ウマ娘-日本マぱか話-   作:凍傷(ぜろくろ)

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 個人の勝手な見解で、ライスシャワーの実家は畳の映えるお屋敷的なアレになっている。お母さまもなんか娘をさん付けで呼ぶようなイメージで。
 というわけでお母さまは勝手なイメージキャラです。


「奥さん、養護教諭です。……え? いえ米屋じゃなくてね!?」という長編扱いっぽいはち

11/空から降るやさしいにわか雨とかもシャワーっていうらしい。ライスシャワー……なるほど。

 

-_-/ライスシャワー

 

 その人はとっても不思議な人でした。

 ライスが、ライスの周りで悲しいことばっかりが起こることになんとなく気づき始めた時に、話しかけてくれた人。

 普段はウマ娘専門のお医者さんをしてるらしくって、たまにライスのお家のお隣さんの家に帰ってくると、何かをするでもなくお庭の傍の……なんだったっけ、えっと、えんがわ? に座って、日向ぼっこをしてる人。

 ある日、ライスがじーって見てたことに気づいて、おいでおいでって手招きしてきて。その時にはもうお友達も居なかったライスは、気にかけてくれただけでなんだか嬉しくて、手招きされるままにお隣さん……ドクターさんのお家にお邪魔してた。

 その日からドクターさんとはお友達になって……ドクターさんが、良かったらって握手してくれて、お友達になれて。ライスは嬉しくて、いろんなことをお話しした。

 ドクターさんはウマ娘のお医者さん。とれせんがくえん、っていうところで保健室の先生をしてるんだって。聞いてるだけでとってもとってもすごい人だって分かるんだ。だっていろんなウマ娘さんの体調不良を、魔法みたいに治しちゃうんだって。

 寝不足さんはお布団で眠れば治るよね? 夜更かしさんもきっとそう。でも太り気味も、えっと、へんずつー? も、れんしゅーべた? も、お怪我もこっせつ、も治せるんだって。お医者さんってすごい。

 でも最近はそんなドクターさんに助けてもらうことをぜんてーに、すごく危ない練習をするウマ娘さんが増えたんだって。だからドクターさんは今、一週間だけお休みをもらって休んでるんだーって。

 一週間したら様子を見て、前よりは休みの日を増やすんだー、ってちょっぴり笑いながら言ってた。

 ライス、毎日来たら迷惑じゃないかな。

 そう呟いたら聞こえてたみたいで、“嬉しいから、毎日おいで”って。

 嬉しいな。またいっぱいお話出来る。

 

……。

 

 次の日。大雨だった。

 いっつもそうだ。ライスが楽しみにしていることとか、待ち遠しい何かがあると、雨が降ったり鳥さんがフンを落としたり。

 お隣さんだし距離もないから、傘を差せばすぐだけど……悲しくて、そのことをドクターさんに言うと、ドクターさんは言った。

 

「“そうなったことが悲しい”、じゃなくて、“これがなにかのためになってる”って思うんだ。たとえばライスが干ばつ……雨が降らない場所で困っている人の傍に居られたら、その人は悲しむと思うか?」

「で、でも。雨が降ればいいのにって思うと、降らないんだよ? ライスが期待すると、いっつも逆のことばっかり起こって……」

「……ありがとな、ライス。ライスはこうして話すこと、そんなに楽しみにしてくれてたんだな」

「あっ。…………~……」

 

 恥ずかしかった。けど、それは本当のことだから、こくこくと頷いた。

 ドクターさんのお家の中から、ざー、って雨が降るお庭を眺める。

 いつもなら障子と窓の先にある縁側に座って、日向ぼっこしながらお喋りするのに。

 

「じゃあ、ライスが嬉しいって思うと雨が降って、悲しいって思うと晴れるみたいなもんか」

「………」

「ははっ、じゃあきっと、お天道様はライスが好きなんだよ」

「え……? な、なんで? 逆なことが起こってるんだよ? お空はライスのことなんかきっと嫌いで……」

「ライスの学校にも居ないか? 女の子の気を惹きたくて、女子にいじわるする男子。きっとな、お空はライスのことが大好きなんだ。だから気にかけてほしくて、意地悪ばっかりする」

「お空が……ライスのこと……?」

 

 とか呟いてみたら、すっごい雷が鳴った。お庭がぴかぴかーって光って、近くですっごい音。

 思わず耳を押さえるようにして頭を庇って伏せるんだけど───

 

「ほら、慌てて否定してる」

「え? あ……」

 

 なんだか本当に、お空がドクターさんの言葉を慌てて否定してるみたいで……

 

「ぷふっ……ふっ、あははっ……」

 

 おかしくて、笑っちゃった。

 

「でもたしかにライスがせっかく楽しみにしてることに、毎度毎度横槍入れられるのもな。じゃあ……ライス。今からお医者のおにーさんが、お空を天気にしてあげよう」

「え? ……そんなこと、出来るの?」

「出来るぞー? なんたっておにーさんは魔法使いだからな」

 

 そう言って、ドクターさんは窓を開けて、お外に出ちゃった。まだ雨があんなに勢いよく降ってるのに。

 見る間にびしょ濡れになるドクターさん。慌ててお家の中に戻るように言おうとしたけど、

 

