ウマ娘-日本マぱか話-   作:凍傷(ぜろくろ)

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なにをもって長編って読むのか疑問なよん

「えーと、だな。つまり、俺は頭を使ってあれだこれだって指導はどうにも苦手で、本当に寄り添って……言ってしまうと寄り添って一緒に行動することで、そのやり方が効率がいいのかどうか、を一緒に考えるしか出来ないわけで───」

「「それでいい(です)! それがいい(のですわ)っ!!」」

「お、おう……?」

「なっ、なんっ……なんだよー! そんなことが出来るんだったらボク、もっとずっと前からサブトレーナーがトレーナーの方がよかったよー!」

「なんてこと……! 一緒にトレーニングが出来て、改善点などをともに考えられる……!? これほどウマ娘にとって嬉しいトレーナーなど……!!」

「ねぇねぇ! ねぇねぇねぇサブトレーナー! ボクの専属になってよ! ボク、どんな困難だってキミとなら乗り越えられる! 嘘じゃないよ!?」

「テイオー!? ちょっ……抜け駆けは許しませんわよ! というよりどちらともの担当でよろしいのでは!?」

「むぅっ……確かにもしマックイーンの専属がいい、なんて言い出したら……」

「そこで露骨に“もし”を強調するの、やめてくださる?」

「じゃあサブトレーナー! ボクたちの専属に───」

「ちょぉっと待ったぁーっ!!」

「「「!?」」」

 

 さあさあ、と迫ろうとした時、開けっ放しだったトレーナー室の扉の先から、もう何度も聞いた声。

 うわー、って顔をマックイーンとしつつ、登場を待てば案の定。

 

「悪いが話は聞かせてもらった……そういうことはこのゴルシちゃんに───」

「呼んでないからいーよ」

「お呼びでありませんわ」

「こっち向くくらいしろよー! なんだよー!! でも面白そうだからゴルシちゃんも専属争奪戦に参戦させてもらうぜェエ……!! あ、べつにほんとに乗り換えとかしねーから安心しろって。お前らが抜けた後とか考えると、あいつがどんな顔をするのか想像つくし」

「そうは言ってもさ。……えっと。ゴールドシップ? もしかしてゴールドシップも、ここから先の未来のこと、知ってる?」

「いくらゴルシちゃんでも未来予知はどーかなー。せいぜいでシニア級を越えた先でURAファイナルズってのが開催されることになったー、くらいまでしか知らねーよ」

「なにそれボク知らないんだけど!?」

「ゴルシちゃんは常に話題の先端を行くからな……ちなみに学年と年齢は永遠の秘密な? 知りすぎると空からアダムスキーを名乗る円盤がやってきて、中からG〇AYが降りてきて新曲ライブを披露してくれる」

「ボク、ゴールドシップが何を言ってるのか全然理解できない……」

「安心なさいな、わたくしもですわ」

 

 溜め息を吐いていると、空いている扉からまた一人。

 

「おいっすー、サブトレーナーさん居るー? ネイチャさんが訊ねごとのために訪ねてきましたよー……うーんイマイチ。会長さんほどキレがないかなぁ」

「って、ネイチャ?」

「え、テイオー? マックイーンも……え? なに? なんの集いなのこれ。……もしかして、考えてること、一緒……とか? あっははまさかね、ないない、あははー」

「…………ねぇマックイーン。ボク、なんだかすごーく嫌な予感がするんだけど」

「奇遇ですわね、わたくしもですわ」

「あ、ちなみにサブトレーナーのノートパソコンには盗聴器が仕掛けてあるから、起動して電気が通るとゴルシちゃん特製トランシーバーに音声が届く仕組みになってるゾッ♪」

「「───」」

 

 嫌な予感が的中した。

 つまり、さっきのサブトレーナーの日ノ本因子の話が、ゴールドシップには筒抜けで。

 そして話題=楽しさに変換できるのがこの不沈艦だ。一度抜錨すると、飽きるまで止まらない。

 ていうかトランシーバーに盗聴器からの情報って届くのかな。

 

