宇宙暦762年 1月5日 ゾンタークスキント艦内
ウィレム・バクスター
『バクスター船長、この船室が今日からしばらくの間貴方に割り当てられた部屋です。それから、こちらの書類は本艦の"ゲスト"となった方用のものでして、本艦の立入禁止区画と主要メンバーの官・姓名が載っています。貴方の部下の部屋はここから2ブロック先の階段を降りた先となっています。もうすぐ夕食の時間となりますが、食事は部屋で摂りますか、それとも貴方の部下たちと?士官食堂でも大丈夫ですが。』
『え、ええ、では船員と一緒にお願いしたいと思いますが…』
軽い取調べの後、独房にでも幽閉されるかと思ったが、充てがわれたのは小綺麗な独立キャビンだった。…何か私がまだ重要情報を隠し持っているとでも考えているのだろうか?それとも、ここまで案内してくれた若い士官が言うように、本当に"ゲスト"として扱う気なのか。そんなはずはない。噂では帝国軍に捕らえられた同盟市民は農奴階級に落とされて洗脳教育を受けるという話だ。しかし、農奴に落とすつもりなら最初からこんな扱いをする意味とは?全く分からない。とりあえず皆の所にいこう。2ブロック先の、階段。番兵の1人もいないのか。
『船長!よかった。ケガはありませんか?何をされたんです?』
『カーター、ありがとう。怪我はないし、特に不快な事はされなかったが、船は返してもらえないそうだ。これは保険金が下りる案件に該当するかな?そっちは?』
『ええ、別に何も。妙なんです。あの大男は怒鳴りも殴りもしないし、ただこの部屋に通された上にこの書類を渡されて。ガスでも流すつもりなんでしょうか?』
と、急に扉が開く。入ってきたのはモニターで我々に警告してきた男、つまりこの艦の艦長だ。なんだか長い名前の中佐…
『やぁ、船長もこちらでしたか。なら丁度いい。私から皆さんに色々ご説明したい事がありまして。えー、まず、我々は皆さんに余計な危害を加えるつもりは有りません。これを最初にお約束します。もし万が一我が艦の乗員でその様な事を行った者がいたらすぐ申告して下さい。次に、皆さんがこの艦にとどめ置かれる理由はただ1つ、機密の為です。ただ、この艦の収容人数、580人となっていますが、それに近づく、若しくは超えた時点で皆さんを解放します。時期は未定ですが、帝国本土への連行は命令されていないので皆さんは家には帰れます。もう一点、身なりは貨物船ですが、当艦は最初にも申し上げた通り軍艦ですから、機密や安全の関係上立入禁止区域を設けています。詳しくは渡した書類にありますが、そこ以外なら艦内では行動の自由を与えます。ああ、戦闘行動中はまた別ですが。何か質問は?』
驚いた。これでは客船に乗り移ったのと同じではないか。1度紅茶を売った亡命貴族はそれはそれは嫌な奴だったがあんな奴とは大違いだし、逆に好印象すら覚える。船を失ったのは痛手だが、考えてみれば帰れるというのなら、今の内に日記でもつけておけば自伝出版で食っていけるかもしれない。とにかく大人しくしておくのが賢い行動というものだろう。
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帝国暦453年1月8日 ゾンタークスキント艦橋
フォン・フランツィウス大尉
「大尉、5次元解析装置の密度解析結果です。成果なしってとこですな。」
担当の軍曹から結果の印刷された紙を受け取る。最初の獲物を捕らえてから3日、3回のワープを繰り返して今の宙域にまで来たが、一度5隻組程度の反応があっただけだ。ターゲットは独航船なので、そういう難しい目標は見逃すしかない。ため息が出そうになるのをぐっと我慢する。エネルギーや食料はまだまだ余裕だが、わざわざ敵地へ単独行をして、遊弋しているだけというのも士気に関わってくる。どうしたものか…
「…大尉、バクスター氏が話があると言っておりますが。」
「?どうした、食事が口に合わなかったかな。うーん、娯楽室で会う。軍曹、何かあったらすぐ呼んでくれ。」
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『何かありましたか、船長。乗組員に粗相がありましたなら…』