「さーて、おいたが過ぎる思春期お天道様には罰が必要だな」

「ド、ドクターさん、濡れちゃうよっ? お風邪、ひいちゃうよっ……!? 早く中にっ……」

「ライス。形振り構わず強くなりたいって思ったならな、どんなものからでもなんであろうと吸収して、使えるようになるのが一番だ。たった一つを極める方が強いっていうなら、それはそれでいい。けど、それじゃあ助けられない命があるんなら、医者は妥協しちゃあいかんのさ。フィクションだろうと力に変える勇気を。無駄なことをと馬鹿にされる覚悟を胸に、“守りたい”を“守れるもの”に変えていく」

「え、え……? ドクターさん……? なに言ってるのかライス、わかんないよ……?」

「よーするにだ。“出来る”なら、フィクションは捨てたもんじゃないってこと。じゃ、いくぞー? すぅ……錬氣、解放……! これぞ武術の神髄、体内に宿るKIが可能とさせる体術の秘奥……!」

 

 突然、ドクターさんの体が黄色? 金色? に光って、その光が、降ってくる雨を押し退けるようにして弾き始めて……びしょ濡れだった服とか体が、太陽さんの下でたっぷり干したみたいにふわって渇いて。

 

「波夷羅一伝(はいらいちでん)無双流……奥義!!」

 

 その光がすごくすっごく強くなって、ドクターさんの足に集まって……それから回転するみたいに……竜巻みたいに渦を巻いて腕まで上がっていくと、

 

「真ッ!! 昇龍裂天衝ォオオーーーッ!!」

 

 その輝きをお空へ向けて、どっかーんってすごい音と一緒に突き出した。

 ドクターさんが心配で、縁側の、横殴りの雨が当たっちゃう場所まで出たライスの前で……その金色の綺麗な光は雨を割いてお空へと昇っていって、やがて雲まで届くと……そこで爆発するみたいに弾けて、お空にあったおっきな雲を……えと。こう、ぱーん、って弾き飛ばしちゃった。

 お母さまがたまにやってる、油汚れが溜まった水の上に、洗剤を一滴こぼした時みたいに、それはお空に大きくてまんまるい蒼空を作りだした。

 

「はい、雨止んだ。ライスに意地悪する雨雲さんは、おにーさんがやっつけてやったぞ」

「………………わああ……!!」

 

 すごい……すごいすごいすごいっ!

 目の前で起きたことの凄さに、縁側の下に置かせてもらってた靴を履いて、ぱたぱたとドクターさんのところまで走った。

 ライスを見下ろして笑う姿が、すごくおっきく穴のあいたお空からこぼれる光に照らされて、きらきら光って。

 本当に本当に魔法使いさんみたいで。

 

「あとは……鳥がフンを落としていくんだったな。……おーい、鳥達よーい」

「え?」

 

 ドクターさんが呼びかける。

 すると鳥さんがいーっぱい飛んできて、ドクターさんの傍の地面にばさばさーって降りてきた。

 

「ごめんな、ちょっといいか? この娘が悲しむから、この娘の傍にはフンを落とさないでほしいんだ」

『チュチュン! チチチ!』

『ア゙ーッ!! ア゙ーッ!!』

「え? この娘に意地悪しようとしていたやつらをこらしめてやっただけ? あー……でもな、そんな攻撃が、この娘の所為だって思われてるみたいなんだ。出来ればやめてやってくれないか?」

『TINTIN!! TINTIN!!』

「なんで夜雀まで来てるんだよ! いや確かに種類は選ばなかったけどさぁ! ……この娘の傍では鳥たちが争い合わないから楽でいいって? その所為で他の子たちからは距離取られてるっぽいんだが……」

『ホウッホー!』

「……わかった、わかったよもう……。ハトはもうちょっとエサをグレードアップするから。でもあんまり激しくチャピチャピしないでくれな、掃除が面倒なんだよ…………とにかく、誤解を受けるような行動はやめてやってくれ」

『ピチチチチ!!』

「ああもう餌もちゃんと用意するから! OK!?」

『『『ヂュッ!!』』』

 

 大小いっぱいの鳥さんたちが、ドクターさんの言葉に合わせていろんな動きをしてた。

 わああ……すごい、ドクターさん、本当に魔法使いさんなんだ。鳥さん達と喋れたり、お空の雨雲さんを吹き飛ばしちゃったり……!

 それからドクターさんと一緒に鳥さんたちにエサをあげて、鳥さんたちが飛んでいっちゃってからしばらく。

 ライスとドクターさんは、水滴を拭いた縁側に腰掛けて、日向ぼっこをしながらお話を続けていた。

 

「へええ……じゃあライスも走る方向での進学を目指してるのか」

「う、うん。ちょっぴり怖いけど、ライスもあんな風に輝けたらなって。見てくれているみんなを、笑顔に出来たらなって」

 

 連れて行ってもらった場所で見たレースは凄かった。ライスもあんな風になれたらなって、すごく憧れて。

 でも、今のライスは足もそんなに速くなくて、走ってもすぐ疲れちゃうから。意地悪言う男の子に、“いくらウマ娘の方が早くても、ライスシャワーには負けないよな~”なんて笑いものにされるくらいで。

 それを言ったらドクターさんのえっと、こめかみ? に、ぼこぉんっておっきな青筋が出て来たんだけど……すごいなぁ、あれも魔法なのかなぁ。

 そういえばあの男の子、ライスに走りなんて無理だから、こっちの学校選べよーとか言ってきて…………む、無理じゃないよ? ライスだってきっと、頑張れば……必死で頑張れば、きっと。

 

「典型的なクソガキャアだなぁ……今時でもやっぱり居るところには居るのか。よし、ライス。それじゃあお医者のおにーさんがライスに走ることのなんたるかを教えてあげよう」

