!

 

スタミナを鍛え、根性を叩き上げたキングヘイローはここぞとばかりに加速を増す。

音の膜が見えてもおかしくないほど自身のスピードを跳ね上げて一気に駆け上るキングヘイロー。

一人、二人、四人と瞬く間に先行していたウマ娘達を抜き去り、彼女は眼前にセイウンスカイを捉える。

だがその隣。

キングヘイローの真横に現れる一陣の白い光。

踏み込む力には一切の手心を加えずチラリと覗き見た彼女の視線の先に居たのは、スペシャルウィーク。

 

 《きたきたきた!来たぞ!!皐月賞もやはりこの三人だ!!》

 

興奮を隠すつもりのないアナウンサーの声が指し示すはたった三人だけの戦場と化した先頭。

逃げるセイウンスカイと、差さんばかりの勢いを見せるキングヘイロー。そして恐ろしいパワーで集団を抜けて来たスペシャルウィーク。

二人は抜きつ抜かれつの攻防を演じながらセイウンスカイを追い、最後の百メートルへと到達した。

セイウンスカイを追う二人の間にあるのはおおよそ一バ身。ほんの僅かでもセイウンスカイのスタミナが切れれば二人のどちらかが差し切ってもおかしくない近距離を維持し続ける。

……そう。維持を続けているのだ。

彼女の背は。セイウンスカイのその背は、恐ろしいまでに、遠い。

驚異の加速力を見せる二人だが、その差を保つのみで、決して手は届かない。

……けれど、キングヘイローは、『それでも』とがむしゃらに脚を前へ踏み出す。

一歩が二歩になれと。

一メートルが二メートルになってくれと。

無理を通して道理を覆そうと、両眼を見開いて駆ける。

音の膜を引き裂こうと限界に挑む。

そうして、やっと。

やっと、手を伸ばせば追い越せるところまで来た。

クビ差でいい。ハナ差でもいい。

届け。届け。

 

 ーー届きなさい……!!

 

血液が逆流する勢いで願いを込めて踏み出した一歩。

心の臓を穿たんばかりに捧げた祈り。

見る者全てに息を呑ませた攻防は、けれど。

 

 《ゴーーーールッッ!!皐月賞を獲ったのは!!!》

 

無慈悲にも、レースは終幕する。

 

 《セイウンスカイ!!あの二人相手に、またも逃げきってしまったぁぁぁぁぁ!!!》

 

大歓声と万雷の喝采が会場を埋め尽くしている。

[私を]称えるはずだった全てが、この場所の全てを、覆い包んでいる。

 

 ーー……あぁ。終わってしまったのね。

 

他の誰よりも息の乱れが少なく、頭が回っていたキングヘイローは直ぐに、理解した。

あれ程待ち望んでいたクラシック最初の一冠目が。

緊張と期待を胸に挑んだ皐月賞が。

たった二分足らずであっけなく終わった事を、理解してしまった。

[二着]と自分の出走番号の隣に映し出された電光掲示板を目にしながら。

静かに、青天を仰いだ。

 

 《それでは皆様、間もなくウイニングライブが始まります。会場の準備が整うまで暫しお待ちください》

 

アナウンスは、勝者にも敗者にも、分け隔てなく浴びせられる。

ある者は感服の念を胸にしながら。ある者は慚愧たる念を胸にしながら。

その瞬間を噛み締めていた。

 

                    ーーーー   

 

 皐月賞を終えれば次にあるのは二冠目である東京優駿・日本ダービーだ。

僕の誓いはなんの役にも立たずに先月散った。

恥じた。

気が狂うほど自分を責めた。

二度と彼女に涙を流させないと言ったのに、僕はまた泣かせてしまった。

……確かにキングは涙を見せなかった。けれど、その胸の内は想像するまでもない。

正直に言えば、刺されてもおかしくないと思った。

でも彼女は文句の一つも言わずに次のレースを……日本ダービーを目標にしてトレーニングを始めようと、僕なんかに言ってくれた。

その期待に応えたかった。

応えるために寝る間も惜しんでプランを立てた。

でも……。

 

 《ゴーール!!強い強い!本当に強い走りだスペシャルウィーク!!正に日本を代表するウマ娘と言っても過言ではないでしょう!それほど強い走りだったぞ!スペシャルウィーク!!》

 

キングは五着以内に入った二人と競り合う事もなく、十四着に沈んだ。

そうして夏がやってきた。

合宿を行い、格段に成長した彼女と日本ダービーの負けを払拭しようと二度G3のレースに出走した。

結果は二着と三着。

あの時の走りに、着順に比べれば圧倒的な成長と言えるが、……けれど、僕らの求めるモノとはまるで違かった。

しかも一つにはセイウンスカイもスペシャルウィークもいないレース。勿論手を抜いたつもりは無かったが、それでも勝てなかったのは、僕のトレーニングプランの甘さが招いた結果だろう。