「……ねぇネイチャ。ゴールドシップからヘンなこと聞いたりした? サブトレーナーがどうとか」

「え……べ、べつに特別なことはなんにも? ただなんというかそのー……サブトレーナーさんはウマ娘に近い身体能力を持ってて、肉体にも精神面にも本当の本当に寄り添った指導が出来るんだーってだけで? いやー、世も末ですなー」

「それ、特別ってことじゃないのさー!」

「やー、まあ特別っていうか、ほら、特別っていうのはさ? 自分の隣に居てくれてこそって感じがするっていうか。だからまだまだ特別なんかじゃないんじゃないかなーとか、ネイチャさんは思ったりするわけですよ。そういうのってない? あるよね、あるってことで」

「なんで目ぇ逸らしながら早口で言ってるの!?」

 

 ピキュンッ!

 

「我の前に道は無し……なればこそ、勇往、邁進ッ」

「!? この声は───」

「道は自ら切り開く……轟け、天下無双の嘶き……!」

 

 もう一度扉を見やれば、勝負服に身を包んだカッコイイカイチョーの姿が……ってなんで勝負服!?

 

「サブトレーナー君……話は聞かせてもらった。そしてすまない、あの日見たキミの指導ノート……それだけが君の能力の全てだと早合点してしまったことを、ここに謝罪したい」

「指導力が無かったのは事実だろ。あのノートを見せられて、俺とともに、なんて思う方がすごいって。あ、それとは別にギャグノート返してください」

「ははは断る。それでなんだがサブトレーナー君。ゴールドシップが言った通り、これから先には“URAファイナルズ”という、どのウマ娘にも勝利の機会を与える競いの祭典が待っている。それに向けて……その、なんだ。一度断った身でこんなことを言うのは随分と調子のいいように聞こえるだろうが、恥を偲んで言わせてほしい。……私の専属トレーナーになってくれないだろうか。一度は寄り添い目指せなかった頂を、今度は君とともに歩みたい」

 

 カイチョーォオオオ!? カイチョーもなのー!?

 

「ちょっ……カイチョー! サブトレーナーはボクが先に誘ったんだよ!? これだけはカイチョーにだって譲らないから!」

「……ふむ。なるほど、この部屋にサブトレーナー君一人。他全てはウマ娘とくれば、考えることは同じということか。となれば、誰かひとり、と望むのは利口とは呼べないか。……協心勠力。皆、どうだろう。我々は言葉として聞いた限りであり、サブトレーナー君の実力を見たわけではない。ならば彼とともに走ってみて、これだと思う者達でチームを作る、ということで」

「けれど会長、指導に自信が無い、と言っていたサブトレーナーさんに、この人数を突然担当しろというのはさすがに───」

「じゃあマックイーンは抜きね?」

「誰が入らないと言いましたかっ!」

「ほーらー、入るんじゃん。いちいち話の腰折らないでよマックイーンゥー」

「サブトレーナーさんが心配だから言ったまでですっ、もうっ……!」

 

 ぷくっと頬を膨らませて、拗ねるみたいに言うマックイーン。

 ……うん、ちゃんとボクが良く知る、友達でありライバルのマックイーンの反応だ。

 

「あー……ていうかだな、お前ら。そもそも自分の今のトレーナーを説得できる自信とか、あるのか?」

「? そんなの、あるに決まって───」

 

 “───エゴでもいい! 我が儘でもいい! もう一度走ってくれっ!”