『いや、いや違うんです大尉さん。乗組員の方には良くして頂いているし、食事も美味い。あ、今回はその事ではなくて、うちの皆と話し合って、決めた事があるんですが良いでしょうか。』
『私の一存では決めかねる事もありますが、どうぞ。』
『今から私が提案する事は、恥知らずな裏切り行為と取られるかもしれません。ですが、これは貴方達に対する信用と信頼の形の1つであると私は考えています。』
『我々の中には複数の商船に勤務したりして、貴方達の、その、獲物となる商船のよく通るルートを知っている者が複数おります。で、その情報を提供したいと考えたのですが…』
『なるほど。こちらにとって嬉しい提案ではありますが、なぜそんなことになったんです?』
『はい、艦長さんは、「もし艦の収容人数を超えたら、その時点で解放する」と言ってくれました。早めにここが満員になれば、その分早く解放される可能性があるというのと、この艦は我々同盟人に良くして下さるので、もし同胞が捕まっても悪いようにはならないと思うのです。』
『我々に万全の信頼を寄せてくれた事には感謝します。ですが、事が艦全体に関わることであるので、一度こちらで検討させて貰います。』
『分かりました、大尉さん。私は部屋にいるので、いつでも呼んで下さい。では。』
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同日、士官食堂。
「と、言うことなんですがどうしますか。」
「向こうから協力するというんだ、手っ取り早く戦果を挙げられるし、エネルギーの節約にもなる。受諾してよいのでは?」
「メリットだけじゃないぞ、バウディッシン中尉。もし誤情報を掴まされて、叛乱軍の哨戒網に誘導されたりしてみろ。我々はとんだ間抜け野郎として歴史に名を残す事になってしまう。」
「『早く解放されたい』という理由は尤もな理由です。ここ数日見ていて、バクスター氏は良識人だと感じますし、もし我が艦が叛乱軍に攻撃されたら、乗っている捕虜ももろともになる事位は理解しているでしょう。信じてみていいのでは?」
と、ツァーン少尉。
「だが彼は船を失っている。といっても雇われ船長のようだが、我々に恨みを抱いて、自暴自棄になっていても不思議ではない。」
「うー、言われてみればそうですね。艦長はどうお考えですか。」
「私は、彼を信じて良いと思う。まず、彼は船とその乗組員の長として船員全員の生命に対する責任を負っている。彼がもし我々に恨みを抱いているとしても、船員を巻き込む様な方法を取る事はしないと思う。それに、ツァーン少尉も言っていたように、彼は良識人だ。自分が裏切り者として軽蔑される危険を承知での提案には、価値があるものではないかな。」
「艦長がそう言われるなら否やはありません。すぐにでもバクスター氏に協力を要請します。」
「結構。ありがとう大尉。よろしく頼むよ。」
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次の日から、バクスター氏が同伴する形で通商ルートの選定が始まった。タンカータイプがよく利用するルート、軍用貨物船のルート、フェザーン帰りの空荷船が近道に使うルートに星が綺麗に見えるルート等というものもあった。取り敢えず、その中の1つをフェザーン方面へ逆行して見ることとなった。これで成果が上がれば万々歳といったところだが、果たして…。
続く
どうも、メーメルです。お読みいただき、ありがとうございます。捕虜の協力の事例は、モデルにしているゼーアドラー号でも「船を見つけた者には誰でも金とシャンパンを支給する」という形であります。
フランツィウス君が後半反論するのは、彼がバクスター氏や同盟人が嫌いだからではなく、本編中でいう、ムライの役割を自分に課しているからです。一応真面目って言う性格設定もあるので…
ご意見、ご感想、ご指摘お待ちしております。個人的には銀英伝の好きなシーンとか語り合いたいんですが、ガイドラインに違反するからやっぱりダメなんでしょうね…