そうして……最後の冠が僕らを迎え入れる。

先の二冠とは違い、距離三千メートルという長さを誇るレース・菊花賞。クラシック路線の終着点。

スタミナも、パワーも、スピードも根性も賢さも。

やれる事は全てやった。立てられる作戦は全て立てた。考えられる事態は全て考慮した。

全てを、全てをここに賭けた。

[冠を三強で分けた時代]と、後の世で語られる為に。キングヘイローに栄誉ある冠を捧げる為に。

……………それでも。

 

 《セイウンスカイ!皐月賞と合わせて二冠を達成した!今この娘に叶うウマ娘はいるのでしょうか!?やってしまったぞセイウンスカイ!!!》

 

キングは競り合うことこそすれ、五着でのゴールだった。

振り返ってみればあっけない幕切れと言えるのかもしれない。

僕らの三冠制覇の夢は、ただの一度だけ冠に手を伸ばしただけで、……触れることすら出来ずに、終わった。

 

 「菊花賞、お疲れ様、キング。長い距離走って疲れたでしょ?ここ最近連戦だったし、何日かはひとまず休んで、新しいトレーニングが出来たら、そしたら再開しよう」

 

ライブを終えて控室に戻ってきたキングにそう話しかける。

涙も、悔しさも、僕はぶちまけちゃいけない。

何よりも悔しいはずのキングが弱音を吐いていないんだ。僕がそれを穢しちゃいけない。

そう思って、掛けた言葉だった。

でも。

 

 「トレーナー」

 

彼女は真っ直ぐに僕を見据えて、言い放った。

 

 「貴方に、覚悟はあるかしら」

 

持っていたペットボトルを握りしめて。

 

 「これまでの道を、評価を、全てを覆す、覚悟はあるかしら」

 

ギラついた双眸で僕の両目を貫く。

その意味はすぐに分かった。

 

 「勿論だ。君が望むのなら、僕がどこにだって連れて行く」

 

 「……そう。なら明日からトレーニングよ。当然、出来るわよね?」

 

クシャリ、と、かすかに膨らむ潰れたペットボトルの音が部屋に消えていく。

……うん。そうだった。

彼女はそうなんだ。

 

 「ああ。僕は一流のトレーナーだ。出来ないわけがない」

 

彼女に諦めの文字はない。

退却の文字もない。

あるのは勝利を目指すその志しだけ。

僕はその志しに見惚れて彼女を選んだのに、何を弱気になっていたんだ。

 

 「勝とう。何度負けても、最後に高笑いするのは僕らだ」

 

 「……ありがとう、トレーナー」

 

喧騒の遥か遠い場所で、僕らは一度だけ泣いた。

誰にも聞かれない場所で、その時だけは涙を流した。

苦悩も、困難も、これから訪れるであろう壁も、次の勝利の為に、今はただ、嗚咽だけが響く部屋で。

 

                     ーーーー

 

 翌月末、キングは有馬記念に出走した。

結果は五着。菊花賞より短いとは言え長距離のレースだ。分が悪かった。

キングが負ける姿を見るのは悔しい。

でも、データは取れた。

今後、ぶつかる可能性がある強敵のデータを、余す事なく取った。

その相手は、怪物二世・グラスワンダー。

普段は純日本風な大和撫子らしい彼女は、けれどレースになるとその脚は薙刀が如く鋭く冴え渡る。

主な作戦は差し。他を圧倒するパワーとその脚で道を切り開き、一着を刈り取る姿は武人と称される事もある。

そんな彼女が、キングが対峙する新しいライバルだった。

菊花賞の日。

キングが打ち明けたのは短距離・マイル路線を走るという旨。

その考えにメディアは[お嬢のご乱心]と吹聴していたがなんて事はない。そもそもデビュー戦は千六百メートルのマイル距離。むしろ長距離を走っていた事の方が疑問に思われる筈だ。

だが世間の評価はメディアを押した。

でもそんなのは関係ない。

キングはキングだ。

どの距離を走ろうと、周りからなんと言われようと、一流である彼女が選んだ選択に間違いなどない。

それを裏付けるモノとして、有馬記念後に出走した二つのG3で彼女は一着を獲った。

そうして訪れた安田記念の日の前日。

翌日に向けて早めに寝ようとしていた僕にキングから電話が掛かってきた。

 

