人生万事、塞翁がウマ娘   作:tadas

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前作はルドルフが主人公だったのですが、なんかトレーナー君にもっていかれました。
今作はトレーナー君を主人公にしてみたのですが、なんかまたもっていかれた気がしてなりません。



皇帝の杖 やめました。

「会長、あの、こちらの書類なのですが・・・」

 

「なんだいエアグルーヴ。不備かな?」

 

「いえ、そういうわけではないのですが・・・・」

 

書類自体に不備はない。いや、おそらくなのだが。

 

つい先日まで絶不調だった我らがトレセン学園生徒会の生徒会長は、今は大量の生徒会の書類を瞬く間にさばいている。

 

そう、先日までは絶不調だったのだ。ほんの二日前まで。

 

見かねた私が不調の原因だろうと思われた彼女のトレーナー殿と話をすることを進言したのが二日前。

そしてトレーナー殿の所に向かったはずの彼女が、そのまま帰らず、まさかの無断外泊をしたのも二日前だ。

 

昨日は会長という立場でありながら無断外泊をしてしまったことを生徒会メンバー、一人一人謝っていらっしゃった。詳しい話を聞いたわけでない。だが私は彼女からの謝罪を受けながらも、まるで憑き物が落ちたような彼女の表情を見てきっと事態が好転したんだとは内心喜んでいた。

 

 

パワーアップしているのはどういうわけだろう。

 

 

なんというか、佇まいからしてもう違う。もともと彼女は実年齢よりも落ち着いた雰囲気や威厳があり、『皇帝』の二つ名に恥じない佇まいは持ってはいた。

 

だが今はさらに、ふとした際に見せる表情などが、同じ女の私からみても”綺麗だ”と思わせるような”色気”ともいえる雰囲気をまとっているのだ。

 

さきほども二日前に会長の不機嫌にあてられて怯えながら定期報告していた下級生が、今ではうっとりと呆けるように定期報告していた始末だ。

 

 

---トレーナー殿に会いに行っていた事実、無断外泊、色気・・・

 

・・・・・・会長、まさか大人の階段を登られてなど・・・いや、やめよう。邪推だ。

 

 

 

「会長、誠に申し訳ないのですが、さすがに一か月先の書類となると私の方で進めている分が追いつかないため整合性の確認が取れません。なのでしばらく会長のお手元で保存しておいて頂きたいのですが・・・」

 

「む。そんなに先の分だったか。それはすまない。私が不調の間、君たち他のメンバーにかなりフォローしてもらっていただろう。その()心戮力な様に今日 >・ ・]]は[[rb:興()が乗ってしまったようだ。」

 

【エアグルーヴのやる気が下がった!!!】

 

・・・・間違いなく絶好調であらせられる。

流れるようにぶちこんできた。

 

「特にエアグルーヴ、君には負担をかけてしまっていたね。自分の事ばかりに手いっぱいになってしまって申し訳なかった。今は大きなレースが控えているわけではないから私は調整に近いトレーニングなのだが、君も同じだろうか?」

 

だが、こうして私のことまで気にかけてける様は正直うれしい。やはり尊敬しているヒトからの心配りというはうれしいものだ。

 

「はい。と言っても私は次もブライアンに後塵を拝するつもりはありません。少しずつですが負荷を上げてきている所です。」

 

「そうか。ではお詫びと言ってはなんだが、君からは以前併走の希望をもらっていたね。私は今は調整期間中だし、トレーナー君に君との併走を進言してみようと思うのだが、どうだろうか」

 

「!!!!! はい! 是非お願いしたいです!!」

 

 

【エアグルーブのやる気が上がった!!!絶好調になった!】

 

「惜敗だったとは聞いているよ。とはいえ、雪辱を[[rb:消化> ・・]]するのは[[rb:しょうか> ・・・・]]んたんにいかないからね。私のことはうまく使って欲しい。」

 

 

 

【エアグルーヴのやる気が下がった!!!】

 

 

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「よし、ルドルフ。今日はここまでだ。俺は器具を片付けてくるから、ストレッチをしておいてくれ。今の君はトレーニング自体よりその後のストレッチの方が重要だ。念入りに頼む。」

 

「承知した。その後にトレーナー室に向かえば良いだろうか。」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

私は最後の1000m走で火照った体をほぐしながら今日のトレーニングを反芻していた。

内容は調子を落とさないための調整とはいえ、残り少ない彼とのトレーニングだ。少しでも心に留めておきたい。

 

先日、私とトレーナー君はどのウマ娘もデューしてから挑む3年間、トゥインクルシリーズを終えた。7冠の達成、ファイナルズ制覇という輝かしい記録と共に。

そして今、我が皇帝の杖たるトレーナー君は学園の方針によりその後の進路の決断の渦中にある。

 

一つ、チームを立ち上げ、引き続き私と次のドリームトロフィーに挑みながらも新たなウマ娘と契約し、複数のウマ娘を育てる道。

 

一つ、私との契約を打ち切り、ベテラントレーナーの誰かを師事しながら、もう一度単独契約を結んだウマ娘とトゥインクルシリーズに挑む道。

 

彼がどちらを選ぶのかは、はっきり聞かされていない。かなり悩んでいたようだったが、特に私に相談のようなものはなかった。まぁ、相談なんかされたら私は恥ずかしげもなくチーム設立に誘導してしまいそうなので彼が自分一人で決断してくれて助かっている。

私にだって見栄くらいある。

 

だが、なんとなく。なんとなくではあるが、彼は誰かを師事する道を選ぶ気がしている。

そんな雰囲気を感じる、というだけなのだが。だが、ことトレーナー君に関することでこの”気がする”はあまり外れた事がない。

 

少し前の私だったら・・・耐えれただろうか。

いや、耐えはするだろう。私だって伊達や酔狂で『皇帝』などという二つ名を冠しているわけではない。それに、絶対に譲れない夢だってある。

ただ、今よりもっとエアグルーヴに心配をかけていただろう事は想像に難くない。

 

今は・・・大丈夫だ。耐えられる。

 

先日、私はトレーナー君からとある約束をもらった。『婚約』という名の約束を。

 

ここ数日は自分でも驚くほど体が軽い。

今日などURAファイナルズの為に限界まで調整し、現時点で最高だろうと思っていた2500mのタイムをわずかばかりだが更新してしまった。我ながら単純すぎて驚いてしまう。

 

だから大丈夫だ。彼からもらった永遠の約束は、こんなにも自分を強くしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコン

 

「トレーナー君、入るよ」

 

「どうぞー」

 

トレーナー室に入るとトレーナー君はある書類と睨めっこしていた。

 