 

「…………あ……」

 

 あるに決まってるじゃん、と言おうとした口が、止まった。

 引退ライブが復帰ライブに変わった時、ファンの皆と涙を流しながら喜んでくれたトレーナー。

 無茶は言うしおちゃらけてるし、結構勝手なトレーナーだけど……ボクたちウマ娘を本気で思ってくれる人。

 

「ほれ、そこで躊躇が出てくるなら、無理に今の状況を変える必要はないだろ」

「…………ううん。違うんだ。ボク、これから、トレーナーにとっても迷惑かけることになるって分かってるから。だから……これでいい。どこに居たって、一度関わったら絶対に応援してくれるって分かってるからね」

「すごい信頼だな」

「あったりまえじゃん。ボクが選んだチームで、トレーナーだよ? おちゃらけてるところもあるけど、それこそ一度関わったら他のチームの娘でもほっとかないんだから」

「……ところでお前の言い方を考えると、俺、これからとっても迷惑をかけられるみたいなんだが」

 

 うん。まあ、そうだと思う。骨折したとはいえ、二冠を達成したばかりのダービーウマ娘がチームを脱退、なんて大打撃もいいとこだ。このチームのトレーナーの所為で骨折したんじゃ、なんて思われる可能性もある。その先でサブトレーナーがボクの専属になれば、変な目で見る人たちも極まるっていうものだ。

 

「サブトレーナーは、それが迷惑?」

「故意にそこに突っ込むわけじゃないなら、べつにいいさ。……はぁ、でもこれだけの人数に、とか考えると、他のチームのトレーナーになんて言えばいいやら……!」

「ふむ……それもそうか。では説得は各々で済ますこととしよう。東条トレーナーも主だった活躍も終えた私のこれからに、そこまでを望んではいないだろう」

「“皇帝シンボリルドルフ”がチームから抜けるってだけで、相当ショックな気がするんだが?」

 

 “お前もうちっと自覚しない?”と続けるサブトレーナーは、どうすっかなぁ……なんてこぼしつつもどこか楽しそうだった。

 なんでだろうって思ったけど……そっか、そうなんだ。今までダメだろうって思ってた指導が、実はウマ娘にとって嬉しいもので、ここに居るみんながそれを望んでくれているんだ。嬉しくないわけないって……そう思ってもいいのかな?

 

「あ。ねぇねぇところでさ、ここに居るみんなに質問なんだけど。昔からサブトレーナーのことを実は知ってるー、って人、何人くらい居るの?」

 

 ところで気になったから、ちょっと訊いてみた。

 ボクは走り方で悩んでた時だ。懐かしいな、って少し口が緩むのを感じながら、促してみる。

 

「わたくしは───特にありませんわね。あ、けれど、昔屋台のクレープの味を初めて教えてくださった方に、どこか似ている気がしますわね。思えばあれが買い食いの第一歩だった気が……」

「ボクは子供の頃に。走り方に悩んでた時に教わったのが最初」

「まあ、そうなんですの?」

「本格化が始まる前だから、上手く走れなくて当然だーって教えてくれたんだー。っへへー、いーでしょー?」

「なにをそんな自慢げにっ……! わ、わたくしとて、子供の頃の思い出くらい良いものがありますわ。メジロ家の宿願をとトレーニングしかしてこなかったわたくしに、初めて自由時間が与えられた時……親に連れられ歩く街中で───」

「どーせ道に迷った時にたまたま出会った人にクレープ奢ってもらったんでしょ? 流れでわかるよそんなの」

「どうして知っていますの!? ……こほんっ! と、とにかく。その時の味が今でも忘れられず……! 自由に行動できるようになってからは、もう一度あの屋台を探したのですが……もはやどこにも。あれは幸せの味でした。その、恥ずかしながら迷子特有の不安の所為で、その方が何を注文してくれたのかが分からず……とにかく様々なものをトッピングしてくれたことを覚えてはいるのですが」

「なにかないの? クレープだったら……バナナとかチョコとか? プリンなんてのもあるよね」

「プリン……そう、プリン、と……なんといいましたか、ナ、ナ……? なんとか、ココ、とか」

「……んん? そういや……その髪の色に、あまり喋らなかったけど、どこか品のある返事……? ちなみにマックイーン。それってプリンマンゴーココパルフェだったりするか? 当時じゃあまり見なくなってたナタデココがあった、変わった屋台の」

「───そうですわ! ナタデココです! プリンマンゴー……そうですわ! プリンマンゴーココパルフェ……当時幼かったわたくしは、大きなクレープを両手いっぱいで受け取って、それを…………一人の殿方に、見守られ、ながら…………っ!?」

