人生万事、塞翁がウマ娘   作:tadas

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今回は過去のお話になります。

かなり捏造してますのでアプリ版などのストーリーとは世界線が違うと思っていただければ・・・・

すいません。


未来航路

「今!差し切ってゴーーーーーーーッル!!菊花賞を制しましたのはシンボリルドルフ!シンボリルドルフです!」

 

「そして、シンボリルドルフはこれで皐月賞・日本ダービーに続きましての菊花賞で三冠!三冠を達成しました!しかも!なんとここまで無敗!未だに彼女には誰一人として土をつけること叶いません!」

 

「彼女はどこまでいくのか。今後に注目ですね。」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「戻ったよ。トレーナー君。」

 

「おつかれさま。そして三冠達成おめでとう。すごい歓声だな。」

 

「ああ・・・まず(・・)は三冠だな。」

 

「・・・・・ストイック過ぎやしないかい?流石に喜んでいい結果だと思うんだけど。」

 

「ふふっ、十分喜んでいるさ。ただ、ここで満足してしまう訳にもいかないからね。」

 

「まったく・・・・ルドルフらしいといえばそうなんだが。」

 

 

 

 

レース後の控室。ここで困り顔を浮かべているのが私のパートナーのトレーナー君だ。

 

もうかれこれ1年半近くの付き合いになる。

 

皐月賞あたりまでは、私が思慮不足にも逆スカウトしてしまったため思い悩む日も少なくなかったが、日本ダービーより少し前あたりに吹っ切れたようで最近はめきめきと頭角を現しつつある。

 

今日の勝利も

「今日の対抗バは皆強豪だが、3000mの舞台ではスタミナに不安を抱えているウマ娘が多い。4コーナーより更に手前から7割のスパートをかけて焦らせ、直線前にスタミナを消耗させてしまおう。大丈夫、ルドルフの今のスタミナならここからでもラストまで問題ない。」

という彼の立てた戦術が多大なる戦果を発揮した。

 

徹底的な調査に裏付けされた彼の作戦はその戦術眼も相まって今では私の勝利になくてはならないものになっている。

 

これがたった1年半前は研修過程を終えたばかりの新人トレーナーだったといういうのだから驚きだ。

 

彼を逆スカウトしたのは私だが、正直言ってここまでものだとは思ってもいなかった・・・などと言うとトレーナー君に怒られてしまうかな。

 

ただ、私が彼を逆スカウトした理由は彼の才能とは別のところにあったのも確かだ。当時の私には少なからず自惚れもあったのだと思う。今では彼以外のトレーナーなど考えられないことだが。

 

 

[newpage]

 

 

トレーナー君と出会った時期・・・・実はその頃、私は少々ささくれていた。

 

 

 

 

 

私は入学からそれまで、トレーナーについてもらったことはない。

自分の夢のためまず必要な事としてこの学園での地盤固めが必要だと思ったからだ。

そのため、入学後すぐに生徒会に入った。

 

私の夢は・・・『すべてのウマ娘が幸福な世界』を作ること。そのためにはレースで他の上に立てる成績を収めることももちろん重要だと考慮はしてはいる。しかし、走ることが早いウマ娘は私以外にもたくさんいるだろう。

 

走る事以外に私の夢に必要なこと・・・そう思案したとき、その答えは発言力だった。歯に衣きせぬ言い方をするなら権力と言い換えてもいい。

 

しかしこれに関しては走って勝つような単純に結果を示すことができるものでない。時間と実績が必要だ。ゆえに私は入学後からの時間の大半をこの生徒会に使った。

 

その甲斐あって、当時の私はトゥインクルシリーズに挑む前にも関わらず生徒会長という重役を任されていた。

 

ここまでの軌跡は概ね私の予定通りだったと言ってもいいだろう。

 

 

 

さて・・・・次に必要なのは生徒会長ではなく、ウマ娘・シンボリルドルフとしての実績だ。すべてのウマ娘の道しるべとなる為にはそれ相応の実績が必要なのは自明の理だろう。

言葉だけの指導者についてくるものなどいはしない。私の絵空事のような夢を実現するためには他の追随を許さない実績を作る必要がある。

 

 

 

 

 

そしてこの段階になって・・・私の予定は暗礁に乗りあげる。

 

トレーナーが見つからないのだ。

 

理由は様々ではある。私がシリーズ挑戦前にも関わらず、学内の選抜レースなどで好成績を収め続けてしまったのも問題となった。私に付くということは、それなりの成績を上げない限りトレーナー側が無能という風潮ができてしまったのだ。

 

 

しかし、一番大きな咀嚼は私とトレーナー達の目的意識の違いではないかと思う。

 

私に声をかけるトレーナー達の一番の目標は当然『担当ウマ娘をレースに勝たせる』ことだ。そしてそれは大半のウマ娘にとっても同じく目標と言える。

しかし、私の目標はその先なのだ。レースに勝つことは私にとって必須条件であって目的ではない。

 

 

我こそは、と手を挙げてくれたベテラントレーナーも何人かいた。しかし、そんなトレーナー達も私の夢の話をすると決まって困った顔をした。

 