「えっ……いいの?」

「いいとも。なんならトレーナーになってもいい。他の医者がどうかは知らないけど、ウマ娘専門の医者っていうのはウマ娘の状態をよく知らなきゃいけない。お陰でウマ娘の医者の免許を取るのと一緒に、トレーナー免許も貰えるんだ。……その分、勉強がエゲつない量になるけどね。だから、教えることに問題なんてひとつもない」

「あ、あるよ? 問題、ある、と、思うよ? ライスが競争馬に向いてなかったら……」

「夢を叶えようって意思と、誰かに勝ちたいって思う意思。諦めたくないって意地と、トドメに走るのを楽しむ心。それがあれば十分だよ。あとはライス。キミが本当にそうしたいかどうかだ。俺はね、お前が諦めるのも頑張るのも、いつだって応援するよ。支えることだってする」

「え……? あ、諦めって、応援できるの?」

「出来る。諦めることってなんでもないように思う人が大半なんだけどな。未練があると、どうしても難しい。そんな時、誰かに言われたからって言い訳があると、これがまたなんとも悲しいかな、ひょいっとそんな諦めを受け入れられる人が大勢。……でも」

「……でも……?」

「本当に諦められないヤツは、誰かに言われたって、自分が諦めようって思ったって諦められない。自分が納得出来てないからだな。そんな相手を応援するのが俺の仕事。……ライスはどうしたい? 走りたいか、走りたくないか。……あ、輝けるかどうかなんて問答は、一歩目には必要ないからな? まず踏み出さなきゃ、以降の考えなんて本当の本当に意味がない」

「………」

 

 言われて、考えてみる。

 ライスは本当にこの道でいいの? この道を歩いて、後悔はしない?

 そう自分に質問してみると、ライスの心の中にレースで輝いている人と、結婚式で祝福されている人が浮かんで…………その後に、1着を取れなくて泣いているウマ娘さんと、祝福されている人を見て、悲しそうに泣いている女の人が浮かんできた。

 歓喜と祝福の裏には、そこに辿り着けなかった所為で泣く人も悲しむウマ娘さんも居る。綺麗な世界ばっかりじゃないって、あの光景を見る前にこの人に会えてたから知ることが出来た。

 きっとそう出来ていなかったら、ライスはその世界を綺麗な光景しかないものだって勘違いしたまま走ってた。走って走って、きっとその悲しさに泣いて、蹲っちゃってたと思うんだ。

 だから───

 

「……うん。ライス、走るよ。歓喜と祝福ばっかりじゃないって、ちゃんと分かってる。でも……こんなライスでも、誰かに夢を見せられるなら、頑張りたいって……そう思ったんだ。だから───わぷっ」

 

 何度も何度も心に相談して、怖がる自分にも相談して。それでも……そうしたいって気持ちは変わらなかったから。そうしたほうが楽だよ、安心だよって何度説得しても……うん、そうだった。諦められなかったんだ。だから───……そう思った途端、ドクターさんがライスの頭をやさしく撫でてくれた。

 

「……ん、受け取った。いいかいライス、どうしても叶えたいって願いがあって、それでも怖いことが目の前にあって、足が前に進まない時は……こうして、胸をノックして自分に言い聞かせるんだ。“自分の思いはこんなところで躓かない。自分の想いは、たとえ踏み潰されたっていつかは叶える大切なものだ”って。ここで踏み潰されても諦めない。ただし、踏み潰されると分かっていても、自分を踏む足を叩き折ってでも叶えてやるんだって心に決めて」

 

 ドクターさんが、きゅっと握った右手で、自分の胸を力強くノックした。

 真似して、とんっ……てノックしたライスの手に、ドクターさんの左手が重なって───

 

「そして言う。言ったからには曲げないって意思をしっかり持って。……“覚悟、完了”」

「かくご……かんりょう」

 

 ライスの、握った右手の上……ドクターさんの左手から、熱いなにかが流れ込んでくるみたいだった。

 そのままもう一度胸をノックしてみれば、そんな熱がライスの胸の奥……心臓に、どくんっ……て伝わったみたいに熱くなって。

 

「……!」

 

 なんでも出来るような気がした。……ううん、違う、きっと、やらなきゃって思えるようになった。

 誰かに期待されるって、きっとこんな熱さなんだ。

 他の人がどうかは、まだ、ぜんぜん分からないけど……ドクターさんは、絶対にこんな笑顔で応援してくれる。

 それは、姿が見えないからって好き勝手に言っちゃうような……学校のクラスメイトさんたちみたいな感じじゃなくて。姿なんて見えなくても、声なんか届かなくても、自分は絶対、何処に居たってライスを応援してるって……そんな笑顔で。

 

(…………ライス……、ライスは……)

 

 もう一度ノックする。目を瞑って、きゅっと口を閉ざして。

 温かい。誰に声をかけてもらっても届かなかった場所に、そんな熱が届いてくれた。

 お母さまの言葉でも届かなかった。“がんばれーっ、おー!”をした時にも届かなかった場所に、“ライスなら出来る”って信頼が届いた気がして───

 家族の誰が、頑張れば出来るかもって言ってくれても、どこか苦笑みたいなのが混ざっていた気がした。たぶん、きっと、それはライス自身に自信がなかったからそう見えただけかもしれない。そう聞こえただけかもしれない。