”チーム設立申請書”

 

睨めっこしていた、という事はまだ結論は出ていないのだろうか。

少しは・・・・聞いてみていいだろうか。

 

「トレーナー君・・・その書類」

 

「あ、ああ。実はどうするのか、もうほとんど決めたんだがね。だけど、まだどうしても踏ん切りがつかなくて。ごめんな、ルナ。君を宙ぶらりんの状態にしてしまっている。」

 

まだ完全に決断しているわけではないらしい。私への執行猶予も伸びてしまった。

 

「いや、私はかまわないよ。今回の決断により君のトレーナーとしての経歴が少なくとも3年は変わる。じっくり考えて欲しい。・・といってもそれの提出期限は明後日までだったか。」

 

「そうなんだ。今日にも決断するつもりではいる。・・・・っとその前に。」

 

おいで、ルナ っと呼ばれ、思い当たる事柄がある私はいそいそとトレーナー君のそばへ近寄る。恥ずかしくも尻尾がブンブンするのを止められない。

 

 

 

・・・・ごほうびの時間だ。

 

 

 

「よし、今日もお疲れ様。今日は生徒会のあとトレーニングだったから大変だったろう。」

 

ん・・・・んんんんん・・・・んん・・・・・・

 

実は。

心が通じたトレーナー君に気が緩んで昨日うっかりこぼしてしまったのだ。”レースのあとにトレーナーに頭を撫でてもらっている他のウマ娘がうらやましかった”っと。

 

 

 

トレーナー君の手がやさしく私の頭を前後に撫でる。

 

ん・・・・・・・だめだ・・・・脳が・・・溶ける・・・・・

 

桃源郷はここにあったのだ。

く・・・・なぜ私はもっと早く彼にアタックしていなかったのか・・・・こんな素晴らしいものがこの世にあったなど・・・・・

 

 

やはり・・・やはり私には無理なのか。

 

昨日、散々蕩けさせられたあと、自分で決めたはずだった。

 

”このごほうびは脳を退化させる気がするからレース後に限定した方がいいと進言しよう”と。

 

 

 

 

 

言える気がしない。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ふり・・ふり・・・ぽすん!・・・ふり・・ふり・・・・・・ぽすん!

 

左右に気持ちよさそうに緩れる尻尾が「わたくし、いますごく、ご機嫌ですのよ」と暗に伝えてくる。

耳も気持ちよさそうにゆっくり左右に揺れ、時折思い出したようにブルブルッっと震える。

 

ヒトと比べ、ウマ娘特有のこれらの器官は本人の意思と関係なく、その気持ちを外部に伝えてしまう。

当の本人は、「やぶさかではない」みたいな顔をしているのだが、もうバレバレだ。

あ、顔も締まりがなくなってきたな。

 

 

・・・・なんだろうな、このかわいい生き物は。

 

 

最近気づいたことなのだが、どうもルナ、というよりルドルフは自分の容姿への評価が異様に低い。

この顔でなにをどうやったらその結論に行き着いたのかまったくもって理解が及ばないが、自分の事は並みか、並みの上くらいにしか思っていない節がある。

俺も別段、彼女の顔のみに好意を抱いたわけではないので、特にこの認識を訂正させようなどとは考えていない。

 

だが、顔が好みなのも事実ではある。

 

そして、今までの認識として彼女の顔は「綺麗」「かっこいい」「美人」などにカテゴライズされるものであった。

 

昨日の事は忘れられない。

彼女から珍しく”おねだり”のような独白があり、”そんなものでよければいつでもするのに”と彼女の頭を撫でたのだ。

 

その際に見せた彼女の表情は「綺麗」「かっこいい」「美人」そのどれにも属していなかった。

 

頬を上気させながらちょこん、と私の前に座り、恥ずかしそうに、しかしうっとりとした表情で俺に頭を撫でられているルナ。

 

 

 

 

・・・その時の衝撃たるや筆舌しがたい。

 

 

そしておそらく。この顔は俺か、彼女の両親くらいにしか見せていないものだろう。

 

 

昨日はあまりのかわいさに我を忘れて撫で続けてしまい、しまいにはトロトロにとけた顔をしたルナに威嚇されるというああもうほんとかわいいどうしてくれよう。

 

 

 

 

ーーーーーー正直。後ろ髪を引かれてしまうな。

 

 

 

俺は今日。彼女との契約を解消することを決断しようとしている。

 

 

 

 

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「じゃあ、エアグルーヴ君との並走の件は彼女のトレーナーと話を詰めておくから少し待ってくれ。たしか、エアグルーヴ君からの熱烈な要望で”打倒ブライアンスケジュール”を組んでると言っていた。どうせならそれに組み込んだ方が彼女も喜ぶだろう」

 

「私の彼女の対する詫びなのに君に手間をかけさせて申し訳ないね。でも助かるよ。」

 

「全生徒からの手間を惜しんでない奴から言われてもなぁ。ま、お安い御用だよ。それじゃおやすみ、ルナ。また明日。」

 

「ああ、トレーナー君もたまには早く帰って休んでくれ。君はどうもワーカーホリックのきらいがある。」

 

「気が付くと君のことを考えてしまうからね。」

 

「・・・・ばかもの///・・・・おやすみ。」

 

 

 

パタン、っと音を立てルナがトレーナー室を退出する。

 

時間は既に設備消灯の1時間前だ。今は大きいレースが控えていないので自主練している生徒も少なく、この時間は学園内も閑散としている。

 

しん・・・・と静まり返った室内が否が応でも自分を心と向き合わせる。

 

 

 

 

 

間違っては・・・いないはずだ。

俺はシンボリルドルフとの契約を解消し、しばらくの間新たにベテラントレーナーを師事する。

だがルドルフの、皇帝の杖を辞するつもりは毛頭ない。

 

逆に皇帝の杖としてふさわしい技量を身につけたいのだ。

彼女はレースに勝つ、っということには並々ならぬ執念を持っている。しかし、それですら彼女の途方もない夢の前では通過点にしかすぎない。

 

『すべてのウマ娘に幸福な世界を』

 

彼女を彼女たらしめるこの不撓の精神に俺は強く共感している。彼女を支えるに力になりたい。

そのために行くこの道は間違っていないだろう。

 

だが、俺は心のどこかでなぜかこの決断に納得してない。理由はわからない。ルナと離れがたい、というのも事実ではあるのだが、しかし彼女とはもう結婚を前提とした付き合いに移行している。会えなくなるわけではない。

 

 

 

 

 

「・・・・少し、ぶらつくか。」

 