そして、苦笑しながら言うのだ。『それはとてもいい夢だな。それでは、具体的なレースの話をしようか』と。

 

私とて、この夢が世間知らずの小娘の青くさい夢だということは承知している。

 

 

 

 

しかし・・・・私のこの夢は笑われるほど荒唐無稽なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな時期だった。彼と出会ったのは。

 

 

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「すいません・・・その腕章、生徒会の方でしょうか?」

 

新人トレーナーの就任後すぐのオリエンテーション。私は学園内のガイド役として園内を巡回していた。

 

そんな私に声をかけてきたのがトレーナー君だった。

 

「新任のトレーナーの方でしょうか。なにかお困りかな?」

 

「あの・・・・男性用のトイレはどちらに・・・・」

 

「ああ・・・・・」

 

このトレセン学園はとにかく広い。そしてそこに所属するものの大半は女性だ。当然だろう、生徒がすべて女生徒だ。そしてそのような施設ではトイレの大半は女性用となる。男性用のトイレは数か所しかない。新任のトレーナーではトイレの位置までチェックしてはいないだろう。

 

「ご案内します。ここは広いですからね。今は覚えることも多いと思いますが、職員用の手洗いの位置は早期に把握しておく事をお勧めしますよ。」

 

「面目ない・・・」

 

とはいえそのような事態に備えて巡回していたのだ。彼が気に病む必要もない。

 

「いえ、そのためのガイド役です。こちらです。ついてきてください。」

 

彼の第一印象は・・・そうだな、誤解を恐れず言えば「頼りない」だったろうか。まぁ、すでに在籍もそれなりになり、数々のベテラントレーナーと話す機会もある私にとっては新任のトレーナーの印象は大体同じなのだが。

 

 

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彼が無事に用を済ませ、連れだって来た道を戻る最中のこと。

 

進路方向の先の道で見知った顔ぶれ見える。

 

彼らは・・・少し前私をスカウトしてくれたトレーナー達か。二人で談笑してるようだ。

まだベテランという域に達してはいないが、チームトレーナーの新鋭として活躍の場を広げている。

どちらも私を高く評価してくれている・・・・アスリートとして。

 

まだ、彼らへの返答は保留にさせてもらってる。

 

 

 

 

「・・・シンボリルドルフ、おまえ新歓の選抜レース後にもう一度声をかけるか?」

 

「そのつもりではいる。あれほどの逸材はそうそうないからな。ただ・・・」

 

「ただ・・なぁ、君もか。そうだなぁ。世界を作る・・・と言われてもなぁ。」

 

「まぁ、俺ら平々凡々としたトレーナーには理解しずらいよな。お前、世界を作った実績あるか?」

 

「あるわけないだろう。ははは。」

 

 

 

驚いたことに話題は私のことのようだ。

 

このままこの道を通って彼らの前に姿を見せてもいい。しかし・・・彼らも優秀なトレーナーなのは間違いない。このまま顔を合わせればバツの悪い気分を味わうだろう。私には生徒会長の肩書もある。その後の彼らの指針などにも影響がでるかもしれない。

 

それに私とて今の彼らの前に顔を出すことは気分がいいものではない。

 

双方にメリットがない。ならば無意味だ。

 

 

 

 

「新人トレーナー君。申し訳ないが少し遠回りをさせてもらってもいいだろうか。」

 

私は自然と回り道をする選択をしていた。

 

私の夢を嘲笑われた気分になっているのは・・・気のせいだ。流石に慣れもする。

 

 

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「もし、生徒会のウマ娘さん。俺は少し喉が渇いてしまったのだが。そこの自販機でちょっと飲み物でもどうだい?」

 

回り道をして少し。問題ないとばかりに頷いて私の後をついてきていた新人トレーナーが声かけてきた。

たしか今の時間はオリエンテーションの最中の休憩時間・・・遅刻していくつもりだろうか。新人の割に度胸があるな。

 

「休憩終了までもう間がないと思いますが・・・・」

 

「少しくらい大丈夫じゃないか?”シンボリルドルフさん”」

 

今の会話・・・聞かれていたか。

 

 

 

 

 

 

「お察しの通りだ。私はシンボリルドルフ。この学園の生徒会長でもある。よろしく。」

 

「新人のトレーナーです。貴方の名は養成学校にもよく届いていましたよ。まだシリーズに未挑戦にも関わらず数十年に一度の逸材として。」

 

 

 

戻る道から少しだけ外れた中庭のベンチ。結局私は彼と少し座って休憩する事を選んだ。彼は私に天然水を奢ると自身はアイスコーヒーを手にベンチに座わる。

 

ここで天然水を選ぶあたり・・・やはり少しは私のことは知っているな。私の自己管理に影響が極力少ない飲み物を選んだのだろう。普通はケチ臭いと思われるので水など奢らない。

 

 

通常、生徒会長としてはオリエンテーションに間に合うよう戻ることを促すのが正解だと思う。この休憩は学園を導くことを目指す立場として褒められたことではない・・・ないが、私は彼に少し興味が湧いてしまった。

 

オリエンテーションに遅刻するのは覚悟の上、その上わたしがシンボリルドルフとわかった上で私と話をすることを望んだのだ。彼はどんな話をするつもりだろうか。

 