「あー! そっかそっかー! あの時のプリンマンゴーココパルフェクレープの娘! マックイーンだったのか! 懐かしいなぁ、あのあと歳のいった黒服さんがなにやら姿勢のいいフォームで走ってきて、執事なんてのを初めて見た俺、あの人から子供を背に庇ったんだよ!」

「なにやってんの!? それたぶんじいやさんでしょ!?」

「なるほどなるほど! じいやさんに会った時、ハテ、なんて首傾げられた理由が今さらながらに分かった! 大きくなったなぁマックイーン!」

「っ……、……!?」

 

 笑顔で話して、マックイーンの頭を嬉しそうに撫でるサブトレーナーを前に、マックイーンは真っ赤になって戸惑ってるみたいだ。そりゃそうだ、子供の頃に迷子になってた時……まあサブトレーナーの性格だから、見つかるまで寄り添うつもりで一緒に居たんだろうけど、とにかく不安で不安で仕方がない時に一緒に居てくれた人が、こ~んな近くに居たっていうんだから。

 しかも今も尾を引くマックイーンのスイーツ好きの火付け役ときてるんだから。

 

「へーぇええそれはそれはー。おかしな繋がりってあるもんなんだねぇ。あ、ちなみにサブトレーナーさん? そのー……じいやさん? からマックイーンを庇ったあと、どうなったの? やー、正直執事相手にお嬢様を庇うー、とかそういう状況、狙ったって出来るもんじゃないでしょーに」

 

 ネイチャが言う。うん、ボクもかなり気になってる。

 

「あー……実はな、じいやさんが来たことで、“クレープが取り上げられるんじゃないか”って思ったっぽいマックイーンが俺のかばう行動に乗じて、一層俺の背に隠れたんだ。そうなると、当時の俺としては……こう、な? 立派な執事服を纏ったじいやさんが、身なりのいいお嬢様を狙う謎の黒服男に見えたわけだ」

「……まさか?」

「俺を盾にしながらも、クレープに夢中なマックイーンをお姫様抱っこしての逃走劇の開始だ」

 

 その場に、うーわー、っていう溜め息が出て……視線の全部がマックイーンに向いた。

 

「なんとかマックイーンがクレープを食い終わるまで粘った俺は、途中で“あれ? なんか変じゃないか?”とか思ってたこともあって、満足げにぺろりと口を舐めるお嬢様に訊いてみたわけだ」

「マックイーン、なんて訊かれたの? 真っ赤になって両手で顔を覆ってたんじゃなんもわかんないよ? ねーえー、マックイーンゥ~?」

 

 ホワー、と小さく悲鳴を上げたマックイーンが、両手で顔を覆って部屋の隅で震えるのに時間はいらなかった。

 

「それで? サブトレーナーさんはなんて言ったの?」

「さっきからあの黒服がお前のことお嬢様お嬢様言ってるんだけど、あの人、執事かなんか? って」

「なんて返したの? ねーねー、マックイーン? ねえってばー♪」

「大変満足した笑みとともに、“じいやですわ”と。直後、俺は少女を守るヒーローから誘拐犯に成り下がった」

「サブトレーナー君……」

「サブトレーナー……」

「うわー……引くわー……引いちゃいますわー……。あの、マックイーン? これはさすがに思い出話に花開かせるよりもまず謝るべきだとネイチャさんは思う次第で……」

「さすがのこのゴルシちゃんも引くわ……守ってくれた奴を犯罪者に仕立て上げるとか、いくら夢中になることがあってもそこまでするか……?」

 

 ゴールドシップが真顔でツッコんだ。うん、ボクもそう思う。

 

「けどまあこれがきっかけで、メジロ家にいい意味で目を掛けてもらえたんだけどな」

「…………そ、そう、なんですの?」

「お嬢様抱えてウマ娘並みの速度で逃げる男だぞ? 何人かに追われても平気な顔で逃げ続ければ、さすがにおかしいって思うだろ? 俺自身、黒服、かっこ執事服かっこ閉じ、の皆様にも事情があるんだろうと思ってたから、姿が見えなくなるほど逃げることはしなかったわけだから」

