「シアです!」
「アルテナです」
「前回は零斗と鏡花さんが恭弥さんと戦闘してたね」
「やっぱり零斗さん化け物ですぅ……」
「……鏡花さんも結構人間離れした動きをしていましたね」
「零斗達が本気で喧嘩したら世界の一つでも滅びそうだね……」
「今回は黒竜との戦闘です」
「楽しんでいってねください!」
「「「黒竜討伐!」」」
Side 三人称
零斗と鏡花、エトが鎧の男を追ったと同時に黒竜は火炎弾を放って、ウィルを狙い撃ちにする。
「……中々の威力だね」
オスカーが"黒傘"で火炎弾を防ぎ、お返しとばかりに黒傘に仕込まれた魔法陣を作動させる。黒傘から放たれた、炎弾や風刃は弧を描いて黒竜に殺到する。
「ゴォアアア!!」
竜の咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。しかも、その咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、女子生徒達に至っては尻餅までついている。
ハジメは、愛子にこの場所から離れるよう声を張り上げた。逡巡する愛子。ハジメとて愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと、教師であろうとするが故の迷いを生じさせる。
その間に、周囲の川の水を吹き飛ばしながら黒竜は翼をはためかせて上空に上がろうとした。しかも、ご丁寧にウィルに向けて火炎弾を連射しながら。
ハジメも先程からレールガンを連射しているのだが、一向に注意を引けない。黒竜の竜鱗は、かつてのサソリモドキを彷彿とさせる硬度を誇っており、レールガンの直撃を受けても表面を薄く砕く程度の効果しかないようだ。
「ユエ!ウィル君の守りに専念して!シアさん達はユエの援護を!」
「んっ、任せて!」
「了解ですぅ!」
ユエは、ハジメの指示を聞くとウィルの方へ〝落ちる〟ことで急速に移動し、その前に立ちはだかった。チラリと後ろを振り返り、愛子と生徒達を見ると、こういう状況で碌に動けていない事に苛立ちをあらわにしつつ不機嫌そうな声で呟いた。
「……死にたくないなら、私の後ろに」
「危ないのでじっとしといてくださいね」
本来なら、生徒達もそれなりに戦えるだけの実力は持っている。しかし、あの日のハジメと零斗の奈落落ちによる〝死〟というものを実感した彼等の心にはトラウマが植え付けられていた。愛子について来たのも、勇者組のように迷宮最前線での戦闘は出来ないが、じっともしていられないという中途半端さの現れでもあったのである。
そのため、黒竜に自分達の魔法が効かず、殺意たっぷりの咆哮を浴びせられ、すっかり心が折れており、とても、戦える精神状態ではなかった。
ハジメは、ユエ達がいる以上、ウィルの安全は確保されたと信じて攻撃に集中する。黒竜は、空中に上がり、未だ、ユエが構築した防御壁の向こうにいるウィルを狙って防壁の破壊に集中している。しかし、火炎弾では、防壁を突破できないと悟ったのか再び仰け反り、口元に魔力を集束し始めた。
「ここまで無視されるとちょっとイラつくね……無理やりこっちに意識向けさせてやるよ、羽付きトカゲ」
……うーむ、口が悪いね。しかも羽付きトカゲとか最大限の罵倒じゃん。
ハジメはドンナーをホルスターにしまうと、〝宝物庫〟からシュラーゲンを虚空に取り出した。即座に〝纏雷〟を発動し、三メートル近い凶悪なフォルムの兵器が紅いスパークを迸らせる。黒竜は、流石に、ハジメの次手がマズイものだと悟ったのか、その顎門の矛先をハジメに向けた。ハジメの思惑通り、無視出来なかったようだ。
死を撒き散らす黒竜のブレスが放たれたのと、ハジメのシュラーゲンが充填を終え撃ち放たれたのは同時だった。
共に極大の閃光。必滅の嵐。黒と紅の極光が両者の中間地点で激突する。衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、周囲の木々を根元から薙ぎ倒した。威力だけなら、おそらく互角。
「せぇら!」
「グルァアアア?!」
いつの間にか竜の懐に潜り込んでいたエトが竜の腹を蹴りあげて、ブレスを中断させる。竜が痛みに耐えている間に、今度はシュタル鉱石製フルメタルジャケットの弾丸が黒竜の顎門を襲った。しかし、致命傷には程遠かった。ブレスの威力に軌道が捻じ曲げられたようで、鋭い牙を数本蒸発させながら、頭部の側面ギリギリを通過し、背後ではためく片翼を吹き飛ばすに止まった。
「グルァアアア!!」
痛みを感じているのか悲鳴を上げながら錐揉みして地に落ちる黒竜。ハジメは落下地点を予測して、駆け出す。黒竜をそれを予期してか火炎弾を放ってくるが、ハジメはそれら全てをドンナーで撃ち落とす。
ハジメは〝空力〟と〝縮地〟を併用し、縦横無尽に空を駆ける、いつしか残像すら背後に引き連れながら、ヒット&アウェイの要領で黒竜をフルボッコにしていく。ドンナー・シュラークで爪、歯茎、眼、尻尾の付け根、尻という実に嫌らしい場所を中距離から銃撃したかと思えば、今度は接近し〝振動粉砕〟+〝豪腕〟のコンボで頭部や脇腹をメッタ打ちにした。
「クルゥ、グワッン!」
若干、いや、確実に黒竜の声に泣きが入り始めている。鱗のあちこちがひび割れ、口元からは大量の血が滴り落ちている。
「すげぇ……」
ハジメの戦闘をユエの後ろという安全圏から眺めていた玉井淳史が思わずと言った感じで呟く。言葉はなくても、他の生徒達や愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るようにハジメを見つめている。
「これで……トドメ!」
一瞬で黒竜の懐に潜り込むと、〝豪脚〟を以て蹴り上げ、再び仰向けに転がした。
「……目標沈黙。どうやら気絶した様ですね……お疲れ様です、ハジメ君」