 

 

「まだなんのレース実績もないただのウマ娘だよ。しかしそうか、私の名は養成学校にも届いているのか。名誉なことだね。」

 

まぁ半分皮肉だ。おそらく事実はこうだろう。

 

 

”確かな実力を持ちながらレース結果に興味がなく夢物語を語るウマ娘”

 

 

私はレース結果に興味がないわけでは断じてない。だが、噂とは尾ひれがつくものだ。

現状、私の近寄りがたい雰囲気も相まってこのような評価がされているのは把握している。

 

 

「話してみた印象・・・俺が養成学校で聞いたものと君は違うけどな。」

 

「ほう・・・どう違うと?」

 

「あまり周り噂程度の話を鵜呑みにするつもりもなかったんだけどね。君は確か自分の夢のために声をかけてくれたスカウトをすべて保留にしているんだっけ。」

 

 

最初の印象を訂正しよう。この男・・・そこそこ頭はキレるようだ。そしてこの流れ・・・おそらく私を試しているな。

 

 

「”すべてのウマ娘が幸せな世界をつくる” これが私の目標だよ。新人トレーナー君。」

 

 

敢えて真っ向から受けてたった。いうてなんの経験もない新人トレーナーだ。こちらの手札は先に見せたぞ。さぁ、どうでる?

 

 

「・・・なるほど・・・ね。その話の噂は聞いていたよ。途方もない夢を語るウマ娘もいたもんだと内心・・・そうだな。小バカにしていた節もあったかもしれない。いちアスリートが世界を作るなどと。」

 

 

・・・ずいぶん正直だな。ここが学園内だから、私が激高して襲われないとでも思っているのだろうか。

 

いや、違うな。

 

彼の雰囲気からは私との距離に一定の緊張感が伝わる。リスクを冒して踏み込んでいるのか。

 

 

 

「でな、その・・・謝りたかったんだ。すまない。知らない事とはいえ君の矜持をバカにしていた。本当に申し訳なかった。俺は自分の視野の狭さが恥ずかしい。」

 

 

 

 

 

ーーー思ってもみなかったの彼の二の句に私も面食らう。謝ってくることは想定外だった。

このように言われたのは初めてだ。失笑されることはあれ、”矜持”などという単語がでてくることは未だかつてなかった。

 

 

 

「あー・・・その。ほとんど初対面の君に謝られるのも少々居心地が悪いというか・・・わざわざこうして謝る必要もないと思うのだが。私とて一定の客観性はもっているつもりだ。私の思い描く理想が世間知らずの青くさい夢だという認識は持っているよ。」

 

「しかし・・・君の噂では夢を語るばかりでその実力に慢心し、レースの結果などあまり興味がないと聞いた。俺はそれを鵜呑みにしていた。」

 

「そういう話があるのは承知しているよ。まだターフの上でなんの実力を示してもいない身分だ。そういった話がでてしまうのも致し方ない。」

 

 

生徒会長としての立場を考えるならそのような風評を避けるべきなのだが、私とてこの夢は理想としてバ生をかけるべきと掲げるものだ。嘘偽りなどない。

実力を、覚悟を示すのはこれからなのだ。ならば今はこのような評価になってしまうのも甘んじて受け入れるしかない。

 

 

 

そう、私自身も思っていたのだが・・・・・

 

 

 

「仕方がないわけはないだろう。先ほどの先輩トレーナーの話を聞いてしまった時の君と、今の夢を語った時の君の目・・・・あれはどちらもレースが二の次のものの目じゃない。君、レースが二の次どころか、全部勝つつもりだろう。いや違うな。全部勝つ覚悟を決めているだろう。勝つことは目的じゃない。前提条件だ。」

 

・・・・これは、心底驚いた。君は新人だよな?

 

「あれを見て俺は自分の浅はかさを思い知ったんだ。この学園は優秀なウマ娘の群雄割拠の地である認識はしていた。しかし甘かった。茨の道どころではない覚悟だ。そんな覚悟の夢を俺は小バカにしていたんだ。自分の実力や想像力が足りないばかりに。今ここで君に謝らないのならば、俺はここのトレーナーを名乗る資格はない。」

 

 

 

ーーーー初めてだった。私が誓った譲れない夢を具体的なものとして必要な軌跡を描き、尚且つそれに至らなかった自分を恥じたものなど。

 

 

 

「まぁ、君のとっては初対面の相手にいきなり謝られて困惑するものだろう。すまないな。俺は自分の為に謝っているのかもしれない。やはり認識を改めねばな・・・・ここはすごいところだとは聞いていたが俺の想像のはるか上を行く。まだデビュー前のウマ娘の覚悟に衝撃を受けるとは思わなかった。まったく恥ずかしい限りだよ。」

 

 

なにやら話をしていたが私は恐らくその半分も耳に入っていなかった気がする。

 

 

 

ーーーーーこのヒトかもしれない。私が探していたトレーナーは。

 

 

 

その後は彼が適当に話を切り上げ、気が付けば私に案内の礼を述べてオリエンテーションに戻っていった。

 

 

 

