「ハジメでーす」
「ん、ユエ」
「前回はフューレンに向けて出発したな」
「……僕達の呼び名酷すぎない?」
「でも、間違ってない」
「間違ってるよ!」
「挑んできた連中のメンタルブレイクをしてる奴が何言ってんだか……」
「今回はフューレンへ向かう道中の話が中心だ」
「楽しんで」
「「「冒険者らしい仕事!」」」
Side 零斗
ブルックの街を後にしてから三日、俺たちは約六日であるフューレンへの道の半分ほどを踏破していた。
日の出前に出発し、日が沈む前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと三回。
今日も、特に何もないまま野営の準備となった。冒険者達の食事関係は自腹である。周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。別々に食べるのは暗黙のルールになっているようだ。そして、冒険者達も任務中は酷く簡易な食事で済ませてしまう。ある程度凝った食事を準備すると、それだけで荷物が増えて、いざという時邪魔になるからなのだという。代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのがセオリーなのだとか。
そんな話を、この二日の食事の時間にハジメ達は他の冒険者達から聞いていた。俺達が用意した豪勢なシチューモドキをふかふかのパンを浸して食べながら。
「カッ──、うめぇ! ホント、美味いわぁ~、流石シアちゃん! もう、亜人とか関係ないから俺の嫁にならない?」
「ガツッガツッ、ゴクンッ、ぷはっ、てめぇ、何抜け駆けしてやがる! シアちゃんは俺の嫁!」
「はっ、お前みたいな小汚いブ男が何言ってんだ? 身の程を弁えろ。ところでエトちゃん、町についたら一緒に食事でもどう? もちろん、俺のおごりで」
「な、なら、俺はユエちゃんだ! ユエちゃん、俺と食事に!」
「ミレディちゃんのスプーン……ハァハァ」
(ダメだこの変態ども……早くなんとかしないと…………無理か)
うまうまと俺とシアが調理したシチューをを次々と胃に収めていく冒険者達。
初日に、彼等が干し肉やカンパンのような携帯食料をもそもそ食べている横で、普通に〝宝物庫〟から取り出した食器と材料を使い料理を始めた俺達。いい匂いを漂わせる料理に自然と視線が吸い寄せられて、ハジメ達が熱々の食事をハフハフしながら食べる頃には、全冒険者が涎を滝のように流しながら血走った目で凝視するという事態になり、物凄く居心地が悪くなったシアが、お裾分けを提案した結果、今の状態になった。
ハイエナの如き彼等を前に、俺とハジメは平然と飯を食っていた。当然の如くお裾分けするつもりはない。しかし、料理担当の半分を担っているシアにお裾分けを提案されて断れるはずもなかった。
それからというもの、冒険者達が食事の時間には池の鯉の群れのように群がってくるのだが、最初は恐縮していた彼等も次第に調子に乗り始め、ことある事にエトやユエ達を軽く口説くようになったのである。
もう色々と面倒だし、気に入らないので威圧して黙らせる。
「……いい加減にして貰えますか?次彼女達を口説く事があれば犬の餌になってもらいますからね?」
「「「「「調子に乗ってすんませんっしたー!」」」」」
見事なハモリとシンクロした土下座で即座に謝罪する冒険者達。彼等のほとんどは、俺よりも年上でベテランの冒険者なのだが、そのような威厳は皆無だった。
「まったく……」
「零斗、口を開けてください」
「?はい……ムグッ」
エトに言われたように口を開くと、串焼き肉を突っ込まれた。美味いね、焼き加減も丁度いいし……………………これは『あーん』てやつで?