「……マックイーンさ、サブトレーナーが走ってる時、速さがおかしいとか思わなかったの?」

「っ…………」

「マックイーン?」

「~……美味しかったのですわ……! 他が気にならなくなるくらいっ……美味しかったんですわよっ! 悪いですか!?」

「「「「全力で悪いと思う」」」」

 

 満場一致だった。

 マックイーンがずーーーんと影を背負って落ち込む。そんな影も、ゴールドシップがマックイーンのがら空きの脇腹を人差し指で刺したあたりで霧散したけど。

 ゴールドシップに手を引かれて、まだ耳をへにょりと折ったままのマックイーンが会話に混ざっていく。ていうか混ぜた。

 

「さて、一通り騒いだところで、サブトレーナー君に会ったことがあるか、の話に戻そうか。私は選抜レースの時に……と言いたいところだが。テイオーと同じく、子供の頃に出会ったことがある」

「えっ!? カイチョーも!?」

「ああ。当時の……幼少の頃に呼ばれていた名があるんだが、ウマ娘の頂点を目指すならばと好きな呼ばれ方も諦めようと自棄になっていた時だったな。悩んでいた私に声をかけてくれた人が居た」

「子供の頃のカイチョーが、呼ばれて嬉しい名前……?」

「ふふっ……言うつもりはないからな?」

「あはは、まあ子供の頃のあだ名みたいなの、今さら呼ばれても恥ずかしいしね。それで、声をかけてくれたのがサブトレーナーだったとして、どんな関係だったの?」

「それが、今思い出しても少々可笑しくて……ふふふっ。確かに子供に対してなら通りやすいものだったのかもしれないが……」

「……あの。話の流れからして、会長にあだ名をつけた、ということですの……?」

「はー……子供の頃とはいえ、あの会長さんにあだ名。二つ名とかならまぁ分かるけど……あ、もしかしてその時の会長さんがものすごーくとっつきやすい感じだったとか?」

「……その。ナイスネイチャ? 今の私はとっつきにくいのだろうか」

「いやいやいやそういう意味で言ったんじゃなくてですね!? 私にしてみればすごく強くて凛々しくて、速くてユーモアのある会長さんだし、子供の頃ってどうだったのかなーって思っただけでしてね!?」

「~……そ、そうか」

 

 カイチョーがテレテレムズムズしてる。珍しい。

 ボクが褒めてもなんてことないーって感じで照れたりしないのに。

 

「しっかし知らなかったとはいえ度胸すげーな。シンボリルドルフに面と向かってあだ名とか」

「いやゴルシ? そうは言うけど、お前なら平気でやりそうな気がするんだけど? ……てーかな、メジロ家の令嬢にクレープ奢る度胸に比べりゃどうってことないだろ」

「あ、言えてる。そう考えるとお前すげーなー! 見ず知らずの、出会ったばっかのウマ娘にあだ名つけたりクレープ奢ったりしたんだろ!?」

「事実をありのまま言ってるだけなのに犯罪感ハンパないなおい!! ……あの時傍に誰も居なくてよかった……! 通報案件揃いすぎじゃねぇか……!」

「まあそんでお前がつまんないって顔してたら、何処からともなく現れたゴルシちゃんがお前を退屈にさせなかったって」

「だからお前はどっから沸いて出るゴルシちゃんだよ」

 

 ドッ、ってサブトレーナーとゴールドシップが不思議な笑い方をして、べしばし叩き合ってる。

 そんなサブトレーナーを見て、カイチョーはふっ……って笑って歩み寄った。

 

「改めて……サブトレーナー君。……覚えていてくれた、と捉えていいのだろうか」

「その特徴的な髪型はそうそう忘れないし、俺に教えてくれた夢と、トレーナー達に語った夢に違いがなかったから。……頑張ったな、リル(・・)。お前が夢を叶えることが出来て、俺は本当に嬉しいよ」

「っ……!」

 

