10/うっかりさん達とサラサラさんの事情
……さて。マックイーンと保健室を出て、廊下をてこてこと歩いているわけだが。
「どうすりゃ酢こんぶをスイーツと思えるんだよ……」
「わっ! わたっ! わたくしだって、最初は怪しみ警戒しましたわよ! けれど、その。今でしか食べられない、限定珍味スイーツ、とまで言われてしまったら……!」
限定、という言葉に弱いのは、なにも人のみに限ったことではないらしい。
まあそりゃそうだ、ウマ娘だって、差はあれど人とウマ娘との間に産まれてくるんだもの。
「けれど驚きましたわ……体調不良が保健室で眠っただけで治るなんて……」
「あれはドクターが異常なだけだから気にすんな」
「お知り合いですの?」
「あー……家柄的に? 日ノ本因子を絶やさないために行動を始めた場所であって、さらにそこに他国のものを組み合わせた場所の人なんだ。俺の家は代々日ノ本のみ。で、あっちは日本が思う他国の印象的な能力っていうのか?」
「他国の印象的能力……ですか?」
「ああ、ほら、中国武術~とかだったら氣とかそういう方向の。別の国なら気迫だの殺気だの、様々な……人間の中に眠る可能性っていえばいいのか? そういうのを引き出す能力を吸収するのに長けていった場所」
「優雅な国では気品が自然と溢れる、といった感じでしょうか」
「はは、まあ間違いじゃないよな。もちろん、日ノ本因子が日本人じゃなけりゃ上手く引き出せないように、他国の能力だってそんなもんだ。他国の食事が他国の人には中々馴染まないそれとよく似てるよな。結果として半端な部分はあるんだろうけど、あの人はそれを他人のために使ってる。こんなところで保健室のドクターしてるのがいい証拠だ。相手を問わずに医者やってりゃあ今頃大金持ちだろうに」
「ですわね」
それがなんだって、えーと……ライスシャワーか。の専属トレーナーになったんだか……って話だが、持ち家の隣がライスシャワー宅だったらしい。思えば鳥と会話している時に見えた、畳が似合いそうな日本家屋。あれがライスシャワーの家なのかと考えると、なるほどとも思ってしまう。ああいう家なら食事事情もしっかりしていそうだ。ライスシャワーというウマ娘の好みが表に出て、実は朝だけはパンが食べたい~とか言い出す前とかなら……まあ、どの道過去には戻れない。
現状、ライスシャワーというウマ娘が無敗を続け、ひと月に必ずレースに出て1着を獲り続けているという化け物状態にあるということは間違い無い。
ドクターよう……いったいどういうトレーニングをさせれば、そこまでのウマ娘が育つのさ……。
「マックイーンはライスシャワーって娘のことは知っているか?」
「ええ、それはもう。とても……とても強く、そしてやさしいウマ娘だと記憶しております」
「強い……か。一緒に走ったことでもあるみたいな言い方だけど、もしかして?」
「ぇ……あ、ああいいえ、走ったことは……その。ある、といえばあるような……」
「?」
ハテ? どういう意味?
イメトレで走ったとか?
「ただ、その……もし今のライスさんが日ノ本の、その……なんといいましたっけ。ドクターさん?」
「ああ」
「その方の下で、幼少の頃からトレーニングを積んだとしたのなら……」
「普通ならまず馴染まないぞ? そのウマ娘がとても純粋で、差し伸べられた手を真っ直ぐに信じられる心を持っていて、なおかつ辛い鍛錬にもめげない芯の強さを持っていれば別だけど」
「……うわぁああ……!!」
確率が低すぎるって意味で説明してみると、マックイーンはテイオーのように耳をへにょりとさせて頭が痛そうに俯いた。
「……あの。サブトレーナーさん? 少々訊きたいことがあるのですが」
「へ? 俺に? 訊きたいこと? ……な、なんだ? 俺なんかの知識で良ければ喜んで」
日ノ本以外のことだとそこまで博識じゃない上に、日ノ本からの分家のこととかもそこまで詳しいわけじゃないから、結局のところどこを取っても中途半端感あるけど!
