では、どうぞ。
帝国暦453年4月10日 ゾンタークスキント艦内
フォン・オイレンブルク中佐
戦闘配置は命じていないが、どこか艦全体に緊張の空気が満ちている。当たり前だ。いつ背後から、真横から、或いは前方から遥かに優勢な敵がやってくるのか分からない状況に置かれれば誰しもがこうなるだろう。少しでも怪しまれたり、発見されたりする確率を下げるためにレーダーも切っているから心細さも数倍だ。頼りになるのは襲撃部屋で監視している大尉の目だけ。
「暗い夜道を松明1本で、狼にびくつきながら歩くのさ。…例えが月並みすぎたかな?」
「いえ、この嫌な雰囲気を表現するには格好の例文だと思いますよ。背中に嫌な汗をかく感じです。」
「全くだ。こんな事ならもっと回り道をすれば良かったな。叛乱軍も我々の尻を追い回してないで、書類にあった統合整備計画とやらに取り組めばいいのにな…」
そんな話をしていると、下から冷静な大尉の声がする。
「光点視認。5時の方向、マイナス20度です。中速。」
「ザオザオのお出ましか。全く人の噂というものはするもんじゃない。戦闘艦か?艦種は?」
「まだ不明ですが…進路を変える様子はありません。どうやらこちらを既に見つけている様子からすると、やはり叛乱軍艦艇ではないかと。」
「よし、交代だ。…大尉、全艦戦闘配置。面舵25、速さそのまま。」
さて、見つかっているとなればよし、上手いこと誤魔化せるかそれとも…
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「…見えた。今何時だ?記録してくれ。0816、敵艦見ゆ。下部にアンテナ、主砲らしきもの6、叛乱軍の標準型巡航艦と認む。…艦首に紋章…帆船と蛇かな…」
艦を少しずつ右に、つまり太陽側に寄せたため、敵巡航艦の位置は我々から見て8時方向になった。上手く太陽を背にすることができて、ここまでは順調だ。
「よし、いいぞ。敵は本艦と並航する体制をとりつつある。」
「艦長、こちらでも視認できました。周囲に敵艦載機らしき物なし。」
ありがたい。巡航艦だけでも荷が重いのに周囲を危険な羽虫に飛び回られては敵わないからな。まだ勝負すると決まった訳じゃないが…
「マイクを。よし、全員そのまま聞くように。こちらは艦長だ。これより本艦は敵巡航艦と接触する。上手く切り抜ける事が出来ればよし、が、もし戦う事になった時は諸君らの全力を尽くして欲しい。…以上。命令あるまで待機せよ。」
「いいか。あの若造のおかげでこちらの人相が割れている可能性があるから直接通信はしない。通信機は原因不明の要因で故障中だという事にして、敵艦との交信は発光信号か側面の信号掲示版で行う。それから発光信号は下手くそにやるように。相手を苛つかせるのも手の内だ。いいな?」
「「「はい!艦長!!」」」
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「来ました!敵巡航艦より発光信号!『貴船は何なりや、本艦と交信せよ。』」
「意味が分からないから繰り返せと伝えろ。」
『貴船は何なりや』ときたか。高圧的ではあるが、いきなり撃ってくるような手合いではないようだ。よく見れば艦尾に近い所に艦載機らしい箱型が3つ程くっついている。アレを出されると嫌だな…
「信号旗です。V、H…『貴船の識別コードを示せ』」
「識別コードね。カシーのは…これだな。いいか、P、K、Q、Iだ。間違えるなよ。」
「敵艦、近づきます。距離3000。」
「更に信号、『目的地は何処か』」
「細かい事まで知りたがる奴だな。余りしつこい男は嫌われるぞ、あー、エル・ファシルだと言え。我々は帰宅途中の商船だ。」
「現在の距離2000!」
近づいてくれるのなら歓迎だ。我々はインファイトなら得意だからな。接舷するようなら逆襲をかけてもいいが…いや、そういえば叛乱軍の巡航艦に接舷機能はないんだった。役立たずめ…
「信号、変わりました。I、K……艦長、IKは信号表にありません。」
「くそっ、合言葉か!敵はそういうのが好きだな。返信しなければまずいだろうが…距離は?」
「1300!」
「更に信号!『貴船の第二識別コードを示せ』」
「IKはそういう意味か?どちらにしろ分からんぞ。…手詰まりだな。」
事態ここに至れば我々のやる事は1つしかない。敵に対して攻撃行動をとり、奴が沈むか、こちらが沈むか。大丈夫、向こうはまだ疑っている段階だ。先手も取れる。位置もよし、距離も必中距離だ。
「全員聞け!本艦はこれより帝国巡航艦ゾンタークスキントとして、戦闘行動に移行する!偽装壁開け!機関最大戦速、取り舵一杯!!」
スラスターのおかげで艦体は一気に90度回転する。目の前には緑色の敵艦の横腹が映し出される。今!