だが私の方としてはたまったものではない。このヒトだ、と衝撃をうけて呆けてるうちに彼の名すら聞く間もなく解散してしまったのだ。

 

私は最初に名乗ったのだから名前くらい教えてくれてもいいだろうに。

 

 

 

 

 

 

それから先、私は彼を探しまわり、逆スカウトを申し入れた。

 

そして、そこからは我ながらかなり強行に事を進めたと思う。当初彼も自身の経験不足を理由に辞退しようとしていたし、新人の彼が担当を持ってトレーナー室を持つためには特例も必要だった。

 

しかしは彼は私の理想の為に必要な人物だ。ほとんど直観的にそう感じていた私は自身の持てる権限のすべてを使い強引に事を進めた。後にも先にも生徒会長の立場を自分の為に使ったのはこの時だけだ。

 

 

 

そして晴れて私は彼の担当バとなった。

 

 

 

 

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ーーーー時は流れ冒頭の菊花賞から少し後。

 

 

「トレーナー君。このところは喧騒も少し落ち着いてきたことだし、次のオフのタイミングで久しぶりに一局どうだろうか。」

 

 

 

三冠制覇から暫くは大山鳴動の様相だった。

 

私自身、自分の夢のために大いにメディアを利用させてもらってるのでそれ自体は別段かまわない。

 

かまわないが・・・さすがに少々息抜きがしたい。

 

 

 

しかし。息抜きといっても私の趣味は同年代の学友達のものと比べると、いささか堅苦しいようだ。今トレーナー君をお誘いしているチェスしかり、読書や映画の趣向しかり。

 

 

中々付き合ってくれる人が周りにいない。

 

 

そのため私は趣味に時間を使うとしても、チェスの棋譜を眺めたり、一人で映画を見に行ったりと所謂”おひとり様”として時間を使うことが多かった。

 

 

 

 

そんな私に先に声をかけてくれたのはトレーナー君だった。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ふーん・・・ルドルフ、チェスが好きなのか。」

 

トレーナー室でミーティング前に彼の作業が終わるのを待っていた時だった。もう少しで一区切りつくということだったので私は棋譜を読みながら待っていたのだ。

 

「!! トレーナー君はこれがチェスの棋譜だとわかるのか?!」

 

「ああ・・・昔将棋を少しね。しかしPとかKとか将棋の棋譜とは違うのはわかるし、これチェスだな、と。確か取った駒は使えないんだったよね。俺でもできるかな。」

 

「!!!!!!!  やってみるかい!! トレーナー君!!!」

 

「お? お、おう・・・・」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

もともと将棋を嗜んでいたりと、思考を伴う娯楽に抵抗がなかったのだろう。

 

彼は私が教えるとめきめきと腕を上達させていった。

 

そしてレースでの作戦提案でも感じていたが彼は観察を起点とする戦術の才がある。

 

まだまだ彼自身のレーティングは低いが、私とばかり戦っているからだろうか。最近では対シンボリルドルフ限定であれば手筋を読まれて後の先を取られることまで出てきた。

 

まだまだ負けはしないが彼とのチェスはその成長が見てとれるものあってとても楽しい。

 

 

 

 

 

そしてチェスに限らず彼とはよく趣味が合った。

 

厳密には私と趣味が合うというより、彼の守備範囲が凄まじく広かっただけなのだが。

 

読書しかり、映画しかり。私に”付き合う”のではなく彼自身にも楽しんでもらいながら共に時間を過ごせる相手がいるというのは私にとってとても貴重だった。

 

 

気が付けば最近は息抜き=トレーナー君と時間を共にする、という図式が私の中では出来上がっている。

 

 

 

 

「うーん・・・次、次のオフ・・・あ、すまん、予定を入れてしまった。悪いがその次でもいいか?」

 

「ふむ・・・・残念だが先約があるのでは仕方がないな。しかしいいのかい?そんな先の予定まで押さえてしまって。トレーナー君はトレーナー君でしたいことがあるならそちらを優先してもらってかまわないのだが。」

 

「かまわないよ。最近はオフでも特に予定がないと[[rb:トレーナー室> ここ]]に来てしまうからな。予定を入れてもらえるのは俺としてもありがたい。ルドルフといるのは俺も楽しいしね。」

 

「ふふっ、うれしいことを言ってくれるね。しかし・・・私はそろそろ、君は理事長殿に怒らるのではないかと思うよ・・・・。」

 

 

 

ーーーさて、宛が外れてしまったようだ。思えば完全に一人でのオフも久しぶりかもしれないな。

 

 

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結局。その日は読書にあてることにした。

 

 

しかし、自室の本はもうすべて読んでしまっていたので今日は学園から少し離れた街の本屋を訪れている。

 

食材や雑貨などは学園近くの商店街で揃うのだが、本に関しては少し足を延ばす必要があるがここがいい。

 

品ぞろえが豊富なのはもちろん、おそらく店主の趣味なのだろう。

あまり他では目にすることがない書籍をよく見かける。

 

読んでみて面白いものであったらトレーナー君に勧めることもできる。

 

彼とは実用書のようなものから小説、果ては図鑑に至るまで私が面白いと感じたものをお勧めしては貸し出し、共に感想を語れるようになっていた。

 

