俺:分かんないだろ。人類最強かもしれないじゃないか。
僕:こじつけだね。
この世界に来てから、僕はまだ家の周辺にしか出たことがない。
周辺の情報は何よりも大事だと、
そう、分ってはいる。
分かっては、いるのだ。
…でも、怖いんだ。
もし離れているうちに家族に何かあったら、という考えが頭から離れない。
僕がいない間に家族が危ない目に合っていたなんて未来を認められない。
例え、今の僕に家族を守れるほどの力がないとわかっていても、離れることが怖くて仕方がない。
守れない事じゃない、残されることが怖いんだ。
どうしようもない、間に合わない、僕一人のちんけな力では解決できない、そんな理不尽がいつか必ず来ると、僕の心は理解してしまっている。
前世がそうだったから。
幸せの終わりは突然に、
悲劇から喜劇への挽回の余地はなく、
運命の濁流に流されるがまま、絶望する。
それが嫌なことから逃げているだけのことだと、
前世と同じ過ちだと、
わかっているのに、足を一歩も踏み出せない。
心の中でどれだけ決意しても。
本気に出すと口で誓っても。
僕の身体は、僕の心は、決意に付いてこない。
恐怖が拭えない。
___
卒業試験をする、そうロキシー先生は言った。
この幸せな時間がずっと続くわけではないと、分ってはいたがやはり寂しく思う。
卒業試験は村の外の平原で行う、先生はそう宣告した。
その言葉に、僕は身を固くした。
「外、ですか?」
「はい、村の外です。もう馬も用意してあります」
「もう少し家に近いところでできませんか?」
「できません」
「…そうですよね」
僕は迷っていた。
頭の中ではわかっている。
今まで生活してきて命の危機など、かけらもなかったのだから。
「どうしました?」
「いえ………その………」
「魔物の心配をしているのなら不要ですよ。
この辺りにわたしに倒せない魔物はいませんし、リオンでも倒せるものばかりです」
僕の反応を見て、ロキシー先生は怪訝そうな顔をしている。
「さてはリオン、パウロさま達から離れたくないんですか?」
「う……」
「なるほど、本当にリオンはご両親にべったりですね。
心配しなくても、そのまま連れ去ったりしません」
「そんな心配はしていません…」
ロキシー先生は微妙に勘違いしていた。
しかし、本当の不安は打ち明けられない。
前世に大きく関わることだし、
言ったところで、そんなことはないと一蹴されるだけだ。
「仕方ありませんね…。ほら。よっ、と」
僕が動けないでいると、
ロキシー先生は僕の両脇に手を入れて持ち上げた。
「っは!?」
「家族を守るんでしょう?ほら、あなたならできます」
僕は抵抗しなかった。
心の中で葛藤はあったが、
ロキシー先生が、僕にできると言ったなら、きっとそうなのだろう。
自分のことは信じられないが、ロキシー先生のことは信じられる。
まるで転んだ子供を立たせるように、ロキシー先生は僕を馬の上へと乗せた。
先生はそのまま後ろに飛び乗り、手綱をぽんと一つ打つ。
馬はゆっくりと歩き出し、
僕はゆっくりと、家族から離れていった。
___
この世界に来てから未だ、僕は村の人たちを見たことがなかった。
ロキシー先生は村の中をゆっくりと進んでいく。
時折、僕たちを見て、村人は物珍し気な視線を送ってくる。
そうだ。少しでも情報を集めなければ。
(危険なものは、危ないものは…)
警戒しながら田んぼ道を進む。
-どこかに、きっとどこかに危険があるはずだ。
村人たちの視線はどこに向いている?
