海賊子爵の航海日誌   作:メーメル

52 / 78
お気に入り数が急増してびっくりです。ありがとうございます!
では、どうぞ。


第五十二話 交渉

宇宙暦762年4月19日 シュパーラ5同盟軍哨戒基地内 副官私室

A・ビュコック少佐

 

『すまんな、ヴィドック。これに関しては完全に巻き込んでしまった形になったな。』

 

新設される捕虜収容所の名簿欄を見ていたら、警備隊士官の欄にヴィドックの名前があった。巡航艦とはいえ、花の艦隊勤務から地味な捕虜収容所の警備要員とは…多分、いや確実に私とくっついていた事が関係しているんだろうし、責任は私にあると言える。

 

『いや、いいんですよ。確かに給料は危険手当なんかが無くなる分減りますけど、ストレスは無いでしょうからね。それに艦隊勤務から外されたのだって臨検でレイダーを見抜けなかったからかも知れませんし。第一、こっちは命の危険がない…今のは軍人として不適切ですかね。』

 

『そう言ってくれると嬉しいよ。次の異動がいつになるかは分からないが、また暫くの間よろしくな。』

 

司令官は出世だ、喜べなんて事を言っていたが結局は昇進もしていないし、立場的には国境艦隊の少佐のままだから昇任という訳でもない。勤務地は惑星ジャムシードの首都郊外にある捕虜収容所。

 

『それにしても、指揮官は少佐なのに貰える兵隊は少ないですね。本部が9人に37人の小編成隊が3つ…』

 

『まぁそれでも収容所の警備には十分って事だ。エコニア知ってるか?あそこは捕虜と警備隊の比率が15対1だって話だぞ、それに比べればうちは今の所2対1だ。向こうからすればものすごく厳重な警備状況だって言えるだろ?』

 

『それでも私なんかは2人で向かってこられたら敵う気がしませんけどね。見ました?あの…帝国の陸戦隊員はなんで言うんでしたっけ?』

 

『装甲擲弾兵か?』

 

『そう、そのボスの士官!睨まれただけで震えが止まらなくなりそうですね。』

 

『よしてくれよ。一応君も1個小隊を率いる立場になるんだからな、小隊長が捕虜に震えて逃げ出すなんて事になったら不名誉除隊じゃ済まなくなるぞ!』

 

なんだかんだ言っても彼も航法専科学校を主席で出るくらいの軍人だし、脱走なんて事が起こらない限りは優秀な人材だ。役に立ってくれるだろう。

 

『それよりも、少佐、聞きましたよ!』

 

『何だ?私の弱みが何かか?』

 

『まぁ、弱点と言えばそうかもしれませんが…あっ決して悪い意味ではないですよ!決して!悪用しようなんて少しも思ってませんから!』

 

『何だ一体…そんなに慌てる事も無いじゃないか。』

 

『少佐、奥さんがジャムシードにいるらしいじゃないですか。』

 

『言ってなかったか?息子も1人いるぞ。立体映像もある、見るか?』

 

『聞いてないですよ!指輪もしてないし、息子さんがいるんだったらもっと…こう、子煩悩というか、表情筋が緩むものじゃないんですか?』

 

『公務と私事は分けて考える事にしてるんだ。上官が立体映像の前でだらしない顔を晒しているのは嫌だろ?私は嫌だ。』

 

『でもこれからは勤務地がジャムシードになるんですから通勤みたいな事になるんでしょう?離れて暮らしていれば引き締める事も出来ると思いますが、朝晩奥さんと息子さんと会っていれば自然に…』

 

『いや、収容所に所長室があるからそこで暮らすが。』

 

『えぇっ!?なんでですか?奥さんがかわいそ…あっ、すいません、夫婦の間にはいろいろありますよね。』

 

『…何か勘違いしてるようだから言っておくが別に夫婦仲が破綻しかけているとかそういう話ではないぞ。』

 

『じゃあどうして同じ星の地表面上にいるのに別居状態になろうとしているんですか?』

 

『それは…さっきも言った様に公務と私事とは分けて考えるべきだし、三交代制の警備だから収容所に泊まり込みでいる部下に悪いと…』

 

『矛盾してますよ少佐。公務と私事を分けると言うんなら、仕事が終わるたびに家に帰って休む、それが生活の分割というものです。第一、昼間の分の給料しかもらってないのに職場にいて何の得があるんですか。』

 

言われてみればそうだ。正直言ってしまえば妻との同居生活が久しぶりすぎて少し不安になっていたのも事実ではあるし、自分ももう中堅と呼べる年齢、そろそろ家族孝行でも始めるべきなのかも知れない。

 

『分かった、分かったよ。じゃあそういう事にしよう。』

 

『それがいいですよ、第一…』

 

『…から、先輩!出直し…!』

 

ヴィドックの声を遮って部屋の外から声がする。何だか聞き覚えがあるような…?