 でも、仕方ないって思ったんだ。だって、ライスは他のウマ娘さんたちと比べると小さいから。本格化、っていうのが始まる前だとしても、小さすぎたから。

 それでも、目の前のこの人は、ライスが“なりたい自分になれること”をこれっぽっちも疑ってなくて。

 だから。だから。ライスは……

 

(ドクターさんは……)

 

 こんなライスのトレーナーになってもいいって言ってくれた。

 自分の不幸の所為だって思っていた雨雲さんを吹き飛ばしてくれた。鳥さんにだって声をかけて、説明してくれた。

 ライスに起こる小さな不幸の連続も、きっとドクターさんは笑って吹き飛ばしてくれる。目立てなかったなにかを、そっと掬い上げてくれるみたいに。……青い薔薇を受け入れてくれた、“お兄さま”みたいに。

 

(がんばろう)

 

 心に勇気が湧いてくる。

 

(がんばろう……)

 

 胸が熱くて、やってみよう、やってやろう、やるんだ、やるぞ、きっと出来るから、って……俯いていた顔が持ち上がっていく。

 

(がんばるんだ……!)

 

 誰に認められなくたって構わない。

 いつかライスの努力が足らない所為で、ドクターさんに諦められても構わない。その瞬間まで、ライスの頑張りが足らない所為でドクターさんが悪く言われないように、必死に、全力で……!

 

(ライスだって、がんばれる……ライスだって───)

 

 そうだ。こんなライスでも目指すことは出来るんだ。

 こんなライスだって、夢を抱いて走ることが出来るんだ。

 ただ漠然と夢を抱いて、なれたらいいな、なれるかなって思っていたライスにも、ちゃんと夢を抱くことが出来たんだから。

 目標があるなら進まないと。理由があるなら立たないと。

 こんなライスを真っ直ぐに見つめて、信じて、期待をしてくれる人に応えるためにも───!

 

(なりたい自分に、なるんだ───!!)

 

 がんばれる。がんばろう。がんばるんだ。

 なりたい自分になるために、また俯いちゃうことだってきっと何度だってあると思う。

 同じクラスの子に、ライスじゃ無理だって笑われることだってきっと。

 でも、ライスはもう決めた。決められたんだ、ちゃんと、自分で。

 だから……この夢だけは絶対に諦めない。

 あの時のウマ娘さんのように、ライスも……誰かを笑顔に、幸せに出来る何かに───誰かを照らせる自分に……!

 

「……覚悟、決まった?」

「え? わっ、ひゃいぃっ!!」

 

 声を掛けられるまで、自分の中の奥の奥まで意識が潜り込みすぎてたみたい。

 胸の熱さに引っ張られるみたいに、世界はきっとライスにやさしくないんだって気づく前のライスに……“私”に出会えたような気がした。

 その“私”は笑って、今のライスじゃもう出来ないくらいの眩しい笑顔でライスの背中を押してくれた。

 大丈夫だよ、きっと出来るから、って。

 夢と、笑顔と、どっちのことだろうってライスが思った時には、目の前でドクターさんが顔を覗いてた。

 

「ドクターさん。ライスの……ライスのトレーナーさんになってください。ライス、決めました。いつかあの時のウマ娘さんみたいに、誰かを幸せに出来るウマ娘になります……!」

「よしきた。じゃあ、俺はライスのことをずうっと応援する。それが頑張りであっても諦めであっても。だからな、ライス。自分がそうしたいって思ったことに頑張れる自分になろうな」

「う、うんっ……うんっ! がんばれライス、がんばれーっ、おーっ!」

「ははっ、うん。やっぱりライスにはそっちの方が似合ってるな」

「え? ……あわわひゃあぁあっ!? ちがちがうんだよっ!? かくごかんりょーがしたくなかったわけじゃなくてね!? ……あ、あの、ね? あっちは、怖くて仕方がない時にしようって、きっとそういう時にやるべきだって思ったから……」

「ん、そっか。じゃあライスはもう───」

 

 ドクターさんはそう言って、「んん……」って口ごもると、ほっぺたをこりこりと掻いていた。

 どうしたのかな。……もしかしてライス、やっぱり怒らせちゃった……?

 

「え、えっと、ドクターさん? ライスが、どうかした? “もう”……?」

「……いや。もう、頑張る準備は出来てるんだなー、って。“そうするべき時”が自分で分かってるなら、きっとライスは間違えないよ。じゃ、早速今日から始めるか?」

「え? いいの? えと、ほんかくかー、っていうのが始まってからやるんじゃ───」

「その前に済ませておきたいことがあるんだ。それがきちんと完了できれば、ライスは今よりももっと、本格化してからはより一層、速く強く走ることが出来るようになるよ」

「? うん、ライスがんばるよ? ドクターさん、なんでも言って? ライス、すぐに全部は無理でも……言われたこと、きっと出来るようになってみせるから」

「健気……ッッ!!」

「……? ドクターさん、今……?」

「ぁあいやいや、なんでもないなんでもない。うん、ヨシ」

 

 ぱたぱたと両手を振って、なんでもないって言って、こくこくって頷くドクターさん。

 そうしてから、真面目な顔をして……けどすぐにぺちんと自分のほっぺたを叩くと、ライスにニッと笑って言ってくる。

 

「じゃあ一番大事な最初のステップだ」

「うんっ」

「誰にでも言えることなんだけど、まずはジュリアンから始める」

「はいっ! …………じゅりあん?」

 

 元気にお返事できたけど、すぐにライスの首は傾いた。

 じゅりあん? じゅりあん……なんだろう、わからないけど、なんだか綺麗そうな名前だな。

 それからドクターさんはライスのご両親に会いたいんだけど、って言ってきて……すぐ隣だからそれもすぐに叶って───それで。

 

  ジュリアァアアアァンッ!!