僕?いや……
ロキシー先生だ。
中にはロキシー先生に向けて会釈をする者もいる。
ああ、そうか。
先生は、この数年で村の中に立場を築いたのだ。
魔族への風評などものともせずに。
田舎ともなれば、その傾向はより顕著だろうに。
たった二年で、先生はこの村で会釈をされる存在になっている。
僕が逃げている間に、先生は村人たちと良好な関係を築いている。
先生は道を知り、人々と知り合っている。
-なら、僕が怖がることなんて、ないのだろう。
先生と良好な関係を築けるのだ。
相手が魔族であっても感謝しているのだ。
何より、先生は子供たちに手を振られて笑って手を振り返している。
-なら、警戒するほど危険な人など、いないのだろう。
そんなこと、ずっと分かってた。
父さまは騎士として村人たちを守っている。
母さまはよく村でのことを笑って話してくれる。
-それでも怖かった。不安だった。
でも、ロキシー先生が実際に村人たちと仲良くしていて、
この
警戒して、いいや。
こんな長閑で安穏とした村をただ怖がっている様は、傍から見たらどれだけ滑稽なものだろうか。
分かっていても、心も体もついてこなかった。
それが、一歩踏み出して知るだけで、
こうも怖くなくなる。
家族から離れなくていいように理由を探すのは、もうやめよう。時間の無駄だ。
「カラヴァッジョが上機嫌です。
彼、リオンを乗せられて嬉しいみたいですよ」
「そうですか」
もたれかかるとと、ロキシー先生はしっかりと受け止めてくれる。
無駄に疲れた気分だ。でも、どこかすっきりしたようにも感じる。
僕はいったい何を恐れていたというのだろうか。
「まだ怖いですか?」
「いいえ、もう大丈夫です」
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
「はい」
もう大丈夫。
ここに家族を陥れる者はいない。もう知ってる。
___
今日、ロキシー先生は最終試験だと言った。
つまり、家庭教師が終わりだということだ。
僕にとって先生はずっと先生だが、ロキシー先生にとって僕がずっと生徒というわけではないのだ。
幸せの終わりは突然だ。
でも、寂しくはあるが、苦しくはない。
きっと、この幸せが終わった後には、また違う幸せがやってくるのだ。
ロキシー先生が与えてくれた幸せを、次は自身の手で掴んでみせる。
その為に必要なものは、もう貰っている。
心地いい風の音を聞きながら、今ある幸せを噛みしめながら、
着々と目的の場所へと近づいていく。
するといつの間にか、周囲からは完全に畑が消え、何もない草原を移動していた。
幸せはあっという間だ。
___
見渡す限り草原が続いている。
他には大きな木が一本と、遠くにうっすらと山脈見えるぐらいだ。
「このあたりでいいでしょう」
ロキシー先生はポツンと一本だけ立っている木の側で馬を止めると、降りて手綱を木に結んだ。
そして、僕を抱いて下ろして向かい合う。
「これからわたしは水聖級攻撃魔術『
この魔術は、広範囲に雷を伴う豪雨を降らせる術です」
「はい」
「真似して使ってみて下さい」
最終試験はロキシー先生の扱える魔術の中で最高級のもの、水聖級魔術か。
これが使えたからと言ってロキシー先生を越えられるわけではない。
でもロキシー先生に教わることはなくなる。
師匠を越えるのが弟子の務めだが、越えられるまでおんぶにだっこではダメだろう。
これからは自分なりのやり方で、師匠を越える経験を積まなければいけない。
「わたしは実演するために一分ほどで散らしますが、
そうですね……………。
一時間以上振らせ続けることができたら合格としましょう」
「わざわざ離れたのはそれだけ範囲が広いからですか?」
「そうです。じゃないと人や農作物に被害が出るかもしれませんから」
やはり聖級ともなると範囲が桁違いなのか。
ロキシー先生は快晴の青空に向って両手を掲げ、詠唱を始める。
「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!
我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!
神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!
ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!
キュムロニンバス!」
一つ一つの単語を、僕に聞かせるためにゆっくりと詠唱する。
僕はそれを真剣に覚える。
唱え終わった瞬間、一瞬にして周囲が暗くなった。
快晴だった空を、黒雲が覆っている。
すぐに凄まじいまでの強風が叩きつけられる。
吹き飛ばされそうになる体を、現象を見逃さないように地面に縫い付ける。
空が光ったと知覚するやいなや、
バガァァン!!