そんなことを繰り返していればおのずと彼の好みや趣味もわかってくる。

 

 

 

気づけば私は無意識に”トレーナー君が好みそうな本”ばかりを中心に本屋の中を物色していた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふむ。中々にいい買い物だった。」

 

今日は3冊購入したが、どれもトレーナー君が好みそうなものが購入できた。読んでみて面白くなければ無論勧めたりはしないがこれは”アタリ”な予感がする。

 

さっそく帰って読むとしよう。

 

 

 

 

私は意気揚々と帰路と岐路についた。

 

3冊くらいなら今日中に読めないこともないな・・・・

明日トレーナー君に勧めるのが楽しみでしかたがない。

 

 

 

 

そんなことを考えながら学園に向かっていると、大通りの道路を挟んで反対側、文房具屋の店先で見知った人影が見えた。

 

 

 

私が見間違うはずがない・・・トレーナー君だ。

 

 

足を止めて確認する。片側2車線の道路を挟んでいるので少し遠いが、やはりトレーナー君だ。いつものスーツやジャージ姿ではなく私服を着ている。

 

 

 

さて、偶然とはいえこんなところで会えるとは。予定というのは街への買い出しだったのか。

 

せっかく会えたのだから声をかけようかと思案していたが・・・

 

彼のあとを追うように動くもう一人の人影が目に入る。

 

 

 

・・・・どうやら、一人では・・・・ないようだ。

 

 

 

ーーーあれは・・・駿川たづな・・・さん?

 

 

 

彼女もいつものグリーンの制服ではなく着飾った私服を着ていたので最初わからなかったが、一緒にいるのは理事長の秘書殿だ。

 

 

 

ーーーートレーナー君の予定、というのは駿川たづなさんと出かけること?

 

 

 

 

 

 

 

なんだろうか、足が・・・動かない。

 

 

役割は違えど学園内ではトレーナー君の同僚にあたる方だ。休日に一緒に買い出しに来ていてなにも不自然なことなどない。

当初の予定通り、横断歩道を通って道路を渡り声をかければいいだけだ。「お買い物ですか?」と。

 

 

 

頭ではわかっているのだが足がまったく動かない。にも拘わらず目は彼らの様子を凝視ししてまう。

 

なにやら楽しそうに談笑しながら店先にある売り出しの棚を二人で物色している。

 

 

 

 

 

 

そしてふと・・・見た。見えてしまった。

 

 

何か商品を手に取って二人で談笑していた時のトレーナー君の表情を。

 

 

ーーーー少し照れているような、それでいてなにか愛しいものを慈しむような、そんな表情を。

 

 

 

 

 

 

・・・・わたしは。彼のそんな表情(かお)は、知らない。

 

 

 

 

苦しい。 胸が、痛い。 

 

 

 

わたしは1年半近く彼と同じ時を過ごした。

 

長い時間、一緒にチェスもした。

映画を一緒に見に行ったことも何度もある。お互いに気に入った書籍も勧め合った。

 

たくさんの時間を彼と過ごした。

 

 

 

でも・・・今見た表情を彼がしたことは一度もない。私に、向けられたことは。一度も。

 

 

 

 

 

2人はそのまま連れだって店内に入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは・・・しばらくそのままそこに立ち尽くしていたように思う。

 

 

 

 

 

気が付いたら寮の自室の中にいた。

 

どうやって帰ったのかは覚えていない。

 

 

 

せっかく購入した本は・・・どこかでなくしてしまった。

 

 

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「トレーナー君。実は昨年一緒に見た映画の続編が公開いていてね。今度のオフ、一緒にどうだろうか。」

 

「あー”ウマ娘の夜明け”と同じ監督のやつかな。すまん、ルドフル。あれは先日たづなさんとナイトシアターで見てしまったんだ。ごめんな。」

 

「・・・・ははっ、そ、そうなのか。それでは映画は今度また一人で見に行くとしよう。気にしないでくれ。」

 

「あー・・・それと。ルドルフ。ちょっと言いにくいんだが。これからはオフに二人きりで出かけるのも控えようと思うんだ。ルドルフももう無敗の三冠バだろう。トレーナーと担当バ、適切な距離を取った方がいいと思うんだ。」

 

「と、トレーナー君!それは・・・!」

 

 

いやだ・・・・!トレーナー君そんなことは言わないでくれ・・・!私は、君といる時間が・・・!

 

 

「それに、俺も最近たづなさんと、その、お付き合いするようになってな。ルドルフとの今の距離は・・・」

 

 

 

・・・・・!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガバッ!!

