人生万事、塞翁がウマ娘   作:tadas

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皇帝だって女の子だし、嫉妬だってする。

「・・・会長、また怒気が漏れています。」

 

「ん?ああ・・すまない。」

 

副会長のエアグルーヴから指摘されるのはこれで何度目だったか。私は姿勢を正し気持ちを落ち着ける。・・・今日は生徒会の書類作業も進みが悪い。

まったく皇帝の名が聞いてあきれる。ここまで感情のコントロールがままならないのはいつ以来だろうか。

 

「・・・どうぞ。少し休憩されたらいかがですか?」

 

エアグルーヴが紅茶を淹れてくれたようだ。どうやら気を使わせてしまったな。

手元の書類を確認すると普段の半分も進んでいない。これは確かに少し落ちついた方がいい気がする。

 

「ありがとう。そうだな、そうさせてもらうよ。」

 

ふむ、いい香りだ。エアグルーヴめまた腕を上げたな。

 

一息入れることを決め、香りを楽しみつつ席を立ちあがると窓際から校庭レース場が見える。この時間は生徒たちがトレーナーの下で午後のトレーニング終え、そろそろ片付けを始める頃合いだろうか。

ストレッチをする生徒や器具の片付けをするトレーナー達がせわしなく動いている。

 

紅茶の香りを楽しみながらどこを見るでもなくぼんやりと眺めていたが、ふと一人にトレーナーが目に止まってしまう。

 

まったく・・・なぜこんなに簡単に見つけてしまえるのだろう。

 

先日共にトゥインクルシリーズを駆け抜けた我がトレーナー君がそこにいた。

今は同僚のトレーナーと話をしながら器具の片付けを手伝っているところだろうか。

 

楽しそうに同僚と笑いながら片づけをしている彼をぼんやりと見る。たったそれだけで先ほどからの苛立ちがどんどん抜けていく。まったく・・・我ながら現金なことだ。

 

まぁ、そもそもこの苛立ちの原因も彼に起因してはいるのだが

 

 

 

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ワァァァァァァ!!!!

「URAファイナルズを制したのは無敗の三冠、前代未聞の七冠、皇帝シンボリルドルフです!!信じられません!この記録、果たして破ることができるウマ娘はいるのでしょうか?!!!もはや生ける伝説と言えるでしょう!」

 

まだ記憶に新しいURAファイナルズ決勝、私とトレーナー君は持てる限りを尽くして戦い抜き、そしてそれを見事に制覇した。

誰もが私と彼が残した軌跡に賛美を送る。しかし、彼と二人三脚を始めた当初は周りの評価はこうではなかった。

 

 

彼は私と組んだ当初、就任したての新人トレーナーだった。

そんな新人が担当を持つことなどまずないのだが、とある出来事がきっかけで私が彼を気に入り、私は彼を逆スカウトした。

そして彼には特例として担当を持つ権限とトレーナー室が与えられた。

 

当時、私はそれがトレーナーの中では異例であることを理解していなかった。基本的には地方の学園からの中途採用や、名家所属のトレーナーだった経歴をもつようなものに与えられる特例だったのだ。

 

私はその後、この特例が原因でトレーナー君に降りかかるやっかみや嫉妬、世間からの誹謗中傷などに心を痛めた時期もある。

 

だが彼は最終的に自身の実力でそのすべてを黙らせてしまった。そしてURAファイナルズの制覇という結果までだし、今やそのすべては羨望や尊敬へと変わっている。

 

 

 

 

さて、一般的なトゥインクルシリーズ終了後のトレーナーの進路だが、大きく分けて二つある。一つは今の担当ウマ娘と引き続き次のドリームトロフィーリーグへと進む道。そしてもう一つは新たなウマ娘と契約しもう一度トゥインクルシリーズへ挑む道だ。

 

ただし、学園規則により、前者を選べるのはチームを率いるチームトレーナーに限られる。

 

現状我がトレセン学園はウマ娘の入学に厳しい試験制度を設けている。ある意味、本校に入学できたというだけで経歴にハクが付く程度の選別を行っているのだ。

にもかかわらず、在学しながらもトレーナーがついていないウマ娘が学園内にはたくさんいる。理由は至極単純、トレーナーの絶対数が足りないのだ。

 

トレセン学園のトレーナーになるためにも当然試験は行われる。しかし、試験結果が良いからといってすぐトレセン学園に赴任できるわけではない。

試験通過後、理事長の面接を突破する必要があるのだ。そして実はこれがウマ娘の入学試験などとは比較にならないほどの難度を誇る。

我らが理事長は見た目こそ少女然としているが、人を見る目に関しては私など比較にならないほどの高い能力をもっている。その眼鏡にかなったものしかトレセン学園のトレーナーを名乗ることはできない。

 

 

晴れてその眼鏡に適い就任、本校のトレーナーを名乗れるようになっても通常は就任したての新人トレーナーが担当を持つことはない。

初年~3年くらいの間はベテラントレーナーの下に補助トレーナーとしてつき、教本にはない実践ベースのノウハウを学ぶ。(私はこのあたりの事情をまったく知らなかった)

その後、下積み期間を経て師事したベテラントレーナーからお墨付きをもらえるようになると、未デビューのウマ娘一人と専属契約を結びトゥインクルシリーズに挑む。

 

そしてシリーズ終了後、その結果を学園に認められた場合のみ、チームを作る権限とトレーナー室が与えられる。ここまできた者だけが、やっと前者の選択が可能になるのだ。

 

要は半人前ではドリームトロフィーに挑めず、逆に挑めるような一人前のトレーナーには複数のウマ娘を担当してもらわないのと困る、ということだ。数が足りないのだ。いつまでも一人のウマ娘を育ててもらうわけにはいかない。

 

もちろんウマ娘側にも選択する権利はあるのだが、あくまでウマ娘側が選択できるのはこのあと、つまりチーム設立が決定したのちそのチームに残るか、新たなトレーナーを探すかの段階になってからだ。

 

そして学園に認められなかった場合、もしくは自身の力不足を本人が自覚して辞退する場合はおのずと後者の選択となり、もう一度トゥインクルシリーズに挑む。

 

 

 

さて、我がトレーナー君の場合はどうだろうか。

実は先日学園側からチーム設立の許可は下りている。新人とはいえ、これだけの実績を積んでしまったのだから当然だろう。七冠取った上でURAファイナルズまで制覇したウマ娘を育てた経験のあるトレーナーなどベテラントレーナーの中にもいない。

 

では彼は当然チームを設立するのかといえば、これがそうでもない。トレーナー君は最初こそ他のトレーナーと距離ができてしまっている時期もあったが(ほぼ私のせいなのだが)元来の人好きする性格やその実力から今では様々なトレーナーと交流を持っている。