 リル。そう呼ばれて、カイチョーは見て分かるくらいに体を震わせた。

 見上げれば……まるで、憧れていた人に自分の努力が認められた、みたいな……そんな表情がそこにあった。

 ……そっか。当たり前だけど、カイチョーにだって子供の頃があって、カイチョーにだって褒められたい人が居る。カイチョーにだって大事な思い出があれば、カイチョーにだって……弱音を吐きたい、吐ける人が居るんだ。

 昔に呼ばれて嬉しかった名前、のことは知らないけど、そういうのって子供の頃は嬉しいものだけど、大人になってから呼ばれるのは嫌なことが大半。

 サブトレーナーの性格を考えると、たぶんだけど……〝だったら自分の名前の中にあるものから取ればいい。それは恥じることのない、自分の名前の一部だ”~なんて言ったに違いないから。

 リル。シンボリルドルフ、の名前の真ん中にあるもの。カイチョーの名を表して支える〝芯”だ。

 

「どうだろうか。私は……あの頃の小娘だった自分から、立派に成長出来ただろうか」

「当たり前だ。お前が誇らないならいくらでも俺が誇るぞ? まあ、無邪気に笑うことが出来なくなったのは減点。笑うことや楽しむことだけは忘れるな―って言っといただろー?」

 

 親し気に笑いながら、サブトレーナーがカイチョーの頬を手で優しく包んで、ほにほにとこねていく。

 カイチョーは嫌がるでもなく、顔を赤くしながらも抵抗しない。

 

「その分、君のノートで笑わせてもらっている」

「返して?」

「やだ」

「おーまーえーはー……!」

「ははっ、あははっ、すまないっ、ごめ、ごめんなさい、謝るからっ……!」

 

 初めて見る、カイチョーの……心を許し切った表情。硬くもなく凛々しくもない、皇帝でも生徒会長でもない、シンボリルドルフっていうただのウマ娘がそこに居た。

 そうだよね、そうだ。夢を叶えたって、そのためにそう在らなきゃいけなかったからって、いつでも何処でもそうしているって……とっても疲れることだ。

 ボクもキタちゃんみたいに目標にしてくれるウマ娘が居るって知った途端、嬉しくはあったのに、どこか窮屈さを感じる時があった。

 じゃあ、全てのウマ娘の頂点に、って夢があったカイチョーは? キタちゃんに憧れられるだけでも“嬉しい”って感情以上に、“期待に応えなきゃ”なんて、強迫観念みたいなのを感じてたボクなのに、

 全てのウマ娘の頂点に立とうとしたカイチョーだ、楽だったわけがない。

 でも……やっぱりボクが最初に、とか思っちゃう。カイチョーに対しても、サブトレーナーに対しても。

 カイチョーのことはボクが一番に知っていたいって思うくせに、サブトレーナーにはボクの一番傍に居てほしい、なんて。

 ……そこまで考えて、ヤンデレ、のことを思い出した。

 そこに、相手に対してのデレが無いのは、どれだけ相手に絡んでいようがデレとは言わない、だっけ。

 ……ムツカシーのは苦手だ。考え始めると、それを放棄してとりあえず突撃したくなる。でも、ここで相手のことを考えないのはサブトレーナーが苦手にするタイプだから。

 だから、「……案外大人しいのですね」って隣のマックイーンに言われた時、少し反撃したくなった。

 

「そういうマックイーンだって。てっきり“名前も知らない昔のあの方”がサブトレーナーだ~って知れて、もっと突撃するかと思ったのに」

「ええ、しますわよ。もちろん、サブトレーナーさんがきちんとトレーナーになれば、ですが」

「………」

 

 ボクも似たような答えが浮かんでたから、たまぁに胸がズキってなっても突撃はしない。ちゃんと考えて、サブトレーナーの嫌がることはしない。

 

