人生万事、塞翁がウマ娘   作:tadas

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本編最終話です。

ウマ娘だし、走ってケリをつけようか。


トレセン学園レース場 芝:2400m G1/トレーナー争奪杯。

季節は移り変わり、あの夏合宿からはや数カ月。

 

今は秋・・・というより、もう冬に差し掛かっている。

 

 

 

今日、トレーナーさんはルドルフ先輩の付き添いで中山レース場に行っている。

今日は先輩の公式レースだ。

 

先輩のウインタードリームトロフィーへの挑戦も、もう後半に差し掛かっている。夏と冬の2大決戦。

その舞台ももうすぐそこだ。

本当は私も、今日観戦に行きたかったのだけど、午前の授業をエスケープできるほど学業の成績が良ろしくないので泣く泣く断念した。

 

 

そしてそんな私リトルトラットリアはというと・・・学園の講義校舎に設置されいるカフェテリアに来ていた。

 

今日はトレーナー不在のため、トレーニングはお休みのスケジュールなのだ。

今、ヴァニィちゃんとコロちゃんはとある研究のためにトレーナー室を借りて籠っている。

私も仲間に入れてもらおうとしたのだが「トット先輩は余計な事を考えると走るの遅くなるので、ダメです。」と言われ、仲間に入れてもらえなかった。

 

そこで・・・気を取り直し、いつもの景気づけをしにやってきた。

 

 

 

「おばちゃん!デラックスにんじんパフェ天空ペガサス盛りスペシャル!ひとつ!」

 

「おや、トットちゃん、こんにちは。聞いたよ~。とうとう出るんだってね。G1」

 

「えへへ~お耳が早いですなぁ///」

 

 

私は少し前のG3の勝利。そしてオープン特別のいくつかの勝利を評価され、とうとうG1・ホープフルステークスへの切符を手に入れた。出走バにはG2勝利バや複数の重賞を勝利しているウマ娘が名を連ねているので末席も末席だけど。

 

だけど。ここで結果を残せれば・・・見えてくる。来年の”皐月賞”が。

 

俄然、気合も入る。トレーナーさんは今回、入賞狙いでいいと言っていたけど、私はルドルフ先輩の後輩だ。走るからには勝利を目指つもり。ルドルフ先輩が過去に入賞狙いで走ったなんて聞いたこともない。

 

 

 

「あれ、でも・・・珍しいね。トットちゃんがレース前でもないのに、ペガサス盛り頼むの。G1はまだ先だろう?」

 

「あれ~?おばちゃん、知ってたの?わたしがこれ頼むのはレース前だって。」

 

「知ってたよ。実はずっと前からね。トットちゃん、選抜レースの前によく頼んでただろう。これ。」

 

 

びっくりした。ここのカフェテリアはほぼ全校生徒が使う。つまり2000人弱だ。今のちょっとだけ知名度が高くなった私ならともかく、その前から・・・?

 

 

「あはは、びっくりした顔してるね。私も伊達に何年もここのおばちゃんやってないのさ。トットちゃんは・・・おいしそうに食べてくれるからね。最初はずいぶんおいしそうに食べるねぇ、とか、選抜レースの前にこんな特大の大盛食べて大丈夫なのかねぇ、とかそんな印象だったねぇ。」

 

 

食べるところまで見られていた。

これは・・・ちょっと恥ずかしいぞ。

 

 

「ただね。いつの頃からだったかな。トットちゃん、まるで耐えるような顔でこのパフェ頬張るようになってね・・・それもいつも選抜レース前に。きっと・・・勝ててないんだろうな、とは思ってたんだよ。おばちゃん。」

 

「あ・・・うん。たぶん、その頃は・・・本当に勝ててなかった頃だ。私・・・ずっと落ちこぼれだったから」

 

 

3年間という月日は・・・・ただの一勝もできないアスリートの月日としては、重かった。

来る日も来る日もトレーニングに明け暮れ、歯を食いしばり、夜はたまに我慢できずに布団に籠って泣いていた。

 

期待をしてくれている両親に申し訳ない気持ちや、レースに出れている友達への羨望。

あんなに好きだった走ることを、怖いと思うようになってしまった自分への失望。

それでも、諦めることができない自分への落胆。

 

そんな負の感情に打ち勝つために・・・このパフェを食べた。いつしかそれは、私の気持ちを切り替えるためのルーティーンとなっていた。

でも、そんな顔して食べてたんだ・・・気づかなかったな。

 

 

「春の選抜レースの前さ・・・トットちゃん、来なかったじゃないか。ここ。それでね、辞めちゃったのかなぁ、って思ってたんだよ。そしたらさ、半年・・・くらい前かな。久しぶりにここに来てペガサス盛り頼んだと思ったら、なんていうか・・・不思議な顔しながら食べててね。不安な顔してるのに、目がすごく輝いてた。あんな顔してパフェ頬張ってる生徒はおばちゃん初めてだったんだよね。なにがあったのかはわからないけど、ああ、たぶん、ここが、この娘の転機なんだな、っておばちゃん思ったの」

 

 

たぶん・・・新バ戦の頃だ。

トレーナーさんに拾ってもらい。びっくりするくらいのスパルタトレーニングを頂戴し。だけど、レースに勝てる自信は全くなくて。

 

でも・・・それでもトレーナーさんの事は信じていていた。

私は、言い過ぎでもなんでもなく、間違いなくトレーナーさん会ってバ生が変わった。変えてもらった。

私に翼をくれたヒト。

 

今では・・・大好きなヒト。

 

 

「実はね。その頃から・・・おばちゃん、ファンなのさ。トットちゃんの。」

 

「ほんとう?!じゃあ、じゃあ、おばちゃんがお父さんとお母さん以外じゃ私のファン第一号だ!だってデビュー前だもん!それ!」

 

「あはは、やっぱりあれはメイクデビューの前だったのかい。おばちゃん、そういった外のレースは疎くてねぇ。トットちゃんの名前を色々なところで聞くようになってびっくりしたもんだい。・・・いいトレーナーについてもらったんだねぇ。」

 

「うん!私にとってトレーナーさん以上のトレーナーはこの学園にいないよ!私にレースで勝つための翼をくれたヒト!」

 

「そっか。・・・・そうそう、このパフェね。名前変えようと思ってるんだよ。なんでかできた頃からか名前にペガサスって入ってるんだけど・・・だれも由来知らないんだよね。もし、トットちゃんがG1勝てたら・・・これ、”リトルトラットリア盛り”にしようかと思っててね。このパフェの印象はどうもトットちゃんが強くてねぇ。どうだい?」

 

 

なるほど、ここのカフェテリアにウマ娘の名がついたメニューがたまにあるのはこういう経緯なのか。

まだオグリ先輩の名を冠したどんぶりを完食した猛者はいないらしけど。

 

 

「いいよ!勝つもん!わたし!」

 

「あはは。おばちゃんね。レースの事とかは疎いけどウマ娘だけはいっぱい見てきたんだよ。・・・本当にいいトレーナーみたいだね。」

 

 

勝てばカフェテリアに名を刻むことになるらしい。でも、このパフェは大好きなのでうれしい。

・・・ペガサスって結局なんだったんだろ?

