「初めまして。遠藤浩介だ」
「前回は……うん、柊人がやれちゃったね……」
「まだ、死んだどうかは分からないからさ、希望はある筈だ……」
「うん、そう…だよね……」
「……今回は私と遠藤君の話だよ」
「楽しんでくれ」
「「一握りの希望を……」」
Side 悠花
「まだ追手は……来てないね」
壁から耳を離して、呟く。今のところ、それらしい気配や足音はしない。
(ラピスは柊人がどうにかしてくるとして……今、私が出来るのはここにいる全員を生還させる事……癪だけど天之河君だけはなんとしてでも生かさなきゃいけない……)
内心でため息を付きつつ、周囲を見渡す。魔人族の使役してた魔物との戦闘で傷を負った子達を懸命に治療している香織ちゃんが目に入る。
(……ここには零斗も柊人も恭弥も居ない……私がしっかりしなきゃだよね)
思考を切り替えて、逃走経路を組み立てる。
「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」
「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」
通路の奥から野村君と辻ちゃんが歩いてきた。
「二人ともおつかれ〜!悠花お姉ちゃんからご褒美の飴を贈呈しよう!」
「ありがとうね、悠花ちゃん」
「ムフフ〜、もっと褒めるが良い!」
得意げに胸を張る私を見て、二人が笑みを浮かべている事に気がつく。ん?何だろうこの感じ……まるで小さい子供を見るような温かい眼差し……あれっ、なんかすっごい恥ずかしいぞ!?︎
「そっちもお疲れ様、ここまで来る時にあった魔物達、全部倒してくれて」
「まぁ、魔物がミンチより酷い事になってたせいで何人か吐いてたけどな……」
苦笑いしながら野村君はそう言った。私は咄嵯に目を逸らした。
「と、兎に角!お疲れ様、野村君。これで少しは時間が稼げそうだね」
「……だといいんだけど。もう、ここまで来たら回復するまで見つからない事を祈るしかないな。浩介の方は……あっちも祈るしかないか」
「きっと、大丈夫だよ。浩介君の影の薄さなら魔物すら、素通りして行きそうだし」
「それはそれでどうなんだ?」
近くにいた永山君が、ぼそりと呟く。ここにはいないクラスメイトの地味なディスりに、私たちは全員苦笑いになってしまった。
「私、白崎さんたちの手伝いしてくるね」
「おう」
香織ちゃんたちの助力に向かう辻さんの後ろ姿を、複雑な顔で見る野村君。もしかしてぇ?
「おやおやぁ?もしかしなくてもぉ?野村少年は辻ちゃんの事が好きなのかなぁ?」
「……うっさい」
顔を赤くする野村君に思わずニヤケてしまう。青春だねぇ……
●○●
Side 浩介
走る……走る……走る……
ひたすらに走り続ける。一分一秒でも早く、メルドさんの元まで行かないと……
肺が焼ける様に痛む。それでも足を止める訳にはいかない。俺のせいで誰かが死んだなんて事になったら…… 脳裏に浮かぶ最悪の想像を振り払いながら、ただ前を向いて走った。
(あと……少しで……メルドさんの待機してる……部屋……ッ!?)
突如目の前に現れた巨大な火球。それが着弾する前に横へ飛ぶ。一瞬前まで自分が立っていた場所を通り過ぎた火球はそのまま壁に激突すると轟音を響かせて爆発した。
「もう追いついて……クソッ!」
悪態をつきつつ、周囲を見渡す。そして、視界に入ったそれに戦慄する。そこには、数十体に及ぶ魔物の姿があったからだ。息を整える。このままではジリ貧だ……何とかして打開策を考えないと……
「チッ、一人だけか……逃げるなら転移陣のある部屋まで来るかと思ったんだけど……様子から見て、どこかに隠れたようだね」
髪を苛立たしげにかきあげながら、四つ目狼の背に乗って現れた魔人族の女。
「まぁ、任務もあるし……さっさとあんたら殺して探し出すかね」
直後、一斉に魔物が襲いかかった。キメラが空間を揺らめかせながら突進し、黒猫が疾風となって距離を詰める。ブルタールモドキが、メイスを振りかぶりながら迫り、四つ目狼が後方より隙を覗う。
(今は生還するの事が優先……無駄な戦闘は避けて、体力を温存して少しでも早く伝えなきゃならねぇってのに!)