「あ、ありがとうございます」
その場に座り込んでいたハジメは、エトに手を引かれる形で立ち上がり、竜の元まで歩く。
「この竜、どうしますか?」
「話だけでも聞いておきましょうか」
ハジメは黒竜の背後に回ると、〝宝物庫〟からパイルバンカー用の大杭を取り出す。大杭を肩に担いで黒竜の尻尾の付け根の前に陣取った。そして、まるでやり投げの選手のような構えを取る。手には当然、パイルバンカーの杭だ。
全員が、ハジメのしようとしていることを察し、頬を引き攣らせた。起こすといって、
そして遂に、ハジメのパイルバンカーが黒竜の〝ピッー〟にズブリと音を立てて勢いよく突き刺さった。と、その瞬間、
〝アッ────!!なのじゃああああ────!!!〟
くわっと目を見開いた黒竜が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。本当なら、半分ほどめり込んだ杭に、更に鉄拳をかましてぶち抜いてやろうと考えていたハジメだが、明らかに黒竜が発したと思われる悲鳴に、流石に驚愕し、思わず握った拳を解いてしまった。
〝お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~〟
黒竜の悲しげで、切なげで、それでいて何処か興奮したような声音に全員が「一体何事!?」と度肝を抜かれ、黒竜を凝視したまま硬直する。
「……どういう状況?」
「あ、零斗……そっちこそどういう状況なの?」
森の奥から恭弥に担がれた状態の零斗と少しだけ目を腫らした鏡花が現れる。
〝ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~〟
何とも情けない声が響いていた。声質は女だ。直接声を出しているわけではなく、広域版の念話の様に響いている。竜の声帯と口内では人間の言葉など話せないから、空気の振動以外の方法で伝達しているのは間違いない。
「えっと……竜人族で間違いありませんか?」
〝む? いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ? だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が〟
ハジメがまさかと思いつつ黒竜にした質問の答えは予想通りの大正解だった。
「何故こんな所に?五秒以内に答えてください」
〝いや、そんなことよりお尻のそれを……魔力残量がもうほとんど……ってアッ、止めるのじゃ! ツンツンはダメじゃ! 刺激がっ! 刺激がっ~!〟
零斗の質問を無視して自分の要望を伝える黒竜に、零斗は「こちらが質問している時に要求とは……さっさと答えなさい」とヤクザのような態度で黒竜のお尻から生えている杭を拳でガンガンと叩く。直接体の内側に衝撃が伝わり、悲鳴を上げて身悶える黒竜。
「滅んだ筈の竜人族が何故こんな辺境で冒険者を襲っていたんですか?早く話さないと、もう一本追加でぶち込みますよ?」
伝説の竜人族の行動にしては余りに不自然なので、本来敵であるなら容赦はしないのだが、少し猶予して話を促す。ハジメは片手で杭をぐりぐりしながら。
〝あっ、くっ、ぐりぐりはらめぇ~なのじゃ~。は、話すから!〟
ハジメの所業に、周囲の者達が完全にドン引きしていたがハジメは気にしない。このままでは話が出来なさそうなので、ぐりぐりは止めてやるハジメ。しかし、片手は杭に添えられたままだ。黒竜は、ぐりぐりが止まりホッとしたように息を吐く。そして、若干急ぎ気味に事情を話し始めた。その声音に艶があるような気がするのは気のせいだろうか。
〝妾は、操られておったのじゃ。お主等を襲ったのも本意ではない。仮初の主、あの男にそこの青年と仲間達を見つけて殺せと命じられたのじゃ〟
黒竜の視線がウィルに向けられる。ウィルは、一瞬ビクッと体を震わせるが気丈に黒竜を睨み返した。ハジメの戦いを見て、何か吹っ切れたのかもしれない。
「どういう事か話してください」
黒竜の話では、ある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出して来たらしい。その目的が、異世界からの来訪者の調査である。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。
竜人族は表立った行動はしない、関わらないという種族の掟があるのだが、流石に、未知の来訪者の情報が何もないまま放置するのは、自分達にとっても不味いのではないか? という議論の末、調査が決定されたそうだ。
その調査の目的で、彼女は集落から出てきたらしい。本来は、山脈を越えた後、人型で市井に紛れ込み、竜人族であることを秘匿して情報収集を行う予定だったが、その前に一度しっかり休息をと思い、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休憩したようだ。当然、周囲には魔物もいるので竜人族の代名詞たる固有魔法〝竜化〟により黒竜状態で。
と、睡眠状態に入った黒竜の前に一人の男が現れた。その男は、眠っているティオに洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。
当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だ。だが、竜人族は竜化して眠ると満足しない限り起きないという悪癖があるのだ。それこそよほどの衝撃が無い限り。だが、竜人族は精神力も強靭なタフネスを誇る故、そう簡単に操られたりはしない。
では、なぜ、ああも完璧に操られたのか。それは……
〝恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……〟