 

 

「ああ、長話しちゃったねぇ。ペガサス盛り一つだったね。次のG1までレースはないのかと思ってたけど、なにか出るのかい?」

 

「うん・・・大事な。大事なレースがあるんだ。公式じゃ、ないんだけど。でも、私のバ生を賭けるに値する、大事なレース。」

 

「・・・そうかい。イチゴ、おまけしとくよ。勝つんだろう?」

 

「もちろん!」

 

 

おばちゃんは気づいていなかったみたいだけど、私は春の選抜レースの前にもここに来ている。

そこで、怖い顔をしたルドルフ先輩に呼び出されたのが私にとってのすべての始まりだった。

 

それまでの私はただひたすらに、やみくもに頑張ることしか出来なかった。

辛くなかったとは言えない。

でも、あの必死に歯を食いしばっていた時間が、トレーナーさんとルドルフ先輩に会うために必要だったのだとしたら、私はあの3年間に後悔はただのひとかけらもない。

 

あの日々のすべてが、今に通じている。

 

 

これから挑む相手は・・・・実力はまだ遠く及ばない。

絶対はないと言われるレースの世界で、彼女には絶対があるとまで言わしめたウマ娘。

 

 

だけど。

 

 

 

 

 

私は・・・トレーナさんから走り方を教わった。

 

ルドルフ先輩は勝つということ、戦うということ。その意味を背中で教えてくれた。

ヴァニィちゃんも。コロちゃんからも。

 

私はたくさんのヒトから色々な事を教えてもらっている。二人からは、誰かを好きになるということまで。

 

 

あのひたすら歯を食いしばっていた私の上に、今では本当にたくさんのものが乗っている。

 

 

ルドルフ先輩。

 

次のレースでぶつけるこれが・・・今の私のすべてです。

 

あなたにあの日、呼び出されてから世界が変わった、わたしのすべて。

 

 

 

まだ何度もチャンスがあるなんて思わない。

走るからには、勝つ。

 

これも・・・先輩が教えてくれたことだ。

 

ひとつ残らずぶつけるんだ。

私の、全身全霊を。

 

 

 

 

「あいよ、トットちゃん、ペガサス盛りお待ち!」

 

「おっしゃーーー!勝ぁーーーつ!!!」

 

 

 

 

掴め 今を変えたいなら

描いた夢を未来に掲げ

恐れないで挑め

 

 

 

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「あー・・・・本当に隙がないな、この先輩は・・・・」

 

ここはトレーナー室。

 

今日はトレーニングはオフなのだが、あたしとコロネットはトレーナーから使用許可と鍵をもらい、とある研究会を開いていた。

 

 

研究相手は同じチームメイト・・・という言い方もおこがましいほどの格上の存在、皇帝・シンボリルドルフ。

まさに雲の上の存在だ。

 

あたしもコロネットもまだデビュー前。いうならば軽自動車がレーシングカーに勝つために研究しているようなものだ。

 

ちなみに・・・まったく突破口は見えない。

 

 

今のところ、ルドルフ先輩については研究すればするほど、彼女の強さが浮き彫りになるだけだった。

特に言えることは・・・隙が無い。本当に。

 

とあるレースで僅かともいえる先輩の綻びを見つけても、その次のレースではその綻びを嬉々として突きにきたウマ娘が完膚なきまでに叩きのめされていたりする。たぶん、この綻び自体が先輩とトレーナーが仕掛けた罠なんだろう。トレーナーが考えそうな事だ。彼は前世は軍師かなんかだったんじゃないだろうか。人心掌握というか、すべて彼の手の上というか・・・・そういったコントロールが異様にうまい。

 

確かに、あまりにも隙がないので僅かに見えた隙にすがりつきたくなる気持ちは良くわかる。

 

 

そして、それをターフの上で実現可能なこの先輩の能力。

すべてが高次元でまとまっている上、対応力がハンパない。いったい引き出しいくつもってるんだ、この先輩は。

 

2人が作り上げた七冠という前代未聞の記録は伊達ではないのだ。

 

彼女のレースを見ればみるほど、自分たちの挑戦が無謀だということを思い知る。

 

トット先輩のような一点突破タイプだったらまだ攻略しようがあった。

こういう突出した能力に頼る必要がない、すべてが高次元のオールランダーというのは攻略の絵図が非常に書きづらい。

 

今もちょうど先輩のレース動画を見ながらプランの検証をしていたのだが・・・こりゃダメだな。

 

 

「コロネット~さっき立てた序盤に仕掛けるプラン5-8はこれダメだな。こっちのスタミナ削るだけだね。」

 

「ですね~。この先輩、どうなっているのでしょうか。その気になれば短距離やダートコースですら名を残しそうですね~・・・」

 

「ボツプラン・・・何個目だっけ?」

 

「もう数えてないです~」

 

大枠の作戦を6個つくって、それぞれに詳細毎作ったプランを5個ずつ。

現時点で取れそうな作戦として最初に作ったそれらはすべてボツになったので、少なくとも30は越えているが、確かに数えるのもバカらしい。

 

「んー・・・なんだか、今まとめてある先輩の走りのクセも、これ全部ただの布石な気がしてきた・・・あー・・・トレーナーに頼りたい・・・・」

 

「たぶんトレーナーさん、対ルドルフ先輩の攻略プランなんか考えてくれませんけどね~」

 

そりゃそうだ。

だってこれ、賞品がトレーナーだもんなぁ・・・・あたし達に肩入れしたらフェアじゃない。

まぁ、ルドルフ先輩は好きにしたらいい、とか言いそうだけど、当のトレーナーが無理だな。

 

 

 

あの夏合宿でトット先輩がルドル先輩から引き出したトレーナーに手を出してしてもいい条件。

 

 

『私にレースで勝ってみろ』

 

 

あの独占欲の塊みたいなルドルフ先輩からこの条件を引き出せただけでもトット先輩には頭が上がらないが、しかし、それでも如何せんハードルは高い。

 

しかも、当初ルドルフ先輩はいつなんどきだろうが挑戦を受けるというつもりで言ったようだったが、流石にこれはトレーナーが待ったをかけてしまった。

 

ルドルフ先輩とトット先輩のレースプランを作っていくにあたって、いつなんどきガチの模擬レースを開催されるかわからないというのはトレーナーとして看過できなかったのだろう。

 

そのため、このトレーナー争奪のレースは年に4回。

 

学園内の選抜レースと時期を合わせて開催されることになった。

 

チャンスは限られてしまったのだ。

 

トレーナーは自分を争奪されるレースのスケジュールを自分で取り仕切るのはすごく微妙な顔をしていたが。

ただこうなった以上、トレーナーは絶対どちらかに肩入れはしない。そういうヒトだ。

 

 

 

 

ーーーどうしても、欲しいものがある。

 

 

あたしとコロネットを失望の淵から救ってくれたヒト。

 

両親が離婚し、父方についていくも仕事漬けでまったく家には帰らない。

恋人も一人や二人じゃない。

そんな父を持ち、男性というものになにも希望を持たなくなったあたしですら、彼が欲しいと思わせたヒト。きっと今後のバ生で彼以上のヒトは現れないだろうと思う。

 

 

例えどんな条件だろうが、引くわけにはいかない。

 

それに・・・トレーナー、ルドルフ先輩に、そしてトット先輩。

あたしはこのヒトたちから一つだけ教わっていないことがある。

 

『あきらめる』ということ。

 

それでけは、ただの一度も、誰も教えてくれなかった。

 

 

考えろ、思考を放棄するな。これはあたしの仕事だ。

活路はある、絶対に。

 

 

 

 

・・・・・あーダメだ。一息入れよう。

 

 

「うがー!コロネット!息抜きだ!着替えろ!走るぞ!」

 

「あらぁ、まだ2時間しかやってないですよ~」

 

「あたしはあんたと違ってそんなに気が長くないの!30分走ったら戻ってまた研究!」

 

「も~。しょうがないんだから~」

 

 

コロネット、根詰めて煮詰まってても、あんまいいことないんだぞ?

いろいろあったしな。

 

あたしは詳しいんだ。

 

 

 

ーーーーーー⏱ーーーーーー

 

 

タッタッタッタッ・・・・・・

 

 

「休憩だ!うがー!」となったヴァニィに伴っていつもの走り慣れたターフを走ること15分。

ヴァニィは早くも落ち着いてきたようです。

 

トレーナー不在でトレーニングオフの今日。あまり本腰入れて走るわけにもいかないので流す程度ですが、それもで目に見えてヴァニィの表情が明るくなってきました。

 

本当にこの娘はセルフコントロールが上手くなりました。

最近では喧嘩していたルームメイトとの関係も良好と聞きます。

 

弱い自分を受け入れる。そしてそれを乗り越える。

 

私には・・・まだできていないかもしれませんね。

 

 

私も弱い自分は・・・知ってはいます。

私がここに、トレセン学園に来た本当の理由。

 

ーーー格式高いG1で結果を残すこと。そして・・・実家を乗っ取ること。

 

・・・復讐です。

 

私の実家は、そこそこ名があるとはいえ、家系の中でいくつかのG1を取ったことがある程度。

そんな実家のヒトが誰も文句を言うことができない結果を。そう、例えば・・・春の”天皇賞”

その盾を持ちかえれば、簡単に上下関係は逆転します。

 