その中には彼自身の口から「尊敬している」と言われるベテラントレーナーも複数おり、彼らを一度師事したいと言い出してもなんら不思議ではない。

 

彼が前者を選ぶのか、後者を選ぶのか。どちらにしてもすでに決定していることは「私とトレーナー君の二人だけの時間は終了してしまった」ということ。

 

そして・・・・彼が誰かを師事したいと選んだ場合、それは「トレーナー君との時間そのものが終わってしまう」ということだ。

 

無論、私としてはトレーナー君とまだ一緒に・・・というよりずっと一緒にいたい。

 

私はこの3年の間に、その、トレーナー君には、こ、恋心を抱いてしまっている。こういったことがあまり似合わないのは重々承知だ。

 

しかし、トレーナー君の方にはそのような浮ついた気配はまったく、くやしいほどまったく感じられず、こういったことが私のバ生で初めてな事も合間ってこの気持ちは彼にはひた隠しにしてきてしまった。

 

本音を言えばチームを設立してもらい引き続き私のそばいて欲しい。

 

だが、これは彼の今後のトレーナー人生を左右する重要な局面だ。はたしてどの口が「私のそばにいて欲しいからチームを設立してくれ」などと言えようか。

 

結果、私は何もできずにただただ彼がどちらを選ぶのか待つことしかできない状態でいる。

 

 

 

 

 

「ふう・・・少し落ち着いてきたよ。ありがとうエアグルーヴ。業務に戻るとするよ。」

 

現状を再認識することで少し落ち着いてきた。・・・トレーナー君の姿を見られたという事も大いにあるが。いや、どちらかというとそちらか大きい気もする。

 

どちらにせよ、この問題において現段階で私ができるのは待つことだけなのだ。私を苛立たせている問題が他にないわけでもないが、待つことしかできないのならば待つとしよう。

 

そう思いなおし執務机に戻りペンをとる。今日はトレーナー君には生徒会の業務でトレーニングを休みにして欲しいと伝えてある。これで生徒会の業務を遂行しないのであればせっかく彼と会える時間を割いた意味がない。

わたしは心持ちを入れ替え、業務に集中する。こちらを完璧に終わらせて明日は彼とトレーニングをしよう。そちらの方が有意義だ。

 

 

 

 

 

しかし現実とは無情なもの。たった今したばかりの決意も虚しく、直後に下の校庭レース場から聞こえてきた声によって私の集中力は見事に粉砕する。

 

 

 

「トレーナーさん!!!!すいません、少し時間を頂けませんか!!!!」

 

 

 

バキィ!!!!!

しまった、またペンを砕いてしまった。今日5本目だ。

 

「会長・・・怒気が。」

 

今回はアルミ製のペンにしていたのだが・・・鋼鉄製のペンというのは果たして売っているのだろうか?

 

 

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長々独白まがいの現状確認をしておきながら情けない話ではあるのだが・・・実は私を苛立たせている理由の大半はこちらだったりする。

 

それは現在フリーのウマ娘たちによるトレーナー君の逆スカウトだ。いや、この期に及んではもはやフリーではない者まで混じっているという。

 

思えば最初こそ世間から過小評価されてきたトレーナー君だが、今になってみれば「補助トレーナーという下積みをすっ飛ばして七冠URAファイナルズ制覇のウマ娘を育てた超エリートトレーナー」という立ち位置になってしまった。そしてそれが私の素質だけで達成できるほど生易しいものではないことなど誰でも知っている。素質だけで走って勝てる世界ではないのだ。

 

そのトレーナーがトゥインクルシリーズを終えた・・・現在私と単独契約の彼は前者を選ぼうが後者を選ぼうが、彼が新しいウマ娘と新たな契約を結ぶことは明らかだ。

そして今はもうしばらくすると新入生が入学してくる時期・・・つまり純粋に敵が増える。

 

 

ならばどうするか----当然のように争奪戦が勃発する。

 

私が今後も彼と一緒にいるためには彼にチームを立ち上げてもらう必要がある。

 

私は彼と一緒にいられるのならば彼が他のウマ娘を指導することなどなんでもないし、そもそも彼のような素質も実力もある指導者が私だけに専従することなどあってはならない。それは私の夢である「すべてのウマ娘に幸せな世界」という願いに反することでもある。

 

 

 

 

しかし・・・・しかしだ。

なんというかその・・・近いのだ。

 

 

流石に私がいる目の前で彼に逆スカウトをしかけてくるウマ娘は少ない。いてもそういったもの達は気持ちいいほど真っ向からくる。

 

しかし、大半は生徒会の執行中など私がいないタイミングを見計らって声をかけてくる。

まったく目に入らないのであれば私もここまで心をかき乱されることもなかったのだが、あいにく私も生徒会を執行中は様々な理由で校内を動き回る。

彼に迫っている現場を目撃した回数も一度や二度ではない。

 

彼女らも必死なのは理解できる。熱意を伝える間に距離が近くなることもあるだろう。

 

それは重々わかるのだが・・・・彼女らは私が3年間、縮めようともがいても縮めることができなかった彼との物理的距離を簡単に詰めてくる。若くて、そして見目も麗しいウマ娘達がだ。

 

 

 

 

実は、私は自分の容姿にはあまり自信がない。周りより劣っているとも思わないが・・・なんというか、雰囲気も相まって固いというか男性にとって万人受けするものではない、という評価だ。好みが分かれるというのだろうか。

さらにこの性格だ。公私ともに隙がないような性格はたしか男性受けはあまり良くないと聞いた。

 

そしてさらに、私には彼が3年間私に対してそれらしいそぶりをただの一度も見せていないという悲しい実績がある。冷静に考えて彼の好みの部類には入れなかったのだろう。

 

 

もし、もしもだ。日替わりでアタックしてくる大勢のウマ娘の中に彼がすごく好みとするウマ娘がいたら?そんな娘が目の前で一所懸命アピールしていたら?彼が好みで担当するウマ娘を選ぶとも思えないが、別に担当していなくても恋人としてつき合うことだってできる。

 

 

---気が気ではないとしか言いようがない。

 

 

この苛立ちが嫉妬を起因とすることなどわかり切っている。ならば彼の恋人となれるように動けばいいこともわかっているが、私は彼と築いてきた3年間、なにより大切な3年間を壊してしまう可能性を考えると臆病にもまったく動けない。私が彼の好みでないとするならなおさらだ。

 

 

正直もう限界が近い。

 

「会長・・・差し出がましいですが、もうトレーナー殿と一度お話されてはいかがでしょう?」

 

エアグルーヴがジト目でこちらを見ている。当然だろう。役員としての業務が遅々として進まないだけに留まらず、数十分おきに筆記用具を粉砕する生徒会長など聞いたことがない。(断っておくと、最初の備品を破壊して以来は自腹で用意している)

