海賊子爵の航海日誌   作:メーメル

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 少し目を離した隙にお気に入りが100人を超えた事は望外の喜びであります、誠に有難うございます!では、どうぞ。


第二十八話 通信

帝国暦453年 3月9日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「皇帝陛下に!」

 

「「「「皇帝陛下に!!!」」」」

 

 今日は我らが皇帝オトフリート5世陛下の誕生日だ。本土では今頃盛大な式典と祝宴が開かれている事だろう。対して我々がやれるのはせいぜい拿捕品を使った軍隊料理くらいなものだが、こういう場で大切なのは規模や煌びやかさより陛下をお祝い申し上げる気持ちだ。

 

「やぁ大尉、どうだねこの祝宴は?オーディンでやっているのと比べたら規模は千分の一にも満たないだろうが、立派なものだと思わんか。」

 

「どうですかね。案外同レベルだと思いますよ。なんたって皇帝陛下は、あー、その、倹約家でいらっしゃいますしね。だから我々も故郷を離れて数千光年の地にいる訳ですし。」

 

「なんだ知らないのか。こういう帝室行事の費用は帝室費から出るんじゃないぞ。リヒテンラーデやカストロプ辺りに経費を出させてやるんだ。帝室は大貴族の予算を削れる、大貴族は自らの忠誠心と権威を示せるという寸法だ。つまり皇帝陛下の懐は痛まないってわけだな。」

 

「じゃあ結局我々の祝宴はケシ粒みたいなものって訳ですか。優越感に浸れるかと思ったんですがねぇ…」

 

「しかし敵の領内でこんな事をやってるのは我々だけさ。それだけでも値千金の価値はあるよ。大貴族様だっていくら金を積んだとしてもここまでは旅行に来れないだろうしな。」

 

「旅行ですか、考えてみれば我々がやっているのは侵攻というより冒険航海の方が現状に合ってますね。じゃあ、旅行中のささやかな宴会を今は楽しむことにしますか!」

 

「そう、その心意気が大事だ。何事も軽く、良い方向にだな。人生を上手く生きるコツは世の中を甘く見る事だというのは私の親父の言葉だがね。では、私は艦橋の連中の所に行ってくるから何かあったら頼むぞ。」

 

 そう言い残してから艦橋へ上がる。当直に当たった彼らにとって祝宴に参加できないのは不幸な事だろうが、こうやって誰かがやらねばならない仕事というのは軍人の本質だ。誰でも好き好んで人殺しをしたい奴なんてのはいないだろう。…流血帝なんて悪き前例の事は埒外に置くとして、まともな人間にそんな奴はいない。されども必要な仕事、だからこそ誇りだけでも持たねばならないのだ。

 

「艦長!ちょうどいま伺おうと思っていたんです。不審な電波が連続で入りまして、帝国語の歌の歌詞のようなんですが…」

 

「歌詞?……ああこれか。今頃なんだっていうんだ全く…少尉、記録しておいてくれ。」

 

「え…艦長はこの意味がお分かりなんですか?」

 

「なんだ、もう士官学校では教えていないのか。この歌詞、二人称が文法的におかしいだろう?この流れだとSieになるべき所がDuになっている。この変更は歌詞が暗号化されてると言う符号なんだ。つまりこの電波は帝国の暗号文という事になるが…我々宛のものかな?」

 

「このノイズの入り具合はおそらくフェザーン回廊内部辺りからの発信でしょうし、もし我々の他にこちら側に来ている艦がいなければそうなりますが…」

 

「まぁ解いてみれば分かるか。暗号キーはどこにしまってあったかな…」

 

 なんとか自室の引き出しの奥深くに眠っていた暗号キーを引っ張り出して解読してみたら、フェザーン回廊に近い位置の座標が示されていた。ここに行けという事なんだろうが、今更追加命令なぞ出す必要があるのだろうか?それとも帰還命令だったりするのかな?