誰にも負けないスタミナで春の天皇賞を制し、私を出来損ないと呼んでいたヒト達に叩きつける。

 

それが、最初の理由。

 

まぁ、いきなりスタートで躓いていたんですけど。

 

 

 

『長距離がダメならそっちは捨てよう。俺が、戦えるようにしてやる。舞台は中距離だ。』

 

 

きっと、あのヒトに出会えなかったら・・・私はまだ春の天皇賞に、復讐にしがみついていたと思います。

そしてレースでは芽が出ず、ここを去り、復讐に取りつかれたまま、レース以外の道で復讐を目指すバ生。

 

 

・・・出会うことがなかった、ヒトたち。

 

トレーナーさんと出会えなかったら、自分の理想を体現するためにすべて賭けて走るルドルフ先輩を間近で見ることはありませんでした。

トレーナーさんと出会えなかったら、3年間も前だけを見て努力し、そしてついには才能を開花させたトット先輩に会うことはありませんでした。

トレーナーさんと出会えなかったら、PTSDという壁に正面から立ち向かい、自分を乗り越えるこの盟友と会うこともありませんでした。

 

 

本当に、本当に前しか見ていないヒトたちばっかりです。

 

復讐など・・・・バカらしくなってしまう程に。

そして、そのすべての中心にいるのが、トレーナーさん。

 

・・・欲しくならないわけ、ないですよね?

 

 

 

このヒトたちのせいで、私のバ生の目的だった復讐はもうどうでもよくなってしまいました。

 

 

 

うーん、でも・・・実家を乗っ取るのはアリかもしれませんね。

 

私たちはルドルフ先輩に勝つ。

そして、目指すはトレーナーのお嫁さんの座。

 

旦那さん1人、お嫁さん4人。しかも正妻の座に、皇帝。

 

多少なりともざわつくであろう世間に実家の名はちょっとくらい役に立ちそうです。

 

そうですね。そうしましょう。

決めました。あの家はやっぱり乗っ取りましょう。

 

となると、やっぱり結果は必要ですね・・・秋の天皇賞、ジャパンカップ。この当たりを狙っていきましょうか。私、結構野心家なんですよね。

 

その前にデビューですけど。

ああ、私、デビュー前なんでした。どうもトレーナーさんやルドルフ先輩の目線の高さに慣れてしまうと足元が疎かになってしまいますね。このあたりは一度失敗しているが故に地固めが揺るぎないヴァニィを見習わないといけません。

 

 

「そういえばヴァニィ、聞きました~?」

 

「ん?なにを?」

 

「ルドルフ先輩のウィンタードリームトロフィー、終わったらすぐに私たちメイクデューらしいですよ~」

 

「あー・・・聞いた。大丈夫かなぁ?私。」

 

この大丈夫、は・・・・ヴァニィのPTSDの症状のことでしょう。

いまでは体が硬直するようなことはなくなったとはいえ、明らかにまだ私たちチームメイトと走る時とそれ以外では実力に開きがあります。

 

 

「トレーナーさんは、問題ない、と仰ってましたけどね~」

 

「でもさ、あのトレーナー、トット先輩のメイクデビューの時も半々の確率に賭けて大丈夫、って言いきってたらしいからさ~」

 

 

ふふふ・・・知っている癖に。あのヒトの『大丈夫』が私たちにどれほどの力を与えてくれるのか。

きっと、あの日のトット先輩も、確率は50%じゃなかったと思いますよ?

 

「じゃあヴァニィは、トレーナーさんが”スリヴァッサは実力の半分も出せれば新バ戦は大丈夫”と言っていたのに、あまり自信はないんですね~」

 

「ずるいな、その言い方。そっか、そんな事言ってたのか・・・へへ」

 

 

まぁ、うれしそう。

敵に塩を送ってしまいました。

 

私、新バ戦でもあなたに勝ちを譲るつもりないですけどね。

お互い様でしょうけど。

 

あ・・・そういえば。

 

 

「そういえば、ヴァニィ、そろそろ先輩のレースじゃないです?」

 

「あーしまった!急いで戻るぞ、コロネット!」

 

 

すっかり時間を忘れていました。そろそろ先輩のレースのTV中継の時間です。

急いでトレーナー室に戻りましょうか。

 

さて、レースの行方は・・・・・どうでしょう?

 

 

 

ーーーーーー⏱ーーーーーー

 

 

 

『TVの前の皆さま!聞こえますですしょうか?この大歓声が!トロフィーリーグに移籍するも半年もの間雌伏していたシンボリルドルフが・・・誰もが待ち望んでいたあの皇帝が再びターフを沸かせています!これが、これが皇帝のレースです!そしてなんと今日の勝ち星を含め、出走したレースはここまで無敗!並みいるトロフィーリーグのウマ娘を蹴散らし、これで今季4勝目だぁ!』

 

 

「うっそだろ・・・また強くなってる・・・」

 

 

ルドルフ先輩のレースは、圧巻そのものだった。

 

速くなっている・・・のかはどうかわからない。

ルドルフ先輩の相手ともなると対抗バの仕掛けてくる戦略も並ではない。こちらのスタミナを削ってきたり、終盤での加速力を落とさせたり・・・速ければ勝てる、という次元ではないのだ。だからその日の戦略謀略の状況次第でレコードは結構上下する。

 

だけど、確実に強くなっている。あたしの見間違えじゃなければ・・・先ほど、最後のスパートの直前、前のウマ娘に進路を明けさせなかったか・・・・?

 

 

「ヴァニィ・・・もっかい1から練り直しですね~」

 

コロネットも感じたようだ。プランの強度をもう一つ上げなければこの先輩相手に勝ちはない。それほどのレースだった。あのレベルで走っている対抗バに進路を明けさせるなど・・・尋常ではない。

 

 

 

 

あたしたちの初めてのトレーナー争奪杯。これが2週間後に行われる予定だ。

 

 

はっきり言って初回の今回はチャンスだ。

まだ、ルドルフ先輩は3対1、つまり3人のうち誰か一人でも先輩を降せば勝ちという圧倒的に先輩に不利なこのレース体系に慣れてはいない。

それに、あたしたちがどんな連携で戦うのかも先輩にとっては未知数。

 

あのルドルフ先輩のことだ。トレーナーがかかっているこのレースで油断などというものが入る余地はまったくないだろう。であれば、手の内がバレていない今回が一番のチャンスと言ってもいい。

 

 

それに、早い段階で勝つことはあたしとコロネットにとっても意味が大きい。

 

ルドルフ先輩を攻略した後に、あたしたちはトレーナーも攻略しなければならない。

ルドルフ先輩があたしたちを受け入れるのとトレーナーがあたしたちを受け入れるのは別問題なのだ。

 

トレーナーはたぶん、トット先輩は受け入れてしまうと思う。というか恐らくトット先輩が押し切る。

なぜならあたしの見解ではあのルドルフ先輩ですら既にトット先輩に陥落しかかっているからだ。でなければ今回の条件は引き出せなかった気がする。

 

では、あたしとコロネットはどうか?いままでトレーナーにアピールできていたか?

 

答えはNOだ。ルドルフ先輩にびびってたからな。

 

例えルドルフ先輩に勝てたとしても、それが先輩の卒業間近でなにもできなかった場合、トレーナーがトット先輩だけ受け入れて、あたしとコロネットはフラれる。それが現状はありえる未来なのだ。

 

 

となれば、早めにルドルフ先輩に勝ってアピールするチャンスを作らないとならないのだが・・・

 

こんな圧倒的にあたしたちに有利な条件にもかかわらず、軽自動車が何台並んだところでレーシングカーには勝てないというごく当たり前の結論に至ってしまうほど、実力差が天と地だ。

 

 

「コロネット。」

 

「はい~?」

 

「門限ギリギリまでやるぞ。」

 

「ふふふ~やる気、ですね~?もちろん、お手伝いしますよ~」

 

 

 

まったく、難儀なヒトに惚れてしまったものだ。

 

ハードル高すぎるだろ、まったく。

 

 

「ハハッ・・・燃えてきた」

 

 

ただ、逆境に燃えてくるのは・・・これはカマルの血か。

 

不可能の扉をぶっ壊すのがトレーナーから課せられた、あたしたちの仕事だ。

 

 

 

 

 

さぁ・・・やろうか。あたしの仕事の時間だ。

 

