「おつかれさまでしたー!」
「おつかれさまですー!」
「・・・おつかれ」
「お疲れ様。」
「おう、おつかれ。明日は休みだからな。しっかり体を休めてくれ。おい、トット。自分に言うてんねんぞ。おまえ今度こそ筋トレしたら一週間オヤツ抜くからな。」
「はいぃぃ~・・・・」
時刻は18:05。トレーナー君のトレーニング終了が18:00だったので完全な定時退室だ。
トレーニング終了わずか5分でチームメイトたちが次々に帰寮していく。
別段、普段からこういうわけではない。むしろ今日以外はなにかつけて理由を作ってはトレーナー君の周りうろうろしたり、レースが近い場合は設備消灯ギリギリまで自主トレしていたりする。
翌日のカレンダーに赤丸がついてる今日だけが特別なのだ。
チームメイトの皆は知っている。他の日ならいざしらず、”今日の[[rb:皇帝 >わたし]]の邪魔をする””ことがどれだけリスクを伴う行為なのかを。
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時は4ヶ月ほど遡る。
時期としては目標としたチーム人数が集まり、いよいよチームが本格的に始動しはじめた頃だ。
それはトレーナー君からの提案だった。
「わたし、の日???」
「そ。実はこの前理事長につかまってな・・・・」
彼の話の経緯は既に聞いていた。というより実は理事長から内密に監視を頼まれている。
通常、トレーナーという業務は傍目でみても過酷そのものという業務ではあるが、どうやらトレーナー君にとっては天職だったらしい。
彼にもプライベートな趣味というものはあったらしいが、(実際彼の部屋にはウインタースポーツの雑誌やらギター、テレビゲームなど趣味のものが結構置いてある)今は趣味に没頭するより仕事をしている方が楽しいらしいのだ。
放っておくといつまでも働いている。
彼曰く、ちゃんと息抜き(チームメイトのウイニングライブの練習の振り付けをチェックしたり、私の過去のレースを見直したり・・・全部仕事だな。)しているらしいが、雇用側からすれば、いくら自主的に働いているからといってはいそうですかと黙認するわけにはいかない。
そして先日、とうとう理事長にバレたのだ。45連勤が。勤怠報告は嘘をついていたらしい。あの理事長を相手に嘘をつきとおせるわけはないのだが。
かなりの大目玉をくらったそうだ。そしてトレーナー君には月2回は最低でも絶対に休みを取るように厳重なお達しが出た。努力義務は月4回だ。ちなみにその2日間はトレーナー君からの自己申告で日程を予め決め、該当日はトレーナー君のIDから学園サーバーへの接続権をはく奪するという念の入れようだ。
彼は「楽しみを取り上げられた」とボヤいていたが、雇用側の立場に立ってやれ。世間が黙っていないぞ45連勤は。
「ってわけでな。月に2日は何もできなくなってしまってな。それで、少し前から考えていたことを実行するいい機会だと思ったわけですよ。」
・・・間違えるな。努力義務は月4回だ。
「それで、それが、わたしの日?なのか?」
「うん」
うん、って・・・なにもわからないのだが。
「トレーナー君。もう少し説明をして欲しいのだが・・・」
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「ルナってさ、小さい頃は結構甘えん坊だったんだじゃないか?」
・・・・良くわかったな。だいぶ前に私の両親と意気投合して酒盛りしていたが、その時に聞いたのだろうか?いや、それならば疑問形にはならないか。
「・・・・まぁ、隠す事でもないか。確かに幼少の私は甘えただった。特に父にはべったりだったな。何故わかったんだ?」
「いや、二人でいるときかなり甘えん坊だし・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「そ、それで?それが私の日、とやらになにか関係があるのか?」
彼曰く。私はルナから徐々に成長してシンボリルドルフになったわけではなく、ルナが理想という鎧を着こんだ状態がシンボリルドルフだというのだ。
なんでも、予想しうる幼少の私の性格とルドルフの性格のギャップが激しすぎるらしい。
たしかに彼はルナとルドルフをしばしば別の人格のように扱っている節がある。
彼の前で理想という鎧を脱いでリラックスしている状態がルナだというのだ。
「それでな。俺は皇帝の右腕としてトレーナー人生を使うことを決めた。実際かなりの時間をルドルフと共にいるが、その分ルナが放ったらかしなんだ。だから月2日のうちの1日はルナの為に使いたい。具体的にはルナを一日中甘やかしてやりたい。」