彼女からは早く帰れと進言されたが、とてもじゃないが自室に戻る気分になれない。

春前の少し寒い季節ではあるがかえって頭が冷静になるというもの。

 

俺は薄手のコートを羽織り、学園支給のタブレットを片手に徘徊にでかけた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

講義校舎の方はもう完全に消灯しており、今明かりがついているのは別棟の共有トレーニング室と我が学園が誇る大規模校庭レース場だけだ。それももうしばらくしたら消灯だろう。

 

やはり少し冷え込む。マフラーくらいは持ってくるべきだったか。

 

 

 

ハッ・・・・ハッ・・・・・ハッ・・・・ハッ・・・・

 

ターフ・・・ではなくてこれはウッドチップのコースかな。

ちらほらまだ自主練している生徒がいる。

 

この時期に自主練する生徒は・・・おそらく、まだトレーナーがついていない生徒たちか。

 

レースの予定がそもそもない彼女らは特にレースに合わせて調整する必要がないため、今の時期だから養生しよう、ということはない。

 

むしろ、まだ少し先の新入生入学の一週間後に開かれる学園内選抜レースに目標を据えている場合、今から追い込みをかけてしまう生徒もいるかもしれない。さすがに追い込むには早いのだが、トレーナーがついていないのだ。止める人がいない。

 

 

校庭レース場の端、花壇の縁に腰かけて様子を見る。

 

うん、やはりトレーナーがついていない娘たちだろう。基本に忠実、教官の教えに沿った教科書のようなフォームだ。しかし中には明らかにその標準フォームでは合ってないと思われる娘もいる。

 

・・・はがゆいな。

 

ヒトより競うことに執着が強く、ヒトよりも身体スペックに優れ、そして情緒が安定しているとは言い難い年頃のウマ娘を教育する機関だ。

理事長が面接で「我が学園にふさわしくない」と判断したトレーナーをバンバン採用から落とすことには何も異論はない。ここで人選を誤れば、学園の存続すら危ぶまれるような大きい事件や事故がかならず起こる。

 

だからこそ・・・はがゆい。

 

 

 

 

どのくらいそこで物思いにふけっていただかろうか。ふとある生徒が目にとまる。

 

あれ、この生徒・・・いや、それよりもその走り方だ。基本のフォームに忠実なのは間違いない。しかし、結果が伴ってない。あのフォームで走ってあんな軌道を描くのはおかしい。体幹の筋肉が足りないにしてもああはならない。

 

俺は急いでタブレットの電源を入れ、学園サーバーのウマ娘個別データベースにつなぐ。

 

この生徒の名前はわからない。検索しようがないのでわかる範囲でカテゴリー検索をかけていき、出てきた検索結果を片っ端から確認する。

 

・・・見つけた!

 

名前、身長、体重、入学年月日、学業成績、選抜レース結果・・・・・様々なデータが蓄積されている。

この中で目当ての・・・あった、身体能力測定データだ。

 

この学園には定期的な身体能力測定はない。このデータはウマ娘たち各個人が任意で測定、登録している。

トレーナーがついていない生徒は少しでもいいデータを残してアピールしたいので、恐らく直近のデータが入っているはずだ。

 

 

 

 

「この・・・・数値は・・・・」

 

まて。まてまて。

いや、まさか・・・・

先ほどの生徒を再び確認する。いや・・・でもこの数値通りなら確かにあの軌道にもなり得るのかもしれない。

 

・・・・ここじゃだめだ。こんなタブレットで調べられることなどたかが知れているし、時間効率も悪い。

 

まさか・・・もしかしてほかにもこんな生徒がいるのではないか?

 

 

 

・・・・調べてみる価値はある。

 

急いでタブレットのページをスクリーンショットに落としたあと電源を落とす。

トレーナー室に戻らなければ・・・・!

 

 

 

 

俺の頭からは今日決断すべしと思い悩んでいた事柄はもうすべて吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

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『申し訳ないが今日のトレーニングは自主トレにして欲しい。内容は渡してあるものから変更なしでかまわない。あと、トレーニング終了後にトレーナー室に来て欲しい。すまない。』

 

むぅ・・・・これが今朝がた届いたトレーナー君からのメールだ。

 

トレーナー室に赴く用事は恐らく自分の進路のことで話があるのだろう。今日が私の執行日だ。

 

しかし、決断は昨日の時点ですると言っていた。彼がそう言ったのだからもう昨日うちに決めているはずだ。ならば、自主トレなのはなぜだろうか。もう彼と一緒にトレーニングする機会も限られているのに・・・・ちょっとつれなくなくはないだろうか?

 

自主トレ開始前に一度顔を出そうとも考えたが、今までの経験上、こういった急に予定を変更する場合の彼は私にかまってはくれない。つれない態度に余計不貞腐れてしまうのも皇帝としてどうなのかと思い直し、自主トレに励んできた。

 

 

 

 

『面会謝絶』

 

 

トレーナー室の扉にかけてある彼お手製の看板を見てため息が出そうになる。

また何か始めたらしい。

 

もしくはまた理事長になにか面倒事を申し付けられたか、だ。

理事長は人を見る目に長ける。たまに切羽詰まった案件があるときはそれをこなせる人を探し出し見事にそのヒトの能力ギリギリでこなせる量の仕事を振ってくる。

だいぶ前になるが、生徒会もこの被害にあった。全員が限界まで稼働したら本当に期限に間に合ってしまったのだから、見事としか言えないが。

 

まぁ彼の言う通り自主トレはちゃんとこなしてきのだ。遠慮なくノックしよう。

 

 

コンコン

 

「トレーナー君。わたしだ。ルドルフだ。」

 

 

・・・返事がない

 

ちょっと心配になってきた。

 

コン!コン!

「トレーナー君!」

 

 

 

ガチャ!