 

 

「・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 

ひどい・・・夢だ。自覚した途端にコレか・・・・

 

 

 

 

あれから。どうやって帰ったのかも定かでない自室で無為に時間を過ごし、気づけばもう夜になっていた。

 

なんとかシャワーを浴びて着替え、明日に備えて部屋に常備していた携帯食を食べた・・・食べたものはその後、全部吐いてしまったが。

 

身体が現実を受け入れるのを拒否している。

 

それでも、私は生徒会長だ。明日もある。無理やりにでも体力を回復させようとベットに横になったがこのありさまだった。

 

時計を確認するとベットに入ってからまだ一時間ほどしか経ってない。

 

 

 

 

 

 

もう痛いほどよくわかっている。

 

 

私は・・・・・・・トレーナー君が好きだ。 

 

 

こういった経験は今までなかったがこれはもう、どう考えても明らかだろう。

 

そして・・・やっかいなことにこの気持ちは自覚したとたんにどんどん膨らんでいる。

 

 

 

 

 

ーーーーどうにも、ならないというのに。

 

 

きっと・・・・トレーナー君は・・・・たづなさんの事が好きなんではないだろうか。

 

今も瞼の裏に焼き付いているトレーナー君のあの[[rb:表情> かお]]・・・・

 

そしてたづなさんも今日、いままであまり見ない着飾った格好をしていたように思えた。

ただ単に私服の趣向がそういう傾向の可能性もあるが、少なくともどうでもいい相手であればあんな恰好はしないように思われる。

 

 

ーーーー二人は、両想いなのではないだろうか。

 

 

とすれば。だとすれば。私の抱えるこの思いは。

 

彼にとって邪魔以外のなんだというのか。

 

 

 

 

 

ベットの上で膝を抱えて丸くなる。

 

どうすれば・・・いいのだ。

 

「うぅ・・・トレー・・・ナー・・・君・・・・・」

 

ーーーチェスをして、”まだまだ君には及ばないな”と笑って頭をかく君が好きだ。

 

ーーー気に合った本を持ち寄って、交換しながら共に読む和やかな時間をくれる君が好きだ。

 

ーーー私と他の生徒との距離を気にして、積極的に私たちの間に入ってくれようとする君が好きだ。

 

ーーー寝る時間を削ってまで私のレースの対策を練っているのに、控室ではそんなこと微塵も出さずに笑顔で私を送り出してくれる君が好きだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーなにもしてくれなくていい。なにももらえなくていい。君がとなりにいてくれるなら他になにもいらない。なにも望まない。ただ、となりにいてくれたら。

 

「う・・・うぅぅぅ・・・トレーナー君・・・トレーナ君・・・・」

 

 

そして、それはきっと叶わない。

 

彼のとなりにいること許されるのは私ではない。

 

 

 

「ぐ・・・ぐうぅ・・トレー・・・ナー君・・・・」

 

 

今の私にできるのは、真夜中に膝をかかえて彼の名を呼ぶことくらいだ。

 

 

 

 

 

ーーーー結局、その日はそのまま一睡もすることはできなかった。

 

 

 

 

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体が・・・・重い・・・・

 

 

 

腫れた瞼は明け方4時くらいから2時間ほど冷やしたらメイクでごまかせる程度には回復した。

 

 

問題は体力の方だ。昨晩食べたものはもどしてしまったので実質昨日の朝食から何も胃に入れていない。

この状態で一晩中泣きはらしてしまったのはやはりまずかったようだ。

 

 

現在は昼食の時間も終わり、そろそろトレーナー君とトレーニングを開始する時間。

 

 

午前中はほとんど気力だけで動いていた。

 

おそらくは普段通りに振舞えていたのではないかと思う。エアグルーヴはなにか気づいているようだったが。

 

 

あえて聞かないでいてくれたのは私としても助かった。とてもではないが今の状態を他人に説明できる気がしない。

 

 

 

昼食は・・・食べなければいけないのはわかっていたが結局食べることはできなかった。

 

今は胃に食べ物のかわりドロドロした流体の真っ黒な鉛を流し込まれたような気分だ。

 

食欲もないし、なによりこれは何か口に入れてもおそらくもどしてしまう。

 

 

 

 

「トレーナー君には、申し訳ないが今日のトレーニングは中止にしてもらおう・・・」

 

 

 

重い体にムチ打ってトレーナー室に向かう。

 

 

 

メールで連絡を、とも思ったが、彼は心配してその後、私とコンタクトを取ろうとするだろう。

 

今のは私は彼と”普通に接する”ことにとてつもない覚悟と労力がいる。

 

見舞いにでも来られて不意打ちをくらったら恐らく普段通りのシンボリルドルフとしては振舞えない。

 

こちらから覚悟を決めた状態でコンタクトをとり、尚且つ私が普通に接することができるまでに心を整理する時間を作る必要がある。

 

 

幸いというか、私の体調が悪いのは一目瞭然だろう。ここは風邪をひいてしまったということにして2,3日トレーナー君と顔を合わせない時間を作るのがベストだと思われた。

 

 

ーーーーあんなに毎日会いたがっていたのに。必死で彼に会わないで済む方法を考えるとは・・・滑稽だな。

 

 

 

 

 

 

さて・・・トレーナー室はもう目の前だ。覚悟を決めろ。

 

 

コン、コン

 

「トレーナー君、入るよ。」

 

 

 

 

 

・・・返事が、ない

 

 

 

 

「トレーナー君?」

 

 

ガラッ

 

 

 

・・・・・・いない

 

 

 

 

 

 

トレーナー君は悪くない、なにも悪くないが・・・体力が残り少ないのだ。

 

私の覚悟を返してくれ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

中に入るとPCがつけっぱなしになっている。

 

これはおそらくすぐに戻ってくるだろう。

 