 「……少しだけ、いいかしら」

 

か細い声で鼓膜を震わす彼女は、決して眠かったわけではない。

ただ、想いの丈を受け止めて欲しかったんだ。

 

 「貴方には、お母様の話を、したことが無かったわよね」

 

それまでひた隠しにしていたのか、それとも僕がただ鈍感で気がつかなかっただけなのか。

確かに彼女の走りに違和感を感じた日はあった。

でも彼女からは何も言われず、怪我も無く、日々を過ごせていた。

その原因が、まさか彼女の母親から掛かってきていた電話だっただなんて、その時まで思いもしなかった。

 

 「……つまらない話を長々とごめんなさい。明日の為にもう寝ましょうか」

 

気が付けば電話は一時間を超えていた。

僕の返答も待たずに切ろうとしているのが液晶越しに伝わってくる。

スピーカーにでもしていなければ、多分聞こえないとは思うけど、だったとしても言わずにはいられなかった。

 

 「それでも、君は一流だ」

 

……返答は、無かった。

翌日の安田記念。

グラスワンダーと二度目の戦いを演じたキングは惜しい場面もなく十一着。

次いで出走した宝塚記念ではグラスワンダーとスペシャルウィークの接戦を八番手で見届けた。

毎日王冠では五着、天皇賞・秋では七着と、以降も結果は振るわず。

同期で輝かしい栄光を手にしているスペシャルウィーク、セイウンスカイ、グラスワンダー、エルコンドルパサーの影に埋もれ、次第に世間から[キングヘイロー]というウマ娘は忘れ去られつつあった。

それでも僕らはトレーニングを欠かさなかった。

必要とあれば海や山へと向かい、可能な限りキングのコンディションをケアし、冷ややかな目で見られたとしても[一流]の誇りだけは曲げなかった。

勝利を。

キングヘイローにもう一度、勝者を照らすあの光を、浴びせてあげたかった。

その後は路線をマイル・短距離にのみ絞り、スピードとパワーを磨く日々が続いた。

そんなトレーニングは三度出走したG1タイトルのうち二つで成果を見せた。勝ちこそしなかったものの二着と三着。忘れかけていた世間の頭を揺さぶった筈だ。

……まぁ、残りの一つは『もしや』と思ってどうにか出てもらったダートだったのであんまりな結果に終わってしまったけど。

 

 「……行くよ、キング。今日こそは」

 

 「違うでしょ。『今日から』よ」

 

天皇賞・秋から数えて四度目のG 1、高松宮記念。

一日一日を、出来る限りの事をして臨んだこの日。

僕らのコンディションは最高潮だ。

 

                     ーーーー

 

 《さぁ、各ウマ娘ゲートインが終了したようです!間もなくレースが始まります!!》

 

 アナウンスが会場一帯に染み渡る。

幾度となく耳にしたこの声に、それでもキングヘイローは緊張で胸を締め付けられた。

 

 ーーえぇ、けど。嫌いじゃないのよね、これ。

 

誰もが無音の秒針を待ち焦がれる中、キングヘイローは緊張で苦しくなる胸に手を当てる。

硬く握られた拳は数刻も無く胸元から離れていくが、苦しさが落ち着いたわけではない。

……寧ろ増しているようだ。

だが。

 

 《ゲートが開きました!スタートです!!!》

 

駆け出す脚に楔は無い。

 

 《各ウマ娘、快調に飛ばしております》

 

全てのレース種類の中で二番目に短い千二百メートルという、刹那の戦場で中段中程に付けたキングヘイロー。

G 1タイトルというだけあり、周囲を走っているウマ娘達からは恐ろしいまでの覇気が放たれている。

一人として負けを意識していない走り。

キングヘイローは言葉を交わさずとも、彼女達の脚の運びでそれを理解できた。

 

 ーーそうよね。みんな、負けたいわけ無いわよね。

 

静かに、呼吸の音だけがキングヘイローの耳を響かせる。

 

 ーー勝って、いろんな人を見返したいわよね。

 

ウマ娘達の豪脚が鳴らす地響きは、今は届かない。

 

 ーー勝って、トレーナーに笑ってもらいたいわよね。

 

たった一人で無音の暗闇の中を征く感覚が彼女を包み込む。

 

 ーーでも、でもね。

 

その中で彼女は、身体一つ分、外へと出た。

 

 ーー負けられない理由なら、私にだって沢山あるの。

 

 《仕掛けた!仕掛けたぞ!!誰だ?誰が仕掛けた!?》

 

瞬間だった。

バ群から大きく外へと出た彼女は瞬く間に。

否。まばたきも許さない程の速度で。

 