 

「すまない!もうこんな時間だったか!」

 

 

少し大きめにノックした直後、私の訪問に気づいてもらえたようでトレーナー君が飛び出してきた。だが・・・・これは。

 

 

「トレーナー君、私は昨日早く帰るように進言したつもりだったのだが・・・君、帰るどころか寝てないな?」

 

 

中からは無精ひげを生やしてヨレヨレになったトレーナー君が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

「やーすまない、すまない。ルナが来る前に一度戻ってシャワーと着替えをするつもりだったんだが・・・つい時間を忘れてしまった。」

 

中に入ると恐らく昨日から籠りっぱなしになっていたのだろう。トレーナー君の匂いがかなり強く籠っている。これは・・・下腹部にくるな。あ、大丈夫だトレーナー君換気はしなくていい。大丈夫臭くなどないさ。君は寝てないのだろう。今日は少し冷える。体を冷やさないほうがいい。だから窓はそのままにしておこうか。もったいないし。

 

しかし・・・昨日の同じような時間に私はここを訪れたはずだったんだが。よくもまぁ一日でここまで散らかしたものだ。

 

トレーナー室の中はそれはもうひどいありさまだった。

 

彼が作業していたと思われるPCデスクを中心として書類が放射線状に散らばっている。机のうえには付箋がびっしり貼られたファイルが山積みだし、ふむ、トレーナー君、その机の上にたくさんある空き缶。その飲み物は多用しないでくれと先日進言したはずだが。その飲み物で手に入る翼は寿命と引き替えだぞ。

 

彼自身もひどいありさまだ。いつもの清潔感あるようセットしている髪は何度もかき上げたのかオールバックになっているし、昨日まではきっちり来ていたスーツはネクタイを外し胸元がはだけている。彼の無精ひげなどは久しぶりに見たな。

 

うん・・・・これはこれでいつもよりワイルドで悪くないな///

 

 

こほん

・・・・・さて。

 

「このありさま・・・これは理事長殿ではないな。彼女の案件は限界に挑戦させられるが健康を害するレベルの依頼はしてこないはずだ。片付けより先に要件を聞いた方がいいかな。」

 

「さすがに話が早いな。座ってくれ。」

 

私はトレーナー室中央のミーティングテーブルではなく、奥に設置されている彼のPCデスク近くにあるソファに座る。ここが私の定位置だ。ここだと彼もデスクに資料を取りやすいし、少し動けば一緒にPCのディスプレイを見ることもできる。

 

「話というのはたぶんルナの予想通りだ。俺のこの先の進路のことについて。」

 

彼もデスクから椅子をひっぱってきて私の近くに座る。いつものスタイルだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルナ。俺はチームを立ち上げることにした。」

 

 

 

 

 

・・・・驚いた。私はてっきり彼は誰かを師事するものと思っていたのだが。

 

 

「私はすっかり覚悟を決めていたつもりだったが・・・見当が外れたか。」

 

「いや、ルナの見当はあたりだ。俺は昨日の今くらいまではルナとの契約を一度解消するつもりでいた。」

 

 

 

やはりか。しかし、彼の口から契約解消と言われるのはどのような状況であれちょっと心にくるな。

 

 

「私は理由を聞いてもいいのだろうか」

 

うれしい・・・とてもうれしいが、今のトレーナー室の状況も相まって純粋に興味が上回る。一日で180度決断を変えてしまうほどとは、どのような心境の変化だろう。

 

 

 

 

「育てたいウマ娘を見つけたんだ。」

 

 

 

ピシ・・・

 

トレーナー君・・・君はもう少しデリカシーを身に着けた方がいい。

 

 

 

 

 

 

しかしだ、彼の言うことは少しばかり腑に落ちない。彼がここまでいうのだ。よほど才あるウマ娘なのだろう。しかし、今は選抜レースは行われてない。であれば、トレーナー君が自分で見つけてきたはずだが、選抜レースで目に留まるような成績を残したウマ娘にはもうトレーナーがついているはずだ。

 

それに、そのウマ娘を育てたいという目的なら、誰かを師事しながらでも一人は育てることはできる。

 

 

 

「・・・・複数なのか。」

 

「さすがだな。それに、今俺が考えていることには、ルナ、お前の力も必要だ。」

 

 

 

・・・・・どうやら”また何か始めた”の方らしい

 

 

「そちらの話をする前に、ルナ。この娘のデータを見て欲しい。俺が今回チームを立ち上げようと考えに至るきっかけになった娘だ。もちろんスカウトしたいとは思っている。ただ、この娘だけはおまえの許可がいる。ルナが引き続き俺のチームに所属してくれる前提で話を進めてすまないが。」

 

ふむ。聞かれなくてもよほどの事がないかぎり私が彼のそばを離れたがるようなことはないのだが。

しかし、この娘だけは、か。私の関係者かなにかだろうか。思い当たる節はない。

 

 

「私は基本的にはウマ娘がトレーナーの採用に口出しするのはあまり良いとは思っていないのだが・・・この資料だな。」

 

印刷されて手元に回してもらった資料のうち秘匿部分を付箋で隠してあるウマ娘のデータを拾いあげる。

 

 

 

な・・・・この葦毛のウマ娘は・・・・

 

 

 

 

このウマ娘は・・・・”知っている”

一瞬、頭にフラッシュバックした記憶で我を忘れかけるが、なんとか持ち直す。トレーナー君。君に貰った約束は私の精神も成長させたようだ。

 

しかし・・・このウマ娘は・・・・

 

名前は、リトルトラットリア。いや、名前は今知った。ここに書いてある。私が知っているのはこの顔だ。この顔は・・・以前トレーナー君に逆スカウトを持ちかけてきたウマ娘だ。

 

 

ーーーー自分の身体を差し出して。

 

 

「・・・・理由をきいても?」

 

少し険がたってしまったのは許してほしい。正直あまり思い出したい光景ではない。この時のショックで私は一度暴走し、トレーナー君を襲っている。

 

「嫌なことを思い出させてすまない。ただ、昨日頭の整理をしようとルナと話をしたあとに校庭レース場に行ったんだ。その時その娘がたまたま自主トレをしていた。」

 

帰れと言ったのに・・・・

 

気を取り直してもう一度データを見る。在席は今年で3年目。選抜レースは合計で12回フルに出場しているようだが勝つことはおろか入賞すら一度もない。直近の結果がもっともいいがそれでも7着だ。スカウトを受けれるかギリギリのラインだろう。

 

正直、彼が惹かれる要素が見当たらない。

 

 

「もう少し下、身体能力測定結果だ。」

 

言われてさらに下の細かいデータに目を通す。そして一つの項目でぎょっとして目を見張った。

 

 

・・・・総合脚部筋力評価:1021だと??