「その。サブトレーナーさんも、やろうと思えばそのー……氣、でしたっけ? を、扱えますの?」
「…………」
デスヨネ。俺の知識っつーか経験ですよね、みんなが欲しいのは。
「まあ、生きてる限りは誰にだってあるって言われてるくらいだしな。そもそも俺の“手当”だって、氣に近い認識らしい。らしいってのは、こう……科学的には説明のしようがないから名前が付けられないって意味なんだけどな。たとえば───あ、おーいビワハヤヒデー!」
いざ説明を、というとこれが中々難しい。ので、口の説明よりも目で見る説き方。
先の廊下を歩いていたビワハヤヒデを発見。ちょっと来てもらって、髪に触れる許可を頂く。
ビワハヤヒデが髪にとても気を使っているのは知っている。ていうか周知の事実だ。迂闊に話題にすれば“誰の頭がデカいって!?”と繋がり、大きいだの大きくなっただのの言葉にはとっても敏感。
なのでしっかりと許可を得て、得て……いや得らせて!? 後悔させないから!
「急に声を掛けられて急に髪に触れさせろと言われて、頷く女性が居ると思うのか」
「まあまあ、酢こんぶあげるから」
「要らんが」
「じゃあこの開封したけど用事が出来た所為で口もつけず、歩き回った所為でとっくに息が抜けてるだろう炭酸抜きコーラとか」
「………」
「そこで悩むんですの!?」
マックイーンからツッコミアシストが入った! いやほんとなんでそれで悩むの!? 炭酸抜けてるんだよ!? え!? いいの!? いやむしろこっちの罪悪感が妙に刺激されるから───っと、そうだ、あれなら。
「生徒を買収するみたいで嫌だから、嫌なら嫌って言ってくれな。えっと……これなんだけど」
「? これは……バナナ? いや……、……っ!? 君ッ、そのっ……そのバナナの形はっ……!」
「ずっとずうっと昔に外国と交流があった先祖が、そこから貰ったバナナと、バナナの木から育てた品種。当然とばかりに気候が合わなかったけど───活かす方法を、俺の先祖はもう持ってた」
「まさか……! まさか、グロスミッチェル種のバナナ……!? 生き残りが居たのか!? 絶滅したとばかり……! あ、いや、絶滅したわけではない、とは聞いてはいたが……!」
「うちは病気とかそういうのには強い家系なんだ。それこそ、対象が人間だろうが動物だろうが植物だろうが。お陰で土壌にも馴染んでくれたし、キャベンディッシュ種とはやっぱり違った味わいも保ってくれた。問題点として、一度日本に根を下ろして馴染ませたからか、元の外国の地に戻しても馴染まなかったし、やっぱり病気になった。日本でももう、昔から続く我が家の庭じゃないと馴染まなくてなぁ……だからこれは究極の限定品ってことになるんだけど───」
「……、……っ、……! ……!!」
うわすっげぇソワソワしてる! めっちゃそわそわしてる! メガネすっげぇクィイと上下させまくってる!
「っ……ふっ……、……ふ、触れる意図を……その、まず、私の髪に触れる意図を、聞かせてもらいたい。それっ……こほん。それが、私の頭の噂に関することならば───」
「髪の毛がとてもサラサラになる方法をマックイーンに見せてあげようかと思って」
「是非頼む」
「「判断が早い!?」」
動機はどうあれ、いいそうです。
なので早速後ろを向いてもらって……あ、バナナ食べる? 食べる! そう! 俺も育てるの手伝ったことあるし、食べたこともあるから自信を以って言えるよ! 美味いよ!
と言いつつ、もう一度触れる許可を得てから……懐から取り出した櫛に“手当”の要領で意識を集中。個人的に、それが氣だとかいう実感はないものの、親からは人の痛みに触れる際、手当てとはそういう気持ちになって触れることが大事だとは聞いているので、そうして集中。彼女の髪を、さらりと梳いていく。
「あ、ところでビワハヤヒデ? せっかくのボリュームある髪型だけど、ほんとさらっとさせちゃって大丈夫か?」
「むしろ望むところだ。やれるものならやってみるといい」
言いながら、ミリ……とバナナの皮を剥くビワハヤヒデ。剥く前から溢れる甘い香りに、口内に溢れる唾液を抑えられないのか、さっきからこくり、こくりと彼女の喉が鳴りまくっている。
バナナ好きなん? ……そう! そうっ! いいよねバナナ!