 

 

 

 

一度きりのこの瞬間に

賭けてみろ 自分を信じて

 

時には運だって必要と言うのなら

宿命の旋律も引き寄せてみせよう

 

 

 

 

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「トレーナー君。ただいま。」

 

「おかえり、ルドルフ。お疲れ様。やったな。」

 

「ああ。流石に一筋縄ではないな、トロフィーリーグは。感謝する、トレーナー君。今日の勝利も、まぎれもなく君のおかげだ。」

 

 

トロフィーリーグ4戦目。楽な戦いではなかったが、今回も私は勝利した。

 

今はターフから控室に戻り、ウイニングライブまで少しの休憩時間。

いつもならトレーナー君からご褒美(頭なでなで)をもらっている時間だ。

 

しかし・・・シニアクラスでも大いに感じていたが、トロフィーリーグに上がってそれはどんどん顕著なってきた。

 

このレベルは、トレーナーの力が勝敗に露骨に影響する。

 

もちろん、走るウマ娘に力が必要なのはわかりきってはいるが・・・こと、このレベルともなると、もはや単純な速い遅いの問題だけでは勝敗はわからない。それに、そもそもがここには速いウマ娘しかいない。

 

戦術の立案能力、これの差が大きく影響してくるのだが・・・その前提条件となる対抗バの分析能力。

この能力が恐らくトレーナー君は他のベテラントレーナーと比較してもトップレベルだ。トットやスリヴァッサ、コロネットを拾ってきた目は伊達ではない。

 

戦術の立案自体については、私もずいぶん前から彼を高く評価していたのだが・・・・そのバックボーンたる情報収集、分析に関しては最近では舌を巻くレベルだ。私は現状、この分野はもう完全にトレーナー君に頼り切っていた。

もはや、競ったことがあるウマ娘との再戦などで私が白だと思っていた相手でも、トレーナー君が黒だと言えばそれは黒と情報の上書きをしている。なぜなら本当に黒だからだ。それほどまでに精度が高い。

 

 

「俺は、送りだすところまでしかできないからな。実際に走るルドルフにそこまで手放しに褒められると・・・ちょっとむずがゆいな。俺はターフの上では何もできないのだし」

 

 

当の本人の評価はこの程度だが。

トレーナー君の認識だとウマ娘を育成する能力がトレーナーとしての能力であり、この戦術立案はおまけ程度なのだろう。実際、戦術立案はウマ娘に一任して口を出さないトレーナーも多い。

 

だからこそ、この能力を有するトレーナー君と共に挑んでいる私はトゥインクルシリーズの更に上のリーグですら無敗という記録を更新できているのだが。

しかし本人はできることをやっているだけ、程度の認識のようだ。

 

 

「そんなことはないよ、トレーナー君。今のシンボリルドルフは、君という半身があってこそだ。これは、君にだって否定はさせるわけにはいかない。」

 

「んー・・・そっか。まぁ、役に立てているなら、いいか。」

 

 

・・・あまり認識が改まっている様子はないな。本当に感謝しているのだが。

 

 

「ところでルドルフ。一応確認だが・・・ライブのあとにレースの打ち上げ的なものは・・・」

 

「ああ、なしで頼む。撫でてもらうのも今日はなしだ。今は・・・集中力を切らすわけにはいかないのでね。もうひとつ、大事なレースが控えている」

 

「まぁ、そういうかと思っていたが。2週間後か・・・本当にやるのか?」

 

「もちろん。皇帝に二言などないさ。君がかかった勝負だ。一切気を抜くつもりはない。」

 

 

 

2週間後。私はトレーナー君の所在をかけて後輩たちとレースをする。

 

 

私は・・・正直少し前まで、迷いの渦中にいた。

 

トレーナー君を誰かが奪いにくるということならば、そんなことならば言語道断だった。少しも迷うところはない。相手が誰だろうと叩き潰すのみ。

だが・・・私と同じようにトレーナー君が好きだと言った後輩たちは、私からトレーナー君を奪うのではなく、ただ今のまま、この先も共にありたいと願われてしまった。

 

そして、私も・・・そう願う後輩をただ切り捨てることができないほど、彼女たちに深入りしてしまった。

特にトットに関しては、切り捨てることは私自身がが”寂しい”と感じてしまうほどに。

 

では、トレーナー君を開放するのかといえば・・・それはそれでダメだ。

彼女たちがトレーナー君とキスをしたり、ましてはそれ以上の事など・・・考えるだけでも嫉妬する。

さらに、1人は私まで狙っている。

 

 

私にとって、初めてのことだった。自分がどうしたいのかがわからない、など。

 

 

だから・・・私はレースに託すことにした。自分のバ生の大半を費やした、この走るということに。

 

なにか事を成すとき、重要なのはまず”決める”ことだ。

決めることができれば、あとはそれをやり抜くのみ。

 

レースの結果に、私は自分の命運を託すことに決めた。

ならばあとは簡単だ。

レースだというならば、そこには勝つということ以外の選択肢はない。つまり、叩き潰す。

 

それでも・・・・全力でぶつかり、それでも、もし私が後塵を拝するということになったのならば・・・それもまた結果だ。

自分の決めたこととして、私は後輩たちを受け入れる。

トレーナー君と後輩たちが何をしようとも、ちょっとくらい邪魔する程度に留めるし、トットの餌食にだってなってやろう。

 

 

そう決めたときから・・・私の迷いはなくなった。吹っ切れたと言ってもいい。

もはや、どちらに転んでも後悔はない。

私にとってレースとはそういうものだ。

 

 

そして・・・実は少しばかり高揚している自分もいる。

私は、この学園にきてから、自分の理想を背負わずに走ったレースはない。

それ自体を辛いとか、不満に思ったことは一度もないが・・・

 

ただ、純粋に楽しみではある。

 

このレースには皇帝しての矜持も、体面も必要ない。

 

ただ一人のウマ娘として。1人の女として。

最愛のヒトをかけてターフで戦う。

 

すべての枷を外して走る私は、自分でも未知数だ。

 

 

「トレーナー君。手を貸す必要はない。でも・・・見ていて欲しい。君が育てた、君が愛してくれたウマ娘の本気を。」

 

 

 

さぁ、後輩たちよ。

 

ーーーかけっこの時間だぞ。

 

 

 

 

 

光の速さで駆け抜ける衝動は

何を犠牲にしても叶えたい強さの覚悟

 

 

 

 

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PM:14:00

 

トレセン学園校庭レース場 芝 2400m

天候:晴天 バ場状態:良

 

 

 

先週、学園内の選抜レースが終わった。

ターフではその結果を受けて新たにトレーナーがついたウマ娘がすこしギクシャクしながらもトレーナーと共にトレーニングを始めたり、トゥインクルシリーズではもう目と鼻の先にせまるジャパンカップへの切符をもつチームが調整に入ったウマ娘のサポートでせわしなくなっていたりする。

 

天気は快晴。秋晴れというのだろか。

もう残っていた暑さも鳴りを潜め、木々は紅葉へと姿を変えていた葉を少しずつ散らせつつある。

落ちた葉を、爽やかな乾いた風がさらっていく。

 

絶好のトレーニング日和だ。

でも本日のトレーニングはお休み。

 

 

・・・今日はレースの日だ。

 

 

そう、レースの。

これから、私とヴァニィちゃん、コロちゃんはルドルフ先輩にトレーナーさんを賭けて勝負を挑む。

今の時間はトレーナーさんが校庭レース場の2400mのコースをチームカマルとして貸し切っていた。

 

年に4回しかない、トレーナーさんの争奪レース。

今日はその第一回目。

 

ルドルフ先輩は別の場所でウォーミングアップをしていたため、今はこちらに向かっているらしい。

私とヴァニィちゃん、コロちゃんはすでにウォーミングアップを終えている。

今はスタートラインの近くで、取り仕切っているトレーナーさんと共に待機しているところだ。

 

 

「しかし、トラットリア。おまえ、その恰好で走るのか?」

 

「えへへ・・・似合ってますか?」

 

 

トレーナーさんに指摘され、今一度自分の装いを確認する。

 

私は今日、G1のホープフルステークスへの出走が決まり、新調した私の勝負服に袖を通していた。

トレーナーさんとの初デート(偽だけど)で着たフレアスカートを彷彿とさせる全体的にかわいらしい、ちょっとふわふたしたガーリーなデザイン。だけど、色は真紅と黒にした。

