宇宙暦762年 2月19日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地
A・ビュコック少佐
『はい、そうですか!分かりました。ありがとうございます。いえ、友人が乗っているかと思いましてね、勘違いだったようでお手間を取らせました。では。』
思った通りだ。本物のマレタ号は我々の臨検なんか受けていなかった。フェザーンから1ヶ月前に同盟領に入ってきたのは確かだが、臨検にもあっていなければ行き先もジャムシードではなかったそうだ。ただの密輸船だったら船名を偽る必要はないし、新参の宇宙海賊ならいくら新米のウィドックが相手とはいえ、欺くことはできないだろう。帝国艦の侵入があったことは確実なものとなった。後はその艦が今どこにいて、何をしているかだ。あの司令官の事だから確たる証拠や大体の位置くらいは判明させなければ腰を上げないだろう。なぁに、外見や消息不明船舶の最終位置なんかを突き合わせれば難しい事ではないだろう。
『ヴィドック、君は今日から司令部副官補佐だ。艦長にも許可はもらってある。奴を見逃した責任をとらせる訳ではないが、もう一度優しい船長とやらに会わせてやるからな。そのマレタ…ではないんだったな。何か新しい呼び名が必要だ。どうする?』
『そうですね、"海賊船"と呼ぶのはどうも幼稚すぎますし、"襲撃艦(Raider)"とかで良いのではないですか?』
『レイダーか、いいじゃないか。君には命名センスもあったのかな?では、ここに帝国艦レイダー捜索委員会の設立を宣言する!首席は私、君は会員2号だ。』
『会員2号でもなんでもいいですがね、まだ巡航艦の一隻も動かせない状況で捜索といっても、何をするっていうんです?』
『何もかもだよ。行方不明船のルート、目撃情報の収集、奴が潜めそうな宙域の特定に戦力分析。それとなく民間船に注意喚起もしておいた方がいいな。…機雷の流出の可能性があるとか、宇宙海賊に注意なんていうビラを配るだけでも効果はあるかもしれないぞ。』
『しかし、そんなことしたら民間船は怖がって出港しなくなりませんか?だから緘口令を出すって言っていたのに…』
『ヴィドック、基地内に防諜ポスターが貼ってあるだろ?"壁に耳あり"とか"話すときは小声で!"とかって奴だ。アレをまともに見て内容を守ってる奴がいるか?』
『…いませんね。だってスパイなんているとしたら最前線か首都星の重要施設かで…ああ、なるほど。』
『それと同じだ。ああいう手合いのポスターの標的は我々じゃなくてスパイだからな。"いるのはわかっているぞ"という脅しなわけだ。民間船も同じように、荒唐無稽な事を警告されたとしても鼻で笑って終わりだろう。しかし、だ。もし民間船にそのポスターなりビラなりが貼ってあるのをレイダーが見つけたら奴はどうすると思う?』
『向こうも探されているのを認識して大人しくなるか、自暴自棄になるか、それとも逃げ出すか、ですかね。』
『そうだ。追われる者というのは自覚がなくても何かしらそのストレスから失敗をやらかす事があるからな。失敗まで行かなくても今までとは違うアクションを起こすはずだ。そうなってくれたらしめたもんだぞ!…そのビラの作成は文才があることが判明した君に任せた。私は奴の位置特定だ。』
とりあえずは資料の再検討から始める。これまでは事故だと考えていたから積荷やルートばかり重視していたが、襲撃されたとなれば今度はその時間が重要な要素になってくる。臨検をしたのが去年の12月24日で、直近で消えたのは…シロン籍の「ヌワラエリア号」だな。最後の通信は1月4日の14時…
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帝国暦453年 2月20日朝 ゾンタークスキント艦内
V・クンツェ中尉