 

 

なんだこの異様な数値は。3年間トレーナー君の元で鍛えた私ですら800後半だ。

 

「最初はな・・・走り方がおかしいと思ったんだ。でも違った。走り方は教科書にあるような標準的なフォームだった。少し固いがな。でもな、走っている軌道が明らかに高いんだ。」

 

トレーナー君の目は確かだ。ならば本当にフォームは標準のものだったのだろう。

 

「それでな。データを確認した後、もう一度よく観察して見てみた。恐らくこの娘、体幹、というか脚力以外は授業の標準トレーニングしかしていない。速くなりたい。その一心で脚だけを鍛えてしまったんだ。」

 

「そしてこれも推測だが、恐らく脚以外には筋肉が付きにくい体質なんじゃないかな。その代わりに彼女が天から与えられたギフテットがこの脚だ。普通はどんなに鍛えてもこんな数値にはならない。」

 

「だけど、彼女はこのギフトをまるで使いこなせていない。その力のほとんどが地面をえぐることと彼女の体を上に飛ばすことに使われている。彼女の強靭な脚を支えることができるパーツが彼女の中になにもないからだ。」

 

「それにルナのような体をコントロールするセンスというのかな。それも恐らく標準かそれ以下だろう。彼女が速く走るにはその武器の使い方を教えるヒトが必要だ。でも使い方を彼女に教えるものはいない。選抜レースで勝てないからだ。」

 

彼の・・・いう通りだろう。トレーナーは通常選抜レースの結果を見てスカウトに動く。当たり前だ。スカウトしたウマ娘の成績はそのままトレーナー達の評価だ。好き好んで着順が下の生徒を調べるトレーナーなどいない。

 

「なぁ・・・ルナ。いや、皇帝シンボリルドルフ。このウマ娘は君の掲げる”すべてのウマ娘”には含まれないか?」

 

 

 

はっとして顔を上げる。私の信念・・信条。『すべてのウマ娘が幸福な世界を作る』

 

 

 

「それでな、もしかしたら他にもいるんじゃないかと思ったんだ。彼女のような、突出した才を持ちながらもその使い方がわからず、選抜レースで勝ててないウマ娘が。それで調べた。在席2~3年でトレーナーがついていないウマ娘を全部。」

 

「な?! そんなもの、いったい何人いると思っている?!」

 

「まぁ、さすがに全部は無理だったんだけどな。まだ触り程度だ。でもいるんだ。いるんだよ埋もれている才能が!」

 

これをを見て欲しい・・・と彼が次々にデータを持ってくる。この娘はなんの結果も出せていないけど潜水で100m息継ぎなしで泳いでいる、この娘は一番短い距離の選抜レースも走り切れないけどスタートから500mまでのタイムだけ見ればG1ウマ娘の平均より速い、この娘は・・・・・・

 

「ちょっとまってくれ、君はこれをすべて一人で調べたのか?!」

 

明らかに途方もない量だ。一体どんな集中力をしている。

 

 

 

「今のこの学園じゃ・・・こいつらは評価されない。スタートラインには立てない。」

 

それは・・・私も思い悩んでいた。今の学園内のトレーナーとウマ娘の比率ではどうしてもすべてのウマ娘を見ることはできない。評価を受けられるのはトレーナーについてもらったウマ娘だけだ。

 

 

「だから、俺が見つける。そして勝たすんだ。結果を出せば・・・それをフィードバックし、制度自体を今よりいいものに変えられるかもしれない。選抜レースの結果のみに頼らないスカウト制度だ。」

 

 

ーーーースカウト制度自体の改革。

 

 

・・・・私には考えが及ばなかった。これは、スカウトを生業とする”トレーナー”こその視点だ。

 

思いっきり、頭を横からハンマーで殴られた気分とでも言えばいいのだろうか。

 

 

 

 

そうだ・・・トレーナーとウマ娘は二人三脚だったはずだ。

 

 

 

 

「・・・・とてつもない労力だぞ。」

 

「わかってるさ。俺にはまだ知識や経験が不足していることも。でも、思いついちまった。」

 

 

ニッと彼が笑う。

 

彼は。二人三脚をしようと言ってくれているのだ。”夢を追いかける皇帝シンボリルドルフ”と。

 

 

 

私を支える唯一無二だと思っていた。それは間違いではない。彼がいることで私は強くなれる。

 

間違いではないが・・・過小評価も甚だしい。

 

 

 

 

二度と私を支える”杖”などと呼べようか。

 

彼は・・・いうならばそう”半身”だ。

 

 

 

 

「皇帝の夢、俺にも手伝わせてくれ。これが今回俺がチームを設立するに至った理由だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼と・・・・出会えたことに、多大なる感謝を。

 

 

 

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『学内定期選抜考査のお知らせ』

 

 

講義校舎に設置されいるカフェテリアの片隅。

私はそこで手元の一枚の紙をじっと見つめて動けないでいた。

 

 

ーーーーーラストチャンスだ。正真正銘の。

 

 

今回の選抜レースは新入生入学の一週間後。新入生も混じってのレースとなる。

在校組は新入生と別なのでレース自体で新入生と走ることはない。しかし、やはりどうしてもトレーナーの注目は新入生にもっていかれる。それでもそこで目立つしかない。

 

この3年間で思い知っている。神様なんかいない。自分の力で認めてもらうしかない。

 

このレースが行われる頃にはもう私は在校4年目だ。いくらなんでもこれ以上両親に負担はかけられない。

3年間の努力を全部ぶつける。

 

これが、最後のチャンスだ。

 

 

・・・いつからだろう。このお知らせを見てわくわくした気持ちよりも恐怖が先に立つようになったのは。

それでも夢をあきらめきれず。私は無様にもまだこの学園にしがみついている。

 

・・・・くっ!弱気になるなリトルトラットリア!できる努力はしているじゃないか!今から弱気になってどうするの!

 

レースまではまだ少し間がある。少し落ち着こう。

 

そうだ。私は今日景気づけに”デラックスにんじんパフェ天空ペガサス盛りスペシャル”を食べにきたんじゃないか!まだ注文すらしていない!・・・・ペガサスってなんだろう?

 

 

 

 

気を取り直してパフェを注文しよう席を立とうとするが、なにやらカフェ入り口あたりにヒトだかりができている。

 

「なんだろ・・??」

 

気になってそちらを見ると今の私にとって鬼門と言えるべき単語が聞こえた。

 

 

今・・・・『会長』っと聞こえなかっただろうか。

 

バッと勢いよく椅子に座り直しレースのお知らせで顔を隠す。

彼女には会いたくない・・・っというより合わせる顔がない。

 

先日盛大にやらかしたのだ。今思えばなんであんなことをしたのか、むしろ、なんで小心者の私にあんなことができたのかもう定かではないが、やってしまったものはやってしまったのだ。

 

じっと縮こまりながら嵐が過ぎ去るのをひたすら待つ。どうか、どうか気づかれませんように・・・

 

 

 

 

しかし・・・・現実とは無常。

 

 

『あ、すまない。リトルトラットリアという生徒を探しているんだが。こちらにいると聞いてね。』

 

 

 

 

 

ヒュッ!

 

 

のどから変な音がでた。

 

 

ツラが・・・割れている?!ダメだ。逃げなくては!

 

いやだめだ!今入口でシンボリルドルフさんの対応をしている娘、友達じゃん!やっぱり神様なんかいない!というかさっきまでこの娘ここで私と話てたよ!

