帝国暦453年 1月11日 午前7時 ゾンタークスキント艦内
フィクトール・クンツェ中尉
艦長から厄介な仕事を押し付けられてしまった。捕らえた叛乱軍の下士官の取り調べだそうだ。なぜ私なのか聞いたら、「彼はついさっきまで意識を失っていた訳だし、なんらかの宿病があるかもしれない。それに、君の軍医の制服は我々のものより厳つくないから、余計な刺激も少ないだろう?」だそうだ。軍医学校では確かにPTSDの将兵に対する療法なんかも習うには習ったが、専門の資格は持っていない。起きたらいきなり敵艦の中にいた人間への接し方なんて授業は無かったし…こんな事を考えている内に、医務室についてしまった。一応つけてある番兵に敬礼をして中に入ると、若い下士官がベッドの上で縮こまっていた。
『い、遺書を書かせてくれ!私には、私にはカッシナに両親がいるんだ!何もしてやれなかったが、息子が立派に戦死した事位は伝えてやりたいんだ!』
『はぁ?何を…』
『ダメなのか?私は銃殺刑になるんだろう?ど、同盟では遺言や遺書を遺すのは死刑囚にだってすら許された権利だ!いくら帝国が我々と異なるといっても、それ位は同じなんじゃないのか!?』
『いや、我々はきみを銃殺刑になんてするつもりはないと…』
『!まさかガスか!そ、そんなむごい死に方は嫌だ!せめて一思いにやってやろうという慈悲も帝国にはないのか!頼む、頼むからガスはやめてくれ!』
『いや、だから我々は君を死刑にする気は毛頭無い…』
『じゃあなんだ!洗脳してスパイにでもするつもりか?そんな事をするつもりなら、舌を噛んでやる!祖国を裏切る事なんか、私にはできない!』
会話のキャッチボールという言葉があるが、こいつはキャッチボールどころではないな。何より興奮しすぎている。最後の方なんか、ほぼ悲鳴だ。このままでは本気で舌を噛みかねないし、一度落ち着くにもまた眠ってもらうしかないだろう。
鎮静剤の注射を医療バッグから取り出して近づくと、また騒ぎ出した。
『自白剤か?言っておくが、わ、私はただの曹長だ!重要な情報なんか1つも握ってないぞ!いや、知っている事なら話を、や、やめ、同盟万歳!!』
んー、これは鎮静剤で眠ったのかまた気絶してしまったのか分からんな。どうやら帝国軍に対して随分なマイナスイメージがあるようだ。最前線で敵と殺し合っている兵士より、後方の兵士の方が相手に対する敵愾心や恐怖・憎悪が大きくなる、という話を聞いた事があるが、正にその例にピッタリ当てはまっている感じだ。これはもう一度艦長と相談を打たねばならんな。
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同日 8時20分 士官食堂
「こういうことになってまして、まともに取り調べなぞできるような状況ではありません。鎮静剤の効果は2〜3時間で切れますし、どうしますか?」
「どうしますか、と言ってもなぁ。君がダメだったのであれば私や他の者が行っても結果は変わらんだろう。いっそのことまたツァーン少尉に女装してもらって、女の色香でなんとかしてもらうか?」
我関せず、といった風にひどい色合いの"特製カクテル"とやらを飲んでいた我らが女装担当は急に回ってきたお鉢に当惑して咳き込む。
「か、艦長、本気で仰っているんですか?確かにこの前の臨検の時の若造はうまく騙されてくれましたが、私だって話し中ずっと高い声を維持できる訳ではありませんし、近くで見たら色香なんて物は1ミクロンもありはしません。絶対にボロは出ますよ!」
「冗談だよ、少尉。冗談だ。が、どうするかな。情報を持っていないというのなら取り調べの必要は薄いにしても、状況の説明なんかはしなければならないし、第一ずっと中尉の仕事場に閉じ込めておく訳にもいかんだろう。」
「相手が我々帝国人に対するマイナスイメージを持っているというなら、同国人にやって貰えば良いのでは?バクスター氏は見た目も温和そうで、申し分なく適任であると思うのですが。」
と、バウディッシン中尉。この大男はその声だけならどんな猛獣でも落ち着かせられるようないい声なんだが、何しろ見た目が怖すぎる。
「それも考えないでは無かったがな、クンツェ中尉の話で、例の彼が『
裏切り者になる位なら〜』と言っていたというのがあっただろう?バクスター氏に頼んで、引き受けてくれたとして、我々を信頼して協力してくれた彼がたった1人とはいえ、そういった暴言をぶつけられるのではないかと考えるとな、どうも躊躇せざるを得ないと思うが…」
「では、あくまでそのリスクを説明した上で、強制ではないという形式で依頼してみては?彼は曲がりなりにも同国人が恐怖に支配されているのを放置するような男ではないでしょうし、案外簡単に引き受けてくれるかもしれませんよ。」
「…信義や矜持につけこんでどうこうするのはあまり好きなやり方ではないんだが、他に有効な手段が浮かばない以上、やってみるしか仕方がないか。」