一生の不覚! と言った感じで悲痛そうな声を上げる黒竜。しかし、零斗は冷めた目でツッコミを入れる。
「つまり、調査で来ておいてその職務を放棄して、しかも魔法を掛けられても気づく事もなく熟睡していた……と?」
全員の目が、何となくバカを見る目になる。黒竜は視線を明後日の方向に向け、何事もなかったように話を続けた。ちなみに、なぜ丸一日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るところ、本人が「丸一日もかかるなんて……」と愚痴を零していたのを聞いていたからだ。
その後、ローブの男に従い、二つ目の山脈以降で魔物の洗脳を手伝わされていたのだという。そして、ある日、一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていたため、これを追いかけた。うち一匹がローブの男に報告に向かい、万一、自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期して黒竜を差し向けたらしい。
が、気がつけばハジメにフルボッコにされて、ケツに杭ぶち込まれた事で完全に洗脳が吹っ飛んで覚醒したらしい。
「……ふざけるな」
事情説明を終えた黒竜に、そんな激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。皆が、その人物に目を向ける。拳を握り締め、怒りを宿した瞳で黒竜を睨んでいるのはウィルだった。
「……操られていたから……ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを! 殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」
どうやら、状況的に余裕が出来たせいか冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がったらしい。激昂して黒竜へ怒声を上げる。
〝……〟
対する黒竜は、反論の一切をしなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。その態度がまた気に食わないのか
「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」
〝……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない〟
なお、言い募ろうとするウィル。それに口を挟んだのは零斗だ。
「彼女の言っている事は嘘ではありませんよ」
「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」
食ってかかるウィルを一瞥すると、零斗は懐から紅い宝石の嵌め込まれたブローチを取り出す。
「これは他者の嘘に反応して、光る代物です。それに竜人族は高潔で清廉なんです、その彼女が『竜人族の誇りにかけて』と言うことは嘘では無い事の証明です」
零斗の言葉に押し黙るウィル。ウィルは悔しげに歯噛みし、強く拳を握る。
「……それに嘘を付く者がここまで綺麗な目はしませんからね」
人を殺し続ける内に、相手がどんなに外面を取り繕ったって、その裏にある悪辣な感情が読み取れる様になった零斗。その言葉はその場にいた皆を納得させるだけと威力があった。
「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」
頭では黒竜の言葉が嘘でないと分かっている。しかし、だからと言って責めずにはいられない。心が納得しない。ハジメ達は内心、「また、見事なフラグを立てたもんだな」と変に感心しながら、ふとここに来るまでに拾ったロケットペンダントを思い出す。
「ウィル君、これゲイルさんの持ち物ですか?」
零斗はそう言って、取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げた。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめ嬉しそうに相好を崩す。
「これ、僕のロケットじゃないですか! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」
「君のでしたか……」
「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」
「……あ、そういう子でしたか」
写真の女性は二十代前半と言ったところなので、それはなぜか聞くと、「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と、まるで自然の摂理を説くが如く素で答えられた。その場の全員が「ああ、マザコンか」と物凄く微妙な表情をした。女性陣はドン引きしていたが……
「あ、そういうば……貴方、名前は?」
〝その前に、取り敢えずお尻の杭だけでも抜いてくれんかの? このままでは妾、どっちにしろ死んでしまうのじゃ〟
「要望の多い竜ですね……ほら、ハジメ抜いてあげなさい」
ハジメは若干嫌そうな顔をしながらも、黒竜の尻に刺さっている杭に手をかけた。そして、力を込めて引き抜いていく。
〝はぁあん! ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~〟
みっちり刺さっているので、何度か捻りを加えたり、上下左右にぐりぐりしながら力を相当込めて引き抜いていくと、何故か黒竜が物凄く艶のある声音で喘ぎ始めた。ハジメは、その声の一切を無視して容赦なく抉るように引き抜く。
ズボッ!!
