「ハジメです」
「エトです」
「さて、前回はハウリア族の訓練の結果だったな……上々ではあったな」
「……そうだね」
「…………えぇ、何も問題はありませんね」
「今回もハウリア族が中心の話だ」
「楽しんで行ってください」
「「「魔改造ハウリアの失敗!」」」
Side 三人称
レギン・バンドンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。
もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。
だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。あのジンがたかが人間如きに屈し、処刑するはずであるハウリア族を無罪放免とした事を……レギンは、変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた。腹の底から湧き上がるそれを堪える事もなく、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の忠告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。
長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上。仇の人間の目的が大樹であることを知ったレギン達は、もっとも効果的な報復として大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と。
相手は所詮、人間と兎人族のみ。例えジンを倒したのだとしても、どうせ不意を打つなど卑怯な手段を使ったに違いないと勝手に解釈した。樹海の深い霧の中なら感覚の狂う人間や、まして脆弱な兎人族など恐るるに足らずと。レギンは優秀な男だ。普段であるならば、そのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。
だが、だとしても、己の目が曇っていたのだとしても……
「これはないだろう!?」
レギンは堪らず絶叫を上げた。なぜなら、彼の目には亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたからだ。
「ほらほらほら! 気合入れろや! 刻んじまうぞぉ!」
「アハハハハハ、豚のように悲鳴を上げなさい!」
「汚物は消毒だぁ! ヒャハハハハッハ!」
ハウリア族の哄笑が響き渡り、致命の斬撃が無数に振るわれる。そこには温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影は皆無だった。必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに叫び返した。
「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよ、お前等!!」
「こんなの兎人族じゃないだろっ!」
「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」
奇襲しようとしていた相手に逆に奇襲されたこと、亜人族の中でも格下のはずの兎人族の有り得ない強さ、どこからともなく飛来する正確無比な射撃、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方、高度な連携、そして何より嬉々として刃を振るう狂的な表情と哄笑! その全てが激しい動揺を生み、スペックで上回っているはずの熊人族に窮地を与えていた。
パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。
「レギン殿! このままではっ!」
「一度撤退を!」
「
「トントォ!?」
一時撤退を進言してくる部下に、ジンを再起不能にされたばかりか部下まで殺られて腸が煮えくり返っていることから逡巡するレギン。その判断の遅さをハウリアのスナイパーは逃さない。殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下のこめかみを弾丸が貫いた。
それに動揺して陣形が乱れるレギン達。それを好機と見てカム達が一斉に襲いかかった。
霧の中から弾丸が飛来し、足首という実にいやらしい場所を驚くほど正確に狙い撃ってくる。それに気を取られると、首を刈り取る鋭い斬撃が振るわれ、その斬撃を放った者の後ろから絶妙なタイミングで刺突が走る。
だが、それも本命ではなかったのか、突然、背後から気配が現れ致命の一撃を放たれる。ハウリア達は、そのように連携と気配の強弱を利用してレギン達を翻弄した。レギン達は戦慄する。これが本当に、あのヘタレで惰弱な兎人族なのか!? と。
しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。
しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にレギン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたレギン達をカム達が取り囲む。
「どうした〝ピッー〟野郎共! この程度か! この根性なしが!」
「最強種が聞いて呆れるぞ! この〝ピッー〟共が! それでも〝ピッー〟付いてるのか!」
「さっさと武器を構えろ! 貴様ら足腰の弱った〝ピッー〟か!」
兎人族と思えない、というか他の種族でも言わないような罵声が浴びせられる。ホントにこいつらに何があったんだ!? と戦慄の表情を浮かべる熊人族達。中には既に心が折られたのか頭を抱えてプルプルと震えている者もいる。大柄で毛むくじゃらの男が「もうイジメないで?」と涙目で訴える姿は……物凄くシュールだ。
「何か言い残すことはあるかね? 最強種殿?」
カムが実にあくどい表情で皮肉げな言葉を投げかける。闘争本能に目覚めた今、見下されがちな境遇に思うところが出てきたらしい。前のカムからは考えられないセリフだ。
「………………」
レギンは、カムの物言いに悔しげに表情を歪める。何とか混乱から立ち直ったようでその瞳には本来の理性が戻ってきていた。今は少しでも生き残った部下を存命させる事に集中しなければならないという責任感から正気に戻ったようだ。同族達を駆り立て、この窮地に陥らせたのは自分であるという自覚があるのだろう。
「私はどうなっても構わん……だが部下だけはどうか見逃してほしい」
武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。彼の部下達は、レギンの武に対する誇り高さを知っているため敵に頭を下げることがどれだけ覚悟のいることか嫌でもわかってしまう。それに対するカムの返答は……
「断る」ヒュン!