 

ーーーーー

部屋の外

P・アッテンボロー

 

『だから、頭を冷やして出直しましょうって言ってるじゃないですか、腕っぷしで現役軍人に敵うわけないんですから!』

 

『うるさい!離せジェニングス!頭を冷やした所で決意は変わらないぞ!』

 

帝国人捕虜へのインタビューのデータを辞書を睨みながら訳してみたら内容は帝国内の観光案内だった。最初の受け答えのあたりではこちらの帝国語が通じていなかった可能性を考えたが、ワインの品評が始まった辺りで完全に合点がいった。あの捕虜に一杯食わされたんだ!

 そう思って考え直してみると、横で見ていた同盟軍の少佐とあと1人は何やら挙動不審だった。彼らはこっちの質問に真面目な返答が返ってきていないのをわかっていて笑い話にするつもりで傍観していたって事だ。こうなったら報復行動に出ない事にはこっちの気が済まない。司令官に聞いたらあの少佐はビュコックと言う名前で、明日にでもジャムシードに転勤になるそうだ。

 

『やぁ、少佐殿!先日はどうもお世話になりましたね…』

 

部屋に突入すると丁度よくあの時隣りにいた若いのも一緒にいる。手間が省けたというものだ。

 

『勝手に軍の施設を民間人がうろつくのは私としてはやめて欲しいんだがね。何より君たち自身に危険が及ぶ可能性がある。』

 

『残念ながらこっちには司令官の許可証があるんですなぁ、前見せたでしょう?…それで本題ですよ、同盟軍には情報公開の原則がありましたね?』

 

『前提を忘れないで欲しいね、正確には『高度の機密に関わる事項以外の事柄について』のだね。それがあるからと言って急に副官室に押し入ってきていいという訳でもないが。』

 

『忘れていませんよ、高度な機密ね。さしずめ、帝国の観光案内なんかはそれに含まれていないってことですかね。』

 

横の若い士官が吹き出す。やはりこいつも分かってやっていたか。

 

『まぁ、…そういう事に、なるかな。』

 

『いいですか、私が一昨日の状況を記事にするならこうですね、『同盟軍士官、〇〇少佐が記者による軍の取材活動を妨害し、その記者は正確な情報を得ることができなかった…』、どうです?』

 

吹き出した若い士官の顔がこわばる。分かりやすい奴だな…

 

『前半は事実とはかなり異なるようだが、後半はその通りだろうね。それで?』

 

おかしいな、あまり揺さぶりが効かないぞ。あの司令官だったらこのくらい揺らせば尻尾を振ってくるのに…部下はそうじゃないのか、見極めが甘かったかな…

 

『…つまり、私が要求するのは世論の求める『正確な』情報です。』

 

『帝国の観光情報についてはこれ以上ないほど理想的な情報が入手出来たかと思うんだがね。』

 

『えぇ、しかし読者の多くはそんな情報は要らないというでしょうね!私の言う『正確な』とはちゃんとした質問への返答です!』

 

『それで、私にどうしろと?生憎捕虜についての権限は…』

 

『司令官に聞きましたよ少佐殿。どうやら捕虜収容所の所長に抜擢されたとか。』

 

少佐の眉がピクリと動く。捕虜については知らぬ存ぜぬで通すつもりだったんだろうが、こっちの司令官との『友誼』を甘く見てもらっては困る。

 

『1日に少しでいいんですよ、ちょっと捕虜との接見の時間を設けてくれれば…そうすれば新任所長のジャーナリズムへの協力姿勢はハイネセンにまで届き、いずれ艦隊勤務にだって…』

 

『はぁ……艦隊勤務やら上の評価やらはどうでもいいんだが、じゃあ1つ2つ約束してくれたら管理側としては許可しよう。』

 

『なんです?』

 

『1つ、捕虜をあまり刺激しすぎるような取材はしないこと。捕虜というのは元ではあるが敵だった身だ。脱走や反抗を誘発するような取材は控えて…いや、絶対にやめてほしい。彼らは降ったとはいえ軍人、名誉も矜持もある。』

 

『質問原稿の検閲をさせろと?』

 

『検閲とは違うな。捕虜の扱いに関しての専門家の意見に耳を傾けて欲しいと言った所だ。2つ目、収容所内に危険物の類を持ち込まないこと。これは捕虜が君たちを人質として脱走を図るかもしれないからだ。君が240人の軍人を相手に大立ち回りができると言うならば別だが。』

 

『いいでしょう、ペンナイフ1本だって持ち込みませんとも。他には?』

 

『最低限はそんなところかな。分かってるとは思うが、捕虜の実名なんかを出したりするのは法律違反だからな。』

 

『それ位は常識ですとも。それで捕虜収容所の稼働はいつ?』

 

『どうせ機密だと言っても司令官に聞くんだろう?どんな弱味を握ったか知らないが、あまりやりすぎない事だな。もう設備は殆ど完成していて、あとは入所後に整えればいいから…輸送船の手配がつき次第移送だな、早くて2日後。』

 

『よし、じゃあその船に便乗しますか!よろしくお願いしますよ、少佐殿!』

 

そう言い放って部屋を出る。

 

『どうだ俺の交渉術は?参考にしてもいいぞ。』

 

『…早死にしたくないのでやめておきますよ。』

 

続く

 







今回もご意見ご感想お待ちしております!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。