52話の誤字報告、ありがとうございました!
では、どうぞ。
宇宙暦762年4月23日 ジャムシード第1捕虜収容所
A・ビュコック少佐
『本当に大丈夫でしょうか。司令官の命令とはいえ、宇宙港からなんて…』
司令官が言うには、捕虜を移送する際にはジャムシードの市街地を経由させ、徒歩で収容所まで移動させろとあった。西暦時代の見せしめでもあるまいに、同盟軍の捕まえた獲物を民間人に見せびらかしてやろうって腹だろうが、どうも賛成できない。
『幸い今日は珍しく雨が降ってないから、体調やらその辺りの心配は無いにしても問題は警備だな、ホームガードは?』
『ルートの両脇に10メートル間隔で立たせてあります。列の前後にも警備がいますし、市街地ですから脱走しようなんて気は起きないと思いますが…』
『心配なのはそっちじゃない、市民の反応の方だ。石でも投げられてみろ、一気に加熱した敵意は水をかける位じゃ消し止められなくなるぞ。捕虜に怪我人や、それこそ死人でも出たらジャムシードと収容所の関係の修復は絶望的だ。その辺りのことを司令官は考えてやっているのかな。』
『どうでしょうね。司令官は内務大臣…あのポマード頭があまり好きではないようですし、嫌いなやつと嫌いなやつの関係が悪化してもホクホク顔じゃないですか?敵の敵は結局敵って事ですよ。』
『…軍と行政府との関係を個人の感情で左右しないで欲しいんだがな。』
『そういう人ですからね。…予定だと今頃市街地を抜ける頃ですね。この交差点の辺りまで来ているはずです。今のところ特に騒動が起こってる様子はありません。』
『何とか第一段階は上手くいきそうかな。バスでやればこんなにやきもきする事もないのに。』
『あと15分ってところでしょうか。そろそろこっちも整列させますか。』
『そうだな、グレイ曹長、第2小隊を整列させろ。』
『了解しました。第2、整列!』
彼の右手が鈍く光る。元々フェートンのスパルタニアン要員だったらしいが、彼女が沈んだ時に右の肘から先が無くなって、1階級の負傷昇進の代わりにパイロットを引退したらしい。自分では『元々褒められる腕前ではありませんでしたから』と言っていたが、本心なんだろうか…
『整列完了。准尉、いいですかね。』
『?なんだい、曹長。』
『賭けませんか、捕虜がバラバラにやってくるか、それともまがりなりにも列を整えて来るか…』
『いいねぇ、曹長はどっちに?』
『前者ですね、流石に人混みに囲まれて観閲行進なんて真似はできないでしょうから。50ディナールでどうです?』
『じゃあ私は整列側か。いいぞ。判断基準は少佐が…』
『…警備小隊長2人が上官のすぐ前で賭け事の相談とはな。あまり感心しないぞ。まぁ他に娯楽もない以上目を瞑るが、100を超えないレベルにしろよ。あくまでも子供の遊び程度に、な。』
『かしこまりました!…少佐はどう思います?』
『そうだな、ヴィドックに1票かな。』
『参った、味方が減りましたな。何故です?』
『あの子爵の部下だからな。聴取の時の印象は高慢な感じがしたから、部下からの人望というか、忠誠心か、そういうものもタガが外れたら薄くなって烏合の衆になるか、派閥ができるかすると思ったが、そうじゃないだろ?シュパーラについた時の整列は見事なもんだった。』
『そうですかね、じゃあ少佐も50、どうです?』
『私は目を瞑る、と言ったんだ。参加するとは言ってないぞ、まったく…』
「て…粋………わ…」
『なんだ?』
『風じゃありませんね。見てきましょうか。』
ヴィドックが収容所の入り口まで走っていったと思ったらすぐに帰ってきた。落ち着きのないやつだ。
『少佐、捕虜御一行様の到着です。…それから曹長、50ディナールは貰ったぞ。少佐に判断を依頼するまでもない、見事な分列行進だ!』
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同時刻
フォン・オイレンブルク中佐
「♪野暮な曹長が帳簿をめくる」
「♪貴様らとっくに死んでいる」
「「「♪ハイ!曹長殿残念でした、ヴァルハラの門が狭すぎて!」」」
なんだか妙な歌だが、何かアカペラで歌えて行進に使える曲がないかと相談したら提案されたものだ。個人的には口笛でマーチを吹くのでもいいかと思ったが、確かにどんな内容であれ声を出すというのはこれから始まる収容所暮らしの気持ちを考えるとプラスの効果があるかもしれない。
「♪粋な大尉が青筋立てた」
「♪貴様らどうして帰ってきた」