 

「面目次第もないな・・・私がトレーナー君絡みで不調なのもお見通しか。」

 

「お見通しも何も・・・ご自覚されてないのですか?会長が不調になる原因などここ3年間、トレーナー殿絡みだけですよ?」

 

・・・そうだったのか。確かにそんな気もしないでもない。

 

「ふぅ・・・不甲斐ない会長で申し訳ないな。すまない、トレーナー君と話してくるよ。決めたところまで業務が終わってないのが心残りではあるが。」

 

「必要不要で言えば会長にしていただけなければならない業務は1週間先の分まですでに済んでおります。よほど急を要する案件が入ってこない限り本日の業務を終了することになにも問題はありません。」

 

「そうか・・・ではすまないが後の片づけは任せてしまって良いだろうか」

 

「ええ、そうしてください。ここは施錠しておきますので鍵はお持ちくださいね。」

 

「頼りになる副会長で助かるよ。」

 

 

さて、自分が不甲斐ない結果ではあるが、期せずトレーナー君と会えることになってしまった。こんな状況ですらうれしいと感じてしまっている自分はやはり重症かもしれない。

そろそろ時期的にチームを立ち上げるか否か、ある程度の結論が出ていてもおかしくない頃合いだ。エアグルーヴにも申し訳ないし、少し状況を聞いておこう。

 

 

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URAファイナルズ。トゥインクルシリーズにおいて輝かしい成績を残したもの達のみが挑むことを許されるURAの祭典。

 

一騎当千のウマ娘達が揃う、その熱気漂う空気の中俺は自分の愛バを送り出す。

 

「じゃあ、トレーナー君。行ってくるよ。」

 

「ああ。勝ってこい、ルドルフ。お前がNo1だ。」

 

 

 

俺たちトレーナーはウマ娘と二人三脚などと言われはするが、レースで彼女達を送り出した後にできることなど何もない。精々が祈ることと応援することぐらいだ。

 

その一戦一戦に命を燃やすウマ娘たちのため、俺たちトレーナーは彼女らを送り出す事に命をかける。

 

彼女らを育てることに近道や正解などない。どれだけ準備をしても送り出すときは不安がつきまとう。コンディションは万全だろうか。トレーニングの組み立てはこれで良かっただろうか。対抗バの調査はもっとできたんじゃないか。コースの下見をもっとしておけばよかった。衣装の直しは万全だろうか。走るときに邪魔になったりしないだろうか。靴は。蹄鉄は。・・・勝ってほしい。-----どうか無事に帰ってきて欲しい。

 

そんな様々な不安や願いに押しつぶされながらもたった一つ、絶対に確信している確かなもの胸に秘めて俺たちは今日も彼女らを笑顔でレースへ送りだす。

 

----それでも、俺の愛バが一番最高に決まっている!

 

 

 

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「うーん・・・・俺にはやはり足りないものだらけだな・・・」

 

URAファイナルズの熱気から少し後。とある悩みの参考とすべく尊敬するベテラントレーナーの一人から色々話を聞かせてもらった俺は校庭レース場に向かいながら一人ごちる。

 

その悩みとは”チームを設立するか否か”

 

トレーナーとして今後にかかわる重要な岐路だ。幸い、というか俺が担当するシンボリルドルフは今日はURAファイナルズに集中するために少し間を空けてしまった生徒会の様子を見に行くと言っていた。時間があるならじっくり考えるべきだろう。

 

今日に限らず、今は色々な人から参考に話を請うているが、どちらにしても自分には足りないものばかりだという事を痛感している。一度尊敬できるベテラントレーナーを師事することはとても有意義だと思う。ただ・・・

 

 

-----二人きりの時は、ルナと呼んで欲しい

珍しく少し甘えたような、それでいて少し寂しいようなルドルフの顔がふと頭をよぎる。

 

い、いかんいかん。こんなことを判断基準にチームを作るなど、皇帝のトレーナーの名折れだ!!もっとしっかり考えなくては・・・

 

 

 

 

「いよっ!愛しの愛バちゃんは今日はお休みかい??」

 

1人でぶつぶつ言いながら歩いていると、この後校庭レース場で会う約束をしていた同僚のトレーナーが正面から歩いてきた。

 

「ああ。今日は生徒会だそうだ。それでちょうどお前のお師さんに話を聞いてきたところさ。」

 

「ああ、おっちゃんのとこか。ってことはあれか。チーム創設の件かな。」

 

「あたり。まだ迷っててなぁ・・・」

 

「ふーん、お前さんほどの男でも迷うんだなぁ。」

 

「お前は買いかぶりすぎだ。そもそも俺の先輩だろう。」

 

この同僚は俺の五つ上の先輩あたる。

出会い・・・というか接点を持ち始めたのは今から約2年くらい前。ちょうど俺がルドルフの実績からこの学園内、特に若手トレーナー達からやっかみや嫉妬を受けていたころだ。

 

とはいっても当時も別に直接なにか嫌がらせされていた訳ではない。そういった点では世間からの風当たりの方が何倍もひどかった。

(ちなみに俺が知る中でルドルフが一番荒れていたのはこの時期だ。心配かけてしまった。)

 

 

 

ただ・・・学園内で孤立はしていた。

 

お手並み拝見とばかりに遠巻きに様子を見ている人も多かったのだろう。

ただなんの伝手もなく就任してきた自分は頼るような相手が一人もいない状態だった。

 

担当するウマ娘はどんどん実績を上げていく。片や俺はどんなに独学で勉強してもその担当するウマ娘を導くだけの地力が追いつかない。相談する相手もいない。

なかなかにしんどい時期だったと記憶している。

 

そんな中、こいつが若手トレーナー会議で言い放った一言で空気が変わった。

『俺たちはトレーナーだろう!ウマ娘を導く立場だろう!そんなトレーナーが自分の担当するウマ娘に言えないようなことしてんじゃねぇ!!!』

 

それから声をかけてもらった俺は彼が当時師事していたお師さんを紹介してもらい。

彼からも色々なことを教わり。そうこうしているうちに他のトレーナーたちが次々に手を差し伸べてくれるようになった。

 

彼がいなければ今の俺はない。彼は気さくな性格なので『ここじゃほとんど同期みたいなもんだし、敬語はなしにしようや』というので今やタメ口をきいているが、実のところ一生頭が上がる気がしない。

ちなみに見た目もすごいイケメン。担当するウマ娘と並んでいて絵になるのは少しうらやましい。

 

 

「おっちゃんなんて言ってたんだい?おまえさん俺と違って勉強家だし、物覚えいいし、おっちゃんにかなり気に入られてるだろ」

 

「うーん、簡単にまとめとると俺に足りないのは経験年数じゃなくてどちらかというとルドルフを担当していた事自体が問題だってさ」

 