 

 

鍵を開けておいたということは私が来ることも想定しているはずだ。ここで待たしてもらおうか。

 

 

 

いつからか定位置になっている奥のソファへ向かう。

 

この部屋は・・・やはりトレーナー君のにおいがするな。

 

 

 

昨晩、あんなに彼の事で思い悩んで泣きはらしたというのに、彼のにおいを感じると不思議と心が安らいでいく。

 

トレーナー君はそう遠くない未来に私の手の届かないヒトになるんだぞ、と自分を戒めても止めることができない。

 

まったく・・・・度し難い。

 

こんな状態でいままでよく彼と普通に接することができたものだ。

 

 

 

 

ソファーに座るとどっと疲れが押し寄せてきた。

これは思ったより残りの体力が少ないな。

 

 

それにしてもこの場所は、トレーナー君のにおいが特に強い。

いつも座っているPCデスクが近いし、ミーティングもここでしているのだから当然か。

 

 

 

 

少し・・・・少しだけ。

 

少しだけ体力を回復しよう。彼を強く感じることができるこの場所で少しだけ。

 

 

 

それくらいなら・・・・私にも許されてもいいだろう・・・・・

 

 

 

[newpage]

 

 

 

 

『ん・・・・・・』

 

 

わたしは・・・・いつベットで寝たのだろうか?

 

 

眠い・・・眠くてよくわからない・・・

 

 

ここは・・どこだろうか。

 

 

 

 

見知らぬベットの中。部屋はカーテンを閉めて切ってるのか暗くはあるが、隙間から差し込む柔らかい光がぼんやりと部屋の空気を作っている。

 

 

この暗さは目を凝らせば周りを確認できる程度なのだが・・・なにせ眠い。

 

 

 

 

今は・・・朝、というか早朝か?

 

 

外からは小鳥のさえずり。そして・・・それ以外のすべてが無音。

 

部屋全体が青みがかったようなそれでいて澄んだ空気につつまれている。

 

 

 

 

なぜだろう。ここはすごく・・・安心する。

 

 

『起こしてしまったか。まだ寝ていていいよ。』

 

 

トレーナー君の声が真横から聞こえる。わたしはトレーナー君の隣で寝ているようだ。

 

 

そうか、このにおいはトレーナー君のにおいだ。

 

どおりで安心するわけだ・・・

 

 

しかし、眠い・・・瞼がうまく開かない。

 

 

 

『いま・・・なんじ・・・』

 

『6時半くらいかな。』

 

 

・・・6時半か・・・もう少しここにいたい。

 

 

 

目がうまく開かないので私はトレーナー君のにおいがする方へとすり寄っていく。

 

 

 

 

ほどなくして、ぽすっと彼の胸元へたどり着いた。

 

 

彼のにおいが胸いっぱいに広がる。

 

 

私は、なにかに思い悩んでいたような気がするが・・・そのすべてがささいな事であるような錯覚を覚えるほどの安心感に包まれる。

 

 

自分の胸元へ辿り着いた私の頭をトレーナー君がやさしく撫ではじめる。

 

 

気持ちがいい。まだそんなに長いバ生を歩んできたわけではないが、それでもこんな安らぎはいままで感じたことがない。

 

 

 

 

大好きだ。トレーナー君。

 

 

君のにおいも。体温も。手の感触も。

 

 

眠すぎて顔が見れないのが残念だ。

 

 

 

 

 

 

 

彼が頭を撫でるたびにどんどん眠くなっていく。

 

 

んー・・・もう・・・だめかもしれない・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

再び、私が眠りに落ちる間際。

 

 

 

トレーナー君が『大丈夫だよ。ルナ。』と言った気がした。

 

 

 

 

[newpage]

 

 

 

 

 

「ーーーーーっ!!!!」

 

 

な・・・な、なんだ、今のは・・・・

 

 

 

辺りを見渡す。

 

・・・・トレーナー室だ。間違いない。

 

今のは・・・夢・・・・か?

 

 

 

 

 

いや夢だろう。まさか彼と同衾する夢など・・・・

 

 

自分でも顔が真っ赤になっているのがわかる。

 

 

それにしもて生々しい夢だった。

 

 

頭を撫でてくれた感触や、胸いっぱいに吸い込んだ彼のにおいがまだ残っている。

 

夢にしてはリアルすぎる。

 

 

 

・・・いや、実際にまだ彼のにおいがするな。

 

 

 

ーーーーー原因はこれか。

 

 

 

 

どうやら私が寝入ってしまった間にトレーナー君が一度戻ってきたようだ。ソファーにもたれかかって寝ていた私に毛布がかけてある。

 

 

・・・・これ、トレーナー君がたまに仮眠で使っているやつだ。

 

 

洗剤の香りもするのでおそらく洗ってはあるのだろうが・・・彼が普段使っていて彼が手ずから持ち帰り、彼の部屋でヒト用の洗剤を使って洗ったものだ。彼のにおいは、ほとんど落ちていない。

 

 

毛布に顔をうずめてみる。

 

 

彼のにおいに包まれたからだろうか。それとも彼に夢のなかで”ルナ”と呼んでもらったからだろうか。

 