 《っキ!キングヘイローだ!!キングヘイローが刹那のうちに雄達を置き去りにしていくぞ!!》

 

僅か百メートル。

ウマ娘の持つ脚で考えれば数秒程度の距離。

そこでキングヘイローは浮いているが如く駆ける。

 

 《キングヘイローだ!やはりキングヘイローが来た!》

 

 ーー何が『やはり』よ。忘れてたくせに。

 

脳裏の片隅を過ぎる今朝のニュースに、だがキングヘイローは寛大に胸の内で微笑む。

 

 ーーいいわ。しかとその目に刻み込みなさい。これが。

 

 《キングヘイローが!》

 

 ーーこれが私、キングヘイローよ!!

 

 《キングヘイローがまとめて撫で切ったぁぁぁあ!!!!》

 

まばたきさえ許されない一分足らずの短距離レースは声の裏返ったアナウンスで幕が降りる。

 

 《勝ったのは、勝ったのはキングヘイローだ!!G1にとうとう手が届いた!!》

 

 「おーっほっほっほ!!当然よ!!だって私はキングヘイロー!!一流のウマ娘なんだから!!」

 

勝利を信じていた一部のファンだけが歓声をあげる中でキングヘイローは大きく、大きく高笑いをした。

それを皮切りに、観客席からは大歓声が上がり。

 

 「さぁ!権利をあげるわ!!私の名前を呼ぶ権利をね!!」

 

彼女の言葉を合図に、観客からは笑い声が響いた。

 

 「なんでよーーー!!」

 

                      ーーーー

 

 高松宮記念が終わって暫く。

レースに出ずっぱりだった僕らは少しの間休みを入れて、三ヶ月後に開催された安田記念に出走した。

そこでの結果は三着とそれなりの結果ではあったけど、後日、理事長に呼ばれる事となる。

……てっきり、トレーナー解任の報を受けるのかと思っていた僕だけれど。

 

 「決定!URA杯に選出させてもらったぞ!」

 

いつものように扇子の音と猫の声が聞こえる中で、とても名誉な知らせを戴いた。

勿論僕らは二つ返事で受け入れ、すぐに記者会見を行い、興奮が冷めきらないうちにCMの撮影に入った。

それからはメディアに露出する機会も多くなり、トレーニングは行えてもレースには出られない日々が続いた。

その中で挑んだ年末の有馬記念。

中距離路線での三強、短距離・マイル路線での二強と称された最強の五人が出る事もあり、会場の熱気はここ数年で一番のモノとなっていた。

そこでのキングの戦績は四着。

マイル路線での出走が殆どだったエルコンドルパサーに1/2バ身を付けての勝利で、一部の観客からは『まぁ、当然だよな』といった評価だった。

だが、共に走った彼女達の心はまるで違う答えを示していた。

 

 「……勝てて、本当に良かったです。今日もし負けていたら、って考えると、とても恐ろしかったです」

 

 「珍しく本気出しちゃった。まぁ、それでも二着だったんだけど。でもお嬢様に勝てて良かったよ。……ホント、良かったなぁ」

 

 「次は無いと、感じております。ですので、精進を続けていきます」

 

 「ぬわぁーーーー!次は負けまセン!絶対に勝ちマァス!!!」

 

その時の表情・声色は違くとも、彼女達はみんな一様にキングの事を[最も恐ろしいライバル]ととらえていた。

……それはそうだろう。

全ての距離に出て、それなりの成績を残しているウマ娘が同期にいる。

才能だけで言えば間違いなく一級品で、その上に胡坐をかく事無く努力を続けている。

そんな存在が脅威ではないわけがない。

トレーナー界隈の中でも油断ならない存在として一定の評価を集めていた。

そうして訪れたURA杯。

あらゆる年代から雄を競う、いわば夢の舞台で短距離のレースに出たキングは決勝戦で二着に終わった。

一着がサクラバクシンオーだったことを考えると、クビ差近くまで激戦を繰り広げたその姿は、間違いなく後のレース界で語り継がれる事だろう。

 

 「ちょっと!トレーナー!?!?!?」

 

 「ん、どうしたのキング」

 

任を解かれる事無く迎えた四年目の三が日が終わった翌日。

 

 「これ!このCM!!どういうことなのよ!!」

 

 「CMって……」

 

恐らくは起きてすぐ僕の家に来たんだろう。寝間着姿の彼女はウマートフォンで動画サイトを開いて、URA杯用に取られたあの時のCMを流した。

 

 《その少女は、幾度の敗北を超えて、己が信念を証明した。

敗れても、敗れても、敗れても、絶対に言葉を曲げなかった。

泥に塗れた緑。不屈の魂。そのウマ娘の名はーー》

 