その言葉と同時にナイフを投擲するカム。レギンは反応が遅れてしまったがすんでのところで避けた。
「なぜだ!?」
呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。
「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」
カムの答えは実にシンプルだった。
「ぐっ、だが!」
「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」
「貴様らは本当にハウリア族なのか!?」
困惑するレギン達を横目にハウリア族が一斉にハンドガンやスリングショットといった武器で攻撃をする。
(くそ! このままでは皆……いや、もう手遅れだったのか……)
攻撃は苛烈さを増し、レギン達は身を寄せ合い陣を組んで必死に耐えるが……既に限界。致命傷こそ避けているものの、みな満身創痍。
「さぁ……これでトドメだ!」
カムの腕が、レギン達の命を狩り取る死神の鎌の如く振り下ろされた。一斉に放たれる弾丸と石。スローモーションで迫ってくるそれらを、レギンは、せめて目を逸らしてなるものかと見つめ続ける……
「少々目に余るぞ……貴様ら」
掃射された全ての物が弾き返される。たった1人の人間によって……
「……どういうつもりですかな、零斗殿」
「どうも何も……貴様らが敵に見えたもんでな」
「敵?」
カムの声に応えるかの様にレギン達の背後から姿を現す零斗……その目は明確な敵意と殺意を宿している。血狂いを抜いたままカム達に語りかける零斗。
「それはそうだろ……まぁ、今の貴様らに言っても無駄か」
呆れ半分、嘲笑半分といった声色で煽る零斗に、その発言を聞いて零斗に向けて殺意をぶつけるハウリア族。
「あ? なんだテメェらは? その程度の力で調子に乗りやがってよ……いっぺん死ぬか?」
「舐めた口を……総員掛かれ!」
我慢の限界だったのかカムの号令と共にハウリア族が零斗に向かい一斉に飛び掛る……が
「……遅い」
襲いかかったハウリア族の額に寸分の狂いも無く的確にゴム弾を撃ち込み戦闘不能にする零斗……結局一撃も当たることなくカムを除いた全てのハウリア族を沈めた零斗。
「ど、どうしたと言うのだ! ええい! 使えん奴らだ!」
カムはその様子を見て酷く憤慨して零斗に切り掛る。
ボゴォ「ゴハァ!」
「どうした? この程度か?」
ボディブローだけで沈むカム。と言っても並の人間なら食らっただけで即死する程の威力はある。
「何故……私は強くなった筈…………ゴフ」
口から血を吐き悶絶するカム。
「理由を教えてやろう……力を使う目的だ」
「目……的?」
「あぁ、最初にお前が言っていただろ? 『家族を守りたい』って……今のお前らは眼前の敵を殺す事が目的となっている。それじゃ、守りたい物まで傷つける……それを喜々としてやるお前らは帝国兵と同じだ」
「!? 私は……なんて事を……」
零斗の言葉を聞いたハウリア族は青ざめて、自分の口元に手を触る。そこには帝国兵と同じような笑みを浮かべていることを知った。
「ま、初めての対人戦だしな。今、気がつけたのなら、もう大丈夫だ。つーかエト達が悪いんだよな……戦える精神にするというのはわかるがやり過ぎだろこれは。戦士どころかバーサーカーの育成だろ」
ため息を零しながらエト達への不満を垂れる零斗……と、その時。
「ぐぉ!?」
「逃がしませんよ」
霧の奥からハジメがユエ達を伴って現れる。どうやら、シア達が話し合っているうちに、こっそり逃げ出そうとしたレギン達に銃撃したようである。
エトとオスカーはカム達を見ると、若干、気まずそうに視線を彷徨わせ、しかし直ぐに観念したようにカム達に向き合うと謝罪の言葉を口にした。
「すみませんでした。私が平気だったもので、すっかり殺人の衝撃ってのを失念していました……それに
「ん?」
「私からも済まなかった……」
エトとオスカーが頭を下げて謝罪する姿を見てポカンと口を開けて目を点にするカム達。
「ちょっと、待て……エト、今『移植』って言ったか?」
「あ」
思い出したかのように声を出すエト、みるみると顔は顰められていく。
「変異細胞を移植しました……」
