では、どうぞ。
帝国暦453年4月1日 ゾンタークスキント艦内
フォン・オイレンブルク中佐
「警報ーーーー!!敵巡航艦接近しつつあり!総員戦闘配置!」
「走れ走れ走れ!ゾンタークスキントは湖の遊覧船じゃない!軍艦だぞ!」
「左舷砲群、よろしい!」「機関室よろしい!」「医療部配置完了!」「主砲1、2番よろしい!」「右舷砲群準備終わり!」「艦橋配置完了!」「応急班配置よし!」
「…1分19秒です、艦長。」
「やはり遅くなってるな、出撃時より練度は下がると思っていたが…あと30秒は短縮したい所だな。すぐには無理でもせめて1分は切れるようにしないと奇襲には対応できない。」
「はい、応急班の配置が最も遅いのも問題です。初撃を受けてから気づくという状況も加味すると危険かと。」
「ここにきてソフト面の課題が浮き彫りになってくるか。SPUの連中が友好的で気が抜けつつあるのも要因の1つだと考えるとどうも広い宇宙に絶対的な正解と言うものは存在しないと言うことを思い知らされるな…ま、そんな他愛のないことを思い悩んでいても今は仕方ないか、大尉、戦闘配置解除と演習終了を宣言する。通常配置へ移行せよ。」
「了解しました。総員、演習終了!通常配置へ移行せよ。」
練度を上げる必要性があることが判明しているものの、今やれる事は今のように戦闘配置演習の繰り返し位しかない。射撃訓練は敵や獲物に発見される恐れがあることを考えるとまず不可能だし、戦闘機動を取るにも残りのエネルギー量と相談しつつやらねばならない。前線だったら曲芸まがいの機動を見せてやる事だってできるんだが、ここでそんなふざけた行動をやる訳にもいかないしな…実戦を経験すれば練度は上がるというが、問題はその維持の方という事だ。
「艦長、ワルキューレ1番から通信です。読みます。「移動光点を認める、位置は第2惑星から天頂方向右45、これより確認に向かう。」です。」
「今出てる1番はケンプ曹長か。…よし、アンカー上げ。いつでも襲撃行動が取れるように。」
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「外見上はフェザーン商船のようですが、どうも様子がおかしいと思いまして。」
ケンプ曹長から送られてきた写真を見ると、確かに妙だ。フェザーン商船は普通船体にフェザーン国旗なんか描かない。自治領旗は下地の黄色以外帝国旗と同じ双頭の鷲が描いてあってこちら側ではマイナスイメージが強すぎるというのと、そもそも独立商人連中は自治領への帰属意識が決して高いという訳でもないというのが理由らしいが…とにかくこんな風に側面と前面とに目立つように描いてあるのは不自然極まる。
「…速度は中速域か。これについては判断しかねるな、社章や社名の類いはどこにもないし…」
「もしあれがフェザーン船なら、それはそれで良いのではありませんか。一応彼らは帝国の自治領という名目ですし、場所とやり方はだいぶ異なりますが少し捻った徴用という形にすれば…破壊するわけでないですし、戦略物資の代わりに捕虜を有人惑星に運ぶ位の事は同意するでしょう。」
「それもそうなんだが…あれ海賊船だったりしないか?どうにも怪しすぎる。」
「本物の海賊ならそれこそ威嚇用にダミーでも大きな武装を積んでいるものじゃないでしょうか?我々のように砲を隠すとかいう知能は奴らには無いと思いますし、わざわざフェザーン船に擬態する必要性も薄いのでは。」
「それもそうだな。とりあえず接触だけしてみようか。襲撃するかしないかはその時に決めればいい。一応戦闘配置だけは取らせるように。」
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近づいてみると更に変だ。遠目の写真ではよく分からなかったが、双頭の鷲が上手く描けていない。まぁ、誰にでも描きやすい意匠であるとは思わないが、それにしても不恰好だな。…?