〝あひぃい──ー!! す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……〟
そんな訳のわからないことを呟く黒竜は、直後、その体を黒色の魔力で繭のように包み完全に体を覆うと、その大きさをスルスルと小さくしていく。そして、ちょうど人が一人入るくらいの大きさになると、一気に魔力が霧散した。
黒き魔力が晴れたその場には、両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支えながら、もう片手でお尻を押さえて、うっとりと頬を染める黒髪金眼の美女がいた。腰まである長く艶やかなストレートの黒髪が薄らと紅く染まった頬に張り付き、ハァハァと荒い息を吐いて恍惚の表情を浮かべている。
見た目は二十代前半くらいで、身長は百七十センチ近くあるだろう。見事なプロポーションを誇っており、息をする度に、乱れて肩口まで垂れ下がった衣服から覗く二つの双丘が激しく自己主張している。
黒竜の正体が、やたらと艶かしい美女だったことに特に男子が盛大に反応している。思春期真っ只中の男子生徒三人は、若干前屈みになってしまった。このまま行けば四つん這い状態になるかもしれない。女子生徒の彼等を見る目は既にゴキブリを見る目と大差がない。
「ハァハァ、うむぅ、助かったのじゃ……まだお尻に違和感があるが……それより全身あちこち痛いのじゃ……ハァハァ……痛みというものがここまで甘美なものとは……」
何やら危ない表情で危ない発言をしている黒竜は、気を取り直して座り直し背筋をまっすぐに伸ばすと凛とした雰囲気で自己紹介を始めた。まだ、若干、ハァハァしているので色々台無しだったが……
「面倒をかけた。本当に、申し訳ない。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族クラルス族の一人じゃ」
「……ティオさんですね。よろしくお願いします」
零斗は眉間に皺を寄せながらもティオと握手を交わす。
「……ほぅ、そういう事ですか……中々に面倒な事をしてくれましたね」
「?どうしたのじゃ?」
「気にしなくて結構です」
ティオは次いで、黒ローブの男が、魔物を洗脳して大群を作り出し町を襲う気であると語った。その数は、既に三千から四千に届く程の数だという。
ティオが言うには黒ローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。それに、黒竜たるティオを配下にして浮かれていたのか、仕切りに「これで自分は勇者より上だ」等と口にし、随分と勇者に対して妬みがあるようだったという。
黒髪黒目の人間族の少年で、闇系統魔法に天賦の才がある者。ここまでヒントが出れば、流石に脳裏にとある人物が浮かび上がる。愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったところだろう。
「……ティオさん、数え間違えてません?桁が二つほど足りない様ですよ?」
零斗がスマホでオルニスから送らてくる映像を確認し、全員に伝える。既に進軍を開始している。方角は間違いなくウルの町がある方向。このまま行けば、半日もしない内に山を下り、一日あれば町に到達するだろう。
「は、早く町に知らせないと! 避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」
事態の深刻さに、愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。チートスペックとは言えトラウマ抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。なので、愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。
と、皆が動揺している中、ふとウィルが呟くように尋ねた。
「あの、レイト殿なら何とか出来るのでは……」
「まぁ、出来ますね……ですが今ここで戦闘となると厳しいですね。保護対象の貴方を守りながらやらなくてはなりませんし、立地もかなり悪いですね」
零斗の言葉に押し黙る一同。後押しするようにティオが言葉を投げかけた。
「まぁ、彼の言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何もできん。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ回復するはずじゃしの」
愛子も、確かに、それが最善だと清水への心配は一時的に押さえ込んで、まずは町への知らせと、今、傍にいる生徒達の安全の確保を優先することにした。
ティオが、魔力枯渇で動けないのでハジメが抱えて歩いて行く。実は、誰がティオを背負っていくかと言うことで男子達が壮絶な火花を散らしたのだが、それは女子達によって却下され、ティオ本人の希望もあり、ハジメが運ぶ事になった。
そこで、おんぶや引き摺りもせずに易々とお姫様抱っこをするが天然タラシのハジメクオリティーである。ティオは予想外だったのか顔を真っ赤にしていた。
一行は、背後に大群という暗雲を背負い、急ぎウルの町に戻る。
魔王化してないハジメ君て天然タラシに見えません?少なくとも私はそう見えます。