 

確実に彼女に私の位置は特定されている。

 

 

 

レースのお知らせから目だけだし必死に顔をふって彼女に合図を送る。いない!いないって言って!

 

「あ、トットちゃーん!会長が呼んでるよ~~!」

 

通じなかったぁ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

こわい

 

今の私の心境であり、私のすべてだ。

 

現生徒会長であり学園のスターである皇帝、シンボリルドルフさんは私の前に立ちこうおっしゃった。

 

「ちょっと一緒にきて欲しいのだが、今時間は大丈夫か」

 

目が全然笑ってない・・・・

 

しかし、「あ、すいません。今無理です。」などと言える私ではないし、どちらにしても時間の問題なのは明らか。今はおとなく彼女に連行されている。

 

 

 

・・・彼女と一緒に廊下を歩く事ができるなんて、想像もしたこともなかったな。

 

いうなれば彼女はずっと私の憧れだった。先日あんなことを私がしでかしていなければ今頃は有頂天になっていたことだろう。

 

あんなこと・・・・

 

ーーー私は彼女の現トレーナーに逆スカウトを持ちかけたのだ。自分の身体を使って。

 

 

言い訳をすれば、最初からあんなことをするつもりは毛頭なかった。そもそもそんな度胸は私にはない。経験だってないし。

しかし、彼のトレーナー室に入り、他に誰もいないことに気づいたとき、私は暴走してしまった。

 

なんでもいい、どんな手段を使っても担当になってもらいたい。そのために私が差し出せるものならなんだって差し出そう。でも私には差し出せるものなんかこの身体くらいしかない。

 

結果、その現場を彼女に抑えられるという大失態をかます。あの時は本当に生きた心地がしなかった。

 

・・・・今もしないけど。

 

 

 

 

 

「あの・・・・今どちらに向かわれてるんでしょうか・・・・?」

 

沈黙に耐えきれなくなり、私は前を歩く彼女に当たり障りのない話題を振る。

 

 

「・・・・来れば、わかる」

 

 

ああ・・・私、今日死ぬんだ・・・・

 

こちらを振り返ることなく答えたシンボリルドルフさんの返答は私を絶望させるのに十分なものだった。

 

 

 

そうだよね・・・自分の大事なトレーナーさんに手を出されて私を生かしておく必要なんかないもんね・・・

 

ふふ・・・そっか。あーあ、お父さんとお母さんにはお別れ言いたかったなぁ・・・・

 

そうだ!せめて楽しい歌を歌おう!どうせこのまま私の首と胴は泣き別れだ。せめて楽しい気分でいよう!

 

 

 

 

あ~る晴れた、昼~下がり 市場~へ続く道~

荷~馬車がゴ~トゴ~ト 子牛~を乗せて行く~

可愛~い子牛 売られてゆ~く~よ~

悲~しそうな瞳で 見~て~い~る~よ~

ドナ ドナ ド~ナ ドナ~・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

コンコン

 

「トレーナー君、入るよ」

 

「どうぞー」

 

 

時間としては大体いつもの午後トレーニング開始前。俺はルドルフに頼んで例のリトルトラットリアを連れてきてもらった。

 

先日、学園にチーム創設の申請をし、今日、無事承認が降りた。

朝一でルドルフの継続所属の希望ももらったので、我がチームはこれで晴れてスタートとなる。

 

今日はそのチームスカウトの第一弾、というわけだ。

 

・・・わけなのだが。

 

・・・・・・なぜリトルトラットリアは今にも死にそうな顔をしている?

 

 

 

「・・・ルドルフ?」

 

「・・・なんだ」

 

「なんて言って連れ出してきたんだ?」

 

「・・・・・・来ればわかる、とだけ。私が委細説明するわけにもいかないだろう。」

 

 

 

 

 

この皇帝、意趣返ししおった!!!

 

なるほど、それでこの娘は「断頭台の露と消える覚悟は既に済ませました」みたいな顔をしているのか。

 

あんな事があったのだ。そりゃなにも説明せずに連れ出せばこうなる。相手は現生徒会長にして皇帝だ。

 

 

確かにルドルフに連れてきて欲しいと頼んだ時、珍しく「ルナ、そのお願いはあんまり聞きたくないな」という顔をしていた。

仕方がないじゃないか。俺が連れ出しに行って勘違いしたこの娘がまたストリップ始めたらどうするのさ。

 

 

まぁ、ルドルフの気持ちもわからないではない。

彼女の性格だ。たぶんこれっきりで気が晴れるだろうし、同じチームに属するのだ。今後のことを考えるならリトルトラットリアには悪いが今回は泣いてもらおう。

 

しかし、最近は俺が関わっているとき、二人きりじゃない時にもルナが少しだけ顔を出すことがあるな。

かまって欲しいのかもしれない。ちょっと考えよう。

 

「あー・・・・リトルトラットリア君?」

 

「ひゃぁい!!」

 

あちゃー・・・・

 

 

 

 

 

 

とりあえず一度座らせ、飲み物を与えたら少しは落ち着いた。

とっとと要件に入ろう。

 

「呼びつけるような真似をしてしまってすまないね。リトルトラットリア君。実は私は今日からチームトレーナーになりチームを立ち上げた。そこで君を我がチームにスカウトしたいと思って来てもらったんだ。」

 

あ、なんか今度は猫が宇宙を見上げてるみたいな顔になった。

いや、そんな猫実際見たことないけどさ。

 

しばらく見ていると、俺とルドルフの顔を交互に見たあとでわかった!みたいな顔して入口やら物陰の様子を窺ってる。

違うからね。これドッキリとかじゃないから。

さすがにこんな生徒のトラウマになるようなタチの悪いドッキリはしないよ?

 

 

 

 

うーんこの娘のペースに合わせると話が進まないな。こっち主導でいってしまおうか。

 

「座ってもらった直後で悪いんだけど、ちょっと立ってもらえるかな。確認したいことがあるんだ。」

 

不思議そうな顔をしていたが素直に立ち上がってくれたので「ちょっと触るよ」と断ってから触診に入る。

しかし、最初の印象からもっとおとなしい娘かと思っていたが、結構表情が変わる娘だな。

 

 

 

・・・・ふむ。やっぱりというか腕、首、背筋、腹筋、側背筋・・・どこを切り取ってみてもアスリートではない一般的なウマ娘の標準的な筋肉程度しかない。とてもレースに出れるような代物ではない。

 

肩甲骨あたりを少し強めにぽんっと押してみる。「っととと」と言いながら2歩たたらを踏んだ。体幹がまるでない。ルドルフあたりなら不意打ちでも俺がタックルしたくらいじゃたたらを踏まない。まぁそんなことをしたらびっくりはするだろうけど。

 

そして・・・この脚だ。脚の太さ自体は筋骨隆々というわけではなく、鍛えたウマ娘の標準サイズだ。だがよく見るとトモ張り方が全然違う。鍛えてこうなるのは確実に天性だ。しかし、これは少し筋疲労をおこしていないか?