「……美味しいですか?」
「えぇ、とても美味しいですよ」
この様子を見せつけられている男達の心の声は見事に一致しているだろう。すなわち「頼むから爆発しろ!!」であろう。
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それから二日。残す道程があと一日に迫った頃、遂にのどかな旅路を壊す無粋な襲撃者が現れた。
最初にそれに気がついたのはシアだ。街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。
「敵襲です! 数は三百以上! 森の中から来ます!」
シアの叫びに、冒険者達の間に一気に緊張が走る。現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。何せ、大陸一の商業都市へのルートなのだ。道中の安全は、それなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、普通は二十体前後、多くても四十体くらいが限度のはずなのだ。
「くそっ、三百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」
護衛隊のリーダーであるガリティマは、そう悪態をつきながら苦い表情をする。
「ハジメ、1つ勝負といきませんか?」
「え?どんな?」
「あの魔物をどちらが多く倒せるか……負けた方は罰ゲームありで。どうです?」
「乗った!」
ハジメと共に馬車を降りて、魔物が向かってきている方に歩いていく。
「お、おい!2人だけじゃ無理だ!」
「問題ありませんよ?」
「え?」
「……心配するだけ無駄ですよ」
この程度の量なら特に問題は無いし、そろそろ身体も訛りそうだしね。
「彼の者、常闇に紅き光をもたらさん、古の牢獄を打ち砕き、障碍の尽くを退けん、最強の片割れたるこの力、彼の者と共にありて、天すら呑み込む光となれ、〝雷龍〟」
凛とした声が背後から聴こえ、目の前を雷で出来た龍が通り過ぎた。その姿は、蛇を彷彿とさせる東洋の龍だ。
「……退避!」
「ほァァァァァ!?」
急いでその場から飛び退き、馬車まで走る。そして、天よりもたらされる裁きの如く、ユエの細く綺麗な
ゴォガァァァァ!!!
「うわっ!?」
「どわぁあ!?」
「きゃぁあああ!!」
雷龍が、凄まじい轟音を迸らせながら大口を開くと、何とその場にいた魔物の尽くが自らその顎門へと飛び込んでいく。そして、一瞬の抵抗も許されずに雷の顎門に滅却され消えていった。
更には、ユエの指揮に従い、雷龍は魔物達の周囲をとぐろを巻いて包囲する。逃走中の魔物が突然眼前に現れた雷撃の壁に突っ込み塵となった。逃げ場を失くした魔物達の頭上で再び、落雷の轟音を響かせながら雷龍が顎門を開くと、魔物達は、やはり自ら死を選ぶように飛び込んでいき、苦痛を感じる暇もなく、荘厳さすら感じさせる龍の偉容を最後の光景に意識も肉体も一緒くたに塵へと還された。雷龍は、全ての魔物を呑み込むと最後にもう一度、落雷の如き雄叫びを上げて霧散した。
隊列を組んでいた冒険者達や商隊の人々が、轟音と閃光、そして激震に思わず悲鳴を上げながら身を竦める。
ようやく、その身を襲う畏怖にも似た感情と衝撃が過ぎ去り、薄ら目を開けて前方の様子を見ると……そこにはもう何もなかった。あえて言うならとぐろ状に焼け爛れて炭化した大地だけが、先の非現実的な光景が確かに起きた事実であると証明していた。
「……ん、やりすぎた」
「ユエさん!何してくれやがってんです!?」
「危うく巻き込まれる所だったよ!?」
下手したら俺とハジメも巻き込まれていたかもしれない……詠唱が無ければ間違いなく直撃していたであろう。
「おいおいおいおいおい、何なのあれ? 何なんですか、あれっ!」
「へ、変な生き物が……空に、空に……あっ、夢か」
「へへ、俺、町についたら結婚するんだ」
「動揺してるのは分かったから落ち着け。お前には恋人どころか女友達すらいないだろうが」
「魔法だって生きてるんだ! 変な生き物になってもおかしくない! だから俺もおかしくない!」
「いや、魔法に生死は関係ないからな? 明らかに異常事態だからな?」
「なにぃ!? てめぇ、ユエちゃんが異常だとでもいうのか!? アァン!?」
「落ち着けお前等! いいか、ユエちゃんは女神、これで全ての説明がつく!」
「「「「なるほど!」」」」
ユエの魔法が衝撃的過ぎて、冒険者達は少し壊れ気味のようだった。それも仕方がないだろう。何せ、既存の魔法に何らかの生き物を形取ったものなど存在しないのだ。まして、それを自在に操るなど国お抱えの魔法使いでも不可能だろう。雷を落とす〝雷槌〟を行使出来るだけでも超一流と言われるのだから。
「もう、どうにでもなれ……」バタン
「もう疲れたよ、レトラッシュ」キュー
ハジメと同時に前のめりで倒れ込む……あぁ、癒しが欲しいよ………………
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「……んっ、ここは?」