 

 じゅりあん? が始まった。本当にじゅりあんだった。

 ドクターさんはお父さまとお母さまにお話をして、自分をライスのトレーナーさんにさせてくれって言って……お父さまとお母さまはライスに改めて、本当に競争馬になりたいの? って訊いてくれて。

 ライスはもう、迷うことなく頷いて。

 

「はぅ……っ……! ぅう……!」

 

 お母さまはライスを見てやさしい顔で笑ってくれた。

 お父さまは、ライスがこんなに元気に、はっきり返してくれたのは久しぶりだ、なんて微笑んでくれて。

 

「ふっ……う、く……っ……はぁ、はぁっ……!」

 

 それからお父さまとお母さまはドクターさんと話し合って話し合って……その先で、ライスは服を脱ぐことになって、ドクターさんのお家の変わった場所に通されて……。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……! ん、んぅう……っ……!」

 

 お母さまと、汗まみれになれながら息を荒げていた。

 まずは体を綺麗に洗ってから別の個室に向かうように言われて、そこからじゅりあん……ジュリアンは、始まった。

 とてもとても熱くなったそれが濡れると、ジュリアーンってすごい音が鳴って、ライスとお母さまの体は熱くなって。

 これを、まだまだ耐えなきゃいけなんだ。そうしなきゃ、体が準備出来ないからって。

 しばらくするとお母さまが大きな布を手に、それを大きく振るった。

 むわっとして動きの無かった空気が一気に動いて、ライスの体に襲い掛かる。思わず「ひゃうぅっ!」って声が出ると、お母さまはライスに謝ってくれて。

 でも、大丈夫だよお母さま。ライス、これが必要なことだからって分かってるから。ライスが耐えればいいだけなら、ライス、まだまだ頑張れるから……!

 むしろライスがごめんなさいだよ、お母さま。こんなことに巻き込んじゃってごめんなさい。お母さまだって辛いはずなのに。

 お母様の汗まみれの体から、ぽたぽたと水滴が落ちるたびにライスの胸が苦しくなる。お母さまが辛い顔で布を振るうたび、そうしてくれるお母さまの想いに報いなきゃって思える。

 

「はぁっ……それにしても、自宅にサウナがあるなんて……。あの人も随分とまたお金持ちなのですね……」

「はぁ、ふぅ…………? お母さま、ドクターさんのこと、知ってるの……?」

「それはそうですよ。お隣であったことには驚きましたが。彼はあの中央トレセン学園の保険医。“どんな体調不良も、寄れば治る”と噂の……“ウマ娘の医者”として、彼以上は居ないと知られている人なのですよ」

「そ、そうなの……? すごい……そんな人が、ライスのトレーナーさんに……」

「“噂のお兄さま”のお話は聞いていましたけれど、まさかそれがあの伝説のドクターさんだったなんて。もう、ライスシャワーさん? きちんと相手の名前も言わなければだめでしょう」

「あぅ……ご、ごめんなさい、お母さま」

 

 そう、今、ライスとお母さまはサウナに居ます。

 お風呂で体と髪の毛を綺麗に洗って清潔にして、サウナに入ったんだ。

 段取り? はお母さまがドクターさんに聞いてあるらしくて、まずはサウナで10分間汗を流すこと。

 焼いた石を積み上げて熱を発している、体の奥まで熱で照らされてるみたいな熱さのサウナで、ライスびっくり。お母さまも驚いてた。

 あと、ジュリアンっていうのはその、熱した石にお水をかけた時に鳴る音だったんだ。どうしてそんな音が鳴るの? ってお母さまに訊いてみたら、お母さまも知らないって。

 お兄さまが……わわ、えっと、ドクターさんが言うには、“しそ・ゆみる?”さんにしか分からないことなんだって。

 でもそんな、誰かしか知らないすごいことを、惜しげもなくライスに使わせてくれる。しそゆみるさんにもありがとうって言わなきゃ。

 う、うん、大丈夫。お母さまが時々、大きな布を払って熱波を出す……あうふぐーす? っていうのをやってくれる。熱に慣れるのを防ぐためで、きちんと汗を流すためなんだって。

 お兄……ドクターさんが、“俺がやってあげたいけど、さすがにバスタオル一枚の女性と個室に入るわけにはいかないから”って、お母さまに頼んでくれたんだ。

 だからお父さまとお母さまに話す必要があったんだって。

 

「はっ、はっ、はふ、あぅう……!」

「……はい、10分です。よく耐えましたね、ライスシャワーさん」

「は、はい、お母さま……」

「さ、次の試練はライスシャワーさんだけで立ち向かいなさい。作法はこの紙に。あとはあなた一人でも出来ることですから」

「う、うんっ、ライス、がんばるねっ……!」

「……っ……うちの娘が可愛いっ……!!」

「……? お母さま……?」

「んっ、こほっ! ……あなたの成長を応援していますよ、ライスシャワーさん。そして、あなたがまた笑顔を見せてくれることを、母はとても嬉しく思います。……あの方には本当に、感謝しなくては」

「あ……う、うんっ、うんっ……! お兄さま、すごい人なんだよっ? ライスがお天気のことで落ち込んでたら、雨雲さんをばーんって吹き飛ばしてくれたり、鳥さんのフンのことを言ったら、鳥さんに注意してフンを落とさないようにしてくれたり」

「あらあら、まあまあ……ふふふっ、ライスシャワーさんたら……」

 

 お母さまは、微笑ましいものを見る目でライスを見る。

 ……あ、あれ? なんか、信じてくれてない? ほ、ほんとだよ? ほんとに、雨雲さんがばーんって、鳥さんたちがTINTINって!