 

「いつものトレーニング内容を教えてくれるか?あ、教官と行う授業の標準トレーニングは私も知っているから、それ以外で。」

 

彼女が自主的に行っているトレーニングを順に挙げていく。脚周りばっかりだ。しかも量が凄まじい。

 

「・・・・っで最後に20分のストレッチです。これを毎日やっています。」

 

ん???毎日?

 

「休筋日とかは?」

 

「きゅう・・・??」

 

「筋肉を休ませる日」

 

「そんな!私みたいなのが休んでる余裕なんてないですよ!」

 

バカやろう、ものの見事にオーバーワークだ。

こいつ講義の方ちゃんと聞いてないな。

 

しかし、彼女の言が嘘ではないとするなら、この手元の身体能力測定の値は筋疲労をおこした状態で叩き出していることになる。しかもこの量を休みなく続けても壊れもせず、この程度の筋疲労で済んでいるのも異常だ。これはいよいよもって逸材かもしれない。

 

「大体わかったよ。ありがとう。それで私としては君がやる気さえあるなら是非ともスカウトしたいんだが、質問などあるかな?」

 

「質問もなにも・・・・あの、私の事、誰かと間違えてませんか?」

 

おっと、まだそこにいるのか。

 

「君の名前は?」

 

「リトルトラットリア・・です。」

 

「じゃあ、君のことだ。」

 

「いや・・・でも、あの、スカウトしてくれるのはすごく嬉しいんですけど、なんで声をかけてもらったのか全然わからなくて。実感もないんです。」

 

「理由・・・?そりゃ、君に才能があるからだけど。」

 

「さい・・・のう・・?」

 

 

 

---------------------------------

 

 

 

 

このトレーナーさんは何を言っているのだろう??

 

のどから手が出るほど欲しかったスカウトだが、まったく素直に喜べない。これはリトルトラットリアという別の生徒がいる可能性が濃厚だ。ぬか喜びはつらい。

 

「あの、わたし才能なんて・・・・」

 

 

そんなものが私にあるならこんなに苦労してないじゃないか。

 

 

 

「わからないようだから教えてあげよう。正直現時点での評価として君は脚筋力以外の項目についてはアスリートとして標準以下だ。これだけなら俺は君をスカウトしない。」

 

 

しっている・・・わざわざはっきり言わなくてもいいのに。その脚の数値だけは昔から周りの友達よりも良いのもしってる。今もレースに出ている友達と比べてもいい数値なんだ。

 

だから必死に鍛えた。痛かったし、つらかったけど休まなかった。休んでしまったら折れてしまいそうだったから。

 

 

 

「だがな、君の脚、それだけに限っていえば話は別だ。その脚は才あるものが弛まぬ努力をしてはじめて手に入れることができるものだ。一級品といえる。」

 

「・・・・・いっきゅう・・・ひん・・・・」

 

「多少やりすぎなキライはあるけどね。・・・ゴールも見えず、方法もわからず。そして結果も出せない。暗闇の中をひたすらマラソンしてるようなもんだ。つらいし、キツかっただろう。そんな中、よくぞここまで磨き上げた。誇っていい。その脚は君の才能だ。」

 

 

 

ーーーーだれも・・・・だれもわたしのことなんかみてくれなかった・・・・・・

 

 

「俺が君を評価しているもう一つの点はそれだ。君はまだ学内の選抜レースですら勝てていない。3年間一度も。だけどそれでも君は自分に負けてない。勝つことを諦めていない。それは、アスリートの立派な資質だよ。」

 

 

 

ーーーーがんばって走っても・・・がんばって鍛えても・・・・だれも私のことなんかみない。結果のでないがんばりを認めてくれるヒトなんかいない。

 

 

「まだ、君の気持をきかせてもらってないのだが。あとは君のやる気しだいだよ。」

 

 

 

ーーーーこのがんばりが正しいのかも誰も教えてはくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・選抜レースが近づくと、脚が震えるんです・・・こわくて。またなにも結果を残せなかったらと思うと、・・・・・ごわぐて・・・。ぐすっ・・・ぅ・・」

 

 

ーーーーーがんばった。がんばることしかできなかった。がんばり方がわからなかった。それでもがんばった。

 

 

「ふぐ・・・うぅうう・・・友達が・・ふぐっ・・・私の前では・・・レースの話をしないんです・・・ぐぅぅ・・わたしだけ、まだレースに・・・でれないから。うううう・・・」

 

 

ーーーーーつらかった。みじめだった。でもどうしても諦めきれなかった。

 

 

「わだしだっで・・・ぐぅうう・・レースにでたかっだ!ターフをはじっで・・・勝っで!私を送り出しでぐれだお父ざんと、お母さんに!・・・ううぅううう・・・勝っだよって!報告じだがっだ!」

 

 

ーーーーー諦めようって何度も思った。でもできなかった。その度に脚を鍛えた。それしかできなかった。

 

 

「ドレーナーざん!わだし!・・才能!・・・うぅぅぅぅぅぅ・・・・あるんでずか?!」

 

「・・・あるぞ。とびっきりのやつが。」

 

 

ーーーーー誰かに認めてほしかった。私はがんばってるよって。

 

 

「まだ・・・わだじ・・・ぐずっ・・・がんばって・・・ぐぅぅ・・がんばっでも、いいんでずか?!」

 

「・・・足りない事だらけだ。血反吐はかしてやる。」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーお父さん。お母さん。神様、いたよ。今、わたしの目の前にいる。

 

 

「おねがいじます!!!!!!わだしに!!走りがだを!おじえでぐだざい!!!!!!!!」

 

 

「・・・・・引き受けた。」

 

 

 

 

[newpage]

 

 

 

 

 

 

ーーーー私はまだ見誤って、いたかもしれない。

 

・・・・・一人のウマ娘が、トレーナーに心酔していく様を目の前で見てしまった。

 

 

 

 

 

リトルトラットリアはその後、”そんなになるのか?”というほど顔中を涙と鼻水でベショベショにしながら先日の件を私に謝罪し、涙と鼻水でベショベショになりながらトレーナー君からチーム所属契約の説明を受け、涙と鼻水でベショベショのまま、契約書を大事そうに抱えて退出していった。