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バクスター氏に事情を説明したら、即座に承諾してくれた。『反抗期の息子を説き伏せた経験が役に立ちますかな。』だそうだ。この人は他人から悪意というものをぶつけられた事が無いんだろうかと心配になる。一応、彼が暴れたりした時用に医務室の横に兵を2人待機させておいて、私自身は間抜けな格好ながら、扉に張り付いて聞き耳を立てる。もうすぐ起きる頃だと思うが…
『起きましたか?曹長さん?曹長さん!』
『……あなたは誰です?天使さまには見えませんが…』
『私は、ウィレム・バクスターと言いまして、シロン星の商人です。曹長さんに説明をしてあげるようにとある人に依頼されて、いまここにいる訳なんですが…』
『同盟人!同盟人ですか!よ、よかった。何か悪い夢を見ていたようでして、帝国の宇宙海賊に捕らえられて、自白剤を打たれて、それから…』
『一部は夢かもしれませんが、大体は現実ですね。ここは帝国の巡航艦の医務室ですし、かくいう私自身も、捕虜いや、ゲストとして暫くこの艦にいることになってましてね。』
『…そうですか。……やはり私は、それで、何の用です?まさか同盟人同士で殺し合いをさせようというんですか!?あ、あなたそれでも…』
…?何も聞こえなくなった。一体どうした事だ。まさかまた気絶でもしたのかと思い、そっと窓から覗いてみるとバクスター氏はただ黙って彼を見据えていた。
『落ち着きましたか?では、説明しますね。この艦でのゲストの扱いは大変寛容なものです。それはおそらく曹長さん、あなたが軍人だからといって変わるものではないでしょう。実際に我々はこの艦に来てから快適に暮らしていますし、暴行の類も受けていません。この書類にある立ち入り禁止エリア以外は行動も自由ですし、艦が収容人数を超えればその時点で解放してくれるそうです。さらに付け加えるなら、どうも我々は帝国人に対する評価を改めなければならないとさえ思っていますよ。』
『つまり、奴等、いや彼らは私を殺すつもりはないと?』
『勿論そうでしょう。そうなら気絶したあなたをわざわざこの艦に運んできて、医務室に寝かせておくなんて事、全くの無駄ではありませんか。』
『でも、私は軍人です!彼等は恨みを抱いて、私に対してはどんな行動をとるか…』
『曹長さん、あなた、亡命貴族とかいう連中に会ったことはありますか?ない?そうですか。私はああいうのが我々の考えるステレオタイプな帝国人像を拡大していると思うのですが、とにかく私はこの艦の艦長を信頼します。それこそ、この47年の人生であのような紳士的な人にはそうそう会えませんでした。望むと望まざるとに関わらず、暫くはこの艦で共に暮らすんです。鬼や蛇のように忌避するのは、あまり良い関係性とは言え無いと思いますよ。』
『では私は、私はどうすればいいのです!徴兵で軍に入って、志願兵役になってもずっと帝国人を憎め、殺せと言われてきたんです。そう簡単に…』
『私は思うのですが、国にとっての軍人の存在理由というのは敵を倒す事より、守るべき人間を守るためにあるのではないですか?あなたは前者はできないが、後者、最も大切な責務はまだ果たせる状況にあるのではないかと私は思いますよ。』
『それはどういう…』
『つまりこうです。今でさえこの艦には50人からの同盟人が乗っています。これからさらに増えるでしょう。私と、あなたの便乗していた船の船長、ウィリアムズさんだけでは収めきれない揉め事なんかも起こるでしょう。その時、あなたはただ1人、中立の立場でいられる。陪審員として、裁判官として、立派に役目を果たせるのではないかと思いますよ。』
ーーー
『見事なものですな、バクスターさん。』
『ありがとうございます、軍医さん。ああいう不安定な人には自分がどういう状況にいるのか、そしてなにができるのか、どう役に立てるのかなんかを説いてやるといいんです。いけない、つい年長者ぶってしまった。』
そんなことを言いながらキャビンに戻っていったが、やはり人生経験の差というものだろうか。それ以外にも何かある気がするが、随分その背中が大きく見えた。
続く
シドニー君は軍務という重責から前回のような口の悪い人になっていただけで、根は心の優しい青年です。やっぱりブラック労働は人の精神を蝕むんでしょう。
ツァーン少尉が飲んでいたのは、コンデンスミルクにレモン汁と砂糖を入れてよく混ぜたものです。彼曰く、「昔見た映画で俳優が飲んでいたのを真似したら美味かったんだ」だそうですが、控えめにいって不味そうです。彼の舌はどうなってるんでしょうか。
暴れる彼にすぐ鎮静剤を打てたのは、クンツェの腕と、帝国野戦医療研究所謹製の無痛注射器を使ったからです。時代の進化っていいもんだと思います。
今回も、ご感想その他もろもろお待ちしております。