後残り数秒。

それこそ、彼女の名前を言えば映像が終わるという所で彼女はウマートフォンを僕の座っているソファの空白に投げる。

 

 「どー―してこの私の活躍が!敗北先行で語られてるのよ!!!」

 

 「……あ、あーーー。そういう……」

 

 「『そういう……』じゃないわよこのへっぽこ!!」

 

彼女の御機嫌が斜めの理由。

それはCMの煽り文句が原因だったみたいだ。

 

 「い、いやでも、僕はいいと思うけどな。カッコ良くない?」

 

 「おバカ!かっこよさなんていいのよ!!もっと[一流]を連呼させなさいよ!![一流]を!!」

 

僕の言葉などまるで耳に入っていないのだろう。

キングは色んな事を興奮のまま言い放ち、終いには。

 

 「このCMを考えた大おバカさんに撮り直しを要求して来るわ!!」

 

 「は、はぁ!?」

 

とんでもない事を言い出した。

 

 「言っておくけど、止めても無駄よ!行ってきますっ!!」

 

 「ちょ、ちょっと!?」

 

制止など届くはずもない。玄関近くにいた彼女は大きな音を立てて瞬く間に外へと出て行ってしまった。

 

 「ちょ、ケータイすら持って行かないとかホントにヤバイじゃんか!!」

 

隣にあるウマートフォンを拾い上げ、急いで後を追う準備を始める。

そんな中、とっくに終わっているはずだろう動画の音が聞こえたような気がした。

 

 「……え」

 

条件反射で見てしまった液状画面。

そこに映し出されていたのは、所謂通話画面で。

 

 「……うちの娘がごめんなさいね、トレーナーさん」

 

 「お、お母様、ですか……?」

 

 「はい。あの子の母です」

 

浮き出ている文字には[お母様]と、あった。

 

 「……お正月だと言うのに電話の一つもなかったモノですから掛けたんですけど、どうやらタイミングが良くなかったみたいですね」

 

 「え、えぇ、まぁ、そうなってしまいます……ね」

 

酷くぎこちない会話が始まる。

……キングのお母さんには悪いが、普通の状況ならいざ知らず、かなり苦しい状態だ。

なにせ、彼女の違和感のある走りを誘った張本人でもあるのだっから。

 

 「……あの子、ね」

 

 「へ?」

 

 「あの子は、昔から走るのが大好きなんです。それが今でも変わらないみたいで……。良いトレーナーと、ライバルに恵まれたみたいですね」

 

 「えぇ、彼女と同じ一流ですから」

 

思わず言ってしまった一言に一瞬時間が止まる。

やってしまった。なんだかとても嫌味っぽくなってしまったぞ。

 

 「……良かった。あの子を、お願いしますね」

 

 「あ、は、はい。……って、え?」

 

 「あの子の事なら、同室のウララさんに手伝ってもらうといいですよ。それでは」

 

 「あ、はい。さようなら」

 

プツリと通話の切れる音がして、頭の中が白くなる。

……色んな事が起き過ぎて何が何だか分からない。

そもそも僕は何を……

 

 「ってぇ!!」

 

考えてすぐに思い出し、部屋を出る。

マズいマズい!このままじゃまた『ご乱心』とか書かれちゃう!

どうする!?今から追って一人で間に合うか!?

 

 『ウララさんを頼るといいですよ』

 

 「!!!!」

 

ついさっきの電話を思い出し、まだスリープモードにしていなかったキングの電話を取り出す。

 

 「緊急事態だ!許してねキング!!」

 

一先ずトレセン学園へと向かいながら電話帳の中の[ウララ]を探す。

 

 「ハルウララ……?これか!?」

 

迷ってる暇はない。早々に電話を掛け、本当にご乱心してしまっているキングの捜索を彼女に手伝ってもらう事にした。

……その後合流したハルウララは、いつか見たあの娘と同じで。

けど、そんな事を思い出している暇のない僕らは近くにいたセイウンスカイの助けも借りつつ、どうにか殴り込みをかける前のキングを見つけ出す事に成功した。

 

 

 

 

 その日の夜。

僕の家に招待状と共に一通の手紙が届いた。

送り主は学園長。

……そこに書かれていた内容を見て、僕は直ぐにご立腹のまま別れたキングに電話を掛けた。

 

 

 

 

to be next story,

 




と、言う事で、ゲームの流れを元に作った物語はここで終わりです。
最終話はやっと、私の書きたかったストーリーです。

ではまた次回。
さよーならー
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