 

脱水症が心配だ。

 

 

「ふーやっとこれで二人目か。先は長いなぁ。ルナ、インスタントだけどいいかい?」

 

トレーナー君はびしょびしょになったミーティングテーブルを片付けるか思案していたが、ため息をついた後に後回したようで一息いれる事にしたようだ。

 

「あ、すまない。手が空いていたのだから私が用意するべきだった。」

 

「いや、構わないよ。これも息抜きだ。」

 

コポコポコポ・・という子気味いい音と共に珈琲の香りが漂ってくる。

 

 

 

 

 

「ほぃ、お疲れ。三人目からはまだ目星を絞れていないから明日からしばらく三人チームだな。」

 

彼がいつものようにデスクの椅子をひっぱってきて、ソファに座っている私の近くに陣取る。

 

 

「そうだな。しかし、驚いたよ。人たらしの才はあるとは思っていたがこれほどとは。」

 

「人聞き悪いな。彼女が人知れず頑張っていた過程あればこそだよ。俺はその隙間をついただけだ。」

 

 

それができるのが人たらしというのだが。

 

ウマ娘とトレーナー。その二人三脚で最初に越えなければならない壁が信頼関係の構築だ。

それを初日でカンストさせるトレーナーなど聞いたことがない。

 

 

「トレーナー君は、あと何人くらいひっぱるつもりなんだ?」

 

「とりあえず、あと二人かなぁ。それ以上は俺の今の能力じゃ無理だろうし。」

 

「こんなのがあと二人も入るのか。私は段々心配になってきたよ。トレーナー君。」

 

「やっぱり俺に担当が増えるのはあまり気持ちいものではないか。ごめんな。」

 

「いや、担当が増えるのはかまわない。でもそれ以上の関係はダメだ。私は独占欲が強いんだ。覚えておいて欲しい、トレーナー君。こと君とのこととなると私は自分の自制心をまるで信用できない。正直なにをするか見当もつかない。」

 

・・・・前科もあるしな。

 

「・・・そっち方面は心配ないんじゃないか?俺はルナ以外興味ないし、特にさっきのリトルトラットリアなんかすでにやらかした後だろう?いまさらどうこうはないだろう。」

 

このトレーナー君はウマ娘の執着と直情性をなにもわかっていないということはわかった。

今度、直接体に教え込む必要がある。

 

 

「ルナから見て、どうだ。リトルトラットリアは。」

 

新チームメイトのことに話題が逸れる。不穏な空気を察したか。逃がすつもりはないが、ここはのってやろう。

 

「身体スペック上の話なら君の評価と同じだよ。アレは自転車にロケットエンジン積んでいる状態だろう。あとは君の鍛え方次第だな。ただ・・・・」

 

 

・・・ただ。

彼女が思いの丈をぶちまけているとき、ふと感じたことがある。

 

勝ち続けて力を手にしてきた私とは別系統、負けても折れないことで培われる力。

私はこの系統の力に一人覚えがある。

 

彼女の印象が強すぎてどのレースだったかは定かでないが、勝ったのは私だった。

そのウマ娘はG1に挑み続けて負け続けていた。経歴だけでいえば私の敵ではなかった。

 

だが、地面に膝をつきながらも、なお私を見上げてきた彼女の顔を、私は”今後ターフでまみえるなら注意すべき敵”として記憶した。その瞳にはっきりと『不屈』の二文字が見て取れたからだ。

 

確か彼女は前回の高松宮記念で勝ち名乗りを上げたはずだ。そろそろ上がってくるかもしれない。

 

そして、リトルトラットリアからは同じ系統の片鱗を感じた。まぁ彼女に比べればまだまだひよこ程度だが。

 

 

「・・・ただ、面白いチームになる予感はしている。わたしもうかうかしていられないな。・・・そろそろ、トレーニングに行こうか。トレーナー君。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「そういえば、トレーナー君」

 

彼と連れ立って校庭レース場に向かいながら、ふと思い出したことを口にする。

チームとして受理されており、契約書まで作成できるのだから当然決まっているはずだ。

 

 

「私はまだチーム名を知らないのだが。」

 

私は継続所属なので意思確認は口頭で認められてしまう。契約書に類するものは何も目にしていないのだ。

 

「ああ、言ってなかったか。チーム名は『カマル』。チーム・カマルだよ。」

 

 

カマル・・・カマル・・・どこかで聞いたような・・・たしか・・・

 

「・・・たしかネパールの言葉で『蓮の花』だったかな?エアグルーヴに教えられたことがある気がするよ。しかし風光明媚な名ではあるが良かったのかい?通例に沿って星の名を戴かなくて。」

 

我がトレセン学園のチームは星の名前をもらってチーム名とすることが多い。強制されるわけではないが、ほぼすべてのチームが星の名を冠している。

 

「あー、そっちじゃないくてアラビア語の方。まぁアラビア語じゃなくてもよかったんだが、一番語呂が良かったんでな。ちゃんと天体の名前だぞ。」

 

 

アラビア語か・・・さすがに範疇外だ。ウマートフォンを取り出し、検索する。

 

カ・・・マ・・・ル・・・・

 

 

 

 

 

【カマル:の使い方、意味(アラビア語)    / 月(天体)】

 

 

 

 

 

(ルナ)

 

 

 

 

「な・・・・・・な・・・・・な・・・・・」

 

一瞬にして体中の血が顔に集まってくるのがわかる。

所謂、ゆで蛸という状態だ。

 

 

 

「な、なにをしているんだトレーナー君!さ、さすがに恥ずかしいぞコレは!!」

 

 

本当になにをしているんだ。君は引退までこのチーム名を背負うんだぞ。

 

「えーなんだよ。ダメか?でももう受理されちゃったしなぁ。」

 

「駄目もなにも!いや、駄目ではないが!いや駄目だろう!」

 

「大丈夫だって。ルドルフの幼名知ってる人なんかあんまりいないんだから。」

 

「まったくいないわけではないんだぞ!それに両親にはすぐバレる!聡いだあの人たちは!」

 

「なんだよ・・・じゃあチームが有名になる前に挨拶に行くか。どのみち行こうと思ってたんだし。」

 

「・・・・!!!!・・・・!!!・・・・・!!!」

 

 

 

 

チーム・カマル 始動!

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございました。

ルドルフの話なのに前作でかませ犬にしちゃった子が幸せなウマ娘になれそうもなかったので今回登場させたら暴れまわって収拾つかなくなるところでした。SS難しいです・・・・
ちなみに、『リトルトラットリア』はウマ娘のアプリの方に登場しています。(というか名前を借りました)
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