 

最初は・・・憧れのオグリ先輩が着ている白や大好きなルドルフ先輩の深緑も候補に挙がっていた。

だけど、トレーナーさんの”憧れているだけじゃ、越えられないぞ”という一言で私はそれらを取りやめた。

勝負のために着るならそれらの相対色がいい。

私は、もうターフの外で憧れているだけのウマ娘じゃない。同じターフで、同じ土俵に立ちたいんだ。そんな願いも込めた。ただ単に赤が好きだったということもあるけど。

 

公式レースで勝負服を着ることができるのはG1以上という取り決めがある。

ならば・・・初めて勝負服で走るのに、今日以上に相応しい日はないと思う。だって、今日はG1だ。間違いなく。

 

 

「トット先輩~大変お似合いですよ~」

「いいなぁ・・・勝負服。すごいカッコイイっス。あたしもいつか着たいな・・・」

 

ヴァニィちゃんとコロちゃんにも褒めてもらった。

 

すごいなぁ、この2人は。まだ公式のレースには出たことないのに、今纏っている雰囲気はレース前のウマ娘のそれだ。それもすごく調子がいい時の。

 

油断なく、気力も充実しているがとてもリラックスしている。

私はメイクデビュー、もっとガチガチだったなぁ・・・

 

 

 

 

「ん。来たか。」

 

 

トレーナーさんがふと見上げた先、校舎からレース場につながる遊歩道の上。

 

彼につられて視線をあげると、そこにはゆっくりとした足取りでこちらに向かっているルドルフ先輩の姿があった。

 

ーーーー深緑のジャケットとスカートに黄金の肩章、真紅のマント。そして輝く7つの勲章。

 

 

それは、まごうことなき”皇帝”だった。彼女だけに許さる、7つの冠を制した証をまとった勝負服。

先輩も私と同じ認識なんだと思う。今日はG1だ。

 

でも・・なんだろう。いつもとは・・・雰囲気が違う気がする。

 

 

「少し待たせてしまったかな?すまない。」

 

「いや、時間は大丈夫だが・・・ルドルフもそれで走るのか?」

 

「ふふふっ。君の所在をかけているんだ。ならば今日は間違いなくG1だろう?たぶん、トットもそのつもりだろうと思うが」

 

 

トレーナーさんと話しながら朗らかに笑うルドルフ先輩。

 

私は、それで気が付いた。

 

そうだ、今日はいつもの彼女が本気のレース前に見せる、あの”威圧感”がない。

相対するだけで身をすくみあがらせる、あの圧倒的な威圧感が。

 

 

「トットの勝負服は初めて見たな。・・・かわいいじゃないか。トット、似合っているぞ」

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

 

その朗らかな雰囲気のまま、ルドルフ先輩が話しかけてきた。

 

率直な私の感想は・・・”怖い”

 

この怖さは・・・これは畏怖だ。威圧されていないのに、私の方が本能的に感じ取ってしまった。

まるで、抜身の真剣に話しかけられている気分だ。

 

ウマ娘とは・・・ここまで研ぎ澄ますことができるものなのか。

 

 

 

先輩はその後、私と二言三言、言葉を交わすと、トレーナーさんの元へ戻っていった。

 

油断など・・・この先輩がしているわけがないのはわかっていたが。

 

私の本能が警戒を告げる。

今日のルドルフ先輩は・・・さらに底が知れない。

 

 

 

なのに・・・だというのに。

 

 

「トット先輩・・・あたし、おかしいんスかね?なんか、ルドルフ先輩見てると・・・いつもより怖いのに、こう、なんか・・・」

「うん・・・わかるよ、ヴァニィちゃん。あのルドルフ先輩は、私たちが知らないルドルフ先輩だ。だけど・・・なんだろう。今の先輩は見てると・・・気持ちが、高ぶってくる。」

 

 

今のルドルフ先輩からは相対するウマ娘を威圧し、委縮させるような雰囲気は感じない。

むしろ逆だった。

 

早く、走りたい。彼女と。全力でぶつかりたい。

自分の実力を、試したい。

 

そう思わせる雰囲気があった。

怖いのに・・・ワクワクが止められない。

 

「トット先輩、ヴァニィ。あのルドルフ先輩は想定外でしたけど・・・引っ張られちゃダメですよ~。自分の、レースをしないと~」

「コロネット、冷静な助言、ありがたい・・・けど、尻尾、揺れてるぞ。」

「あはは。ヴァニィちゃん、コロちゃん。・・・・さぁ、やろっか。強いよ、あの先輩。」

 

 

ルドルフ先輩はすでに準備を終え、スタートラインで私たちを待っている。

あまり先輩を待たせるわけにはいかない。

 

私たちもスタートラインの方へ向かう。

 

 

コンディションは上々。

やる気も十分。

 

 

 

 

 

ーーーー勝負です。ルドルフ先輩。

 

 

 

 

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「位置について・・・よーい・・・スタート!」

 

 

 

トレーナー君のスタートの合図に合わせて私とトット、スリヴァッサ、コロネットの四人が一斉に大地を蹴る。

 

今日、私はレースに臨むにあたり、レース中、常に掲げていた理想という名の鎧を脱いできた。

ここにいるのは、ただのウマ娘、シンボリルドルフ。

 

すべての枷を外してレースに臨むなど久しぶりだ。

 

 

私は今回、先行の作戦を取った。

脚質的にコロネットはまず序盤は差しに近い位置取りになる。トットは完全に差しだ。

先行を選んだ理由は、相手にトットがいるから。

彼女のスパートを潰すには出鼻をくじく必要があるが、おそらく他の2人が妨害するだろう。

ならば、差しで終盤にトットと競り合うよりは前半戦で差をつけていた方が展開を有利にできる。

 

おそらく当面、私と競り合うのはスリヴァッサただ一人。

 

 

私の予想通り、私とスリヴァッサは他の2人より先行し、前へ出た。

 

現在、ハナを進むのは私、そのすぐ後ろにスリヴァッサ。

何バ身か離してコロネット、さらにトットが続く。

 

 

第一コーナー手前・・・・早速スリヴァッサが仕掛けてきた。

 

 

私の陰に入り、私に歩調と呼吸を合わせようとする。

この技は・・・

 

 

・・・舐めているのか?その技の持ち主は私だぞ!

 

 

彼女が仕掛けてきたこの技は相手の虚を突くことに真価がある。

確かに、私の陰に隠れて気配を消すことに関しては良く練習している。及第点をやろう。

 

だが。

 

 

ーーガッ!

 

 

スリヴァッサが瞬間的なスパートを仕掛けたタイミングでこちらも一瞬だけ加速する。

相手を抜くための技だ。来るとわかっていればどうということもない。

 

相手と同じだけ加速すれば、抜くことはできない。彼女と私の位置はまだ変わらない。

そもそも、こんな序盤で先頭を争ったところで・・・

 

 

・・・・いないな?

 

 

一瞬スパートした気配を感じ取ってスリヴァッサのスパートを潰しにかかったが、すぐ後ろにいるはずの彼女の気配がない。

私の後ろに隠れているわけではないな。その程度を見破れない私ではない。

 

ならば・・・外か!

 

 

 

「先輩、先輩の技が先輩に通じないのくらい・・・折り込み済っス!」

 

 

いた。

 

私のすぐ隣。

 

一瞬だけスパートする気配を私に見せ、私の脇をすり抜けると見せかけて技を位置取りの修正に使ったようだ。

 

・・・なかなかやる!

 

 

第一コーナー、私とスリヴァッサは横並び状態でカーブを曲がる。

内が私、外がスリヴァッサだ。

 

 

「スリヴァッサ、その場所にいて、スタミナで私に勝てるかな?」

「いいっスね、先輩。いきましょうか・・・・ス・タ・ミ・ナ!! 勝負!!!!!」

 

 

 

コーナーを抜けた直後の短い直線、スリヴァッサが加速した。

スパートではなく、ペースアップ。

 

 

 

これは・・・逃げる気か!