「でもさ、もしなにもしなかった所為で、欲しかったもの全部がこぼれ落ちちゃったら……マックイーンは耐えられる?」

「その時になってみなければ分かりませんわ。けれど、まあ、そうですわね……たとえばトレーナーさんは、性格はまああんなものですが、サブを続けたのちの、彼が組むトレーニングの効果は素晴らしいものだったでしょう? もしこれからサブトレーナーさんがわたくしたちのためにトレーニングを組んだとして、それがきちんと認められるようなものであれば、たった一人に絞られることはまず無いでしょう」

「そうだけどさー」

「ふふっ……自分が一番先に声をかけたのに、などと思う気持ちは分からなくもありませんわ。むしろわたくしたちは、“ここからこそ”が俯いていられない時期。あなたは次の菊花賞で三冠を取るでしょう。けれど───」

「あーうん。あのさ、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、テイオー、マックイーン」

「ネイチャ?」

 

 声を掛けられて、視線をマックイーンとは逆の隣に目を向ければ、ちょいとちょいと、って商店街のおばさんがしそうな仕草で手招きするネイチャが。

 

「自分達が勝つことを全く疑ってない強者さんはこれだからもー……。えっとですねー、アタシとしましてもあんな風に何度も何度も何度も何度も3着4着を味わわされて、このまま黙ってるなんてことはしたくないわけですよ。一度斜に構えて後悔したことを、こうしてまたやり直せるなら……あんな未来を知ってるなら、死に物狂いで噛みついていく所存っていうかそのー……まあとにかく。……前も勝ったんだから、なんて当然のように思われるのは、一緒に走る者としては納得いきませんってことで」

「ネイチャ…………うんっ、ボクだって負けないから! ぜーったい九冠取って、今度こそボクの伝説、その目に焼き付けてやるからねっ!」

「じゃあ手始めに春の三冠……大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念の1着でも獲りにいきますかー。菊花賞は諦めた! そのためにまずは足を溜めて経験を溜めて、まずはその“勝って当然”をぶち壊してあげる。……期待されるのはまだきっと苦手だし、大望願望を押し付けられるのだって正直いやいや~って思うけどね。それでも……“あの有馬”で3着だった。ついていけないわけじゃなかった。……だから、獲るよ、アタシ」

「っへへー、そうこなくちゃ」

「わたくしも、次はライスさんに勝てるように……!」

「その前に、ボクがマックイーンに勝つけどね。……あ、確かにこれムカムカする。ボクに勝つことを当然みたいに……ネイチャネイチャ、一緒に天皇賞でマックイーンを倒そ?」

「おっ……あははー、いいなぁそういう帝王らしからぬ隠れた野望」

「無敗のテイオー伝説への憧れが消えたわけじゃないけどさ。でも……負けて、ひっどい景色を見て、期待がこぼれ落ちる視線から目を背けてさ。そういうの……味わっちゃえば、分かっちゃうこともあるから」

「ていうかテイオーは骨折しすぎ。もっと自分の体、労わったりなさいってば。柔らかいからこそ出せる速度と、壊れる自分はいつだって紙一重だー、ってサブトレーナーさんに言われてたでしょ」

「うぅ……それ言わないでよ。サブトレーナーに泣かれたこと、思い出しちゃうじゃんか……」

 

 でも面と向かって肩掴まれて、無茶すんなよ~って、叫ぶみたいに言われて。……ボク、嬉しかったんだ。この人はボクの夢にきちんと寄り添って走ってくれるんだ~って思っちゃったんだ。

 “トレーナーなんてみんな同じだ、ボクが走るための、レースに出るのに必要な扉の鍵みたいなもんだ”、なんてどっかで思ってたのに……スピカに来て、ボク……随分変わったんだなぁって。

 

「とにかく。ライスとビワハヤヒデは要チェックだね」

「言われるまでもありませんわ」

「ていうかネイチャ、どうするの? サブトレーナーがもしチームを作るとしたら、カノープスをやめたりする気? ペアブラスター師匠、泣くんじゃない?」

「いや誰なのそのブラスターさん。人んチームのターボさんをへんてこりんな存在にしないでよねー? ……でも、まあ、仕方ないじゃん。輝きたいって思っちゃったんだから。サブトレーナーさんがサブのままカノープスに回ってくれるなら全然問題ないけどさ、チーム作るってなると、カノープスにも毎日来て面倒見てください、なんて言えないでしょ」