俺はルドルフが皐月賞を勝ったくらいから、”才能が抜きに出たウマ娘を担当できた運だけのトレーナー”、”シンボリルドルフにはトレーナーなどいらなかった”、などメディアで様々な批判を受けていた。

 

今でこそ俺は俺の実力を証明できたと思っていたのだが、彼の師匠に話を聞きにいったところ

『うん、実際そういうとこもあるよね』

っと言われたのだ。

 

ウマ娘は総じてヒトより闘争本能が強い。姿形は似通えどやはりヒトとは違う種族なのだ。その種族の特徴として競うことに執着が強い。中でもトレセン学園に入学してくるようなウマ娘は絶対にレースで勝ちたいという強い欲求も持っている。

 

しかし見た目通りのところだってある。いくら闘争本能が強かろうとやはり彼女らは年頃の少女なのだ。

 

甘いものがいっぱい食べたい。もっと遊びたい。学業の成績が悪くて調子がでない。キツイトレーニングはサボりたい。恋だってしたい。

 

俺たちヒトの年頃の少女と同じような悩みをいっぱい抱えている。

 

そしてそれは時としてトレーニングやレースに多大な影響を及ぼす。

 

『普通はね、そういった悩みなんかとワシらも一緒に向き合いながら彼女らをベストにもっていく。君、あんまりそういったことで悩んだことないでしょ。自分を完璧に律して勝手に自分で自分をベストの状態にもっていき、尚且つそれをキープする。そんなことできるウマ娘、この学園見渡しても君んとこのシンボリルドルフ君とあと数人いるかどうかだよ?』

 

彼の師匠の言葉だ。まったくもってぐぅの音もでない。

 

つまり、俺がトレーニングやレースの分析、対抗バの調査などトレーナーとしての力を発揮できていた背景にはシンボリルドルフというウマ娘がものすごく優秀だったという事実があることは否定できないのだ。

 

「うーん、おっちゃんがいう事も否定はしないけど、俺はおまえはチーム作るべきだと思うがなぁ・・・」

 

「いや、お師さんにも言われたよ。ただ、それは俺がチームを作る実力がないってことじゃないってさ。足りないものを聞かれたから答えた。ただお前には実力もある。あとは自分で考えなーってさ。」

 

「すっげ・・・俺おっちゃんからそんな事、面と向かって言われたことねーぞ・・・」

 

あのお師さんの場合、言わないことこそ可愛がられている証拠だと思うけどなぁ・・

連れだって校庭レース場に向かう。このあと彼のチームのトレーニング時間終了後にちょっと興味があったトレーニング器具を借りに行く約束を取り付けている。

 

彼は今年晴れてお師さんの元を離れてチームを創設した。創設初年度として聞ける話は宝の山だ。実はもともとその時に色々話を聞けないかな、という下心もあったり。

 

「実は借りようと思ってた器具な、自分でちょっと試してみようと思ってたんだよ。片付け手伝うからちょっとセッティング教えてくれない?(ついでにちょっと話をきかせてくれない?)」

 

「あー、ま、あれはパワートレーニングじゃないから俺らも使えるか。えーでーえーでー働いてくれや(普通に頼まれてもチームの話なんか教えちゃるのに)」

 

ちなみに、パワートレーニングの器具を試しに使わせてもらったこともある。びくともしなかった。ウマ娘すげーよ。

 

 

 

 

 

 

「まーだからさ。やっぱり複数の娘をいっぺんにみるのってやっぱ勝手が違うのさ。レースの申し込み時期とかさ、1回ごっちゃにしちゃって俺担当ウマ娘に説教くらったもん。あー違う、そっちの紐はそこに引っ掛けんの。そーそー」

 

「おま、ごっちゃにしたって・・・申し込み間に合ったん?」

 

「ギリギリな!ほんっとまじギリギリだったわ。俺そういうの苦手じゃん?トレーニングはともかくそっちの方面は今じゃ全然信用されてねーわ。逆に管理されてる。俺。あ、その状態で負荷かけながら走るのね。あーやっぱお前飲み込みはえーな。」

 

「おっけー大体わかったわ。ありがとな。これ、どっちかというと長時間の姿勢維持が目的か。やっぱ面白いな。」

 

「まぁステイヤー向けだよね。君の愛バちゃん、長距離も適正あるんだっけ。万能よね。あ、それ一週間は使う予定ないからその間に返してくれればいいよ。」

 

「ありがとな。ほんと助かるよ。でもこれは結局買う気がするな・・・」

 

「ひひひ、俺は新しいもの好きだかんな。またなんか面白いものあったら紹介するわ。さて、そろそろ我が愛しの愛バちゃんたちがミーティングはまだかって殴りこんでくる頃だな。そろそろ行くわ」

 

「おう!ありがとな!返すときはまた連絡いれる!」

やっぱりチーム設立初年度の生の声は違うな・・・・とても参考になった。

 

さて、借りるものも借りたし、一度トレーナー室に戻るかな。

聞いた話を整理しながら器具を取り外していると、会話が途切れるのを見計らっていたのだろう。一人のウマ娘が勢いよく近づいてきた。

 

「トレーナーさん!!!!すいません、少し時間を頂けませんか!!!!」

 

おー来たか。今日3人目。おい、その『おモテになりますのね。ほほほ』みたいな顔やめろ。周りがそういう事するから最近ルドルフちょっと機嫌悪いんだぞ。

 

 

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借りたトレーニング器具を片付けてからでいいというので先ほどのウマ娘を連れだってトレーナー室に向かう。

 

うーん、この娘、全然話さないな・・・・

 

先ほどの勢いはどこへやら。うつむいているので、内巻きにしたふわふわした葦毛の髪に隠れて表情は見えない。思いっきり熱意をぶつけてくる娘が多いので少し新鮮ではある。

 

URAファイナルズ終了後、この手の逆スカウトがひっきりなしの状態だ。

自分を高く評価してくれていることはうれしい反面、直近で自分の至らなさを思いしらされているのでちょっと過大評価を受けているな、という気がしないでもない。

 

ただ、現状学園内にはまだまだ担当トレーナーを持てないウマ娘たちがたくさんいる。

すべては担当することはもちろんできないが、こうして直談判してきた娘の話はできるだけ聞いてあげたい。

 

「すこし待ってね。これしまってくるから」

 

声をかけてくれたウマ娘に断ってトレーナー室の中に入る。しまうといっても明日にはルドルフと試したいからすぐに出せる場所に置いておきたい。

 

 

 

 

 

しばらく器具を持ってトレーナー室をごそごそしていると不意に真後ろから気配を感じる。本当にすぐ後ろだ。

 

「あの、トレーナーさん、わたし・・・」

 

ん?あれ?この娘トレーナー室の中に入ってる??・・・・それにこの娘、こんなに制服着崩してたっけ?