「舵そのまま、主砲…斉射!」
艦首から放たれた口径30cmの光線が敵の艦体を捉え、切り傷のような痕をつける。
「舵中央、下げ舵50!敵の艦尾下を抜けるぞ、右舷則砲は通過時に艦載機を狙え!」
「右1、2、3、打て!」
「命中!…誘爆発生中と認む!やりました!」
「まだだ!主砲は浅かったし、艦載機の誘爆はバイタルパートには届かないようになっているはずだ。ここからが正念場だぞ!面舵だ!敵の背後につけろ!」
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同時刻 巡航艦フェートン艦内
J・バーネット中佐
『被害状況知らせ!応急処置班は被弾箇所へ!急げ!』
情報が違った。レイダーの外見はカーク級貨物船の色を変えただけ位のものだったはずだが…お陰でシールドを張る間もなく初撃を食らってしまった。
『第2艦橋、通信途絶!電路遮断の模様!』『3番純水タンク破裂、機関室に浸水あり!』『パイロット待機室、応答なし!火災発生警報!』
『第2艦橋には伝令を走らせろ!砲に損害はないな!?』
どうやらもうスパルタニアンは使えない。だが、初撃でやられた箇所は決して艦の命運を左右する所ではなかったのは幸運だ。まだ挽回するチャンスは残されている。
『敵艦、背後で旋回しつつあり!』
『主砲の射界に捕らえるんだ、舵そのまま、…下げ舵一杯、機関全速!正面衝突する覚悟でやれ!』
フェートンはその場で前転するような機動をとる。こんな動きは艦隊行動教範に従えば0点だ。だが命をかけた戦闘中に教範なんぞ気にしていた奴が今いるのは軍病院か天国という事を鑑みると、実戦で1番物をいうのは理論ではない事がよく分かる。
『5、6番!敵が射界に入り次第打て!』
こっちは歴とした戦闘艦だ。あんな紛い物にいつまでも好きにさせておくなんて事は許されない。同盟宇宙艦隊の誇りに関わる問題だ…!
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ゾンタークスキント艦内
フォン・オイレンブルク中佐
「前転か、戦闘艦がワルキューレじみた事をするもんじゃないぞ。蝶は蝶の踊りをさせておけばいいんだ、他人の領分にまで手を出すと危険だと誰かあいつに教えてやれ!」
とはいえ、6門の主砲が脅威である事には変わりない。まともに当たれば…想像しない方が身のためだな。…下から迫る敵艦の艦首に発射直前を示す燐光が見える。まさに恐怖の象徴たる光だが、突然訪れる死より予告された死の方がマシだ。どうにでも対応策が練れる。
「こちらも下げ舵だ。正面から突撃して敵の上面を抜けてすれ違うぞ!機関室、こちらの合図で一杯に回せ!機関が焼けても構わん!」
凄まじい相対速度で互いの艦首同士が過ぎあう。瞬間、敵の艦首砲から伸びる光線が頭上を通過し、衝撃音が伝わる。
「ハリボテが撃ち抜かれたか。作るのに苦労した割には短い寿命だったな。他に損害は!?」
「ありません!未だ本艦は全力を発揮可能!」
「大変結構!」
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巡航艦フェートン艦内
J・バーネット中佐
『くそっ、反応が遅いぞ!砲術長がいないと主砲もまともに操作できないのか!?』
頭上を見上げると、レイダーの上面が後ろに向かって流れていくのが見える。どうしても背後に回り込みたいらしいが、そうはさせない。
『右の奇数番スラスターと左の偶数番を吹かせ!ロールするんだ!側砲を敵の頭の上に叩き込んでやれ!」
こっちが真上には撃てないと思ってすれ違いにかかったんだろうが、宇宙空間に上とか下とかいう概念を持ち出すのが決定的な誤りだって事を教育してやる!
急速に揺さぶられるような感覚の後、右舷のビームが敵に向かう。
『やったぞ!』
確実にビームは敵の艦尾を捉えた。レイダーは何の反応も示さずにそのまま後ろへ離れていく。まさか効いてないなんて事はないはずだが…
『艦長!やりました!!敵艦、大火災です!』
諸撃の被弾によって一部抜けがある後部モニターに振り返ると、レイダーはその中央から艦尾にかけて大量の煙を吹き出し、合間合間には赤い光が見え隠れしている。
『行き足も落ちているようです!大破確実ですね、艦長。』
『よし、敵の左側面に回って止めを刺すぞ。艦を立て直して面舵だ。…そうだ、本隊にも伝えておけ。巡航艦フェートン、レイダーを撃沈せんとす、とな!』
奴が正体を現した時はひやりとしたが、何とかなりそうだ。勝利の女神とやらがいるとすれば、今回は我々に微笑みかけてくれたようだな…。
つづく
宇宙空間の戦闘って描写が難しいですね。絵心が有れば挿絵かなんか付けるんですが、どうも疎くって。
整理すると、並航状態→ゾンターが左に90度旋回して攻撃→そのまま巡航艦の艦尾を抜ける→巡航艦縦に180度回転→ゾンターは巡航艦の上面(回転したのでゾンターから見て下)を抜ける→巡航艦は90度回る→ビーム発射、って感じです。整理しても分かんない…
同盟軍巡航艦の副兵装がよく分からないので、両側面にある四つの穴は小型ビームという事にしました。
今回も、ご意見ご感想よろしくお願いします。