 

 

「だりゃーーーーーーー!」

 

 

どんどん加速するスリヴァッサ。

 

なるほど、私と同じようなスタイルだと思っていたが、彼女には逃げの選択肢もあるのか。

 

スリヴァッサは、私の正確な位置を測定し、ぴったり5バ身差をキープしたところで私と速度を合わせた。

これは、付け焼刃ではないな。確かに彼女には逃げの才がある。

 

 

面白い・・・君の強度、試してやろう!

 

 

私はわざとその差を許し、代わりに彼女にプレシャーをかける。

僅かに靴音を高く響かせ、腕を大きく振り風を切る。

スリヴァッサ、私は逃げウマ娘を威圧するのは・・・結構得意なんだ。

 

こちらもスタミナを少し余計に使いはするが・・・追われる君はその比ではないな?

 

 

「ぐ・・・ううう・・・・!だりゃーーーー!」

 

 

負けじと踏ん張り、今の差をキープするスリヴァッサ。

 

 

だが・・・・それこそが私の術中だ。

 

スリヴァッサは気づいていない。私が走るペースを少しだけ調整していることを。

 

プレシャーに押しつぶされんとしながら、この僅かばかりに変化するペースを正確に捉え5バ身差をキープしようとする。

自分がプレッシャーに負けて速度が落ちている思い焦れば・・・君のスタミナにあとはないぞ!

 

 

 

第二コーナーも過ぎ、向こう正面へ。

 

スリヴァッサはまだ根性で今の差をキープしている。

 

だが、足音の感覚、姿勢の維持、呼吸音、そして、心音。

確実に彼女のスタミナは大きく削れてきている。

 

彼女の逃げは、もう少し実戦を積めばモノになりそうではあるが・・・まだ及第点はやれんな。

 

そして、スリヴァッサばかりに気を取られているわけにもいかない。

そろそろ・・・上がってくるはずだ。

 

 

トットットットットットッ・・・・

 

 

きたな・・・コロネット。

 

 

彼女の走りはウマ娘全体でみてもかなり特殊だ。

スタート直後から仕掛ける超ロングスパート。

チームの並走などでスパートを使っていない時の彼女は、かなり正確なタイムキーパーとして活躍しているが、レース中、ロングスパートを使う彼女は徐々に加速することで別物になる。

 

 

これは、こちらの体内時計をかなり狂わせてくる。

 

私は瞬時に自分の位置と彼女の位置、これまで走った距離、そして2400m仕様のコロネットの加速を計算する。

 

コロネットの走りに付き合ってしまうといつの間にかスタミナを削られてしまう。

代わりコロネットには最後の直線での爆発的な加速はない。

 

自分がどの位置で一度抜かれるか、どこでスパートをかけるのか。どこで差し返すのか。

これを予め頭に入れていないと彼女に引っ張られてしまい、彼女の規格外のスタミナと真っ向勝負することになってしまう。

こうなると最後の直線でスパートをかけるスタミナは残らない。

 

 

前方のスリヴァッサは・・・・差が縮まってきたな。

スタミナが尽きてきたか。

まだなにか仕掛けてくる可能性はあるが、何をするにしても、まずはスタミナありきだ。

一応の警戒は解かないが、おそらくスリヴァッサが私の前を先行するのは第四コーナーまで。

 

 

コロネットの方は・・・今の位置ならおそらく四コーナー終わりから坂路で一度抜かれるが、差し返すことには問題ない。

 

あとはトットだが・・・

先行しているスリヴァッサと私の位置、さらには正確なタイムを刻むが故に計算しやすいコロネットの位置からトットの位置を割り出す。

 

おそらくコロネットの5バ身後ろあたり。

トットのスパートを潰す最も簡単な方法・・・早いレース展開で蚊帳の外にしてしまえばいい。

幸い、スリヴァッサが引っ張ったことにより意図せず展開は早くなっている。

 

その位置からスパートをかけても、残り200mの直線で私を差し返せはしない。

 

通常ならば、この時点で私の勝ちは見えている。

だが・・・君たちは通常ではなかったな。

 

 

レースはそろそろ第四コーナーを終え、終盤へ。

あとは・・・坂路と直線を残すのみ。

 

私はさらに自分の勝利を盤石とするため、自分のスタミナと残りの距離を再計算に入る。

走行中に俯瞰的に全体を計算するこのスキルは・・・トレーナー君とレースに挑むようになって培われたものだ。彼の戦術眼に見合った走りをしたい。

その一心で身に着けた。

 

・・・・君達、新人とはトレーナー君と培った時間が違う!

 

 

 

 

 

「・・・だりゃーーーーーー!!」

 

 

坂路に入った直後、私ともう1バ身差もないほど詰められていたスリヴァッサがスパートをかけた。

 

それは・・・やぶれかぶれだろう!

 

 

一瞬スリヴァッサに気を取られたが、今の彼女のスタミナで最後までもつわけがない。

恐らく最後200mを残す時点で失速するであろうスリヴァッサは無視し、私は最後の直線に備えて、残りのスタミナからどの程度この坂路で速度を出すのか計算した。

 

そろそろコロネットに抜かれはずだ。だが、今の位置なら差し返すことに差し当たって問題は・・・

 

なんだこの違和感は。

 

いや、これは・・・

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・計算が、合わない?

 

 

私の計算より・・・・現時点で残っているスタミナが・・・多い。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ~ルドルフ先輩。ちゃんと計算してくれてましたね・・・私の速度。」

 

 

コロネットがまだ後ろにいる。

 

おかしい。

 

 

 

 

 

 

もう坂路も終盤、あと残すは200m、最後の直線。

 

すでに抜かれているはずだ。コロネットには。

ずっとスパートをかけっぱなしのコロネットは最後に加速はしない。

現時点で私の前にいなければ、彼女に勝ちはないはずだ。

 

おかしい。

 

・・・いや、もしや。

 

 

ーーーおかしいのは・・・私の感覚の方か?!

 

 

 

 

 

 

・・・いつからだ?

 

一体・・・いつから!!!

 

 

 

 

 

最後の200mに入る直前、2馬身ほど後ろにいたコロネットは不意に外へと進路を譲った。

 

そして、その真後ろから現れたのは・・・・地を這う姿勢でスパートの準備を整え発射準備を終えた、リトル・シースキマー。

 

 

ーーーリトルトラットリア。

 

 

 

 

「・・・・皇帝シンボリルドルフ!!!勝負です!!!!」

「・・・・皇帝シンボリルドルフ!!!勝負だぁ!!!!」

 

 

 

 

 

やられた・・・・!

 

これは・・・謀られた!!

 

トットがコロネットのすぐ後ろにいるわけがない。

スパートをかけていない状態のトットと、終盤のコロネットの速度はにはかなり差がある。

 

これは・・・トットは通常より全区間でペースアップ。そして、コロネットは恐らくロングスパートを途中で止めている。なぜか。トットがついてこれないからだ。

そして、トットはペースアップで使用するはずだったスタミナを・・・すべてコロネットの陰に隠れて温存した。スリップストリームを使い、コロネットを盾にすることで。

 

恐らく、スリヴァッサの逃げ策も、さきほどのスパートも。

すべてコロネットのペースダウンを気付かせないため。

コロネットがトットをキャリーしていることに気づかせないためだ。

 

 

その証拠に・・・スタミナを使い切り、私の横をへろへろになりながら失速していくスリヴァッサの口角は・・・上がっていた。

 

 

「へへへ・・・いけ・・・・!トット先輩・・・・!!!!」

 

 

すべては、終盤にトットを万全の状態で私にぶつけるために。

最初から、すべてこの最後の200mのために。

 

3人がかりでかまわないとは言ったが・・・まさか、スリヴァッサとコロネットは捨て石になったのか。

トットのスパートにすべてをかけて。

 

 

 

『3.2.1・・・・イグニッション!!!!!!!』

『汝・・・皇帝の、神威を見よ!!!!!』

 

 

 

私とトットが同時にスパートをかける。

 

 

コロネットの正確なラップタイムを信用しすぎた。こんなもの、チームメイトでなければ成立しない作戦だ。

 

私は知っていた。コロネットが常に正確に速度を刻むことを。レースの距離ごとに微妙にすべて加速度が違うことを。

 

そして後輩たちは知っていた。私がターフの上でそれを正確に計算できることを。

 

これは、私に全幅の信頼を置いた上での戦術だ。

私が慢心せず、コロネットの加速を研究していることも、それを基準としてそれぞれの位置を割り出してしまうことも、その計算を私が走りながら行えることも。

 

すべて私が手抜かず、全力でぶつかってくると信じた上での作戦展開。

その上で、私の計算を狂わせることのみに戦術の焦点を当ててきた。

 

 

これを立てたのはスリヴァッサか。

立てる戦術がトレーナー君のそれにそっくりだ。

 

・・・こんなものまで、コピーしたというのか、彼女は!