 

「あの・・・トレーナーさんが新しくウマ娘との契約するって聞いたんですけど・・」

 

まずい。ちょっとまずい気がする。俺、入口の外で待てってちゃんと言ったか?

 

「あの、わたし今在学して3年目なんですけど、まだトレーナーについてもらえてなくて・・・」

 

そうこうしているうちにどんどん距離が詰められる。もう目と鼻の先だ。

 

「選抜レースでどうしても結果がでないんです・・・だから誰からも声をかけてもらえなくて・・・教官のトレーニングも、自主トレも頑張っているんです。身体測定で他の娘よりいい結果も出てるんです。でもレースで勝てなくて・・・でもどうしても夢を諦められないんです・・・」

 

あ、これヤバい。危機管理を怠った。

 

どう切り抜けるか考えているいうちに涙ながらに訴えていたウマ娘が抱き着いてきた。その瞬発力たるや流石はウマ娘。俺が防御態勢に入る前に真正面からがっつりホールドされてしまった。

 

あ、やわらかい・・・そしていい匂いがする・・・・

 

「あの、私のトレーナーになってはもらえませんか?そのためだったら、私、な、なんでも。なんでもしますから・・・」

 

 

 

 

実はこの手の話は先輩トレーナーから聞かされていた。

 

在籍3年目・・・・そろそろ退校が見えてしまっている時期だ。この学園の学費は安くない。当然だ。全国見渡してもここまで最新のトレーニングをできる環境を整えている施設など他にない。学食だって食べ放題だ。おのずから学費だって高くなる。

 

家族や周りから祝福されて入学したものの年4回の選抜レースで誰の目にもとまらず、トレーナーについてもらえないウマ娘はたくさんいる。親御さんが負担している学費、同期のレースでの活躍、どんどん下から入ってくる才ある下級生たち・・・

 

別段学園が放校にしているわけではないが、これらのプレッシャーに耐えきれなくなり、それまでに芽が出なかった生徒が自ら退学していく。このデットラインが大体3年なのだ。そして新入生が入学する直前、まさに今の時期の3年生には得てして今回のような事例が発生する可能性がある。

 

つまり、己の身体を差し出してでもトレーナーを得たい、という事例だ。

 

断っておくが、こういった取引にトレーナー達が応じることは絶対にない。

 

トレーナー採用における最後の砦にして最大の難関。理事長の面接を突破するということはつまりそういうことなのだ。ここでそんな取引に応じるような性根の人間は理事長の面接を突破できない。

 

では、はたしてどうなるのか。

 

大体、それを拒否したトレーナーが錯乱したウマ娘に巻き込まれて大怪我して終わる。

 

それを回避する最大にして唯一の方法・・・それはそんな取引を持ち掛けられる状況に自身をおかないこと。つまり自衛だ。この自衛こそがトレーナーを、ひいてはそのウマ娘も守る。

俺はその自衛を怠った。ルドルフみたいなウマ娘しか相手にしてこなかった油断としか言いようがない。完全に俺のミスだ。

 

「あ、あの、なんだったら、い、今からでも・・・・わたし、初めてですけど、か、覚悟は。覚悟はできてますから・・・・」

 

ヤバイヤバイヤバイ!

 

俺の中にあるトレーナー辞書をフル動員してここを切り抜ける解を探す。エラー!該当ありません!そりゃないよな!あったら自衛できとるわ!

 

抱き着いてくる力が強くなる。ああ、やわらか・・・じゃない!

 

俺はこの娘には力では敵わない。なんとか落ち着いてもらいたいところだが、それができる話術が俺にはねぇ!拒否することはできるがそれはそれでその選択には命の保証がねぇ!

 

じゃあ、もういっそ流されて・・・ダメだ!ルドルフが頭に浮かんだ!ここでルドルフを裏切るくらいなら命の保証がない方がマシだ!!

 

くそっ!打つ手がない!もはや怪我をするのは確定路線としてなんとか命を守りながら切り抜けるしか・・・脚だ!とにかく脚に注意しろ!あの脚の一撃で俺は死ぬ!

 

半分パニックになりながら必死に切り抜ける方法を探す。かなり絶望的だがまずこの娘と落ち着いて距離を取ることができればあるいは・・・・・

 

 

 

ガラッ!

「いるよな・・・?トレーナー君、入るよ?

                 ・・・・・・・・・・・なにを、している」

 

あ、ルドルフ・・・助かった!!!

 

 

[newpage]

 

 

「会長、お疲れ様です。」

「ああ、お疲れ様。そろそろ暗くなる。近い寮だが、気を付けて帰るようにな。」

 

生徒会室を後にしてトレーナー室に向かいながらすれ違う生徒と挨拶をかわす。

設備の消灯時間まではまだ間があるが、大きなレースが控えているわけでもないこの時期、自主練する生徒の方が稀だ。英気を養うのもウマ娘の資本なのである。

閑散としている学園内ですれ違う生徒も大体みな帰り支度をすませている。

 

今日はトレーニングをオフにしてしまったのでトレーナー君も帰ってしまっている可能性はあるのだが、あの勤勉なトレーナーはまだ残っている可能性の方が高い。

 

はやる気を抑えてトレーナー室に向かう。

 

 

 

 

 

「ふむ、やはり電気がついているな。」

 

明かりが灯ったトレーナー室が目に入ると少し体温が上昇した気がする。

さっきまで己の不甲斐なさに少し落ち込んでいたのが嘘のようだ。

まったく現金である。

 

コンコン

 

「む?・・・返事がないな」

 

扉の前に立ち軽くノックをするも返答がない。中から気配はするのでいるとは思うのだが・・・また夢中になって新しいトレーニング器具でもいじっているのだろか。

 

返答がないからといってここまで来て帰るのも忍びない。入ってしまおう。長い付き合いだ。勝手に入って怒られるような間柄でもない。

 

「いるよな・・・?トレーナー君、入るよ?」

 

 

 

 

-----飛び込んできた光景に一瞬脳が理解することを拒否する。

 

葦毛の・・・ふわふわした可愛らしいウマ娘が、私のトレーナー君に抱き着いている。

制服を着崩して・・・というよりもうはだけていると言っていいだろう。完全に片方の肩が露出している。目を潤ませながらトレーナー君の腰に抱き着ついて彼を見上げている様はまるで何かを懇願してるようだ。

 

「・・・・・・・なにを、している」

 

あそこまでしっかり抱き着いていれば、当然胸のふくよかな膨らみも彼に密着しているだろう。私など、彼とは手をつないだ事すら数えるほどだというのに。

 

 

 

 

 

-----急速に視界が狭く暗くなっていき、血が冷たくなっていくのを感じる。

 

 

 

 

 

 

・・・・おまえたち、ここで、なにを、している

 