右腕などという陳腐な表現はやめてくれ。君は私の半身だ。
しかし、説明をきく意味が乏しい話だったな。結論だけ聞いても私が断る理由がどこにも見当たらない。
私は二つ返事OKした。
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そんなで4カ月前から施行されているのがこの月1回の『ルナの日』だ。
今日はそんなルナの日の様子を紹介しようと思う。
いいじゃないか、たまには自慢させてほしい。
チームメイトの3人のうちすでに2人がトレーナー君に対して態度が怪しいのだ。
絶対は私だ。
おいトット、貴様に言っているんだぞ。
明日、待ちに待ったそのルナの日がくる。厳密にはトレーニング終了後から彼を独占できるので気分はもうルナの日だ。
ちなみに日程は私が丸一日オフにできる日に合わせてもらっているので今日のトレーニング終了後から明後日の朝までトレーナー君を独占状態だ。
私はいったい前世でどんな徳を積んだのだろう。
まず、はじめは買い出しだ。外出するとどうしてもルドルフとして振舞ってしまうので、基本的にルナの日は彼の部屋に籠る。そのためには兵站を補給しておく必要がある。
わたしは彼の寮に向かう前、彼とまとめ買いをするこの時間がとても好きだ。なんというか、その、ふ、夫婦みたいではないか。
今日は学園近くの商店街に来ている。
さすがに手を繋いだりはできないが、気分はもう新婚だ。
「そうだ、今日の夕食は私が作ろう。なにかリクエストはあるか?」
「ん?ルナの日の食事係は俺だったはずだろう?いいのか?」
「ああ、先月思うところがあってな。私も、その、花嫁修業、というわけではないが料理の練習をしていてな。披露できるいい機会だと思ったのだ。」
ちなみに彼との関係、つまり婚約していることは世間にはまだ公表していない。付き合っているのは公表しているが。
ヒトの世界だと学生である私と成人男性であるトレーナー君が交際しているいうのは一種の[[rb:禁忌 >タブー]]としてうつるようだが、それはヒトの世界の常識だ。
あらゆる常識やルールは基本的に弱者のためにある。この学園で弱者となるのは学生である私たちウマ娘でなく、成人男性であるトレーナー達だ。
トレーナーとの交際を秘匿するべきものとしてしまうと、大量のウマ娘が水面下で動いてしまう。これでは学園はトレーナー達を守れない。
さすがに寿退学が頻発してしまうのは世間的にマズいので不純異性交遊については禁止されているが、交際についてはなにも制限されていない。
つまり、禁止はしないでやるから、せめて見えるところで正々堂々とやれ、ということだ。
成長が早いウマ娘は法律上14歳から婚姻することが可能なので私としては婚約していることまで公表してしまいたいのだが、そこはそれ。
基本的にはヒト社会の延長上にあるトレーナーの横のつながりの中では「わたしは教え子のウマ娘に手を出しました」と公表しているも同然な婚約公表はいろいろあるらしい。
本当に手を出しているのだから観念して欲しいが、まぁトレーナー君にも立場というものがあるのだろう。
「どんな料理を練習しているんだ?そもそも君はある程度料理はできる認識だったが。」
「いや、簡単な料理や菓子の類はレシピ通りやればいいと思うのだが、先日のトレーナー君の母君の料理には私もいたく感動してしまってな。やはり、私の味、というものを目指したくなってしまったのだ。先日は筑前煮に挑戦したのだが、あれは少々時間がかかるな。今日作るのは難しいと思う。」
「じゃあ・・・肉」
「・・・・もう少し的を・・・いや、いい。おまかせという事でいいな。」
「たのむ。」
これはこれで腕がなるというものだ。
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「ふぅーうまかったよ。ごっそさん。」
彼の寮に到着後、時間ももう良い塩梅だったのでそのまま彼の寮の台所に立った。
もう何度も借りている台所なので逐一彼に調味料の場所を聞いたりする必要はない。
勝手知ったる、といった振舞いの自分が少し面映ゆい。
「ふふ、お粗末様。気持ちよく食べてくれると作った私もやはりうれしいな。先月うれしそうに食べてる私を見ていたトレーナー君の気持ちがわかったよ。まぁ、それもあって私も作ってみたいと進言したのだが。」
夕食は結局無難に生姜焼きになった。生姜ダレには少々こだわったつもりだ。
