帝国暦453年3月22日 ゾンダークスキント艦内
フォン・オイレンブルク中佐
そうだ、思い出した。何か頭の片隅に引っかかるものがあった気がしていたんだ。SCL-1344…回廊を出た後すぐに臨検してきたあの巡航艦の側面に書いてあった番号だ。つまり、今我々はあのツァーンに顔を赤くしていた若造に追い回されていると言う訳だ。面白い因果があったものだが…ただ面白がっている訳にもいかない。写真を撮られたかどうかは分からないが、言ってみれば既に我々の面が割れているも同然という事だ。これは早いとこ狩場を移した方が良さそうだな。
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同日 ゾンタークスキント艦橋
「参ったなこれは…」
「はい、大分難しい宙域です。この辺りからは航行不能帯がずっと伸びてきていまして、ここにはブラックホールが確認されています。凄い、シュヴァルツシルト半径が7kmですから、危険半径は3300光秒程ありますね。かなり大規模と言っていいでしょう。」
「それで、安全な通行可能帯はこの首都星行きルートと…回廊状のが3ヶ所か。」
「はい。最短でこの辺りから離脱するにはこの方面へ向けての突破が時間的には最も早いんですが、やはりこう言った狭隘な場所には敵部隊も蓋をする形で配置されていると考えられます。そこで、このブラックホールを迂回する航路をとって行く事になるかと。所要時間はワープをフル活用しても大分かかる計算ですが、やはり敵から発見されない様に動くとなると致し方ないかと。」
「そうか…これは?マルドゥク星系とあるが。」
「はい、どうやらその星系の…第5惑星ですね。アサルアリムと言う名前らしいですが、そこに小規模ながら開拓地があるらしく。」
「人が住んでいると言う事は当然なんらかの警備やら監視やらする部隊がついていると言う訳か。うーん…いや…ここを抜ける事が出来れば時間的には真っ直ぐ行くのとそう変わらないな?」
「少しずれるだけですから…しかし、有人惑星のすぐそばを抜けるのはいささか、いやかなり危険ではありませんか?小官としては迂回してでも敵に接触されない事を優先すべきであると…」
「この星系の詳細データあるか?ちょっと画面に出してくれ。」
「艦長!」
「まぁ待て。…やはりあるじゃないか。しかも都合よく楕円形軌道だし、速度も遅すぎない。見てみろ大尉。」
「彗星群…ですか。」
「ああ、この軌道ならこの星系外縁部ギリギリで彗星に潜り込む事ができる。それでその中のどれでもいいが彗星にアンカーを打ち込み、更に進んで別の彗星軌道上にワープする。これを繰り返していけば、後は彗星が反対側の外縁部まで連れていってくれると言う作戦だ。レーダーに映るのは彗星の影だし、機関を落とせばエネルギー探知も最小限に抑えられるはずだ。言ってみれば彗星という宇宙の潮流に流されるがままにしていれば手間要らずでエネルギーの節約も可能、更に敵の目を欺いて新天地へ進出できる!一石二鳥どころではないぞ、どうだ大尉?」
「…しかし、目標は移動しています。ワープジャンプのタイミングが少しでもずれたらアンカーを打ち込む暇もなく彗星に押し潰される可能性もありますが。」
「謙遜は美徳ではあるが、それで可能性を狭めてしまっては元も子もないぞ。それについては我が艦の航海長たる君は最精鋭だ。計算と伝達さえ上手くいけば大丈夫さ。乗り継ぎ感覚で上手く調整してくれたまえ。」
「かしこまりました。ではワープポイントの計算に入ります。」
「頼むぞ。よし、では取るべき航路は決まった!目標はマルドゥク星系!」
叛乱軍がいくら血眼で我々を探しているとはいえ、まさか有人惑星の横をコバンザメよろしく彗星に隠れて抜けようとしているとは思う奴はいないだろうし、もしいたとしても、常識的に考えれば大尉の言う通り迂回して行くのが確実だ。そんな奴はまず変人扱いされて終わりだ。が、こうやってうまいこと敵の目を欺く奇策を弄するのも指揮官の器量を測る物差しの一つだ。実行に関しては部下を信頼し、あとはただ見ていればいい…。
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「アンカー打ち込みました。艦体制御正常、主機落とします。」
ここまでは上手くいっている。既に3回ほど彗星を乗り継いでいるが、どれも微調整もいらないくらいの位置につける事ができた。さすが大尉だ。