「実際、グロスミッチェル種は絶滅したわけじゃないけど、生産は激減したし……やっぱり味が変わった、って言う人も居たらしいよ。こっちも日本の土壌の影響で味が変わったかもだけど、キャベンとはまた違った味わいが楽しめる」
言っている内に、ビワハヤヒデが、モム……サリ……とバナナを口に含み、途中を捥ぐようにして口内へ包む。キャベンディッシュ種と違ってねっとり感がないバナナは、口に含むと甘みと酸味が程よいバランスで口内に広がり、力強くもやさしい香りが鼻を抜けて幸福を届けてくれる。
バナナ好きならばわかる、この香り、食感、味の違い。
ビワハヤヒデはゆっくり舌に馴染ませるように咀嚼し、味わい、静かに静かに食べていった。
「……なるほど、確かに違う。ねっとりとした食感ではなく、だが硬いわけでもない。甘さよりは軽く酸味が勝るが、嫌味な酸味ではなくむしろ完璧なバランスで、食した者を楽しませてくれる」
美味しさからだろうか。先ほどまでの、少し相手から距離を取ったような態度から険が剥がれていくようだ。そんな彼女になんでもないように語り掛けながら、確かにクセの強そうな髪に櫛を通していく。
随分とボリュームがあるように見えるけど、“手当て”の要領でやさしく、癒すつもりで触れていくと、一本一本が自己主張を続けていた髪の房が、さらりと穏やかなものへと変化した。
「………」
ふわっふわと言ってもいいくらいのボリュームある髪の中、一箇所だけこんなに“さらりさらりストレート”だと違和感すごい。も、もう一度訊いとく? ほんとに全部そうしていいか、とか。
ていうかすごいなこれ。しっかり手当ての要領で櫛通してやらないと、髪が形状記憶のようにウェーブヘアーに戻るぞ。俺も手当てでどうしてそうなるかは分からんけど、バナナの病気の治療と同様、言ってみればそれは“氣”ってやつに近い、というかむしろそれなんじゃないか? と教えられた。
「なぁビワハヤヒデ。ほんとに髪の毛、ストレートにしちゃっていいのか?」
「ん、んむ……んぅ? うん、べつにいいよ」
わあ、バナナに夢中で返事の仕方が怪しい。ちょっと子供っぽくなってません? そんなにバナナ好き? ……好き? ……そう! いいよねバナナ!
「そ、そうか? ほら、全体がこんな感じになっちゃうけど───」
しかし“そんな確認でー”とか言われても困るので、、横の髪をひと房とってさらりさらりとと梳くと、ビワハヤヒデにそれを見せてみる。彼女は促されたから仕方なく見るかのように、ちらりとそれを見て───そこには普通にさらりと流れるような手触りの、ストレートヘアーが───!
「……………」
それを見たビワハヤヒデ、硬直。
のちにふるふると震え、ぽたりぽたりとその頬を伝っていく水滴が、って───!?
「うっ……ふえっ……ふあ、ぁああああ……!!」
「「ガチ泣きしてるーーーっ!!」」
「おわぁああばばばばばばどどどどうしたビワハヤヒデ! どうしたぁああっ!!」
「おぉおおお落ち着いてくださいませサブトレーナーさん! こここっこここここは冷静に! 冷静にー!?」
「わわわ悪い! そうだよな! 急に声をかけられて、それが見知らぬ相手だったら拒否とかもしづらかったりするよなぁ! ごめんな!? 髪ももとに戻すから! なっ!」
「っ! や、やめっ……やだぁあ……!!」
やだかわいい。
思わず真顔になって普通にそう思ってしまった。
じゃなくて、え!? いやなの!? え!? どっち!?
「え、と……す、梳いていい、のか? 全部ストレートになっちゃうけど……いい、か?」
「………」
こくりと頷かれた。恥ずかしかったのか、そっぽ向いて涙も拭って。
俺はといえばー……マックイーンと見つめ合い、こくりと頷いたのちに髪を櫛で梳いていくことに。
「……手慣れていますのね」
「日本男児の基本は自立にあるからな。昔のカッタイ家なんかは男子厨房に云々~なんて言うけど、我が家は手が在り足が在り頭が在るなら生きるために足掻けってのが普通。だから、食事はもちろん、身だしなみだって出来なきゃいかんし、身体に関する手入れなんて、やれなきゃそもそも手当の要領もわからんのだ」
なのでこうして、女性の髪の手入れの仕方も知っているし……多すぎる毛量への対処もまあ大体は。
「よし、どうだ? 綺麗で立派なウェーブだったけど、悪い。全部ストレートになっちまった。元に戻したかったら言ってくれ、いつでも戻せるし、なんなら三日くらいで自然に戻ると思う」
「っ……! ……綺麗で、立派……?」
「? ああ」