「そうなのか。うまかったよ。さて、この後どうする?あ、洗い物はやるから少し座っていてくれ。」
ーーー時刻は現在21:12
カチャカチャと彼が食器を洗っている音が聞こえる。たぶん流れで紅茶を淹れてくれると思うので少し食後の休憩をしてその後か。
・・・・・・
・・・・アレをお願いしたいのだが・・・いいだろうか。
やはりというか彼が紅茶を淹れてくれたのでそちらを堪能しつつ、この後の希望を彼に伝える。
「トレーナー君。この後だが。その・・・撫でてもらいのだが。いいだろうか。」
「じゃあ先に風呂済ませちまうか。その後でな。」
「うん・・・///」
ここにいると段々子供っぽくなってしまうな・・・・・ルナの日の間、私がトレーナー君になにかお願いをしてNOと言われたことは未だかつてただの一度もない。基本的にすべての希望が通る。
・・・・ルナを甘やかす、とのことだったが、ダメにするの間違いではないだろうか。
しかし、もう私には抗う術はない。これは・・・まるで麻薬かなにかのようだ。
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「トレーナー君、お風呂あがったよ。お次どうぞ。」
「んー・・・」
私を待っている間手持無沙汰だったのだろう。テレビを見ていたようだ。画面には前回の東京大賞典の特集が映っている。私がいない間に私以外のウマ娘を見ていたわけか。・・・・気にいらん。
ブゥン・・・・
・・・・勝手に消した。
さすがにこれはどうだ。
「ふ・・・・じゃあ行ってくるよ。」
少し苦笑したあと、彼は少しだけ私の頭を撫でて風呂に向かった。
・・・・まったくお咎めなしか。どこまで私をダメにするつもりだ。
・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
彼がシャワーを流している音が聞こえる。
私の後に彼が使うのはかなり恥ずかしいのだが、順序を逆にすると私が風呂の中で彼の匂いに酔ってしまうので仕方がない。
しかし・・・・とても不思議な時間だ。
ここは彼の部屋で、でもここに彼はおらず私ひとり。テレビも消してしまったので聞こえてくる音はシャワーを流す音だけ。現実感がまったくない。
ひどく・・・時間がゆっくり流れていく。
まるでドラマのワンシーンのようだ。
・・・・・
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結局、今日は彼に髪と尻尾の手入れまでしてもらった。
もちろんその後はごほうびタイムだ。
大体もうこのあたりで私は抵抗をすべて放棄している。
無駄なのだ。抗う事など。
そして、その後のことは・・・・ひみつだ。
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「ん・・・・・」
「起こしてしまったか。まだ寝ていていいよ。」
・・・・外で小鳥が鳴いている。
遮光のカーテンを閉め切っているので明るさは定かでないが、一般的に朝と言われる時間だろう。
「いま・・・なんじ・・・」
「6時半くらいかな。」
布団の中で彼の胸元に顔をうずめる。
彼の匂いが鼻腔から広がり胸がいっぱいになる。幸せだ。
私は何というか、朝が弱い。寝汚いと言い直してもいい。
普段は鉄の精神で目覚ましを3回止めたあたりで自分を叱咤して起床するのだが、今日ばかりはその必要はない。
彼が優しく頭を撫でてくれている。
・・・・起きれるわけがないだろう、こんなもの・・・
私は再びまどろみの海に沈んだ。
ーーー起床したらすでに朝食ができていた。
流石に少し恥ずかしい。
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さて、今日の予定か・・・・
基本的にルナの日は特に予定を決めていない。
先月は一緒に借りてきた映画をみた。
彼の足の間に座って後ろ抱きにされながら映画を見る時間は形容しがたい幸せだった。
そしてその後はそのままその態勢で読書タイムとなった。
私の心身がともにフルチャージまで充電されたのは言うまでもない。
初回と先々月については・・・・割愛させて欲しい。全年齢向けではなくなってしまったのだ。すまない。
さて、今日だが・・・・・いいのだろうか。こんなお願いをしても。
彼は断らない気はしている。だからこそ気が引けるのだが・・・・
「ルナ、今日はなにをしたい?先月そこにあるテレビゲームもやったことがないから興味があると言っていたが、とりあえずそれでいいか?」
ええい、言ってしまえ!