 

 

 

 

 

 

--------------

 

 

ルドルフが入ってきた瞬間、抱き着いていた娘がバッと自分から距離をとる。

 

ルドルフが来てくれたのは正直助かった。自分だけだったらほとんど詰みに近い状況だった。

 

 

だが・・・・これはこれでマズイ気がする。

 

 

 

ルドルフがまったく動かない。

 

 

 

幸い扉からは少しずれているので、出入りには問題ないだろう。ここでルドルフの出方を見るのは下策な気がしてならない。この葦毛のウマ娘はすぐにでもここを退出させた方がいい気がする。いや、すべきだ。

 

「ここはいいからもう行きなさい」

 

できるだけ小声で彼女に伝える。聴覚に優れたウマ娘だ。おそらくこの程度で聞こえるだろう。

 

「し、失礼しました!!」

 

急いで制服を直した葦毛のウマ娘がそのままルドルフの脇を通って退出する。

よかった。ルドルフとのすれ違いざまに何かあるかもと思ったが杞憂に終わったようだ。

 

「返答を・・・聞かせてもらってないのだが。ここでなにをしていたんだ?」

 

安心したのもつかの間、葦毛の娘が退出した直後に不意にルドルフから声がかかる。うつむいているため前髪で表情はあまり見えないが・・・これは・・・・掛かっているか?

耳が後ろを向いている。少なくとも怒っているのは間違いない。

 

「あ、ああ・・・いつもの逆スカウトだよ。3年目だけどまだトレーナーがついていないそうだ。」

 

先ほどのは端からどう見てもそれだけには映らないだろうが、ルドルフをあまり刺激しないようにとりあえずあった事実を述べる。話をしているうちに落ち着いてくれるといいのだが。

 

 

 

「そうか・・・それにしては、距離が、近いように感じたのだが」

 

 

 

暗く、抑揚のない声。思ったより状況は深刻かもしれない。

 

 

「それとも、トレーナー君は、私以外と話をするときは、あのくらいの、距離が普通なのかな」

 

 

ガチャン!

ルドルフが後ろ手に入口を内側から施錠する。外部から隔離された。

これは・・・俺は何も助かってないな?むしろ状況はさっきの方がマシだった気さえする。

 

 

 

 

 

不意に顔を上げたルドルフと目が合う。

血走った瞳。開いた眼孔。浅い呼吸。不機嫌をあらわにする耳。下に垂れ下がったまままったく動かいしっぽ。

 

ヤバい。これ、もう掛かってるなんて次元じゃ・・・・

 

一歩・・・二歩・・・ゆっくりルドルフがこちらに使づいてくる。すさまじい威圧感だ。ゲート前だってもう少し落ち着いている。

 

「ルドルフ、とりあえず、座って話をし 「ルナだ」 」

 

 

「・・・・二人の時はルナと呼んで欲しいと、言った。それとも、私にはその程度の価値もないという事かな。」

 

 

つとめて冷静に状況を進めようと試みるもルドルフ・・いや、ルナは止まらない。

 

「すまなかった・・・ルナ、少し座って話をしないか」

 

「断る。それともさっきの娘と違って私に近づかれるのは、いやか」

 

「いや・・・そんなことは・・・」

 

「そうだな。私には先ほどの娘のような可愛げは、ないからな。君も、先ほどは、まんざらでもないように、見えた」

 

近い。もう手を伸ばせば届く距離にルナがいる。

 

俺は・・・動けない。正直に言えば怖い。

 

ルナには憎からずと思われていた自覚はあったがここまで取り乱すのは想定外だ。

 

ただでさえヒトよりすべての身体的スペックが勝るウマ娘。さらにその上位に位置するルナが抑えるそぶりもなく威圧感、というよりもう殺気に近いものをまき散らしている。気分は空腹の猛獣と一緒の檻に入れられたヒトのそれだ。

 

俺の生存本能が最大音量で警鐘を鳴らす。逃げろ、と。

だが、鍵がかかった部屋で本気になったウマ娘から逃げるなどヒトには不可能だ。

 

「やはりトレーナー君も・・・先ほどのような、ふわふわした可愛らしいウマ娘の方が、好みなのかな」

 

ルナが俺との距離を一気に詰める。といっても、もともとすでに手を伸ばせば届くような距離だ。俺はほとんど突き飛ばされるような形でルナに押し倒される。

 

ドガッ!!

 

床に叩きつけられ、一瞬肺の空気が抜ける。その俺の硬直した隙を逃さず、ルナは俺の肩を力任せに抑えつけた。

 

ミシッ・・・・

 

掴まれた肩の骨がきしむ。今のルナはほとんど力をセーブできていない。正直ものすごく痛い。なんとか振りほどきたいところだが、下手に抵抗すれば肩の骨を粉砕される可能性がある。

 

 

「・・・逃げられるとでも?」

 

 

俺の心を読んだようにウマ乗りになったルナがつぶやく。

これは・・・俺はルナに食われる。おそらく、逃れる手段などない。

 

 

 

 

 

「こんな・・・こんな簡単に奪われるくらいなら・・・もういっそ・・・私が・・・」

 

 

暗く悲しい、絞り出すような声だ。俺はルナのこんな声をいままで聞いたことがない。

 

そうか・・・俺はそんなにルナを悲しませてしまったのか。

 

床に叩きつけられた衝撃と肩の痛みで狭くなっていた視界だが俺は自分を叱咤してルナの顔を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

-----なんだおまえ・・・泣きそうじゃないか。

 

 

 

 

 

俺は全身の力を抜いた。そうか、抵抗とか・・・逃げるとか。もともと考える意味などなかったか。

 

そうだよな。さっきの娘とは違うんだ。どうせ俺にはこれ以上ルナを傷つけることなんてできない。この愛バを拒否するなんて、そんな選択肢はもともと俺の中には存在しない。

 

 

 

 

俺が諦めたことがわかったのか、ルナが俺の肩から手を放す。

 

そしてそのまま両手で俺が着ていたTシャツを、まるでそれが紙でできていたように引き裂いた。

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・すまない・・・ごめんなさい。トレーナー君・・・」

 

 

破れたTシャツの隙間からルナの手が這ってくる。艶めかしい手つきと裏腹に、瞳には涙をいっぱい貯めながら。

おそらくこのままいけば俺はルナに食われる。拒否するつもりもない。・・・・だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・だが!!

 

このままこの流れでお前に食われてやるわけにはいかねーんだ!!!

 

 

 

 

 

もう俺が抵抗をやめたとみて、ルナが油断している一瞬の隙をつきルナごと体を回転させる。

 

いくらウマ娘が身体能力に優れていようと、体重自体はヒトと大差ない。

ましてや体格は俺とルナでは俺の方が上だ。体重差とテコの原理を使えば押しのけることはできなくても回転させる事は可能!