「はぁ!? お前、なんて物をカム達に移植してんてんだよ! マジモンのバーサーカーになっちまうぞ!?」
「た、短期間で強くするにはこうする方が効率的で……本人達も了承していましたし……」
「と言うか……なんで持ってるんだよ!」
零斗が珍しく困惑した様子でエトに詰め寄り、問答する……しばらくし、落ち着いた頃にハジメが問いかける。
「零斗、その変異細胞て何?」
「……強化細胞の劣化版みたいなもんだ。強化細胞ほどの効力は無いが、適正も相性も無いから誰にでも使える」
「へ?」
「しかも、身体への負担もかなり少ない。強化細胞は身体自体を創り変えるが、変異細胞は身体のリミッターを外し、肉体の強度を上げるくらいだ……デメリットしては理性が低下して生粋の戦闘狂になる……あれは影響がかなり強く出ているな」
零斗は頭を抱えてハジメの質問に答えている。カム達は未だに謝罪の言葉を口にしたエト達に困惑している様だった。仕舞いには────
「ク、クイーン!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」
「メディーック! メディ──ク! 重傷者二名!」
「クイーン! ボス! しっかりして下さい!」
このような反応をしている。エトとオスカーは満面の笑みだが、細められた眼の奥は全く笑っていない表情でカム達を見る。
「私だって謝罪くらいはしますよ?」
「それでこの反応とは……まぁ、この際募り積もった鬱憤を晴らさないと気が済みません────わかるでしょう?」
「い、いえ。我らにはちょっと……」
カムも「あっ、これヤバイ。キレていらっしゃる」と冷や汗を滝のように流しながら、ジリジリと後退る。ハウリアの何人かが訓練を思い出したのか、既にガクブルしながら泣きべそを掻いていた。
「「取り敢えず……1発殴らせろ!」」
わぁああああ──!!
ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。一人も逃がさんと後を追うエトとオスカー。
「さて、あとはお前らの処分だな……潔く死ぬのと、生き恥晒しても生き残る……どちらか好きな方を選べ」
「……どういう意味だ。我らを生かして帰すというのか?」
「ああ、望むなら帰っていいぞ? 但し、条件があるがな」
「条件?」
あっさり帰っていいと言われ、レギンのみならず周囲の者達が一斉にざわめく。
「ああ、条件だ。フェアベルゲンに帰ったら長老衆にこう言え」
「……伝言か?」
条件と言われて何を言われるのかと戦々恐々としていたのに、ただのメッセンジャーだったことに拍子抜けするレギン。しかし、言伝の内容に凍りついた。
「"貸一つ"てな」
「ッ!? それはっ!」
「5秒以内に決めろ……1秒過ぎる事にお前の部下を一人ずつ殺していくからな」
零斗が「1……2……」と数えだす。するとレギンは慌てて、しかし意を決して返答する。
「わ、わかった。我らは帰還を望む!」
「そうかい。じゃあ、さっさと帰れ。伝言はしっかりな。もし、取立てに行ったとき惚けでもしたら……」
零斗から、強烈な殺意が溢れ出す。もはや物理的な圧力すら伴っていそうだ。ゴクッと生唾を飲む音がやけに鮮明に響く。
「その日がフェアベルゲンの最後だと思え」
まるでタチの悪い借金取り、いやテロリストの類にしか見えなかった。後ろの方でシアが「零斗さんも大概ヤベぇ奴ですぅ」と零してる。
「さて、エト達が帰ってくるまでは暇だな……ハジメー、ポーカーしようぜぇ〜」ゴスッ!
「ハギュン!」プシュー
先程の威圧は何処へ行ったのか、異空間収納からトランプを取り出して、ハジメの元へと向かっていく。去り際にシアにゲンコツをする零斗。
「一体なんなのだ……あいつは……」
(ぎゃああああああ!)
どうやら1人目の犠牲者が出たようだ……しばらくの間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。
後に残ったのは、零斗のゲンコツを喰らい、頭から煙を出し特大のタンコブが出来ていると………
「……何時になったら大樹に行くの?」
「……何時になったら大樹の元へ行くのでしょう?」
すっかり蚊帳の外だったユエとアルテナの呟きだけだった。
最近和菓子作りにハマりました。