 

 

 

 

「はあぁぁあぁぁぁぁあ!!」

「うりぁぁぁぁああああ!!」

 

 

 

トットの今の位置は私の後方、その差2バ身。

 

この場所からのトットのスパートは・・・まずい!

 

 

いままで何度も出鼻を潰してきたトットのスパートだが、一度体勢に入られてしまうと初速から一瞬で最高速になるこのスパートはもう潰しようがない。

もはや真っ向勝負しか残されていない。

 

私とて、スパートの最高速が遅いわけではない。いや、ウマ娘全体から見ても私は上位だ。

 

 

それでも・・・・それでもこれは・・・!

 

 

 

「うぅぅぅぅおぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

つっ・・・速い!!!

 

 

まだ残りの距離は100m以上ある。

 

だが、もうトットは私の真横。抜かれるのも時間の問題。

 

 

 

ーーー負ける。

 

・・・このままでは、私は・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーいやだ。

 

負けてやんない。

 

 

不思議なことに、終盤も終盤。トレーナー君が掛かっているこのレースで負けが見えるほど追い詰めれた私は・・・トレーナー君のことは考えていなかった。

 

考えていたことは一つだけ。

皇帝の鎧を脱ぎ捨て、一人のウマ娘として臨んだレース。

 

その最後に残ったのは・・・受け継がれてきた、ウマ娘の『本能』

 

 

 

やだ。

負けてやんないもん。

 

だって速いのは、私だから。

私は誰よりも速く走るんだ。

 

誰よりも先にゴールするのは私だ。

 

走るのが一番好きなのも私だ!

 

 

 

 

『かけっこが、一番速いのは・・・・私だ!!!!!』

 

 

 

 

「うぁぁあぁあああああああああ!」

 

 

 

姿勢を・・・低く。

蹴る角度は・・・足の位置・・・腕の振り・・・・

違う、ここは私には合わない・・ならばここは・・・

 

 

 

負けない。

 

負けてたまるもんか。

 

 

 

 

「やあぁぁあぁぁぁぁあ!!」

「うりぁぁぁぁああああ!!」

 

 

 

 

 

勝つのは・・・私だ!!!!!

 

 

 

 

 

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信じられない・・・ものを見た。

 

レースが終わった。

レースを仕切ったものとして、チームのトレーナーとして、ゴールした彼女たちを労いに行くべきだろう。

 

そんなことはわかっていたが・・・俺は動けないでいた。

鳥肌が・・・止まらない。

 

 

 

「私の・・・・勝ちだ!!!!!」

 

 

俺の位置から少し離れたゴールラインでは、珍しくルドルフが握りこぶしを天に突き上げ、勝鬨をあげていた。

あそこまで勝った喜びを素直に出すルドルフはあまりない。

 

 

 

誰が・・・一体誰が想像できるのだろうか。

3人がかりとはいえ、明らかに格下であるデビュー前とジュニアクラスのウマ娘がトロフィーリーグで無敗のウマ娘を負ける寸前まで追い詰めるなど。

 

そしてさらには・・・限界を超えさせるなど。

 

 

終盤、俺は新人組の戦術勝ちになるかと思った。

それほどまでに練り上げられた戦術だった。恐らく現時点では最高の。

 

だが、最後の直線・・・ルドルフは今まで見せたこともない2段加速を繰り出し、その練り上げられた戦術を真っ向から力で叩き伏せた。

しかも、2段目の加速、あれは明らかに俺がトラットリアに授けたスパートだ。

 

爆発的な初速がないと体勢を維持できない欠点を、スパートの最中に使うという力技で補い。

更には足りない脚の筋力を補うべく、姿勢や角度をすべて自分仕様に修正まで。

 

可能なのか・・・こんなことが。レースの最中、しかも終盤の競り合いの中のぶっつけ本番でだぞ。

 

 

そして、そこまでルドルフを追い詰めたトラットリア、スリヴァッサ、コロネット。

 

3人がかりとはいえ・・・この目で見たのに信じられない。おまえたちが追い詰めたのは・・・皇帝だぞ。

トゥインクルシリーズの覇者、七冠バだ。

このうち2人はデビューすらしていないのに。

 

 

 

 

「トレーナー君!勝った!勝ったぞ!!私の勝ちだ!ははは!」

 

 

俺が棒立ちだったので教え子たちの方がこちらに歩いてきた。

ルドルフはちょっと見たことないくらい上機嫌だ。

君・・・3冠取った時より喜んでないか?

 

 

「くそー・・・ルドルフ先輩がトット先輩のスパート使うの、レギュレーション違反じゃないっスかねぇ・・・」

「はははっ。その違反は君もよくやるだろう。というか、スリヴァッサ。君、トレーナー君の戦術まで盗んだな?」

「ぐぬーーーー!あとちょっとだったのに!あとちょっと!ほんのちょっとだった!ぐぬーーーー!!」

「トット先輩~次、次がんばりましょう~?」

「次は今の戦術は通じないぞ。もう見たからな。はははっ」

 

 

・・・君たち、さっきまで死闘とも言えるレース、走ってたよな・・・?

 

 

和気あいあいと話をしながらこちらに向かってくる教え子達。

本当に何から何まで、こちらの常識の範囲を越えてくる。

 

 

 

 

この娘たちとなら・・・必ず成し遂げられる。

 

 

ーーートレーナーして、チームを立ち上げる時に最初に誓った思い。

 

 

ルドルフと共に、すべてのウマ娘が幸せな世界を作る。

その為に・・・まずはこの学園の常識を覆す。

選抜レースのみに囚われないウマ娘の評価体系の模索。

 

 

だが、最初に変えられたのは・・・きっと他ならぬルドルフだろう。

 

今、後輩たちと笑いあうルドルフは・・・年相応のウマ娘にしか見えない。

生徒たちから怖がられ、その距離に悩んでいたルドルフは・・・ここには見当たらない。

 

 

 

そして今日。俺は確信した。

 

 

もう少しだけ待っていてくれ。

さまざまな壁に阻まれ、その才を埋もれさせているまだ見ぬウマ娘たち。

 

君たちの先輩は・・・必ず君たちの前にあるその壁をぶち壊すぞ。

 

この学園は進化する。きっといい方に。

 

 

 

 

「トレーナー君!賞品授与だ!ご褒美(頭なでなで)をもらう!この間はお預けだったからな!さぁ、トレーナー室に行こうか!」

「ずるい!ルドルフ先輩ずるい!」

「ずるくないトット!勝ったのは私だ!」

 

 

およそ人類の襟首を引っ張てもいい力ではない力で捕まれ、そのまま俺は引きずられるようにトレーナー室に連行される。

 

あのー・・・もうちょっと感動していたいんですけど・・・・

 

 

そういえば賞品にされていたんだった。

 

 

・・・まぁ、安いものか。

 

 

 

ーーーきっと、ここからこの娘達が紡いでいく物語に終わりはない。

 

そしてそれは誰かに引き継がれ、思いは継承していく。

 

そう思えば・・・俺の人生なぞ、くれてやってもお釣りがくる。

 

 

 

 

 

 

走れ今を まだ終われない

辿り着きたい場所があるから

その先へと進め

涙さえも強く胸に抱きしめ

そこから始まるストーリー

果てしなく続く

 

 

winning the soul

 

 

 

 

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ーーー18年後

 

トレセン学園/チームカマル・トレーナー室

 

 

 

 

「うーん、この娘も・・・だが、流石にあと一人だろう。それ以上はサポートしきれん。いや、睡眠を削れば・・・いやいや、もうそんな年でもないし・・・やっぱずらしてもらうしか・・・」

 

 

”皇帝”と呼ばれた生徒を担当していた頃からいくつもの月日が経ったが・・・

俺は・・・相変わらずここでトレーナーをしていた。

 

あの頃からは色々なものが変わった。

 