 

驚いて硬直するルナ組み敷き、ちょうど先ほどまでと真逆の体勢になる。俺がルナを押し倒している形だ。

 

そして間髪入れずにそのままルナの唇を奪う。

 

「う、んむっ!!」

 

驚いて固まっているのをいいことにさらに半開きになっていた咥内に舌を滑り込ませる。

 

「ん!・・・んんん!!・・・」

 

鼻で息をすればいいと思うのだが完全に混乱しているのか、無理に口で呼吸をしようとしてルナからくぐもった声が漏れる。だがかまいやしねぇ!

 

反応などほとんどないがそのままルナの咥内を蹂躙する。

 

そのまま数分の刻が経ったか。

 

 

 

 

「ハァー・・・ハァー・・・・」

 

ルナの咥内を好き勝手にしたのち唇を解放してやると、酸欠状態なのかルナはとにかく呼吸することに必死になっているようだ。

 

目は完全に見開いていて、耳は面白いくらいピンとまっすぐ直立している。

 

おそらく脳の処理がまったく追いついてない。

 

だが、隙など与えない。

 

俺はルナの制服に手をかけながら、そのまっすぐに固まった耳に息を吹きかけるようにささやく。いつもよりゆっくりと・・それでいていつもより少し低い声で。フリーズしている脳にしっかり届くように。

 

 

 

 

「調子にのるなよ、小娘。・・・俺がいままでいったいどれだけ我慢してきたと思っている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそのまま・・・俺はルナを襲った。

 

 

 

 

 

-----------------------------------

 

 

 

食べられて・・・しまった・・・・

 

 

気が付いた時には私はトレーナー室にあるソファの上で毛布にくるまれていた。

身体をすさまじい倦怠感が襲っている。

 

「・・・気が付いたか。」

 

私が覚醒したことに気づいたトレーナー君の声が真上から聞こえる。膝枕を・・・してもらっていたようだ。

 

「ごめんな、少し待っていてくれ」

 

そう断るとトレーナー君は私の頭を降し、トレーナー室の奥の方に向かっていった。

私の今の心情は・・・後悔が半分、うれしさが半分といったところか。中々に複雑な心境だ。

 

「飲むかい?」

 

戻ってきたトレーナー君がスポーツドリンクのペットボトルを差し出す。そうか、冷蔵庫に飲み物を取りに行ってくれていたのか。

正直のどがカラカラだった私は黙って起き上るとペットボトルを受け取った。

すごいな・・・体に全然力がはいらない。ペットボトルの蓋が固いと感じたのは生まれて始めてだ。

 

 

 

 

「ルナ・・・その。すまなかった。」

 

なんとか苦労しながらものどを潤していると不意にトレーナー君が頭を下げた。

 

「よしてくれ・・・君の意図がわからないほど、もう混乱はしていないよ」

 

そう、後悔が半分、うれしさが半分。あのような状況から私がこの程度の心境で済んでいるのはほとんど奇跡だ。

 

あの後あのまま私がトレーナー君を襲っていたら・・・おそらく今頃、私は自責の念で押し潰されていたはずだ。自決、ということすら頭をよぎるほどに。

 

キスをされた時点でやめることもできたのだろうが、結果は同じだろう。最後までしてしまったかどうかの差はあれ私が力ずくでトレーナー君を襲ってしまった事になんら変わりはない。

 

 

 

 

だから。

 

彼は加害者と被害者を入れ替えてしまった。私の心を守るために。

 

こんな、最愛の人を大怪我、悪くすれば殺していたかもしれない私のなんかのために。

・・・もう充分だろう。充分すぎるほどだ。それに最後に彼に抱いてもらえた。

 

「謝らなければならないのは私の方だ、トレーナー君。やはり、わたしは 「・・・5回だぞ」 」

 

潔く彼からは身を引く。その覚悟を決めたことを彼に伝えようとしたが、その言葉は彼に遮られて続かなかった。

 

「少しでいい待ってくれ、休ませてくれと懇願するお前を無視して、・・・5回だ。今さらなんの申し開きができるというのか」

 

あー・・・5回だったのか。4回目の途中までは記憶があるのだが・・・

でもトレーナー君。遠いと思っていた君から何度も求められるのは、その・・・すごく嬉しかったんだがな。

 

「その・・・体は大丈夫か、ルナ。どこか痛めたりとか・・」

 

私の前に膝をついたトレーナー君が申し訳なさそうに聞いてくる。

こんなになってまで私の心配か。よしてくれ、覚悟が鈍る。

 

「大丈夫だ。倦怠感はあるが、怪我のようなものは、ないよ。」

 

私は先ほどまで口をつけていたペットボトルの蓋を締め、静かに膝の上に置いた。

こんなに優しい彼を襲ったという事実が重くのしかかる。やはり、私はもう彼と一緒にいるべきではないだろう。思い出をもらえた。それで充分だ。

 

 

 

 

覚悟を決めよう。

 

 

 

「トレーナー君。最後まで世話をかけてしまって、本当にすまなかった。その、今離れればいずれ君に伴侶ができた時もきっと笑って祝福できると思う。だから、もう私とは・・・」

 

つらい。彼の顔を見られない。だがこれはけじめだ。なによりも大切なものだった。だからこそ、けじめはつけなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー・・・おまえさん、なんか、勘違いしてないか?」

 

少しの静寂ののち。予想とはまったく違う方向の返答に私は顔を上げた。今の話になにか勘違いする要素があっただろうか。

 

「・・・勘違い?」

 

「俺はお前が好きだぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・え?」

 

 

 

 

コノ、トレーナークンハ、ナニヲイッテイルダ?

 

「それは、その、私は、俺の愛バ的な、そういう・・・」

 

「今のこの流れでそんなわけがないだろう。女として、おまえに惚れてる。」

 

ようやく再起動し始めたばかりだったといのにまた脳が働くのをやめてしまった。

混乱してうまく整理がつかない。何を言い出したのだこの男は。

 

「な・・・・しかし、今までそんな素振り一度だって・・・」

 

「・・・やっぱりそこからなのか。まぁ若いお前にいつイイヒトができても笑って手放せるように徹底的に隠していたのは俺なんだが・・・・」

 

トレーナー君が?私を?え?私は今彼に告白されているのか???

 

頭がついてこない。彼がなにを言っているのか言葉はわかるが理解ができない。

 

「うーん・・・もともと考えていたことと流れが変わってしまったが。うん、今言うのがベストだな。ルナ。俺はお前にイイヒトが現れないまま学園を卒業することになっていたら、俺はそこでお前に結婚を申し込む気でいた。」

 

「けっ・・・・・・?!」

 

ダメだ、言葉もわからなくなってきた。

けっこん??だれとだれが???わたし、およめさんになるのか?????