俺は、舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、迎撃態勢をとる。
「浩介!!!」
「えっ……」
聞き覚えのある声に振り返ると、こちらに向かって駆けてくるメルドさんやアランさん達の姿が見えた。
「メルド団長!なんでここに!?」
驚きのあまり、ついそんな言葉が出てしまった。まさか、助けに来てくれたのか?でも、どうやって…… 思考を巡らせている間に、メルドさん達は魔物の群れを掻い潜り、一気に俺の元へと近づいてきた。
「説明は後だ!浩介、お前は今すぐ地上に行け!そして、この現状を上に居る団員達に伝えろ!」
メルドさんの言葉に、一瞬頭が真っ白になる。だが、すぐに正気を取り戻す。ダメだ……この人達を置いて行くなんてできない…… 咄嵯に浮かんだ考え。それを振り払うように首を横に振る。
「ボサっとしてないで早く行け!」
そう言いながら背中を押される。その力に押されるようにして、前に数歩進んだ。背後から聞こえる爆音。反射的に振り返る。そこには、無数の魔物に蹂躙されながらも、懸命に立ち向かう騎士達の姿が映る。思わず立ち止まりそうになる足を必死に動かして、走り出した。
背後から響く断末魔の悲鳴を無視して俺はただひたすらに走る。
────────────────────
あれから数十分して、やっと中継地点の五十階層まで辿り着いた。ここまで来る間、魔物達と遭遇したが、全て無視して走って来た。
(あと少しだ……そうすれば……)
そんな事を考えて居ると、急に身体が重くなり、その場に座り込む。呼吸を整えようと深呼吸を繰り返すが、心臓の鼓動が早すぎて上手く出来ない。
「ハァ……ハァ……もう少しなのに……動けよ、この足!」
自分に喝を入れるが、一向に立ち上がる気配がない。それどころか、どんどん重くなっていくような気がする。
「何で……だよ。頼む……動いてくれ……」
自分の情けなさに涙が出てくる。こんな所で止まっている場合じゃないのに……
「可哀想だねぇ……もう少しで仲間を助けられるかもしれないのに、君の力不足でみーんな死んじゃうね?」
突如、聞こえてきた嘲笑を含んだ声。視線を上げると柊人が相手をしている筈の女がそこに居た。いつの間に…… 女は、俺を馬鹿にした様な笑みを浮かべたまま、歩み寄ってくる。
「くそっ……」
「あ、私ラピスって言うの……まぁ、これから死ぬ人間に教えても意味ないか」
小馬鹿にしたような表情を浮かべ、笑う女。
「悔しい?でも、これが現実だよ。いくら努力したところで限界はあるんだよ」
「っるせぇ……」
「威勢だけはいいねみたいね?」
髪を掴まれ、無理矢理起き上がらせられる。抵抗しようにも身体に一切の力が入らない。
「あ、抵抗しようとしても無駄だよ?魔法で君の脳に干渉して動けない様にしてあるから」
「クソ野郎が……」
「癪に障るクソガキだね、君は……ま、いいや、それじゃ……蛆虫みたいに惨めに這いつくばって死んでいってね……」
女の手が俺の首元に伸びる。抵抗しようにも、身体が動かない。
『もし──ー』
その時、脳裏に浮かぶ声。
『もしも、お前達の身に危険が迫ったら……そいつを砕け。そうすりゃ俺に救難信号が送られる……それとちょっとしたサプライズも仕込んである。まぁ、使う機会がなけりゃいいんだけどな』
零斗から渡された、宝石を思い出す。確か左胸の内ポケットに……
「ふっざ……けんなぁぁぁぁぁぁ!!!」
最後の力を振り絞り、叫ぶと同時に右手の拳を握り締めて、宝石を殴りつける。次の瞬間、黒い煙が溢れ出す。それと同時に身体に力が戻る。
「えっ……ちょっ!?」
突然の事に女は後退る。その隙を逃さず、俺は全力でその場から離れる。
「待て!クソガキが!」
後ろから追いかけてくる女の罵声を聞き流しながら、俺は足に力を込めて走り出す……
「逃がすか!」
女が凄まじい勢いで鞭を振るって来た。背後に迫る影。そして、俺の頭上に振り下ろされる鞭。
(避けきれない!)
覚悟を決め、歯を食いしばる。しかし、予想していた衝撃は来なかった。さっきまで辺りを漂っていた黒い煙が俺の背後で立ちはだかるように集まり、人型に成る。煙が晴れると、一人の男が立っていた。
『穢晶石の破壊に伴い、参上いたしました……私はシャドウ。零斗様の元で創造されたホムンクルスです。なんなりとご命令を……』
女の振るってきた鞭を軽くいなすと、恭しく一礼するシャドウと名乗った男。その姿を見ているだけで何故か安心感を覚えた。顔にあたる場所には目や口は無く、のっぺらぼうの様な風貌だった。
「邪魔してんじゃねぇよ!!」
女が叫びながら、何度も鞭を振るう。だが、それらは全てシャドウさんの身体に当たる前に弾かれる。
『それはこちらのセリフですよ。さぁ、浩介様御早く任務の方へ』
「あ、ありがとうございます!」
呆気に取られていると、急かすように促される。慌てて返事をして、再び駆け出した。
今回はちょっと短め。感想お待ちしております。