 

「……ぁ、わわっ」

「危ないっ! ……、……気をつけて、ライスシャワーさん。サウナというのは、終わった時が一番危険なのですよ。耐える力を抜く瞬間、油断して倒れてしまう人の話を聞いたことがあります」

「う、うん。ごめんなさいお母さま」

 

 少しだけふらっとしちゃった。

 お母さまに渡された、段どりが書かれた紙を手に、サウナを出て歩いていく。

 サウナを出ればお風呂屋さんのような景色。お銭湯みたいな綺麗な作りの中を歩いて、書かれている湯舟を見つけて、あとはそこに……あ、あれ? 今度は一分だけ? あ、そっか、軽く汗を流せばいいのかな?

 でも、それだけならシャワーだけでも……ううん、ちゃんと書かれた通りにやるんだ。お兄さま……ドクターさんが、ライスを思って組み立ててくれたことを、最初っから信じないでどうするんだ。

 それに、熱くなりすぎた体だったら、案外普通の湯舟は気持ちいのかもしれない。

 これに一分間浸かって、綺麗になって、一歩一歩、ライスが目指すなりたい自分になるんだ───!!

 

  ピツォンッ……!

 

「みゅぅうううううううううっ!?」

 

 足の指先が湯舟をつついた途端、ライスの口から絶叫が漏れた。

 瞬間、意気揚々とお風呂に入るつもりで前傾だった体はそのまま湯舟……もとい水舟に落ちて、ライスの絶叫はより一層、お風呂に響いたのでした。

 お母さまが慌ててやってくるけれど、あまりの冷たさに固まるライスを見て、なにかを察したみたい。

 手放しちゃった紙をお母さまが拾うと、動けないライスに見せてくれた。

 

*1:お風呂で体を綺麗にする

 

*2:サウナでジュリアン10分(アウフグース付き)

 

*3:水風呂1分…………水風呂1分

 

 ハワワワワワ!? ライス間違えちゃった!? あったかいお風呂じゃなくて、お水のお風呂だった!

 ででででも、つまり、これを1分耐えれば……っ……耐え、耐える……タエタエタエ……!!

 つっ……冷っ……ぁあぁあぁああぁぁぁ……!!

 

「はい、ライスシャワーさん、1分経ちましたよ」

「ひゃ、ひゃぃ、ひゃぃいぃ……!」

 

 温度差の所為か、とってもとっても冷たく感じたお水のお風呂から震えながら出て、お母さまが用意してくれていたふかふかの……わぁああ……!! すごい、このタオルさん、とってもふっかふかで、あっためたわけじゃないのにすっごくあったかくて……! ふわぁああ……!! これに触れてるだけで、ライス……ライスは……!

 

*4:水滴を拭う(重要)

 

「さ、これで一滴残らず拭くつもりで…………ライスシャワーさん? ……ライスシャワーさん!?」

「アタタカイ……タオルサン……アタタカイ……」

「ライスシャワーさぁあああん!?」

 

 ふわふわでふっかふかなタオルさんに顔をうずめると、もうそれだけでライスの意識はとろけていくようだった。もうこのまま眠ってしまえば、どれだけ幸せかなって思えるほどに。

 でもお母さまがライスの肩を掴んでがっくんがっくんって揺らしてきたお陰で、ライスは正気に戻ることが出来ました。

 それからはきちんと水滴を拭って……って言っても、このタオルさんを濡れた肌にくっつけただけで、肌についてたお水さんが不思議なくらいに吸収されちゃって、ライスもお母さまもびっくり。

 まだ体は冷えたままだけど、えっと、しじしょ? に書いてある通りに歩いて、お風呂場を出て……タオル一枚を巻いたライスとお母さまは、眩しい陽が差し込む天窓の下に辿り着いた。

 そこには座ってから寝転がれるような長い椅子みたいなのがいくつか置いてあって、そこに座って陽に当たること、って書いてあったから……天窓以外は開いてないその部屋でお母さまと寝転がって───

 

*5:外気浴(ととのう) 

 

 みゅーーーううぅーーーっ!? 

 

 日差しに当てられると、長椅子の上で伸ばした冷え切った体が熱を吸収……していくと、なんだか体が勝手にびくんっびくんって跳ねて、跳ね、てっ……あぁあぅう……! くすぐったくて、熱くて、気持ち良くて、震えて、あぅうう! か、体が言うこと聞かないよぅ!

 あ、あのね? 身体のね? 奥がね? あ、あれ? ううん、奥じゃなくて、つま先さんから、ふとももさんに熱いのが流れてくる、みたいなっ……んぅうっ、それがこんど、お腹さんに来て、そしたら体の中がずずーって温かくなるような、な、なんなんのかな、なん……あぅううー!!