強烈な衝撃が鼓膜と網膜を刺激する。
鼓膜がキィーンと耳鳴りを発生させ、目は数舜、白一色に染まる。
危うく倒れるところだった。
どうやら、馬をとめた大木が避雷針となったようだ。
「あっ!」
ロキシー先生が、しまったという印象の声を上げる。
黒雲が一瞬で散っていく。
風も雨もすぐに収まった。
「あわわ……」
ロキシー先生が真っ青な顔で木の方に駆け寄っていく。
見てみると、馬が煙を上げて倒れていた。
繋がれてたからな。可哀そうに。
ロキシー先生は馬に手を当てると、即座に治癒魔術を詠唱した。
「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん、
エクスヒーリング!」
ロキシー先生がわたわたと慌てていたが、魔術はきちんと発動し、馬は立ち上がった。
馬はとても怯えた顔をしていて、ロキシー先生の顔には肝が冷えたと書かれている。
「ふ、ふぅ……危ないところでした」
父さまはカラヴァッジョを本当に大切にしているからな。
誤って亡くなったなんてことになったら最悪だ。
せっかくの卒業が台無しにならなくてよかった。
それにしてもやはり治癒魔術は優秀だな。
僕は母さまと先生に教えてもらって中級まで扱えるようになった。
もちろん無詠唱なのだが、これが大変難航した。
最初から自分には無詠唱でも発動できたのだ。
闘気を纏う感覚に近かった。
だが、自分以外に治癒魔術をかけようとしても相手の魔力に拒絶されるように弾かれてしまった。
それの解決には…
「こ、この事はないしょでおねがいしますね?」
ロキシー先生が涙目になって言った。
っと、考え込むのがもはや癖になってしまっているな。
いけない、集中しなければ。
「父さまには言わないでおきます」
「うう…お願いします」
ロキシー先生は半泣きだったが、両手で両頬を叩くと、気持ちを切り替えて言った。
「さぁ、やってみなさい。カラヴァッジョはわたしが守っておきますので」
先生は土の上級魔術『
これなら電気を通さないだろう。
よし。全力でやろう。
「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!
我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!
神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!
ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!
キュムロニンバス!」
さきほど覚えた呪文を、淀みなく詠唱していく。
『
雲というのは大量の水蒸気が高空で冷やされて極小の水滴や氷塊となることで可視化されたものだ。
そして、雨はそんな雲から溢れ出した水滴や氷塊が地面へと振ってくることだ。
だから、水蒸気を与えれば与えるほど大量の水氷が暴雨となって降りかかる。
大量の水蒸気を孕んだ雲は視界の限りの空を覆い、黒雲となり、
周りの空気を取り込み際限なく巨大化する。
ただ、そうなってはこれだけ離れていても村が危ないので、
黒雲の中心で雲を巻き上げるように上昇気流を発生させる。
これで黒雲はこれ以上広がらず、霧散することもない。
そして、雲が密集すればするほど静電気は急速に溜まり、雷鳴を轟かせる。
あとは、一時間持つだけの水蒸気を与えるだけだ。
恐ろしい量の水分を含んだ雷雲は、上昇気流を中心としてその場に留まり、
延々と暴風雨と雷轟を撒き散らす。
___
僕は一仕事終えた達成感を胸に抱いて先生のいるドームへと入った。
先生は入ってきた僕を見て、こくりと頷いた。
「このまま一時間雷雲を制御してください」
「いえその、制御は必要ないかと」
「なにを言っているのですか、きちんと魔力を使って維持をしないと、
風に散らされてしまいます」
「はい、なので散らされないようにしました」
「はい? ………!」
ロキシー先生は雷雲を見て何かに気付いたようで、
驚いたようにドームの外へと飛び出していった。
同時に、ドームが崩壊する。
ドームを作り直しながら、慌てて外に出る。
先生は愕然とした顔で空を見上げていた。
「………そう、斜めに上がっていく竜巻が雲を押し上げて……」
科学の知識がなければ思いつかない発想だろう。
自然現象にこんなに留まる雨雲はないのだから。
しかし、瞬時に原理を理解できる先生は流石と言える。
「リオン。合格です」
「一時間見なくていいんですか?」
「必要ありません。あの雲軍は一時間程度軽くもつでしょう。ていうか消せますか?」
「あ、はい。大丈夫です」
僕は上昇気流を打ち消してから、残った雲を風魔術で吹き飛ばした。
最後ににわか雨を残して、雨雲は消え去った。
僕も先生もびしょ濡れだ。
「おめでとうございます。これであなたは水聖級です」
ロキシー先生は、どこか寂しいそうに、そう言って笑った。
これは、一つの幸せの終わりであると同時に、新たな幸せへの門出でもある。
自分で作った暗雲を、自分の手で打ち払った、
僕の自立への第一歩だ。
私:雲の科学原理が理解できなくて辛い。
俺:ルーデウス凄いよな。
僕:リオンは何でもわかってる。
他キャラ視点は欲しいですか?
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欲しい(主に主人公への気持ち)
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要らない(話を進めて欲しい)
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必要に応じて(原作に沿って)