「ですわね。……わたくしとて、サブトレーナーさんがスピカのみのサブになるのなら、移動する理由もありませんわ」

「なんか盛り上がってっとこ悪いけどよー、アタシら以外に未来知識あるヤツ、ほんとに居ないと思うか? 居たとして、こっちのクセとか全部覚えてるようなヤツが居たら、三冠どころじゃねーんじゃねーのか?」

 

 チェックリストでも作ろう、としたところにゴールドシップの言葉。それは……確かに。

 未来のことを知っているなら、たとえば……そうだ、ミホノブルボンとか、自分の故障の原因を知っていれば無茶なんてしない筈。

 その状態で上がってきたら、今度こそきっと三冠を得るんだろう。

 どんなレースを見せてくれるのかはまだ分からない。前の時と同じ結果になるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、ボクたちが今それを気にしてたって仕方ない。

 今やるべきは、これからの自分の道を、後悔の無いように走り抜くだけなんだから。

 

「それだったら望むところだね。ボクはもう負けるつもりなんてないから」

「あら。それはわたくしにきちんと勝ってから言ってもらいたいものですわ」

「……思い出したらムカムカしてきた。やっぱりアタシも菊花賞出て、あの時取られた1着をもぎ取る」

「ネイチャ4着だったじゃん」

「そうそう。だからこそですよー、ネイチャさんはそういうところで自分を諦めたりしないって、もう決めたんだから。……とりあえずリオナタールにゃ負けません。はい決めたら頑張ろう」

「なんか……スッキリしたね、ネイチャ」

「同じレースを二度出来るなんて機会、斜に構えて流す方が馬鹿かなー、って。まあうん、そう思っただけだよ、あははー。そんなご大層な考えとかはないからさ、適当に流して流して」

「適当に流したら首に噛みつかれそうなんだもん、今のネイチャ。言っとくけどボク、もう油断も慢心もしないからね? 誰が来たって全力の全力でボクが勝つから」

「うわーはー、きっぱり勝つとか言えるってすごいなー、キラキラしてるよ。じゃ、ネイチャさんは集めてきた鈍色の輝きで意地でも勝ちをもぎ取りにいきますか」

 

 緊張なんてない、みたいな感じでネイチャが言う。

 あっさりとした言い方だけど、言葉は本物だ。レース前に感じるあの独特の緊張感が、ボクを包んだから。

 

「ただ、さ」

「ん? なに?」

「体……どう? あの頃までの自分に仕上がってそう? それともこの時の頃まで戻ってそう?」

「あー……足イっちゃってるからなんとも言えないかなぁ。マックイーンはどう?」

「サブトレーナーさんを探した程度で切れる息を見た時点で察したものかと思ってましたわ」

「「あ」」

 

 声が重なった。そうだった、息切れてたよ、マックイーン。っていうことは、つまりあの頃のスタミナとか粘り、筋肉とかは望めないってことで良さそう。

 うえー……また鍛えなきゃいけないのー……? ~……ま、まあさ? 出られない菊花賞にやきもきするわけでもないから、そこはちゃんと頑張るけどさぁ。

 ……んん? あれ? ボクちゃんと菊花賞出たよね? ちゃんと勝って、無敗の三冠ウマ娘になって。……うん、なった。あれ? あれれー?

 

「んんっ、まあとにかく、トレーナーにも、サブトレーナーにも頑張ってもらわないと」

「ですわね……」

「こっちもガチめのと言わず、ガチのメニュー組んでもらわないと……」

「わたくしは早速重り付きシューズを用意しますわ」

「ボクは……」

「「さっさと骨折治して出直してきなさい」」

「わかってるよー!! なんだよもー二人してさー!?」

 

 はぁあ……やっぱりリハビリってもやもやするなぁ。

 でも……またここから。またやれる。まだ、狙える……!

 今度こそだ。今度こそ、ボクは無敗の果てに───!!

 

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