 

「ふみゅっ……! みゅっ……! みゅうっ……! ぁぅっ……んくっ……!!」

「ライスシャワーさん? 先ほどから妙な声が出ていますけど……───んまっ!? 顔が真っ赤ですよ!? いったいなにがっ……!!」

「おかっ……おかあひゃまっ……! おんなひ……おんなひふうに……やってみれば、わかる、から……!」

「おんなじ……? ……ジュリアン、とやらと水風呂になにか秘密があると……? そうですね、疑問に思うばかりではなく、行動に移さなければ。では再びサウナから始めるとしましょう。ライスシャワーさんはどうしますか?」

「ラ、ライッ……らいしゅは、これで、いいでしゅ……!」

「そうですか。ふふっ……ライスシャワーさん? 気持ちいいのならそのまま寝てしまいなさい。いい温度ですし、私が上がる頃に起こしますから」

「う、ふみゅっ……う、うん……! ありがとう、おかあさま……!」

 

 足の先がビリビリ振動しているみたいに震える。だけどとても気持ち良くて、全身がその振動でマッサージされてるみたいな……こ、こんな時の猫さんのポーズやったらどうなるのかな。にゃーっ! って伸びたら、きっと気持ちいいんだろうな。……でも……だめ、振動みたいな気持ち良さが薄れてきたら、今度はすっごくやさしい睡魔さんがライスを襲ってきて……!

 

 

───……。

 

 

……。

 

 揺すり動かされて目が覚めた時、眩しいくらいだった太陽さんはもう結構傾いていた。

 ちらり、とお母さまを見ると、真っ赤な顔でそっぽを向いて、ライスのことを見ようとしない。

 ……あっ、お母さまももしかして眠っちゃった……?

 ライスはべつに気にしないけど、おに……ドクターさんは大丈夫かな。待ちくたびれて怒っちゃってないかな。そのことを言うと、お母さまは慌てて長椅子から降りて、衣服を着て足早にお外に出た。ライスもすぐに服を着て、お外に。

 

「ん、ああ、終わったか?」

 

 待ち合わせていたところに行ったら、ドクターさんは綺麗な和室の小さな机で書類整理? みたいなことをしてた。畳の上に正座で座って、筆を動かす姿はすごく慣れてるみたいな動きで、やっぱりお仕事してる人ってすごいんだなぁって思った。そして、その動きが早くてびっくりした───途端、ライスのお腹さんがきゅー、って鳴いた。

 

「わああっ! しっ、しー! しーだよ、お腹さん……!」

「お腹空いたのか? まあ元々汗腺汚れの除去と余分な水分の放出が目的だったし、これからトレーニングをするわけでもない。よし、じゃあ食事管理の第一歩だ。これからは俺がライスの食事を用意するから、それを食べての体づくりを始めよう」

「え……ド、ドクターさんが、ライスのご飯を……?」

「ああ」

 

 ドクターさんが確認するように隣のお母さまを見れば、お母さまも頷いている。

 お母さま以外の人が作ったお料理……どんなのなんだろ。

 ……あっ、い、いっぱい食べちゃうの、我慢したほうがいい、よね? お母さまは笑ってくれるけど、もしかしたらドクターさんを驚かせちゃうかもだし……。

 

「ちなみに、食い過ぎはよくないけど、野菜は結構食べることになると思うから、嫌いすぎる食べ物があったら言ってくれな」

「ふえ?」

 

 え? …………え? 結構……食べる? え? ライス、我慢しなくて、いいの? あ、あっ、そ、そうじゃなくて、遠慮っ……えと、ちがっ……!?

 

「ライス。好きなものは?」

「え? えと、りんご飴……あっ、好物っていうか、好きなものっていうかっ、ごほーびっていうか、えと、あのっ……」

「あ、うん。ライス? なんかお母さまが悶絶してるからそのへんで」

「え? お母さま?」

「───」

「?」

 

 振り向いて見てみた、後ろでライスを見守ってくれてるお母さまはピシッとしてる。

 ……? もんぜつ……?

 

「や、それでいいんならいいんですけど。ライス、好き嫌いは無い方か?」

「うん。ライス、苦手なものはそんなに無い……と、思うよ? 食べたことないものは分からないけど……」

「そかそか。じゃあまあまずはとりあえずひとまずさてと」

「?」

 

 ドクターさんが、脇にある箱をひょいと持ち上げるとテーブルの上に置いて……ぱかって開けた。

 その中には大きな長いコップみたいなものが入ってて、それをライスとお母さまに「さあさ、水分補給を」って渡してくれた。

 

「わあ……! いただきますっ!」

 

 ずうっと汗を掻きっぱなしだったから喉が渇いてた……!

 それを受け取るとお水にしか見えないそれを、こくっ、て飲んで───

 

「……?」

 

 首を傾げた。お水じゃない……? なんだか、ちょっぴりだけやさしい香りがするような……?

 

「口の中で広げて、馴染ませるみたいにちびちび飲んでくれ」

「う、うん」

 

 言われた通りにしてみる……んだけど、口に入ると喉が鳴って、気づいたら飲んでて……あ、あれ? 違うよ? ライス、ちゃんと口の中で馴染ませようとして……とか思ってるうちに、全部飲み終わっちゃってた。

 

「~………ご、ごめんなさい、ドクターさ……っ……! ラ、ライス、ライスは……!」

「だ、大丈夫、大丈夫だから。な? それだけ体が水分を欲してたってことだから。それより、こっちに来てくれ」

「……う、うん……」

 

 出会った時に手招きしてくれたみたいに、おいでおいでってしてくれる。

 ライスはもう、ごめんなさいな気分と、せめて言われたことくらいはやろうって気持ちでいっぱいだったから、言われた通りに近づいた。

 そうしたらドクターさんは畳の上であぐらをかいて、ライスにそこを枕にするように寝転がって、って。

 