「よし、ここからが正念場だぞ。1番例のアサルアリムに近づくルートだ。艦橋赤色灯、全艦灯火管制。監視は逆探と目視のみで行う。」
今張り付いている彗星の向こう側に大量の監視の目があると思うと否が応にも緊張する。大丈夫、いくら高性能な宇宙望遠鏡を使ったとしても彗星の裏側まで見通す事はできない。このままあと8時間、息を殺して通過出来れば後はもう新天地だ。
「左舷に小型の艦影!距離、およそ8000。哨戒艇らしい…当艦と並走中。」
「大丈夫、何もするな。レーダー波を出していないという事はこちらを見つけるつもりは無いはずだ。…くそっ、彗星なんてじっくり眺めるものでもないだろうに…さっさと行ってくれよ…」
「哨戒艇、徐々に近づく!」
「艦長、発見されれば敵が集まってきます!哨戒艇の1隻位なら、一撃で沈めて見せます。射撃許可を!」
「いや、まだだ。まだ待つんだ。大丈夫、こんな場所の警備部隊なんぞ、本気で仕事なんかしちゃいない。待つんだ…」
「!哨戒艇、針路を変更!当艦の後ろに回ります。…視界外に出ました。追跡行動らしきものはありません。逆探も反応なし。」
全く心臓に悪い事この上ない。哨戒艇レベルの船をここまで怖がらなくてはならないとは、本当にネズミにでもなった気分だ。一応巡航艦なんだがな…
「艦長、宜しいですか。ご報告したい事が。」
「どうした、大尉。今哨戒艇はこちらを見つけられずに離れていった所だ。暫くは安心できるぞ。」
「いえ、それが…フェルト氏の姿が先程の灯火管制中から見当たらないのであります。キャビンにも、娯楽室にも見当たりません。監視の兵の手抜かりがあったようです。申し訳ありません。」
「…そうか。他のSPUの連中は?」
「はい、バクスター氏をはじめ、主要メンバーの位置は把握しています。」
「艦内放送…いや、5歳児の迷子じゃあるまいし、そんな事で出てくるようなタマではないな。とりあえず脱出シャトルはロックしてあるから脱走なんて言う事態は心配しなくて良いとして…何か危険物に類するような物は持たせていないな?」
「それに関しては問題ありません。移送時の身体検査でも武器は発見されませんでしたし、その後もそのような物を入手できるような場所には近づいていません。どうやら他のSPUのメンバーとも距離を置いているようですから、そこから流れる可能性もないでしょう。」
「では、直接的な害を与えられる可能性は薄いな…しかし…一応敵中突破の身の上だ。あまり艦内をフラフラされても困るな。よし、今非番の乗組員を招集してフェルト氏の捜索を行わせよう。立ち入り禁止区域に潜り込まれる前に見つけるようにな。それから、捜索隊には銃は持たせるな。万が一奪われては困る。」
「かしこまりました。ではすぐに捜索隊を組織します。」
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暫く後、艦長室
捜索隊が艦内に散った後、フェルト氏は機関室へ続く通路であっさりと発見された。一応立ち入り禁止エリアには入っていなかったが…
『いや、心配しましたよフェルトさん。なぜあんな場所にいたんです?あの先は立ち入り禁止ですが。』
『それはどうも。この艦は広い上に無駄に入り組んでいるから迷ってしまったんだ。別にあんな仰々しく探してくれなくとも1人で暫くすれば自室に戻れたんだがな。』
『そうならない為に艦内図を渡しておいたはずですが?』
『紙切れと睨めっこしながら散歩するのは嫌いな性分でね。』
『いいですか、最初にも言いましたが本艦は軍艦です。私の指示に従わず、以降も勝手な行動を取られるようなら貴方を軟禁する権限もある事をお忘れなきよう。』
『そうかね。ではせいぜい気をつけるとしよう。…もう自室に戻ってもいいかね?読みかけの本がいい所なんだ。』
…別にこの時点で軟禁してしまってもいいんだが、どうせなら現行犯の方がSPUの方の心象もいいだろう。何にしろ、何か事件を起こせない様に監視は続行させる事になりそうだ。
続く
最初は彗星に隠れてそのまま突破の予定だったんですが、素人ながら調べてみたら彗星って遅いんですね。一つの星系の突破に100万時間なんてかけられませんから本文中にあるように彗星版八艘飛びみたいな事になりました。
宇宙については全く知らないのでこうなってしまいました…。
追記 1741、同盟語を『』に修正しました