例えば、俺は今ではベテラントレーナーと言われる肩書になり、最近では後進の育成にも参加させられている。即興寸劇も指名される側から指名する側に回った。

俺の酒の肴になれ、後輩ども。

 

学園も変わった。微力ながら俺達が変えた部分もある。

たとえば、今悩んでいるサポートトレーナーシステム。

 

担当トレーナーがついていないウマ娘は四ヶ月・・・選抜のレースとレースの間のうち一週間だけ、好きにトレーナーを指名して担当してもらうことができる。

もちろん、今の俺のようにトレーナー側のキャパを超えてしまう場合もあるので、その場合は申し訳ないが時期をずらしてもらったりするのだが。

 

これが、結構いい新人発掘になる。

 

他にも・・・

ウマ娘専門の心理カウンセラーの常勤、相談室の設置。

教官とトレーナーの連携、トレーナー同士の情報共有。

評価体系の見直しに、教官からの推薦制度。

 

できることは片っ端から手を付けた。

 

そもそもがこの学園は徹底したウマ娘ファーストだ。理事長をはじめ俺がやりたいことは賛同者も理解者も多い。やることが増えるので二の足を踏むようなやつは全部結果で黙らせた。

 

変わったと言えばあの頃から考えればトレーナー室の中だってずいぶん変わった。

PCのように型落ちになるため否応なしに更新していくものもあれば、うちのソファのように何度も骨折し、現在12代目となったソファ君もいる。

なんでそんなに頻繁にソファの脚が折れるんだ。ウマ娘はソファをなんだと思っている。

 

ただ、変わらないものだってある。

今ではあまり場所を動かすこともなくなったが、相変わらず専用椅子に座っているぱかプチルドルフ(大)は現役だし、この、今座っている俺のデスクの片隅にある写真立てもずっと変わらない。その上のコルクボードにはどんどん写真が増えてはいるが。

 

写真立てには、この学園ではもはや伝説のような扱いになっている初代チームカマルの面々が写っていた。

・・・みんな若いな。確かこれは最初の夏合宿での集合写真。みんなでお揃いの根付を持って写真に写っている。

 

「みんな、今はなにしているかねー・・・」

 

すぐ隣に座っているぱかプチルドルフ(大)に話しかける。1人の時はこれに話しかけるのが癖になってしまった。

今日は外部のヒトが学園に出入り可能なので久しぶりに全員、ここに顔を出すと言ってはいたが・・・

 

さて、ぼやいてないで仕事を・・・・

 

 

 

 

 

バァン!

 

 

「パパ~!聞いてよ、もう!またマックイーンがさぁ!!!!」

 

 

なんの前触れもなしに突然ドアが開け放たれると一人のウマ娘が突っ込んできた。

 

 

 

「おま、ノックしろとあれほど・・いや、そもそもここにいるときはトレーナーと呼べと・・・あーどっから突っ込んでいいのかわからん。なんだ?またハチミーでも飲まれたか?」

 

「え~?いいじゃん。今誰もいないんだし・・・・」

 

「おまえ・・・いないかどうか確認すらしてないじゃないか・・・」

 

「それよりもさぁ!聞いてよ~!またマックイーンがさぁ・・・」

 

 

かつて担当した皇帝によく似た容姿・・・前髪に三日月を持つよく似た髪質、身長は当時の彼女よりは小さいが・・・・今は中等部も設置されているからそれはある程度は仕方がないか。あの頃の彼女よりは若いし。

性格が子供っぽいのは、その限りではないな。

 

 

このウマ娘は・・・俺の実子。母は言わずもがな、皇帝シンボリルドルフ。

彼女は母の才をほぼ余すことなく継承した・・・いわゆる期待の新人だ。

 

ただ、幼少の頃は俺も彼女にはかなり苦心した。

 

彼女は母に劣らぬ非常に高い才能をもっていたが・・・ガラスの脚といってもいいほど致命的に脚の強度が不足していた。

俺は、当時、学園の相談室設置のためにスポーツ医学の専門書を読み漁っていたが、まさか自分の娘を育てるためにその知識が必要になるとは思わなかった。

まったく、本当に人生なにがどこで役に立つのかわからないものだ。

 

その甲斐あって今では普通のウマ娘並には脚の強度を手にしている。

 

ーーー絶対に骨折なんかさせないぞ。絶対にだ。

 

 

「も~聞いてるの?パパ!これは勝負するしかないと思うんだ~。ね~いいでしょ?」

 

「ダメだ。マックイーンとの併走は今週分はもう終わっただろう。おまえらライバル心むき出しすぎて併走させるとその日はトレーニングにならん。大体、今日はターフが使えないだろうが。」

 

「けち~・・・まぁ、ターフは・・・そうだけどさ~・・・・」

 

 

今日は・・・オープンキャンパス、とでも言えばいいのだろうか。

学園入学前の幼いウマ娘が大量に遊びに来ている。

もちろん、ターフでのレースなど危なすぎて禁止だし、そもそもそのターフは今、前途有望な幼いウマ娘に占領されているはずだ。

 

 

「そういえば、みんなは今はなにしてる?今日来てるんだろ?子供たちが楽しみにしていたはずだ。」

 

「あ~さっき会ったよ!なんかね~3600m走れるコース見て、アイルトンが”走る~”って言いだしてね。走るみたい。」

 

「おま・・・あいつ未就学児だぞ・・・ルナたちは止めなかったのか?」

 

「うん。”頑張ってこい!”って」

 

「まじかよ・・・」

 

自宅の1600mのコースでは物足りない顔をしていたが・・・

 

 

俺の自宅にはトレーナーとしての溜め込んだ賃金と賞金の大半をぶち込んだ小規模なターフがある。なぜなら・・・俺の子供はみんなウマ娘だからだ。

 

この口を開けばマックイーン、マックイーンという目の前のウマ娘を含めて8人だ。8人全員ウマ娘だった。

 

なぜかウマ娘しか生まれない。俺の息子とキャッチボールする夢は潰えた。

 

 

まぁ、趣味:トレーナーになってしまった俺にとっては天国みたいな環境であるのも確かなんだが。

 

昼間は学園でウマ娘の育成。帰ったら自宅でウマ娘の育成。

休日も育成。長期休みも育成。

盆暮れ正月、全部育成。

 

天国だろ?妻たちには白い目で見られるんだが。

 

流石に最近は拗ねてしまうのでデートやらなにやらに気も使っている。

おかしいな。流行ってるんじゃないのか?イクメンパパ。

 

 

「ま~危なかったらママが止めるんじゃない?そもそも走り切れないと思うけど~」

 

「おまえ・・・自分は6才で3000mまで走ってぶっ倒れたの忘れたのか?ルナ、止めたか?」

 

「・・・・・・」

 

 

まぁ、本当に危なかったら周りが止めるだろう。

 

・・・それよりも。

 

 

「・・・そうだ。来てるぞ。勝負服。」

 

「ほんと~?!」

 

 

先ほどトレーナー室に届いた彼女の勝負服を箱から出してやる。

ルナから確かに引き継いだ才を持ちながら、彼女は走ることに貪欲だった。子供っぽい性格はまだ直らないがトレーニングにはとてもストイックだ。

 

その結果として、中等部ながら早くもG1の切符を手にしている。なんと無敗で。

 

 

「うわぁ~!見て見てぇ!ママと同じ!赤いマント~金の肩章~。うわぁ・・・かっこいい・・・・」

 

「どうですかね、お嬢さん。ご注文の通りかな?」

 

「うん!ママに見せてくる~!」

 

 

言うが早いかその場で着替えを始める。

少しは隠せ。そーゆーとこが子供なんだ。お前は。

 

 

 

そんなことは気にせず、さっさと勝負服に着替えた彼女は、そのまま勢いよくトレーナー室の扉を開ける。

 

 

「じゃあ、行ってくるね~」

 

 

外は快晴。

少し暗いトレーナー室からは逆光で、まるで勝負服で光の中に飛び込んでいくように見える。

 

 

 

そうだな。

 

次は君の番だ。

 

 

受け継いだ確かなものを手に、次の栄光へ。

 

 

 

「ああ・・・行ってこい。」

 

 

 

ここから始まるのは・・・君の物語だ。

 

 

 

 

ーfinー

 

 

 

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