「え、で、でも、まだ髪の毛ちょっぴり濡れてるよ? ドクターさんの足、濡れちゃうよ?」

「先に心配するのがこっちのこととか、ほんとこの娘はもう……!」

「? ?」

 

 ドクターさんがお口を片手で押さえて、俯いて震えちゃってる。

 ライスはおろおろするばっかりで、お母さまにどうしたらいいかって訊こうとしたら、お母さまも同じみたいに震えてた。

 それからもんどーむよーでライスは足枕をされて、慌ててる内に肩に手を置かれて、動けなくなって。

 ドクターさんは目を閉じてて、触れられた肩からは不思議な温かさがライスの中に広がっていって───

 

「……ん、怪我は無し。活発に走り回ったりしないからか、筋力は若干標準より弱い。氣脈は当然ながら閉じてるし……“支え”に使われるべき筋肉も弱いまま、と。骨の密度はこれからいくらでもってところだな。問題は……日ノ本に集中させるか、あくまで競争馬の一般的な筋量配分で行くか…………それとも、成功例の無い日ノ本競争馬で行ってみるか」

「……ドクターさん?」

「ライス」

「はい」

「ライスはどんなウマ娘になりたい? 最強~とか、無敵~とか、なんでもいいぞ? 言ってみてくれ」

「…………誰かを幸せにする、見てくれた人が笑顔になれる……誰かのことを照らせるお月様みたいな、そんなウマ娘に……なりたい、です」

「………」

 

 ドクターさんは、お母さまは、なにも言わなかった。

 ただやさしくやさしく、ライスの頭を撫でて、微笑みかけてくれた。

 

  ……この少し後で聞いたお話。

 

 ドクターさんは、うさぎさんとカメさんのお話を聞かせてくれた。

 もちろんライスも知ってたけど、ゴールを見るか、競争相手を見るかでその人が見る“辿り着きたい場所”が決まるって。

 ライスが見ているのは……他の人だから、だめなのかな、って思ったけど、ドクターさんはぽんぽんってやさしくライスの頭を撫でてから言った。

 

  きみが見ているのは、レースでも相手でもなくて、勝利したあとの誰かの笑顔だよ、って。

 

 ライスにはそれがいいことなのか悪いことなのか分からなかったけど。

 その先に、笑顔だけじゃなくて……悔しい顔とか、悲しい顔とか……泣き顔だってあるってことは分かってる。

 それでも目指したいって思えたなら、どんな辛いことにも耐えられる気がした。

 本当に将来、ライスが誰かに勝てるなんて……今はまだ全然思えないけど、それでもいつか……そう、いつか。あの日のウマ娘さんのように、誰かを笑顔にするだけじゃない───その後ろで泣いて蹲っちゃったウマ娘さんの姿も、悔しそうにお空に声を張り上げたウマ娘さんの姿も忘れずにいこうって思ったから。……思えたから。

 あの姿がライスの未来だとしても、悔しがっても、泣いたとしても、誰かをけっして恨まないよう生きていこうって……胸を、小さくノックした。

 そして、誰にも聞こえない、自分にしか聞こえない声で、呟いた。

 

 

  ───覚悟、完了

 

 

 ───ぁ。

 

「ライス?」

 

 まだ足枕を続けてるライスの顔を、ドクターさんがのぞき込んでくる。なにかに気づいたように。なにかが気にかかったように。

 でも、声を掛けられた瞬間、ライスには見えたそれは、ふわって消えてしまった。

 ……目指す道に幸せがあるといいな。

 悲しんだ誰かが、悲しむだけの世界じゃないといいな。

 そんな願いを胸に、誰かの笑顔と幸せのために走ることを胸に誓った。

 

  ……途端に一瞬だけ見えた、青白い火みたいなものに首を傾げながら。

 




 ◆ライス捏造設定
 お兄さまお姉さま呼び&両親はお父さまお母さま呼びなので、なかなか良いお家にお住まいなのではという見解。ただの夢見がちなお年頃なだけなら別ですが。
 あ、畳についてはアニメ二期特殊EDや、カツ・ドゥーン尋問の際の絵本を読んでる時もどうぞ。障子と畳って良いよね。
 きちんと設定としてこういう家柄だ~とかあったらごめんよぅ。見逃しはないかとアプリでライスの育成をやり直してみたけれども、イベントが全然埋められないんだ……! ていうか、はい。まずストーリーを完走するのが難しいデース。
 すまぬ……不甲斐なきお兄さまですまぬ……! でも僕知ってる。こういう時の重要な情報って大体、飛ばしちゃった何気ないフツ~の会話シーンとかにちゃっかり紛れ込んでるんだ。さ、ウマ箱も買ったし……こちらも学ばねば……不作法というもの……。

 ところでアプリのウマネスト、終わりましたね。こちらはコンプリート出来ずに終わりました。やっぱりイベント時に未攻略キャラをじっくりプレイは時間が足りませんねドチクショウ。
 このイベントストーリー見てて思うことは、とりあえず理事長とゴルシが居ればイベントには困らないなぁということだけ。
 ウマレーターがあれば、その気になればどんな世界とも……!
 しかしカイチョーが全然出てこなかったのはいったい……? てっきり最終局面で現れて、良いところで助けに入るアニキポジションを見せてくれると思ったのに。あれか。もしやカイチョーのVRだけジョークで世界を救う、みたいな……こう、その、よくある? 無料同人ゲーみたいなのが組み込まれていたとか……?

 最後に一言。ルーレットダービーなんて大嫌いだー!!
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