さきほどまで私の中で渦巻いていた重い鉛のようなものが消えている。

 

今なら・・・食事もとれそうな気がする。

 

 

 

 

しかし・・・彼のにおいの原因がこの毛布だとすると、頭に残っているこの撫でてもらった感触は・・・

 

 

 

そこまで考えてふと、目の前の小さな木製テーブルに紙袋が置いてあることに気づいた。

 

紙袋へは”ルドルフへ”と彼の字で書かれた紙が貼ってある。

 

 

私が来た時にはこれはなかった。一度戻ったトレーナー君が置いていったのだろう。

 

 

 

「私へ・・・?」

 

 

 

紙袋を手に取ってみる。中にはMONT BLANCと書かれた黒い箱と手紙が入っていた。

 

私へ、ということなので開けてもいいのだろうか・・・・・

 

 

 

 

そっと黒い箱の方を開けてみる。

 

ーーーー万年筆だ。

 

 

いやしかし。これ、絶対安くないだろう。

 

万年筆のブランドなどまったくわからない私が見て高級とわかる品だ。トレーナー業も高給取りと聞いてはいるが、それでもポンと渡すような金額のものは見えない。

 

 

手紙の方を手に取ってみた。

 

中は・・・トレーナー君直筆のものだった。

 

 

 

 

『ルドルフへ

 

どうも直接伝えるのは照れ臭くなってしまい、手紙にしてみた。

 

ルドルフ。三冠おめでとう。一緒に入っている品は俺からの祝いの品だ。

 

女性の感性などわからないので先日たづなさんに手伝ってもらい選びに行ったのだが結局最後は自分の感性で選んでしまった。

 

少々無骨なデザインかもしれないが許して欲しい。君に似合うと思ったんだ。

 

まだ学生の君には万年筆など分不相応に映るかもしれない。だが、君が目指す道の先にはきっとこういったものも必要となるはずだ。

 

その時、当時担当していたトレーナーに三冠の祝いでもらったんだと胸を張って言ってもらえる品を選んだつもりだ。

 

 

君は三冠はまだ道の半ばと思っていると思う。

 

しかし、君の努力を君の隣でずっとみていた俺としては、どうしてもただの通過点には思えなかった。

 

ルドルフはすごく頑張っている。

 

俺は君より年上だが、尊敬しているヒトを一人挙げろと言われたら間違いなく君の名を出す。

 

・・・・やはりこういったことは照れ臭いな。手紙にしてよかった。

 

そんな君に是非送りたいと思って選んだ品だ。良かったら受け取って欲しい。

 

まだ、先は長い。俺も全力でサポートする。これからもよろしく。』

 

 

 

 

・・・・・・・

 

 

ポタっ   ポタっ

 

 

せっかくの・・・手紙が。私の涙でにじんでしまう。

 

 

ずるいな・・・トレーナー君は。ずるい。こんなの・・・・ずるいじゃないか。

 

 

こんなの泣くに決まっている。せっかく今朝苦労して人前に出れるようにしてきたのに台無しだ。

 

 

 

 

 

そして・・・・私は手紙を読んで一つの可能性を見つけてしまった。

 

可能性というにはあまりに小さく、ただの自分の願望としか思えないような小さな可能性を。

 

 

 

トレーナー君が先日たづなさんと出掛けていたのは、私への贈り物を選ぶためだった。

 

もし、もしもだ。

 

 

彼のがあのとき見せていたが、その場にいた、たづなさんではなく手に取った品を通してこれから送るであろう相手を思ってしてくれていたら。

 

 

 

わかっている。こんなことは自分に都合よく考えているただの願望だ。たづなさんに向けていた可能性の方がずっと高い。

 

でも、もしも・・・・

 

 

「ほんとうに・・・ずるい。これでは・・・諦められないではないか・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐らく先に校庭レース場で私を待っているであろうトレーナー君に手早くメールを打つ。

 

 

『祝いの品ありがとう。君に泣かされたので今日のトレーニングは休む。人前に出れない。ちゃんとしたお礼は明日改めて。』

 

 

 

そうだな。きっと無理に諦めようとしても、それがそもそも無理なのだ。

 

 

ーーー心は決まった。

 

 

 

さて、まずは食事だ。そして睡眠。

 

 

明日にはいつものシンボリルドルフに戻っていなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は・・・・まだ知らない。

 

 

 

この一年半後、トゥインクルシリーズの完全制覇という熱狂を私とトレーナー君が起こし、二人で高らかに勝鬨を上げることも。

 

 

 

 

そして、・・・その少し後に。

 

 

ターフを更なる熱狂に巻き起こす『月』の名を冠するチームが現れることも。

 

 

 

それはまだ、少し。先のお話。

 




読んでいただきありがとうございました。

本編には入れられませんでしたが、たづなさんはたづなさんでオシャレして行ったのにトレーナーが担当ウマ娘のことばっかりに優しい顔していたため、「入る隙間ないな~」っと諦めてたりします。
1回のデートで2人のフラグを叩き折るトレーナー君・・・・

タイトルは大昔の邦楽の楽曲名からお借りしました。
この曲、ルナトレのイメージに合うと思うのです。わたし。
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