「ハジメです」
「ん、ユエ」
「さて、前回はハルツィナ樹海に入ったな」
「気配消すだけで認識すら出来なくなるのはちょっと可笑しくない?」
「ターゲットを殺る時に必要だったんだよ、仕方ないだろ」
「……それでも可笑しい」
「今回も残念なハウリア族の話だ」
「楽しんでいってください」
「「「やっぱり残念なハウリア族!」」」
Side 零斗
食事も済んだ所で霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。同じく隣に立つのは、足元まである長く美しい金髪を波打たせたスレンダーな碧眼の美少女だった。彼らは、
「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」
「零斗だ。湊莉 零斗。あんたは?」
言葉遣いに、周囲の亜人が長老に何て態度を! と憤りを見せる。それを、片手で制すると、森人族の男性も名乗り返した。
「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。そしてこちらが……」
「アルテナ・ハイピストと申します」
「さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。"解放者"とは何処で知った?」
「本人から直接聞いた」
「……今なんと?」
俺の発言に引っ掛かりがあったのか疑問符を浮かべるアルフレリックとアルテナ。
「オスカー、霊体化解いていいぞ」
「いいのかい?」
「この際、お前から説明した方が早いだろ」
「投げやりだね……証拠としては私の指輪や奈落の魔物の魔石等がいいだろう」
"宝物庫"から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡す。
「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」
アルフレリックも内心驚いていてたが、隣の虎の亜人が驚愕の面持ちで思わず声を上げた。
「そして、これが指輪だ」
アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。
「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着き、そして彼が本物のオスカー・オルクスであるのだな。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」
アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。
「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」
アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。
「いや、勝手に決めないでくれないか? 俺らは大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらう」
「いや、お前さん。それは無理だ」
「なんだと?」
あくまで邪魔する気か? と身構える……が、むしろアルフレリックの方が困惑したように返した。
「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」
アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」と俺を見たあと、案内役のカムを見た。聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……
「あっ」
まさに、今思い出したという表情をしていた。
「カム?」
「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」
しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、ハジメのジト目に耐えられなくなったのか逆ギレしだした。
「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」
「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」
「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」
「族長、何かやたら張り切ってたから……」
逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。
「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! 零斗殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」
「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」
「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」
「バカモン! 道中の、零斗殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」
「あんた、それでも族長ですか!」
亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。
「ハァ……まぁ、一度目は許そう」
「ほ、ホントですか!?」
「でも……私は許さない! 絶対に!」
一歩前に出たユエがスっと右手を掲げた。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。
「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」
「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」
「何が一緒だぁ!」
「ユエ殿、族長だけにして下さい!」
「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」
喧々囂々と騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。
「〝嵐帝〟」
天高く舞い上がるウサミミ達。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。
「おお〜飛んだなぁ」
「……汚ぇ花火だ」
──────────────────────────
濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。
行き先はフェアベルゲンだ。俺達を囲うようにハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だったようだ。
しばらく歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、一本真っ直ぐな道が出来ているだけで、まるで霧のトンネルのような場所だ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるようだ。結晶に注目していることに気が付いたのかアルテナが解説を買って出てくれた。
「あれは、フェアドレン水晶というものです。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付きません。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいます。でも、魔物の方は"比較的"という程度ですけどね」
「なるほど。そりゃあ、四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうしな。住んでる場所くらい霧は晴らしたいよな」
どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。皆、霧が鬱陶しそうだったので、俺とアルテナの会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。
眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の"国"というに相応しい威容を感じる。
ギルが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹から視線が突き刺さる。
「警戒されてんなぁ……」
「仕方ないでしょ、一悶着あったんだし。それに僕達みたいな人間が招かれている事に動揺してるみたいだし」
門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。
ハジメとユエがポカンと口を開け、オスカーは目を見開き、エトは頬を紅潮させ目が輝いていた。俺も思わず感嘆の声を漏らしていた。その美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしくアルフレリックが正気に戻してくれたようだ。
「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」
アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。
「ええ、自然と調和した見事な街ですね」
「ん……綺麗」
「ゲームの参考資料に何枚か写真撮って行こう」
掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。
「貴方はどう思います?」
街の景観に見惚れていた俺にアルテナが話を振って来た。
「ん? あぁ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ。空気も美味い。自然と調和した見事な街だな。それに住人の皆が笑顔で幸せいっぱいって顔だ……本当にいい街だよ、ここは」
率直に感想を伝える。アルテナもここまで惚れ込んでくれるとは思っておらず、少し驚いている。周りの亜人族は隠すのをやめて、俺に向けて「そうだろうそうだろう」と頷いてケモミミや尻尾をフリフリしている。
俺達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。
────────────────────────
「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」
現在、俺とアルフレリックと向かい合って話をしていた。ハジメ達はアルテナと別の机で談話していた。俺とアルフレリックが話していた内容は、ノイントやオスカー、レリア……だったかな? から得た情報だ。そして、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれないこと等だ。
アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。
「……顔色1つ変えないんだな、てっきり絶望するかと思っていたが」
「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」
「ククク……そうかい」
神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だそうだ。
話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。
【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が〝解放者〟という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。
そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。
「なら、俺達は資格がある……てだけか」
話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメ達のいる場所は、最上階にあたり、階下にはシア達ハウリア族が待機している。どうやら、彼女達が誰かと争っているようだ。
「……一度休憩を挟まないか?」
「そうするとしよう」
階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。
階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。
「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」
必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。
しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。
「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」
「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」
「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」
「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」
「そうだ」
中々、肝座ってんなこのおっちゃん。
「……ならば、今、この場で試してやろう!」
いきり立った熊の亜人が突如、此方へ向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。
「温い……殺意も持って攻撃したんだ……覚悟は出来てるだろうな?」
指1本で止められたことに驚愕する熊の亜人。驚愕の表情を浮かべながらも危機感を覚え、必死に距離を取ろうとする熊の亜人。
「ぐっう! 何故動けん!」
「そりゃ……縛ってるからな」
繰糸で亜人を縛り上げ、拘束した状態にする。
「とりあえずは話でもしようや」
「ふざけているのか?」
「いいや? 至って真面目だ……ただお前達亜人族に忌み子についての話に興味があるだけだ」
「ふん! そんな事を話してなんに(バギィ)!?」
「うるせぇよ、黙って聞いてろ」
熊の亜人の指の骨を1本折り無理やり黙らせる。
「なぁ、お前ら亜人族は同胞……なんだろ? それを「忌み子」「悪魔の子」などと言って貶めて、未来ある若者を殺して。お前は子どもに何かあれば簡単に手をかけるのか? その子を愛しく育てた者も、その子を好きになった恋人も、その子の兄、姉、妹、弟も殺すのか?」
「そんな事はするものか!」
「しないって? なら何故ハウリア族を殺そうとした? 結局の所お前は気に入らなければ殺すだけの醜い獣だろう?」
「グッ……」
「所詮は獣は獣だな……くだらん」
熊の亜人の拘束を解く。そしてソイツの頭を掴み魔術を掛ける。
「自分がどれだけ愚かだったか思い知るといい」
バタン! 「……」
「ジン!」
「殺しはしてないぞ、悪夢を見せているだけだ」
悪夢の内容は、自分の最も大切な者が忌み子であり、その子が目の前で殺される……という内容だ。
「アルフレリック、彼奴が目覚めるまで時間がある。少し話さないか?」
「あぁ、いいだろう」
「ハジメ達はここに残っててくれ」
アルフレリックと上の階まで戻り、情報交換を行う。
牛タン食べたい。