「「「♪ハイ!大尉殿棺の中は、大の男にゃ狭すぎて!」」」
『ジャムシード戦時捕虜収容所』と掲げられた門を過ぎると、先導する兵、微妙に違う軍服からして正規軍では無いんだろうが、彼が先を走っていって正装をした士官に報告している。あれは例の少佐と…若いのも一緒だ。やれやれ、宇宙は広いというのに顔を合わせるのは同じやつばかりか。
「全体、4列縦隊!」「止まれ!」「左向け、ひだぁり!」
列が止まると、あの少佐が近づいてくる。
『どうも、子爵。また会いましたね。これからこの収容所の監督をするのは私です。どうか…妙な真似はしないように。同盟と帝国は遠くイゼルローン回廊では敵対していますが、この惑星に関してはお互いに良好な関係を築いていける事を望みます。』
「そうだね。結構、妙な真似というのは解釈の余地がかなりありそうだが、一時の仮住まいとしてはホストと敵対したくはないとこちらも考えているよ…今のところは。」
『第一歩としてはまず、言葉を合わせていただきたい。こちらの人員には帝国語に不慣れな者もいるし、やはりコミュニケーションをとる事が大事だというのはそちらも同じだと思うのですが?』
「こちらとしてはそちらの言う『多数決の原理』とやらに従っただけなんだがね。一見した所看守の人員はあまり潤沢には見えないし、この敷地内に限っては帝国語話者の方が多数派だろう?」
『それもそうですがね。「よその場所には違う風習がある」とも言うでしょうから、今こそその諺の精神を発揮すべき時ではないですかね。それから我々は「看守」ではなく警備要員です。お忘れなきよう。』
「中々よく勉強しているじゃないか。その熱心さに免じて、今回はその助言を参考にすることにしようか。」
『ではよろしくお願いしますよ。この収容所の規則は子爵といえども守ってもらいます。朝の点呼は6時、消灯時間は21時になります。』
『なるほど、早寝早起き、夜ふかしはいけないという訳か。いつから君らは我々の健康を気遣ってくれるようになったのかな?』
『…食事については1日1人あたり2200キロカロリー相当の食事が提供されます。これには士官も一般の兵士も差はありません。図書館、園芸、その他の許可される範囲での娯楽は十分にあると考えています。それこそ同盟の一般人と同等なレベルに。それ以外の要望や要求については都度相談が必要です。それから、もし、万が一、考えたくない事ではありますが、規則違反が発生した場合はあちらへ暫く居を移してもらう事になります。』
少佐の指差す先には敷地内で1つだけ目立つコンクリート製の物置のような建物。独房だな。
『結構だね。どうやら普通の宿舎の方もかなり新しいようだし、第一印象は高評価といったところだな。』
少佐との話が終わると、右手が義手になっている下士官がやってきて「士官棟」と看板の立てられた建物に案内される。なんだかんだ言う割には収容所内の案内板やらは帝国語が使われている。それにしても佐官は敷地を分けられる位の事はされると思っていたが、仕切り線もないものか。…その方が部下の様子を知れて好都合ではあるが…
『士官棟は個室と2人部屋になっているが、こちらとしては部屋割りは指定していない。では、「ご自由にどうぞ」』
義手の男が出て行くと、すぐにツァーンが這いつくばって床を叩きはじめた。
「失礼します、艦長。大体こうするとね、分かるんですよ。よし、こんなものかな。」
ツァーンはすぐに窓から見える監視塔を見上げると、また戻ってくる。一体何をやっているんだ…?
「案の定です。多分地震計か何かありますね。ばっちり監視塔のやつと目が合いました。これじゃあここでこっそり何かするのは難しいですね。」
「…何故こんな事を知ってるんだ?」
「母から教わりまして。集合住宅に住まう者の基礎知識だと母は言ってました。盗聴器とかがあると、なんですか、「厄介」だとも。」
なるほど、人間と言うものは意外なところで意外な知識を仕入れてくるものだ。これから捕虜交換の話が来るまでの間、役に立つかは知らないが…
続く
やってしまいました。あの謎の歌のメロディは「愚連隊マーチ」で検索していただければあります。少し前まではAmazon Primeにあったんですけどね。
ジャムシード収容所の構造は32人用の兵・下士官用木造バラックが8つに士官用が1つです。後は文中にもありましたが、図書室、食堂、畑、独房や物置から成ります。この設定が生かされる日は来るのでしょうか…
今回もご意見ご感想お待ちしておりまーす!