「顔がデカい、とか……言わないのか?」
「んん? 普通に小顔の、綺麗なウマ娘さんじゃないか」
「───」
「ビワハヤヒデ?」
「……そのバッヂ。君はトレーナーなのだな」
「ぉ、ああ一応。いやまあまだまだサb───」
「いい目標が出来た。必ず、そこに辿り着くと勝利の方程式に誓って約束しよう」
「え? 方程式? い、いやあのな? よくわからんけど俺、まだサブ───」
「すまない、じっとしていられないんだ。この感情を式に残したい。……私はこれで失礼する」
……残りのバナナを大事に咀嚼し、ビワハヤヒデが行ってしまった。なにやら最初に見た時とは天と地ほどの差がある、きらっきらさせたままの瞳で俺を見つめたのちに。
「……マックイーン。なにやらビワハヤヒデが、“シンバルにくると見せてチ……をじゃじゃウマ即興ライヴされた感動を譜面に残したい骨”みたいなノリで行ってしまったんだが」
「喩えが長いくせにこれっぽっちも分かりませんわ」
「うん……そうだよね……」
廊下に悲しい風が吹いていた。
どうしましょう、この空気……。
あ、いや、一応“手当て”、ってものをマックイーンに見せるって目的は果たせたのか? これが氣である、なんてきっぱり言えないのがまたなんとも締まらないわけだけど。
……。
このしばらく後、なんか急に理事長室に呼ばれて「卒業! サブトレーナーからトレーナーになることを君に要求する!!」とか理事長に言われた。え? これって、とある世界のゲンドゥー=サンみたいに、そのあとに「でなければ帰れ!」とか繋げられるやつ?
トレーナー業を続けたいなら早く答えろ、でなければ帰れ! って?
「イ、イエ、ですがね? 俺はこれでケッコー、サブが似合ってるんじゃあないかなァ~……と」
「謙遜ッ! 既に君がトレーナーになることを望んでいるウマ娘の声が上がっている! 強制はさすがにしないが、特定のトレーナーの下でと願うウマ娘の能力の伸び具合は周知の事実! 夢を追う者の願いを無碍に断るのであれば、君がウマ娘に関わる理由をまず問いたい!」
「うわぁいド正論!!」
だよね! 自分はもう……とか言ってるトレーナーとか見ることあるけど、ならなんでまだトレーナーやってんの!? とかツッコミ入れまくりたいよね!? 関わりたいだけなら人参育てようぜ!? それが彼女らの血肉となるなら、確かに育成って意味では合ってるんだからさぁ!
トレーナー続けたいからトレーナーやってんでしょ!? えーーーっ!? あたしにゃちゃーんと分かってんだよ! とかオバハンチックに言いたくなるほどさ!
では俺は? はい、ともに歩みたいです。時には駆けたいです。未熟千万だと思ってた自分の教え方に向かって、それがいい、なんて言われちゃったらさ、トゥンクしちゃうじゃないですか。
そしてだらだら言い訳して逃げるなど日本男児にあるまじき行為ッ!!
「分かりました。サブトレーナーを辞め、これからはトレーナーとして歩ませていただきます」
「重畳! では早速、君が自身のトレーナーになることを強く望んでいたウマ娘を呼ぶとしよう! たづな!」
「はい、理事長」
たづなさんが理事長室の扉を開け、既にそこに呼んでいたらしいウマ娘に呼びかける。
……いろいろあったが、これで俺もトレーナーか。
サブのままでテイオーやマックイーン、ネイチャの指導をさせてもらっていたが───さて、呼ばれたのは一人のようだ。誰が一番最初にそうと願ってくれたのかがこれでわかる……といっても、まあテイオーなんだろうけd───
「邂逅! 彼女が君がトレーナーとして立つことを、誰よりも早く私に願ったウマ娘だ!」
「ビワハヤヒデだ。君の担当ウマ娘として研鑽と験算を重ね、必ずや“妹の方ではないのか”などという言葉も忘れさせる結果を出すと約束しよう」
ん……んん? ん? …………んんんんんんんん!?
「ア、ウン、ドーモ、ヨロシクオネガイシマス、ビワハヤヒデ=サン」
……その日、初の担当ウマ娘がビワハヤヒデになりました。
ア、アノ、たづなサン……? テイオーとか、マックイーンとかは……
「? いえ、彼女たちからは特に、サブ……こほん。トレーナーさんのことは聞いていませんよ?」
…………。
ああうん、どうせ自己申告で俺に言ったんだから、きっと自分が一番だーとか思ってたんだろう、あのドアホウども。ていうかお前もか、リル……。
今日の帰りにでも生徒会室寄って、存分にほっぺたふにふにしてやる……! あの、相手の顔は忘れないくせに、妙なところでうっかりをやらかすウッカリルドルフさんめぇええ……!!