「抱っこ・・・してほしい。一日。」
ううう!言ってしまった!!もう後戻りはできない!!
顔から火が出そうだ。
「いいよ。おいで。」
・・・・・・即答か・・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いいのだろうか、本当にこんなの・・・・・・
もうかれこれ3時間になる。
後ろ抱きだったり、向かい合わせだったりと態勢はたまに変わるが基本的に私はずっと彼の膝の上だ。
頭を撫でてもらったり、手櫛で尻尾を鋤いてもらったりしながらずっと私の話を聞いてくれている。
・・・実は、少々・・・・最近はストレスがたまってきていた。
トレーナー君が立ち上げた我がチームは基本的に私以外は所謂”落ちこぼれ”というカテゴリーに分類されていたウマ娘達だ。
ただし、ただの落ちこぼれではない。彼女たちは一線級のとがった才能を持ちながらもその使い方がわからず埋もれていた落ちこぼれだ。それを彼が掘り起こした。
私に大きなレースが控えてない場合、彼の今のメイン業務は彼女達にその才の使い方を教え、使えるように訓練し、ターフへ送りだすことだ。
それ自体は別にいい。救えず、こぼれ落ちていたであろうウマ娘たちが、目を輝かせながらトレーニングに打ち込んでいる姿はわたしの理想とする『すべてのウマ娘が幸せな世界』の一端に他ならない。
ただ、彼女達の視点に立って考えてみたらどうだろうか。
”芽のでない自分の成績に絶望し、それでもあきらめずにもがいていたところに手を差し伸べてターフで戦えるようにしてくれたトレーナー”
・・・・これ、好きにならないウマ娘などいるのだろうか?
そして彼女たちはとにかく手間がかかる。当然だろう落ちこぼれていたのだから。
文字通り手取り足取りというものだ。
ただし、本人達はやる気に関しては凄まじく高く、またトレーナー君には絶対の信頼をおいているためトレーニングの精度も極めて高い。結果として彼女たちは今、目を見張る速度で成長してはいる。・・・・トレーナー君のおかげで。
・・・・・好きになるよな?これは。
そう、ストレスの正体。これはいわゆる理想と現実のギャップだ。
彼が私の夢の一助となってくれているのはうれしい。でも彼に他のウマ娘がなついていくのは気にくわない。
つまり未熟なのだ。私が。
・・・・そういえば。トレーナー君は「ルドルフのためにもルナのケアは必要」っといっていた。
今、トレーナー君は私を膝の上に乗せ、私の話を聞きながら刺さった棘をひとつひとつ丁寧に抜いてくれている。
ーーーーー痛くないように。ひっかからないように。少しずつ。
なるほど・・・また手の上だったのか。
結局わたしは、その日、食事の時間以外は一日彼の膝の上で過ごしてしまった。
ーーーーーストレスは・・・・もう完全になくなっていた。
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「ルナ、そろそろ起きよう。寮に一度戻らないといけないだろ」
「んんん・・・・もう少し・・・」
「ルナ、残念ながら、そのもう少しはもう終わってしまったんだ。何故ならこれが3回目だからだ。」
「んんん・・・・わかった・・・起きる・・・」
そのままの恰好では布団から出れそうもないので手探りで彼が昨日寝る前に着ていたTシャツをつかむと、布団の中で着る。
トレーナー君はもう着替えまで済ませてしまっているようだ。今は簡単な朝食の準備をしている。
その風景に否応なく現実に戻される。
ああ・・・今月のルナの日ももう終わってしまったか・・・・
名残惜しくはあるが不満はない。不満など言おうものなら罰があたりそうなくらい今月も甘やかしてもらった。
まずは顔を洗ってすっきりしよう。
そして・・・・
泡沫の時間は終わった。
そろそろ私も着ようか。
再び、理想という名の鎧を。
軽くはないこの鎧、次に脱ぐのはひと月後か。
しかし、問題ない。心は軽く、覇気は満ち溢れている。
私の名は皇帝シンボリルドルフ。
さて、今日も夢を追いかけるとしよう!!
ここまで読んでいただきありがとうございました。
申し開きはに特にございません。
申し訳ございませんでした。