気絶から目を覚ますと、野営の準備がされていた。
「あ、起きた」
「ミレディ?」
「君、2日も寝込んでたよ?」
「……え?」
スマホを確認すると、本当に2日経っていた。ユエが、全ての商隊の人々と冒険者達の度肝を抜いた日以降、特に何事もなく、一行は遂に中立商業都市フューレンに到着した。
「迷惑をおかけして様で……すみません」
「いいのいいの!あれは、まぁ……仕方ないかな?」
ミレディに寝ている間に起きた事を確認していると、モットーがやって来た。何やら話があるようだ。
「体調はどうです?」
「問題ありません、心配を掛けてしまったようで……申し訳ない」
「大事が無くて良かったですよ……フューレンに入れば更に問題が増えそうですね。やはり、彼女を売る気は……」
さりげなくシアもアルテナの売買交渉を申し出るモットーだった。どんだけ粘着質なんだよ……
「言った筈です、彼女達を売る気は無いと……それにその話が本題では無いでしょう?」
「いえ、似たようなものですよ。売買交渉です。貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」
〝喉から手が出るほど〟そう言いながらもモットーの笑っていない眼をみれば〝殺してでも〟という表現の方がぴったりと当てはまりそうである。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が一気に解決するのだ。無理もないだろう。
野営中に〝宝物庫〟から色々取り出している光景を見たときのモットーの表情と言ったら、砂漠を何十日も彷徨い続け死ぬ寸前でオアシスを見つけた遭難者のような表情だった。
「何度言われようと、何一つ譲る気はありません。執拗い男性は嫌われますよ?」
「しかし、そのアーティファクトは一個人が持つにはあまりに有用過ぎる。その価値を知った者は理性を効かせられないかもしれませんぞ? そうなれば、かなり面倒なことになるでしょなぁ……例えば、彼女達の身にッ!?」
モットーが、少々、狂的な眼差しでチラリと脅すように屋根の上にいるシア達に視線を向ける。そんなモットーの額にツォルンを突き付ける。これ以上は流石に容認出来んな。
「……その発言は宣戦布告と捉えますが、問題ありませんか?」
酷く冷たい声色で告げる。モットーは全身から冷や汗を流し必死に声を捻り出す。
「ち、違います。どうか……私は、ぐっ……あなたが……あまり隠そうとしておられない……ので、そういうこともある……と。ただ、それだけで……うっ」
モットーの言う通り、俺達はアーティファクトや実力をそこまで真剣に隠すつもりはなかった。別段問題無いし、奪い取ろうとする連中はねじ伏せるだけだしね。
「そうですか、ではそういう事にしておきます」
ツォルンをホルダーに仕舞う。モットーはその場に崩れ落ちた。大量の汗を流し、肩で息をしている。
「貴方が何をしようが私達には関係はありません。誰かに言いふらして、その方たちがどんな行動を取っても構わない。ただ、敵意をもって私の前に立ちはだかったなら……生き残れると思うな。国だろうが世界だろうが関係ない。全て血の海に沈めてやる」
「……はぁはぁ、なるほど。割に合わない取引でしたな……」
未だ青ざめた表情ではあるが、気丈に返すモットーは優秀な商人だろう。それに道中の商隊員とのやりとりから見ても、かなり慕われているようであった。本来は、ここまで強硬な姿勢を取ることはないのかもしれない。彼を狂わせるほどの魅力が、俺やハジメの持つアーティファクトにあったということだろう。
「私も耄碌したものだ。欲に目がくらんで竜の尻を蹴り飛ばすとは……」
"竜の尻を蹴り飛ばす"とは、この世界の諺で〝手を出さなければ無害な相手にちょっかい掛けて返り討ちに遭う愚か者〟という意味である。
竜とは竜人族を指していて、全身を強固な鱗で覆っているが、尻穴の付近に鱗がなく弱点となっている。防御力の高さ故に眠りが深く、一度眠ると余程のことがなければ起きないのだが、弱点の尻を刺激されると一発で目を覚まし烈火の如く怒り狂うという。昔、何を思ったのか、それを実行して叩き潰された阿呆がいたとか。そこからちなんで、手を出さなければ無害な相手にわざわざ手を出して返り討ちに遭う愚か者という意味で伝わるようになったという。
ちなみに、竜人族は、五百年以上前に滅びたとされている。理由は定かではないが、彼等が〝竜化〟という固有魔法を使えたことが魔物と人の境界線を曖昧にし、差別的排除を受けたとか、半端者として神により淘汰されたとか、色々な説がある。
「とんだ失態を晒しましたが、ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなたは普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」
「……本当に商魂が逞しいですね」
呆れた視線を向けられながら、「では、失礼しました」と踵を返し前列へ戻っていくモットー。
なんかハジメ君を気絶させるのが伝統芸みたいになってきてるね。