なんだかここ2、3日艦内が、というかSPUが騒がしい。原因は分かっている。少し前にゲストになった学生たちが装甲擲弾兵の連中と一緒にトレーニングと称して走り回っているからだ。狭い艦内生活で体を動かすのは育ち盛りにとっていいことではあるんだが、もう少し静かにできないものなんだろうか。原因をバクスター氏に聞いてみたら、どうやらこちら側で最近女性に流行っているのは筋肉質な男性らしい。つまり彼らの原動力は純然たる下心というわけだ。この思春期特有のエネルギーを発電にでも転用できれば核融合なんかより余程大きな熱量が得られるだろうに…
「中尉殿もどうですか!?身長が高いんだから、筋肉をつければあのトーテンコップ連隊にだって入れますよ!」
静かな所を求めてやってきた喫煙室で、後から入ってきた装甲擲弾兵の軍曹が額に汗を光らせながら言う。
トーテンコップね、確かバウディッシンの古巣だった所だ。全員が何かしらの地上戦関係勲章を持っているという噂の精鋭部隊、という事は彼くらいの男が3000人もいるという事か?…戦う叛乱軍が哀れに思えてきたな。
「遠慮しておくよ。生憎私は自分の仕事が忙しくてね。」
「?怪我人でも出ましたか?トレーニングは気をつけてやっているつもりなんですが。」
「違うんだ、新しく通貨が発行される事になっただろう?ゾンタークスキント・マルクでSマルクと呼ぶ事にしたんだが、どうも発行枚数も支給基準も難しくてね。主計長と、何故か酒の管理をやってるツァーン少尉と色々話し合ってるんだ。なにしろ財政保証は艦内の嗜好品となるわけだが、これはどんどん減っていくわけだろう?しかも今我々がいるのはタンカールートだから補充も望めない。通貨として考えると恐ろしく不安定なんだよ。」
「いや、大変なのは分かりました。SPUの"名誉顧問"さんは重大な経済的任務をお持ちな訳ですな。失礼。航海が終わって帰国したらあのカストロプ家に婿入りでもしたらどうですか?」
「嫌だよ、あんな悪趣味な一族の一員になるなんて。まぁでも財務官僚くらいならなってやってもいいかな。誰かが"財務省は国の医者だ"なんて事を言っていたし、案外務まるものかもしれないぞ。」
『あ、軍医さん!こちらでしたか。探しましたよ!いつも医務室にいるのにいないんだから。これ、今日の分の新聞です!じゃあ、次は艦長さんの方へ回るので、失礼します!』
学生の一人が持ってきたのは数日前に発行が始まった艦内新聞だ。編集長はセネット氏。今日誕生日のメンバーは誰だとか、帝国語講座などがいつもは書いてあるが、今日のは一味違った。曰く、『艦長動静』?
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「艦長、あれはいいんですか?艦長動静なんて…ある意味付き纏われてるようなものじゃありませんか。」
「ん?ああ、艦内新聞のことか。いいんじゃないか?許可は与えているし、別に私としても帝国軍人の名に恥じるような行いはしていないつもりだ。第一私の1日なんか知った所で面白くもなんともないだろう。どうやらこちらの政治家なんかは皆そんな事をやられてるらしいぞ。帝国では皇帝陛下の後をつけ回して新聞に書くなんて事はまず出来ないからな。もしやったら不敬罪を通り越して大逆にまでいくかも知れないぞ。それに比べて、面白い文化だと思わないか。」
「艦長がそう仰るなら否やはありませんが…あまりセンセーショナルになってもいけませんからセネット氏に釘だけは刺させて貰いますよ。」
「それもそうだな。まぁ検閲なんて無粋な真似はしたくない。適当なところで自重しておくようにやんわり言っておきたまえ。」
艦長はどうも今の状況を面白がっている節がある。SPUのメンバーがバクスター代表を筆頭に皆人格者だからいいようなものの、もし将来帝国軍に対して害意を抱くような者が入ってきたらどうするつもりなんだろうか?私としては、そのような事が起こらないのを祈るしかないのだが…
続く
いうなれば酒本位主義というわけです。カストロプ家は代々財務関係で権力を持っていた設定になっております。本編より30年前ですから、汚職をしていた先代もまだ若いでしょうしね。
今回もご意見、ご感想お待ちしております。是非どうぞ。