 

ーーーーー

宇宙暦762年3月10日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地司令室

ヴィルヌーヴ准将

 

『なんだこの記事は!!いったいどういう事だ!?』

 

 目の前に映し出された電子新聞を見て思わず大声を出す。ジャムシードで一番大きな新聞社が発行している記事の一面には『帝国軍艦侵入!同盟軍はこれを隠蔽か?』という見出しが赤字ではっきりと書かれている。問いに応えるようにビュコック少佐の後任としてお茶汲みをやらせている大尉が言う。

 

『どうやら目敏い記者がハイネセンの方で民間船の失踪を取り上げたようでして、それに何故か反応したジャムシードの複数の商船員組合やら港湾組合からの問い合わせをはぐらかしていたら、それが"隠蔽"と受け取られた様でこのような事に…』

 

『くそっ!…捜索隊からの連絡は何も無いのか!?もう2週間になるというのに成果の一つも報告してこないのはどうなってる!』

 

『はっ、なにしろ艦の絶対数が限られていますし、索敵能力も旧式艦故の限界というものがありまして、手がかりがない以上虱潰しに探すほかないと…』

 

 ビュコックの奴は自信満々に私を説得して出て行ったのだろうが、結局は敵艦に掠りもせずにこの様だ。軍の失態という形で事件がクローズアップされてしまった今となっては下手な言い訳は通用しないだろうし、逆に火を煽ってしまう可能性すら出てくる。こんな事になると分かっていたら奴を基地に残しておいて責任を肩代わりさせるなり批判の矢面に立たせるなりできたのに…!

 

『准将、その記事に関してなんですが…』

 

『なんだ貴様!まだ文句があるのか!こんな状況に立たされているのは私だけの責任じゃないぞ!そうだ!この基地、ひいては同盟軍全体が…』

 

『いえ、文句ではなくその、ジャムシード政府から准将宛に連絡事項があるとの事でして、超光速通信が入っているんです。』

 

 お偉いさん直々に文句をつけてくるという訳か。第一自分の所の船についてジャムシードだって軍に何も言ってこなかったくせしてマスコミが軍を非難した瞬間にあちら側に立ちやがって、白々しい事この上ない!しかし無視する訳にもいかないし…

 

ー基地内 超光速通信室

 

 モニターに映し出されたのは整髪料の匂いが宇宙の深淵を超えて漂ってきそうなほどに髪をテカテカさせている眼鏡の男。ジャムシードの内務大臣だ。

 

『お久しぶりです、司令官殿。今回の事件ではジャムシードの経済、安全その他の諸々に大変な影響が既に出始めていまして…』

 

『これは大臣閣下、ええ、軍としても今回の件は大変遺憾に感じておりまして、既に3個戦隊規模の捜索・撃滅隊を怪しい宙域に向かわせてあります。2週間の内には混乱の元凶を沈める事ができると思いますので…』

 

『司令官殿。率直に言わせてもらうと、現在我々の政府内ではこのような事態になっては軍だけに任せておく訳にはいかないという意見も出始めている、というか、そういった意見が大分大きくなってきていましてね…つまり、予備商船員連合やら、右派政党の党員やらが集まって義勇軍を結成する運びになったんですな。ついてはその事を正規軍として了解しておいてもらいたいのと、識別コードを別途送りますので、間違っても民主共和主義を奉ずる同胞同士が相撃つ等という事がないようにしていただきたいというのをご連絡したかったんですな、ではそういう事で…』

 

『ま、待って頂きたい!そのような事をされたら指揮系統にも混乱が生じることは自明ですし、返って敵を利することになりかねませんから、ここは我々専門家集団を信じて頂いて、今少し…』

 

『いえ、これは既に決定事項ですからね。自己の権利を守る為の武装とその組織づくりは同盟憲章に認められている行為です。では、私は彼らの壮行会のスピーチをせねばなりませんので、ごきげんよう。』

 

 一方的に通信が切られる。ズブの素人がその辺の宇宙海賊にならともかく、帝国艦と戦っていい勝負が出来るとでも思っているのか?愛国心過剰かつ判断力過小の連中は急な思いつきでこういう事をやり始めるから嫌いなんだ!まかり間違ってその義勇軍とかいう連中が撃沈されたらその責任も軍に飛んでくるに違いない。こうなったら一刻も早く捜索隊が敵艦を見つけさせるほか解決策はない!予算が許せば本当に3個戦隊だって出せるのに…!

 

             続く

 




 同盟憲章の内容は不明ですが、アメリカとフランスを混ぜたような国のイメージなので、武装する権利がある事にしました。
 今回もご意見・ご感想お待ちしてます!ぜひどうぞ

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