 

「いいか。これはプロポーズだ!」

 

「ぷっ・・・・・・????!!!」

 

 

 

皇帝とまで言われた私がこれではもう壊れた機械かなにかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな・・・そんなはずはないのだ。

 

だって。彼は私のトレーナーで。一番大切なヒトで。生まれて初めて恋心を抱いたヒトで。でも彼は私にいっさい気がなくて。それでも一緒にいたくて。せめてトレーナーとウマ娘という関係だけであってもそばにいたくて。

 

そうだ。そのはずだ。私はまだ寝ているのだろうか。こんな、こんな都合がいいことがあるはずがない。あるはずが・・・・

 

「ふっ・・・こんなに呆けている皇帝を目にしたの、学園広しといえど俺だけだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――ルナ。

 

やさしく名前を呼ばれ、彼と目が合う。彼がこっちを、私の目を見ている。全身が震える。

これは夢では、夢ではないのかもしれない。

 

「ルナ。俺の愛は重たいぞ。」

 

視界が滲んでぼやけてくる。でもトレーナー君の目から視線を逸らせない。レース前の、私を送り出してくれる時のような真摯な、私が大好きな・・・・

 

「俺と一生添い遂げる覚悟があるのなら・・・」

 

彼がそっと手を差し出す。

 

ああ、

何度、この手といつも繋げたらと夢みてきたことだろう。何度、この手に一度でいいから撫でてもらいたいと夢みたことだろう。・・・いったい何度。

 

 

 

 

「俺と共に来い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・もうほんとうに。なんてヒトなんだ。

 

 

 

 

私の中に渦巻いていた罪悪感も。つけるけじめと決めた覚悟も。

もうすべて霧散させられてしまった。涙が勝手に溢れて止まらない。

頭は、まだまわらない。心の整理などまったくつかない。涙の止め方もわからない。

 

 

 

でも、今、欲してやまなかった人が来いといって手を差し伸べてくれている。それだけはわかる。

 

 

 

 

 

 

 

なんだ・・・考える必要なんて・・・なにもないではないか。

 

 

 

 

 

 

「・・・・はい。」

 

彼の手は。とても暖かった。

 

 

 

[newpage]

 

 

 

「それは沙汰なし・・・という事ですか??」

 

あの後、“このまま戻ると匂いで何があったか全部バレる”という私の意見を聞き入れてもらい、私の寮ではなく彼のトレーナー寮でシャワーと着替えを済まさせてもらった。

 

着替えはトレーナー室にいくつか予備のジャージが置いてある。

 

そして彼と一緒に朝食の準備をして一緒にそれを食べるという、過去に何度か密かに妄想しては幸せに浸っていた時間を現実のものとして堪能し、その後、朝一番で彼と共に理事長室を訪れていた。

 

昨日の件を報告するためだ。

 

「否定!!沙汰なしではなく厳重注意だ!!」「にゃー」

 

私たちが理事長に報告した罪状は2点。

 

 

私の門限破り及び無断外泊、そして学園内で行った不純異性交遊だ。

 

 

本当は。私はこれに私の暴行未遂及び強姦未遂が加わると主張したのだ。

しかし、“じゃあ俺は強姦罪だな”という彼の主張と折り合いがつかず、結局彼に

 

“ウマ娘と添い遂げるならあんなもん痴情のもつれみたいなもんだ。俺はもう今後一生のうちにあれくらいの事は何度かあるんだろうとすでに覚悟を決めたぞ”

 

と言いくるめられてしまった。場合によっては殺されかけていたヒトが言うような事ではない。殺されかける覚悟など決めないで欲しい。わたしとしても、もうこれっきりにしたい。

 

 

 

それにしても、私はなんだか彼の手の上でいいように転がされていないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「理事長。私は現生徒会長として様々な活動をし、恐らくその功績をもって情状酌量としてくださったであろう事は想像できます。しかし、現生徒会長だからこそ、他よりも厳しい処分を下していただきたいです。申し上げた罪状に対してその処分は軽すぎます。」

 

そして理事長・・・扇子の文字が天晴れなのですが・・・・

 

「説明!!私は情状酌量などの措置は一切とっておらん!確認するが、シンボリルドルフ!」

 

「はい」

 

「先ほどの報告内にあった双方の関係だが、婚約の間柄であること、間違いないな!」

 

「・・・はい///」

 

「トレーナーも間違いではないこと。確かだな!」

 

「はい。さすがにルドルフの学園在籍中に籍を入れるつもりはありませんが、卒業後すぐにでも籍を入れるつもりです。」

 

・・・・・・・はっきり言われると今さらながら照れくさいな。

 

「結論!!ならばシンボリルドルフはすでに結婚もできる年齢なのだから、不健全性的行為ではないではないか!!よって、申告のあった不純異性交遊についてはこれに該当としない!」「にゃー」

 

なっ?

 

「残る申告は門限破り及び無断外泊だが、これについても学園規則・学園寮における規定第3項補足事項2にて“無断外泊は当該生徒の反省が強くみられる場合、初犯においてのみその罰則を適応しない”と定められている!本来であれば初犯なので不問とするところだが、シンボリルドルフは生徒会長として他の模範となる事を求められる立場!よって、初犯ではあるが罰則規定の適応とし、厳重注意および共有トレーニング室の罰掃除だ!」

 

「ただし!不純異性交遊に該当はしないが、学園内でそういった行為を行うことは無論推奨はできない!今後はトレーナーの寮自室か、学園外部の施設を使用するように!!」

 

 

 

「以上!!閉廷!!」「にゃーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・追い出されてしまった。

 

「俺は無断外泊の規定自体が範囲外だから完全にお咎めなしなってしまったな・・・ルドルフ、俺も罰掃除手伝うからな。」

 

あまりの処罰の軽さに唖然としながらも、頬をかきながら私に手伝いの申し入れをしているトレーナー君の顔を見て、ふと、おぼろげながらも昨日の彼の言葉を思いだした。

 

 

『うーん・・・もともと考えていたことと流れが変わってしまったが。うん、今言うのがベストだな。』

 

 

まさか・・・ここまで読んでいたのだろうか・・・・

 

「どうした、ルドルフ。皇帝がそんな鳩が豆鉄砲くらったような顔を学園内でしてちゃまずいんじゃないか?」

 

完全に手の上ではないか・・・と感じながらもどうせ聞いてもはぐらかした答えしかしないであろうトレーナー君への追及を諦め、とりあえず私は午前中の講義に向かうことにする。

 

 

 

 

 

 

 

彼と添い遂げるならば、皇帝としてさらなる奮起をしなければ、と心に誓いながら。

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
うちのトレーナー君は追込み適正Sです。

当時は右も左もわからない中書いたので結構見づらいかもしれません。
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