「…発光信号来ました。M…V…M…V…繰り返してますね。」
「MV?MV…大尉、そんな符号があったか?私の記憶にはないんだが。」
「M…コードブックにも載っていません。こちら側だけで使われてる符号でしょうか?」
「我々を他の船と勘違いしてるのか…?だとすれば合言葉に相当するような返信を出さないと逆に怪しまれるが…間違えても危険だな。よし、どちらにしろダメなら正体を明かしてしまおうか。側面開け、それから音声通信もだ!」
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こちらが正体を明かした瞬間、一瞬の沈黙があって逃走のそぶりが見られたが、主砲の威嚇射撃で停船させる事ができた。そろそろバウディッシンが船内捜査を終える頃だと思っていたら帰艦報告が入った。これはまた面倒な事にでもなってるのかな?
「中佐殿、捕獲船の船長なんですが、どうも要領を得ませんので小官の手に余ると思いまして、連れてきたんです。お願いできますでしょうか。」
要領を得ない?大方黙秘でもされてるんだろうが…仕方ない、お願いされてやるとするか。
「いいぞ、入れ。」
中尉に連れられてきたのは無精髭の生えたぱっと見ではとても紳士的とは思えない男だった。本当に船長なのか…?
「貴方が船長ですか?我々としてはあなた方がフェザーン船に乗っていて、停船命令に一度服従しなかったという事しか分かっていないんですがね。」
「…」
フェザーン人なら帝国語が分かって当然なはずだが…こいつは分かって黙っているのか、それとも本当に理解できていないのか…?
『あー、貴方が船長かね?』
「…?」
「中佐殿、私もやってみましたが何を話しかけてみても喋ろうとしないんです。埒が開きません。いっそ自白剤でも使ったほうが早くていいかも…」
中尉の言葉に少し船長の眉が動くのが分かった。これは言葉が分かってるな、では…
「いや、中尉。乱暴な真似はいかんよ。…そうだな。船倉で一思いに首をはねろ。身体は煮込め。」
「やめて、やめて下さい!私は貧乏な商人で…!荷物だって他人から渡されて運んでるだけで中身も受取人だって知らされていないんです!」
「おや、話が通じるじゃあないか。では聞くが、まず、君らは本当にフェザーン人かね?」
「そ、それは…」
「言いたくないか。では中尉、彼を船倉にご案内…」
「言います!う、嘘なんです!フェザーン船になりすませば同盟軍の臨検を受けなくて済むというのでやっただけで!本当は我々は全員テルヌーゼンの商人でして!」
「では、その積荷というのはなんだね?」
「それは本当に知らないんです!途中で近づいてきた船に合図を出して受け渡すだけだと言われて…いつもはこんな事はしないんです!こんな仕事を受けたのも初めてで!」
なるほど瀬取り方式か。…密輸かな?
「そうかね。それでもあの船の今の責任者は君だからな。積荷に関する責任もある訳だから調べさせてもらうよ。できるなら船倉の鍵を壊す事なく済ましたいんだが、暗証番号は?」
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「本当にあいつは知らなかったんでしょうか。これは…流石に看過できないものです!」
クンツェ中尉が差し出してきた試験管の中身は濃い紫色に変色している。よく映像で見る色だが、まさか直接見る機会が訪れるとは…
「サイオキシンか。もちろん叛乱軍でも禁止されているよな?」
「はい、我々と違って所持すなわち死刑ではありませんが、持っているだけで人生の汚点の一つにはなるであろう経歴がつくものである事は間違いありません。」
「あの船長も知らなかった、とは言っていたがあの動揺の仕方だ。自分が運んでいるものが何かしらの犯罪に関わるものじゃないかくらいの当たりはついてたんだろうな。」
闇市場に持っていけばそれこそ金やプラチナより高い値がつくものではあるし、ある意味この冒険航海で最も価値のある鹵獲品と言えなくもないが、こんな人類共通の敵とも言うべきものを帝国に持ち帰る訳にはいかない。
「とりあえず処分だ。原子炉に放り込む訳にはいかないから放射能汚染なりして宇宙に放り出せばいい。もし誰かに拾われても使おうなんて馬鹿はいないだろう。」
後はあの船長をどうするかだが…わざわざ帝国まで連行して吊るすという訳にもいかないし、ある意味特大中の弱みを握った事になっているわけだから、せめて利用させてもらうとするか。
続く
商船の船長が帝国語を理解できてるのはフェザーンと取引することもある関係上、同盟でも理解できる人もいると言う扱いだからです。同盟人全員が喋れる訳ではないと思います。
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